人に聞けない痔の悩み、これでスッキリ >>

 17歳の息子が、4月は順調に行っていたのに、GW後に風邪を引いて2週間ほど休んだ後、ささいなことがおっくうになり、学校に行きたいのに行けないと悩んでいます。

 鞄に教科書を入れるのも、服を着るのも、財布や携帯を用意するのもおっくうだといいます。

 その反面、「こんなじゃだめだ。ほかの人はこんなこと、どうもないのに自分はおかしいんじゃないか。真面目すぎるのだろうか」と、本当に辛そうにするのです。

 学校に行けた日は楽しかった、というものの、一旦体調を崩して2,3日休むと、登校がだるいと言い出し、体調は回復しているのに、心が疲れているのだと言います。

 家庭でも学校でも、「ああしなさい、こうしなさい」という環境ではないのです。

 むしろ「しんどかったら、休んだらいいよ」といった調子なのです。

 しかし、「こうしたらいいよ」と言われるのが辛い、優しい周囲の環境に応じることのできない自分にじれったさを覚え、罪悪感さえ抱くと言います。

 また、下校時、一緒に帰る友人がいないことに非常な孤独感に襲われるそうです。

 学校では、友人と話したり笑ったり、ゲームの話などするそうですが、それも自分を必死で演じているだけで、「疲れた自分を見せたくない一心からそうしているだけ」だということです。

 一体、どう接すればいいのか、親として混乱し、母親自身ノイローゼになりそうです。

 ●1 こんなことを言って悩むのは、思春期にありがちな傾向なのでしょうか。それとも抑うつ状態に陥っているのでしょうか。普段はテレビを観て笑ってよくお喋りをする性格なのですが。

 ●2 「学校に行きたい、でもだるい」と悩みを訴え出したら、母親として、どう接すればいいのでしょうか。

 何か的確なアドバイスがありましたら、どなたかお教え下さい。

A 回答 (2件)

はじめまして。

息子さんお辛いでしょうね。

軽度のうつなのかな?って思いました。

もしくは校風が合わない、心の底から気持ちの合う友達がいなくて、リラックスできない場が学校になってるのかもと。で、ストレスがたまってしまったとも考えられる。

いずれにせよ、行けないなら無理に行かなくても良いのではないですか?強要したら余計具合が悪くなるかもしれないし。

親子でカウンセリングに行くのがベストだと思います。お母様もお疲れでしょうし。

あまり深刻になりすぎないで息子さんを見守ってあげて下さい。
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この回答へのお礼

 つい最近になって、息子が打ち明けてくれました。

 昨年、潰瘍性大腸炎という難病だと告げられて、一生完治しないと言われた時にまずショックを受けた。また、1か月前、それまで優しい対応で、信頼していた主治医から、いきなり「一生完治しないんだから、漢方薬なんかで治そうとしたって無駄。この1年間、病気と真剣に向き合おうという姿勢が全く感じられなかった」と言われたことがトラウマとなって、心の底で燻ぶっている。

 今では自分で必死に調べた漢方療法で、完治の状態にまでこぎつけているのに、その主治医の言葉がひっかかり、「いつかまた体調を崩すのではないか」と不安がある。そして健康志向となり、必要以上に食材の成分や自分の生活リズムなどを気にしてしまい、疲れるのだ。

 そういう根本原因があるため、すべてに疲れてしまう、ということでした。

 その心の疲れに抑うつ状態が絡んでいるのかは分かりませんが、「心理学では、ある人の言葉の暗示や呪縛から逃れるためには、その酷い言葉を発した人物から謝罪してもらうか、もしくは、別の同等のステータスの人が、『これは難病ではないんだよ。漢方で立派に治るものであって、現に君は体調を維持している』と言われることが必要なんだ、と息子は言っていました。

 近くで、きちんとした漢方医院を探して、相談に行ったら良いのでは、と親子で話し合いましたが、心の状態が心配ではあります。カウンセリングも必要となるかもしれません。

 ご丁寧にどうもありがとうございました。

お礼日時:2012/07/03 14:16

簡単な理由です。



「休んだ方が楽だから」です。

あーでもないこーでもない、終いには「こんなんじゃ駄目だ」「自分はおかしいのでは?」と、最もな理由を考えては、その状況に甘えたがる。

人は、「理由を用意した時」が一番弱く見えて、逆に強くなるのです。

別に、学校や思春期に限った事ではありませんよ。

仕事だって同じ、社会人になったって、本質は変わりません。

ただ休んでいるだけの楽な状態を知ってしまえば、次に行動するのが面倒臭くなる。
少しズレただけでも、元の状態に戻すのは労力がいる。

「だから」その場から動こうとしないのです。

ま、社会人になれば、例えそうであっても働いて金を貰わなければ食っていけませんからね。
仕方なくでも不本意でも、また元の場所へ足を踏み出そうとするでしょう。
稀にそれに甘んじたままの人もおりますが。。。

流れがまだ緩やかな内に必死に泳ごうとしないで、もっと流れが急になってから気付いても、元の状態に戻るには、前よりもっと大変な労力が必要になるでしょう。

大抵、それに気付くのは、いつもその状態になってからですけどね。

>ささいなことがおっくうになり、学校に行きたいのに行けないと悩んでいます。
>鞄に教科書を入れるのも、服を着るのも、財布や携帯を用意するのもおっくうだといいます。

些細な事ですか?
「学校に行く」為には、どれも必要な事ですよ?

「学校に行きたいのに行けない」のではありません。
「学校に行きたくないけど、行かなくてはいけない」と思っているだけです。

だから「学校に行く為」の行動は、全て「意識するから」億劫になるのですよ。
テレビを見る事も、家でおしゃべりする事も、別に学校とは関係ない事ですから普通に出来るでしょう。

人生の中で、休むと言う事も大切ですが、必要以上の休憩は、必要以上の物まで見えてしまう事があります。

>学校では、友人と話したり笑ったり、ゲームの話などするそうですが、それも自分を必死で演じているだけで、「疲れた自分を見せたくない一心からそうしているだけ」だということです。

別に、あなたの息子さんに限った事でもないでしょう。
みんな、多かれ少なかれ、自分を演じたり我慢している部分はあると思いますよ?

母親のあなたにも、それは確実にあるでしょう?
息子さんを追い込まないように、必死に不安を隠したり、明るく振る舞ったり。

「しんどかったら休んでいいよ」
そう言う言葉も、時には必要でしょう。
しかし、仮にも「学校には行かなくてはいけない」と思っている息子さんに対して、今の時点でその言葉は不適切になるのではないでしょうか。
逃げ場所を作ってあげる為の言葉なら、もっと他にもあるのではないですかね?

「しんどかったら休む」と言う事は、自分自身で決める事です。

ただ、学校に行く事にも、学校を休む事にも、自分自身の行動には「自分の責任」を持たなくてはいけません。

親として出来る事は、その子供自身の責任を軽くしてあげる事ぐらいのものでしょう。

ダラダラと待っているだけで覚悟が決まると言うならば、それでも良いと思います。
でも、そうでないのなら「今出来ない事を後になっても出来る訳がない」と言う事を、教えてあげて欲しいと思います。
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