痔になりやすい生活習慣とは?

仏壇に向かって違う宗派のお経を唱えてもOKでしょうか?

宗派ってたくさんありますよね。

お経の本も数種類。

数種類の宗派のお経を唱えたりしてバラバラでも気持ちが入ってれば問題ないですか?

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A 回答 (6件)

日蓮宗のお坊さんの前で「南無阿弥陀仏」と唱えたら頭をひっぱたかれますよ。



念仏で有名なのは「南無阿弥陀仏」と「南無妙法蓮華経」です。乱暴にいうとその意味は、「ナムアミダブツ」が「阿弥陀様サイコー!阿弥陀様、俺を助けて!」で、「ナンミョーホーレンゲキョー」は「法華経が一番だよね!」というものです。
似たようなもんだからいいだろと思っても、教会で「アッラー、アクバル!」と唱えるようなものですよ。

(註・知られていないことですが、キリスト教の「ゴッド」も、ユダヤ教の「ヤハウェ」も、イスラム教の「アラー」もみな同じ神様のことです)
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この回答へのお礼

なむあみだぶつが良いですね(o^o^o)
勉強になりました。
ありがとうございました(^-^)

お礼日時:2012/10/06 08:48

心の中で唱えるなら、何を唱えてもOKです。


もし、意味が解らないのなら唱える必要もないでしょう。

お経ではなく、気持ちを自分の言葉にすればいいじゃないですか。
例「・・・さん、ありがとうございます」とか。
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この回答へのお礼

ありがとうございました(^-^)

お礼日時:2012/10/06 08:44

自分は先祖代々より浄土真宗ですが女房の実家は創価学会員です。



数年前に義父が亡くなった際葬儀社の方に聞いたら「お経は唱えないで下さい、手を合わせて頂くだけでいいですから」と・・・・

やはりマズイんじゃないですかね・・・・専門の方が言う位ですから・・・・・
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この回答へのお礼

そうなんですか(´`)ありがとうございました(^-^)

お礼日時:2012/10/06 08:46

前の方のおっしゃるとおり、同じ仏教でも宗派によって唱えてはいけないお経もあります。


カミサマホトケサマは無量無辺のみこころをお持ちだと思いますが、人間は案外狭量なものです。
そういうところで争いになるのも無駄な気がします。
唱えるお経がわからない場合は、素直に教えてもらいましょう(笑)
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この回答へのお礼

ありがとうございました(^-^)

お礼日時:2012/10/06 08:47

お経は、お釈迦様のお言葉、仏教の教えを説いた書、ということですよね。


(仏説でないお経もありますけど・・。)
ですから、私は宗派によって唱えていけないお経があるとは思いません。
むしろ、お経の意味を理解して、その意味する生き方を、自分自身で実践するように努力することが
ご先祖様に対する最もよい供養だと思います。
どんなお経をお読みになるのか判りませんが、基本的にはそう思います。
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この回答へのお礼

意味を理解することも大切ですね。
ありがとうございました(^-^)

お礼日時:2012/10/06 08:50

わかっていて違う宗派のお経を唱えるのは冒涜行為のようにも思います。


おやめになった方が良いかと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございました(^-^)

お礼日時:2012/10/06 08:50

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Q浄土真宗では、般若心経を唱えていけない理由

母方の宗旨が浄土真宗なのですが、般若心経は唱えてはいけないと聞いています。なぜダメなのでしょうか。

Aベストアンサー

jun95さん、今日は。

私が調べてみた所では、智慧と行に因って煩悩を断ち切ろう、と教え諭す般若心経に対して、浄土真宗の
教えは、一切の計らいを捨てて、阿弥陀如来の力に任せて、其れに因って救われる、という物だそうです。

従いまして、浄土真宗の人間が般若心経を上げる事は、却って、阿弥陀如来の
力を否定する事に為る為、浄土真宗で般若心経を上げる事は無い、との事です。

もう少し深いお話に為りますと、以下のサイトに詳しい説明が為されてい
ましたので、宜しければ、御覧下さい。2001年12月11日掲載分です。

参考URL:http://www2.big.or.jp/~yba/QandA/

Q般若心経を唱えてしまった!!

般若心経は一般の方が唱えることはお控えください。というのも、般若心経の霊力は亡くなった霊には無条件で大慈大悲を与える功徳があります。これはこの般若心経の言霊(ことたま=言葉そのものが霊力を持っている)が霊にとっては非常に暖かく明るい光明に見えるのでどんな霊も唱えている人のところへ集まってきます。どんな霊もくるので必ずしもいい霊ばかりとは限りません。般若心経は他の真言と合わせて使わないと無防備で非常に危険なのです

単に般若心経を唱えれば質問者さんにはまったく関係のないその辺にいる霊がどんどんやってきてしまいます。あまりいい死に方をせずに成仏しないで浮遊している霊達が「もっと唱えてくれ~」と次から次へとやってくるのです。唱えるのをやめても霊達はまた般若心経を聞きたくてその場にとどまってしまいます。

ですから一般の方が般若心経を唱えるのは本当は怖いことなのです。防御系に強い菩薩の真言を奏上してその後内観という心の内を澄み切った愛情で満たしたうえでかくなる方法にて般若心経を唱えなくては霊にとってはまったく意味がございません。逆に霊を迷わす原因となります。

上のような文章をみて、どうしたらいいかこまっています。
まったくの素人です。般若心経をとなえてしまいました。しかも実家は浄土真宗なのに。。きいているあいだ、なんだか体がぐらぐらしました。
パソコンから、お坊さんがとなえたものも、聞いました。どうしたらいいでしょうか。こわいです。心を落ち着かせるために、写経をしようとおもっていたのですが、やめたほうがいいでしょうか。。アドバイスください。般若心経は邪を払ってくれると聞いたのですが、悪い霊をよびよせないで、安全な唱え方などはないですか。

般若心経は一般の方が唱えることはお控えください。というのも、般若心経の霊力は亡くなった霊には無条件で大慈大悲を与える功徳があります。これはこの般若心経の言霊(ことたま=言葉そのものが霊力を持っている)が霊にとっては非常に暖かく明るい光明に見えるのでどんな霊も唱えている人のところへ集まってきます。どんな霊もくるので必ずしもいい霊ばかりとは限りません。般若心経は他の真言と合わせて使わないと無防備で非常に危険なのです

単に般若心経を唱えれば質問者さんにはまったく関係のないその...続きを読む

Aベストアンサー

悪い霊は、比較的に午前0時を過ぎて般若心教を唱えると出てくるような気がします。朝、太陽が昇ってから唱えるのが一番効果的に思えます。朝時間がなければ、風呂上りの体をきれいにして直ぐにやれば良いです。それから般若心教に宗派は余り関係ありません。仏教でも神道でも気にするような事はないです。仏教、神道、キリスト教等がどうしてできたとかを考えれば根本は同じです。それぞれの宗派に分かれて多少は、教えが違ってきてますが、根本が同じなので気にする必要はないです。

Q般若心経はすべての宗派でもよいと思っていたのですが…

日蓮宗だけはちがうのでしょうか?
写経を納経したいのですが…

そして~
法華経を写経したいのですが、日蓮様が祭られている、〈例えば池上本門寺など〉でお経を購入できるのでしょうか?

Aベストアンサー

一般に写経といえば、般若心経といわれるように、京都の大覚寺などに書写のため訪れる人は年間に相当数に及びます。
般若心経を唱える宗派は、古くは奈良時代の南都仏教から、空海、最澄が伝えた密教(真言宗、天台宗)に加え、いわゆる禅宗三宗といわれる臨済宗、曹洞宗、黄蘗集などです。
しかし日蓮宗、浄土宗、浄土真宗といった鎌倉仏教諸派は、拠り所としている経典が違うため般若心経を唱えることはありません。
私は個人的に浄土真宗(門徒)ですが、同宗は浄土三部経といわれる阿弥陀経を中心とした経典を称えます。また日蓮宗は法華経を根本に据えるはずですね、
それらのお経の据え方の違いの大きくは、その時々の時代背景によるものとだけ申し上げておきます。
ただ、浄土真宗開祖の親鸞上人も日蓮宗開祖の日蓮上人も修行時代はどちらも比叡山(天台密教)に教えを請い、その遍歴の中から衆人の救済のために自らの解釈をお説きになったものと考えます。
お経とはそもそも、釈迦の言葉をお弟子さんたちが書き残したものです。
般若心経は数ある経典のなかでも、人々が生きるための知恵を纏めた大般若経600巻といわれる大経典のエッセンスといわれ、最も短く、もっともありがたいお経といわれています。
もちろん、上記の二大上人も勉強しているはずですし、称えているのは仏教に限らず神道の在家の方々も称えるそうです。
古くは、後奈良天皇の時代、世に疫病がはやったため同天皇が自ら般若心経を書写して諸国の神社に奉納したという話もあるくらいです。
生きるための心理を説いているので何物にも妨げられないということでしょうか・・・
日蓮宗の解釈を理解もせず軽軽には申せませんし、日蓮宗のお寺に納経するのはどうかと思いますが、日頃、般若心経を写経することは構わないのではと私は思います。
また、それぞれの宗派のお経のポピュラーなものはどこでも売っていますが、法華経や阿弥陀経などは大変な量となりますので、功徳を積むには達成感もあろうかと思いますが、よくお考えになってはどうでしょうか。
以上、私の解釈として自信ありでご回答させていただきます。

一般に写経といえば、般若心経といわれるように、京都の大覚寺などに書写のため訪れる人は年間に相当数に及びます。
般若心経を唱える宗派は、古くは奈良時代の南都仏教から、空海、最澄が伝えた密教(真言宗、天台宗)に加え、いわゆる禅宗三宗といわれる臨済宗、曹洞宗、黄蘗集などです。
しかし日蓮宗、浄土宗、浄土真宗といった鎌倉仏教諸派は、拠り所としている経典が違うため般若心経を唱えることはありません。
私は個人的に浄土真宗(門徒)ですが、同宗は浄土三部経といわれる阿弥陀経を中心とした経典...続きを読む

Q日蓮宗と創価学会の関係

先日初めて日蓮宗の葬儀に参列しました。
日蓮宗にあまり馴染みがなかったので、「教えて!goo」で日蓮宗を
検索したところ、「創価学会」とつながりがあることがわかりました。
具体的にどういう関係なのか教えてください。

あと、日蓮宗って仏教ですよね(違っていたらごめんなさい)
なぜ、仏壇の中に仏様がいらっしゃらないのでしょうか?

Aベストアンサー

仏教には大きく浄土系と法華経系があります。
簡単に説明すると(ちゃんと信心がある人には怒られそうですが)
浄土系というのは「南無阿弥陀仏」さえ唱えていれば救われるというものです。
法華経系にはさらに密教系、禅宗系、日蓮系があります。
この中でも、古参、新興ともに団体が多いのが日蓮系でなんですね。
浄土系に対抗して「妙法蓮華経」さえ唱えていれば救われるという
日蓮大聖人の教えに反しているんじゃないかと思われるものから
儒教と迎合したものまで種々雑多なんですね。

創価学会なんですが、最初は創価教育学会といいまして、
宗教団体ではありませんでした。それが、道徳教育には宗教が必要だという考えもあって
日蓮正宗へ参加します。でもって袂を分かつんですが、日蓮正宗方の言い分は
邪流に走ったから破門なんですが、創価学会方の思いは「散々、貢がせておいて
いらなくなったらポイっかい」というものです。
なので、創価学会は寺院も坊さんもおらず、葬式も友人葬として学会員で行います。
日蓮正宗が学会を池田教といえば創価学会は正宗を日顕宗と呼んだりしています。
悪く言えば、しいたげられても尽くしてきたのに、必要がなくなったら
あっさりとフラれたときの逆恨みとでもいいましょうか、
聖教新聞なんかを見るとあからさまな攻撃記事がありますね。
共通点と言えば、双方とも何か言えば必ず反論してくるところです。

仏壇に仏像がない理由ですが
現在の仏像というのは仏教を広めるために他の宗教の神様が仏に帰依したという
考えのもとできあがったもので、本来、釈迦が説いたものには偶像という概念が
ありませんでした。日蓮大聖人もまた釈迦が説いた仏法への回帰を目指していたため
正統な日蓮系には偶像崇拝はないんですね。

仏教には大きく浄土系と法華経系があります。
簡単に説明すると(ちゃんと信心がある人には怒られそうですが)
浄土系というのは「南無阿弥陀仏」さえ唱えていれば救われるというものです。
法華経系にはさらに密教系、禅宗系、日蓮系があります。
この中でも、古参、新興ともに団体が多いのが日蓮系でなんですね。
浄土系に対抗して「妙法蓮華経」さえ唱えていれば救われるという
日蓮大聖人の教えに反しているんじゃないかと思われるものから
儒教と迎合したものまで種々雑多なんですね。

創価学会な...続きを読む

Q素人がお経をあげることについて教えてください。

先日、とても良くしてくださった義母が亡くなりました。今49日前のお逮夜まいりをしているところです。今度の日曜日にもお骨のある実家へ行くのですが、私としては何か義母のために出来ることがあればと思い、本屋さんで「般若心経」というもの(とても簡単なものなのですが)購入しました。本を読みながらではありますが、これを読みたいと思っています。でも、私が良かれと思っても、見当違いのものであると残念だし、他の誰かの気持ちを害するといけないので、伺いたいと思いました。義母は特に信仰していた宗教はないようです。お葬式の時は「真言宗」の方がお経をあげてくださったと聞いています。(特にこちらからの指名ではなかったそうです)お逮夜参りの時は、特に他の親戚などはおらず、孫と義父と主人でやっています。主人は「色々宗教とかあって、それ、違うんじゃないの?」と別に嫌がっていませんが、良く解らない様子です。よろしくお願いいたします。何か義母のために出来ること、教えてください。

Aベストアンサー

真言宗でしたら、観音経、般若心経をあげたりしますよ。
お経の中でも短いお経なので、周りの方々にも迷惑にならないと思います。

あとは形式ばったものより、気持ちが一番大事ですので、お義母さんの生前、好物だったものを持って行ってあげると、きっと喜ばれると思いますよ。

真言宗でしたら、お仏壇から行事事から、きちんとされているので、敢えてこちらから気を利かせてする事、する物はないはずです。

般若心経は短いとはいえ、この世のすべてのお経をまとめたお経と言われています。
とても有り難いお経なのです。
一字一字、お義母さんの事を思い、大切に読んであげて下さいね。

Q宗派の違う寺で行う法事について

来月母の一回忌です。法要を考えているのですが、菩提寺がありません。近隣の寺に個人的に相談にいったところ檀家になるのが条件といわれました。私としては、檀家になっても、行事に参加ができないと思うので、法要だけとりおこなってくれるところを探しています。
葬儀や四十九日は葬儀屋さん、石屋さんのつてでご紹介いただいたお坊さんにお願いしました。
一回忌の件について仏具屋さんに相談したところ、近隣のお寺(浄土真宗)のお寺でも頼めるとのことでした。(我が家や日蓮宗です)
宗派が違う寺に頼むことについてなにか考えられる悪い点があればコメントお願いします。そちらのお寺さんは歩いて1分ほどなので、できればそちらでできないかと思っているのですが、日蓮宗の方でないとご先祖様に悪いような気もします。そして、宗派が違うお坊さんも日蓮宗の法要は行えるものなのでしょうか。

Aベストアンサー

なるほど、無責任なお坊さんが葬儀をしたものですね。葬儀を受けた以上、このような困りごとが生じないようにするのは僧侶として最低の義務です。

本題に入ります。

ほとんどの寺院は“檀家制”で運営されており、家の宗派は菩提寺の宗派によります。しかしこれは百年以上も前に廃止されたわずか二百年ほど続いた檀家制度(寺請け制度)の名残に過ぎません。
この檀家制は葬儀、法事法要、各種行事参加等、一連の寺檀づきあいを通して檀家を“教化(きょうけ)”することが目的です。一連の寺檀づきあいをすることが檀家教化の手段ですから法要だけ執り行ってもらおうとするのは違います(すべてのお付き合いが出来るとも限りませんが)。

檀家ではない一般の方々を自身を持って教化するお坊さんもいますが、檀家以外の法事を受けるお坊さんのほとんどは無責任にも何も考えていません。
ですから檀家以外の“(檀家としてではない)葬儀や法要だけをとりおこなう”お寺さんは信頼できないことが多々あります。葬儀と四十九日忌のお坊さんがいい例です。法事だけでも受けた以上、今後のこと(今後どうするか等)も責任を持つべきです。

また、一般の寺院は檀家以外との仏事のかかわりを嫌います。檀家には寺の方針を強制することが出来ますが、檀家でなければそれは出来ません。
お寺さんは閉鎖的なんです。

さて、貴家には菩提寺が無く、察するところ日蓮宗の教義を特に信奉しているわけでもなさそうなので、厳密には“本家(祖父母まで?)は日蓮宗だったので、母親も日蓮宗で葬儀等行った”という表現が適切です。
そこで貴家の場合はやはり菩提寺を定めるべきです。日蓮宗の教義を特に信奉しているわけではなく、分家なので、日蓮宗である必要もなく、先祖に失礼になることもありません(もちろん日蓮宗寺院でもかまいません)。

ところで、行事に参加できなくても檀家を教化する手段はたくさんあるはずです。行事等には参加すべきですが仕事が忙しくて参加できない人もいます。
ちなみに行事に参加できない者を檀家と認めなかったり、檀家以外とは一切かかわらないお坊さんは僧侶として失格です。

“檀家になるのが条件”と言われた近所の寺は行事に参加しなくては入檀を認めないといいましたか?
行事に参加できないことだけが檀家になれない理由ですか?
その寺が浄土真宗なんですか?
行事に参加しなくていいのなら浄土真宗寺院の檀家になってもかまわないのですか?

>宗派が違うお坊さんも日蓮宗の法要は行えるものなのでしょうか。

これは浄土真宗のお坊さんに日蓮宗徒の法要をしてもらえるか?ということかと思われます。
“日蓮宗の菩提寺の檀家だけれども菩提寺が遠くて近くに日蓮宗寺院もなく、浄土真宗寺院しかない”という場合なら、受けてくれる浄土真宗のお寺さんもあるかもしれません。
しかし歩いて1分ほどだからとか、「菩提寺は無いけれど絶対に日蓮宗である」との考えならば浄土真宗に限らず他宗で供養することは理に適わないと思われます(天台宗は除く)。

それに、単純に浄土真宗は“南無阿弥陀仏”、日蓮宗は“南無妙法蓮華経”ですから、浄土真宗のお寺が日蓮宗徒の法事をするかどうか・・・
※法華経の精神ではおかしくありませんが。

一周忌は、また石屋に紹介してもらうしかないかもしれません。

もっとも、お坊さんでなければ供養できないということはありませんし、回忌法要だけが供養の方法というわけでもありません。




今後変わっていくと思いますが、以上が現在の仏教界のやりかたです。

いい供養ができますように・・・

合 掌

なるほど、無責任なお坊さんが葬儀をしたものですね。葬儀を受けた以上、このような困りごとが生じないようにするのは僧侶として最低の義務です。

本題に入ります。

ほとんどの寺院は“檀家制”で運営されており、家の宗派は菩提寺の宗派によります。しかしこれは百年以上も前に廃止されたわずか二百年ほど続いた檀家制度(寺請け制度)の名残に過ぎません。
この檀家制は葬儀、法事法要、各種行事参加等、一連の寺檀づきあいを通して檀家を“教化(きょうけ)”することが目的です。一連の寺檀づきあいをすること...続きを読む

Q家は浄土宗ですが、仏壇の前で般若心経を唱えても差し支えないでしょうか?

家は浄土宗ですが、仏壇の前で般若心経を唱えても差し支えないでしょうか?

Aベストアンサー

我が家も浄土宗です。
毎朝、父がお仏壇にお経をあげています(おかげで私まで殆どのお経を覚えてしまいました)。
『香偈』→『三宝礼』…と30分くらいあげていますが、『送佛偈』の後で、「南無阿弥陀佛、南無阿弥陀佛、南無阿弥陀佛」と言ってから、「般若心経」が始まります。
なお、私の父は僧侶ではありません。五重相伝を受けて、既に「譽号」を頂いておりますが。
お隣が檀那寺(幼稚園も経営されており、私はその幼稚園を卒園しました)ですが、般若心経を唱えていけないとは聞いたことがありませんし、読経本の中に、般若心経も書かれています。

Qお通夜やお葬式で読まれるお経について(浄土宗)

先日大切な祖母が亡くなったのですが、お通夜やお葬式の時のお経について興味があり質問させていただきます。

以前、般若心経の現代語訳の本を読んで以来、その意味に感銘を受けすっかり虜になってしまいました。
そこで、祖母のお通夜とお葬式でも読経されるのかな?と思い注意深く聞いていたのですが、お焼香をしたり祖母との思い出を思い出したりしているうちにすっかり忘れてしまいました(笑)

調べてみたところ、般若心経は宗派もあまり関係なくあげられるとありましたので、もしかしたら読まれていたのかもしれないと思ったら気になってしまいました。

我が家は浄土宗なのですが、お通夜やお葬式であげれらるお経は「これ!」という決まったものがあるのでしょうか?

祖母は私にとって大事な存在でしたので、その祖母にどのような言葉が贈られた(?)のだろうかと気になったもので、
般若心経だけでなく、他のお経の意味についてもこれから勉強したいと思い質問させていただきました。

初歩的な質問で申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

>>我が家は浄土宗なのですが、お通夜やお葬式であげれらるお経は「これ!」という決まったものがあるのでしょうか?
ありますよ。差定(さじょう)といって基本的な作法・よむべきお経は決まっています。ただ地方や、寺院によって若干違いがあります。
 では基本的なものをご紹介します。

・通夜差定
1、香偈(こうげ)
我が心身を清らかにしたまえと念じ、香をたいて全ての世界時代の仏様に帰依し供養するという意味で、最初に読みます。
2、三宝礼(さんぼうらい)
佛(仏様)・法(仏教)・僧(僧侶を中心とした人々の集まり)という三つの宝を敬い帰依することをたたえる偈文。
3、三奉請(さんぶじょう)
一に阿弥陀さま、二にお釈迦さま、三にその他十方の仏さまがたをお招きする文です。
4、懺悔偈(さんげげ)←ざんげとはよみません。
自分自身が作った罪の全てを仏様の前で懺悔(さんげ)するためにお念仏する前にとなる偈文。
(十念・十回お念仏を声に出して称える。)
5、一尊哀愍(いっそんあいみん)
香偈の一種と思っていただければよいかと思います。
6、開経偈(かいきょうげ)
なかなかめぐり合えないお釈迦様の教えに人間に生まれてやっと出会えた喜びはなんいにもかえがたい。というような意味のお経をよむ前に称える偈文。
(焼香)
7、真身観文(しんじんかんもん)
浄土三部経のなかの『観無量寿経』のなかにとかれている、阿弥陀佛の姿を心の中で念じ観るという部分。
8、回向(えこう)
今まで積んだ功徳や善根を亡くなった故人に振り向ける。
9、降魔偈(ごうまげ)
仏教は煩悩を断ずるための教えであって、それは悪魔を切るの剣のようなもので、「南無阿弥陀佛」の念仏はどのような愚かな者であったとしても罪を滅ぼし浄土において煩悩を断ずることができるという、徳をたたえる偈文。在家のなくなった方に用いる偈文。
(十念)
10、摂益文(しょうやくもん)
『観無量寿経』の「光明徧照(こうみょうへんじょう) 十方世界(じっぽうせかい) 念仏衆生(ねんぶつしゅじょう) 摂取不捨(せっしゅふしゃ)」という文で、阿弥陀仏の光は全ての人に分け隔てなく注がれているが、南無阿弥陀佛と念仏する者は全てを受け入れられ捨てられることはない。という意味です。
11、念仏一会(ねんぶついちえ)
念仏の数の多少にかかわらずお念仏に出会い、お称えすること。
12、通夜回向(つやえこう)
お通夜読経や念仏の功徳を故人に振り向ける。
13、総回向偈(そうえこうげ)
全てのことを振り向けるための偈文。
14、同唱十念(どうしょうじゅうねん)
通夜に出席した人とともに、十回お念仏を称える。
15、総願偈(そうがんげ)
仏教の悟りを志す人たちが誓うべき四弘誓願の意味を表す偈文。

・葬儀差定
1、四奉請(しぶじょう)
三奉請の一に阿弥陀さま、二にお釈迦さま、三にその他全ての世界の仏に、四つに観音菩薩・勢至菩薩や全ての菩薩お招きする文。
2、懺悔偈
上記通夜4の通りです。
(十念)
3、根本陀羅尼(こんぽんだらに)
ノウボウアラタンノウタラヤーヤー ノウマクアリャミターバーヤー タタギャタヤアラカテイ サンミャクサンボダヤ タニャタオンアミリテイ アミリトウドハンベイ アミリタサンバンベイ アミリタギャラベイ アミリタシッデイ アミリタテイセイ アミリタビキランデイ アミリタビキランダギャミネイ アミリタギャギャノウキチキャレイ アミリタドンドビソバレイ サラバアラタサダニエイ サラバキャラマキレイシャキシャヨウギャレイ ソワカ
という、阿弥陀佛を讃える言葉をサンスクリット語という古代インド語で読むものです。
4、本誓偈(ほんぜいげ)
真実だ物が立てた本願の要旨は全ての人々を極楽往生させることで、阿弥陀佛の心にかなうためには念仏し速やかに極楽往生し、不退転の位に住すことであるという偈文。
(十念)
5、歎佛偈(たんぶつげ)
『勝鬘経』の一節で、仏の体も智慧も全てすばらしいものであると称賛する偈文。
6、下炬(あご)
導師がたいまつをもって引導を渡すこと。
(十念)
7、開経偈
上記通夜6の通りです。
(焼香)
8、歎佛頌(たんぶつじゅ)
『無量寿経』上に、阿弥陀佛が仏になる前の法蔵菩薩という菩薩であった頃、師匠である世自在王佛を賛嘆した偈文。
9、摂益文
上記通夜10の通りです
10、念仏一会
上記通夜11の通りです。
11、回向
上記通夜12の通りです。
12、総回向偈
上記通夜13の通りです。
13、同唱十念
上記通夜14の通りです。
14総願偈、
上記通夜15の通りです。

です。ですから、
>>祖母のお通夜とお葬式でも読経されるのかな?
とご質問の中にありますが、通夜葬儀ではよまれていません。
 浄土宗は基本的に南無阿弥陀佛の念仏を称えて阿弥陀佛の他力によって極楽に往生させてもらうという教えですから、自力修行によって「空」という境地を体得していくための『般若心経』は中心としてよむお経ではありません。ですから、浄土宗の流れを組む浄土真宗では、『般若心経』は一切よみません。あくまで、浄土宗でよまれる『般若心経』も補助的な意味で読まれるものです。
 浄土宗で中心としてよむお経は「浄土三部経」とよばれる三つのお経です。それは『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』の三つです。この三つのお経は、『妙法蓮華経(法華経)』や『般若心経』と並んでメジャーなものですから、現代語訳や解説書はかなり出ていますから書店でも探しやすいものであると思います。

>>祖母は私にとって大事な存在でしたので、その祖母にどのような言葉が贈られた(?)のだろうかと気になったもので、
浄土宗や浄土真宗・時宗と言った浄土教と呼ばれる仏教には、還相回向(げんそうえこう)という考えがあって、亡くなったかたは仏様になっていつでも私たちの隣にいて見守り導こうとしてくださるといいます。
たしかに、通夜葬儀はなくなった方のためであるかもしれません。けれども、仏教の本当の目的は私たち生きている人間がどのように生きていくかです。ですから、通夜葬儀のお経はは亡くなった故人が「私たちに向って」送ってくださった「このように生きていきなさい」というメッセージであるかもしれませんよ。
 
>>般若心経だけでなく、他のお経の意味についてもこれから勉強したいと思い質問させていただきました。
 非常にすばらしいことです。浄土三部経の一つ『阿弥陀経』のなかには「倶会一処(うえいっしょ)」阿弥陀仏の極楽浄土を目指して念仏を称えるものは、今一度極楽浄土で会うことが約束されているという意味です。ですから、浄土宗の通夜葬儀はさようならする会ではなく、極楽浄土で今一度会う再会の喜ぶを分かちあくことを約束する会なのです。だからこそ、自分自身がしっかりお念仏を声に出すことで阿弥陀仏とまたは故人と一生懸命生き抜いて後亡くなっと時には極楽浄土に向うことを約束することで、故人も「また会えるのか嬉しいんぁ」と安心して極楽に向うことができるのです。
 浄土三部経の中には『般若心経』とはまた違った仏教の味わいが書かれています。仏教は味わいがいのある宗教であり、味わいがいのある哲学でもあります。いろいろ興味深いことがたくさん出てくると思います。

長々書き連ねましたが、まとまらない稚文のため文意を読み取っていただきたく思います。至らないところがあれば、続けて回答させていただきます。
合掌 南無阿弥陀佛

>>我が家は浄土宗なのですが、お通夜やお葬式であげれらるお経は「これ!」という決まったものがあるのでしょうか?
ありますよ。差定(さじょう)といって基本的な作法・よむべきお経は決まっています。ただ地方や、寺院によって若干違いがあります。
 では基本的なものをご紹介します。

・通夜差定
1、香偈(こうげ)
我が心身を清らかにしたまえと念じ、香をたいて全ての世界時代の仏様に帰依し供養するという意味で、最初に読みます。
2、三宝礼(さんぼうらい)
佛(仏様)・法(仏教)・僧(...続きを読む

Q南無妙法蓮華経と唱えるお隣さんの宗派は?

マンションのお隣のご婦人が、この半年ほど毎朝毎晩かなり大きな声で
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、なむみょうほうれんげきょ~おおおお…」
で始まるお題目(?)を唱えています。
この後は普通に「○○ちゃん、●●ちゃんがいじめにあいませんように、
いじめに巻き込まれませんように…」といったお孫さん(?)達を
一日守って下さい、とお願いする文章が続きます。
毎日同じ内容で、お互いに窓を閉めていても半分以上の内容が
聞き取れるほど大声で唱えています。(同じ個所で必ず小声になったり
「あちょ~ん!」(と聞こえます)と高音で叫んだりもします)

最初のうちはそれぞれ10~20分程度だから、と気にならなかったのですが
半年以上聞かされるとさすがに「どの宗派だろう」と気になってきました。
創価学会はお題目を大声で唱える、と聞いた事があるのですが
「南無妙法蓮華経」だけを何度も唱えるのかと思っていましたが…。

これだけで判断できるものかわかりませんが、もしおわかりでしたら
教えてください。

Aベストアンサー

日蓮 を発祥とする宗教派閥です
日蓮宗以外にも 知られているのでは 日蓮正宗(創価学会)もあります
本門宗 本門仏立宗など たくさんあります
私の嫁の実家が 本門仏立宗で 木琴をたたきながら 木魚も叩き 浄土真宗の私にはやかましいと感じる御経です
御経の途中に 南無妙法蓮華経と 数分となえます
参考になれば 幸いです

参考URL:http://www.kosaiji.org/hokke/nichiren/honzan/taha.htm

Q浄土真宗の新盆の迎え方について

昨年秋、母が亡くなりました。
当然、今年は新盆を迎えるのですが、私の家は浄土真宗です。ネットなどで調べたところ、浄土真宗ではお盆に特別なことをしない(霊魂が帰ってくると言う考え方はない)ようですが、新盆にも当てはまるのでしょうか?
なぜこれで悩むかと言うと、私は早くに父を亡くし母と二人暮しでしたが、お盆には迎え火と送り火を焚きお飾りをし、という日本のごく普通のお盆の迎え方をしていました。ただ、菩提寺は現住所の他県にあって遠いため、お坊さんをお呼びしてお経を上げてもらったり、お墓参りはしていませんでした(数年に1度くらいは行ってましたが)。
父が亡くなったのは私が小学生のときでしたが、白いお盆ちょうちんを飾ったのは覚えてるんですが、それ以外の記憶はないんです。
母が亡くなったときは菩提寺がない状態でこちらにお墓を買っていたので、葬儀屋さんの紹介で葬儀の時にお世話になった住職さんに49日まではお世話になりました。実はその方から法要についての冊子をもらってあったんですが見つかりません。
お盆のときの作法はどうなのか、そもそもお坊さんには来てもらうのか、もう細かいところから全くわかりません。どなたか詳しい方がおられたら、教えていただけないでしょうか。
ちなみに、私の住所では7月にお盆を行うのが慣習のようですが、うちでは8月にやっていました。私の仕事の関係で、母の初盆も8月にしようと思っています。
よろしくお願いします。
また、文面中もし失礼なところがあったらご容赦ください。

昨年秋、母が亡くなりました。
当然、今年は新盆を迎えるのですが、私の家は浄土真宗です。ネットなどで調べたところ、浄土真宗ではお盆に特別なことをしない(霊魂が帰ってくると言う考え方はない)ようですが、新盆にも当てはまるのでしょうか?
なぜこれで悩むかと言うと、私は早くに父を亡くし母と二人暮しでしたが、お盆には迎え火と送り火を焚きお飾りをし、という日本のごく普通のお盆の迎え方をしていました。ただ、菩提寺は現住所の他県にあって遠いため、お坊さんをお呼びしてお経を上げてもらったり、...続きを読む

Aベストアンサー

自己紹介欄にあるように、浄土真宗の坊さんです(^○^)

>新盆にも当てはまるのでしょうか?

そのとおりです。お盆という行事は仏教のものではなく(他の仏教国にはそのような行事が無い)、中国経由で仏教が伝わる際に、シルクロードを通って伝わった他の宗教行事とミックスして、日本で独自に発展したもので、仏教の心を味わうには伝統的な意味で必要な行事でありますが、霊魂が帰ってくると言う考え方は仏教には無いので、浄土真宗ではそのような考え方につながるお盆での特別なことはいたしません。新盆でも同じことです。
なお、お盆の行事は、宗教行事というよりも地方独自の民族行事ともなっておりますので、日本全国一律の作法があるのではなく、地方ごとに、その土地の特産物などを取り入れた独自の飾りつけも残っています。その中には、浄土真宗では行わないことになっている提灯や灯籠等もありますが、迎え火や送り火は全国的に浄土真宗では行っていません。

なお、お母さまがご往生の際にご縁のお寺があるようですが、冊子等は、再度申し出ればすぐにいただけると思います。気にせずに「見つからないので・・・ください」と言えば良いのです。そのためのお寺です。

>そもそもお坊さんには来てもらうのか、
来てもらうか、来てもらわないかは、亡きお母様のご往生には関係がありません。したがって、亡きお母様にとって、どちらもプラスとかマイナスとかではないので、ご自身にとって、どのように新盆を迎えるのが良いかでご判断ください。自宅に呼ぶのも良し、よばないのも良し、本山や別院のお盆法要に参加するのでも良し・・・何でも良しです。
浄土真宗は、「ああしなければいけない」とか「高しなければダメ」ということは少ないです。ただ、他宗と比べると、「する必要が無いからやらない」ということが多いだけです。
合掌

自己紹介欄にあるように、浄土真宗の坊さんです(^○^)

>新盆にも当てはまるのでしょうか?

そのとおりです。お盆という行事は仏教のものではなく(他の仏教国にはそのような行事が無い)、中国経由で仏教が伝わる際に、シルクロードを通って伝わった他の宗教行事とミックスして、日本で独自に発展したもので、仏教の心を味わうには伝統的な意味で必要な行事でありますが、霊魂が帰ってくると言う考え方は仏教には無いので、浄土真宗ではそのような考え方につながるお盆での特別なことはいたしません。新盆でも...続きを読む


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