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どうしたらいいですか?
信じるものがあれば強い気持ちでいられるのでしょうか?
辛すぎる現実が目の前にあるとき
どうやって乗り越えていけばいいのでしょうか?

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A 回答 (10件)

こんばんは。



仏教的物事の見方、捉え方の回答をさせていただきます。

命あるものは、仏様よりお役目をいただいて毎日を歩みます。
歩みの中では辛いことも楽しいこともありますよね。
楽しいことがあれば幸せだと感じます。
辛いことがあれば不幸だと感じます。

実は幸せも不幸も自分自身の勝手な判断なんです。
起きる物事が、自分にとって「幸せか不幸か」ということだけなんです。

仏教ではすべては「お与え」なんです。
良い事も悪い事もお与えです。
良い出来事は素直に喜ぶことが出来ます。
悪い事は自分に仏様より教えていただけることなんです。
「辛いかもしれないけれど、経験しなさい。」と・・・。
経験し、勉強させてもらえたんです。

逃げられる悪い事からは逃げてください。
逃げられない悪い事からは、逃げようとすればするだけ苦しむんです。
受け止めなければ前には進めません。
経験をいただいてください。
そこから、どう一歩を踏み出すかが大切なんです。

それともう一つ。
自分の現在の幸せに気づいてください。
全てを当たり前として見るから、それ以上の幸せが訪れないと不幸に感じるのです。
ジュースが飲めるのも、ご飯が食べれるのも幸せです。
屋根の下で寝ることが出来るのも幸せなんです。
当たり前は1つもありません。
感謝のできる心が具われば、現実が違って見えてきますよ。

心に余裕が無ければきれいごとに感じるかもしれません。
しかし、少し見方を変えるだけで、随分心は静まるものですよ。
参考にしていただければ幸いです。
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辛いかもしれない。


でも試練と思えば辛さは和らぐと思いますよ。
後は自分を信じて
乗り越えて!
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強烈な台風が来た時あなたはどうしますか?



>どうやって乗り越えていけばいいのでしょうか?

それすら考えません。

ただひたすら、通りすぎるのを待つだけです。

雲間に光が見え出したら動き出せば良いのです。

止まない雨はないし、居据わり続ける台風もないのです。
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人生で土壇場に立ったら生きるに理由は無くただ、死ぬ訳にはいかないという生存本能だけで行動しますね。


取り敢えず生きる!、理由や目的は後から出て来ると信じるだけです。
人生の土壇場に立った時は自分の場合は心の存在、命の存在を忘れて行け行け!で突っ込むだけです。
自分はそれしか解決策を知らないし言葉に成らない苦難、一欠けらの希望も無い絶望を何度も乗り越えた者にしか分からないものは絶対に有りますよ。
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辛すぎる現実、孤独であることもあてはまります。

余裕がなくても、嘘っぽい自分が、いてもそんな気分じゃなくても、物でも人でも頭と体、心どこかで、せいいっぱい愛してみませんか、いろんな愛に対するアイデアが、地道に効いてきます。
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今日の努力は、いつか先のあなたを助けてくれる。

努力を楽しみ、アイデアをだせば、信じる信じないじゃなく、成長していけますよ
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キリスト教式でお答えしましょう。



つらさは人生の一部分です。与えられた生は自分のものでは有りません。
あなたにつらい事を与える人はかわいそうな人たちです、最後の正義をつまりあなたの正直さを見守っている人がいます。
自分を裏議らないようにしましょう。
その為に、肉体をその為に失うことが有っても、おそれてはいけません。
永遠の幸せはあなたのもとに残ります。
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>>辛すぎる現実が目の前にあるとき



辛すぎるって、たいていの場合あなたの思い込みです。
何事かの現実はあるでしょうが、それをどう捉えるかはあなた次第。


>>信じるものがあれば強い気持ちでいられるのでしょうか?

強い気持ちって何?

弱い自分を認められたとき・・弱くても良いんだと思えたとき。
結果的に強い自分となれます。

信じるもの・・って、言ったって、それは何?
お金?自信?


>>自分の人生を受け入れれるには

簡単に言えば、自分を隙になることです。
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例えばガリレオガリレイ。


「それでも地球は回っている」の名言で有名ですが、その裏にはローマカソリックから異端扱いされ
あげくの果てに幽閉され前言を撤回しろと脅迫されます。
それでも知り得た真実は真実、目前の名誉や金よりも自分が知り得たかった真実にツバすることはせず
8年後、幽閉されたまま無くなりました。

一方昨今では人生を生きるにあたり幸せになるのが最終目的という動物レベルの人が多すぎるのが現実です。
勿論それは否定すべきものではありません、そりゃ幸せににこしたことないですから。
でも仮に本当の世間を知らないまま、本当の人間というものに気づかないままお花畑の中で勘違いしたて人生を終えると?

人の上に人はいるし、信じられないくらい下にも人はいます。

そうして絶望のど真ん中にいるとき
「おれたちは皆、どぶの底にいる。
しかし、そこから、空を見上げるやつだっている。
そして、そいつの心は、少なくとも自由を知っているんだぜ。」
オスカーワイルドの言葉です。

人は何故自分はここにいて、なぜこの世に生きているのか。
この回答を見つける為に生きてるのだと思います。
少なくともまともな人々にとっては。

長くいくることや、幸せになることはなんて、これに比べるとちっぽけな物です。

それに自分の人生は人と比較しても全く意味もない。

どうしようもなく辛いとき、寂しいときは、自分の影をなでで「かわいそうだなオマエ」と泣いてもいいですよ。
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はて、生きるとは理屈抜きで生きるものと思いますけど。


考えたところで考えた様に世の中は動くものではないです。
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