神の存在を認めていますか?

指導者自身を神のように崇拝していませんか?

なぜ、唯心論を支持しないのですか?・・・

教えてネット、真実を・・・・・・・・・・・・

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A 回答 (7件)

共産主義だけでなく、資本主義も物欲をベースとした唯物論です。


もちろん、唯物論や資本主義は、人の本当の生きる意味である
「人生を通算した精神的充足量の最大化」に反するので、歴史的・
実用的に宗教やモラルといった修正がなされていますが、そこには
必ず過度な物欲や金銭欲への戒めがあります。

共産主義や社会主義は、決して指導者をあがめていません。
もしそうなら、あのような官憲の力による抑圧や、多くの人の粛清は
必要ありません。
あの思想のベースにあるのは、物欲や金銭欲の争いによって階級
闘争が起きるという唯物論であり、“争いよりも、幸福感のために
助け合う”といった現象は除外されています。

実はそれは資本主義も同様で、本来助け合うために集まったはずの
社会において、その社会生命化を自覚しない自己チューな意識の
まま、お金や法規といったアメやムチによって、他律的に社会行動を
強制する(お金をもらうためにイヤイヤ働く)、唯物論に支配されている
のです。
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共産主義の基本は唯物論ですか?  違います。


共産主義の3っの柱、と言われているのは、土地私有の禁止、生産財私有の禁止、遺産相続の禁止。
です。
唯物論とは、ヨ-ロッパの中世が終わり、キリスト教支配、が緩み、科学思想の普及などにより。
神はいないのでは、世界は神が創ったものではない、物とその法則性によって起きている。
というような、それまでの唯神論に対抗する考え方です。

神の存在を認めていますか。  否定するのが唯物論です。
マルクスは「宗教は心の麻薬」と言っています。

指導者を神のように崇拝していませんか。  

ファッシズム、と呼ばれる。全体主義、国家主義、社会。は君主的、絶対的指導者を必要とする。
そうでなければ。体制を維持出来ない意味があります。
代表的なのが、ナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)のヒットラ- でしょうだった。神のイメ-ジ、だったでしょうかね。
歴史家(トゥインビ-)が
「第2次世界大戦において、ヘ-ゲル右派(ナチズム)とヘ-ゲル左派がスタ-リングラ-ドで死の抱擁をした」と言っていますが、ナチズムとマルキシズムは、相容れないものでありながら、兄弟の意味があります。
戦後登場した社会主義諸国の多くは、ナチズム国家になっていたようです。
お隣さんなども、どうみても、ナチズム国家にしか見えませんよね。

なぜ唯心論を支持しないのですか。
唯心論?解りません。
世界は個人の心、妄想、空想の具現でしかないというようなとらえ方でしょうか?
中学の時、教師が、唯神論もしくは唯心論と言う。と言っているのを聞いた事があるような気がしないでもありませんが。

















は、ナチズムをヘ-ゲル右派 、マルキシズム
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平等の乱れの予防策は?

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マルクスやエンゲルスという人が世にとなえだしたところの共産主義とはいわゆる唯物史観を根底に理論こうちくしております。


人間社会の発展の段階として、資本主義は社会主義(共産主義)に展開していくものだと。
この唯物史観は、人間の歴史は神や思想が展開するのではなく、その神や思想もこの世の具体的な生活や人間が作り出すのだと。
だから神や思想ではない、現実の歴史の展開である。ということですね。
物象的に対象化できる、事柄である。科学と理論の世界のもので、神や思想などの問題ではないということですね。
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”共産主義の基本は唯物論ですか?”


    ↑
人の心は、感情に動かされ理性的とは言えない場合が
あります。それでどうしても唯心論を否定しがちに
なる傾向がありますが、
共産主義と唯物論の間には論理必然的な
関係はありません。
マルクスやエンゲルスが主張したので
そういうイメージになっただけです。

”指導者自身を神のように崇拝していませんか?”
    ↑
共産主義は、理性を重視しますので、神などという
不合理な存在とは相容れない場合が多くなります。
(1)神がいないので、その代替物として、指導者が
 神の代わりになりました。
(2)共産主義は正しいという約束になっています。
 だから、これに対する異論反論は許されません。
 従って独裁国家になりやすい下地を持っています。
 独裁国家の指導者は神のごとく扱われます。

”なぜ、唯心論を支持しないのですか?”
     ↑
繰り返しになりますが。
(1)人の心というものは感情に流されたりすることが
 多いので、理性的合理的ではありません。
 それで、否定されがちになります。
(2)そういう下地の基、マルクスエンゲルスが唯物論を
 展開したからです。
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共産主義の基本は唯物論ですか?



○あなたの質問の共産主義とはソ連、中国、北朝鮮、ポルポトなどの共産主義だろうと思うのでそれに対しての回答です。
彼らの共産主義の元はマルクス思想です。マルクス自身はユダヤ系ドイツ人ですから、キリスト教プロテスタントの多いドイツでは何かと虐げられたのではないかと思います。彼の口癖は「全てを疑え」です。つまり疑いの心、猜疑心が非常に強い人だったのですね。哲学的にはニーチェが神は死んだと、キリスト教的世界を否定し、そこに出てきたマルクス思想ですから、何も信じられないのですから当然、神は否定しているのです。何も信じられず猜疑心が非常に強い人物の書いた資本論が基にできた国家がソ連、中国、北朝鮮などなのです。
ソ連のスターリンなど誰も信用できず、身内まで粛清しています。粛清された人は2000万人ほどです。
中国の毛沢東も同じですね。信じられないのですね。毛沢東共産党の粛清数は6000万人ほどです。
北朝鮮はソ連、中国から共産思想が入ってきたのですが、儒教の教えと相まって個人崇拝が強くなっていますね。カンボジア共産党ポルポト政権は金持ち知識人は悪人と称して100万人ほど粛清しています。
悪名高いヒットラーでさえユダヤ人の粛清は300万人ほどですから、神を否定し、人間の神性を否定し、人間はロボットでしかないというマルクス共産思想がいかに恐ろしいものかわかりますね。
かって、共産主義を夢のようなしそうと考え日本からソ連や北朝鮮に渡った人もたくさんいますが、疑われみな粛清されています。笑い話のような怖い現実ですね。中国、北朝鮮は今も同じですからこれらの国に占領されれば、ほとんどの人は粛清されます。頭のおかしい人だけが生き残ることになりますね。日本も狙われていますから、しっかりしないとね。
そのような背景で、

>神の存在を認めていますか?
○目に見えないものへの信仰は認めていません。人間ロボット思想ですから目に見えないものを信じないのです。目に見えないものを信じるとロボットでいられなくなるからですね。
>指導者自身を神のように崇拝していませんか?
○全て疑えですから、粛清の果てに残るのは孤独な個人なのです。それが形に現れた姿が、指導者自身を神のように崇拝なのです。これは崇拝しているのはありません、そのようにしないと殺されるので恐怖心からそうしているのです。まあ戦国時代の信長ですね。恐怖で支配しているのです。
なぜ、唯心論を支持しないのですか?・・・
○個人の心を認めるとロボットになりませんからね。つまり、個人個人の心を認めると自ずと民主主義になるのです。これは共産主義の破壊を意味するからです。

以上が地上に現れた現象としての共産主義ですが、猜疑心と粛清という思想で天国に行けるわけないですね。
事実、唯物論者のニーチェ、マルクス、それから唯物的進化論のダウインなどはみなめでたく地獄の悪魔になっています。つまりマルクス共産思想にかぶれるとめでたく地獄に行くことになっているということなのです。悪魔教を信じているからこそ天使の宗教は否定していると言えるのですね。こういうのが霊的な評価ですね。
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原始共産主義は、さておき、


思想としては
仏教共産主義やイスラム共産主義や
キリスト教共産主義や神道共産主義も
あるから
唯物論は 基本ではない。

共産主義の基本は
「あいつが、あんなに金持ちで、俺は・・・なのは納得できない。
俺のものは俺のもの。おまえのものも、俺のもの。」
というジャイアン的思考\(^^;)...マァマァ

国家も警察も通貨もなく、
働きたいときに好きなだけ働き
欲しいものは欲しいだけ代価なしに手に入る
(マルクス)
なんていう共産主義社会は、
みんな極楽浄土で成仏してからでもないと
実現不可能ではと思うが。(伝説巨神イデオン のラスト後の世界????????????\(^^;)...マァマァ
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Q社会、共産主義の国はどういう仕組みで一党独裁になりやすいんでしょうか?

社会主義、共産主義の国は何故一党独裁になる(なりやすい?)のですか? 色んな国が資本主義や社会主義の国に分かれ始めた昔は、社会主義国家がその後どうなるかまだ分かっていなかったかもしれないですが。

あと、その時に見えていなくて、今になって分かる社会主義、共産主義体制の盲点はどんな所でしょうか?
その悪い盲点の結果、色んな国が80,90年代に民主化をするようになった社会主義、共産主義の問題点を教えてください。

エリートが権力を持ちやすく、貧富の差が出やすいのは社会、共産主義のどういった仕組みというか、制度というか、どんなところから出てくるのでしょうか?

教えてください。<m(__)m>

Aベストアンサー

資本主義経済は、生産物の分配を市場というシステムに任せる、という側面を持っています。
この市場というシステムは、時に失敗することが知られています。例えば社会保障の分野などが顕著です。

この点を、市場というシステムではなく、人為的に行うことができるはずだ、そうすれば種々の問題は克服可能だ、というのが、社会主義や共産主義の原点にあります。
しかしながら、このシステムには「分配する人」が必要です。したがって、非常にコストがかかりますし、汚職などの問題に悩まされることになります(真に公私に渡り公正な人はそんなにはいません)。

ソ連が誕生し、第二次大戦直後くらいの、東欧などに共産国がたくさんできた時代には、この問題はコンピュータの発展によって解消されていくだろうと考えている人たちはいました。しかし、例えばハイエクという経済学者は、結局は一党独裁・官僚主義的な社会になり、うまくいかないだろうと予言しています。
予言は見事に当たりました。

Q唯○論を教えて下さい。唯心論,唯物論,唯識論…他にありますか?

この他にこの唯○論の○にあてはまる言葉があったら教えて下さい。あと私が思いついたのは、養老孟司の唯脳論です。

パロディ的な面白い言葉もあった気がしますが、思い出せません。おふざけな言葉でもいいので教えて下さい。哲学や思想には、他に唯○論がありますか?

Aベストアンサー

唯理論(理性論、合理主義:真の認識は、
    経験から独立した確実な理性的な、
    数学をモデルにしたような根本原理)

というのもあります。
今調べて知ったのですけどね。

唯霊論とか唯金論、とかあっても良さそうです。

唯不倫…。あるにはあるようです。

Qなぜ共産主義は一党独裁なのか?民主的な共産主義はないのか?ソ連は崩壊し

なぜ共産主義は一党独裁なのか?民主的な共産主義はないのか?ソ連は崩壊して中国北朝鮮が潰れないのはなぜ? もともとのマルクス レーニンは下層階級のために共産主義思想を考えたのでしょう。
よい共産主義は生まれないんでしょうか?

Aベストアンサー

民主制というのは、色々な意見があることを前提に
話し合い、やむを得ないときは多数決
で物事を決めますよね。

しかし、それは理論的にはおかしいのです。
その意見が正しいかどうか判らないから話し合いをやり、
多数決で決めることになるのです。

その意見が正しければ、多数決によることは問題です。
何しろ正しいんですから、その意見を採用しなければ
なりません。
他の意見はじゃまであり、間違っており、
不当ですらあります。
話し合いは時間の無駄でしかありません

社会主義、共産主義ってのは、それが正しいことを
前提にしていますから、必然的に独裁になるのです。

事実、日本共産党でも、全員一致でしょう。
何時も、全員一致で物事が決められます。
異論、反論はタブーです。許されません。
なにしろ「正しい」んですから。

同じように全員一致を採っているのが、共産党の天敵
公明党ですね。

Q日本は唯心論ですか。唯物論ですか。

外国人です。次の質問に興味を持っています。日本は唯心論ですか。唯物論ですか。主にどの哲学者の主張を支持するのでしょうか。

Aベストアンサー

多くの日本人は完全に言葉にはされてないけれども「まあ大体なんとなくこんな感じ」という<感覚>で理解するわけです。俗に言う「空気を読む」というやつ、「行間を読む」というやつなんですが、日本でのそのような風潮から察する(これも日本的)に、純粋に唯物論ということは考えにくいのではないかと思います。
しかしその一方で、(一昔前までは廃れていましたが)ものを大事に扱うこととか、土地神話とか、米1粒には7人の神様がいるとか、物神論も結構あるのです。
ですから純粋な唯心論というのも考えにくい。

言うなれば、日本では唯物論と唯心論は未分化であり、混沌とした状態である、ということになるでしょうか。

主にどの哲学者の主張を支持するか、というのはこれもまた実に難しい。
多くの日本人に「哲学者の主張として知っているものを挙げなさい」というと、ルネ・デカルトの「我思う、ゆえに我あり」という答がかなりの確率で返ってきそうです(あくまで推測です)。
しかし、果たしてその多くの日本人がこの文句を支持しているか。いやそれ以前にそもそも理解しているのか、というのには疑問を抱かざるを得ません。どうもキャッチコピー的に受け入れられているような気がするんです。
その思考の背景に何があるとかどういうプロセスでそう考えたとかいうことにはあまり関心は払われていないし、本当はそれだけでないデカルトの主張がこの一言しか言っていないかのように扱われているのではないかという懸念はあります。
「木を見て森を見ず」という傾向だと言えましょうか。
西洋の哲学者の意見が一般の日本人にどれだけしっかり理解されているかというのは怪しいものです。

日本は幕末以来西洋の思想も研究してきましたが、「和魂洋才」というように西洋哲学とは距離を置き過ぎていたため、いまだにそれが消化できていないというのが現状なのかもしれません。これだけ日本では親西洋的な生活様式をとっていても、やはり中味は東洋なのかなと思うところも多々あります。そこで、もし東洋哲学者の主張の支持をも含めるならば、やはり道徳に影響を与えた孔子ということになるでしょうか。

多くの日本人は完全に言葉にはされてないけれども「まあ大体なんとなくこんな感じ」という<感覚>で理解するわけです。俗に言う「空気を読む」というやつ、「行間を読む」というやつなんですが、日本でのそのような風潮から察する(これも日本的)に、純粋に唯物論ということは考えにくいのではないかと思います。
しかしその一方で、(一昔前までは廃れていましたが)ものを大事に扱うこととか、土地神話とか、米1粒には7人の神様がいるとか、物神論も結構あるのです。
ですから純粋な唯心論というのも考え...続きを読む

Q共産主義

共産主義と社会主義の違いとはどのようなものなのでしょうか?共産主義とは一体いかなるものなのですか?なぜ、共産主義を採用した国は独裁政治になるのですか??中国は共産主義とよべるのでしょうか?

Aベストアンサー

間違いなく共産主義国です。

共産主義を唯一の絶対思想だとするので、それに反するもの・人は悪(犯罪者)とされてしまいます。

それ故に、独裁体制にならざるを得ないのです。

あとは、下記URLを参考にして下さい。

http://okweb.jp/kotaeru.php3?q=1336269

Q資本主義、共産主義、次は何主義?

資本主義も共産主義も問題が多いです。もっと良い主義はないのでしょうか?

考えたことありませんか?

資本主義も修正し共産主義も修正し人口爆発、資源の争奪戦をやてますが

何か・・・ボランティア主義?世界宗教?の様な 新しい思想はないものでしょうか?

僕は存在性思想を掲げましたが 桜咲かず 梅咲かず

何か良い主義ありませんか?

ちなみに当方病人のため、要点を教えて下さると有難いですm(_ _)m

Aベストアンサー

共存共栄を願う、win-winのを目指すサナダムシイズムでしょうか。

日本周辺の海に住み、最終宿主が人間であるサナダムシは、
宿主さまから栄養のお余りをいただく代わりに、
宿主さまがガンやアレルギーなどにならないような化学物質を作り、ひそかに宿主さまの健康を守っていた。陰ながら健康に貢献させていただいていた。
宿主さまに死なれると自分もともに死ななければならないので、長い進化の過程でこのようなwin-winの関係が構築された。

このサナダムシの活動を見倣おうというのがサナダムシイズムです。
あくまで控え目で謙虚に、そして、宿主さまへの感謝の念を忘れない。

実際の人間⇔サナダムシの関係は宿主⇔寄生虫の固定的な関係ですけれども、
人間社会においては、時に、宿主がサナダムシになり、サナダムシが宿主になったりと、その都度、その役割を変えますがね。宿主とサナダムシの役割は流動的であり、同時に流動的でなければならない。固定的になってはいけない。


ちなみに、西洋の海に住むサナダムシは凶暴で宿主から栄養を一方的に搾取して宿主を劇ヤセさせたり、宿主に様々な健康障害をもたらします。
西洋のものは、思想、原理・原則だけではなく、サナダムシまで凶暴なんですよ。
Win-Winの関係を目指したりしない。
そこにあるのは一方的な搾取であり、相手を根絶やしてまでも自身の利益や正義(?)のみを追求しようとする貪欲で非情な論理。

共存共栄を願う、win-winのを目指すサナダムシイズムでしょうか。

日本周辺の海に住み、最終宿主が人間であるサナダムシは、
宿主さまから栄養のお余りをいただく代わりに、
宿主さまがガンやアレルギーなどにならないような化学物質を作り、ひそかに宿主さまの健康を守っていた。陰ながら健康に貢献させていただいていた。
宿主さまに死なれると自分もともに死ななければならないので、長い進化の過程でこのようなwin-winの関係が構築された。

このサナダムシの活動を見倣おうというのがサナダムシイズムです。...続きを読む

Q社会主義と共産主義の決定的な違いとは一体なんでしょうか?

社会主義と共産主義の決定的な違いとは一体なんでしょうか?
共産主義社会の第一段階を社会主義というのですか?そして、マルクス主義を共産主義と考えるのでしょうか?

Aベストアンサー

もっともはっきりわかる違いは、社会主義が現存するのにたいし、共産主義は原始共産主義を除き存在しません。
>第一段階を社会主義というのですか
というわけではありません。

>マルクス主義を共産主義と考える
方もいますが、このような方は、マルクスをの一部分しか見ていないです。
マルクスの考え方は、資本主義の中で支配者層の破綻を少なくする(不況のときに資産家が壊滅的打撃を受ける)ことの方法のひとつの候補として、共産主義を考えなければならない、としています。当時のマルクスの文章読むことが出来る位の知識がある(文盲でない)人は資産家に限られます。資産家の資産運営方法として共産主義を上げているのですから。

ソ連のレーニンは共産主義を名乗っていますが、政策はロマノフ王朝に替わって下層階級のレーニンたちが政策を行う、というだけで、政策そのものが変わっていません。中国共産党も共産党と名乗っていますが、政策そのものは、日本の帝国主義政策(戦前の政策の意味)とほぼ同じです(中国、北京大学(大学名は疑問)に国費留学した東大教職員の談話)。

Q唯心論と唯物論

唯心論と唯物論の論争には決着が付いていないのでしょうか?
だとすれば今はどちらが有力ですか?

Aベストアンサー

 
>唯心論と唯物論の論争には決着が付いていないのでしょうか?

哲学的には、このような形而上学的問題に決着は付きません。少なくとも人間の精神や認識のありようが、カントの述べたような構造であれば、決着がついたというのは、独断になります。

どちらかが正しいというのは、信念あるいは信仰の問題になり、自然科学の提示する世界のありようを、そのまま実在のありようと考える人は、唯物論の立場に立っているとも言え、また、素朴には人は、唯物論の立場に立っていますが、また呪術や宗教などを信じている人も多数おり、一般的に、自然的に世界を考えている人たちは、ある面では唯物論的に見え、別の面では唯心論的に見えます。

唯心論と唯物論というのは、世界の基本実体、根本の実体は、観念・精神か、または物質・物体実在かという世界の根本実体をどちらに考えるかの違いです。精神や観念の存在や現象、あるいは物質や物体の現象、存在を、唯心論でも唯物論でも否定するものではありません。

世界には、物体や物質があるが、しかし、観念・イデアー・形相・精神もあり、根源的で原理的なのは、後者の方で、物質や物体の存在・現象は、精神からの二次派生だとするのが、唯心論です。

この逆に、精神や観念、心や意識の存在・現象は認めるが、それらは、根源の物質の二次的派生であるとするのが唯物論です。

唯心論と唯物論の対立はまた、認識論的には、観念論と実在論の対立と考えられます。唯心論は観念論とほぼ同じ意味を持ちます。ただ、観念論に対する認識的立場が「実在論」というのは、言葉が少し不適切な気もします。というのは、観念論は、精神・観念を実在としているのであり、実在論が実在としているのは、観念や認識過程の彼方の物質現象の実在だからです。

スピノザの哲学は一元論とされますが、それは彼の哲学は、「神=自然」を根源実体とする哲学で、物質と精神は、神の属性あるいはモード的現れの二つの位相だと考えられているからです。スピノザの神は、物質でもあれば精神でもあるのです。

スピノザの哲学で、唯心論と唯物論の対立は解決したのかといえば、解決はしていないのです。スピノザの物質は、「延長実体」であり、延長実体の認識が超越的にいかにして可能かということは問題になっていません。

物質・延長実体のありようが、認識のなかの精神の把握と、どうして一致するのか、スピノザの考えでは、両者は神=自然の二つの位相であるので、一致しているのが当然であり必然であるということになります。ただし、こういう構想がどう根拠つけられるのか、スピノザの神秘的直観が基礎付けるとも言え、また彼の目的は、「必然の倫理学」を構成することでしたから、その一元論は唯心論的な方向に偏っているとも言えます。

しかし、世界の概念や存在は、感覚経験の蓄積の組織化で成立し、感覚外部の実在については、不可知であり、実在も疑わしいという英国経験主義に対する、スピノザやデカルト、ライプニッツの哲学は、大陸合理論の名がありますが、唯物論に比較的に近いとも言えます。

「唯心論」は「観念論」とも言います。プラトンの哲学は、感覚的実在、つまり物体や物質の存在は認めるのですが、精神や観念・イデアーもまた実在であるとし、世界において、根源的であるのは、感覚的物体ではななく、直観が把握できる精神・概念・イデアーであるとします。それゆえ、プラトンの哲学は、観念論、唯心論だと考えられます。

中世スコラ哲学のなかで盛期スコラ哲学のトマスの哲学では、存在物(レース)は、「質料+形相」の「合成実体」であるとされます。質料(マテリア)とは物質だとも言えるでしょうし、形相(フォルマ)は精神だとも言えます。世界について、すべてのレースは、合成実体であるとして、それらを支え、存在を与える者として超越者の神を考えたのです。

これは二元論を一元論に上昇させたもので、唯心論と唯物論が統一されているのだとも思えます。しかし、形相とは何かというと、性質を与えるもので、それは本質(エッセンティア)であるとされます。本質のない質料存在はあるのかというと、最低の質料実体として、ヒュペケイメノン(基体)というものを考えました。

ヒュペケイメノンに何かの性質つまり形相が加わって、「何かのもの」が成立するのです。すると、根源の物質とは、何でもない何か、だとなります。すべての形相を備えているもの、というより、最高の形相を持っているもの、最高の形相そのものを、純粋形相と呼び、これが「神」であるとします。

純粋形相である神は、物質・物体が、何かであることの本質の形相を与え、更に、「存在」まで与えます。これは唯心論ということになります。

唯心論あるいは観念論の緻密な体系的哲学は、ドイツ観念論哲学で成立するのですが、カントは、「もの自体」の存在はあるとしました。ただ、それが何か認識できないということです。カント以降の哲学者は、「もの自体」も観念であって、実在はないという考えを提示しました。ヘーゲルは、精神が自己展開しているのであるとしました。

これに対し、近代の科学者・技術者は、物質の実在は確実であり、物質こそ、世界の根源的な実体で、精神や意識や認識や概念などは、二次的派生ではないのかという考えを持ちます。彼らは、唯物論を提唱します。

なかでも、もっとも体系的かつ多くの賛同者を得たのは、マルクス主義唯物論で、弁証法的唯物論とも呼ばれるこの哲学では、歴史上の多数の観念論との対決ということを鮮明にしました。彼らは、古代のギリシアの自然哲学者たちや、ローマ時代のルークレティウスの哲学は、唯物論であるとし、プラトンの哲学はイデアリズムであり、観念論、唯心論であるとします。

中世哲学も無論、観念論であり、ドイツ観念論哲学がそのもっとも体系的な学説であるとし、ヘーゲルの哲学は逆立ちしているとします。弁証法的唯物論は、スピノザの自然観に似ています。スピノザが神と呼んだものを物質と呼び、精神を、物質の二次的派生とするのが、弁証法的唯物論です。

人間の「生」が、従来考えられていたものよりも遥かにダイナミックで本質的な意味を持っているとする哲学は「生の哲学」と呼ばれますが、「生」を物質と精神のどちらに位置付けるのか、弁証法的唯物論は、この哲学を観念論,従って唯心論に入れます。

現象学や実存主義哲学、論理実証主義やプラグマティズムなどの哲学思想が生まれ、構造主義やポストモダニズム思想も、その後、展開しました。これらは観念論の様相を持ち、唯心論のようにも見えます。

しかし、現象学は、観念論を志向していたのでありませんし、「ものをものとして把握する」というのは、従来の唯物論、唯心論の考えとは少し異なるところがあります。

弁証法的唯物論は、形而上学を観念論の哲学とし、自己はその反対の位置にあり、「科学的社会主義」を標榜しました。しかし、この唯物論の根本テーゼは、上空飛翔的と言われるように、形而上学的命題に他ありません。

唯物論か唯心論か、という問題の立て方が、実は形而上学での議論なのです。現象としての物質と精神は、誰も疑わない訳で(疑っている人も,実は大勢います。英国経験主義のバークリーなどは、明らかに物質の存在を疑っていました)、どちらが、世界において「根源的な原理か」という問いかけ、排他的選択は、実は形而上学的態度なのです。

二十世紀の哲学は、十九世紀のニーチェを先駆者として、形而上学を克服する、あるいは、この枠組みに囚われない世界の把握を考えました。二十世紀末のポストモダニズムでは、形而上学を否定し、現象の多様性や、「構造性」「機能性」が大きな関心事になりました。

>だとすれば今はどちらが有力ですか?

唯心論か唯物論かという排他的選択問題は、形而上学の問題であり、その答えはないのです。一般の人や自然科学などに携わる人は、物質が根本であるというようにも考えつつ、他方、精神の根本性も生活の別の位相では考えています。

哲学的問題としては、弁証法的唯物論の古い哲学者は、唯物論の優位性を主張しているでしょう。また、古い哲学者は、唯心論の優位性を主張しているかも知れません。しかし、精神の実体と物質の実体というような対立構造を置き、どちらがより根源的かというような問題は、興味が失われたのだとも言えます。そういう対立の歴史そのものを、懐疑すると共に、実体よりも機能の問題として、精神や物質も捉えるようになったのが現代哲学だとも言えます。

以上は、わたし個人の見え方・考え方です。その限りで「自信あり」にしますが、哲学史的な正確さというのは、分かりません。
 

 
>唯心論と唯物論の論争には決着が付いていないのでしょうか?

哲学的には、このような形而上学的問題に決着は付きません。少なくとも人間の精神や認識のありようが、カントの述べたような構造であれば、決着がついたというのは、独断になります。

どちらかが正しいというのは、信念あるいは信仰の問題になり、自然科学の提示する世界のありようを、そのまま実在のありようと考える人は、唯物論の立場に立っているとも言え、また、素朴には人は、唯物論の立場に立っていますが、また呪術や宗教などを信...続きを読む

Q共産主義国家の崩壊は、共産主義の誤り? それとも共産主義に名を借りた独裁国家の崩壊? どっち?

共産主義国家の崩壊は、共産主義の誤り? それとも共産主義に名を借りた独裁国家の崩壊? どっち?


質問詳細
ソ連、東欧の共産・社会主義諸国、その他アジアでの共産主義社会
・共産主義政治体制の崩壊、衰退は、いかのどちらが原因でしょうか?
意見A「”共産主義”という政治体制・思想が誤っているので、これらの国家が崩壊、衰退するのは当然」
意見B「崩壊した共産主義国家・社会主義国家は、共産主義をカタる独裁者による国家であった。
 独裁国家が民主主義によって打倒されたのであって、決して共産主義が誤っているわけではない。
共産主義国家の崩壊=共産主義の誤り、というのは資本家にとって都合のいいイメージ戦略に過ぎない」



質問詳細
20世紀終盤に、ソビエト連邦、及びその周辺の東欧共産・社会主義諸国などが
つぎつぎと崩壊していきました。
また、中国も未だ中国共産党一党支配ながら、資本主義経済の導入に舵を切りました。
キューバにはアメリカ大統領が訪問し、北朝鮮は誰にも相手にされなくなってしまったので
「話のタネにミサイル発射する」という究極の”構ってちゃん状態”です。


これらの事実をもってして、以下のように論評する意見は多いです。
「共産主義とは秘密警察が個人を監視し、職場、学校、家庭内ですら互いを密告しあう狂った恐怖政治の体制である」
「”皆が平等に幸せになる政治体制”を標榜しながら、実際には一党独裁の政党幹部のみが
快楽を享受し、一般国民は彼ら党幹部を養うために貧困にあえいでいる」
「政党のトップは誰にも犯されない強大な権利を持ち、気に食わない奴は誰彼かまわず粛清する」
「民主的な選挙は行われない。公の場で政党、国家を批判することは許されない。TVカメラの前では国家および政治指導者の礼讃を強要される」

結論「だから共産主義はダメなんだ」

この意見を聞くと、ある種の人々はこう反論します。
「ソビエト、東欧の共産主義国家、社会主義国家は、それぞれの国家指導者が”共産主義に名を借りた独裁政治”を行っていた。
よってこれらの国家を共産主義国家、社会主義国家、と色分けする事自体が誤りである。
国民、もしくは外圧からの民主主義の潮流によって、独裁者が追放され、国民が独裁国家から解放されたのであって、
決して共産主義、社会主義が誤っているわけではない。
では
”なぜ共産国家は崩壊したのか? それは共産主義が誤った政治体制・思想であるからだ。
 共産主義国家が崩壊した事が何よりの事実だ”
という論評がはびこるのかというと、それは共産主義と相対する政治体制・思想である資本主義体制を
推し進める人たちによって、そのほうが都合よくイメージを刷り込みやすいからである。
では資本主義は絶対に正しい政治体制・経済体制なのか? 否である。
資本主義体制、とは
”金持ちがより金持ちになり、貧乏人はいつまでも貧乏人のまま”
”儲ける者は働かず、働く者は儲けない”
という世界である。今の日本に当てはめれば、
”親が社長なら子も社長。正社員はなんとか身分安定だが、明日は分からない。そしてハケンは一生ハケンのまま”
ってことだ。こんな社会が人間社会として許されるか? 否である”

さあ、果たして、共産主義国家、社会主義国家の崩壊は、
共産主義そのものの誤り
なのでしょうか? それとも
共産主義に名を借りた独裁国家の崩壊
なのでしょうか?

共産主義国家の崩壊は、共産主義の誤り? それとも共産主義に名を借りた独裁国家の崩壊? どっち?


質問詳細
ソ連、東欧の共産・社会主義諸国、その他アジアでの共産主義社会
・共産主義政治体制の崩壊、衰退は、いかのどちらが原因でしょうか?
意見A「”共産主義”という政治体制・思想が誤っているので、これらの国家が崩壊、衰退するのは当然」
意見B「崩壊した共産主義国家・社会主義国家は、共産主義をカタる独裁者による国家であった。
 独裁国家が民主主義によって打倒されたのであって、決し...続きを読む

Aベストアンサー

ピーター・ドラッカーの「経済人の終わり」ですでにマルクス主義の理念そのものが無理があると書かれています。
1939年の本です。本筋はナチス批判ですが、その前に共産主義と資本主義を一刀両断してます。

マルクス主義では、労働者が平等なものであるという前提が必要です。
しかし技能労働者といって、ひとりで何人分もの働きをするものがいます。
こういう人たちは、どうしても有利にならざるを得ません。
その中でも最上位の人たちをテクノクラートと呼びます。
結果として、テクノクラートによる支配が行われてしまうので、共産主義の理念が狂ってしまうことになるのです。
19世紀後半以降、資本主義はこの技能労働者を必要とするようになりました。
資本主義の遅れたロシアで革命がおこったのは、技能労働者があまりいないから、まさに遅れていたからです。
遅れていた国だから、ロシアでのみ革命が起きたのです。
あの時代、共産主義はすでに時代遅れになりつつありました。

またマルクス経済学はその理論の中であまりに首尾一貫性が強すぎて、矛盾を一歩でも付け加えると破綻してしまうようになりました。
しかし実際には、限界革命のような新しい経済理論が発見されてます。
しかしマルクス経済学の無矛盾性を維持するためには、このような発見を無視するしかありませんでした。

しいていえば、マルクスの最初の着想点「資本主義には自滅する要素がある」「歴史は経済という上部構造で動いている」
という着眼点がいまだに有効だと思いますけど、マルクス理論の主要なテーマはすでに完全破綻しているといっていいかと思います。

ピーター・ドラッカーの「経済人の終わり」ですでにマルクス主義の理念そのものが無理があると書かれています。
1939年の本です。本筋はナチス批判ですが、その前に共産主義と資本主義を一刀両断してます。

マルクス主義では、労働者が平等なものであるという前提が必要です。
しかし技能労働者といって、ひとりで何人分もの働きをするものがいます。
こういう人たちは、どうしても有利にならざるを得ません。
その中でも最上位の人たちをテクノクラートと呼びます。
結果として、テクノクラートによる支配が...続きを読む

Q唯心論? 唯物論?

                 唯心論 唯物論

人間は精神である、精神は性質である、人間が性質であるという考え方から行けば 

(神経伝達)物質等の性質などが複合して人間の精神 意識(性質)を形成しているわけで 

唯心論でいう心も実は自然の中の性質から出来ており 

唯物論でいう人間は物ではなく性質が本質なのだと言うことが分かると思います 

これによって唯心論と唯物論の統合が図れるのではないでしょうか?

Aベストアンサー

心は時間の流れ=記憶=過去、物は空間の広がり=予測
=未来である。
量子論の根幹を成す不確定性原理において、位置(S)と
運動量(St)、時点(T)と質量(Ts)のそれぞれの対に於て、
一方の値を確定しようとすると他方が無限不確定に発散す
るという事において、時間性と空間性は、相補的に対発生
していると言える。

唯物論の拠って立つ物理の極限において、「有限な存在性
は認識される事によって生じる」という唯心論に至る。
しかしその「唯心論」は、一般に考えられているような、肉体
的な自覚における『心』ではなく、唯物論=物理を自覚化
(宇宙全体が自己である)した上でのものである。
時間軸(心)と空間軸(物)の相補分化において、何の議論も
なく既に統合されている(強い人間原理)。


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