【復活求む!】惜しくも解散してしまったバンド|J-ROCK編 >>

国歌「君が代」に反対の人が未だに居るようですが、この歌のどこが悪いと言っているのか?教えてください。

反対理由を聞いて、考えて見たいと思うからです。

反対していない人、良い国歌だと思う人も、反対者はどう言っているのか?を知っている範囲で教えてください。
回答者の考えを聞きたいのではなくて、反対者がどう主張しているのか?を知りたいのです。



例えば私の理解では、この歌は、「軍国主義的だからいけない」と言う理由ではないか?と想像しています。

しかしそれはアメリカ国歌やフランス国歌の意味を知らないで言っているように思われます。

例えば、アメリカやフランス国歌は、とても好戦的で、こんな国歌だったら私も嫌いです。

「アメリカ国歌」の好戦的言葉の例

砲弾が赤く光を放ち宙で炸裂する中、我等の旗は夜通し翻っていた

彼等自らの血で贖(あがな)われたのだ

勝利の歓喜の中、星条旗は翻る

勝利と平和で祝福されんことを願わん



「フランス国歌」の例

武器を取るのだ、我が市民よ!
隊列を整えよ!進め!進め!
敵の不浄なる血で耕地を染めあげよ!

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A 回答 (17件中1~10件)

 『君が代』に関しては歌自体が悪いかどうかという問題ではなく、これが一定の政治的立場の表明としてあつかわれてきた過去があるので、その政治的主張に賛同できない人たちはいまだに納得しておりません。



 歌詞の内容について、戦後になって「君が代の『君』は天皇ではなく国民を指しているのだ」との読みかえも行なわれましたが、政治的に納得できずに反対している人は難癖(失礼!)をつけているだけなので、あまり気にしてもしょうがないでしょう。とにかくこの人たちは『君が代』のどこがダメというより、『君が代』がおかれている歴史的経緯そのものに反対しているのですから。
 歌詞そのものは歌としてはどうかと思うのですが(とにかく歌いにくい)、典雅な和歌だと思えば悪くないでしょう。まあ『君が代』が好きだという人で歌詞がいいから、という人もあまりいないのでは?

 問題の政治的立場の表明ですが、この手の話題になるとみんなすぐ頭に血がのぼって「赤だ!」とか「軍国主義者め!」などと「!」付きでないと話せない状態になってしまいます。しかし、実際にそれが現実なのだから仕方ないですね。

 戦後の日本国と戦前の大日本帝国との継続性を重視し、戦争をふくめてあの時代というか体制を肯定的にとらえる人はその象徴として『君が代』をとらえ、国民はみんなこの立場に賛同すべきだと考えます。だから歌いたくない人にも強要します。それが当然のことだと思うからです。
 政治的には昨今の隣国をののしることが愛国心の表明だと思う人たちだけでなく、従来の保守派とか保守的な心情を持った人たちもこちらですね。

 いっぽう、反対する人はまさしく過去の日本に対して反対の見解をもつので、『君が代』を復古主義を象徴するものとして反対します。理屈としては「天皇をたたえる歌だから」とか「この歌を歌いながら日本は侵略をしたから」と言っていますが、じつのところ反対しているのは歌そのものより、この歌をたたえる人、歌うよう強要する人、そのような政治的風潮に反対しているように見受けられます。
 政治党派でいえば、昔なら「左翼」あるいは「革新陣営」といわれる人たちで、社会党や共産党を支持してきた人たちです。いまなら「市民派」になりますか。戦前の大日本帝国を否定的に評価することが多く、戦後の「自由」「民主主義」「平等」「自主」「平和」などの価値観により重きをおいています。
 保守的なネット世論などでは「日本に反対している」ととらえられがちですが、彼らは別に日本に反対しているのではなく、望ましい「日本」が違っているだけです。実態は人によって差があるので一概に言えませんが、天皇制に反対という人たちもいるいっぽうで、象徴であれば天皇制に賛成という人も多いです。

 もっとも、国民の大多数は戦前のようになってほしくはないし、あの戦争にも批判的だけど、さりとてむきになって反対するほどでもないし、ほかに国歌はないのだから別に良いんじゃないか。別に歌が戦争するわけじゃないんだから、ととらえているのではないでしょうか。オリンピックとかワールドカップとかで日の丸が揚がって君が代が流れると感動する、という人は多いでしょう。

 わたし自身はこの歌が好きだという人、嫌いという人、ともどもに尊重したいと願っています。どちらもわが国の歴史ですから。ただ、「歌え」と強制されるとさすがに不快になります。『君が代』を国歌と定めた国旗国歌法の制定時には、国会で「強制はしない」と確認したはずなのですが。
 そんなわけで、卒業式であえて着席して国歌斉唱を拒否する先生はどうかと思いますが、それを理由に処罰を加えようという動きにも反対です。大切なのはだれかの考えで統一することではなく、式典なりのその場の目的に応じてみんなが納得できる形を考えることだと思っています。

 最後、自分の意見の表明になってしまいましたね。失礼しました。
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この回答へのお礼

多くの見方に目配りの聞いた、本当にすばらしい回答だ!と感服しました。
文章全体に全く違和感無く読み、納得しました。

>制定時には、国会で「強制はしない」と確認したはずなのですが。

この約束が平気で無視されていることには本当に腹が立ちます。

>昨今の隣国をののしることが愛国心の表明だと思う人たち

という表現にも同感です。

こういうののしり派の人たちが、君が代を強制しているわけで、その人たちをのさばらせてはいけないという君が代反対派の気持ちには、私も同感しています。

つまり君が代反対派の人々の真意が、戦争防止にあること、その気持ちに私は同感ですが、その根本の戦争防止ということのために、君が代に反対するというのは、説得力の無い、こじ付け論理だと私は思います。

こんなこじ付けで、君が代に反対していては、世の中で孤立して、戦争防止に逆効果しかない、と思うのです。

この質問の趣旨は、こんなこじつけはやめて、もっと本質的反対に切り替えるべきだ、と説得したいためのものでした。

ありがとうございました。

お礼日時:2012/07/13 11:32

「君が代」の反対派という訳ではありません。



「君」というのが「天皇」であれ「国民」であれ、要約すれば「日本よ永遠なれ」という事を言っているだけですものねぇ
ところが、国歌斉唱を拒む人とそれをけしからんという人の議論は見事なまでにかみ合いません。

かつて(戦前戦中)は「天皇陛下のしろすめす世」という意味で歌われ、その歌詞の下、日本が戦争を行ってきた。
それが事実かどうかはさておき、「君が代」に反対する人はそういう認識を持っているようです。

一方、「自国の国歌を誇りを持って歌えないとは何事か」という人の中には「右翼的思想」を持っている人々が少なからず含まれます。
もちろん、すべてが右翼な訳ではないし、右翼的思想と言っても単に保守的で愛国心が旺盛だというだけの人がほとんどです。

しかし、「家の親父は君が代(天皇主権国家)の為に戦争で死んだ」という思いを抱いている人に対して、
「君が代を歌わないのはけしからん」と頭ごなしに吠えかかるのは、逆効果だと思うんですがねぇ
過敏に右翼的な匂いを嗅ぎ取って、態度を硬化させるだけだと思うのですが・・・

なんといいますか・・・
「日本は国民主権国家であり、天皇は国民の象徴である。
したがって「君が代」の「君」が天皇を指すにせよ、それは国民の象徴をしめす。
すなわち「君が代」の歌詞は国民主権国家である我が国の永続を願うものである。」
この事をもっと前面に押しだし、かつ、なお戦争を連想してやまない人の心情に配慮する、
そのくらいの対応でいいのではないかと思うのですがねぇ


私には、どちらにせよ「天皇主権国家」のしっぽを引きずった者同士の諍いに思えてなりません。
ん? 回答になっていないかもしれませんね
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この回答へのお礼

貴重な意見だと思いました。

ありがとうございました。

お礼日時:2012/07/17 20:27

No.14さんの>>歌詞の内容について、戦後になって「君が代の『君』は天皇ではなく国民を指しているのだ」との読みかえも行なわれました



とありますが、これは大きな間違いで、もともとこれが約1000年前に出来たものである「わが君」が変形して今日に至ります。
長寿を歌う和歌であり、その相手は、自分の愛する人ですね。
これを「君が代」と変更して、天皇の長寿を心より祝ったのです。いつ?それは、平安時代です。
この変化のなかで、普通に考えてください。
会社の上司に友達みたいに「おい」って言えますか?
言えないですよねぇ。なんて言いますか?課長?社長?部長? 敬意を表して言い方が変わります。
では、聞きますが、別の会社にも社長がいますが、なんて言いますか?「おい」って言えませんよね。

つまり、当時も同じで、天皇陛下を指して「君が代」なんて言ったのではなく、敬意を込めて「わが君」→「君が代」と変更したのです。敬意を込める事が大事。友達じゃないので。

だから、自分にとって心から幸せになってほしい人に「君が代」を歌う事は、何よりも素晴らしい事なのです。
「天皇陛下≠君が代」 ではなく 「敬意を払いたい相手=君が代」です・
長寿を歌うこの和歌の素晴らしさを天皇陛下にささげたいと、敬意を払った形で君が代に変化しましたが、だからと言って、君が代の君が天皇陛下だ!と言う考えは初めからありません。その心すらも美しく感じてしまいます。
歌い手の心が誰に向かっているかで大きく変わります。
ちなみに、天皇陛下を指す固有の名詞は「大君です」
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この回答へのお礼

理解できます。

ありがとうございました。

お礼日時:2012/07/17 20:29

以前、こちらの質問の #14に回答したものと基本的には同じ内容になると思います。



http://questionbox.jp.msn.com/qa5702200_3.html

米仏の国家の好戦的歌詞に関しては、これらの歌とその歌が生まれた背景の歴史を知る必要があります。

米国歌「星条旗」は1814年の米英戦争中に英国の捕虜になっていた人が見た砦に翻る星条旗を歌ったものです。この詩は、少し単語を変えることによって当時の流行曲のメロディーに載せて歌うことができたので、そのような形で広がっていきました。米海軍を中心に公式の場で演奏・歌われることが増えていき、1931年には正式に国歌として採用されることになります。この米英戦争がアメリカ合衆国を政治的のみならず経済的にもイギリスから独立させた「第二次独立戦争」として評価されていたことも、この曲が国歌としてその当時の米国の象徴の役割を果たしうるものと考えられた一因でした。

仏国歌「ラ・マルセイエーズ」は、フランス革命の時の歌です。とは言っても革命自身は終わって、フランスが対外的に自国の革命を認めさせようとしていた時期の作曲です。1792年対オーストリア宣戦後の出征兵士を鼓舞する目的で歌われたものが、巡りめぐってパリ入城の際にマルセイユ義勇軍が歌いながら入城した、ということで「マルセイユの歌」という題になってしまいました。1795年には国歌として採択されますが、その後第一帝政から王政復古に掛けては「暴君を倒せ」という歌詞が良くないとして逆に禁止されることになります。その後、更に革命が進んで、第三共和政以降は再び国歌として制定されることになりました。しかし、フランス人の中にも、この国歌の持つ好戦的な色合いを快く思わない人も多く、何度も国歌の変更が議論されています。実際には変更されていませんが。
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この回答へのお礼

勉強になりました。

ありがとうございました。

お礼日時:2012/07/17 20:29

 他国の国歌の歌詞を調べた事はありませんが、凄い歌詞が出てくるようです。


 知れば知るほど恐ろしくなりました。
 他国の事ですからそれをとやかく言う事はできません。

 日本が戦争に突き進んだのは天皇制や戦前教育の問題と考えている人がいます。
 彼らにとってはこれらは諸悪の根源ですから全否定します。
 「君が代」の存在自体が許せないのですから歌詞はどうでも良い話です。

 ちなみに私は義務教育課程で「君が代」を一度も歌った事はありません。
 音楽の教科書にあるのになぜ教えないのか疑問でした。
 

  
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この回答へのお礼

>音楽の教科書にあるのになぜ教えないのか疑問でした。

そういう方もいrっるのだと知り、参考になりました。

ありがとうございました。
 

お礼日時:2012/07/13 11:34

 解釈の違いで、賛成 反対どちらにでも


とれるので、両面の意味があるということです。

 反対派は、君が代=天皇統治の世の中=大元帥=
軍隊、戦争 と捉えて反対なのでしょう。

 君が代賛成とは言わなくとも、否定しない派は特に
そんな風に考えてないのでしょう。

 敢えて「君が代」反対派に言うならば、”君”は
天皇のことではない。天皇は”大君”という。

 与謝野晶子「君、死にたもうことなかれ」の”君”は
弟のことで、天皇は”すめらみこと”といっています。

 また、いわおが細石になっても、細石がいわおになることは
ありえません。
 もしもありえるならそれは、人間の人智を超えた年月がかかるので
だれも知り得ないこと。

君が代とは我々国民が延々と生をつないでいくことで、それに反対
するのはテロリストであり、人類滅亡を望む者と言われたら反対派は
なんという。

 また歌えと強制されるのがいやだという意見は、じゃああなたは
税金や電気ガス、水道代を払えと言うのは強制だからと突っぱねますか。
 医者が点滴しますというのを「強制や、やめろや」といいますか。

反対者は正当な理由なき反抗と思えてなりません。
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あくまでも小生の回答だが



歌詞などどうでも良いのである

それを『歌え』と強制されるのが、寛恕ならないのである

以上
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この回答へのお礼

どうもありがとうございました。

お礼日時:2012/07/13 11:44

    『古今和歌集』巻第七の始めに賀歌(がのうた)と言うのがありその第1首に



    「わが君は千代に八千代に細(さざ)れ石のいはほとなりて苔のむすまで」というのがあります。

    手元にあるのは小沢正夫、松田成穂、校注•訳(小学館1983)で、「君」の注に「この歌を贈る相手。巻頭の四首をはじめ賀の歌ではしばしば用いられるが、天皇を指すとは限らない。歌語に用いられる唯一の尊敬語」とあります。

    明治になって国歌を作る必要に迫られ、英国国歌の第2行 long live our noble king の意訳として、流用したものと思います。

   国歌「君が代」のどこが悪いというのでしょうか?と言うご質問ですが

    僕は別に悪いところは無いと思います。
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この回答へのお礼

>明治になって国歌を作る必要に迫られ、英国国歌の第2行 long live our noble king の意訳として

勉強になりました。

ありがとうございました。

お礼日時:2012/07/13 11:46

反対している組織の思想的背景を考えるのがわかりやすいかと思います。



組織的に君が代に反対している団体として有名なのは中核派(革命的共産主義同盟)ですね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%A9%E5%91%BD% …

http://www.zenshin.org/index.htm

過去に暴力事件や武力闘争を起こして、公安からもマークされていますが、最近は市民運動や労働運動に軸足を移しています。
東京都杉並区、神奈川県相模原市、大阪府泉佐野市、高槻市、八尾市の議会には中核派系の議員がおり、議会への進出度は日本労働党と並び、日本の新左翼の中では屈指です。
熱心な活動家も多く、組合、教育界、マスコミにも協調者が多くいます。
組織的に計画を持って、反日イメージ戦略を行うことができます。

1991年(平成3年)に中核派が「将来の武装闘争に備えてテロ・ゲリラ戦術を堅持しつつも、当面は武装闘争を控え、大衆闘争を基軸に党建設を重視する」との方針を決めた「五月テーゼ」(03年以降は「新指導路線」と呼んでいる)に基づいた戦術です。
一般の市民を装い、人権活動や平和運動を行いながらも、心の底では武力革命を目指している活動家が多数存在し、多くのマスコミ、教育界、労働運動に強い影響を与えています。

「闘うアジア人民と連帯し侵略戦争を内乱に転化せよ!」を1970年代以降のスローガンにして、「日本人民にはアジアを侵略した血の債務がある。日本の労働者は排外主義・差別主義にまみれており、 そのままでは革命の主体にはなれない」「卑劣、悪質、凶悪な手段で無慈悲に敵をせん滅する」との主義主張(いわゆる「血債の思想」)が君が代、日の丸反対闘争の思想的基礎になっています。

中核派機関紙 前進より 君が代反対の主張
http://www.zenshin.org/f_zenshin/f_back_no06/f22 …

警察白書より
http://www.npa.go.jp/hakusyo/h18/honbun/hakusho/ …
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この回答へのお礼

>「日本人民にはアジアを侵略した血の債務がある。日本の労働者は排外主義・差別主義にまみれており、 そのままでは革命の主体にはなれない」「



この文章には賛成できます。
革命の主体になれないのだから、革命をしなければ良いだけだと思います。

しかしそのことと、君が代に反対することとは、ぜんぜん結びつかない、と思うのですが・・・・。

お礼日時:2012/07/13 11:54

君が代の君は天皇の事 代は世のこと


つまり天皇の国家ということをあらわしています

天皇陛下万歳の時代は終わったので反対派は反対してるのです
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この回答へのお礼

>天皇陛下万歳の時代は終わったので反対派は反対してるのです

「終わったから反対している」、というのでは、あまり繋がらないとおもうのですが、・・・・・。

お礼日時:2012/07/13 11:56

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Q君が代は戦争の歌?

おせわになります。

君が代を歌わないのは個人の自由と言われればそれまでですが
「なんで戦争の歌を歌わなきゃならないの」と言う意見がありました。

君が代=戦争

これはあまりにも安易な発想に感じるのです....。
戦後60年が立っていつまでも「戦争の歌」なのはなぜなのでしょうか?
歌詞の意味も日本人であればおかしく無い内容で、平和的な印象を受けます。
(確かにメロディは重苦しいですが、荘厳な感じはします。)
天皇は国歌斉唱は「強制でないのが望ましい」と言っている様です。
こんな発言をさせてしまうのに国民として後ろめたさを感じてしまいました。

平和を叫んで君が代を歌わない人の攻撃性が怖い時があります。(皆ではないです。)
私は国歌なので歌いますが、それだけで「天皇万歳の右思想」と思われるのは
正直良い気はしません。天皇は敬いますがいわゆる【右】ではありません。

天皇の重要性は色々ありますが何と言っても「伝統」だと思います。
この伝統がある国だからエリザベス女王もアメリカ大統領も天皇陛下と
同席するときは上座を譲ります。外交にも大きな力を持っています。

この手の議論はいろんな意見があるので一筋縄では行きませんが
もう少し自国の旗や国歌に誇りを持てないかな、と単純に思っています。
若い人にこの思想がこびりつくのは、日本を誇れない悪循環に
陥りそうで少しこわいです。

みなさまのご意見お聞かせください。

まとまりない文章ですみません.....。

おせわになります。

君が代を歌わないのは個人の自由と言われればそれまでですが
「なんで戦争の歌を歌わなきゃならないの」と言う意見がありました。

君が代=戦争

これはあまりにも安易な発想に感じるのです....。
戦後60年が立っていつまでも「戦争の歌」なのはなぜなのでしょうか?
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(確かにメロディは重苦しいですが、荘厳な感じはします。)
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Aベストアンサー

 国旗や国歌は、その「国の顔」ですから、誇りを持って「変えない」のが本筋でしょう。

 変える国も時々ありますが、政情不安定で国の政治体制が大幅に変わったり、「国の顔」を変えることで、安上がりに人心一新を狙ったりというケースしかありません。

 日本人として、私は「国旗=日の丸、国歌=君が代」を変えないということが、日本人の誇りにつながると思います。
 
 歴史の長い国では、国旗・国歌の制定時と、現在の政治体制・政治理念とが、当然ながら離れたものになることもあるでしょう。
 それを、国の歴史変遷の一つの表われとして捉え、容認し、現在の国是と融和していくようなあり方こそが、国旗・国歌にふさわしいと思います。
(フランス国歌など、マルセイユで民衆を主体に編成された軍がパリへ向かって進軍するときの革命歌ですから、平和とはかなり異なっています。)

 私個人としては、国歌の歌詞を変更することについて、国民的合意ができるなら、(たとえば、天皇制が廃止された様な場合)変えてもいいと考えますが、日の丸や君が代のメロディを変えることには反対です。
 デザイン的に、「日の丸」はとてもシンプルで良いし、世界各国で行進曲風の国歌ばかりが多い中で、「君が代」は厳粛さと雅(みやび)を備えたいい曲です。

<質問者さんの質問のメインである、日の丸や君が代と、戦争や多民族支配の歴史との関連については、以下のとおりです。>

 日本人は、「日本の国土の上で、子供・女性・老人が外国の軍隊によって無抵抗のまま、繰り返し何万も殺戮されたのに、国は何も打つ手がないに等しかった。」という日本史上最大の失敗・国益の壊滅がなぜ起こったのか、第二次世界大戦時突入の原因を徹底的に分析して伝えてき、代々の日本人が良く理解して、再びこのようなことがないようにしなければなりません。
 その原因を伝えていかないのなら、このような多くの人の死が、無駄死になってしまいます。

 日本は戦争で、日の丸・君が代をはじめ、アジアのリーダーとしての地位や、精神的価値としての愛国心や武士道などを、勝てない戦争を長引かせるための道具として使ってしまい、これらを地に落としてしまいました。
 しかし、日本人が戦争を本当に「大失敗」と考えるなら、韓国や中国など、他民族の土地で掲げられたために、日の丸=多民族支配のイメージがあるからといって、日の丸を国旗として使わないようにしようなどという、暴論を持つべきではありません。
 地に落としてしまった大切な物を、捨て去って新しいものに換ればいいという安易な選択は、戦争の失敗を忘却しようという動きと同じように、戦争を過去にしてしまう同じ態度の裏表です。

 『日の丸』という旗自体に元々「多民族支配」のイメージなどのような意味付けなど、まったくありません。たまたまその時に道具として使われただけです。
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 日本人は日の丸を掲げて、世界各地の戦争難民救済に人・物両面での支援を続けることを行い、戦場から逃げ出した先で日の丸を見つけたら
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Q先生達が日の丸・君が代をあそこまで否定している理由ってなんですか?

最近、イジメ問題などが教育現場での大きな問題となっていますが、たまに必死で日の丸や君が代に反対している教師達をニュースで見ます。
見ていて全く意味が分からないのですが、あれはいったい何なんですか?

戦争に傾く政府に対する反対だとかそんな切羽詰ったご時世なら分かるのですが、今の時代、日の丸なんてただの国のマークだし、君が代もなんかダサイ国歌っていう認識しか国民は持っていません。
学校で国の国旗がかかってようが君が代を歌おうが、そこに何か特別な意識を感じる人もいません。戦時中ならわかるのですが・・・・

普通の先生達がなぜあんなに日の丸や君が代を否定するんでしょうか?
日の丸のマークになにか特別な暗示能力でもあるのでしょうか?
君が代の歌に何か特別な洗脳能力でもあるのでしょうか?

どこかの過激な左翼とかが終業式とかに乱入して・・・なんてのならまあ、理解はできるんですが、なんで普通の先生達があんなことするんでしょうか?

全くバカな人としか見えません。裏事情でもあるんでしょうか?
これだけ教育現場に問題がある昨今、訳の分からない事をしている教師がいる事が不安でなりません。
明らかに滑稽に見える事でもニュースでは普通に報道しています。
私には何がなんだか・・・・・・詳しい方教えてください。

最近、イジメ問題などが教育現場での大きな問題となっていますが、たまに必死で日の丸や君が代に反対している教師達をニュースで見ます。
見ていて全く意味が分からないのですが、あれはいったい何なんですか?

戦争に傾く政府に対する反対だとかそんな切羽詰ったご時世なら分かるのですが、今の時代、日の丸なんてただの国のマークだし、君が代もなんかダサイ国歌っていう認識しか国民は持っていません。
学校で国の国旗がかかってようが君が代を歌おうが、そこに何か特別な意識を感じる人もいません。戦時...続きを読む

Aベストアンサー

日教組に加盟している先生が全ておかしいとは言いませんが、少なくとも日の丸や君が代を積極的に否定するような活動をしている人らは、普通の先生ではありませんよ。
日教組の組織率は、1960年代には80%を超えていましたが、現在は30%を切っています(一部地域では90%を越えているところもあります)。
裏事情としては、日教組はそもそも共産党や旧社会党の支持母体であることから分かりますように極左団体です(ただし今現在は分裂して右往左往しています。現在の日教組はかなり文部省寄りになっていますが、過激な連中は相変わらずです)。街中ではでに街宣車がに乗ってがなりたてている人たちがいますよね? あの人たちはウヨクですがその対極にいるサヨクということになります。右翼や左翼ではなく、ウヨクとサヨクです。やっていることは同じことなんで、そんな連中というだけのことです。彼らにとってみれば国歌や国旗がすごーーーく重要なアイテム(内容が重要なのではなくそのイメージが重要)なので、傍からみると滑稽でないことでも彼らにとってみれば真剣なのです。まぁ前の方が指摘されているように一般人から見ればオウムと一緒です。ですので、全く普通の先生ではありません。残り70%の先生が普通の先生と言えます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%95%99%E8%81%B7%E5%93%A1%E7%B5%84%E5%90%88
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A8%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%95%99%E8%81%B7%E5%93%A1%E7%B5%84%E5%90%88

話は変わりますが、国歌の歴史については他国のそれも色々と面白い逸話があります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E8%8F%AF%E4%BA%BA%E6%B0%91%E5%85%B1%E5%92%8C%E5%9B%BD%E3%81%AE%E5%9B%BD%E6%AD%8C
http://meta-metaphysica.net/lit/lamars.html
確かにかつては国家の内政上の道具として色々と使われていたことも多々あったわけですが、今現在は果たしてそこまでの役割があるのかというと疑問です。アメリカなどではかなり踏み絵的な、あるいは究極のシンボルとして使われることが多いのですが、そこまで重要視されていない所も多いです。まぁそれでも他国のそれも自国のそれと同じくらい敬意を表しましょうとか。こういうのはマナーの問題ですが。
これを強制したぐらいで国民の頭の中も右倣え右で揃ってしまうということを本気で危惧している人というのはちょっと思考回路がずれすぎなので、聞き流しておいた方が無難かと思います。そんな簡単に洗脳できるなら、為政者は誰もこまりませんよね。

日教組に加盟している先生が全ておかしいとは言いませんが、少なくとも日の丸や君が代を積極的に否定するような活動をしている人らは、普通の先生ではありませんよ。
日教組の組織率は、1960年代には80%を超えていましたが、現在は30%を切っています(一部地域では90%を越えているところもあります)。
裏事情としては、日教組はそもそも共産党や旧社会党の支持母体であることから分かりますように極左団体です(ただし今現在は分裂して右往左往しています。現在の日教組はかなり文部省寄りになっていますが...続きを読む

Q国歌斉唱や国旗掲揚に反対する人はなぜですか?

戦争が良くないとか、国粋主義が良くないというのは分かるのですが、なぜ国歌を歌う事や国旗を掲げる事が、それに繋がるのでしょうか?
僕らが生まれた日本という国を大事に思い、この国に生まれた事を感謝すること。
日本を代表して頑張っている人を応援する為に、国歌を歌ったり国旗を掲揚したりすること。
それは戦争云々とは関係ないと思います。

また、日本以外の国でも国歌は歌いますし、国旗は日本以上に掲揚されています。
アメリカやカナダに行くと、市バスに国旗のステッカーやプリントが入っている事もままありました。

なのになぜ日本の左寄りな人たちは、国歌斉唱や国旗掲揚に反対するのでしょうか?

Aベストアンサー

彼らなりに負い目を感じていて、国歌を聴いたり国旗を見ると「この売国スパイ野郎め!」と責められているように感じるのでしょう。
彼らは国から給料を貰って生計を建てている。にもかかわらず、北朝鮮による日本人拉致事件に関わり同胞を売り飛ばした暗い過去があるのです。そういう自己矛盾、罪悪感を感じている。
それが彼らにとってはつらいのです。普段はそういうことを極力意識しないように、忘れようとしている。しかし、国歌を聞き、国旗を見るとどうしても自己矛盾、罪悪感を意識させられてしまう。それがどうにもつらいのです。
だから必死に国歌、国旗を否定せざるを得ない。国歌を聴きたくない。国旗を見たくない。それが反対する理由です。つまり心理学的で幼稚な自己中心主義な理由なのです。
もちろん、そんな理由は表立って主張できません。それは自分の首を絞めることと同じですから。真の理由を口に出せないから、嘘の理由をなんだのかんだのとひねり出して、正当化しようとするのです。戦争だの国粋主義だの、そんなのは全然関係ありません。それは元々世間を騙すために持ち出したまやかしの口実に過ぎないのですから。

彼らと議論しても無駄です。それは彼らにとっては負けることが許されない幼稚な自我の防衛戦争なのです。彼らにとっては命がけの戦いですから、万歳突撃でも特攻の体当たりでもなんでもします。

一方私たちは、彼らがなぜそこまで依怙地になっているのか、理解できないだけだし、彼らを追い詰めて抹殺しようとまでは考えていません。

彼らの言動は、以上のことが分かれば、理解できます。

彼らなりに負い目を感じていて、国歌を聴いたり国旗を見ると「この売国スパイ野郎め!」と責められているように感じるのでしょう。
彼らは国から給料を貰って生計を建てている。にもかかわらず、北朝鮮による日本人拉致事件に関わり同胞を売り飛ばした暗い過去があるのです。そういう自己矛盾、罪悪感を感じている。
それが彼らにとってはつらいのです。普段はそういうことを極力意識しないように、忘れようとしている。しかし、国歌を聞き、国旗を見るとどうしても自己矛盾、罪悪感を意識させられてしまう。それ...続きを読む

Q日本国の国歌が君が代、その根拠は?納得不能です…

日本国の国旗が"日の丸"というのは、それは理解でき、納得です。
しかしながら、日本国の国歌が"君が代"というのは、その根拠は?
全く理解できません、納得できません。
教えてください。
何故、我が国の国歌を"君が代"とするのですか?

Aベストアンサー

法律的なことを言えば、現在では「国歌・国旗法」で、国歌と国旗が制定されていますので「君が代」は正式に国歌である、といえます。
でも、これってなんとなく君が代を歌っておいて、後出しじゃんけんのような法律なんですね。


では、そもそも「国旗・国歌」ってなんでしょうか?

国旗や国歌というのは、実は西洋が東洋にやってきて「万国国法というものがあって、国家というのは、自分の国の国旗を持って他国と交流し、その交流の儀礼祭典では国歌を歌うんだ」と国際儀礼を押し付けたのが始まりといえます。

明治になる以前の徳川幕府の時代でも、それまでの中国や朝鮮(またはベトナムあたりまで)と付き合うのに国旗や国歌などを必要としていませんでしたので、急遽それらを制定する必要があったわけです。

日の丸については、それまで御朱印船に日本の旗印として利用してきた「日の丸」がありましたので、そのままそれを「国旗」ということにして利用を続けた、というのが実際のところであり、明治になっても「国家」そのものは徳川時代から継承されていますので、対外的に分かりやすく日の丸を利用し続けた、というところでしょう。

先に外国における「国歌」の地位を見てみますが、意外なほどあやふやであることが理解できると思います。

国歌については、西洋国そのものが近代化の課程で導入したものです。有名な国歌で言えば、フランスの革命歌である「ラ・マルセイエーズ」やアメリカの国歌「星条旗」などがありますが、フランス国歌は革命歌が、革命後もそのまま生き残り国歌の地位を得たものですし、アメリカの星条旗に至っては1931年に正式に国歌に昇格しており、それまでは別の歌(My Country, 'Tis of Thee)がアメリカの国歌でした。

この二つは法制化されて「国歌」なのですが、イギリスの有名な国歌である「国王(女王)陛下万歳」は法制化された国歌の地位は現在でも持っておらず、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(いわゆるイギリス国家)では事実上の国歌であり、英連邦国家(カナダやオーストラリア・ジャマイカなどを含む英国王室を自国王室と認知する国家)では王室の愛唱歌、または事実上の第二国歌の地位を占めています。
しかしいずれの場合も、法制化で国歌と定めているわけではありません。


翻って、日本の「君が代」の場合、第一君が代・第二君が代(現在の君が代)・第三君が代があったことが知られています。

第一の君が代は明治3年の明治天皇の閲兵式典(当時は薩長土肥の4藩兵の集合体)で薩摩藩軍楽隊が演奏したのが最初だとされています。これは、当時の明治政府顧問であったイギリス軍の楽隊長が「国家には国歌が必要である」と説いたためです。
しかし上記に書いたように、イギリスは現在でも法律に制定された国歌はありませんので、近代軍が式典を行なう時には国歌がないと格好がつかない(他国との儀礼上問題がある)としたものでしょう。
また第一君が代は、演奏した薩摩藩の砲隊長大山巌が歌詞を古い和歌から選定し、イギリスの軍楽隊長がメロディーをつけたマーチ的な君が代だったようです。

この第一君が代は非常に不評だったのですが、同時に国歌とは軍礼必要なものでありそれ以上ではない、という考え方も伝播したようです。

あまりにも不評だった第一君が代は、明治政府の意向でイギリス式軍隊からドイツ式軍隊へと、招聘する教官の変化によって、第二君が代に変化して行きます。特に歌詞はそのままでメロディーだけ変えたものが第二君が代として誕生することになります。

このとき、第二君が代を作り演奏する主体は主に日本海軍でありました。ようするに、各国の軍隊を直接お迎えする機会が多く、また外国に行って国歌を演奏する機会も多かったのが海軍だったからです(近代国家は各国に在国武官として軍人を派遣したり、同盟国などは頻繁に交流を行い、その主体は海軍であり、陸軍は海軍の艦船に分乗して他国に派遣された)

そのため、事実上、第二君が代が「国歌」としていろいろな場面で演奏されることになっていきます。
また、段々に近代国家として様々な制度が整いつつあった明治政府は文部省を主体として「国歌を制定すべきだろう」という機運が高まり、君が代の歌詞にさらにいろいろなものを取り入れた第三君が代を策定する作業に入って行きました。


結局のところ、第三君が代はあまりにも複雑な権力闘争に巻き込まれ「国歌」という地位を得るに至らず、(やはり権力闘争上、海軍だけで演奏されていた)第二君が代が、国歌という地位に落ち着いていくことになります。

特に君が代を国歌の位置に留めるになったのは、明治26年の文部省制定「祝日大祭日歌詞並楽譜」とう法律で、ここに文部省唱歌として「君が代」(第二君が代)が登場し、国歌として学校でも歌われるようになっていきます。

最初は「国歌」という名称ではなかったようですが、海軍が式典で同じ曲を国歌として演奏しており(当然に国旗を掲げるときに演奏されるわけです)、日露戦争の勝利が明治28年ですから、戦勝記念式典などで国民に広く「君が代」が認知されていった、という経緯をたどります。

これにより、戦前の「君が代」の地位が事実上固まり、それで居て平成11年までの109年もの長い間一度も法制化されずにきた、という経緯をたどることになるのです。

しかし、他国の国歌も法制化されている国家もあれば、していないで事実上の国歌である国もある、という状態ですから、君が代が法制化されずに事実上の国歌の地位にある、ということはなんの不思議も無かったわけです。

これが君が代が国歌になっていく経緯ですが、他国の歴史を見ても必ずしも法制化されているとはいえず、なんとも日本らしい国歌制定の歴史である、ともいえます。

日の丸が長い間、日本の事実上の国旗(というか国の目印)として御朱印船などで利用されていて、それが国旗になっていった経緯を是とするなら、国歌が君が代になっていった経緯を奇異に感じることは少ないのではないか、と思います。

法律的なことを言えば、現在では「国歌・国旗法」で、国歌と国旗が制定されていますので「君が代」は正式に国歌である、といえます。
でも、これってなんとなく君が代を歌っておいて、後出しじゃんけんのような法律なんですね。


では、そもそも「国旗・国歌」ってなんでしょうか?

国旗や国歌というのは、実は西洋が東洋にやってきて「万国国法というものがあって、国家というのは、自分の国の国旗を持って他国と交流し、その交流の儀礼祭典では国歌を歌うんだ」と国際儀礼を押し付けたのが始まりといえます。
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Q君が代を歌う事に拒否する理由

少し前から君が代の歌を拒否するという事が聞かれますが簡単に言うと理由は何なのでしょうか

この前テレビで園遊会でしたか??
天皇がオリンピックでメダルをとった人や国から勲章を頂いた人達が並ぶ中一人一人にお言葉を掛けられている時
その中の一人の方が「君が代を皆が歌ってくれるように考えています」みたいな内容の言葉を言ったら
「強制は、いけませんよ」とはっきりおっしゃっていました
異例の事と報じられていましたが

天皇本人が強制はいけませんって言っても強制させる意味は、何なのか・・・皆様のご意見はいかがでしょうか

Aベストアンサー

No.20です。もう少し意見を述べますと、私は成人した人が
国歌を歌うのも歌わないのも、それは憲法で保障されている
思想・信条の自由に属する内容ですから、自由かと思います。

しかし、義務教育課程にいる青少年は、事情が違います。
日本国民の常識として、国歌がどういう歌かぐらいは教えて
おかないと問題でしょう。
まあ、サッカーが好きな人は、放っておいても覚えるかも
しれませんが。(笑)

ではなぜ国歌について、わざわざ法制化したのか。
それは以下の質問を参照すればわかるのですが、学習指導
要綱に「教師は国旗・国歌の意義を子供に理解させ卒業式、
入学式では国旗掲揚、国歌斉唱を指導する」
とあるのですが、例によって日教組かと思われますが、国歌
といってもそもそも国歌が何か規定されていないという、
屁理屈をこねたからなんです。

|『なぜ東京都教育委員会は国旗や国歌を強制するのか?』
|http://okweb.jp/kotaeru.php3?q=885625

こんな屁理屈をこねて、指導すべき立場にある人が青少年を
指導しないのは、極めて問題です。
というより、国や地方公共団体に雇われている公務員が、
国や地方公共団体の指示を受け入れないことがそもそも、
一般常識として問題なのですが、相手も団体を組んでいます
ので、対抗戦術として国旗・国歌が何かという法律を制定
したわけです。

繰り返し述べますが、成人した日本国民が、自分の信条で
国歌を歌わないのはそれはそれでかまわないと思います。
(個人的には、そういう人とつきあいたくありませんが)

また、先日に報道ステーションで石原都知事が言っていた
ことの受け売りですが、指導された児童が歌わないのも、
学校教育としては問題ですが、まあ見逃せなくもないでしょう。

しかし、国や県・市町村の税金から給料をもらっている教職員
が、その国や県・市町村の指示を聞かないというのだけは
絶対的に許せません。
企業に勤める会社員が、会社や上司の指示を聞かないという
ことが許されるかどうか、考えてみればすぐにわかります。

屁理屈こねて、国歌を認めないというのであれば、その屁理屈
の根拠を法制化という手段で潰すのみです。
それでも聞かないということであれば、参考URLにある
ように、断固として処分すべきでしょう。

参考URL:http://okweb.jp/kotaeru.php3?q=885625

No.20です。もう少し意見を述べますと、私は成人した人が
国歌を歌うのも歌わないのも、それは憲法で保障されている
思想・信条の自由に属する内容ですから、自由かと思います。

しかし、義務教育課程にいる青少年は、事情が違います。
日本国民の常識として、国歌がどういう歌かぐらいは教えて
おかないと問題でしょう。
まあ、サッカーが好きな人は、放っておいても覚えるかも
しれませんが。(笑)

ではなぜ国歌について、わざわざ法制化したのか。
それは以下の質問を参照すればわかるのですが、...続きを読む

Q自分が在日かどうか調べる方法

今年で21才になりますが、自分の起源がどこにあるのかわかりません。

今まで運転免許を取ったり、引っ越ししたり、分籍をしましたが、特に苦労したことはありませんでした。
それに親からも在日外国人の家系である、というような事を言われたことはありません。

しかし確実に、ここ数世代のうちに、外国人が混じってはいない、という確証がありません。


ということで自分が在日外国人の流れをくんでいるか調べたいです。
この場合、どのような手段を取ればいいのでしょうか?

自分の本籍地で戸籍謄本(全部証明)を取れば両親のこともわかるのですか?
母親の祖母が在日で帰化していた場合、その事はどの世代まで表記されるのでしょう?

ちなみに私は両親の戸籍から分籍(転籍)しており、本籍は東京ですが、出身および両親の本籍は大阪です。


在日か調べたい→戸籍を取れ、という解答はよく見るのですが、
具体的な方法が見つからず困っています。


また在日がどうのという質問に非難が集中している様子を見ることがありますが、
まぁ私のアイデンティティを明確化させたいだけですので、今回はご容赦ください。
日本生まれの日本育ち、ここ数世代の直系は全員日本人の日本人!と、
日本生まれの日本立ち、でも曾祖母は朝鮮人だから87.5%はチョッパリニダ!では、
やはりちょっと心持ちが変わるので、はっきりさせたいのです…。

今年で21才になりますが、自分の起源がどこにあるのかわかりません。

今まで運転免許を取ったり、引っ越ししたり、分籍をしましたが、特に苦労したことはありませんでした。
それに親からも在日外国人の家系である、というような事を言われたことはありません。

しかし確実に、ここ数世代のうちに、外国人が混じってはいない、という確証がありません。


ということで自分が在日外国人の流れをくんでいるか調べたいです。
この場合、どのような手段を取ればいいのでしょうか?

自分の本籍地で戸籍謄本(全部証...続きを読む

Aベストアンサー

・コリア系の帰化人には
『沢=澤・浜=濱・斎、斉=齋、齊・辺=邊、邉・薮=籔、藪・塩=[旧字、パソコンでは出てこない…]など』の旧字体漢字が使用できません。
『渕、蔦 、[旧字体](高)など』も使用できません。
※ただし、在日外国人なら、日本の戸籍規則に縛られないので通名としてなら上記の漢字は使用できます。


朝鮮人の方々が日本に渡って来だしたのは明治43年頃の韓国併合のときから(鎖国解除後の42年までの間はせいぜい年に0~20人程度)。
明治43年から太平洋戦争が終わるまで韓国併合政策により在日朝鮮人はもとより、朝鮮半島にいる朝鮮人まですべて大日本帝国臣民扱いで法律上、外国籍ではなかった(両者とも本籍は半島にある)。
昭和20年の終戦を迎え在日の多くは半島に帰国しましたが、日本に残ったり、また朝鮮から戻ってくる人達もおりました。
明治時代から昭和26年までの間に朝鮮より日本へ渡って来た朝鮮人達は昭和27年にそれまであった日本の国籍を失って正式に外国籍となる。そして、在日朝鮮人の日本国への帰化が始まったのも昭和27年。

古来からの日本人家系なら苗字漢字に制限なく明治時代からの苗字漢字を継続できます。
在日朝鮮人の帰化が昭和27年に始まり、名前の漢字制限(上記)は昭和23年に始まってますから、朝鮮籍、韓国籍から日本に帰化した者は旧字体漢字で帰化するチャンスがなかったんです。

簡単な調べ方としては『住民票』での苗字名前漢字が旧字体で表記されてるなら明治時代からの日本人家系。
新字体ならば、
「戦前の家系状況が分かる戸籍みせて」と役所に言ってみること。
戦前の家系状況が記されていて朝鮮人を思わせる記述がなければ日本人。
戦前の家系状況が分かる戸籍を見せてくれない場合や戦前の戸籍が日本以外にある場合は帰化人だと判断できます。

戸籍取得方法は先に回答されてる方法をやるといいでしょう。

ただ、例え純粋な日本人でなかったとしても質問者さんが日本が大好きで在日の方々のように反日感情を露わにされるのが不快に感じるなら、心はちゃんと日本人ですよ。

…私も可能性はあるかもしれないんで経済的に余裕が出来れば戸籍を追ってみたいです。


以上、参考程度に

・コリア系の帰化人には
『沢=澤・浜=濱・斎、斉=齋、齊・辺=邊、邉・薮=籔、藪・塩=[旧字、パソコンでは出てこない…]など』の旧字体漢字が使用できません。
『渕、蔦 、[旧字体](高)など』も使用できません。
※ただし、在日外国人なら、日本の戸籍規則に縛られないので通名としてなら上記の漢字は使用できます。


朝鮮人の方々が日本に渡って来だしたのは明治43年頃の韓国併合のときから(鎖国解除後の42年までの間はせいぜい年に0~20人程度)。
明治43年から太平洋戦争が終わるまで...続きを読む

Q君が代、国旗斉唱なぜしない人がいるのですか?

学校の卒業式等で、君が代斉唱、国旗斉唱を拒否する親、教師がいますが、どうしてそのような態度をとるのでしょうか?東京都では教師が君が代斉唱を拒否した場合は、免職にすると言う記事が、乗っていましたが、良くわかりません。思想の違いなんでしょうか?

Aベストアンサー

思想の問題です。

日教組から「国旗掲揚、国家斉唱に反対するように」という
指示が出ているので、左の思想をもった人たちがその指示
にしたがっているということです。

公務員が上からの指示に従わない場合、免職もやむを得ない
でしょうね。
反対したければ、そういう国旗・国歌に反対する私立学校
に勤務すればよいだけのことです。

参考URL:
国旗及び国歌に関する法律
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E6%97%97%E5%8F%8A%E3%81%B3%E5%9B%BD%E6%AD%8C%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%B3%95%E5%BE%8B

Qお米1合はご飯何グラムですか?

お米1合(150g)は炊きあがり後の「ご飯」になった時は大体何グラムでしょうか?
また、炊飯ジャーなどで、容量6L等とありますが、このリットルはどの状態の事を差すのでしょうか?(米?ご飯?、容積?)

Aベストアンサー

一合150gのたきあがりは約300gです。ちなみにお茶碗一杯150gおにぎり一個100gすし一貫20gカレー一人前300g弁当一個220gが標準です。

Q日本国の国歌が「君が代」?その根拠は?何故?

本日、ある一人のおじいさん(88歳)と話す機会があり、考えさせられました、ので質問させていただきました。

「君が代」が我が国=日本国の国歌として法的にも定められてしまったけれど、そもそも、「君が代」が日本国の国歌として定められた、定められなければならない、という根拠が解らない。

何となく、そうなっていて、それが続けられていた?そんな根拠薄弱な理由?そんなもの納得できない。
何の根拠でもって、「君が代」を我が国=日本国の国歌とされなければならない、というのか、ならなかったのか?

そこが全く解らない、というか、理解できない。

その理由、根拠、正当性、これが理解不能…。

日本国の国歌は、「海ゆかば」、これの方が国歌でしょう、「君が代」なんかよりは…。
と主張する、この、おじいさんの主張、解るような気がしてしまいした。
特に、「君が代」と「海ゆかば」、この両曲を聞き比べた後には…。

日本という国柄を、一纏めにして、表しているのは、「君が代」よりも「海ゆかば」の方でしょ、やっぱり、と思い至ったので、質問させていただきました。

まぁ、「海ゆかば」が国歌として「君が代」より相応しいべき、とかどうかはさておきながら、我が国の国歌が「君が代」とは、どうしてなんでしょうか?その根拠は、どこにあるというのでしょうか?

なるほど、と納得いく回答、教えてください。

本日、ある一人のおじいさん(88歳)と話す機会があり、考えさせられました、ので質問させていただきました。

「君が代」が我が国=日本国の国歌として法的にも定められてしまったけれど、そもそも、「君が代」が日本国の国歌として定められた、定められなければならない、という根拠が解らない。

何となく、そうなっていて、それが続けられていた?そんな根拠薄弱な理由?そんなもの納得できない。
何の根拠でもって、「君が代」を我が国=日本国の国歌とされなければならない、というのか、ならなかったのか?...続きを読む

Aベストアンサー

そもそも、#1さんの回答にあるように、日本の国旗と国家を法で制定したのは平成になってからです。

それまでは事実上の国旗と国歌であって、法律を根拠にしたものではなかったのです。これは戦前も同じですので、戦後のナンタラという事情とはまったく別です。

最初に問題にしなければならないのは「国家において国歌と国旗は必要なのか?」ということです。革命で成立したフランスの国歌である「ラ・マルセイエーズ」は革命時に革命軍が士気を高めるために歌った歌であり、それがそのまま国歌になっていたり、イギリスの国歌である「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン(キング)」は事実上の国歌であって法制化されたものではありません。

国旗に関しては、船舶航行の必要性から明治になってすぐに日の丸を国旗(ただし、これも日本国籍を有する船舶という意味)にしましたが、これとても御朱印船の時代から日本の船舶の旗印であった伝統を引き継いだいすぎないといえます。

そもそも国歌を法制化していない国もたくさんあるのです。

ですから、根拠も「なんとなく」でしかない、場合もたくさんあるといえます。

君が代の場合も明治の近代化の際に外国人から「国歌がないと、式典のときに困る」と言われたのが最初です。

この際に、当時の薩摩藩歩兵隊長である大山弥助(後の大山巌)が詠み人しらずの和歌であり祝言歌として全国的に知られていた「君が代」を歌詞にし、そこに曲をつけて演奏したのが始まりとされています。

この際に「なぜ君が代が選ばれたのか」という根拠を挙げれば次のようになります。
・読み人しらずの古歌なので、すぐに採用することができたこと
・鎌倉期にはすでに慶賀用の祝い歌として用いられて、江戸期には多くの人が知っていたこと
・一応、君主の長寿を願うという説もあったこと(それ以外の意味であるという説も当時から多数あり)

この中で、一番の大きな理由は「日本国中で知られている」ことだったのではないかと思います。イギリスの国歌である「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン」も17世紀に戦いの愛唱歌として歌われロンドンの首都防衛の際には大いに歌われたため、その後事実上の国歌として定着したものです。この曲も作詞作曲者が不明になっています。

「海ゆかば」については、大伴家持が万葉集に乗せた和歌をほぼそのまま採用し軍歌として歌われたものです。初出典は1937(昭和12年)のラジオ放送で流れたもので、その後、その歌の勇壮さから軍歌として広がり、戦時中は第二国歌といえるぐらい人気を博したようです。

もし、海行かばが明治の国歌の生成期に作られた歌なら、もしかすると君が代に変わって国歌の地位をしめていたかもしれませんが、作られたのが昭和にはいってからであるため、愛唱歌以上の存在にはならなかったのです。

君が代を「なぜ国歌なのか」と根拠を求められると、実に難しいものがあります。ほとんど偶然、または必要上しょうがなくて作ったものがそのまま現在まで残ってしまっている、ともいえるからです。

しかし、日本のように長い歴史を有している国家であれば、それもまたいいのではないでしょうか。
少なくとも「海ゆかば」は、私は寡聞にして知りませんでしたし、これを機会に確認しましたが、少なくともこの歌では戦後も生き残ることは難しかったでしょう。

なっとくが行くかどうかは分かりませんが、デファクトスタンダート、というのは世の中にけっこうあるものだといえます。

そもそも、#1さんの回答にあるように、日本の国旗と国家を法で制定したのは平成になってからです。

それまでは事実上の国旗と国歌であって、法律を根拠にしたものではなかったのです。これは戦前も同じですので、戦後のナンタラという事情とはまったく別です。

最初に問題にしなければならないのは「国家において国歌と国旗は必要なのか?」ということです。革命で成立したフランスの国歌である「ラ・マルセイエーズ」は革命時に革命軍が士気を高めるために歌った歌であり、それがそのまま国歌になっていたり...続きを読む

Q女系天皇と女性天皇の違い

天皇制について議論されていますが、女系天皇と女性天皇の違いについて何方か分かりやすく説明して頂けませんか。

Aベストアンサー

同じようなご質問は度々出ていますので、検索すれば見つかるはずですので、簡単に書きます。

【女性天皇】文字どおり女性の天皇。
【女系天皇】母方を天皇の血筋に持つ天皇。

女性天皇は、さらに「男系」と「女系」に分けられます。
歴史上、8代10人の女性天皇が実在しましたが、いずれも「男系の女性天皇」です。これを「万世一系」といいます。

もし、近い将来、愛子さまが即位されることがあるとすると、「男系の女性天皇」ですから、過去の事例に反するわけではありません。
しかし問題はその次で、愛子さまが平民と結婚されてその子供が即位すれば、男子であろうが女子であろうが、「女系の天皇」ということになります。これは神武天皇以来、2千数百年の歴史に一度もありません。

今年の大きな政治課題になることが確実な、皇室典範の改正に関する有識者会議の結論は、まさに皇室伝統の破壊、天皇制の崩壊をめざしているとも言えるのです。


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