「忠犬もちしば」のAIボットを作ろう!

保育園児に挨拶をしなさい、アレはダメ、コレは良い、を教えるのも、カルト集団が教祖様の教えに従えというのも、同じに見える。
国、宗教、政治、経済、思想など、その人間の前提を司るものの選択権は本人にあるんでしょ?
何選ぶかは自由でしょ?
多数派はでかい顔して自分は正しいと胸を張っているが、それが少数派になったらどれだけ表情が歪むかね。
そういう、さも自信に満ち溢れていそうでも、それは多数派だからという無意識の安心感に寄り掛かってる奴がどのぐらい居るか。
そういう人間にそれを実感させて分からせてやるにはどうしたら良いのか?

A 回答 (7件)

 そのような理論を「味噌も糞も一緒」と言います。



 園児に人権はありません。虐待などからは守られなければなりませんが、躾レベルの話では保護者や指導者に従うように教育しなければなりません。なぜなら園児は自分の将来を考えることはできないからです。つまり躾が身についてないと将来どうなるのか、という判断ができないのです。社会に迷惑をかけて疎外されても、それでも自分は生きて行くのだ、という選択を園児が主体的にしていると思うのは、大きな誤解です。園児は楽な方に逃げているだけなのです。

 近年このような大人が多いのは、幼児期にまともな教育を受けいてなかったからに他なりません。親の顔が見たいものです。
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いかにも厨房のガキって感じの理論だなw




「強い者に立ち向かう俺、かっけええええ」みたいな感じ。


親や教師にいろいろ言われて反発してるのかなボクちゃん?





お前らガキは多数派どころか少数派にすらなれない「ゴミ」なんだってことを自覚しろ。
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>カルト集団が教祖様の教えに従えというのも、同じに見える


味噌も糞も同じに見えるのは見る方がバカだから、とか不安になったこと無いんですか?
ずいぶん傲慢ですね。

>何選ぶかは自由でしょ
その通りですね。
質問者様にとって多数派に見える人々も自由にいろいろ選んだんでしょうね。

>多数派はでかい顔して自分は正しいと胸を張っているが、それが少数派になったらどれだけ表情が歪むかね
何事においても多数派、なんていとは珍しいですからそんな想像するの無駄だと思いますよ。

>そういう人間にそれを実感させて分からせてやるにはどうしたら良いのか?
誰かが多数派に安住していると腹が立つ、って言うやつらがウジャウジャいるんですけど、そういうやつに何か思い知らせてやりたくありませんか?
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”保育園児に挨拶をしなさい、アレはダメ、コレは良い、を教えるのも、


カルト集団が教祖様の教えに従えというのも、同じに見える”
   ↑
基本は同じです。教育も洗脳の一種です。
それがあるから、社会や国家が成立しているのです。
何でも個人の自由だったら、無法状態になります。

”国、宗教、政治、経済、思想など、その人間の前提を司るものの選択権は本人にあるんでしょ?
何選ぶかは自由でしょ?”
   ↑
国を選ぶのは本人の自由だとなったら、日本は中国人、韓国人などで
溢れます。
犯罪だらけになります。
そんなのはイヤです。
宗教や思想の選択権は本人にありますよ。
憲法に明記してあります。
知らないのですか?
経済を選ぶ自由、て何ですか?

”そういう人間にそれを実感させて分からせてやるにはどうしたら良いのか”
   ↑
革命を起こすしかないです。
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育てられ方じゃない?自分に自信持ってたら、否定できる。

何も知らないには、教えられるしかないわけだし、それを取捨選択は誰もがしているけどな。できないヤツは、家庭的に不幸に育ったヤツだけだ。
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一番単純な方法は、多数派の盲点をついて、成功することですね。


たとえば今は「無料ゲーム」があふれていますが、最初は「無料でなんて配ったら赤字に決まっている」が多数派の意見でした。
今は、最初は無料で客を呼ぶのは、多数派の考えになっているでしょう。最初はバカにしていた考えに転向した人が多くいるわけです。


ただし、「自由」には「責任」がつきものですし、自分が何かを選ぶ自由があるように、他人には「何かを選んだ人は受け入れない」自由もあります。
「みんなが言うから正しい」とは言えないように、「少数派だから正しい」というわけでもありません。

「挨拶」を幼児に教えないのも自由だけれど、「挨拶もできない子だからウチの学校には入学させてあげない」というのも、「挨拶もできない人だから付き合いません」というのも自由です。
それを覚悟したうえで、「挨拶なんて幼児に教える必要はない」というなら、確かに、それを選択する自由はあります。


質問者さまが仰る「多数派」「少数派」が何をイメージしていらっしゃるのは分かりませんが、
私は、「多数派」に属する考え方の部分も、「少数派」に属する考え方の部分もあります。
多数派だろうと少数派だろうと、私は私、私はこう考えるというだけのことです。
多数派だから胸を張るわけではないので、今、「多数派」の範疇に入っている考え方が「少数派」になったところで、別に何とも思わないですね。「ふーん、昔は私と同じ感覚の人が多かったけれど、今は少数派になったんだねぇ」と思うだけのことです。

他人との付き合い方やマナーは例外で、付き合う範疇での「多数」に合わせます。多数の人がより心地よく暮らすためのものなので、多数の人と合わないようでは、本末転倒しています。
自分は他人の意向を無視するけれど、他人は自分を認めなさいというのは、単なる幼稚なジャイアニズムでしょう。
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「無意識の安心感に寄り掛かってる奴」の割合次第でしょうね。

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