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私が感じたのは、多くはその人自身を表していないのが不満でした。
誰かのせいにしている。行動を取るならば自分自身であってほしいものです。

後で聴かされる言葉は、守っているならば自分自身であって欲しいと思います。
私の考え方がおかしいと思う人に書いて欲しく思います。

いつもの通り例外も認めます。

よろしくおねがします。

A 回答 (1件)

 ご質問の文章からは、何を言いたいのかが正しく読み取れませんでしたので、タイトルの「殴られた時に相手を殴れない」についてお答えさせて頂きます。



 殴る…という行為は反社会的な行為であり、また非日常的でもあります。理由はともかく、殴りかかられたとなったら、多くの人にとっては不慣れながら、なにかしらの防護、あるいは防戦が必要になります。

 しかし、殴られたから、すぐ相手に殴りかかる…というのでは、悲しいかな、こちらもまた殴りかかった相手と大差ない、低いレベルの人格であることを暴露してしまいます。

 だからこそ、殴られた時に相手を殴れない…という結果が生じるのです。でも、それでいいのではありませんか。殴りかかる者は短絡的で、判断力も常識も社会性も欠けたまま、ただ激情に支配されて手を出しただけ…。

 しかし、殴られた方は、理由はともかく、殴り返さなかった、そこには、瞬時の判断で冷静に思い出すに至った常識と社会性、そしてプライド…、もうこれだけあれば、相手に比べて格段にレベルの高い人格を表現したことになります。

 とにかく、美空ひばりさんの歌じゃないけれど、馬鹿を相手のときじゃない…のです、まさに負けるが勝ちなのです。たとえ一時的に死ぬほど悔しかろうと、それが立派な大人の姿勢なのです。

 それでもなお、執拗に相手が攻撃してくるなら、その時はしかたがありません。わたしなら相手の急所にしっかり全力で一撃を加えます。この反撃は必要な最小限の防衛行動であり、殴られたから殴り返す…といった馬鹿が選ぶ対処とはまったく別のものです。
 

この回答への補足

相手の周辺の人間関係が気に成りますね。
御回答ありがとうございました。

補足日時:2012/09/28 19:31
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この回答へのお礼

まさしく思いの通りです。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2012/09/28 19:03

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