子供に童謡のちょうちょ聞かせてましたら、あれっ?て思う歌詞がありました「・・・菜の葉にあいたら桜に止まれ・・・」って所であいたっていうのは飽きたらって事ですよね!自分の生まれた中国地方某県では確かに飽きる事を「もうあいた」と年寄りは言うのですがこのあきることを「あいた」って言葉他の地方でも使いますか?それとも方言がそのまま歌詞になっているんでしょうか?

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A 回答 (2件)

西日本全般に「飽いた」と言う地方は多いようです。

東は「飽きた」。

これは元々ひとつの「飽く」という言葉があり、江戸語では「飽きる」という
上一段活用の動詞に変化したものでしょう。大辞林にも

(動カ上一)〔四段動詞「あく」の上一段化。近世江戸語以降の形〕

とあります。今でも「飽くことなく」とか「飽くなき情熱」とか
「飽くまで行う」という言い方は標準語としても残ってますね。

上一段の動詞は、連用形にするときはそのまま
「飽きる」→「飽きた」「借りる」→「借りた」
となりますが、「カ行」五段活用の動詞は
「飽く」→「飽いた」「咲く」→「咲いた」
と「キ」が「イ」に変化します。これを「イ音便」といいます。

なお、「借りる」もオリジナルは五段活用の「借る」で、ラ行五段活用では
「取る」→「取った」のように「借る」→「借った」
と小さい「っ」になります。これを「撥音便」といいます。
さらに関西ではこの撥音便と区別するため「買う」「買った」を
「買(こ)うた」
にします。これを「ウ音便」といいます。
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この回答へのお礼

そうかぁー・・・そういわれて見ればそうですよね!よーくわかりました。どうもありがとうございました!!!

お礼日時:2001/05/13 22:38

ずばり「標準語」です。


ひと昔前の日本語には、同じ意味なのに2通りの活用をする言葉がありました。「味はふ」などは四段活用と下二段活用の二種類があったりします。

「飽く(あく)」と「飽きる(あきる)」の問題はちと違います。
今はもちろん「飽きる」が主流ですが、昔は「あきる」と言えば「あきれる」の意味でした。しかし、ある時から「飽きる」が主流になってしまったのですね。
昔の歌では「飽きる」でなく「飽く」として解釈しましょう。(「野ばら」でも「飽かずながむ」と使いますね)
そうすると「飽く」ですから、「あきたら」にするものですよね。しかし、そうではなく「あいたら」になる。それは音便化現象なのです。
「書きた」と言わず「書いた」というのと同じことです。
ではなぜ現代語ではそうならないか。「飽きる」の活用は上一段活用だからなのです。「飽く」の方は「飽かず、飽きたり、飽く、飽くこと、飽けば、飽け」という四段活用になります。そうすると、連用形のところで音便化したくなるのです。

といってわかっていただけるか。
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この回答へのお礼

nabayoshさんよーくわかりましたよ!これで今晩ゆっくり眠れそうです。どうもありがとうございました!!!

お礼日時:2001/05/13 22:30

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