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三国志を読んでいたら、大勢で戦争をしているのに、大将同士の一騎討ちをやることが結構あります。
実際のところ、そんなことってあったのでしょうか。日本の場合でも良いので、教えてください。

A 回答 (5件)

三国志ではsoukenさんのおっしゃる通り正史ではほとんど一騎打ちは出てきません演技の中でのみそれはとてもドラマチックに書いてありますね。


では日本ではどうでしょうか?
日本の場合も勝てば官軍と言う所も少しはあるかもしれませんが
一騎打ちというのはほとんど聞いた事がありません。
長尾影虎(上杉謙信)は本気で先頭切って戦っていたらしいのですがお話の中には川中島の戦いでは武田信玄と直接戦った事があるとありますが、実際はなかったと思います。
頭首とは1つ捕れば良いらしいのではなく複数取るほうが戦術的にも効果があるのはわかっていたらしく1人切ったからもう戦が終わるなんて事はないらしいですよ
笹の葉才蔵(本名はわすれました)は、頭首を持ちきれないから口の中に笹を入れ後でそれを回収していたようですからまあ一騎打ちはあんまり三国志のようにドラマチックになりようもないといった感じでしょうか?
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
皆さんの意見を総合してみると、一騎打ちは、なかったような気がしてきました。しかし、人間って環境が変われば、とても残酷にも慣れるんですね。

お礼日時:2001/06/20 21:58

自分の回答に対して補足が出来ないための再度の書き込み、失礼します。


bigseaさんが「実際のところ」と仰っていたので、それに関する忌憚の無い意見を述べさせてもらいましたが、少しきつい物言いになってしまいました。
bigseaさんがもし気分を害されたのでしたら、本当に申し訳ありません。
漫画(横山三国志でしょうか?)や演義は読み物として良く出来ており、私も大好きです。決してそれらの作品を非難しようと思っているわけでもありません。
因みに私の名前も三国志の武将からとっています。それだけ三国志が好きと言う事ですが。
誤解を招くような発言をしてしまい、本当に済みませんでした。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
> 誤解を招くような発言をしてしまい・・・

とんでもないですよ。私のほうこそ、誤解を招くような言い方だったようです。soukenさんは、知っている事実を私に教えてくれたわけですから、とっても感謝しております。私のほうが、言葉足らずでした。私が言いたかったのは、事実は事実、作り話は作り話として面白いということです。
また、何かの質問の時、よろしくお願いします。

お礼日時:2001/05/25 20:04

bigseaさんの読まれたのは、正史ではありませんよね?


結果から言うと、そのような事はあまり無かったのでは、と思います。
「三国演義」では、魏や呉の武将が蜀の武将に討ち取られるシーンが数多くあります。しかしそれらは蜀に華を持たせるためのでっち上げです。
例としては、呉の朱然は、演義では夷陵の戦いで趙雲に討たれていますが、正史では呉の重鎮として夷陵の戦いの後も生き、天寿をまっとうしています。
他にも、定軍山で黄忠に討たれた夏侯淵や、白馬、延津で関羽に討たれた顔良、文醜(董卓軍の華雄も)などはいずれも彼らに斬られたという記述は無く、正史ではただ戦死したと書かれているのみです。
恐らく、殆どの武将は流れ矢に当たるか、名も無い兵士に斬られるかして死んでいったのでしょう。
それを羅貫中が蜀将の手柄として捏造したのだと思います。彼自身が諸葛亮の「出師の表」を読んで感銘を受け、蜀贔屓になっていたのかも知れません(笑)
何しろ中国では「出師の表を読んで涙せぬ奴は人間ではない」と言われるくらいですから…
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
私が読んだのは、三国志の漫画です。その漫画の三国志ファンとしては、あれは蜀に花を持たせたお話だったと言うのは、ちょっとグサリです。前に、諸葛亮孔明もそれほど能力があったわけではないようなことを聞いたことがあります。
私としては、漫画のほうは傑作だと思っており、それはそれで良いのです。何を言いたいのか分からなくなったのですが、ありがとうございました。

お礼日時:2001/05/16 22:58

日本で「三国志」と呼ばれているものは、羅貫中の「三国演技」がベースになっています。

これは言わば大衆向けの講談の世界な訳ですから、歴史書である「三国志」とは別物と考えていいのではないでしょうか?

日本人的感覚から言うと、計略、謀(はかりごと)は卑怯なこととされますが、中国人的感覚からすると、賢くて素晴らしいことなのです。「三国演技」にも「空城の計」だの、ありとあらゆる騙し合いが描かれています。

「三国志」や「史記」のような正史は極一部しか読んでいませんが、あまり大将同士が一騎討ちするなんて話なかったような気もします。真面目に読んでいないのでウソだったらゴメンなさい。

有名な「孫子」にしても、「百戦百勝は最善ではなく、戦かわずして勝つのが最善である」ことが明記されています。「戦かわずして勝つ」とは、敵を知り、己を知り、スパイや後方撹乱などあらゆる知略を尽くして戦闘(戦争ではない)なんて無駄なことを極力避けるという思想に他なりません。

「三国演技」では張飛や呂布が大活躍しますが、最前線で敵の首を袋から物を取り出すように取りまくる(これを「探嚢取物」と言います)なんて荒唐無稽な作り話だと私は思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
私が読んだのは、三国志の漫画です。とっても面白かったです。ですが、やはりかなりの部分は作られているんでしょうね。

お礼日時:2001/05/16 22:31

洋の東西を問わず古代の戦法では大将同士の一騎打ちは普通だったようです。

戦争の目的が、何かの争いに決着をつける手段であり、相手を全滅させるのが目的ではなかったとすれば納得性のある方法です。日本では正確には知りませんが、恐らく15世紀ごろまで(鉄砲中心の戦いに変わるまで)はこの美風が残っていたようです。戦争が集団戦になるまでは、個人個人も名乗りを上げて、名誉をかけて戦っていたので、相手に名乗りをあげず、名乗る暇を与えず襲いかかるのは卑怯と見なされた訳です。「やーやー、近くにおらば目にも見よ、遠からんずば音にも聞け」と相手に名乗りを上げれば、同格の敵が同じように名乗りをあげてから討ちかかってきたことになっています。このような一見のんびりした戦い方は、信長時代前後から様変わりとなり、敵より長い槍を使い、馬上の敵は数人で取り囲んで討ち取る、鉄砲の数で敵を圧倒するなどと、だんだんと近代戦に近づき、勝てば官軍の考え方が広まったようです。

平家物語に平家の若い公達が、戦場から逃れようとするところを源氏の武将に呼び止められ、相手に勝てる見込みはないのを承知で引き返し首を取られる場面があるので、「ヤーヤー・・・」は後の講談師の作り事でもなさそうです。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
戦争のやり方にも、昔は人間味があったんですね。

お礼日時:2001/05/16 23:03

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