痔になりやすい生活習慣とは?

奇形個体と突然変異個体は別物なのでしょうか?

また、突然変異は進化の一因ということですが、逆に、一定の割合での突然変異の発生自体、進化の結果として確立されたシステムでもあるのでしょうか?
(つまり、突然変異を一定の割合で起こす遺伝子は効率的な進化が可能だった為、現在まで存続するに至った)

もし、奇形と突然変異が本質的に同じものなのであり、かつ、突然変異が生物が存続していく為に予定されたシステムなのだとしたら、(外部からの影響なく自然に生まれる)奇形児もまた、必然的かつ必要的に生まれてくる存在なのでしょうか?

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A 回答 (11件中1~10件)

 Jagar39です。



>・複数の生物が共通の特徴を持つ場合、それらの生物は(例外のケースを除き)全て共通の祖先を持たなければならない

 ここがまだちょっと理解度というか概念が掴めることができていないところかな、と思います。

 まず、「共通の特徴」というところが違います。
 複数の系統の動物が同じような機能を獲得した場合、当然「特徴」はよく似たものになるわけですが、それは遺伝的な近縁を意味しません。
 例えばオオカミとフクロオオカミ(オーストラリアに生息した絶滅有袋類)は、姿形はよく似ています(片方はフクロがあるにせよ)。でも、彼らは決して近縁(近い共通祖先を持つ)動物ではありません。

 つまりここで重要なのは「特徴」ではなく、「遺伝子」です。
 「同じ特徴」を実現する手段は複数存在するのが普通ですから、「どのように実現したか」というとこまで調べないと近縁かどうかの判断はできません。
(ここで言う「近縁」とは絶対的な遠い近いではないことに注意してください。全生物の共通祖先であれば「遙か遠く」になりますし、ヒトとチンパンジーであればごく近くなります)

 で、DNA合成酵素の話に戻ると、例えば「エラー率10%」というだけではまだ判らないのです。エラー率10%になる構造はいくつもあるでしょうから。
 なので遺伝子の方がこういう話には有用です。「DNA合成酵素をコードする領域に突然変異」というのはそういう意味です。

 それで、その分析で「DNA合成酵素は種を超えてよく保存されている」わけで、これはつまり多くの種が「祖先を共通している」ことを意味しています。
 ただこれは「・・ねばならない」という強いものではなく、「・・・であることが推察される」という程度だと考えてください。

 ちなみに全生物が1つの共通祖先を持つ、というのはDNA合成酵素の分析から得られた知見ではなく、他の証拠によるものです。DNA合成酵素は細菌類等ではけっこうバリエーションがあります。エラー率はともかく、70℃が至適温度という耐熱性細菌もいますし(当然37℃近辺が至適温度である我々のDNA酵素とは構造が異なります)、件の古細菌には100℃以下になると死滅するような好熱性のものもいます。

 ウイルスはいわゆる「生物の系統樹」には入らない特殊な存在なので、しかもDNAではなくRNAを遺伝子に持つモノも多く、DNAでもRNAでも一筋縄ではいかない様々な複製方法を持っています。(ですがウイルスの方が起源が古い、ということは絶対にあり得ない)
 で、ウイルスの「遺伝子複製酵素(DNA→DNAとかRNA→DNAなど種類が多いのでこんな表現に)」のエラー率って、実はかなりウイルス種によって差があります。でも、エラー率が低いウイルスが滅んだり、ということは特にないです。
(ウイルスは生物としてはかなり特殊な存在なので、まあ余談として)

 余談はともかく。

>現存する全生物が持つ複製機能は少なくとも概ね古細菌以前に獲得されたものである、との結論が導かれるのですね

 そのとおりです。

 ただ、今この回答を書いていてふと思いついたのですが、「エラー率」に関しては生物の歴史の初期の頃に、ひょっとしたら生存競争があったのかも、と思います。

 というのは、現在「生命誕生の場所」として1つ候補になっているのが、海底火山の噴出口等のかなり極端な高温下ではなかったか、という話があります。現在も110℃で増殖するような古細菌がいたりします。

 その理由はいくつか挙げられていて、まあそれぞれ「なるほど」と思うようなことなのですが、その1つのに「高温下の方が自己複製機構のエラー率が低い」というのがあります。

 酵素反応は「触媒反応」ですから、根本的に「高温下であるほど特異性が高い」という特性があります。
 なので高熱下ではプリミティブでタコなDNA合成酵素でも、エラー率は十分低かったでしょう。

 ということは、もし仮に最初の生物が「高熱下で増殖する単細胞生物」であったとすれば、自らが生まれた高温環境から低温環境に進出していく際に、オリジナルの酵素群(DNA合成酵素だけでなく他の全ての酵素も)を低温対応に適応させる必要はあつたはずです。
 ただ、DNA合成酵素は単に低温対応しただけではエラー率が高くなりすぎたでしょうから、「エラー率を低くする変異」が起きて、それが自然淘汰により選択された、といったことは起きたかもしれませんね。

 つまり先の回答では私は、「そういうことが起きたとしてもそれは生物以前」と書きましたが、もしかしたら「生物の初期」にそういったことが起きたのかもしれないな、と思いました。

>複製機能(延いてはエラー率)の変異は、一個体以上には広がり得ない程に強い淘汰を受けるということなのですね

 私はここでは、「グループを形成できない」と書いています。
 ちょっと整理すると、

1.もしその変異が「致命的」であれば、その変異は1個体で終わる

 まあ実際は致命的であっても低確率で繁殖年齢まで生きることができれば、その個体は子孫を残せるでしょうから、必ずしも問答無用で1個体で終わる、とは限りません。でも、早々に消えることになるでしょう。

2.致命的ではないが不利な変異の場合も、早期に消える

 私が「グループを形成しない」と書いたのは、グループって複数の種からなる生物種群ですよね。1つの変異が「グループ」を作る、ということは、その変異が長く生き延びて集団に定着し、それが種分化によって複数種に行き渡る、ということです。
 つまりグループを形成するためには、「1つの種を制圧する」つまりその種内でその変異が十分行き渡ることが前提条件になるわけです。
 それができるのなら、「不利な変異」じゃないですよね。

>>質問者さんがイメージしているのとはかなり違いますよね

 これは、質問者さんがイメージしているのが常に50:50の状態から生存競争が始まるかのような書かれ方だったので、発生直後に速やかに消失するような"生存競争"は質問者さんが「生存競争」とイメージしているのとはかなり違うな、という趣旨の文でした。

 進化は先読みをしない、と前の回答に書いたと思います。
 つまりDNA合成系のエラー率が少し高い方が「進化のためには有利」であることがもしあったとしても、現在の生存のために不利なのであれば、それは淘汰されると思います。あくまで自然淘汰は「目先」のことしかみないのです。
 で、現在の生存のために有利な変異率は、「ゼロ」でしょう。極端な話、ゼロだったらガンはなくなるでしょうし(紫外線やウイルスによる外的要因によるものはともかく)。

 実際、DNA複製系のエラー率はほぼゼロです。でも完全にゼロって、高分子である蛋白質の酵素反応ではあり得ないでしょう。
 なのでこのあたりの話は、本質問ではもうあまり考える必要はないように思います。
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この回答へのお礼

>>ここがまだちょっと理解度というか概念が掴めることができていないところかな、と思います。

おおお(泣)
言語の翻訳において、言いたい内容はおよそ固まっているのに、使う単語が適切でないが故に上手くいかない、そんな心境です(笑)


>>まず、「共通の特徴」というところが違います。

>>例えばオオカミとフクロオオカミ(オーストラリアに生息した絶滅有袋類)は、姿形はよく似ています(片方はフクロがあるにせよ)。でも、彼らは決して近縁(近い共通祖先を持つ)動物ではありません。

あ、これは流石に知っています。収斂進化ですよね。
オケラとモグラみたいな。


>>で、DNA合成酵素の話に戻ると、例えば「エラー率10%」というだけではまだ判らないのです。エラー率10%になる構造はいくつもあるでしょうから。

>>(ウイルスは生物としてはかなり特殊な存在なので、まあ余談として)

なるほどです。


>>ただ、今この回答を書いていてふと思いついたのですが、「エラー率」に関しては生物の歴史の初期の頃に、ひょっとしたら生存競争があったのかも、と思います。

>>つまり先の回答では私は、「そういうことが起きたとしてもそれは生物以前」と書きましたが、もしかしたら「生物の初期」にそういったことが起きたのかもしれないな、と思いました。

生命の誕生に関してそのようなお話もあるのですか。
深いですね…。


>>私が「グループを形成しない」と書いたのは、グループって複数の種からなる生物種群ですよね。1つの変異が「グループ」を作る、ということは、その変異が長く生き延びて集団に定着し、それが種分化によって複数種に行き渡る、ということです。
>>つまりグループを形成するためには、「1つの種を制圧する」つまりその種内でその変異が十分行き渡ることが前提条件になるわけです。
それができるのなら、「不利な変異」じゃないですよね。

ああ、なるほど、甚だしい勘違いをしておりました。申し訳ございません。


>>これは、質問者さんがイメージしているのが常に50:50の状態から生存競争が始まるかのような書かれ方だったので、発生直後に速やかに消失するような"生存競争"は質問者さんが「生存競争」とイメージしているのとはかなり違うな、という趣旨の文でした。

>>なのでこのあたりの話は、本質問ではもうあまり考える必要はないように思います。

色々と合点が行きました。
長期メリットより短期メリットというのは、群選択が否定されるに至った理由と少しばかり似ているような印象も受けますね。
実際にそうかは分かりませんし、本題と関係ないことなのでこれ以上深めませんけれど。


長くなってしまいましたが、お付き合い頂き有難うございました。
おかげさまで進化に対する理解が深まり、大変感謝しております。

お礼日時:2012/05/14 01:30

 Jagar39です。


 まあこれまで回答の字数が足りなくなりそう、などの理由で、「違います」みたいなぶっきらぼうな書き方になっていましたが、ご容赦くだされば助かります。

 用語は科学の議論をしたり解説を理解したりするためには非常に重要です。用語の定義が違うと議論が噛み合いませんし、話を聞いても勘違いして覚えてしまいますから。
 何冊か本を読んだりしているうちに用語は判ってくると思うので、興味がおありでしたら是非いろいろ読んでみてください。

 余談ですが、私はウイルスの方が専門なのですが、必要があって細菌の論文を読んでいたとき、この世界では細菌の"遺伝子"を染色体(Chromosome)って呼ぶことを初めて知りました。プラスミド(細菌のオプション遺伝子みたいなもの)と区別するために、"本体"を染色体と呼ぶことがあるんだそうですが、それが判るまで論文全体が何言ってるかさっぱり理解できなかったです。
 そりゃそうですよね。染色体上の遺伝子座がどうの、みたいな文章を、私は感染した動物の遺伝子のことか???なんて苦闘しながら読んでいたわけですから。
 染色されないものを染色体なんて呼ぶなよ・・・と愚痴ってたら、細菌屋が「エチブロで染まるよ?」と遠慮がちに言ってましたが・・・もちろんエチブロだとDNAであればなんだって染まるさ。
 「普通にゲノムって呼べよ」と言ったら、「だってゲノムだとプラスミドも含んじゃうし」みたいな、まあそういう理由で染色体、みたいな奇妙な呼び方が通っているんだな、と。

 まったくの余談ですが、用語の意味をひとつ取り違えるだけで、話全体がさっぱり通じなくなることもあるよ、という話でした。

>生命の誕生に関してそのようなお話もあるのですか。
>深いですね…。

 これ、始原生命が海底の熱泉で増殖する好熱性の単細胞生物だったのではないか、という話自体が、1つの仮説に過ぎませんから。検証も証明も40億年後の現在ではやりようがない話なのですが、その根拠のいくつかが「ああ、なるほどね」と受け止められている、というだけの話です。なるほど、と思っても今のところ検証のしようもないですし・・・

 で、「高温下で発生した始原生命が低温環境に移行する際に遺伝子複製系のミスコピー率を低くするような方向に自然淘汰があったのではないか」という話は、その話と質問者さんの話から私が思いついた「思いつきレベル」の話に過ぎませんから。
 思いついた私自身はけっこう気に入ってますけど。まあこれも検証のしようもありませんから。前提が検証できない仮説だし。

 あまり真に受けないでくださいね。

 この回答で言いたいのはそれだけでした。後は余談です。
 失礼しました。
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この回答へのお礼

長々とお付き合い頂き有難うございました。
日常、生物学とはまるで接点がありませんが、趣味として暇ができればそうしたものにも手を付けてみようと思います。

お礼日時:2012/05/15 13:10

(No.5お礼)


>『これを「(1)偶然によって生じた(2)偶然ではない(3)偶然」に細分化すると、』

細分化したら(1)、(2)、(3)でいいと思いますが、

「(1)によって生じた(2)ではない(3)」=(3)≡(1)

偶然なのではありませんか。(3)の個体は偶然の産物ですよね。この話は偶然でまとめてもいいんじゃないですか。

ご質問解決に向けては、(2)の解釈(ムード)が悩みの元凶でしょう。

(2)がある世界、(2)に逆らえない世界でも偶然は偶然として生存しますよ。予定もシステムも要りません。

複製機構の完成度は自然淘汰を受けても種を残すだけの完成度があるのです。100点とらなくても合格するでしょ。それは正しいかどうかではありません。逆に合格すれば正しいとなるとまた子供なのです。すべての韓国産のキムチに大腸菌が入っていてもそれを輸入して食べた日本人の家系が全滅しないでしょ。潰されない範囲で滅茶苦茶してもキムチ業者は廃業しませんよ。合格点は低くなるんですよ。システムじゃなくて、質問者の疑問解決のために回答しなくても許される者が多ければ、本人に不利益な知見でも歓迎され流通するのです。何をテストの正解にするかという問題と同じで、繁殖機構の進化の正解が特定できなのであれば、無責任な断定も否定されないでしょ。複製機構が現在以上に完成度を高める歴史的必然性がなかった、という結果的世界の中に生きているのです。

ミスを犯すシステムの方が進化的に有利だったというご発想からだと思うのですが、その議論の前に、完全な複製機構の実現の方が難しすぎて(……(2’))、想定されているミスを犯さないシステムの方がむしろ、自然淘汰されるから、どのみち無理だ、成立しないライバル論だ、という必然論でまとめるのはどうですか。
進化が結果論というのはそういう事ですよ。なんでミスをするんだと言っても予定もなくそういう事ですよ。まさに「(1)(2’)(3)」で考えれば必然論的にミスを生じる複製機構になるでしょう。これに納得できなければやはり予定説的新論理を求めていらっしゃるお散歩です。ミスを生じると言っても好き込んで産んでいるわけではありません。ミスであれ利益であれ自然で生じるとはどういう事か?
本題の結論は、以上になると思います。

その他の生物学の議論として、
有性生殖と進化の関係についても質問者に共感できますが、
生物種の間に「差がない」という話はどういう実際的な証拠に基づいているのかを突っ込んでやった方が現実の生物界の議論になりますね。主張の実体がはっきりするように。短絡思想愛好家のスローガンかもしれません。
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この回答へのお礼

毎度の回答有難うございます。


えと、生物学と関連性があるのかよく分からないフレーズがしばしば用いられていますが、
私はそれらを殆ど知らないので、何故このような話になってしまっているのか、些か混乱が生じてしまっています。

そういえば、確か、社会主義というものは進化の概念からも影響を受けている思想なのでしたっけ?
原始的共同農耕社会だか何だったかから、何々社会、何々社会を経て、資本主義社会に至り、共産主義社会がゴールという、そういう発想でしたよね。
マルクスだかレーニンだかシイカズーリンだか、誰が最初に唱えたのかは定かに覚えておりませんが。
thegenus様のお話から推察するに、その主義思想内で、進化やら予定やらシステムやらという比喩表現が用いられているのでしょうか。

私はそれらを全く想定しておりませんので、基本的にそれらの話は排除して頂けると、混乱を来たさずに済み助かります。
社会主義や反体制が予定やシステムという概念を用いていたのだとしても、
予定やシステムという概念を用いたからと言ってそこに社会主義や反体制が付きまとわなければならないことはないはずです(「逆」は「常に真」ではない)。
それらの主義思想が生まれる以前の、純粋な意味での予定、システムです。
(なお、ムードという語も、申し訳ありませんが語義を知らないので触れずにおきます。)


>>偶然なのではありませんか。(3)の個体は偶然の産物ですよね。この話は偶然でまとめてもいいんじゃないですか。

その通りであり、結論としては偶然です。
ただ、その過程に偶然ではない要素がある、という認識そのものが、重要のように思うのですよね。
重要というよりは、個人的に拘りたいだけとも言えるのですけど。

適切かは分かりませんが、例示します。


とある甲さんという人物に、以下の作業を行ってもらいます。

(1) トランプのカード全52枚の中から、ランダムに10枚を選択する(この10枚は数字を確認しない)。
(2) 更にその中からランダムに1枚を選択して数字を確認する。

こうして最終的に選ばれた1枚のカードは、全52枚の中からランダムに選ばれたのと何ら変わりはありません。
ただし、この作業に、

(3) (2)において選択した1枚を(1)で選択した残りの9枚の中に戻す。
(4) (2)~(3)を繰り返す。

を加えるとします。

そして実は、(1)で選択した最初の10枚の内の9枚は、5以下の数字であった、という事実Aが存在するものとします。

しかし、この作業をさせられている甲さんはこう思うに至ります。
「なぜか、何十回、何百回と繰り返しても、殆ど毎回5以下の数字しか出てこない。数字は1から13まである筈なのに、これはすごい偶然だ。」

確かに、偶然という言葉で一括りにしてしまえば、合っています。
しかし、同じ偶然でも、意味が違います。
確かに、52枚の中から数字が5以下の9枚+1枚が選ばれたことは偶然ですし、10枚に選った後も、毎回引くカードはランダムという意味で偶然に他なりません。
ですが、間に事実Aを挟んでいること、これを甲さんが認識するとしないとで天地の差があるように思えるのです。
殆ど5以下のカードしか引かないことは、事実Aの下では「必然」です。事実Aと「因果関係」があります。誤解を怖れずに言うなら、「予定的」です。
この中間段階の必然性を認識した方が良いように思われるのです。

別に、甲さんが事実Aを認識(推測)した上で、殆ど5以下のカードしか引かないことを偶然と言うなら、それは別に構いません。確かに偶然の結果です。
ですが、事実Aを全く認識(推測)しない上で偶然と言った場合、明らかに甲さんは勘違いをしていることになります。

そういう意味で、全てを「偶然でまとめてもいい」とは、思えないということです。
同じ偶然でも、純粋な偶然(52枚から直接1枚引いては戻して、5以下が出続ける)と、偶然ではない偶然(上の例)とでは、意味合いが異なり、
事実Aは事実Aとしてはっきり認識した方が良いのでは、という感情になります。


>>(2)がある世界、(2)に逆らえない世界でも偶然は偶然として生存しますよ。予定もシステムも要りません。

それは勿論そうです。
寒冷な地域で寒さに弱い形質のマンモスが生き残ることはありますし、寒さに強いマンモスが生き残ることも個別的には偶然です。
しかしそれを徹底すると、そもそもこの世のありとあらゆる全ての必然を観念できないことになってしまいます。
全ての偶然の中から一定の法則を見出して必然と定義付けることは、全ては偶然であることを暗黙の共通認識とした上での行いです。
その意味でなら、必然は偶然の十分条件と言えるかと思います。背反関係にはない。領域が重なります。
それを、ことさらに必然ではなく偶然だとの指摘があっても、偶然なのは当たり前で、その上でなおかつ必然である、と返さざるを得ません。


ちなみに、これは生物学カテゴリで、進化を基本に据えているので偶然が全てであることに異を挟んでおりませんが、
進化を脱色するなら(言うまでもなく主義思想も)、逆に偶然が必然の十分条件と理解しております。
この世の全ては必然以外ありえず、偶然と思われるものも全て物理法則による必然である。
そこに偶然を差し挟む余地は全くない。コインを投げて表が出ても、裏が出ても、それはいずれも必然である。
時間を何万年巻き戻そうが、今に至れば必ず一寸の狂いもなく今が再現される。
コンピュータにおける乱数が、厳密には偶然ではなく必然であるのと同じ理屈です。
あみだクジはどんなに際限なく複雑であっても、同じ選択肢を選べば最終的に同じ結果に辿り着きます。
これは疑似乱数やあみだクジではなく、原子レベルでも妥当すると。
人間は、理解の及ばない必然を偶然として定義付ける。観念する。
これがこの世の必然と偶然の最も基幹となる原則と理解しております。
(ですから、詳しくは知りませんが、自然科学的な決定論には共感を覚えます。物理学者内でも決定論と非決定論の決着は未だ付いていないようですが。)

必然の中から定義付けられた偶然の中に、進化による偶然性も抱合され、
その中から因果関係などの抽象的な法則(=偶然の中に観念する必然)が差し挟まれ、更にその中で低い確率に当たるという特定の結果を偶然として観念する。
つまり、相当複雑化しますが、「(4)必然の中に観念する(1)偶然によって生じた(2)偶然ではない(3)偶然」ということになります。
この意味では、偶然でまとめてもいいんじゃないかというのはむしろ逆に、必然でまとめてもいいんじゃないかということになりますが、
ただ、これは物理学ではなく生物学なので、進化の更に前提となるであろう原則は無視しています。

(ここに哲学まで加えると、全ては必然という前提さえ崩れ、かといって偶然でもなく、必然でも偶然でもない観測された事象に必然/偶然を付与するだけだとか、
複雑極まりない話になると思われるので忌避します。)


申し訳ありません、最後の方は全く本題から逸れてしまっていましたね。
ご回答有難うございました。

お礼日時:2012/05/14 00:44

 Jagar39です。

続きを。

>→そに数億年後、結局Cグループは淘汰、エラー率20%のBグループが再び10割を占める、それが現在、という具合です

 このA~Cの各グループが「複数の種による生物種群」であることはあり得ません。
 なぜなら、例えばBグループの中のある1種に生じたCグループ遺伝子が、グループ全体に行き渡る手段がないからです。
 我々人類に生じたある突然変異が、チンパンジーに伝わるためには、ヒトとチンパンジーが交配しなければなりません。

 同時に複数の種に同じ変異が生じて「グループ」を形成した、という仮説もあり得ません。複数の種に「同じ変異」が起きることは確率的にあり得ないからです。

 ですから、「エラー率20%のBグループが最終的に10割を占める」ようなことが起きた場合、そのBグループの種の始祖の数はただ1種、となるはずです。

 私は先の回答で、「このDNA合成酵素は非常に保存性が高く、ウイルスや細菌は別として、生物種による差はあまりありません」と書き、それに対し、質問者さんは、「生物種による差には、あまり着目しておりません」と書きましたよね。
 この「生物種による差」が重要なんです。

 生物種による差がない、というのは言い換えれば「それらの生物種の起源は1つ」ということです。
 DNA合成酵素の塩基配列だけでなく、その他の様々な分子生物学的な証拠から、まさに地球上の全生物は1つの共通祖先に辿り着くことができる、ということが示唆されています。
 その生物が何かは判りませんが、少なくとも多細胞生物ではありません。現在の地球上で最も始原生命に近いと推察されているのは古細菌類ですが、まあいずれにしても単細胞生物であることは間違いありません。

 ですから、質問者さんが言われた、「最終的にBグループが残った」のは、その全生物の始祖の時代の話であれば、それは大いにあり得ると思います。「生命以前」と書いたのはそういう意味です。

>お話によると、一度自己複製系が発生すると、その後のエラー率に関する選択・淘汰は起こらない(=エラー率の変化が起こらない(=自己複製系は変化しない))とのことなので

 選択・淘汰が起きないとは書いていません。「激しい淘汰圧を受けて速やかに消滅したであろう」とNo.6で書いています。
 質問者さんの例示だと、グループBが適応度が最も高いわけですよね。そのグループBからグループCが派生する、ということも起きないわけです。
 グループBの中で変異Cは起き得ます。ただ、その変異Cは速やかに淘汰されるので「グループ」を形成することができません。

 DNA複写のエラー率って、別に生殖や進化にだけ関与するのではなく、細胞分裂等、生命活動の中で非常に根幹的な要素です。今回は10%とか極度に高いエラー率で話を進めましたが、実際にはDNA複写におけるエラー率は、「ほぼゼロ」です。ほぼゼロだけど完全にはゼロではない、という極端に低いエラー率が「進化」の原動力になっているわけです。
 化学反応なので完全なゼロはあり得ないとして(もしあり得ても生命になれない)、他の変異は即致命的というほどのミスコピー率の上昇をもたらすでしょう。10億分の1のミスコピー率を10億分の2にする、などという微妙すぎる変異ってちょっと考えられません。

 そういった「僅かな変異も致命的に働く」遺伝子は他にもあって、例えばヒストン遺伝子もそうです。ヒストンは染色体を構成する蛋白質なのでもちろん真核生物にしか存在しませんが、全真核生物で極めて強く保存されています。これは変異が起きても致死的に働くので、直ちに淘汰されるからです。

 生命の起源がよく判っていない現状では、私が「生命以前」と書いた生命の起源も、それほど明確な定義を想定していたわけではありません。
 ただ、現在の全生命の起源は1つ、という前提で考えているので、その始原生命の前後をイメージしています。
 古細菌のような始原生命は、起源が異なるいくつかのものが生存競争をしていたかもしれませんし、その前の化学進化の時代に既に勝負は付いていたかもしれません。
 でも、我々がある程度知ることができる時代になってからそのような生存競争があった、ということは非常に考えにくいです。

この回答への補足

>>このA~Cの各グループが「複数の種による生物種群」であることはあり得ません。

>>ですから、質問者さんが言われた、「最終的にBグループが残った」のは、その全生物の始祖の時代の話であれば、それは大いにあり得ると思います。「生命以前」と書いたのはそういう意味です。

ああ、なるほど、

・現存する全生物の複製機能は(例外を除き)共通している
・複数の生物が共通の特徴を持つ場合、それらの生物は(例外のケースを除き)全て共通の祖先を持たなければならない
・現存する全生物の直近の共通祖先は概ね古細菌以前に遡る

から、現存する全生物が持つ複製機能は少なくとも概ね古細菌以前に獲得されたものである、との結論が導かれるのですね。


>>グループBの中で変異Cは起き得ます。ただ、その変異Cは速やかに淘汰されるので「グループ」を形成することができません。

複製機能(延いてはエラー率)の変異は、一個体以上には広がり得ない程に強い淘汰を受けるということなのですね。
No.8の後半によれば、複製機能に関する遺伝子が僅かにでも変異すると、エラー率が格段に上昇して、それは致命的とのこと。
これは逆に、僅かな変異で格段にエラー率が小さくなることもあり、それも一個体以上には広がり得ない程に致命的ということなのでしょうか。
それとも、そのような複製機能はありえないということなのでしょうか。
この点につき、細かいようですが、今回の質問の本質に関わるので、確認させて頂ければ嬉しいです。


>>選択・淘汰が起きないとは書いていません。「激しい淘汰圧を受けて速やかに消滅したであろう」とNo.6で書いています。

>>>>生物になってからはエラー率で自然淘汰が起きたということは考えにくいです。
>>>>まあ、DNA合成酵素をコードする領域に突然変異が起きれば、それはほとんどの場合激しい淘汰圧を受けて速やかに消滅したであろうことは容易に考えられますが、質問者さんがイメージしているのとはかなり違いますよね。

「DNA合成酵素をコードする領域に突然変異」が起こることが自分のイメージしているものなのか全く判断が付かず、
またおそらく無関係らしい(2文目後段)とのことなので、2文目前段を無視して1文目のみを基準に考察しましたが、
No.8の文中において2文目前段を引用している辺り、どうやら伝えようとしていたことは「DNA合成酵素をコードする領域に突然変異」に関連があるようですね。
納得致しました。


>>DNA複写のエラー率って、別に生殖や進化にだけ関与するのではなく、細胞分裂等、生命活動の中で非常に根幹的な要素です。今回は10%とか極度に高いエラー率で話を進めましたが、実際にはDNA複写におけるエラー率は、「ほぼゼロ」です。ほぼゼロだけど完全にはゼロではない、という極端に低いエラー率が「進化」の原動力になっているわけです。

はい、現実的な数値で例示してしまうと、その点につき細かい論点が増えてしまいそうなので、極端に高い数値を採用させて頂きました。

補足日時:2012/05/13 08:01
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この回答へのお礼

ご回答有難うございました。

お礼日時:2012/05/17 04:15

 Jagar39です。



>小の変異→形質的変化が発現しない変異
>大の変異→形質的変化が多かれ少なかれ発現する変異(→形質的変化の大小に関わらず飛躍的とする)

 語義的には通常の生物学用語のそれと近づいているような気もしますが、「小の変異」と「大の変異」をそういう区分で用いることは、少なくとも生物学用語ではありません。
 1000塩基対がごっそり欠失するような"大きな変異"があっても、それが非機能領域であれば形質には何の変化ももたらしませんし、たった1塩基の置換が大きな形態的変化をもたらすこともあるので、「観察される変化の大小」と「遺伝子の変異の大小」は必ずしも一致しないのです。

 それと「飛躍的」という言葉ですが、これは現代の生物学では否定されている「跳躍的進化」と紛らわしいです。
 跳躍的進化がなぜ否定されているかは前にも述べたのでここでは省略しますが、形質的変化を全て「飛躍的」と区分するのは、非常に違和感があります。言葉の定義だけの問題かもしれませんが(誤った定義の背景には誤った認識があることも多々あるにしても)、生物学のカテで話をする以上、用語は可能な限り生物学で広く用いられている定義で使用するよう心がけていただければ、話がしやすいです。

>No.4の回答者様が仰られていた機会的浮動(Jagar39様が修正するところの遺伝的浮動)と同一の方向性のお話のようです

 これもちょっとずれています。
 遺伝的浮動とは、「変異」のことではなく、「集団中に生じた変異がどのようなメカニズムによって集団内で増減するのか」という"メカニズム"の話です。

>この点に関しては、メリットとデメリットの期待値としては中立的である、という意味で用いました

 プラスマイナスゼロ、という意味ですか?
 単純に確率的にプラスマイナスゼロになるような変異はあり得ないでしょう。プラスとマイナスの値も環境との関係で決まるので、少し環境が変われば「あり得ない低確率でゼロでバランスしていた変異」も、どちらかに振れることになります。

 もちろんほとんどゼロ、という変異はあり得ます。血液型のO型はA型の変異型です。A型タンパクをコードする遺伝子のたった1塩基が欠失しているだけなのですが、その結果遺伝子全体が意味をなさなくなり機能しなくなったものです。ですから、便宜的に「O型」と呼んでいますが、実際は「壊れたA型」というわけです。
 ではO型の人がA型と比較して「不利なのか?」というとそんなことはなく、血液型は「中立」であるように見えます。
 ですが、感染症に対する抵抗性は血液型による差が報告されていますし(O型が弱い)、逆にマラリアに対する抵抗性はO型が若干強い、と言われています。
 ですから、「中立的であるか否か」は環境次第、とも言えるわけです。ある環境では有利になる変異も、別の環境では不利になることも普通にあるわけです。

 ですから、「形質的な変化を伴う変異は自然淘汰による"審判"の対象となる(=中立的でない)」という認識の方が、「基本」になります。

 遺伝的浮動というのは、単純に言えば「淘汰圧の有無に限らず、"偶然"によって遺伝子が集団に定着したり消滅したりすることがある」という現象です。むろん非常に強い負の淘汰圧(非常に不利、という意味)を受ける遺伝子が逆に集団に定着する確率は低く、非常に有利な遺伝子が遺伝的浮動によって集団から消える確率も低いでしょう。遺伝的浮動だけでなく自然淘汰の力も強く受けるからです。
 なので、有利不利の程度があまり高くなく「中立」に近い遺伝子や、それこそアミノ酸置換を伴わないような「中立」な遺伝子が集団内で定着したり消滅したりする際に働く力は、遺伝的浮動が主体になる、ということです。

 ただ、この「遺伝的浮動」は要するに単純な確率論なので、集団が大きいときにはこれによる遺伝子の定着や消滅はほとんど起き得ません。
 集団が小さいときに起きやすい現象、ということは、種分化するプロセスでは多くの場合分岐したばかりの集団は小集団であることが多そうなので、遺伝的浮動が進化に関して大きな役割を担っていることは間違いありません。
 ただ、進化の主要な原動力が自然淘汰である、ということには変わりないのですけども。

>1.有性生殖による遺伝的組み換えも突然変異に含まれる(或いは、遺伝的組み換えは突然変異の交換に過ぎない)
>2.有性生殖による遺伝的組み換えの結果としての個体差には選択・淘汰が働かない(→考え難い)
>3.有性生殖による遺伝的組み換えの結果としての個体差に選択・淘汰は働くが、それによる進化は生物多様性を生まない

 どれも違います。
 有性生殖による遺伝子組み換えは、生物多様性に大きな役割を持っています。
 でも。
 それは大前提として「突然変異があるから」ではないですか?突然変異がなければ、同じ配列をどれだけ組み替えても同じ配列のコピーができるだけです。

 それと、これも用語の問題ですが、組み替えは「遺伝子セットの多様性」をもたらすためには有用ですが、「遺伝子の多様性」にはあまり寄与しません。
 1つの遺伝子(ここでの遺伝子とは、ある特定の機能を持つDNA配列を言う)の中でのバリエーションはほとんどの場合特定のサイトに集中しているので、Aという遺伝子とA’という遺伝子が組み換えを起こしても、ほとんどの場合AかA’の遺伝子にしかなりません。AとA’が組み替えてBになる、ということは通常起きません。

 ですが、例えばABCDEFGHという8つの遺伝子から成る遺伝子セットを考えます。
 Bに変異が生じてB’という遺伝子が出現したとします。同時に集団内の別の個体がG’という変異を起こしていたとします。
 B’とG’は単体でも有利だが、この2つが一緒になれば非常に有利になる、とします。例えば、キリンでB’が首が少し長くなる遺伝子、G’は心臓の出力が少し強くなる遺伝子、といった感じです。

 この生物が分裂のみで増える生物であれば、B’を持つ系統、G’を持つ系統がそれぞれG’、B’を得るには、それぞれその遺伝子の変異を待たねばなりません。それには非常に長い時間がかかりますし、結局その変異は起きないかもしれません。
 でも、有性生殖であれば2個体がそれぞれ遺伝子を組み換えて新しい個体を作るわけですから、この2個体が有性生殖をすれば、たった1世代でB’G’が一緒になった個体が得られるかもしれません。

 有性生殖はこのように、生物多様性には非常に重要な役割を担っていますが、それはあくまでも「集団内に生じた突然変異を効率的に自然淘汰の審判を受けさせる」意味でです。

 つまり、

>有性生殖による遺伝的組み換えの結果として、相対的に体が大きい個体と小さい個体が生じる

 ではなく、その前に「突然変異」がなければ個体差は生じないのです。突然変異がなければ分岐しませんよね。

>→そに数億年後、結局Cグループは淘汰、エラー率20%のBグループが再び10割を占める、それが現在、という具合です

 この話は字数が尽きそうなので別稿で。
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この回答へのお礼

再度のご回答と丁寧なご解説、大変有難うございます。


>>語義的には通常の生物学用語のそれと近づいているような気もしますが、「小の変異」と「大の変異」をそういう区分で用いることは、少なくとも生物学用語ではありません。

>>跳躍的進化がなぜ否定されているかは前にも述べたのでここでは省略しますが、形質的変化を全て「飛躍的」と区分するのは、非常に違和感があります。言葉の定義だけの問題かもしれませんが(誤った定義の背景には誤った認識があることも多々あるにしても)、生物学のカテで話をする以上、用語は可能な限り生物学で広く用いられている定義で使用するよう心がけていただければ、話がしやすいです。

なるほどです。
他の回答者様への補足の際にも触れましたが、生物学には全く明るくないので、一般常識レベル以上の用語は一切分かりません(専門書等も一冊も開いたことがありません)。
初めて目にする語句ならまだ良いのですが、なまじ「変異の大小」「飛躍的な進化」という、一見専門用語らしからぬ語句を読むと、
別の定義を持っているとは知らないままに一般的な語義のままに解釈してしまうので、このように多数の齟齬が発生してしまっているものと思います。申し訳ありません。
(法律学における「善意/悪意」のようなものですね。)
ただ、生物学に疎いからこそ逆に、生物学のカテゴリを持つ質問サイトにてご教授請いたいと質問を決心した次第です。


>>これもちょっとずれています。
>>遺伝的浮動とは、「変異」のことではなく、「集団中に生じた変異がどのようなメカニズムによって集団内で増減するのか」という"メカニズム"の話です。

最初に聞いた時は、形質に発現しない遺伝子変異に関する何か、という漠然とした印象でしたが、それに関するメカニズムがメインの話なのですか。


>>プラスマイナスゼロ、という意味ですか?

>>ですから、「中立的であるか否か」は環境次第、とも言えるわけです。ある環境では有利になる変異も、別の環境では不利になることも普通にあるわけです。

んん、環境の変化等まで含めて全てを平均化すると概ね、という程度のニュアンスでしたが、そこまで厳密な意味で発言したわけではなく、
少なくとも回答者様の仰られていることには全く違和感もないので、この点に関してはあまり言及しないことにします。
(些か言葉尻の問題にもなってきているような気がするので。)


>>遺伝的浮動というのは、単純に言えば「淘汰圧の有無に限らず、"偶然"によって遺伝子が集団に定着したり消滅したりすることがある」という現象です。むろん非常に強い負の淘汰圧(非常に不利、という意味)を受ける遺伝子が逆に集団に定着する確率は低く、非常に有利な遺伝子が遺伝的浮動によって集団から消える確率も低いでしょう。遺伝的浮動だけでなく自然淘汰の力も強く受けるからです。

>>ただ、進化の主要な原動力が自然淘汰である、ということには変わりないのですけども。

丁寧なご解説、有難うございます。


>>どれも違います。

>>ではなく、その前に「突然変異」がなければ個体差は生じないのです。突然変異がなければ分岐しませんよね。

これに関しては、生物学に暗くとも聞いたことがあります。
有性生殖の最も大きな意義は、個別に発生した突然変異の交換・共有にあると。
それにより、個別に獲得された2種類以上の形質が、世代を重ねる内に同一個体に引き継がれることも可能になる。

>>>>1.有性生殖による遺伝的組み換えも突然変異に含まれる(或いは、遺伝的組み換えは突然変異の交換に過ぎない)

1の後半部分はその意味ですので、部分的に合っていると言えば合っているかとも思います。

>>それは大前提として「突然変異があるから」ではないですか?突然変異がなければ、同じ配列をどれだけ組み替えても同じ配列のコピーができるだけです。

この意味であれば、やはり、1の後半部分で言いたかったことに同じになります。
有性生殖による遺伝的組み換えは突然変異によって発生した形質の交換がその主な役割であり、その意味で突然変異から完全に切り離すことはできず、
よって、遺伝的組み換えによる多様化は、須らく突然変異による多様化とも言うことができ、結局は突然変異が生物多様性の唯一の原因と言えると、そういうことと思います。

お礼日時:2012/05/12 22:13

 No.3のJagar39です。

お礼ありがとうございます。

>変異にも大小ありかつ中立的であること

 違います。
 「大」の変異は必ず有利か不利かどちらかです。大きくかつ中立的な変異はあり得ません。
 中立進化論についてはNo.4の方が少し詳しい解説をされていますが、もう少し詳しく解説します。

 DNAの遺伝情報が翻訳されるとき、塩基3つの配列が1種のアミノ酸を指定し、これが「遺伝子」の本質であることはご存じだと思います。この塩基3つの配列をコドンと言いますが、4種類の塩基3つの配列ですから、64種類のコドンがあることになります。ですがアミノ酸は20種類です。
 つまり、コドンは重複しています。1つのアミノ酸を指定する複数のコドンがあるわけです。

 なので、例えばGCAという配列はアラニンを指定しますが、この3番目のAがGやC、Uに置換してもアラニンを指定することには変わりありません。
 この場合、3番目の塩基は変異しても指定するアミノ酸には変化3がなく、つまり発現する蛋白質にも何の変異もありません。

 ということは、ここでの3番目の塩基の変異は「中立的」です。表現型には何の変化もなく、従ってオリジナルと同じですから。

 もうひとつ、生物のDNAには、「機能していない部分」があります。というより「ほとんどが機能していないDNA」である生物の方が普通です。
 この機能していない部分に変異があっても、当然表現型には何の変化もなく、従って淘汰の対象になりません。

 その他の「発現される蛋白質に変化をもたらす変異」は、例え観察者の目には何の変化もないと映っても必ず形質的な変化をもたらしていて、どんな小さな変化でもそれは「淘汰」の対象となる(つまり中立的ではない)、というのが現在の考え方です。
 *ここでの「淘汰」は「選択」も含みます。要するに自然淘汰の審判を受ける、という意味です。

>生物多様性の原因→突然変異が全てというわけではない

 どういう意味でしょう?
 突然変異がなければ、現在でも「生物」と呼べるモノは存在しておらず、単に自己複製する単純な化学物質があるだけでしょう。
 生物多様性も突然変異がなければ何も始まりません。1種の生物がいるとして、突然変異が起きなければその生物は永遠に変化もなく種分化もしません。
 種分化には突然変異の後に起きる自然淘汰の力も必須ですが、少なくとも「多様性」だけであれば自然淘汰はなくても成立しますが多様性は成立しません。
 そういう意味では、「生物多様性の原因→突然変異が全て」ですよ。

 このあたりが、突然変異という概念を100年前のド・フリースやモーガンの時代のイメージのままではないかと思うところなんですが・・・

 もしや「突然変異」という言葉を、形態的な変異あるいは性質的な変異(併せて形質的な変異とも言える)の意味で使っていませんか?

>突然変異としての飛躍的な変化

 という言葉から、そのように思えるのですが・・・

 もしそうなら、そういう「変化」は現代の生物学では「変異or突然変異」とは言いません。突然変異とは、遺伝子の変異を意味していて、「突然変異」と「変異」は同義語です。

 形態的な変化を「突然変異」と呼んだのは、遺伝子の正体が解明される前のド・フリースやモーガンの時代の話です。当時はDNAの正体が判っておらず、遺伝情報を伝達する物質の存在は確信されていましたがその正体が判らないので、彼らに「変異」として見えるのは目の色が違うなどと言う「形質的に観察可能な変化」しかなかったのです。

 ということであれば、再度引用しますが、

>変異にも大小ありかつ中立的であること

 は、なおのこと違います。
 形質的に変化があるのなら、それはどんな小さな変化でも自然淘汰の対象となる、というのが現在の概念であり、「中立的な変化」はない、ということになっています。


>20%の確率でエラーする複製機能を持つ種Aが存在
>10%の確率でエラーする複製機能を持つ種Bが存在
>0%の確率でエラーする複製機能を持つ種Cが存在

 No.4でも言及されていますが、基本的に生物種による「エラー率」に差はありません。
 エラー率というのは、一義的にはDNA合成酵素の機能に依存しています。このDNA合成酵素は非常に保存性が高く、ウイルスや細菌は別として、生物種による差はあまりありません。
 従って、生物種によるエラー率はほとんど差がありません。

 エラー率は転写する領域の塩基配列にも依存します。つまり、「エラーしやすい配列」があるわけです。
 ただ、これは生物種によるのではなく遺伝子によるので、同じ遺伝子であれば生物種を問わずエラー率は一定です。

 ですから、

>即ち、エラーする割合そのものにも淘汰圧ないし選択圧が働き

 そのようなことは、「生物以前」の段階では起きたかもしれません。まう起きたと考える方が自然な気もします。
 「適度なエラー率」を持つ自己複製系のみが「生物」に発展できたわけで、現生の生物は1系統なので(つまり地球上の全生物は祖先を遡れば1つの共通祖先に辿り着く)、生物になってからはエラー率で自然淘汰が起きたということは考えにくいです。
 まあ、DNA合成酵素をコードする領域に突然変異が起きれば、それはほとんどの場合激しい淘汰圧を受けて速やかに消滅したであろうことは容易に考えられますが、質問者さんがイメージしているのとはかなり違いますよね。
 そういう意味では「偶然ではない偶然」という表現はできると思いますが、でもそれは「生物の進化」を考える時にはあまり関係がないのでは。

 他回答へのお礼に対するレスですが、

>有性生殖の遺伝的組み換えの結果として緩やかな進化が起こり、突然変異の結果として(相対的に)急な進化が起こりうる、というように認識しております

 ああ、やっぱり勘違いされていますね。

 アミノ酸変異を伴わない1塩基置換でも、DNAの非機能部分での変異も、「突然変異」なんです。
 「突然変異の多くは中立的」というのはそういう意味なんです。

 突然変異という根本的な概念を勘違いされたまま考察を進めるので、おかしな方向に思考が進んでしまうのですが、「遺伝子組み換え」は現在では人口的に行うこともできますが、それは普通は「飛躍的な変化」をもたらすためにやるのでは?
 1塩基が突然変異によって置換しても何一つ変わらないこともありますが、組み替えだと1つの遺伝子、理論的には1つの染色体を丸ごと入れ替えることも可能です。

 木村資生の中立進化論というのは、純粋に分子生物学の話です。
 多くの生物では遺伝子全体のうち、「機能」しているのは数%に過ぎず、他は全て過去の遺伝子の残骸だったり無意味な反復配列だったりといった「機能していない」部分です。
 だとすれば、「変異」のほとんどは、確率的にそういった非機能部分で起きているわけで、それは形質には何の影響も与えず、従って自然淘汰の対象にはならない(=中立的)でしょ?という話なんです。遺伝子の機能部分で起きるアミノ酸変異をもたらさない変異もありますが、多くの場合は3番目の塩基の変異はアミノ酸置換をもたらさないので、「遺伝子の機能部分で起きる変異もざっと1/3は形質に変化をもたらさない=中立的」ということなんです。とすると、実際に形質に変化をもたらす突然変異というのは、生物のDNAで起きている突然変異の内、ほんの僅かでしょ、という話です。

(アミノ酸変異をもたらさないような"中立的"と思われていた突然変異でも、厳密には淘汰圧を受ける、という説が最近だされているようですが、そのあたりの話になると大学の教養課程レベルでは手も足も出ない高等数学の話になるので、さっぱり理解できません)

 中立進化論は現在では進化論そのものより遺伝子による系統解析や分子時計といった分野で理論ベースとなっているのですが、遺伝的浮動(現在では機会的浮動よこちらの方が一般的な言い方です)による遺伝子の定着という現象は、実例と推測される例が多数見つかっています。

 ただ、中立進化論もグールドが提唱した断続平衡説も、提唱された当初は「ダーウィンの進化論を置き換える革新的な進化論」ともてはやされたり激しい反発を受けたりしたのですが(後者はグールド自身がそういうアピールをしていた雰囲気が強い)、「突然変異と自然淘汰が進化の主要原動力であり、進化は漸進的に起きる」というダーウィニズムの根幹は現在に至るまでまったく揺らいでいませんし、中立進化論や断続平衡説も今ではダーウィニズムに組み込まれ、補強する理論となっています。

この回答への補足

重ね重ねのご回答、感謝の限りです。

なるほど。
自分の受け取った「変異の大小」の定義の認識に誤りがあったのですね。

自分は、

小の変異→形質的変化の発現が(相対的に)小の変異
大の変異→形質的変化の発現が(相対的に)大の変異(→これを飛躍的とする)

という意味で受け取りましたが、No.6のお話を伺っていると、

小の変異→形質的変化が発現しない変異
大の変異→形質的変化が多かれ少なかれ発現する変異(→形質的変化の大小に関わらず飛躍的とする)

という意味のようですね。
No.4の回答者様が仰られていた機会的浮動(Jagar39様が修正するところの遺伝的浮動)と同一の方向性のお話のようです。
これ(=形質的変化が発現しない程度の遺伝子の変異)に関して今まで知らなかったことであるので、通りで語義の認識に誤りがあったわけです。


>>「大」の変異は必ず有利か不利かどちらかです。大きくかつ中立的な変異はあり得ません。

>>形質的に変化があるのなら、それはどんな小さな変化でも自然淘汰の対象となる、というのが現在の概念であり、「中立的な変化」はない、ということになっています。

この点に関しては、メリットとデメリットの期待値としては中立的である、という意味で用いました。
個別的に見れば、形質の変化の程度に応じて淘汰ないし選択が働くことは理解しております。


>>突然変異がなければ、現在でも「生物」と呼べるモノは存在しておらず、単に自己複製する単純な化学物質があるだけでしょう。

>>そういう意味では、「生物多様性の原因→突然変異が全て」ですよ。

そうだったのですか。

これまでの認識としては、有性生殖に特有の遺伝的組み換えの結果としての遺伝子変化(→個体差)は、突然変異としては扱わない(エラーではない)が、
その個体差に対しても淘汰圧ないし選択圧が働く以上、そこからも進化が起こるのであり、故に突然変異以外にも生物多様性の原因はある、
というように理解していたのですが、その上でもなお突然変異が生物多様性唯一の原因だとなると、

1.有性生殖による遺伝的組み換えも突然変異に含まれる(或いは、遺伝的組み換えは突然変異の交換に過ぎない)
2.有性生殖による遺伝的組み換えの結果としての個体差には選択・淘汰が働かない(→考え難い)
3.有性生殖による遺伝的組み換えの結果としての個体差に選択・淘汰は働くが、それによる進化は生物多様性を生まない

のいずれか(或いは複数)を満たすことになると思うのですが、一体どうなのでしょうか?

※3の補足としての例示

種Aが存在している。
Aは温暖な地域と寒冷な地域に分布を広げていった。
有性生殖による遺伝的組み換えの結果として、相対的に体が大きい個体と小さい個体が生じる。
寒冷地域では、相対的に大きい個体が選択され続けた。
温暖地域では、相対的に小さい個体が選択され続けた。
結果として、Aは大型な種Bと小型な種Cに分岐した。
これは、突然変異による多様化ではない。(実際に突然変異がこの間に発生しなかったかは問題ではなく、突然変異がなくとも分岐し得たという意味で。)

勿論、大型化・小型化だけでは種が変化したとまでは言えないと思いますが、あくまでこれは例示であって、
その他様々な有性生殖による個体差の選択・淘汰が複合した結果として、別種に至る、という認識です。
3で言いたいのは、有性生殖による個体差の延長だけでは別種B・Cに分岐するまでには至らない、という意味です。

なお、有性生殖が誕生する以前は、突然変異のみが生物多様性を引き起こしていたことに疑問はありません。


>>エラー率というのは、一義的にはDNA合成酵素の機能に依存しています。このDNA合成酵素は非常に保存性が高く、ウイルスや細菌は別として、生物種による差はあまりありません。

>>そういう意味では「偶然ではない偶然」という表現はできると思いますが、でもそれは「生物の進化」を考える時にはあまり関係がないのでは。

例示が適切ではありませんでした。
生物種による差には、あまり着目しておりません。
もっと長期的な視点から、別の例示をしますと、

複製機能a(エラー率30%)を持つ生物種群Aグループが存在(全生物種の5割を占める)
複製機能b(エラー率20%)を持つ生物種群Bグループが存在(全生物種の5割を占める)

→数億年規模の選択・淘汰で、Bグループのみが残存、Bグループが地球上の生物種の10割を占めるようになる
→その数億年後、Bグループから派生して複製機能c(エラー率10%)を持つ生物種群Cグループが現れる

複製機能b(エラー率20%)を持つ生物種群Bグループが存在(全生物種の5割を占める)
複製機能c(エラー率10%)を持つ生物種群Cグループが存在(全生物種の5割を占める)

→そに数億年後、結局Cグループは淘汰、エラー率20%のBグループが再び10割を占める、それが現在、という具合です。

お話によると、一度自己複製系が発生すると、その後のエラー率に関する選択・淘汰は起こらない(=エラー率の変化が起こらない(=自己複製系は変化しない))とのことなので、
上の例示におけるAグループ及びCグループ自体、その発生が想定できないということになるのでしょうか。


>>そのようなことは、「生物以前」の段階では起きたかもしれません。まう起きたと考える方が自然な気もします。

>>そういう意味では「偶然ではない偶然」という表現はできると思いますが、でもそれは「生物の進化」を考える時にはあまり関係がないのでは。

この「生物以前」というのは、化学進化の前(約40億年以上前)を指しているのでしょうか?(=化学進化を以て生物出現としているのでしょうか?)
(→つまり、化学進化は複数発生していた可能性があるが(確かにそう考える方が自然です)、それに対しても選択・淘汰が働いていた)
それとも、化学進化以後、暫くの期間も含めているのでしょうか?(=「適度なエラー率」を持つ遺伝子複製機能の発生を待って生物出現としているのでしょうか?)

ただ、前者だとすれば、化学進化と同時に遺伝子機能が発生したということになってしまいませんか?
(その後のエラー率に関する選択・淘汰は起こらない(=エラー率の変化が起こらない(=自己複製系は変化しない))のであれば。)

後者だとすると、化学進化後、「適度なエラー率」を持つ自己複製系(→遺伝子?)が成立するまでの間にはエラー率に関する選択・淘汰が働いていたと言えると思いますが、
その期間中の複製系を生物とは呼ばないとは言え、生物の大元ですから、結局生物の進化と密接に関連していると言えるのでは、とふと思いました。

補足日時:2012/05/12 14:16
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この回答へのお礼

ご回答有難うございました。

お礼日時:2012/05/17 04:15

No.1の補足ありがとうございます。



>『勿論、進化が全て偶然の産物であり、それに基いて獲得された形質も含めて、それ自体が目的や意志を持っているわけではなく、単なる結果に過ぎないことは理解しています。』

それを理解されているのなら他もその調子で考えればいいと思いますよ。質問者さんは生物学に暗いという事はありませんよ。いくら語彙を知っていても何が大事かを分からない小児は「考え合せる」事が出来ません。質問サイトでは正常な結論に至る事が大事です。


奇形と突然変異はあまり区別を意識されない単語として交換可能な文脈で使われている事が少なくないと想像します。
正常ではない回答をばらまいている博徒がいるのでご注意下さい。
奇形と突然変異はどう違うのですか?で済まない問題ですかね。別の事が聞きたいのではないでしょうか。「奇形個体と突然変異個体」というように造語的に対をつくるかっこうにとらわれない質問の方が目標が定まると思います。

奇形は形態です。
質問者さんは突然変異を聞いているのではなくて突然変異個体(突然変異体)を問題にしているのです。
語彙ですが、「突然変異体」と「遺伝子突然変異」で議論された方がいいかもしれません。今回、「奇形」は不必要にしていい言葉だと思います。


(No.2のお礼)
>『多様な生物の奇抜な形質を見ていると、そこに至るまでの過程が全くイメージできないものも多々あり、その度に疑問に思います。』

全生物が似通っていた方がおかしいという気にはなれませんよね(笑)でも似ている方がおかしいとも言えますよね。
時間軸のない考察をしてはいけないと思います。
親と子は違います。違う違う違う……というのが何百万年……何億年も続いたのです。我々の見ている現在の生物界は、感覚的につかめないほどの長い時間が経ってしまった後の状態なのです。感覚的納得法として、一億まで数を数えてみるとか。さらにこれまでに地球に生まれた個体の数も計り知れない数ですよね。圧倒的な数は不可能そうな事を可能にできるかもしれません。


(No.1の補足)
>『「一定割合の突然変異自体がほぼ全ての生物に共通する一種の形質のようなものであること」を表現する』

の意味が何を指しているのか分かりませんが、これも時間感覚の問題だと思います。複数の生物種に共通する性質は、共通する先祖がその遺伝子を持っていたとすると、その共通の性質は、古い性質が現存しているという事です。ものすごく古い時代に存在した性質なのです。その性質の出来た後に生物が多様化するだけの時間があったという事でしょう。

(No.3補足)
>『この、一定割合のエラーの発生が、「偶然ではない偶然」と言えるのではないかということを、必要的、予定的、システム的、と称したのですが、』

★エラーの評価は、工場と同じに考えればいいです。
(C)まず不良品を出さないやり方は理想論です。理想論の生物はモデルであって存在しません。
(B)20%エラーする。
(A)10%エラーする。
この(B)と(A)のどちらかが費用対効果に優れていたらその生物が一番有利な複製機構を持っていることになります。
それこそデマを貼って手にした事になっている木村の中立説ですが、影響の小さい塩基配列上に変異が生じても不利にならないので「その生物と共に」残りますよね。それだけでは進化とは言えませんが「ともかく」残らなければなりません。
表現形・形質の勝負をする前に、複製機構自体の競争があります。そしてそれは修復機構の進化につながるのです。

進化という結果論において期待されているだろう意味での偶然ではない何かは必要ありません。残ったかどうかですから。たとえば「22%エラーする」のが100年後に絶滅して「21%エラー」するのが105年後に絶滅して、と言う具合です。その猶予期間に何が起こるかという物語です。
生物の多様性について不信感がある感じでしょうかね。
★現存する生物は完成度が高いという観点もなくされた方がいいでしょう。

★遺伝子突然変異は遺伝しますよね。その突然変異体が繁殖可能な個体であれば。
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この回答へのお礼

度重なるご回答、感謝致します。


>>質問者さんは突然変異を聞いているのではなくて突然変異個体(突然変異体)を問題にしているのです。
>>語彙ですが、「突然変異体」と「遺伝子突然変異」で議論された方がいいかもしれません。今回、「奇形」は不必要にしていい言葉だと思います。

なるほど。納得致しました。有難うございます。


>>全生物が似通っていた方がおかしいという気にはなれませんよね(笑)でも似ている方がおかしいとも言えますよね。
>>時間軸のない考察をしてはいけないと思います。
>>親と子は違います。違う違う違う……というのが何百万年……何億年も続いたのです。我々の見ている現在の生物界は、感覚的につかめないほどの長い時間が経ってしまった後の状態なのです。感覚的納得法として、一億まで数を数えてみるとか。さらにこれまでに地球に生まれた個体の数も計り知れない数ですよね。圧倒的な数は不可能そうな事を可能にできるかもしれません。

はい、時間軸を考慮した思考は重要であると認識しております。
多少補足致しますと、時間軸の中間段階の想像が難しい、という意味で用いました。
例えば、虫の羽ですが、最初に羽を持たない虫が発生して、そこから羽を持ち空を飛ぶ虫に至るまでの過程の想像が難しいということです。(羽が先か虫が先かはこの際無視します。)
突然羽が生えて空を飛んだとは思えません。そこに至るまでの緩やかな中間段階があるはずです。
羽に似通った特徴の身体パーツを持っているが、それは到底飛ぶには至らない。なら、それは邪魔なだけで、世代が重なる内に淘汰されてしまわないのか。
そのような感じです。時間軸を考慮に入れていないというよりは、長い時間軸の中間段階のイメージが難しいということです。
(勿論、羽に限れば、最初の用途は滑空だったとかの諸説はあるかと思いますが、つまり全ての形質について上のようなことが言えるということです。大方は、何かしら別の用途からの転用だったりするのでしょうけれど。)


>>現存する生物は完成度が高いという観点もなくされた方がいいでしょう。

完成度が高いとは捉えておりません。
時代毎、場所毎の環境に対してより適合的、というように捉えております。
現代を生きる生物も過去に戻れば高い蓋然性で淘汰されてしまうでしょうし、逆もまた然りです。

ただ、度重なる環境の変化を、一体的なひとつの選択圧と捉えた場合(あくまでも、個別の環境の変化についてではありません)、
それらを全て生き抜く仕組みを持つ柔軟な生物グループ(ないし生態系)に対して選択が働く余地はあると思います。
そういう意味では、過去未来を通して変質しない選択圧(度重なる環境の変化、その方向性は問わない)の下で、
それを克服する方向に淘汰が起こり続け、その点で現在は過去の生物よりも完成度が高いといえる側面はあるかと思います。
(環境の変化は、過去未来通してあまり変わらぬ出来事と思いますから。)
勿論、この完成度と言うのは、度重なる環境の変化への対応を一基準とした場合の相対的なものであって、絶対的なものではありません。


>>進化という結果論において期待されているだろう意味での偶然ではない何かは必要ありません。残ったかどうかですから。

進化が全て結果論であり、偶然であることは理解しております。
決して、そこに疑問があるわけではありません。
「偶然ではない偶然」とは、そうした意味の偶然ではありません。

thegenus様が仰る文脈での偶然概念を敢えて持ち込むなら、「偶然によって生じた偶然ではない偶然」ということになります。

これを「(1)偶然によって生じた(2)偶然ではない(3)偶然」に細分化すると、

(1)については、進化や個体差は目的や傾向を持たない、という意味での、thegenus様が仰る、進化の常識としての偶然性です。
(2)については、因果関係としての偶然/必然です。例えば、ある偶然の環境下でそれに偶然適した種が生き残りやすいことは、偶然ではありません。
(3)については、低確率のエラーにひっかかるという意味での偶然です。

(2)と(3)の帰結として、「予定的」「システム」という語を最初に敢えて用いました。
ただ、これは決して、その大前提である(1)の偶然性を無視したものではありません。
ですので、(1)、(2)、(3)は全て併存可能なもののように思われます。

お礼日時:2012/05/12 17:47

奇形と突然変異は「本質的に同じもの」ではありません。

大半が別物で、重なるのは一部だけです。
奇形には遺伝的なものと非遺伝的なものがある。非遺伝的な奇形は、いわば設計図(遺伝子)じゃなく施工の段階でミスっている。一方、突然変異は遺伝的変異の一つである。
また、奇形は形態(体の外見など)の変異である。一方、突然変異は形態以外の変異も含む。
つまり、両者が重複する可能性があるのは、奇形においては遺伝的なものだけ、突然変異においては形態だけである。遺伝的な奇形のうち、親が奇形でそれが子に伝わった場合は突然変異ではない。結局、重複するのは「親は奇形ではないが、遺伝子に変化が起こり、それによって子の形態に著しい変異が現れた」というような場合だけだと思う。

まあ私は素人に過ぎないが、陥りやすい勘違いをいくつか挙げてみる。
「突然変異は飛躍的」……突然変異の大部分は飛躍的なものではない。いわば遺伝子のコピーのミスなのであって、大ミスより小ミスが多い。
「突然変異の無い生物がある」……そんな生物はない。遺伝子のコピーを(A、G、C、Tの塩基で数えて)何万何億回も行えば、ミス発生は避けられない。コピーミスの割合は、(塩基の並び方に基づいて作られる)タンパク質の種類によって変わり、生物の系統による差はあまりないという。
「突然変異の反対はクローンシステムである」……有性生殖はクローンじゃないよ。突然変異でもクローンでもない「遺伝的組換え」という現象が起きる。

進化は「突然変異と自然淘汰」の組み合わせだけでなく、「突然変異と機会的浮動」の組み合わせによっても起こる。前者は皆さんご存知と思う。突然変異のうち、自然環境に適合したものが繁殖し、不適なものは滅ぶという仕組みである。
それに対し後者の仕組みは、遺伝を分子レベル(DNA)で研究できるようになって分かってきた。私も学生のころ見栄を張って木村資生の本を買ったが、確率論などの数式がいっぱいで恐れをなして、分からずじまいだった。
とにかくだ、自然淘汰によらなくても機会的浮動(random drift)によって、ある突然変異は殖(ふ)えて残り、ある突然変異は消失するという。そのようにして突然変異が蓄積され固定されて、進化が起きる。
淘汰の圧力と関係なさそうに進化する仕組みがあることは、興味深い。
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この回答へのお礼

>>奇形と突然変異は「本質的に同じもの」ではありません。大半が別物で、重なるのは一部だけです。

>>つまり、両者が重複する可能性があるのは、奇形においては遺伝的なものだけ、突然変異においては形態だけである。遺伝的な奇形のうち、親が奇形でそれが子に伝わった場合は突然変異ではない。結局、重複するのは「親は奇形ではないが、遺伝子に変化が起こり、それによって子の形態に著しい変異が現れた」というような場合だけだと思う。

なるほど、回答有難うございます。

>>まあ私は素人に過ぎないが、陥りやすい勘違いをいくつか挙げてみる。
>>「突然変異は飛躍的」……突然変異の大部分は飛躍的なものではない。いわば遺伝子のコピーのミスなのであって、大ミスより小ミスが多い。

はい。どの程度を指して「飛躍」と言うのかにもよって変わると思いますが、ミスは必ず大きいものであるというようには認識しておりません。

>>「突然変異の無い生物がある」……そんな生物はない。遺伝子のコピーを(A、G、C、Tの塩基で数えて)何万何億回も行えば、ミス発生は避けられない。コピーミスの割合は、(塩基の並び方に基づいて作られる)タンパク質の種類によって変わり、生物の系統による差はあまりないという。

この点につき、「生物の系統による差はあまりない」からこそ逆に、現状のミス確率そのものも自然選択の結果なのでは、というような疑問を抱いております。

>>「突然変異の反対はクローンシステムである」……有性生殖はクローンじゃないよ。突然変異でもクローンでもない「遺伝的組換え」という現象が起きる。

はい。
有性生殖の遺伝的組み換えの結果として緩やかな進化が起こり、突然変異の結果として(相対的に)急な進化が起こりうる、というように認識しております。

>>進化は「突然変異と自然淘汰」の組み合わせだけでなく、「突然変異と機会的浮動」の組み合わせによっても起こる。前者は皆さんご存知と思う。突然変異のうち、自然環境に適合したものが繁殖し、不適なものは滅ぶという仕組みである。

初めて聞きました。とても面白そうですね。

お礼日時:2012/05/11 23:40

 奇形というのは他回答でも指摘されているとおり、遺伝子の変異だけが原因ではありません。

むしろ発生途中での「工程上の不具合」が原因のものが多いです。もちろんその「工程」には遺伝子が深く関わっているのですが、奇形の原因は遺伝子の変異よりは化学物質や放射線、感染症等の外的要因が多いです。

 ご質問の意図だと、奇形よりは「遺伝病」の方がしっくりきますね。つまり、「遺伝病と突然変異は本質的に同じものであり・・云々」という質問であれば、そのとおり、ということはできます。
 ただ、「必然的に」というのはそのとおりですが、「必要的に」というのは違うでしょう。

 「突然変異が生物が存続していく為に予定されたシステム」というのも違うでしょうね。
 突然変異が起きるのは、DNAが自己複製していく中での単なる「エラー」であって、化学反応に過ぎません。
 DNAが自己複製する性質を持つ化学物質だったから、それは「増える」ことができた。増える際に希に「ミスコピー」してしまうものだったために、まったく同じモノが無限に複製されるのではなくバリエーションが生じた、その結果が現在の生物多様性、というわけです。
 別に哲学的にであれば「予定されたシステム」みたいな表現を使っても良いと思いますが、少なくとも科学の側から見ればその表現はありません。
 例えば、車のキーレスエントリーではごく希に違う車のロックを解除してしまうことがありますが、それを「車上狙いをさせるための予定されたシステム」というのと同じような違和感を感じます。

 進化論に関しては、古い知識のまま誤解されている人が多いので、基本的なことを少し。

1.それぞれの変異はとても小さな変化
2.自然淘汰は「先の見通し」を持たない

 これが本質問に関する「進化の基本」とされていることなのですが、まず1の説明から。

 「ほとんどの突然変異は不利な変異」というのは、実は100年近くの前の話です。まだ遺伝子の正体さえ明確にはなっていなかった時代の実験で、ショウジョウバエに放射性照射をして変異を起こさせたが、そのほとんどが致命的あるいは不利な変異であった、という実験です。
 その少し前にド・フリースという人が放射線照射で起こさせた「変異」がさらに次世代に伝わることを発見して、この「突然変異」が進化の原動力ではないか、という説を唱えたわけで、「突然変異はほとんどが不利な変異」という結果は一時突然変異説を否定する根拠となっていました。

 その後DNAが遺伝子の正体だということが解明され、DNAの機能やふるまいが詳しく判ってくるにつれ、「突然変異のほとんどは有利でも不利でもない中立的な変異」という中立説が提唱され、これは現在でも生きています。というより、現代の遺伝学の基礎となっています。

 思うに、ショウジョウバエの実験は、放射線照射によってゲノム全体にダメージを与えているわけですから、「大きな変異」を誘導しやすい手法であるわけです。
 「大きな変異」のほとんど全てが「不利または致命的」である、というのは、「跳躍的な進化は確率的にあり得ない」ということを証明していたに過ぎなかったわけですね。

 キリンの首が突然長くなる、眼のような複雑な器官が突然できる、というような「跳躍的な進化」は、一般的には一度に多数の遺伝子の変異を必要とします。
 例えばキリンの首が長くなるだけでは心臓の出力が足りなくなりますし、身体全体のバランスもおかしくなるので、仮にキリンの首が長くなること自体が単一の遺伝子の変異で発現するのだとしても、それが「有利な変異」となるためには心臓やその他の多くの遺伝子が同時に変異する必要があります。
 そのようなことは確率的にあり得ない、というのは、まあ当たり前の話です。

 これがキリンの首の例えを再び用いると、首が5cmしか長くならない変異であれば、身体の他の部位の変異がなくても「5cm長い優位性」が成立します。
 その有利さはごくごく僅かではあるのですが、十分長い世代数と個体数で見るときっちり選択圧は働きます。

 2の「自然淘汰は先の見通しを持たない」のも、これも考えればごく当たり前のことですが、つまりは「あらゆる変異はその時点で有利なものでなければ淘汰される」ということです。
 非常にシンプルに、「突然変異はランダムに起き、自然淘汰はその時点で不利な変異を淘汰し、有利な変異を選択する」というのが大原則だと覚えてください。
 進化については未だ解明されていない謎も多いですが、この大原則を否定するような知見は見いだされていません。

 要するに、質問者さんの「突然変異」という現象に対するイメージや認識が、100年前のド・フリースやモーガンの実験によるものからほとんど出ていないのが、その先の考察で迷ってしまう原因だと思いますよ。

>ただ、環境の激変への最も有効な対処方法(予防手段)は生物多様性かとも思いますし、やはり突然変異のようなものは必須とは言えない気もします

 その生物多様性は「突然変異」がもたらしたものですよ。

この回答への補足

>>奇形というのは他回答でも指摘されているとおり、遺伝子の変異だけが原因ではありません。

>>ご質問の意図だと、奇形よりは「遺伝病」の方がしっくりきますね。つまり、「遺伝病と突然変異は本質的に同じものであり・・云々」という質問であれば、そのとおり、ということはできます。

なるほど、そうなのですね。
ご回答有難うございます。

>>進化論に関しては、古い知識のまま誤解されている人が多いので、基本的なことを少し。

>>要するに、質問者さんの「突然変異」という現象に対するイメージや認識が、100年前のド・フリースやモーガンの実験によるものからほとんど出ていないのが、その先の考察で迷ってしまう原因だと思いますよ。

解説有難うございます。
これらの点については、従前の認識と概ね異なる所はありません。
変異にも大小ありかつ中立的であること、進化は結果に過ぎないこと、は共に前提としております。

>>その生物多様性は「突然変異」がもたらしたものですよ。

申し訳ありません、言い方が不適切でした。
この発言は、突然変異が生物多様性の一因となっていることを否定する趣旨ではありません。
・環境の激変への対処方法→生物多様性が最も有効か
・生物多様性の原因→突然変異が全てというわけではない
ここから、
・突然変異→環境の激変への対処に必須とまでは言えない
という文脈に至った次第です。

>>ただ、「必然的に」というのはそのとおりですが、「必要的に」というのは違うでしょう。

>>例えば、車のキーレスエントリーではごく希に違う車のロックを解除してしまうことがありますが、それを「車上狙いをさせるための予定されたシステム」というのと同じような違和感を感じます。

確かに「必要的」「予定」「システム」という語は適切ではないかもしれませんが、
それらを通して言い表わしたいことは、その「エラー」や「ミスコピー」という「偶然」そのものが、結果的に安定して発生する「偶然」なのではないか、ということです。

つまり、例示すると、

20%の確率でエラーする複製機能を持つ種Aが存在
10%の確率でエラーする複製機能を持つ種Bが存在
0%の確率でエラーする複製機能を持つ種Cが存在

この内、Aは複製機能の粗雑さ故に淘汰された。
Cも、短期的に見れば存続には適しても、長期的に見ると環境の変化等への対応力が劣り、結果的に淘汰された。
即ち、エラーする割合そのものにも淘汰圧ないし選択圧が働き、一定の割合でエラーを起こしてしまう複製機能所有遺伝子が残るに至った、ということです。

この、一定割合のエラーの発生が、「偶然ではない偶然」と言えるのではないかということを、必要的、予定的、システム的、と称したのですが、
果たして、これらの概念を用いずに簡潔に表現するとなると、どのような語を用いれば良いのか見当が付きません。
形質、という表現もまた違う気がしますし(遺伝子の中にエラーするよう指示があるわけではない、個別的にはあくまでもミス)、どう表現すれば良いのでしょうか。
(それが実際に合っているか否かは別として。)

補足日時:2012/05/11 23:15
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この回答へのお礼

ご回答有難うございました。

お礼日時:2012/05/17 04:14

こんばんは



遺伝子の損傷や転写エラーにより他の個体と異なる形質が現れたものを突然変異と呼ぶことが多いようです
遺伝子の突然変異の場合には、突然変異個体が発生せず、形質的には他個体となんら変わらない個体であることも多いようですね
対して奇形個体の場合はもちろん形質的に他個体と異なるわけですが、遺伝子そのものは正常であるにも関わらず発生する事があります
これは発生時の何らかのアクシデントにより、分化が阻害されたり過剰になるケースなどです
(極端に言えば一卵性双生児もある種の奇形個体であると考えることも可能です)
この原因は催奇形物質や母体や発生中の個体に対する過剰な刺激、原因不明である場合も多いようです
もちろん遺伝子の突然変異による奇形個体の発生も起こります
単純に奇形個体と突然変異個体を同質あるいは別物と論じることはできません
それぞれの定義が異なりますが、一部重複している部分があるため判りにくい事は確かです

現在は遺伝子レベルでの突然変異が進化の一因であるという考え方が主流ではありますが、異を唱える研究者もいるようです
これは発生する突然変異が生存に有利に働くものばかりではない(むしろ不利な変異の方が圧倒的に多い)、また積み重なっていけばやがて生存に有利な形質になってゆくような変異であっても、その形質が充分に機能されない間はむしろ不利に働くのではないか、という事のようです

突然変異を起こすことは、長期的に見れば有利に働く事もあるが、中短期的にはむしろ不利ではないか?という疑義には確かに頷かざるを得ません。
しかし、ウイルスや細菌類では変異個体の発生により、頻繁に新しいタイプのものが出現しており、これを進化の実例だと言われれば、それはそれで理解できる話です
(例を挙げればインフルエンザウイルスの変異などでしょうか?)

おっしゃられている「一定の割合で突然変異を起こすシステム」というのはDNA転写の際にエラーを起こす、という事と同意であろうと思います
これはシステムとして備わっていると考えるより、不可避的に発生するエラーを有効に活用してきた(あるいは有効活用できるまで無駄とは思いながらも温存してきた、とでもいいますか・・・)運用上の話であるように思います
もちろん、利用・保存できないような重大なエラーは廃棄(絶滅)してしまうわけですから、システムとして備えるにはかなりリスキーです

いずれにせよ生物の進化に関しては未知の部分が多いので、現状では結論は出せないでしょう
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この回答へのお礼

>>いずれにせよ生物の進化に関しては未知の部分が多いので、現状では結論は出せないでしょう

ご回答有難うございます。
まだ完全には明らかになっていない部分なのですね。

>>それぞれの定義が異なりますが、一部重複している部分があるため判りにくい事は確かです

奇形の原因としての突然変異(遺伝子異常)は、あくまでも一部に過ぎないのですね。
外部からの影響が奇形の原因の大半を占めるのだとすれば、その分だけ、進化等との関連性も薄れることになりそうです。

>>現在は遺伝子レベルでの突然変異が進化の一因であるという考え方が主流ではありますが、異を唱える研究者もいるようです
>>これは発生する突然変異が生存に有利に働くものばかりではない(むしろ不利な変異の方が圧倒的に多い)、また積み重なっていけばやがて生存に有利な形質になってゆくような変異であっても、その形質が充分に機能されない間はむしろ不利に働くのではないか、という事のようです

確かにその通りです。
多様な生物の奇抜な形質を見ていると、そこに至るまでの過程が全くイメージできないものも多々あり、その度に疑問に思います。
ですが、だからこそ逆に、通常の個体差の延長としての緩やかな進化の結果ではなく、突然変異としての飛躍的な変化の結果なのではないかとも思えます。
勿論、突然変異個体のほぼ全てが環境に対して不利に働くであろうというのは、その通りだと思います。

>>突然変異を起こすことは、長期的に見れば有利に働く事もあるが、中短期的にはむしろ不利ではないか?という疑義には確かに頷かざるを得ません。

個人的には、長期的なメリットが中短期的なデメリットを上回った結果としての突然変異ではないかというように考えています。
突然変異が頻繁に起きても問題があるが、逆に全くない場合は環境の激変等に急速に対処できる可能性が低くなってしまうので、一定の割合で突然変異個体が生じる余地を残していることもあり得るのではないかと思っています。
(過去、長い生物史の中で、全く突然変異を起こす余地のない種が存在した可能性はあっても、そうした種は全て滅んでしまったのではないかと。)

ただ、環境の激変への最も有効な対処方法(予防手段)は生物多様性かとも思いますし、やはり突然変異のようなものは必須とは言えない気もします。

確かにはっきりとは分かりませんね。

お礼日時:2012/05/10 10:05

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