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「昭和史20の争点」(秦郁彦編 文春文庫)のなかで、「日本の戦後補償はドイツに及ばないのか」という章があり、そこにナチス・ドイツによる強制連行の末の従軍慰安所の存在が記されています。

ドイツでは「戦後、良心にしたがって補償に積極的に取り組んだわけではなく、問題化したものについてだけそのつど取り組んできた」そして「国家賠償ができない事情から、ユダヤ人を中心に個人補償を行った」とのこと。
「強制売春の被害者としてドイツ政府から補償を受けた例は一件もない」。
また、「ドイツでは、強制売春婦(慰安婦)の問題は、今でもタブー視されている、というより、社会的に無視されている。」

一方、日本は「国家間の賠償で決着させたため、補償金を直接受け取れない戦争被害者個人には今に至るまで不満があるのも事実である」。
また、「日本にあってドイツにない特徴としては、問題がまず国内から持ち出される点があげられる。ふり返れば、慰安婦も国内で問題とされた。」

従軍慰安婦の中には実際多数の日本人従軍慰安婦がいたはずですが、無視されて今に至っています。
あくまで朝鮮人従軍慰安婦を念頭においていました。不思議な話です。

国家間賠償で決着させたにもかかわらず、あえて日本国内で問題提起することで示した「日本人の良心」とはいったい何だったのでしょうか。

A 回答 (26件中1~10件)

日本における共産主義の知性というべきマルクス経済学者の森嶋通夫ですが、さっと、岩波から森嶋が出ててくるとは、ましゅまろさんはすごいですね。


引用された部分からでは森嶋の思想の全容はわかりませんが、
この部分は、平和的競争というべき暗闘のもとに事務軍人や事務政治家が入れ替わるばかりでやってきた日本への警鐘であると読みます。
わたしにはフランス人の民俗・民族社会学者の友人がいますが、彼らは日本という国は面白いと言い、政治から目が離せないと言います。クーデターもなく政治家がころころと変わりながら民衆がそのことに冷ややかで、先進国としての体制を維持発展してきていることが、彼らから見れば驚愕なのですね。もちろん政治学者なら面白がったりしないでしょう。西欧近代型の政治そのものが未熟だと感じて肩をすくめることでしょうね。
まさに森嶋の指摘の"和"の良し悪しは、見る角度によりけりになってしまうのですが、たぶん、森嶋の論の方向は、より合理的な競争が可能になるよう、構造的な解体や転覆を経てなおかつ独裁にならない、実力行使の闘争とバランスを求めるものかなと思います。経済分野は実際そのように動いていますでしょう。

この"和"をピックアップして慰安婦問題にからめると、けっこう水面下の駆け引きの問題が浮上してきますね。国際関係の平和的処理という名目で、金の流れや権力の流れに目配りの利いた事務が、慰安婦問題を形成してきたとみることもできるでしょう。森嶋が呼吸するように浴びたイギリスの政治からすれば、未熟な外交カードであるということになりそうです。
ここが日本の左派のねじれたところで、"生ぬるい左派"は"和"に与しているという、「面白い日本」の見取り図でしょうか。

こうしてみると二つの"良心"が浮き彫りになってきたかにみえます。
日本の戦後民主主義における総括つまり軍国日本の徹底批判が、自己批判であるためには、責めをおこなうところの他者が明らかでなければならないという心情、
 (恥、暗闇、隠蔽を、清明に対置する概念として重んじた文化背景)
それから、安保が障壁となりつつ、アジアでの関係修復と経済バランスに配慮して隣国感情を平和に処理したいという心情、
 (カリスマの意思や判断を持たず、国家の意思もあいまいにし、国民もまとまった意思を示さず、事務方が後手を打ったり水面下の調整をはかったりするので、外向きの顔は作っているが、内向きの顔は作っていない)

ところで森嶋は、リベラルの社会学者、関嘉彦と防衛論争を繰り広げたことがあったのですよね。
わたしは読んでいませんが、ましゅまろさんはお読みになりましたか?
せっかくこんなきっかけをいただきましたので、そのうち読んでみようと思います。

この回答への補足

雷による停電があって以来、ルーターの故障やらトラブル続きですっかりお礼が遅れてしまいました。すみません。。

補足日時:2012/09/16 01:50
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この回答へのお礼

amaguappa様、このたびのご回答は格別に参考になりました。

「日本の左派のねじれたところで、"生ぬるい左派"は"和"に与している」は、読み解くカギのようですね。
また、「二つの"良心"」についてもまとめて下さり、あらためて感謝致します。

そのうちの後者にあたる
>安保が障壁となりつつ、アジアでの関係修復と経済バランスに配慮して隣国感情を平和に処理したいという心情

については、森嶋は歴史の共同理解と東北アジア共同体の設立を主張しています。

海外が日本に期待しているのは経済であって政治ではない。
G7のメンバーとして一流国の仲間入りをしているつもりでも、その中の重要なメンバーではない。
政治がダメなのに経済でもっているに過ぎない。
政治がダメでも国民が時勢に目覚めていなくても、国自体が経済的に貧困でないことは充分あり得る。
明治維新の際にはその階級差や地方差が世を憂うる志士を輩出し、彼らの奮起が日本を牽引し、結果として社会の歯車が勢いよく回転した。
一方現代は高学歴総白痴化という平等主義の弊害により、牽引車たるエリートの欠如が深刻である。
まして経済的に恵まれているほどに人々は安逸を打破しないであろう。
いずれ単なるケインズ型の政策などではどうにもならないほど日本の事態は深刻になり没落する。
ゆえに歴史の共同理解と東北アジア共同体が必要なのである。
(さもなくば日本は孤立する。)

>関嘉彦と防衛論争

いいえ、拝見しておりません。
ですので、このたびのご教示をとても嬉しく思います。

経済学者らしく森嶋は周辺国との経済協力や交流でもって「防衛」し、リベラルな関は共産主義に対する不信が先立ち、日本の自衛、補足としての日米同盟による「防衛」を主張したのでしょうか。

未だに色褪せない論争のように察せられるのは、共産主義も中華思想主義も、主義思想に基づく拡大拡張していくイメージがあるからでしょうか。

お礼日時:2012/09/16 01:43

齟齬があった点について補足します。

まずゼミ云々と言い出された方、誰か分かりましたよ。相当不快な思いをされたと思います。さすがにあれは無いだろうと思ったので、書き込む次第ですが、あの方は人格がおかしくなっていると思います。
第一に、男性なのにアニメの女性キャラクターがプロフィールの写真です。特に回答の際には、そのキャラ(高飛車な女帝)になりきっています。第二に、質問する時と回答する時の口調が全く違うのです。質問する時は、必ず冒頭に「最近ーーをしたダメ人間です」と近況を報告してきます。「ダメ」と言うからには、自分の弱味を見せるのです。いわゆる、ツンデレです。面白いを通り越して、怖いです。
マシュマロ様に対する回答も読みましたが、相手が支離滅裂なのは明らかです。女帝ゴッコに付き合わされたのはお気の毒と思いますが、あまりお気になさらない方がよいかと思いました。次に私に突っかかってきた方ですが、案外、知識がある方なのですね。江戸時代中期までしか勉強していない方ではなさそうです。妙に僻みっぽいので、変なの、と思いました。きっと何かが気に障ったのでしょう。しかし私も相手を侮ってかかるべきではないのだなと、反省も致しました。
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この回答へのお礼

色々とお気遣い下さり有難うございます。

これは私の自虐的思考で申し上げているのではなく、仰せのいずれも、
ひとえに私の記述内容にこそ問題があっただろうと思っております。
誤解を招いたのは私のミスリードです。

Karisomeno様には感謝です。

お礼日時:2012/09/19 21:01

元、#22です。

丁寧なお礼、ありがとうございました。私の方こそ、誤解などあって、申し訳なかったと思います。こういう議論は細部の差異が重要になってくるのでしょう。またネットであるとは言え、公共の場ですから気も遣います。やはり非国民と言われると不愉快ではあります。本当に、匿名サイトだからできるお話だなと思います。

>日本はどうしたって不利なのです。
ただ、手をこまねいて捏造だ強制でなかった云々と発するよりも、(・・・)幾許かでも対外的なアピールを試みていったほうが、不利な形勢ながらも幾分マシであろうと考えた次第なのです。

先に紹介した吉田茂のドラマの言葉を借りたら、「見事な負けっぷりを見せてやる」というところでしょうか。タレーランといい、外交官は開き直ってこそでしょう。マシュマロ様は外交官みたいな発想をなさる方だなと受け止めております。
正論だと思いますが、ウェブを見ていて難しいのだなと実感します。そもそも負けたということが分からないという人がいるのが日本です。教科書に日本の敗戦は書いてあるのだが、大体、教師の力量がなくてカリキュラムが江戸時代中期で終わるのが義務教育です。それでいながら、小林よしのりなどを読んだ日には、そのユーモアも皮肉も判別できないまま、全てを真に受けることもあるでしょう。やれやれと思ったきり、ただ暗澹とするのみです。

謝罪の仕方について、いただいた遠藤氏の論文を読みました。全体的に、なんと日本は謝り方が下手なのだ、と呆れてきました。加害者側が本来、期待されていることは、(1)自分から率先して状況を把握し、(2)謝罪するべき点を明らかにし、(3)どうやって償うかを提案し、(4)同意を得て実行する、ということです。こうでなければ、個人間では民事訴訟を起こされても文句が言えません。
ところが日本はもじもじと「遺憾」とか「反省」とか「大変不幸な出来事」などと言って、四十年を経過させたのです。相手が業を煮やしてアグレッシブになったとしても、何ら責められないでしょう。従軍慰安婦問題については、資料がでてきたら一転して謝罪というのですから(9ページ)、完全に後手に回っています。日本国内に「何度謝れば気が済むんだ」という論調があるそうですが、私は次のように言わざるを得ません。「ちゃんと謝らないから、一回で話を済ませられないのだ」と。実際、11ページには次のようにあります。「日本はいつまで謝罪すればいいのかと反問するかもしれないが、果たして日本がいつ謝罪らしい謝罪をしたのかと問い返したい」(「東亜」社説)。

またも溜め息をつきますが、どうして、こうも日本は謝罪の仕方が下手なのか。泥棒に踏んだくられるとか、浅薄な右派は言います。しかしお金のことは気にしないでもよかったはずです。アジア女性基金の予算が百億円だったわけですし、日本はバブル期もありました。その時にスパッと補償をできなかったのは、お金が惜しいという問題じゃなく、日本人の謝りたくない頑固な習性が原因なのだと私には思えます。要するに韓国ごときに謝罪などしたくないということでしょう。しかし相手がアメリカだとかヨーロッパとなると話は別になります。日本は平身低頭、謝ります。韓国はそれが分かっているのかもしれません。オリンピックでPRまでしてみせたのは、もう俺たちの国は日本の弟分ではない、と言いたかったのかもしれません。ここまで追い詰まっているのかと私は胸を痛めました。

>自身の家族や故郷への愛情欠かしてどうしてその先の人々にまで配慮が及ぶであろうかといった感じですね。

おっしゃる通りだと思います。しかしその一方で、人間は万能とは行きませんから、ある程度までは仕方ないのかとも思います。非国民だといわれるのなら、研究者の側はガードを固める為に、範囲を限定せざるを得ません。実際、「からゆきさん」なども、かなり研究は大変なのだそうです。知り合いによれば、郷土資料館などがそもそも資料を出して来ないのだそうです。というのも、日本の恥だからだそうです。黒歴史を暴く悪魔のようなやつ、というのが研究者への一般人の見解だそうです。こういうところから始めないとならないのですから、それこそ骨を埋める覚悟がないとできないでしょう。
それにしても、学者のみを責められたものでもありません。 吉田茂のドラマにでてきた若い官僚のように、淡い恋心をもった幼馴染みが娼婦になった時には、皆、泣いたはずなのです。これこそ法的に補償できないことですから、基金でも作って道義的に補償してやらなければならないはずです。でもそういう動きは、私の知る限り、起きているように思えません。

さて、余談となっている憲法ですが、第九条があってよかったと私は今更しみじみ思います。これがなければ、とっくの唐に、韓国と中国などに宣戦布告していたかもしれません。それはご免被りたいのです。ウェブの議論を見て、尚の事、そう思いました。
憲法における進歩の観念については、また別の機会に私が質問してもいいかもしれないと思っていました。しかし、その前に、マシュマロ様の疑問にお答えしておきましょう。実態はともかく、憲法の上でどうなっているかを書きます。イタリア(11条)、ハンガリー(6条)、アゼルバイジャン(9条)、エクアドル(4条)は日本と同じく、自衛手段としての戦争を放棄しています。またカタール、ガイアナ、ウズベキスタン、キルギス、中央アフリカの憲法も国際紛争を平和的に解決するべきと謳っております。そしてバングラディッシュ、アフガニスタン、モザンビーク、カーボベルデの憲法が軍縮を謳っています。さらに、コスタリカ(12条)とパナマ(305条)は軍隊を放棄しています。自衛手段としての軍隊を留めつつも交戦権を放棄した国となれば、さらに 多くあります。詳細は以下の2ページから3ページを参照してください。衆議院の資料であるから、信用してもよいのだと考えています。
http://www.shugiin.go.jp/itdb_kenpou.nsf/html/ke …
実は私も、マシュマロ様と同じ疑問をもち、調べたことがあったのでした。
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この回答へのお礼

Karisomeno様、お礼が遅くなって申し訳ありません。

>しかし相手がアメリカだと・・・話は別になります。日本は平身低頭、謝ります。

はい、そのようなところがあるのかもしれませんね。
仰せの通りであると考えるなら、米軍による原爆投下や日米安保などが、やはり影響しているのでしょうか。

>アジア女性基金の予算が百億円
>その時にスパッと補償をできなかったのは、お金が惜しいという問題じゃなく

「スパッと補償が出来なかった」理由ですが、アジア女性基金に当初真っ向から反対していた日本の民主党等の妨害、それに海外との結託も相当影響したみたいですね。

実際に渡韓して現地の挺対協による《反日デモ》に参加し共に拳を振り上げた《民主党の国会議員》まで出た有り様でした。
いくら旧日本軍が関わったその「贖罪」とはいえ、その国会議員の歳費、旅費及び手当の出所を思えば、その言動に首を傾げたくもなります。

アジア女性基金からの受け取りを拒否した最たる理由の一つが「民間基金で行われても、国家責任でないものは受け取れない」とのことでした。
でもはたして、それが当事者である年長の元慰安婦の方々の真の意志だったのでしょうか。
とても疑問に思います。

さらに、韓国挺対協の提案を受けて発案(廃案となった)した「戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案」においても、日本人従軍慰安婦はその対象外とされたのでした(共産党は当初日本人女性も補償対象とみなしていたものの、民主党以下の反対にあい断念)。

本当に不思議でならないのですよね。
従軍慰安婦救済法案を提案するというのであれば、自国民である日本人だけをあえて除外する理由がいったいどこにあるのだろうか、と。

彼等はもはや「日本人の良心」を曲解して実践する活動家と言えるのでしょうが、ここまで来ると、「反日」の概念を超えてもはや「売国奴」と罵りたくもなります。

>第九条があってよかったと私は今更しみじみ思います。
>これがなければ、とっくの唐に、韓国と中国などに宣戦布告していたかもしれません。
>それはご免被りたいのです。

そうですね。憲法九条は尊いと思いますし、仰せのこともごもっともかと存じます。
現状の憲法の範疇で為し得ることができるのなら最良に違いありません。

ただ、私の意見としては、憲法の崇高な平和理念を尊重すれども、自国の憲法改正も視野に入れて時代毎に論議する自由があっても良いと思うのです。
もしかすると、他力な平和というものに対し不信を抱いているのかもしれません。

>その前に、マシュマロ様の疑問にお答えしておきましょう。
>実態はともかく、憲法の上でどうなっているかを書きます。

大変参考になりました。
ご教示をどうも有り難うございます。
想像以上に多くの国々で戦争放棄や軍縮を謳っているのですね。

私はイタリアだけ存じておりました。
地政学的リスクという点で、かの国がつくづく羨ましく思う今日この頃です。

※私の至らぬせいで、主題から大幅に逸れてしまいました。
ですので、この辺で締め切らせていただこうと思います。
大変多くを学ばせていただきました。
心より感謝申し上げます。 有難うございました。

お礼日時:2012/09/25 00:43

閲覧投稿の方にもういちど確認ですけれど、「良心的勢力」をwikipediaで引くと、戦後史の用語だなってことがわかります。

ここでの問題は、戦後史で良心と呼ばれたモノ、を見つめるということですよね。それは、その場を取り巻いていたコト、をひっくるめて見るということでもあります。

良心ってコトバ、および良心ってコトを見つめるだけなら、まあO・ヘンリーでも親鸞でもキルケゴールでもいい話ですが。
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この回答へのお礼

多くのご助言を有り難うございました。
とても参考になりました。

お礼日時:2012/09/25 00:53

僻みっぽい横レスが来ました。

しかし敗戦した日本が、当時の法律でものを一切考えられないということから言わねばならないのは、少々骨が折れます。私は面倒が嫌なので、早々に退会させていただこうと思います。しかし質問者の補足要求があれば、お受けするつもりです。
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この回答へのお礼

どうやら国連の場において韓国の外交通商相が旧日本軍の慰安婦問題に言及する見通しのようです。
これを機に解決に向かうと良いのですが、どうでしょうか。

お礼日時:2012/09/25 01:05

これ“哲学”ジャンルの質問と回答のページですよね? 



> 「日本人の良心」とはいったい何だった

質問はこれでしょ? ゼミがどうとか、どこの学者を知ってるの知らないのとか、論破して勝つとか・・・いったいどこが回答なんスか? 

私の回答ですけどね、「良心」とか何とか呼ばれてるものは普遍的なものでもないし、絶対的なものじゃない。だからじゃないんですか。書き方が巧くないかな? 別の表現をすれば、いつかどこかに、あるひとつのモノの考え方があったとして、それをすべての人が等しく「良心」であるとか「邪心」「悪意」であるなんて決められないってことでしょ。

毎日いちばん安いパンを買いに来る男がいた、パン屋で働く女は男に同情してあるとき内緒でパンにバターを入れてやった。彼は喜んでいるだろうかと思っていると、後でその男がパン屋に戻り女をさんざんに罵倒して去っていった。実はパンは食用ではなく消しゴム替わりだったので、中のバターのせいで大事な図面が滅茶苦茶になってしまったから・・・O・ヘンリーの有名な短編ですね。

「良心」なんてある特定の方向から見ればそうかもしれないけど、反対の方向から見ればどうだか怪しいもんです。そのぐらいアヤフヤなものです。でも「良心」に基づいた行動であることにすれば、いちおうの大義名分ができるわけです。誰から見た「良心」なのかよく説明もしないのにね。だからこそずる賢く使おうとすれば、こんなに便利な言葉はない。そういう便利な言葉をどっかのずるい奴が利用してるだけじゃないッスか。なんでゴチャゴチャと面倒くさい話を長文でしてるんですか。

「性犯罪者には寛容になれない。従軍慰安婦を抱くくらいなら、マスタベーションで済ませろ」・・・こういう「良心」もあるみたいです。自分が何かを気に入らないからという立場に立った視点で、慰安婦は当時の法律で合法であり性犯罪でも何でもないという事実を死角の位置に隠せば、上記のような立派な「良心」が一丁上がりです。もう一つ例を出せば、むかしクジラをあんなに殺しまくって脂を取っていた白人が、今は「良心」のもとに“ジャップ”の捕鯨を嫌悪してるなんてこともあります。

してみると「良心」なんて、こんな胡散臭いものはありませんね。「良心」なんてまともに受け取らないほうがいいんじゃないですか。これが私の回答です。私は「俺は頭が良いんだぞ」競争なんかに付き合いたくないので、これでオサラバです。mashumaro3 さんも、まだ小学校ぐらいのお子さんいるんですよね。子供の教育のためにも、わかりやすい言葉でわかりやすく手短に表現してみるってってのはどうでしょう。悟りに達した人の言葉は「色即是空」みたいに簡潔ですよね、アインシュタインの相対性理論に関する論文もたった24ページですってね。私の駄文はこんなに長くなりました、駄目だなー。

この回答への補足

>質問はこれでしょ? ゼミがどうとか、どこの学者を知ってるの知らないのとか、論破して勝つとか・・・いったいどこが回答なんスか?

すみません、元々は、先の教科書問題の質問において、恩師がどうの~と仰る回答者の方がいらっしゃいまして、私もその方に倣って言及し次第です。
ごくたまに思い出すこともありましたけど、凄く懐かしかったのですよね。
でも、他の方々には不要どころかご迷惑でした。
このような私の一切の至らぬ点につきましては、なにとぞご容赦願い上げます。

また、他のご回答者様のご意見につきましては、私自身が立てた問題提起なのにもかかわらず、つい投げやりになったり解ったつもりで疎かにすることが多々ありますので、それを見越して私を励まして下さったものとお汲み取り下さい。
つまり、それほど私には難しい質問内容だったということです。

東大法や中央法は当時も今も最難関ではないでしょうか。
すっとこどっこいの私は、とてもとても、足元には及びません。 
以降、慎みます。 

補足日時:2012/09/16 23:10
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この回答へのお礼

pem42391様、先の教科書問題に引き続いてのご回答を有り難うございました。

>mashumaro3 さんも、まだ小学校ぐらいのお子さんいるんですよね。
>子供の教育のためにも、わかりやすい言葉でわかりやすく手短に表現してみるってってのはどうでしょう。

はい、これは全く仰せの通りです。
最大限努力しなくては、です。

その次男ですが、本人が言うには、
「韓国併合は韓国が頼んだ、なんて絶対ウソだ!」と言うのですよね。

なぜ?って尋ねたら、
「オレだって『明日から韓国人と同じだ、韓国人になれ』言われたらイヤ」だから、ですって。

妙に納得してしまいました。
当時は日本に対する抵抗運動も確かにありましたしね。
・・・と、我が家での会話はこのような感じです。

>「良心」に基づいた行動であることにすれば、いちおうの大義名分ができるわけです。誰から見た「良心」なのかよく説明もしないのにね。
>だからこそずる賢く使おうとすれば、こんなに便利な言葉はない。
>そういう便利な言葉をどっかのずるい奴が利用してるだけじゃないッスか

たしかに・・・。
良心の押し付けというのは問題アリかもしれませんね。

それこそ私自身の問題として気を付けるべきかなと思ったのでした。

お礼日時:2012/09/16 23:53

お礼、ありがとうございます。

マシュマロ様は、おそらく横田洋三氏のかつてのゼミ生なのでしょうね。ホームパーティーにも参加したということですから、一般教養で講義をとったという程度ではなくて、東大か中央大の法学部に所属なさって、専門的に勉強なさっていたのだなと推察します。いや、ゼミに参加する程度なら、他学部からも参加することはできるかもしれません。ともあれ勉強させていただきました。いくつか私も認識を改めなければならないと思いました。

>>国際社会の見方としては、日本の言い分は聞いてもらえないのじゃないかなと思うのでした。

>
そうですね。解りました。
まず、仰せの「国際社会の見方」ですが、当初この問題が提起された国連人権小委員会では、日本政府が何かを行うということに対し非常に良い反応があったことを再確認しておく必要があるかと存じます。



まず私の立場を改めて明らかにすると、特に基金を猛攻撃するNGOのことは念頭に置いていませんでした。というより、ニュースで薄らと知っている程度で、具体的には知りもしませんでした。反省の意味も込めて、オーラルヒストリーであるとされる座談会「アジア基金と私たち」から、時系列に沿って整理し、国際社会における流れを確認しておきます。カッコ内のページ数は「アジア女性基金と私たち」のページです。

(1)1990年代に旧ユーゴスラヴィアやルワンダで行われた女性に対する人権侵害に対し、国連が対処をしようと動く。この中で、従軍慰安婦問題に注目が集まり始めた(横田談、24ー25ページ)。
(2)94年、人権小委員会の会議でリンダ・ジャベスが、日本政府が法的に解決済みだと言っているが、とにかく歳をとった慰安婦に補償を行わなければならないと述べる。法的責任が取れないというのなら、道義的責任というので暫定的には構わない(5ページ)。その後、アジア女性基金設立の動きが高まる。
(3)96年、クワラマスミ報告書。専門ではない上に誤記がある。とはいえ、アジア女性基金について一定以上の評価はしている(21ページ)。学術的には何ら評価できないという(大沼談、23ページ)。
(4)98年、マクドゥーガル報告書。「法律的に細かい議論をし、日本は国際法的に謝罪し、賠償し、それから今後こういうことを二度としないための予防策をとる責任がある」(21ページ)と述べる。学術的には何ら評価に値しない。とりわけ慰安婦の数を二十万人と査定し、その三分の二が虐殺されたとしているのは完全な間違いとしか考えられない(和田談、23ページ)。
(5)しかし他方、アジア女性基金を評価した人もいる。パリー委員、ロビンソン人権高等弁務官、アルブール人権高等弁務官である(22ページ)。またILO(国際労働機構)は、従軍慰安婦問題を強制労働と看做して批判しているが、日本政府の詳細なコメントを一定以上は評価している(23ページ)。

横田氏の弟子であれば、(5)を特に強調なさりたいでしょうね。そして(5)を無視し、徒に日本の償いは不十分だと主張する者は、三人が会談中で強調するように、NGOの情報操作に踊らされた軽薄な愚か者にしか見えない、とも想像しました。要するに、私のことです。マシュマロ様が抗議なさっている点が、ここで分かりました。
しかし(2)を踏まえると、やはり日本は将来的には法的に償わなければならないのだと思います。アジア女性基金によって償う意志があることを見せたことで、一応のモラトリアムを国際社会が与えてくれているというだけに思うのです。この意味では、(3)と(4)が学術的におかしかったのだとしても(※私は細部が検討できません)、「法的に償え」という論調は国際社会の大多数を占めているのではないでしょうか。
結局、横田氏らは、法的に済んでいると主張する日本人と、法的に償えという論調を強める国際社会との板挟みなのだと思います。この板挟みの中で出てきた折衷案が、マシュマロ様が述べるように、「良心」という形でしかなかったのでしょう。

>みんな自分の地位や名声、お金など世俗的なことを全く考えずに、日本が過去にやったことを、自分たち日本人の誤ちとして自分で引き受けて、被害者の方たちにできるだけのことをしようということの為だけに集まってきて、時間を使い、労力を使い、ポケットマネーを出していろいろ活動をしています(24ページ)。

それは分かった、よくやってくれたと私も考えを改めました。しかし道義的問題ではなく、法的問題として解決しないと終わらないのだ、とも思ったのです。やはりこの点について、韓国は一切譲る気がないのだと私には思えます。大沼氏は韓国の頑さに徒労感を感じ、韓国そのものが嫌いになったとさえ告白しています(26ページ)。確かに良心的に行動しているのだと思えば、腹も立って来るでしょう。しかし、結局のところ、道義的にやられても困るのじゃないかな、とは思ったのです。もっとも、こういうことは既に横田ゼミで議論されていたことでしょうし、NGOが声高に批判していることなのでしょうから、私などが今更指摘するまでもないのでしょう。

しかしマシュマロ様が批判しているのは、実はまた別のことなのでしょうね。次の一節が重要と思いました。

>

というのも、大方の慰安婦問題において何故だか自国民の日本人慰安婦問題が殆ど欠落したままである

良心があるというのなら、自国民に対してもそれが及んでしかるべきであろうとおっしゃりたいのかと思います。確かに左派の悪いところで、外国に対しては最大限の配慮をするが、身内には何ら配慮をしないというところがありますね。人権派として活動している人が、家のことは顧みず、無意識のうちにDVまがいのことを行っているという例は間々あります。私はご指摘の問題について、漠然としていて、考える手掛かりもつかめないままです。
最近、ドラマで「負けて勝つ、戦後を創った男、吉田茂」というのが始まりました。
http://youtubetvdoramadouga.blog111.fc2.com/blog …
まさに冒頭、占領された日本で起きると予想される米兵の強姦が重要な問題として協議されます。ドラマによるとこの為に政府が予算を確保し、強姦を防ぐ為に娼婦をかき集めます。政府が公的に女衒の役を買って出たことになります。そして中盤になると、若い官僚が、盛り場で娼婦まがいのことをして働いている幼馴染みに出くわし、衝撃を受けます。そのとき、年配の官僚が言うのです、「彼女らは男たちの尻拭いをしているのだ」と。私は資料ももっていませんし、どこで調べがつくのかも見当がつきません。しかし仮に予算が確保された上での労働だとすれば、自発的である以上、法的な償いは不可能でしょう。それこそ道義的な償いが必要でしょうね。ここでこそ良心を発揮するべきであるというご主張がマシュマロ様にあるのかと私は推察した次第です(ところでドラマ全体については、吉田茂を叙事的に持ち上げてもなあという思いは残りました。英傑の子孫としての、細川、麻生という形になってしまいます。私はちょっとそういう先入観は避けてものを考えたいのですから)。

長くなりましたが、末尾で取りこぼした問題について質問させていただいていいでしょうか。まず「日本の良心」という言葉の使い方ですが、よくわからないのです。おっしゃるのは二つ以上あるように思います。第一には横田氏をはじめとする穏健派。第二には、横田氏らをラディカルに批判する過激なNGO。しかし 「日本の良心」という意味を、マゾヒスティックなまでの自己批判に捉われているという皮肉の意味で用いるのだとすれば、後者の過激派のみをそうと呼ぶのが適切だと思うのです。それともこれらは全く的外れで、「良心」とは、第三の意味で、自国の国有娼館で働く女たちに目が向かない人権派を揶揄する為の言葉なのでしょうか。

それからドイツ云々の比較対象ですが、私は素人ではありますが、下を見ても仕方ないのじゃないかという気がします。ドイツの方が確かに要領よくやったというところはあるのかもしれません。しかし和田氏が胸を張るように、「アジア女性基金は、政府と国民、政府と市民運動が、いっしょにやった戦後例のない形」(27ページ)なのであり、それこそ横田氏の弟子であれば、胸を張ってよいのではないかと思うのでした。このウェブサイトでは、憲法九条はとても評判が悪く、ドイツと比べると軍隊がないから日本はダメなのだという声もちらほらあります。しかし私は憲法九条は憲法の歴史を見ても、憲法が利益の為ではなく、人権の為にあるのだと考えるのなら、世界的に最先端だと思うのです。そもそも利益追求型ならば、憲法などという発想は生まれないものです。利益追求型の憲法に切り替えたいという主張は、憲法の理念から後退しているなと私は個人的に思います。
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この回答へのお礼

Karisomenimo様、重ねてのご回答を有り難うございます。
(お名前が記憶違いでしたらすみません。。)
また、私の認識不足も含めてお気づきの点につき、今後ともご教示頂けたらとても有難いです。

>横田氏の弟子であれば、(5)を特に強調なさりたいでしょうね。
>NGOの情報操作に踊らされた軽薄な愚か者にしか見えない、とも想像しました。
>要するに、私のことです。
>マシュマロ様が抗議なさっている点が、ここで分かりました。

まず、拙文がもたらしたであろう誤解を解かせて下さい。
私はKarisomenimo様に抗議したつもりが一切無いのです。

「国際社会の見方」や「法的に償えという論調は国際社会の大多数を占めているのではないでしょうか。」に関する論点の食い違いかと思われます。

先に私はアジア女性基金の設立経緯に触れました。
それは「国際社会の見方」につき、その知識と情報質量の偏重ぶりを幾分懸念し憂えていたからです。
国際社会の皆が皆、この問題に熟知し関心を抱いているとはかぎりません。
反日プロパガンダの大義名分として手段化しているようにも映ります。
フェミニズムとも関連がありましょうか。

仰せの通り「モラトリアム」「道義的観点に立つ法的責任逃れ」と「将来的に法的償いは必須」との仰せは重々承知しております。
何らかの形による法的償いも可能性として充分あり得るとも考えます。
No.24でご指摘の「敗戦した日本」という観点は決してないがしろには出来ないことですから。
いかがでしょうか。

日本はどうしたって不利なのです。
ただ、手をこまねいて捏造だ強制でなかった云々と発するよりも、むしろ国連に問題提起されて以来、当時の日本に為し得るかぎりに時間と尽力を惜しまずこの問題に取り組んできた努力とそれ相応の評価につき、現況のような国内外での認知を欠いたままでいるよりも、幾許かでも対外的なアピールを試みていったほうが、不利な形勢ながらも幾分マシであろうと考えた次第なのです。

また、
>しかし道義的問題ではなく、法的問題として解決しないと終わらないのだ、とも思ったのです。
>やはりこの点について、韓国は一切譲る気がないのだと私には思えます。

そうなのかもしれませんね。
一つの問題点として、仮に法的に罪を償ったとしてもそれで終わりではないということが挙げられます。
日本側の過去を蒸し返すような「不用意な発言」とそれに対する相手国の揚げ足取り、あるいは日本側の「不用意な発言」を誘発しかねない相手側の「愛国無罪」的言動の問題も根深く絡んでいます。

余談ですが、あま様との質疑で触れている森嶋ですが、東北アジア共同体の構想につき、以下のように言及しています。
「──戦後、日本人は侵略戦争にこりごりするあまり、それまであった共同体的発想までも捨ててしまった?
 △(森嶋)アジアへの侵略は弁解の余地がない。謝るべきです。それも心から謝れば、将来に向かって話し合えるようになる。 日本人はもっと中国の江沢民や金大中大統領を信頼すべきだ。・・(p156-157)」

侵略は弁解の余地が無いものの、最後の一文については賛否がありましょう(少なくとも私は疑問に思います)。
ただ、ひときわ気になったのは、その「心から謝る」というくだりでした。

謝罪と赦し、和解の考察についてとても考えさせられました。
サイトを一つ挙げておきます。
「日本の戦争責任を謝罪することば」web.nenu.edu.cn/person/zhilijiang/PDF/syazai.pdf

二つめの点は、外交カード化してしまっている点です。
先月の韓国大統領の天皇謝罪発言がありましたね。
この問題とも決して無縁ではないにもかかわらず、国際世論や韓国国内でも賛否があるように映りました。
近日中に国連で韓国政府がこの問題につき発言するかどうかが注目されるところです。

>「負けて勝つ、戦後を創った男、吉田茂」
これについてもご教示有難うございました。
気付きとは本当に大切ですね。
追って考えてみようと思う次第です。有難うございました。

私が質問していたのは、先の戦時下においてこの問題の被害者の方々と同様の状況で従軍慰安婦だった日本人女性たちに関する「日本人の良心」の言及不足についてでした。
からゆきさんの如く、従軍した女性の中には当然日本人女性もいたと察せられたからです。

ですのでこれについてはむしろ仰せの
>確かに左派の悪いところで、外国に対しては最大限の配慮をするが、身内には何ら配慮をしないというところがありますね。人権派として活動している人が、家のことは顧みず、無意識のうちにDVまがいのことを行っているという例は間々あります。

これこそ私が質問で問いかけている理由の一つでもありました。
当時「日本人の良心」が何故自国民である戦時下の日本人従軍慰安婦に言及しなかったのかという点です。

当時の日本の左派の場合、戦時中の国家主義や国家体制に対する反動もあったでしょうが、それでも何か違和感を抱かずにはいられませんでした。
自身の家族や故郷への愛情欠かしてどうしてその先の人々にまで配慮が及ぶであろうかといった感じですね。
これが欠けているのはやはり、国益を捨て周辺国に配慮した平和主義ありきのような何かが感じられたのです。

以上、私とKarisomenimo様とのご意見では、「敗戦国である日本」の立場を弁えている点では通じるものがあると思います。

でも、余談ですが、憲法九条に関しては残念ながら異なるようですね。
めまぐるしく推移する国際情勢に応じての適宜の憲法論議は必要だと私は考えます。
世界的に最先端であるなら、ではなぜ他の国々が日本の憲法を見習いこれに追随しないのだろうって思うのです。

※当該学部生として3年次の横田ゼミ生だったのは本当です。
但しこの問題が国連人権小委員会で取り上げられる以前のことで、
(女性基金とは異なる広義の性暴力の世界的な再発防止などの)恩師の構想のほうが良かったのかなと思ったまでです。

いずれにせよ、Karisomenimo様の私に対する諸々の憶測と誤解につき、拙文が至らぬばかりに多大な誤解を招いてしまいました。
どうかご容赦願い上げます。

お礼日時:2012/09/16 22:33

従軍慰安婦ですがただの売春婦と聞いています多額の現金が支払われているはずです、正直言って詳しくないので、韓国人のごね得ではないでしょうか、嘘も100回言えば真実になるこれが彼らの考え方ではないでしょうか。



在日朝鮮人と仕事上の付き合いが有り彼らの変なプライド嘘の多さにはうんざりしています。
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この回答へのお礼

283934様、ご回答を有り難うございます。

うんざりなさっているとのこと、お察し申し上げます。
私も経験あります。

でも、日本が向き合う戦争責任や戦後世代の責任については、個々の経験上の「うんざり」とは極力別に考える必要があるのでは。

それはそうと「嘘も100回言えば真実になる」と「念ずれば花開く」とはおよそ似て非なるものですね。

お礼日時:2012/09/16 11:18

書き落としました。


 西欧近代型の政治そのものが[日本では]未熟だと感じて肩をすくめることでしょうね。
と読んでくださいませ。
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この回答へのお礼

承知致しました。ご丁寧に有難うございます。

>西欧近代型の政治そのものが[日本では]未熟だと感じて肩をすくめる

そうですね。
体裁だけはいかにもそれっぽく映るのですよね。

あながち西欧近代型を導入したものの、未熟というか、ちょっと違うぞ、っていうのが、他にも色々と見い出せそうです。

お礼日時:2012/09/16 02:39

以前、従軍慰安婦について質問をしたことがある者です。

三つくらい投稿しましたが、その一つは哲学カテで投稿しました。ご質問を読んで、何か私の態度を問われているような気がし、投稿してみることにしました。別に私の態度を聞いてはいないでしょうが、参考程度にはなるのではないでしょうか。

私はどちらかと言えば韓国よりの質問をしていました。質疑応答がプロパガンダの場ではないことを承知しつつも、反対意見は根拠がないなどと言って、バッサリと切りました。私は自分の意見と同じ意見を展開する投稿があっても検討しようと試みましたが、さっさとベストアンサーにしたところを見れば、公平な態度であったとは言えないでしょう。

しかし私自身は政治的な信条はもっていません。また韓国とも利害関係を共有していません。お金をもらっているわけでもないし、恋人が韓国人なのでもありません。むしろ韓国人とは仲が悪いくらいです。私がそのような質問をしたのは、国際感覚を身につけたいと思ったからです。実際、私は国家間賠償で決着していないと思います。私の質問欄の成果を反映すると、カイロ宣言の履行を念頭に、従軍慰安婦問題は東京裁判のような基準で考えるべきものです。すると、婦女を性奴隷にするのは人道に対する罪であって、まさにC級戦犯となっておかしくないと思います。河野官房長官談話が認めたのは、そういうレヴェルの話です。

犯罪でなければ、国家間賠償で償いは済んでいるでしょう。しかし犯罪となれば、償いはまだです。ここで関与の仕方が国家ぐるみではないとか、東京裁判が不当であったという意見はあるでしょう。しかし、国際社会の見方としては、日本の言い分は聞いてもらえないのじゃないかなと思うのでした。賠償は賠償であって、犯人を隠匿したり、もみ消すための手切れ金ではありません。私は犯人を隠匿するのは嫌です。そもそも国を問わず、私は性犯罪者に寛容になれません。従軍慰安婦を抱くくらいならば、マスタベーションで済ませればよかったじゃないかと私は思っています。本当に子々孫々に大恥をかかせてくれたと私は思っています。

しかし質問を投稿したのは、個人的なうっぷんを晴らそうというばかりでもなかったのです。よりラディカルにものを考えたいと思ったのです。というのもディベートするということは、相手の言い分を想定し、それを論破しないと始まりません。想定も何もできていないで持論を展開するのは愚か者の所行というべきでしょう。質問を執拗に三つも投稿して、やっと分かってきましたが、大体の人は未だに、大日本帝国の法律で従軍慰安婦問題を裁いてよいなどと考えているようです。歴史研究者までそんなことを言っておりました。この水準なのです。これではあっという間に論破されるか、そもそも話さえ聞いてもらえないのじゃないかなと思います。すると怒れる獣のごとく、暴力に訴える他なくなるでしょう。しかし戦争は嫌です。特に愚か者に踊らされてする戦争はご免被りたいです。日本人の水準はこのくらいなのかなあとがっかりしたというのが本音です。そしてこれらと心中はできないとも思いました。

それにしても、他の方の投稿を読んで、驚きました。ちょっとした質問を投稿した程度で、韓国系から礼金をもらって日本を貶める行為をしている者であるかのようにみなされるのかな、という印象さえ受けましたから。小学校の頃に読んだ『はだしの元』の一節が頭をよぎります。「この非国民め、非国民め」。ガチガチと歯を振るわせながら、そう罵られる日が来るのでしょうか。そして韓国系がお金をまいていると思うということは裏を返せば、ご自身らは右派からお金をいただいているのかもしれません。嫌な世の中になったなと思います。というより、思想の自由って何なのだろう?とさえおそろしくなりました・・・。

ドイツとの比較については何も書いていませんが、長くなりましたので、ここで筆をひとまず置かせてください。

この回答への補足

>思想の自由って何なのだろう?

そうですよね。
それは言論の自由にも言えると思います。

この国ではそれらの自由がさほどではないのかもしれませんね。

補足日時:2012/09/13 12:54
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この回答へのお礼

Karisomenimo様、ご回答を有り難うございます。

>何か私の態度を問われているような気がし
>国際感覚を身につけたい

身贔屓なしに自国を少々つき放して観ることの難しさを私は痛切に感じます。
この点につき、Karisomenimo様のご姿勢に感服する次第です。

>犯罪でなければ、国家間賠償で償いは済んでいるでしょう。
>しかし犯罪となれば、償いはまだです。
>国際社会の見方としては、日本の言い分は聞いてもらえないのじゃないかなと思うのでした。

そうですね。解りました。
まず、仰せの「国際社会の見方」ですが、当初この問題が提起された国連人権小委員会では、日本政府が何かを行うということに対し非常に良い反応があったことを再確認しておく必要があるかと存じます。

そして1994年の段階で日本は従来の立場のもと、何らかの措置を講じることを発言していますし、他の委員からも「道義的に高齢の被害者に配慮し何かをすべき」といった意見も得た上で、アジア女性基金の設立並びにこれによる対応を回答しています。

これに対し、批判したのは「国際社会の見方」国連人権小委員会の各委員ではなく、「日本の良心」に連なるNGOやマスコミ側であったことを弁えておくべきでしょう。

「デジタル記念館 慰安婦問題とアジア女性基金」のサイト内で
>アジア女性基金の償い事業>基金事業にかかわった関係者の回想>基金で活動した人々
の順にクリックすると、基金に尽力した内の「日本人の良心」と思しき3名の座談会「アジア女性基金と私たち」をご覧いただくことができます。
あま様が別途ご指摘の事務方の日本式調整話や苦労話も含め、この問題の事の深刻さが窺えます。

なお、日本の立場については、平成14年12月の慰安婦参考人質疑議事録における先の座談会出席者たる国際法学者の見解を以下にまとめてみました。

慰安婦の方々に与えた精神的肉体的苦痛は当時の国際法に照らして違法であり、強制労働条約違反、戦時国際法違反、さらには人道に対する罪、のいずれにも相当する。

問題は、その当時の国際法が違法行為を国家間で解決し、個人の問題は各々個人が属する国家が国内的に処理するという国際法と国内法の二つに分ける考え方が圧倒的多数であったということ。

サンフランシスコ平和条約後に締結された1965年の日韓基本条約は平和条約ではないにせよ、それに付随した請求権問題に関する協定において、概ねサンフランシスコ平和条約と同様の請求権放棄の規定が明確にされ、一切の請求権を放棄する、その場合には、国家の請求権のみならず個人の請求権も放棄するということが明文化されている。

したがって違法ではあったが法的に個人が国家に対して請求することはできない。
但し、私見では慰安婦の方々に与えた損害は国際法違反として明確である。

なお、同氏は国連人権小委員会に当初問題提起された際、慰安婦問題に限定しない「戦時における女性に対する暴力の被害者救済基金」を国連に設置し、そこに日本政府が資金投入をし、そこから慰安婦の方々にも償い金を出すことなどで日本の戦争責任と反省を込めるべきと想定していたとのこと。

国連提起された問題を「慰安婦に限ることなく戦時における女性に対する暴力の~」という観点で救済する仕組みを国連内に設立する構想について、私には妥当に思えました。

というのも、大方の慰安婦問題において何故だか自国民の日本人慰安婦問題が殆ど欠落したままであるということや、精神的肉体的苦痛を蒙ったのは慰安婦のみならず大陸からの引き上げ時の女性もまた同様であること、先の大戦後数十年を経た現代においてもなお女性に対する暴力被害の問題は世界的に深刻な状態が続いていること、などの理由が挙げられるからです。

>賠償は賠償であって、犯人を隠匿したり、もみ消すための手切れ金ではありません。
>私は犯人を隠匿するのは嫌です。
>本当に子々孫々に大恥をかかせてくれたと私は思っています。

そうですね。
私もそれを非常に恥ずかしく思います。
仰せのような趣旨のもとに、NPOやマスコミはアジア女性基金に対する批判を強めていきます。
ご承知の通り東京で「日本軍性奴隷制を裁く2000年女性国際戦犯法廷」が開廷され、昭和天皇をはじめとする10人の軍部指導者の被告人全員に「有罪」判決を下していますね。

以上も含め「裁かれなかった戦争犯罪と向き合う」ことの賛否が多々あろうかと存じますが、

>賠償は賠償であって、犯人を隠匿したり、もみ消すための手切れ金ではありません。私は犯人を隠匿するのは嫌です。
>そもそも国を問わず、私は性犯罪者に寛容になれません。

どなたかが他の質問で仰せでしたね。
従軍慰安婦問題等を含む日韓問題は到底法律で解決できないから、外交で決着させようと模索してきた、と。

外交決着させるつもりが、後手にまわって今や外交カードのスペードのエースとして切り出されている以上は、「日本の良心」も含めどこで見誤ってしまったのかを冷静に見極め、必要であれば対外的な広報活動も必要かと思われます。

ただその際には、私としては、そのしくじった要因のうちに「ただの売春婦だった」とか「慰安婦は捏造」「強制ではなかった」という見方を見い出すのは、日本の過去を正当化することに繋がる恐れがありますから、それはいかがなものかなとの思いを抱いております。

※その国際法学者はICUから私の大学に(人権問題など国際法に関する)客員教授として招聘され、少なからずゼミ(打ちあげのご自宅のバーベキューも含む)でお世話になった先生ですので、このような意見に至っている次第です。

お礼日時:2012/09/13 11:19

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