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極真空手の大山倍達が在世中の極真会館総本部道場の、大山倍達の内弟子は、相当厳しかったという話を聞きましたが、実際の所はどんな感じだったのですか?どんなスケジュール・練習内容だったのかを教えてください。

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A 回答 (1件)

内弟子は3年間で1年、2年は雑用に追い回されて思うように練習ができなくて、だから全日本では内弟子は1回戦を勝つのも厳しく、上位入賞できた内弟子は例外で、雑用も練習も厳しく辞める内弟子も多かった。

雑用に追い回されるのは極真は貧乏だから雑用する人を雇えないからです。
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Q大山倍達と袂を分かった弟子たちについて

空手バカ一代(どこまで本当の話かは疑問ですが)や初期の極真空手の本をよく読んでいます。

大山館長については、それぞれいろんな見方を世間ではしていますが、少なくとも空手で世界大会を開催するという偉業をなしとげた人物であり、過小に評価されるような人ではないことは確かだと思います。その館長の元で多くの弟子達が極真空手の基礎を作り上げ、現在に至っています。

そこで疑問なのですが、初期の門弟達はなぜああも多くの人が大山館長と袂を分かつことになったのでしょうか?

ワールド大山空手の大山茂泰彦兄弟、中村忠、佐藤塾の佐藤勝昭、逆真会館の山崎照朝、士道館の添野義士、円心館の二宮城光などなどです。

初期の荒々しい道場で揉まれていたこれらの弟子達が一枚板で極真を支えていれば、極真空手もまた今とは少し違った形で存在していたのでは、と思います。ですが、上に挙げたような方達が極真を離れたいった理由について書いてある本はあまり見受けられません。どなたかご存知な方がいれば教えていただけませんでしょうか?

Aベストアンサー

 「独立が容易」だったからだと思います。やろうと思えばそれを阻む障害が特にないということは、組織から離れていく側にとっての大きな引き金となってしまうものです。
これが組織を去る上での最大の“原動力”となっていることは明らかです。そういう安っぽい打算的な理由のみで去っていくというわけではなく、各人が去ることを決断した後のそれを後押しする原動力となっているはずだ、という意味です。

 カラテというものが世代を重ねた有形の技術、カネや組織力で生み出される工業製品や商品などとは違い、個人の身に一代で備わった「無形の技術」ですから、支部道場主としての運営ノウハウと、ある程度の名声さえあれば現行の看板を挿げ替えてしまうことでそのまま自分の流派、会派の道場主へと独立できてしまいます。特に70年代後半から80年代は梶原一騎のマンガの後、三協映画と組んでの布教映画(史上最強のカラテ、他)の影響が大きかった時代で、極真の誰々の道場というだけで練習生を集めるのに苦労はしなかったはずです。企業組織でそれと似たような独立をやるのと比べたら困難さにおいて、天と地ほどの差があったものと思います。

 支部道場というのは基本的に地域密着型の強固なコミュニティーを形成しています。アクセス至便という理由で通っている練習生と、あるいは支部長そのものを信望して通って来るというものですから、多くの練習生たちは先生が組織を離れ独立すると、思い入れも先生の側にそのままシフトしてしまいます。また、去る者に対して極真会側が表立って大きく非難することもなければ、金銭的なペナルティーや罰則も普通はなく、場合によっては「組織が違ってもカラテを愛する心は同じ!」とか、下手すると本音はさておき組織的に応援までしてしまう場合もありました。
カラテがどれほど高度な技術で、その組織の稽古体系の中でしか会得しえなかった技術であっても、それを「特許」などのように侵害、流失することを阻止するものはなにもありません。

企業組織のような利益を追求する集団ではなく、宗教団体のように盲目的に信ずる者のみによって成り立つ集団でもなく、自ら月謝を持ち込んで集い、時に信じ、時に疑問を投げかけ、利益追求は目的になく、純粋な強さへの欲求に傾注したある意味非常に時代錯誤的な精神的つながりだけで成り立ってきた組織であることがかえって強固な結束の一方で場合によっては脆弱な一面もあるのだろう、と考えています。
以上は本稿のご質問の趣旨とは若干違う角度からの回答になってしまいますが、極真を離れた個々の理由については、各人にしか分からない理由があったものとする一方で大山倍達氏(極真側)の側にどのような問題点があったかということでもあり、確実に分かっている事も幾つかはありますが、これについては言及するべきではないと思います。高弟の多くが離れたという事実こそが全てだと思います。

 「独立が容易」だったからだと思います。やろうと思えばそれを阻む障害が特にないということは、組織から離れていく側にとっての大きな引き金となってしまうものです。
これが組織を去る上での最大の“原動力”となっていることは明らかです。そういう安っぽい打算的な理由のみで去っていくというわけではなく、各人が去ることを決断した後のそれを後押しする原動力となっているはずだ、という意味です。

 カラテというものが世代を重ねた有形の技術、カネや組織力で生み出される工業製品や商品などとは違い...続きを読む

Q極真空手選手の「生活収入源」

 私はずっと、極真空手はプロ格闘技(いわゆる競技そのもので収入を得る)だと思い込んでいましたが、どうやら違うみたいです。
 数見肇選手ほどのクラスになりますと、指導者も兼ねているのではないかと思うのですが、野地竜太選手をはじめとする若手選手たちは、普段どの様にして生活収入源を得ているのでしょうか? プロボクシングで世界王者にまでなったセレス小林選手や星野敬太郎選手みたいに、一般サラリーマン的な仕事をこなしながら、日々の生活を過ごしているのでしょうか?
 そのあたりの事情をご存知の方がいらしゃいましたら、ぜひ教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

野地竜太選手はどうだったか詳しくは知りませんが、たしか総本部で指導員をしているのでは?

数見選手は指導員として自分の担当する城南川崎東支部のいくつかの道場で指導しています。

若手の選手でも有名な選手はほとんどが指導員として働いていると思います。現役の選手はスケジュールがけっこう厳しくて、午前中は自分の練習にあてて激しく稽古し、夕方から自分の担当する道場で一般の生徒を教えているという感じです。

選手でも極新会館の従業員として登録していない人たちは普通に仕事をもっていて、夜だけ稽古しています。

給料は普通のサラリーマンぐらいと噂を聞きました。直接うちの極真の道場の先生に給料を聞いても「夢がなくなるからそれは言えない、ハハハハ」と笑われました。

↓のURLが城南川崎の朝練です。こんな風に午前中は自分の稽古らしいです。

参考URL:http://www19.big.or.jp/~jyo-nan/jyonanshibu/asaren.htm

Q空手バカ一代の内容詐欺に関して

私は若い頃に劇画「空手バカ一代」の影響で空手の練習(独自)をやり過ぎて糖尿病になりました!
今でも苦しんでいます(歯は殆ど無く)ところでこの空手バカ一代はノンフィクションなのに中身は
半分以上フィクションでした、私はその事実をここ10年位で知りました!そこでお尋ねですが
何故このような詐欺行為が20年~30年近く表沙汰にならなかったのか?弟子は何故事実を知っていながらマスコミにリークしなかったのか?あと他流派の連中も空手バカの欺瞞性を承知しながら裁判沙汰にしなかったのか?また一部の読者も事実を知っていながらこれまた誰もマスコミにリークせずまた裁判沙汰にせずに沈黙していたのか等今もって解せないことばかりです。私は裁判したいのですがもう時効になっていてしかも弁護士費用も出せない状態です。真面目のイメージの武道家で極真で聖書を読んでいた連中(大山、梶原等)がこんなにワルくてクワセモノとは未だに驚天動地であります。私は他の2チャンでも幾度となく投稿しましたが味方になってくれる回答は有りませんでした、此処は最後の蔦と思って投稿します、誰か私の疑問と今後の指針を答えてください。

私は若い頃に劇画「空手バカ一代」の影響で空手の練習(独自)をやり過ぎて糖尿病になりました!
今でも苦しんでいます(歯は殆ど無く)ところでこの空手バカ一代はノンフィクションなのに中身は
半分以上フィクションでした、私はその事実をここ10年位で知りました!そこでお尋ねですが
何故このような詐欺行為が20年~30年近く表沙汰にならなかったのか?弟子は何故事実を知っていながらマスコミにリークしなかったのか?あと他流派の連中も空手バカの欺瞞性を承知しながら裁判沙汰にしなかったのか?また一部...続きを読む

Aベストアンサー

もうこうなったら、牛をさがして倒そうとしてケガをして訴えてください

糖尿病との関連は独学ではなく、医者か科学者に相談して、証拠をそろえてください

Q大山倍達って強いの?

じっさいどの程度強かったのでしょうか?
よくボクサーやレスラーに連勝したとか
聞きますがどの程度のレベルの相手だったのでしょうか?
なにか相対的な強さがわかるように教えて頂きたいのですが

空手を世間に広めたという事はわかるんですが
=強さと言う事では無いと思うんですが



今のレベルでは話しにならないとは思うのですが
当時のレベルでも大山倍達は本当に強かったのでしょうか?

Aベストアンサー

この質問を読んで連想したのは、昔文壇で盛んに「宮本武蔵は名人か否か」が論議された事です。
その回答として吉川英治がかの大傑作「宮本武蔵」を執筆したのはあまりにも有名ですね。
大山総帥の場合、吉川版武蔵に相当する伝記作品が「空手バカ一代」になりますが、逆に「空手バカ一代」こそが論争の的になっているのは皮肉としか言い様がありませんね。

で、回答しますと
大山総帥は確かに強かったと思います。
最盛期の身体能力を持ってして現代の戦法・戦術を身につければ充分に現代の総合格闘技でも通用するとは思います
ただし、当時でも現代でも「最強」ではないと思います。
日本あるいは世界で1番強い、とはいかないまでも充分に強いと呼べる実力
そんなところではないでしょうか

Q空手家の山篭り修行の際の食事について

極真会創始者の大山倍達氏が若き日に山篭りして空手の修行をしていたという事は有名な話ですが、その門下生の中にも山篭り修行をしていた人達が居ると聞きます。

そこでふと思ったのですが、その際の食事はどうしていたのでしょう?山草や茸類は自然に生えているものを難なく調達できたでしょうが、それだけでは修業の身にとっては栄養素が不足しますよね。蛋白質類や炭水化物類などの調達はどうしていたのでしょうか?

野生の動物が頻繁に捕獲できたとは思え無いですし、昆虫類や爬虫類なども食べていたのでしょうか?ご存知の方が居ましたら教えて下さい。

Aベストアンサー

 空手の山修行というのは食料は持参していくのが普通です。持参しないで狩猟採取で山篭りした話を聞いたことはありません。極真の盧山初雄氏が第二回世界大会の前に短期間ですが山修行された時には、最初にキャンプ道具や当面必要な物資を後輩を伴って運び入れ、その後差し入れなどを現地に持っていった者もいたようです。出版社のカメラマンなども何度か来て山修行中の写真を撮りに来ました。士道館の村上さんは、山篭りするも「メシが作れなかったので!」開始早々下山してしまったことを後日明かしています。かっこ悪い話かもしれませんが現実はこうなんだ、ということを教わりました。無門会の富樫氏は米を多量に持ち込み、おかずは「缶詰」主体で、露時に薪が燃えない時にインスタントラーメンをろうそくの火で作ろうとしたらいつまでたっても煮えなかったので、一旦ラーメン持ったまま下山して民家で台所を貸してもらって作った、そんなこともあったそうです。大山倍達氏の最初の山篭りは単独で行ったものではなく、二度目は弟子などが食料調達やら陣中見舞いに何度も訪れています。山篭りを成功させ一定の成果を挙げた人には例外なく協力者がいます。
 山篭りは鍛錬の場所を「山」というエリアに求めた「自主トレ」のことを「山篭り」と表現しているだけで、短期集中で体を鍛え抜くのが目的ですから、食料を自給自足している場合ではないんですね。
 「山篭り」という言葉から連想するイメージとは少し違うかもしれませんが、現実はそういうものです。興味本位のサバイバル体験でもなければ、「仙人」を目指すものでもなく「世捨て人」になるわけでもないですからね。

 空手の山修行というのは食料は持参していくのが普通です。持参しないで狩猟採取で山篭りした話を聞いたことはありません。極真の盧山初雄氏が第二回世界大会の前に短期間ですが山修行された時には、最初にキャンプ道具や当面必要な物資を後輩を伴って運び入れ、その後差し入れなどを現地に持っていった者もいたようです。出版社のカメラマンなども何度か来て山修行中の写真を撮りに来ました。士道館の村上さんは、山篭りするも「メシが作れなかったので!」開始早々下山してしまったことを後日明かしています。...続きを読む

Q極真空手について。昔の時代と今の時代の稽古内容等。

極真空手について質問します。私は現在、20代で子供の頃からの極真ファンで、大山倍達氏の著書を初めとして数多くの弟子達の著書を読んだり、インターネットで調べたりしているのですが、それらを読むと現在の極真空手と10年前20年前の極真空手はまるで違うような書き方が見られます。かつては、組手もガンガンに行い、稽古内容も非常に厳しくとても初心者にはついていけないような書かれ方を見ますが、実際の所はどうだったのでしょうか?やはり現在に比べてその武道性のような、厳しさ(稽古内容・組手のやり方等)は違うものだったのでしょうか?ご存知の方、教えてください。

Aベストアンサー

10年前というと1998年ですね?
すでに大山先生は既に亡く、分裂もはじまっていたので今の稽古体性と大差はないと思います。
おおまかにわけて
1)大会以前の大山道場時代
2)大会がはじまって初期の時代
3)空手バカ一代の全盛時
4)梶原一騎と手を切り、ある程度スポーツとしての極真が確立した時代
5)大山先生の死から現代に至るまで
とに大別されると思います。
おそらく一番無茶苦茶な稽古内容だったのは(3)の時代じゃないですかね。いきなり千回拳立て伏せをやらせたり、素人同然の相手を自由組手で病院送りにした、とかいう話を聞いたことがあります。いくらやめても次から次へと入門者が来るのですから経営側としては別にどうってことないでしょう。当時は見学不可、入会前に道着代を含め当面のお金を徴収した後なのでむしろ適度に退会者が出たほうが好都合だったのです。

Q極真カラテ有段者たちの毎日のトレーニング内容は?

極真カラテの有段者の人達の毎日の練習内容はどういったものなのか詳しく教えて頂けないでしょうか?

何キロか走ったりとか筋トレなどもやるのでしょうか?
時間としては毎日どのくらいのトレーニングですか?

どうぞ教えてくださいませんか。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

よかった また質問立っててくれてて\(^o^)/

内容がどんどん濃くなっていきますね(^_^;)

格闘技の練習時間やトレーニング方法は各自色々だとは思いますが
大道塾塾長 東孝さんの極新時代の話も乗っていますのでどうぞ
http://www.daidojuku.com/f.html
これも面白いかな?
http://www.mas-oyama.com/index.html

此処から先はこの間追加回答しようと思って締め切られた分

今日?あれ?!もう昨日だ!の質問の方に答えても良かったのですが私が答えると場が荒れそうだったのでこちらに(^_^;)

黒帯に色の刺繍がされるってことなのでしょうか?(汗)もしも写真などが掲載されてるサイトなど>
のつもりでhttp://www.kyokushinkaikan.org/gallery/2006/youth/04.htmlを張ったのですが やはり説明を入れておけば良かったですね。この写真のおそらく名前の下 奥に垂れている帯のところこの方は6本線が有るので6段
http://www.kyokushinkaikan.org/gallery/2006/youth/19.htmlの写真の蹴っている方の選手の胸に跳ね上がっている帯には1本線があるので初段 わかります?

弱っちぃとか書いてしまったので少し誤解を招いてしまったようですね
強い弱い簡単に難しいは誰と比べるのかとか個人差も有るので一概には言えないと思います。また 段位と強さは必ずしも一致いたしません 柔道創設期の嘉納治五郎先生の時代は上の段位の者を倒さなければいけなかったそうなので一致していたかも知れませんが 競技人口が増えてしまえば総当たり戦という訳には行かないわけで また一度取った段位は下がる事は無いのでどんな達人といえども後続の者に抜かれていくのは自然の摂理です(自分から下げた方の話も聞いたことは有りますが)

http://www.kyokushin.co.jp/jpn/fght/index.html
この選手等は1級で世界大会3位勿論有段者も多く出場していた中での3位です。

私が弱いと書いたのは人生一生修行という中で初段はまだまだ弱いという意味で勿論↑の選手のように強い方も一杯居ます

ただ武道の3段位までは 学生時代真面目に部活をやっていれば取れる範囲であって勿論始める時期にも寄りますが 中高でも2・3段大学までやれば素質とどの位真面目にやったかにも依りますが大体取れるのではないでしょうか

其の上に成ると此れは社会人になってからも長年続けるか道場の内弟子若しくは指導員等プロとしてやっていかないと中々取れませんので 一般的に強いといっても差し支えないかと思います。

例えばプロボクシングのライセンスは半年位の練習で取れるそうです。
http://okwave.jp/kotaeru.php3?q=2118403

極真の初段も私が学生の頃は 人数も少なく皆さん超人的な強さをしていられましたが 大山総帥の亡くなられた今 黒帯の試合等を見ていても当時の強さを感じられない選手も沢山居ます

其の程度の強さといわれても強さを言葉や文で表現は出来ないかと思います。
極真に興味が御有りなら
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%BA%E6%89%8B%E3%83%90%E3%82%AB%E4%B8%80%E4%BB%A3
http://www.tsunoda-jiroh.co.jp/13_ema/06.html
http://store.yahoo.co.jp/buddy-fighting/c3cfbee5ba.html
等など 「空手バカ一代」や「地上最強のカラテ」で検索すれば一杯出てきます 創世記の常人離れした逸話も数多く紹介されています。

どの武術もそうなのですが創始者の方は殆ど実力で勝ち取った地位なので 物凄い強さを誇っていますが それが受け継がれていくうちに色褪せて行くのは宿命かと・・・

折角書いたので 哀れと思って 読んでやってください<(_ _)> 

よかった また質問立っててくれてて\(^o^)/

内容がどんどん濃くなっていきますね(^_^;)

格闘技の練習時間やトレーニング方法は各自色々だとは思いますが
大道塾塾長 東孝さんの極新時代の話も乗っていますのでどうぞ
http://www.daidojuku.com/f.html
これも面白いかな?
http://www.mas-oyama.com/index.html

此処から先はこの間追加回答しようと思って締め切られた分

今日?あれ?!もう昨日だ!の質問の方に答えても良かったのですが私が答えると場が荒れそうだったのでこちらに(^_^;)

黒...続きを読む

Qこんな極真空手の指導員をどう思いますか?

 今から3年位前のことです。私は極真空手をやっていて仕事の都合で地元である北海道の札幌から広島県にいくことになりました。当然、広島の支部(東広島支部)で稽古をすることになりましたが、問題は指導員のことです。

 私が広島にいた時期は一年くらいでキッパリと判断することができませんが、地元の極真空手の指導員より「ちょっと・・・・大丈夫かな?」という所が自分には感じたのです。例えば、いつも、「支部長」と呼ばれている方は稽古前の時間の10分くらい前のギリギリの時間に来ます(私がソコにいたときは指導員が遅刻したことは一度もありませんでした。)←これはどういうことでしょうか。教えるのが嫌だからという理由以外になにかありますか。

 もうひとつ、私が稽古にあまり出ていないのに、昇給審査の申し込みをしましたが、断られました。ここまで書くと私の方に落ち度があると思いますが、その断り方がその場にいた人全員に聞こえるような大声で言ったのです。「カネ(審査料)で帯をもらうな」と。稽古中もそのことを何度も「○○(私の名前)はな、月一しか稽古に来てないのにカネで帯を貰おうとしてるんだ!!」と人前で言われて、その人(広島東支部長の弟)に殺意を感じました。確かに私は仕事で忙しかったり、道場が遠くに(福山駅からバスで15分)あることから、月に一度しか稽古にこれないこと度々ありました。けど、そういうことをあからさまに何度も言われるのは、憂さ晴らしにネチネチと部下に説教をする上司のようで、とても極真空手の指導員とは思えません。2人とも。
 
 また、稽古中に幼稚園児くらいの道場生が指導員に蹴られることがありますが、彼が言うには「俺に蹴られたら、ありがたいと思え!!」と言いました。彼曰く、手を抜いた楽な稽古は見に入らないが辛いことは記憶に残りやすいから、自分を追い詰めたきつい稽古でないといけない、そうなのです。確かに、彼の言っていることは正しいと思いますが、果たして、幼い子供に思いっきり蹴りを入れていいのでしょうか。因みに、広島東支部の道場生はというと、大半は子供で、大人は私の記憶でいうと自分を入れて3人しかいませんでした。「弟子が師匠を選ぶ」とはまさに、このことだと実感しました。

 ここまで書くと、私があら探しをしているように感じる方もいるかもしれませんが、事実を語っただけです。私は転勤が多いので大体、一年くらいの単位で引っ越すので、今となっては、今、自分の職業のありがたさを感じています。

 今から3年位前のことです。私は極真空手をやっていて仕事の都合で地元である北海道の札幌から広島県にいくことになりました。当然、広島の支部(東広島支部)で稽古をすることになりましたが、問題は指導員のことです。

 私が広島にいた時期は一年くらいでキッパリと判断することができませんが、地元の極真空手の指導員より「ちょっと・・・・大丈夫かな?」という所が自分には感じたのです。例えば、いつも、「支部長」と呼ばれている方は稽古前の時間の10分くらい前のギリギリの時間に来ます(私がソコに...続きを読む

Aベストアンサー

初めまして、私も指導員の方と少し指導内容についでもめた事があります(似たような内容です)ので、参考にしていただければ有り難いです。

・支部長が10分前に来られる方だったのは不思議は無いかと。むしろ道場生が稽古時間に遅刻すると昔は怒られたもんですが、今は社会人も学生も遅刻という感覚は無いようです。私の通ってる道場では怒られません。10分前に来られるのはその方が逆に道場生に気を使ってるんだと思います。

・審査を断られるケースは今の時代あまり無いようです。特に社会人で仕事されてれば、そんな無体な事を言われてもお困りだと思います。
 ただ私はコメントしにくいのですが、分裂や派閥の関係で実力と関係なく帯をもらったり、また逆に実力があってももらえなかったりと言うのはあるようですよ、非公式で申し訳ないんですが。そういうのは社会の裏側と同じと思ってもらって、受け入れるかどうかは自分次第の問題ですんで。
 しかし、このように不仲になる前にいろいろ手はあったと思います。
 極真空手は古くはケンカ空手の異名を取っていたわけで、要は指導員先生に不満があるなら組手で不満をぶつけられるって事です。勝てとは言いませんが、少なくとも常に本気でやれば不満があることはわかってもらえるのでは無いでしょうか?
 もう一つは、お仕事であまり通えないんであれば、いきなり指導員の先生に話しかけるのも一つの手段ですが、他の一般部の道場生で(まあ一般部の生徒数が少なかったのかも知れませんが)相談できるような方を間に立てるのが良かったのでは無いでしょうか?
 私の場合は上の2つの方法でほとんど解決しました。

・小学生相手に本気で蹴る(本気では無いと思いますが)のは、私は稽古として間違って無いと思います。昔の極真は入門初日にKOされたりと言うことが普通だった。それでも強くなりたい人が入門したんです。
 確かに初心者には優しい稽古で強くしてあげる指導員もいますが、その先生も悪い指導法ではないと思います。

・補足として指導員の方の経験もあります。若い指導員の方ならやはり手探りで指導されてます。我々道場生が、指導員先生より年配であれば、少なくとも先生が悩みながらの指導であることをわかって上げるのも社会人としての一般部道場生の役目では無いでしょうか?
 私も不満があったのですが、最終的に邪魔したり、噂を流してぶちこわしに持って行くよりも空手ができる場所を自分たちがつくっていかなければならない事に気づき、できるだけ協力するように気持ちを切り替えてからうまくいくようになりました。まあ、私は道場生なんで・・。
 あとはあなた自身の事もあります。年齢が若く体格に恵まれていれば、社会人でも強くなって欲しくてハッパをかけることは多々あります。性格がおとなしく引っ込み思案な方ならなおさらです。

・長文で申し訳ないのですが、空手も社会の一つなので、指導員ともめたりすることも少なくないでしょう。しかし少なくともケンカ空手、極真空手の門人なのです。自分が不当な扱いを受けてる、子供達が変な指導をされてる、子供達を守りたい、そう思ったのなら相手が指導員でも自分の意見をはっきりとぶつけるべきだったのでは無いかと思います。社会人ですから、ケンカをしろと言っているんではなく、自分の意見を言う勇気はあるでしょう?
 おそらく指導員の方は、あなたがぶつかって意見を言ってこられるのを待っていたのだと私は思います。だから短絡的に空手は駄目だ、やめよう、そんな事だけは思わないでください。武道は人間教育です。人間教育である以上は、年齢が上になるにつれて帯の色関係なく、他の道場生にさらなる配慮をできてこそ、道場訓「我々は、長上を敬し・・」が生きるのでは無いかと思いますが、いかがでしょう?

初めまして、私も指導員の方と少し指導内容についでもめた事があります(似たような内容です)ので、参考にしていただければ有り難いです。

・支部長が10分前に来られる方だったのは不思議は無いかと。むしろ道場生が稽古時間に遅刻すると昔は怒られたもんですが、今は社会人も学生も遅刻という感覚は無いようです。私の通ってる道場では怒られません。10分前に来られるのはその方が逆に道場生に気を使ってるんだと思います。

・審査を断られるケースは今の時代あまり無いようです。特に社会人で仕事さ...続きを読む


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