なんでなのでしょう?
「人間は一人では生きて行けないから」とか「社会的な動物だから」とかよく耳にしますが今一つ納得がいかないのです。
それから質問が重なってしまいますが、人間以外の動物は孤独を感じないのでしょうか?

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A 回答 (5件)

生物的には大脳辺縁系にある扁桃体の働きです。



本能を司る大脳視床下部は生存のため、他者の存在に「恐怖」を感じてさけようとする働きがあり、扁桃体はその働きを抑さえて他者に近づけようとします。具体的には発情しているときと子育てをしているときに働きます。

特にほ乳類では種の保存のためのメカニズムとして母親が授乳しているときに扁桃体の働きは最大になる特性があり、このとき視床下部の働き=ストレスが最小に押さえられ、「幸せ」と感じます。
このとき親子を引き離すとストレスが大きくなり、「不幸」と感じる行動をとります。

また、人間のように個体が弱く、集団生活で自営する生き物の場合、群からはぐれると自分を守る物がなくなり、生存のために視床下部の働きが活発となり、強いストレスを感じます。
このストレスから発生する不安感が孤独感です。

こうして書くとなんだか身も蓋もない話ですが、まあ人間が孤独にいきることは自然の摂理に反する行為なんですな。
(ただし、見ず知らずのオヤジと一緒にいてもストレスを感じるだけです。)

成長すると群れずに行動する動物は他者にストレスを感じます。
人間の感傷で飼っているハムスターが一人で可哀想と思って「友達」のハムスターと1つのカゴで買い始めると殺しあいを始めてしまいます。
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この回答へのお礼

わかりやすい回答をありがとうございます。
一人では生きられないにもかかわらず他者の存在に恐怖を感じる…。人間関係に苦労するのも当然ですね。

お礼日時:2001/05/13 00:14

投稿したくなる質問をしていただいてありがとうございます(笑)最近思うのは、やはり人が類人猿に近いからなのではないかという事です。

この”類人猿”という言葉は奇妙ですね。人が”類猿人”だということなのではないのでしょうか。テレビでよくゴリラやオランウータン、名前は忘れましたが、アフリカの森の木の上を移動しながら暮らす類人猿達の生活をやっていますが、いじめられた小猿を他の小猿が慰めに来たり、ゴリラたちが集まって虫の生態を興味深深顔で観察したりと、もう殆んど人間のような行動で一杯なんですね。では類人猿が何故一人で生きてゆけないか・・・という点については全くわかりませんが、
人間の孤独感というのは一つ前の類人猿に還元できる
とは言えそうな気がします。
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専門家ではないので、ありきたりの言葉になってしまいますが、おそらく「愛されたい」、という意識が根底にあるからではないでしょうか。



なんと言っても「私」を愛してくれるのは「あなた」だけですからねぇ。他者を愛することのできる人なら、たいていみんな孤独を感じるのではないでしょうか。だって、他者を愛するという行為は他者から愛されたいということとイコールでしょう?

フィクションの世界ではよく無償の愛なんてものがもてはやされますが、たいて物語の終わりになるとその無償の愛が報われてしまうことを考えると、無償の愛が無償のまま終わってしまうことに観客は納得しないのでしょうね。
これって「愛しているのに愛されないなんておかしい!」という意識が大多数の常識だ、という根拠にはならないですかね・・・。

最後になりますが、少なくとも我が家の犬は孤独を感じているように見えます(飼い主バカと言わないで!)。
家族の誰かが外に出ると、ジっと玄関で待っていますから(笑)。
犬もきっと寂しいのでしょうね。
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この回答へのお礼

ウサギは淋しいと死んでしまうと聞きました。
ほかの動物はどうなんだろう…?

お礼日時:2001/05/13 13:34

心を閉じているからでは、無いでしょうか?



常に人前で心をオープンにする事が出来れば、孤独を感じる事は
無いと思います。ダライラマ14世は孤独感を感じた事が無いそ
うです。

でも、私は閉じまくりだし、世の中で100%心をオープンに出
来る人はそうそう居ないのではないでしょうか?
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この回答へのお礼

>世の中で100%心をオープンに出
>来る人はそうそう居ないのではないでしょうか?

 そうですよねえ。

お礼日時:2001/05/13 13:32

心理学にはうといのですが、孤独の経験者として語ります。


(ヒト以外の動物は残念ながら経験しておりません。しかし孤独を感じるのではないでしょうか。)
質問の回答順序が逆になってしまいましたが、人が孤独を感じるのは、人というのが個体でないからです。
といってわかっていただけますか?
常に自分以外の人、つまり2人目の人がいるということを認識しているのです。他人がいるから自分がひとりであるというのをわかるのです。もともと他人なんていう概念を持たず、他人も存在しなかったら、孤独は感じないんじゃないかと思います。
でも、他人を見ることによってはじめて自分はヒトであるということがわかるわけですから、これは結論として「孤独を感じずして自分をヒトと認識することはない」ということですよね。
という論理でわかっていただければいいのですが。

聖書では女が創られる時、「ヒトが1人でいるのはよくない」と神が言ったと書いてあります。1人だと自分がなんなのかよくわからないからですね。結局そういうことなんじゃないでしょうか。
孤独を感じることっていうのは、自分がヒトであることを知るいいバロメーターだ、と思えば気が重くなることもないんじゃないでしょうか。
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この回答へのお礼

うーん…。人は個体じゃないんですか?
他者から光を当てられることによって自分を認識できる、というのは分かりますが…。

お礼日時:2001/05/13 00:17

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Q人が孤独に生きたら

とっても人間関係に疲れてしまい、人が怖く、元気が出ません。
来年は、ひたすら孤独に生きる毎日を送ろうかと思っています。
(仕事やお買い物などで人に接してしまう仕方のない状況以外)
もし孤独に生活したとしたら、どうなりますか?
おかしくなってしまいますか?
もともとインドア派なので、そんなに億劫にはならないとは思っていますが。

Aベストアンサー

こんにちは。

私も人間関係に疲れて孤独(とは思ってませんが)な
生活を送っていたことがあります。
仕事や買い物を含め、やむを得ない外出以外は
部屋にこもりっきりでした。(一人暮らし)
だいたい3年ほどそんな生活(内1年は仕事もやめこもりっぱなし)
おかしくはなりませんでしたよ(^^;

退屈した頃に元の生活に戻りました。
本人の性格焼きの持ちようしだいではないでしょうか。

Q動物の知性と人間の知性の違い

動物の知性と人間の知性の違いって、
どういった点でしょうか?

Aベストアンサー

こんにちは。
我々人間と他の動物の知性の違いといいますならば、やはり「言語」を持つか持たないかでしょうね。

人間の知性といいますのは他の動物と比べますならばたいへん「高く・複雑である」というのがその特徴です。そして、「知能の高さ」といいますのは本能行動に対する「学習行動の比率」によって評価されるものです。
我々哺乳類や鳥類などの高等動物の脳内でこの「学習行動」を司るのは主に「大脳皮質」や「大脳辺縁系」といった新皮質であります。ですから、動物の知能の高さといいますのは「脳の大きさ」と「生後学習の量」に比例します。
確かに我々人間の大脳皮質というのは他の動物に比べてたいへん発達しています。ですが、チンパンジーと比べでその大きさが二倍・三倍あるわけではありませんし、象の脳みその方が遥かに大きいです。では、知能の高さがそのまま脳の大きさに比例するものであるならば、人間の脳はもっと大きくなければならないはずです。にも拘わらず、我々人間の知性といいますのは他の動物の平均値の中には納まらず、ダントツに高く、複雑です。ならば、その決定的な違いは「言語」ということになります。そして、これを司る「言語中枢」といいますのは、他の動物にはない、明らかな人間の脳だけの解剖学的特長であります。

では、人間と他の動物との決定的な違いが「言語」であるとしますならば、この言語を持つことによって人間だけに現れる「知性の特徴」とはいったい何かということになります。
少々手抜きになりますが、人間以外の他の動物も言語を持っているかどうかという論議は、ここでは省かせて頂きます。飽くまでこれは言語と知性の関係に就いてですので、もし他の動物が言語を持つならば、そこには人間と同じ特徴が現れる可能性があると解釈して頂ければ結構だと思います。

「知性」とは、与えられた情報を基に判断を下す能力であります。そして、我々人間の知性の特徴とは、それがたいへん高度で複雑であるということです。
言語を用いますならば様々な対象を抽象化し、論理的に比較することができます。これだけでも思考は複雑であり、何よりも学習能力が飛躍的に高まります。ですが、過去の学習体験と現在の状況を比較し、より価値の高い未来の結果を予測するといったことは、この程度でしたら言語を持たない他の動物でも幾らでもできることです。では、言語を用いなければどうしてもできないのは、「愛」や「死」といった形のない概念を対象として思考を行うことです。言語を持たない動物にはこれができません。
従いまして、このような具体的な実体を持たない様々な概念を対象化して行なわれる高度な思考が、他の動物にはない、我々人間だけの「知性の特徴」ということになります。このため、その複雑さは脳の発達だけでは比較することができません。そして、その決定的な役割を果たすものが言語ということですね。

こんにちは。
我々人間と他の動物の知性の違いといいますならば、やはり「言語」を持つか持たないかでしょうね。

人間の知性といいますのは他の動物と比べますならばたいへん「高く・複雑である」というのがその特徴です。そして、「知能の高さ」といいますのは本能行動に対する「学習行動の比率」によって評価されるものです。
我々哺乳類や鳥類などの高等動物の脳内でこの「学習行動」を司るのは主に「大脳皮質」や「大脳辺縁系」といった新皮質であります。ですから、動物の知能の高さといいますのは「脳...続きを読む

Q人間に対する愛情 VS 動物に対する愛情

私は動物(特に犬)が大好きです。 TV でワンコが虐待されたり、捨てられている報道を見ると涙がでます。 その反面、アフリカで数分に一人の子供が亡くなっている、という報道を見ても、ふぅーん、と思うだけです。  過日、姉たちと話していて「私が死んだら、日本盲導犬協会に ○百万 と、動物愛護教会に ○百万 寄付する。」と言ったところ、一人の姉が「あなたはちょっとおかしいんじゃない? 動物に寄付するくらいなら可愛そうな人間の子供にどうして寄付しないの?」と 言われました。

確かに、私は時々、他人から「あなたのワンコに対する愛情は人並みはずれている。」 ある人は「異常。」とまで言いました。
2010年に16歳半になる愛犬と 父を亡くしましたが、愛犬の死後はずっとないて暮らしました。 父の死に関しては 姉から連絡を受けたときは少しなきましたがそれだけでした。

心理学的にみて、私の精神はどのように分析できますか。

Aベストアンサー

 ・感動や愛情表現は、自分に近いものが「優先」です。

  犬が身近にいる。ふれあいが愛情を育てます。

  遠くの国の悲惨な出来事を意識したとき

  それが「身近」になった時には、涙が出ますが、無視する人は多いでしょう。

  自分の気持ちに「近い」ものに、感情や愛情の高まりが生まれ育ちます。

  自然な心の動きですね。

 ・ちなみに、お姉さんが、協会への寄付の話のとき

  「おかしいんじゃない?」と、かわいそうなこどもへの寄付をうながしたのは、

  お姉さんにとっては、どちらも、その当時は、どうでもよかったからです。

  普通一般常識として、より高度な存在の「人間」への寄付を、

  正義感風に言っただけです。

  その後、お姉さんは、かわいそうな子供のために寄付しましたか?

  もし、していないなら、単なる話題として、社会正義を説きたかっただけでしょう。


 ・愛犬の死とお父様の死は、本当はレベルの違うものですが、

  あなたにとっては、「自分に近いものに愛着を感じる」ように

  感情表現がかたむいています。それがあなたの「自然」なのでしょう。

    (愛情を注ぎ、その愛にこたえてくれたので、その死を悼む)

  身近なものの死を悲しみ、泣いて暮らすのは、自然なことですから。

  それに、たくさん泣いて、たくさん悲しむと、次に「死」を体験したとき、

  心がブレーキをかけます。

  その人のからだや精神を保護するためです。

  脳は、深い悲しみを持ち続ける経験を、繰り返したくないので。

  かなり、ダメージをきつく感じていたのでしょうね。

 ・あなたと同じように、愛犬の死に号泣して、数ヶ月、

  食事がのどを通らなくなった人がいます。

  夫は、自分が死んだら、どんなに悲しんでくれるのだろうと

  感激しました。

  でも、実際に亡くなると、彼女の悲しみはそんなに深いものにならないで

  涙も少しでした。似たような人は、けっこういるものです。


 ・誰の死にも、誰の悲惨な現状にも涙する人もいます。

  マザーテレサさんのように。

  自分のいる場所で、身近な人や動物達に愛情を注ぐのは、

  少し高度な愛情の表現方法を見つけた人ですね。

  「 心に かわかない涙を 」・・・です。

  あなたの明日にステキなことがありますように。

 ・感動や愛情表現は、自分に近いものが「優先」です。

  犬が身近にいる。ふれあいが愛情を育てます。

  遠くの国の悲惨な出来事を意識したとき

  それが「身近」になった時には、涙が出ますが、無視する人は多いでしょう。

  自分の気持ちに「近い」ものに、感情や愛情の高まりが生まれ育ちます。

  自然な心の動きですね。

 ・ちなみに、お姉さんが、協会への寄付の話のとき

  「おかしいんじゃない?」と、かわいそうなこどもへの寄付をうながしたのは、

  お姉さんにとっては、どち...続きを読む

Qどうして人間は、動物をカワイイと思うのか?

たいていの人は、プレーリードッグやリスのような小動物や、
ライオンのような動物の赤ちゃんを見ると「カワイイ(´▽`)」
と感じますよね?


イヌやネコ、パンダなどに対しては、成獣(?)となったのちも、
やはりカワイイと思うものです。


人間が、あのような感情を持ってしまうのは、なぜなのでしょうか?


人間が飼い犬に対して愛情を抱く理由は、理解できます。
なぜなら、イヌは、人間の生活の役に立つことがあるからです。


しかし、人間が生存していく上では、
リスやパンダなどの動物に、愛情を感じる必要はありませんよね?


ライオンの成獣に対して、恐怖を感じることは、おおいに意味がありますが、
ライオンの赤ちゃんに対して、カワイイと感じることは、人間が生活・生存
していく上では、意味がないように感じます。


場合によっては、動物は人間の食料となるため、動物に愛情を抱くのは、
むしろ人間の生存にとって、邪魔になるのではないでしょうか。


にもかかわらず、なぜ、人間は動物に対して、愛情を抱くのでしょうか?

たいていの人は、プレーリードッグやリスのような小動物や、
ライオンのような動物の赤ちゃんを見ると「カワイイ(´▽`)」
と感じますよね?


イヌやネコ、パンダなどに対しては、成獣(?)となったのちも、
やはりカワイイと思うものです。


人間が、あのような感情を持ってしまうのは、なぜなのでしょうか?


人間が飼い犬に対して愛情を抱く理由は、理解できます。
なぜなら、イヌは、人間の生活の役に立つことがあるからです。


しかし、人間が生存していく上では、
リスやパンダなど...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは、

600万年とも言われる人類の歴史の中で、私たちが動物に捕食されないで
生きられるようになったのは、ここ数千年(4・5千年)であり、
愛玩物として動物を可愛がるようになったのは、大きく見積もっても千年ほどです。
つまり、私たちは人類の歴史の99%以上は動物と捕食し捕食される関係にあったと考えられます。

自分たちを捕食する動物を私たちは、恐れることはあっても、到底「可愛い」とは感じられないものです。

可愛いと感じる為に、最低の条件が、自分に危害を加えないことです。
自分が安全圏にいる(いて)からこそ、相手に愛情を感じることができます、
これは、力の優位性を保っているからこそ沸き起こる感情です。

赤ちゃんが可愛いのも、トラの子どもが可愛いのも、
いざ、戦えば自分の命に危害が及ばないことを無意識に自覚しているからです。
勿論、思い違いも、可愛いと感じることに寄与します、
パンダ(本質は熊)やカバなどが可愛いと思うのは、あくまでイメージであり、草食性や
アニメっぽい丸っこい身体と白黒模様からで、実際のパンダやカバを目の前に可愛いと
思っていると、危険です。(南アフリカでは、カバに殺される事件が多発しているそうです。)

力の弱い小さな生き物でも、ピラニア、ゴキブリ、蚊、ハエ、蛆虫などを
可愛いと思えないのも、彼らが、害をなす(痛みや病気の伝染)からです。

逆に、赤ちゃんを含め、可愛いと思わせる動物には、可愛いと思ってもらう
(=危害を加えないと理解してもらう)ことで、生き延びるという戦略をもっています。
その為に、顔のバランス上の目の大きさや、口の小ささ、人間に似たしぐさ、を武器に
“可愛い”=守ってあげたいとの感情を呼び起こし、生きる道を開いていると考えられます。

以上のように、人間の側の条件(力関係と、好き嫌い認知)と、
力の弱い動物側の生き延びる為の戦略があると思われます

こんにちは、

600万年とも言われる人類の歴史の中で、私たちが動物に捕食されないで
生きられるようになったのは、ここ数千年(4・5千年)であり、
愛玩物として動物を可愛がるようになったのは、大きく見積もっても千年ほどです。
つまり、私たちは人類の歴史の99%以上は動物と捕食し捕食される関係にあったと考えられます。

自分たちを捕食する動物を私たちは、恐れることはあっても、到底「可愛い」とは感じられないものです。

可愛いと感じる為に、最低の条件が、自分に危害を加えないことです。
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Q動物の雄は雌をめぐって争うのに、人間の男は女をめぐって争わない理由

動物番組を見ていると、どんな動物でも例外なく、雌をめぐって争う雄の姿が映されます。実際よく起きることなのでしょう。
でも、人間という動物については例外で、私は生まれてきてこのかた、男が女をめぐって争う様子をこの目で見たことはありません。男同士の争いは面子をめぐるものがほとんどで、妻が不倫した場合であっても、夫のほとんどは間男より妻を責めるようです(余談ですが、夫が不倫した場合の女同士の争いはまま起きる)。

このように他の動物と違って、人間の男が女をめぐって争うことがほとんどないのはなぜなのでしょうか。

Aベストアンサー

動物達は「強い」子孫を残すために、強いオスとペアになります。

弱いオスはペアになれません。(野生を生きにくための選択です)

しかしながら、人間は野生で生きる必要はありませんし、

野生動物には無い「理性」「愛」があります。

それなので人間は増え続けたのでしょう。

けれどもそれは人間の独自の進化であって、決して「争う」本能を

なくしたわけではありません。

ただ、理性がありますから見た目の争いをしないだけです。

水面下で争うのです…人間は…

でも、野生の本能は消えてはいません。

それは色々な部分でわかります。

今の若者を見ると…進化しすぎて、人間が絶えるかもしれないと
危惧はしますが…

ご参考まで


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