最近世間では残忍な犯行が多いです。栃木の宝石屋
や弘前の武富士に世田谷の一家惨殺とか。こういう
残忍な犯行が一年間に3件も起こるのは異常だと
思います。そこで中国みたいに公開死刑にしたら
どうでしょう?犯罪抑止力に効果絶大だと思いますが。
現状では最高裁まで争って20年くらいして事件が
風化した頃やっとひっそり執行されるみたいです。
でも小さい子が人が殺される時を見るのは教育上よくないかも
しれませんね。結論に達してしまったようですが、
ご意見をお聞かせ下さい。

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A 回答 (8件)

仰る通りで教育上良くありません


「気に入らない存在は殺してしまえばよい」という風潮が蔓延し、結局治安が悪くなります

死刑を廃止すると殺人が減ります
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もしもそんなことをやったらもう日本はおしまいだ。


公開死刑なんてする国の国民性を疑うべきだと思うが。
そんなことで解決するとなどはまったく思わない。
公開死刑をしてもまったく効果がないし、むしろ悪化させてしまうのが落ちだ。効果があるなら中国で犯罪は減るはずだが、減っていない。しかも、そんな見せしめみたいなもので犯罪を抑制しようという考え自体が間違っている。絶対にやってはいけない。しかもyouが言うように子供が見てしまうのはよくない。光市殺人事件の犯人のような人が量産されてしまう(あの人は猫を殺して性的欲求を満たしていたらしい)。

そもそも死刑という刑罰がある時点で国民性を疑う必要がある。つまり日本の国民性も疑う必要は十分ある。たとえどんな命でも殺してはいけないというのが人間の掟である。人間はどんなひどいことをした人間も絶対に殺してはならない。それを破っているのだ。
さらに、実行する人のことも考えてみろ。人を殺していい思いをする人なんか精神異常者しかいない(たとえば光市殺人事件の犯人のように)。
したがって、実行する人はかなりの精神的苦痛をもつ。うつ病になってしまう人も多いらしい。
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 公開死刑を望むような風土自体が、人の命を軽く扱い、凶悪犯罪を生む土壌となっているようにおもいます。

「公認リンチ」でしかないですね。人が死ぬのをみたいですか? 直接自分が手を下さないだけで、自分が殺しているのと同じになるでしょう。たぶん、あとあと、うなされますよ。

 最高裁まで争って20年ぐらい・・しても、ほんとうは無実なのかもわからないし、実際に免田事件や松山事件のように、再審無罪になった被告もいます。

 私の個人的な考えでは、sassyさんの「3段階」が必要だとおもいます。
 死刑というのは、更正させることをあきらめた、逃げ道でしょう。

 
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皆さんと同じような回答になるかもしれませんが、補足ということで。



まず、死刑存廃問題についてはそれぞれの立場にとってジレンマを抱えています。
死刑存続派にとっては例えば冤罪の問題、廃止派にとっては被害者感情などです。
で、公開死刑にしたら犯罪がなくなるかという問題ですが、
「見せしめ」としての効果が全くないとは思いますが、
死刑に、根本的な犯罪抑止力があるかといえば、Noでしょう。
つまり、人殺しをする上で、
「自分はこの人を殺したら死刑になるかもしれない」
と考えた上で殺人を行うなんてことはそうありえない・・・
ということです。
ただ、被害者感情として持つであろう、
「憎き犯人を殺してやりたい」
という復讐感情を国家が代行している、
それが今の日本の死刑制度だと私は解釈しています。
国際社会における立場について指摘されてる方もいらっしゃいますが、
犯罪者の人権の前に被害者の人権をどう扱うか、
この点について非常に敏感な日本人という人種のことも踏まえて、
考えるべき問題ではないでしょうかね?
また、公開死刑の場合、残虐な刑罰の禁止を定めている憲法にも違反するでしょう。

確か、中国には、死刑囚といえど、模範囚である場合には

刑が減軽される可能性があったかと思います。
日本では、悟りを開いたような真人間に立ち戻った死刑囚が
残念ながら処刑されたという話があるそうです。
こうした制度は取り入れてもいいんじゃないかと思うんですけどね。

余談になりますが、
「死刑執行人の苦悩」という本が出ているはずです。
創出版というところが出版し、その後大手出版社の
文庫本として再販されていたはずです。
死刑問題に興味がおありでしたら、お読みになることをお勧めします。
別の側面が見えてきますよ。
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私はPEPSIさんの立場から補足します。


「人権絶対」という現在の国際状況からすれば、死刑を存続していること自体がすでに「人権」に触れるということを、agv6cavoさんはご存知でしょうか。
すでに国連で「死刑撤廃条約」が発効しており、先進国で死刑を残している国は、アメリカと日本ぐらいです。
それで、日本がG7やサミットから締め出しを食らい、かつてアパルトヘイトによって南アフリカ共和国が受けていたような制裁を喜んで受けたいと、agv6cavoさんはお思いなのでしょうか。
そうだとしたら、よく国益を損ねる発言ができると、呆れを通り越して、何を考えたら良いのかわかりませんね。

新しい事例だと、2000年のオリンピックで、中国が人権がらみで招致に失敗したと言われることが想起できます。「名古屋がことばがらみでソウルに負けた」より厳しいいちゃもんかも知れませんが、そういう見方もできます。
あるいは、第2次天安門事件において、武力弾圧を行なった中国が、国際世論の激しい非難を受けたことも、容易に思い出せます。

超保守の論壇でも、中国のような死刑はおかしいと言っているはずです。
もし、人殺しが死刑を覚悟で殺人をしたら、世の中どうなるのでしょう。

死刑も「国家による人殺し」ですよね。

ご質問の件、結論として「人権」と国際社会の論理に甘い考えです。
多角的な視点から、「死刑」そのものを見ていただきたいと思います。

好き嫌いもあると思いますが「ニュースステーション」(テレビ朝日系)で、死刑囚の死刑執行を停止してほしいという嘆願を、被害者が出している事例が特集で放送されました。テレビ朝日の当該ホームページにあるかもしれません。

ここからは私見です。
死刑の廃止は即座には難しいので、次のような手続きを踏む必要があります。
(1)有期刑の上限(15年、加重されても20年)の撤廃
(2)終身刑の導入
(3)被害者補償の徹底
この3段階を経て、死刑廃止が行われるべきです。
世論を味方にするのではなく、立法府がイニシアチブを取ってやるべきです。
悲しいかな、そのような国会議員はほとんどいません。

また、このような質問がなされること自体が、殺人などの社会病理を生み出す温床になっていると考えます。私の専攻である社会学から言えば、こういったものを、「社会問題の構築」(問題にならない問題を、敢えて問題にすること)というのです。

参考URLの代わりに、サーチエンジンで「死刑廃止」と検索して見て下さい。
参考文献として、団藤重光『死刑廃止論 第6版』(有斐閣)
        『日本の論点2001』(文藝春秋)の本村洋氏・福島瑞穂氏の論文
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get-miyakoさんの仰る通り、それで犯罪が無くなりはしません。

逆に悪党どもは、どうやれば捕まらずに済むかと言う事をさらに考え、余計犯罪が陰湿化するだけだと思います。
それよりは、人々が犯罪を起こさないような環境にすることが大事です。
これは監視の目を強めて犯罪を「起こさせない」のではなく、犯罪をしようという考え自体を「起こさない」ようにするという意味です。
ただ、これを国家が主体になって進めていくと必ず国家の意思の入った全体主義的なものになってしまうので、個々人が犯罪、ひいては悪徳について真摯に考えて、自身で「悪い事をしない様にしよう」という自覚を持つのを期待するしか無いのですが。
……不可能に、近いですね。
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 中国では公開死刑が実施されていますが、犯罪は撲滅されたでしょうか。

依然凶悪犯罪は発生してますよね。「みせしめ」は抑止効果十分と考えられがちですが、それでも犯罪を犯す人は絶えないのです。
 むしろ犯罪を未然に防ぐ、また犯罪を犯せば必ず検挙されるようなシステムを構築するほうが、はるかに抑止力があると考えられます。もちろん犯罪の増加には必ず『不況』という影がついているので、景気をよくすることも重要でしょうが。
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「公開死刑」は独裁者が「恐怖政治」を断行するために良くやる方法だと思います。


例えば政治家がその法案を出したとして、誰が支持するでしょうか?
「見せしめ」というのは効果はあるかもしれませんが、
「公開処刑」はやりすぎですね。
人権侵害であらゆる国に叩かれると思いますよ。
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Q核抑止力の評価

 当時、質・量ではアメリカ・ロシアに次いで、世界第三位の核戦力を持っていたイギリスに対して、1982年、アルゼンチンがフォークランド諸島を占領したことで、フオークランド戦争(フオークランド紛争)が起こりました。

http://mgdb.himitsukichi.com/pukiwiki/?%A5%D5%A5%A9%A1%BC%A5%AF%A5%E9%A5%F3%A5%C9%C0%EF%C1%E8
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E7%B4%9B%E4%BA%89
 
 軍事は、抽象論ではなく、リアリズムを踏まえたものという観点から、『この戦争に核抑止力が働かなかったのはなぜでしょうか』と言う問いに答えて下さい。
 以下、4つのケースを想定しています。

1、核抑止力が働かない特殊ケースであった。
 ⇒ その特殊性について、解説してください。

2、核抑止力は働いたが、表に出なかった。
 ⇒ どういう形で抑止力が働いたか、何故表に出なかったか、解説をお願いします。

3、核抑止力自体が空想の産物。
 ⇒ この戦争において、どのような形で、核抑止力が空想であるということが示されているか。

4、その他

 現在、核抑止力の本質が検討されないまま、「核抑止力が有効である」とか「核抑止力がない」とかいう議論がされています。
 核抑止力が働かなかった?ように見えるイギリス・アルゼンチン間で戦われた実際の戦争を踏まえて、
「核抑止力は、どういう状況では働かず、また働くならば、どういう状況なのか」と言うことを知るために、フォークランド戦争という具体例をベースに、回答をお願いします。

 当時、質・量ではアメリカ・ロシアに次いで、世界第三位の核戦力を持っていたイギリスに対して、1982年、アルゼンチンがフォークランド諸島を占領したことで、フオークランド戦争(フオークランド紛争)が起こりました。

http://mgdb.himitsukichi.com/pukiwiki/?%A5%D5%A5%A9%A1%BC%A5%AF%A5%E9%A5%F3%A5%C9%C0%EF%C1%E8
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E7%B4%9B%E4%BA%89
 
 軍事は、抽象論ではなく、リアリズムを踏まえたものという...続きを読む

Aベストアンサー

戦時国際法では、非人道的攻撃を受けた場合には同じ手段での復仇は認められる、というのが基本ですよね。
例えば国際法では毒ガス・化学兵器の使用は禁止されていますが、毒ガス・化学攻撃を受けた場合は報復として毒ガス・化学の使用が認められます。
戦時中の日本は毒ガス・化学兵器を大量に保有していたため、米軍による枯葉剤の散布など毒ガス攻撃(作戦計画はあった)を受けることはありませんでした。逆に、日本も米軍に対しては毒ガス・化学兵器を使用することは一切ありませんでした。真珠湾攻撃以前の日中戦争では日常的に化学兵器(赤筒)を使っていたにもかかわらずです。
これは要するに毒ガス・化学兵器の抑止力が日米双方に働いたということです。

国際法では同じ手段での復仇を認めることで、非人道的手段による攻撃を抑止させようとしているのです。
核抑止力の場合、抑止するのは相手からの核攻撃ですので通常攻撃を抑止することはできません。

Q死刑の抑止力

死刑には凶悪犯罪をある程度は抑止する力があると思います。
しかし、宅間守や加藤智大ようなケダモノには無力です。ある程度の抑止と、被害者感情を晴らすために死刑制度が必要であると思うだけです。
みなさんは どう思いますか?

Aベストアンサー

死刑制度はあってもいいですがなくても良いと思ってます。
ただし条件があります。

終身刑で減刑なし、という刑が死刑の代わりになるなら
死刑はなくてもいいと思っています。

死刑よりよほど囚人は辛いと思いますよ。
考えただけでもぞっとします。

懲役ではないので労働もなし、工場で働くことも許されません。
死ぬまであの狭い部屋を出られない。
まったく希望がない世界です。
毎日まずい飯を食い、命が終わるまで時間の過ぎるのを
待つだけです、きっと地獄でしょう。
気が狂わんばかりの辛さではないでしょうか。

死刑の場合死刑になるまでは辛くとも、刑が執行されれば
その辛さから開放されてしまいます。

人間遅かれ早かれ死ぬ運命です。
であれば、終身刑の囚人にはできるだけ長い間苦しんでから死んでほしいですね。

私が被害者の家族や遺族になったら死刑を望まず、終身刑を望みます。
苦しめ!苦しめ! そーやって何十年と苦しんでから死ね!
と思いますね。

死刑より重い刑だと私は考えます。
なので、終身刑がその代わりを務めるなら死刑なんかなくたってかまいません。

Q「抑止力」と「沖縄県民の人権」とどちらが大切ですか?沖縄にいる米軍に「

「抑止力」と「沖縄県民の人権」とどちらが大切ですか?沖縄にいる米軍に「抑止力」が本当にあるのかないのか、グアムに移転したら抑止力が減ずるのか?そも、日本防衛のための抑止に米軍を置いているのではなく、ベトナム、アフガン、イラクなど、世界の戦地への出撃基地として基地を置いている。
このように「抑止」という概念には大いに疑問符が付くのに反し、沖縄県民の人権侵害は、現実に、日常的に起こっていることです。騒音くらいなら(なんて言ったら沖縄の人が烈火のごとく怒るでしょうが)まだしも、海岸にレイプ死体が捨てられていたなんて到底許されることではありません。

従って、実体の不明な抑止云々は後回しにして、先ずは沖縄の基地をどんどん撤去して行くべきではないでしょうか?アメリカが同意しないでしょうが、タフな交渉をして行くべきだと思います。抑止が必要だというなら、グアムなりハワイなりテニアンを使ってそれを構築してもらえばいいわけです。
「人権」は人類が到達した最高の概念だと思います。いつ如何なる場合でも守らねばならないものです。
それが現実に毎日蹂躙されているのを放置して、抑止力もへったくれもないでしょう。

米軍の抑止力を信じておられる方、回答をお願い致します。
「抑止力」と「沖縄県民の人権」の両方を満足させる解はないと思います。2者択一だと思いますから。

「抑止力」と「沖縄県民の人権」とどちらが大切ですか?沖縄にいる米軍に「抑止力」が本当にあるのかないのか、グアムに移転したら抑止力が減ずるのか?そも、日本防衛のための抑止に米軍を置いているのではなく、ベトナム、アフガン、イラクなど、世界の戦地への出撃基地として基地を置いている。
このように「抑止」という概念には大いに疑問符が付くのに反し、沖縄県民の人権侵害は、現実に、日常的に起こっていることです。騒音くらいなら(なんて言ったら沖縄の人が烈火のごとく怒るでしょうが)まだしも、海岸...続きを読む

Aベストアンサー

抑止力は、北京・ピョンヤン・ウラジオストックに対してなんです。日本の自衛隊が対抗できればいいですよ。でも、軍隊は駄目と仰せなら、アメリカさんに頼ることになるでしょう。
貴方のお考えとずれちゃいますが、これら3国と日本は対等にお付き合いできていますか?いつも押し捲られてるだけでしょう。抑止力が無くなったら、たちまちアフガンのようになるでしょうね。日本国内のどこかに対抗できる基地が無ければ、侵略を止めることは難しいです。

Q家族惨殺のドラマなんて必要ですか

家族を惨殺するネタのドラマやってますが、実際に世田谷で一家皆殺しの犯罪や最近も自暴自棄的な無差別通り魔殺人や傷害事件が起きていてこういうドラマ見て感化されたロクデナシが真似して実際に犯罪やったらどうするのでしょう。
今はどういう惨い犯罪が起きてもおかしくない世の中になっています。

そんなことが実際起きたらそれはやった奴が悪いだけで影響を与えたドラマは何も悪くないのでしょうか。

面白おかしく視聴率上がりカネ儲け出来さえすればネタは何であれ構わないのですか。

Aベストアンサー

実際起きたらそれはやった奴が悪いだけで影響を与えたドラマは何も悪くないのでしょうか。
>>そんなドラマ面白くないので見ませんが、そういうケースでは、ドラマ作成者は罰せられないと思います。 しかし、そういう暗いドラマを作るほうも作るほうですね。また、番組作りには、社会貢献が求められて当然かと思われます。

Q核保有は戦争の抑止力となるか

タイトルの通りです。
核保有は戦争の抑止力となるでしょうか?

日本は核を保有していませんが、アメリカが核を保有し日本を守ってくれることで、日本にも抑止力は働いているのでしょうか?

Aベストアンサー

米ソ冷戦の到達点は、核抑止力による均衡と軍拡競争による消耗戦でした。米国は膨大な借金大国となりソ連は膨大な軍事費が支えきれず国家としての機能を失い倒れました。莫大な借金を抱える事となりましたが米国は辛くも米ソ冷戦に勝利した訳です。その間、核抑止力はゲーム理論などによって理論的に証明がなされ、核抑止による均衡が世界平和を作っていると話す学者などもでてきました。

しかし2001年9月11日の米国同時多発テロ事件によって、核抑止力によって安全保障は保てないと米国は考えを変える事となりました。核爆弾がひとたびテロリストの手に渡れば米国に甚大な被害をもたらすとし、この予測に米国は大きな恐怖感を持つようになります。

国家とは全く異質の存在であるテロリストには、これまでの軍事事もゲーム理論などによる戦略も通用しないため、これまでの対共産圏への抑止として、米国の繁栄の証しとして政治広告としてアピールし続けてきた”自由”を捨て、9.11以降米国では個人のメールなどまでが対象となる徹底した監視活動までを行うようになりました。ブッシュ政権下ではこの手の恐怖政治的手法が多用されました。

核拡散はテロリストへ核爆弾を渡すリスクを増大させる事になるため、核拡散は世界をより不安定にする事でしょう。

核抑止の話はアメリカに守られているとか守られていないとかいった話ではなく、力の均衡によって戦争に至らずにいるという話です(机上の話ではありますが)。もし核抑止が日本の平和と安定を保っていると”仮定”したのであれば、米国だけではなく他方のロシアや中国などの軍事力、核保有能力も重要な核抑止能力の一つでもあるという事です。

米ソ冷戦の到達点は、核抑止力による均衡と軍拡競争による消耗戦でした。米国は膨大な借金大国となりソ連は膨大な軍事費が支えきれず国家としての機能を失い倒れました。莫大な借金を抱える事となりましたが米国は辛くも米ソ冷戦に勝利した訳です。その間、核抑止力はゲーム理論などによって理論的に証明がなされ、核抑止による均衡が世界平和を作っていると話す学者などもでてきました。

しかし2001年9月11日の米国同時多発テロ事件によって、核抑止力によって安全保障は保てないと米国は考えを変える事となり...続きを読む

Q死刑制度は抑止力?

はじめまして。
 最近、少し古いですが、『金田一少年の事件簿』や『名探偵コナン』などの探偵漫画を読んでいて前から思っていた疑問が、さらに分からなくなったので、皆さんの意見を聞かせてもらいたいです。

 あの手の探偵漫画は、恋人もしくは大切な家族を殺されたその復讐として、犯人が復讐相手を殺していくというパターンが多いのですが、必ずといってもいいほど、最後に主人公が「(その殺された恋人もしくは家族)はそんなことを望んでいない」ときめ台詞をはいて、犯人はその恋人もしくは家族のことを思い出して、うずくまるというパターンが多々あるのですが、実際はどうなのでしょうか?

 ある漫画では、主人公が犯人に向かって「~(殺された恋人)は、あなたに最後なんていったの?私の恨みを晴らしてくれ!~(殺した相手)をぶっ殺してくれ。って言ってたの?」と犯人に説得する場面もありました。
 
 『う~ん、そうかもなぁ~』とそのときは納得していましたが、実際いじめの被害者の話を聞いてみたりすると、「相手を殺してやりたいぐらい憎かった。」と言っている人も、決して珍しくはありません。
 
 ただ、僕は幸いにも、家族が理不尽な死を迎えたわけではありませんので、よく分からないのですが、死刑判決が出てたとえ被告が刑に処されたとしても、被害者の家族がそれを満面の笑みで迎えているという場面がどうしても想像できません。
 被害者の心を本当に慰めるものは、加害者の死だとはどうしても思えないものがあります。

 だから、死刑制度というのは単なる抑止論に過ぎないものなのでしょうか?そうだとしたら、現在でも『見せしめのために人を殺す』ということをやっているということになるのですが、そういうことなのでしょうか?

 





 

はじめまして。
 最近、少し古いですが、『金田一少年の事件簿』や『名探偵コナン』などの探偵漫画を読んでいて前から思っていた疑問が、さらに分からなくなったので、皆さんの意見を聞かせてもらいたいです。

 あの手の探偵漫画は、恋人もしくは大切な家族を殺されたその復讐として、犯人が復讐相手を殺していくというパターンが多いのですが、必ずといってもいいほど、最後に主人公が「(その殺された恋人もしくは家族)はそんなことを望んでいない」ときめ台詞をはいて、犯人はその恋人もしくは家族のこ...続きを読む

Aベストアンサー

 死刑制度の存在意義については非常に多くの見解があり、もちろん、存在意義そのものを否定する見解も多くあります。ご質問にひとつの正しい解答を与えて差し上げることはできませんが、私が死刑廃止・死刑存置を主張する書物や被害者とその家族について記した書物を読んで感じたことは、死刑とはやはり、加害者の、被害者への理不尽な行為に対する「応報」ではないだろうかという事です。

 死刑を肯定する立場としては、死刑の威嚇力(犯罪の抑止力)を主張する人、伝統的な応報論を主張する人、さまざまですが、私が書物から得た知識によれば、死刑には威嚇力はほとんどないと思います。死刑制度が存在するからといって、犯罪は減ることはないと思います。死刑制度をしいている主な国家であるアメリカ合衆国(州によります)・中国・アフリカや中東の国々での犯罪発生率は極めて高く、死刑制度の威嚇力の恩恵はほとんど感じられません。また、死刑を廃止した国々の、その後の犯罪発生率を見ても、ほとんどの国では発生率に変化がありません(死刑に威嚇力があるとすれば死刑廃止後に犯罪発生率が増加するはずです)。死刑の威嚇力のみを主張して死刑存置論を唱えることは、今日では無理があると言えます。

 では、いったい死刑制度の存在意義は何か、ということです。犯罪の防止に役に立たないのであれば、不必要な制度なのでしょうか。

 犯罪者に刑罰を科すということには、たしかに、「こういう事は犯罪だからしてはいけませんよ」と言い聞かせて犯罪を抑止するという目的があります。しかし、何千年も昔から制度として確立されてきた、刑罰というものの本質は、やはり「応報」であると思います。人間の純粋な感情として、「悪いことをした人間にはそれ相応のリベンジを与えたい」「自分の苦しんだことを相手にも思い知らせたい」という応報感情があります。これは誰もが持ち合わせている、本能的な感情だと思います。自分の家族が、あるいは自分自身が傷つけられた時に、傷つけた相手を憎み、悔しがり、憤ること。このような感情を、国家が本人に代わって、静め、慰めることが刑罰の本質だと思います。

 では、実際の被害者あるいはその家族は、加害者が刑罰を加えられることで気持ちが静まり、慰められるでしょうか。これを否定する人も数多くいます。「犯罪者が死刑になったからといって、被害者が帰ってくるわけではない」「むなしい気持ちが残るだけだ」と。しかし、自分の最愛の人を理不尽な理由で突然に奪われた人の気持ちは計り知れないものがあります。私も経験したことはありませんが、その苦しみは海より深いほど大きいと思います。このような苦しみを拭ってあげるにはどうしたらいいでしょうか。時間が解決してくれるでしょうか。私は、加害者に刑罰を加えることで(あるいは死刑にすることで)、このような苦しみが少しは晴れるのではないかと思っています。愛する人を理不尽な理由で突然に奪われた人は、もし死刑制度がないとすれば、その命を奪った加害者と、その後も同じ世界を生き続けなければなりません。これは、残されたものにとって、大きな苦痛であり、この上ない不条理です。加害者が死刑になることで、その加害者と世界を共有する必要がなくなり、残された者の苦しみ・無念が少しでも晴れるのであれば、死刑制度というものは、被害者を愛していた人々にとって唯一の救いになるものであると思います。

 そして、最も忘れてはならないことが、理不尽に命を奪われてこの世を去った人たちの無念の気持ちです。天国というものがあるかどうか分かりませんが、たとえ遺族が多くの時間と周りの支援によって加害者を許すことができたとしても、命を奪われた本人はどれだけの時間をかけても、加害者のことを許すことはできないでしょう。すでにこの世に存在しない人の事を言っても無駄だと思うかもしれませんが、ある犯罪者が死刑にされるということは、その犯罪者が理不尽に他人の命を奪ったという事が大前提であり、それこそが応報の本質であると思います。

 私は神様ではありません。低俗で醜いひとりの人間です。もし、誰かが自分の最愛の人の命を奪ったなら、奪った人間を心の底から憎み、その人間が死刑になることを強く望むと思います。憎しみとは、醜い感情かもしれません。しかし、人間にとって当たり前の、本能的な感情です。愛する人のためであれば、自分の醜い部分を晒すことに何のためらいもありません。犯罪者が行ったことに対する、当然の応報を望みます。

 以上、私的な意見を長々と書かせていただきました。m(__)m ご質問の回答になったかどうかは甚だ疑問ですが、あなたが死刑について考えるときに少しでも参考になれば幸いです。

 

 

 死刑制度の存在意義については非常に多くの見解があり、もちろん、存在意義そのものを否定する見解も多くあります。ご質問にひとつの正しい解答を与えて差し上げることはできませんが、私が死刑廃止・死刑存置を主張する書物や被害者とその家族について記した書物を読んで感じたことは、死刑とはやはり、加害者の、被害者への理不尽な行為に対する「応報」ではないだろうかという事です。

 死刑を肯定する立場としては、死刑の威嚇力(犯罪の抑止力)を主張する人、伝統的な応報論を主張する人、さまざまで...続きを読む

Q日本にあるアメリカ軍基地は、日本に戦争を仕掛けさせないための、抑止力の

日本にあるアメリカ軍基地は、日本に戦争を仕掛けさせないための、抑止力のために存在しているのでしょうか。

少なくとも、抑止力が一番の目的と考えればよいのでしょうか。

Aベストアンサー

違います。
アメリカと敵対してる国を抑止するためですよ。
日本は地球上でもっともアメリカに従順です。

Q死刑の犯罪抑止力

たまに、死刑の犯罪抑止効果は証明されていないと聞きます。

では、愛知女性拉致殺害事件はその証明にはならないのでしょうか?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E7%9F%A5%E5%A5%B3%E6%80%A7%E6%8B%89%E8%87%B4%E6%AE%BA%E5%AE%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6


因みに、統計的観点では、抑止効果の有無を証明できないと思っています。

Aベストアンサー

死刑に抑止力はあるかときかれると難しいですね。

この手の質問、質問者の方は死刑賛成派と理解していますが、おそらく
は死刑反対派の方がよく投げかける「死刑の抑止力」の質問っていうのは疑問に思いますよ。

刑罰に犯罪抑止力はあるかと聞かれれば、だれだってあると答えるの
に、なぜ、死刑とか無期懲役とかここの刑罰の問題になるかがずっと疑
問に思っています。


死刑を含めたすべての刑罰に抑止力はあると。それなのに、死刑自体に
は抑止力はないというのが不自然ということですよね。


だからこの手の質問の「死刑に抑止力はあるのか?」ときかれたときに、それは死刑自体の抑止力のことなのか?死刑というすべての刑罰自
体のことなのか。という言葉の定義からあいまいなのだと思います。



ここの言葉自身の問題はあまり議論でも触れられないので、結局死刑賛
成派と反対派で堂々巡りしているのかとも思います。


だからあなたの死刑に抑止力はあるというのも十分にいえるのかもしれ
ません。


>絶対)終身刑導入には、いろいろ問題が多いみたいです。


ですね。
絶対的終身刑は刑罰の本質を間違っていると思います。
刑罰にはやはり応報目的だけでなく教育目的もあります。
最終的には刑務所から出して一人前の人間としてやっていくことを
目指さなければならないと思っています。
それでも難しい人物は、犯罪結果で区別するしかないんですが、死刑が
あると思っていますので、死刑の代わりに絶対的終身刑をあえて入れる必要はないと思いますから。
コストの面からも同じことが言えると思います。
あと受刑者の気持ち的にもいつか出れるという
安心感、期待感を与えておくべきだと思います。


最後ですが、死刑は絶対廃止されないだろうと高を括っています。

というのははっきり言っていえないです。
確実に死刑存置国は減ってきてますから、これからもどんどん減ってい
くのか。もしくはいまのぐらいで止まるのか。これはなんともいえない
です。


長文ではありましたが、失礼いたしました。

死刑に抑止力はあるかときかれると難しいですね。

この手の質問、質問者の方は死刑賛成派と理解していますが、おそらく
は死刑反対派の方がよく投げかける「死刑の抑止力」の質問っていうのは疑問に思いますよ。

刑罰に犯罪抑止力はあるかと聞かれれば、だれだってあると答えるの
に、なぜ、死刑とか無期懲役とかここの刑罰の問題になるかがずっと疑
問に思っています。


死刑を含めたすべての刑罰に抑止力はあると。それなのに、死刑自体に
は抑止力はないというのが不自然ということですよね。

...続きを読む

Q抑止力が無くとも話合いで外交は全て上手く行くと力説する野党は、なぜ暴力的な国会運営をする

抑止力が無くとも話合いで外交は全て上手く行くと
力説する野党は、なぜ暴力的な国会運営をする。
日本人同士でも話し合いが真面に出来ないのに、
日本の国益を考え、反日国家の中朝韓に対して、
民主・共産・社会・その他は抑止力、防衛力が
全く無い状態での秘策とは、何だろうか?

Aベストアンサー

なるほど、たしかにそうですね(笑)
何から何まですべて話し合いで解決すべしとする連中が、国会ではあの有様ですからね。

まあ彼らの平和主義は、希望的平和主義というか、空想的平和主義と言うか、けっきょくは無策なわけですね。

民主党は単なる打算のこうもり集団ですが、共産党や社会党は欠陥人間の集まりです。

彼らの平和理念は絶対不動の正義ですから、てこでも動きません。
普通は平和を求めても、攻められたときの防衛策を考えるものですが、彼らにはそこの思考回路がないのか、途中で回路が切断されているようです。

Q犯罪の抑止力としての存続を希望します。

子供たちの遊びでも「死刑」というワードは出てきて実際には小さなペナルティを受けて遊びながらも特別な事であると学習しているのです。
極刑でなければタダ飯しが食えるとワザと軽犯罪の再犯で服役を希望する輩もおるようです。
みなさんは どう思いますか?

Aベストアンサー

ということは、あなた様は死刑容認論者ということですか?

それを前提に話をします。

死刑という制度が社会において担っている機能ということで、最初に

思うのは、おっしゃるとおり、犯罪抑止的効果です。悪いことをすると、

最悪の場合、命で償う必要がある、というのは、多くの人々にとって

犯罪を思いとどまらせる大きな効果がある、というのは十分に理解できます。

ただ、その一方で「死」などなんとも思わず、いや、もうこれ以上生きていても

しょうがない自殺しよう、ただ、その前に大きなことをしよう、と思い、

とんでもない犯罪を起こす輩も一部ですがいます。そんな馬鹿野郎にとって

死刑というのは何の脅威でもないわけです。

また、冤罪による、取り返しのつかない事態ということも

忘れてはいけません。国家は完璧ではありません。現に日本においても、

かつては罪のない人が無理矢理に自白させられ、極刑にされていたという歴史的

事実があります。科学的犯罪捜査が行われている現代において、そのようなことは

だいぶ減ったとはいえますが、まだまだ、冤罪というのは完全にはなくなっていないのです。

私見としては、憲法においては禁止されているようですが、一生牢獄から出てこれない

終身刑という制度を作り、死刑は廃止すべきと思っております。

ということは、あなた様は死刑容認論者ということですか?

それを前提に話をします。

死刑という制度が社会において担っている機能ということで、最初に

思うのは、おっしゃるとおり、犯罪抑止的効果です。悪いことをすると、

最悪の場合、命で償う必要がある、というのは、多くの人々にとって

犯罪を思いとどまらせる大きな効果がある、というのは十分に理解できます。

ただ、その一方で「死」などなんとも思わず、いや、もうこれ以上生きていても

しょうがない自殺しよう、ただ、その前に大きなことをし...続きを読む


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