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戦争や災害などで一度全壊した後に再建・復元したものは世界遺産に登録できるでしょうか?
全壊・復元したのが何百年も前ならいくらでも例があるので除きます。
修復のために一旦取り壊した例も除きます。

例えば以下のようなパターンの場合登録できるのでしょうか?

パターンA
西暦835年 完成
1612年 全壊(写真は当然存在しないが設計図や建物を描いた絵は残っている)
2005年 再建

パターンB
西暦835年 完成
1906年 全壊(写真も設計図も残っている)
2005年 再建

パターンC
西暦835年 完成
2002年 全壊
2005年 再建

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A 回答 (4件)

A~Cいずれの場合であっても全壊・再建の年代では重要文化財指定や世界遺産登録の可否の判断基準にはなりません。


問題は「再建」した時に「創建時(もしくは指定文化財や世界遺産として評価される時点)での部材」をどれだけ再使用して再建しているかが評価の分かれ目です。
パターンAでも旧部材を全く使用せずに再建していれば指定・登録はされません。
パターンCでも旧部材をほとんど使用して再建していれば指定・登録の対象になりえます。

法隆寺の世界遺産登録申請で問題にされたのは「創建時の部材の少なさ」だという話を聞いたことがあります。法隆寺は創建以来何度か解体修理がされ、腐食した部材の交換や改築が行われていたからです。
欧州の石造建物のように「数千年前の建物部材が現在の建物でも使われている」のとは全く違うからです。
しかし、これは木造建築物の特性であり、これを否定すること木造文化の否定にもつながり、「まったく新部材ではなく旧部材を極力使用しながら現在に至っている」ということを丁寧に説明して登録に至ったとのことです。

他の回答で「復元されたたてものも世界遺産に登録されている」としていますが、いずれの場合も「世界遺産に登録された史跡に再現されたもの」であってその建物そのものが重要文化財や世界遺産登録されているわけではありません。
逆に移築された建物でも旧部材を多く使用していれば重要文化財に指定されることもあります。実際、明治村に移築された建物のいくつかは重要文化財指定を受けています。

復元された建物も今後歴史を経れば別な意味での重要文化財や世界遺産になることはあるかもしれません。

現在、鎌倉が「武士の古都・鎌倉」として世界遺産登録申請をしていますが、鎌倉時代の建造物がないことが登録へのネックの一つともいわれています。


例えば「フランクロイドの建築物群」を世界遺産に登録しようとした時には明治村に移築されている「帝国ホテル中央玄関」は世界遺産登録されるかもしれません(現実的には建物の一部分なので難しいでしょうが、オリジナル建物の一部ではあるので少なくとも候補になるはずです)。
しかし、「帝国ホテル」を世界遺産登録しようしたら移築されてしまった建物は対象にはならないでしょう。
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この回答へのお礼

再建ではない例ばかり挙げているひねくれた回答が一部にありましたが、
(その方は投稿ブロックにしておきました)
その他の皆様回答ありがとうございました。

お礼日時:2012/12/25 09:44

鹿苑寺舎利殿(金閣)は火災により炎上し、再建された建造物ですが、指定を受けています。


法隆寺金堂も解体中の火災によって初層部分を焼失していますが、残った部材に新しい建材を加えて再建されています。

後、有名なところではワルシャワ歴史地区があります。これは第二次大戦で徹底的に破壊されたのを旧態どおりに再建したものです。

ですから、Bにあたる事例は多いです。
Cはちょっと思いつきませんが、ヨーロッパに多い「旧市街」とか「歴史地区」というのは、生きている街ですから、火災などで焼失すれば、焼け跡のままではなく、同じデザインでの建て替えは行われているはずです。

Aは薬師寺西塔が該当するかと思います(1528年焼失、1981年再建)。
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私は専門家ではありませんので、正確な回答になるかどうかはわかりませんが、ご容赦下さい。



日本の世界遺産(文化遺産)でも、復元された建造物はあります。 

★『古都奈良の文化財』の中には、「平城宮跡」も指定されています。
    その内の一つ「朱雀門」は、1998年に復元されたものです。
    同じく、建物ではありませんが「東院庭園」も復元されたものです。

★『琉球王国のグスク及び関連遺産群』では、「首里城跡」もそうです。
    第二次世界大戦で、すべてが破壊されたのですが、
    1992年に正殿や北殿などが復元されました。

私が推察するに、
「文化遺産の登録基準」には、
4)人類の歴史の重要な段階を物語る建築様式、
  あるいは建築的または技術的な集合体、あるいは景観に関する
  すぐれた見本であること
という項目があります。

どちらも、「○○跡」という名称になっていますので、
登録基準に合致する建造物であれば、復元したものでも、
名称さえ「跡」を付ければ登録可能なのではないでしょうか。
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これができるのならば「明治村」とかも世界遺産に登録できることになります。


東大阪にはホワイトハウスが、江坂には自由の女神がありますが世界遺産には
なっていません。福井県には日本最大の大仏がありますが、観光客は
1ヶ月50人くらいです。

例えば、パルテノン神殿と同じ物を今作って何の意味があるでしょうか?
ブルドーザー2台、クレーン2台、と人員30名程度、大理石500トン、
コンクリート10トンくらいあればできます。
数千万円でできるのではないでしょうか?
高級住宅よりも安い値段です。
ギリシャ時代に作ったから意味があるのです。

この回答への補足

「同じ場所に復元する」ということです。
さすがに違う場所に造った何の関連もない建物が登録できないのは当然です。

補足日時:2012/10/20 11:44
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この回答へのお礼

>これができるのならば「明治村」とかも世界遺産に登録できることになります。

登録条件を満たしているか、世界遺産になれるだけのレベルかどうか、(最初の質問の通り)復元したものでも登録できるか、という点を除けば
明治村の建築物が世界遺産になっても決して不思議なことばありませんが……?

お礼日時:2012/10/20 12:10

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Q近年再建された文化財

よろしくお願いします。

日本にある、有名な文化財で近年(昭和以降)再建されたものは、どのようなものがありますか?

できるだけ多く例があれば嬉しいです。

Aベストアンサー

 ★世界遺産に登録されている平城京跡の大極殿や朱雀門ですね。建物自体はまだ文化財とまではいきませんが。

 ★興福寺で中金堂を再建中です。まだ完成されてません。

 ★京都東山東福寺の本堂(仏殿兼法堂)は明治14年に焼失し、昭和9年に再建されました。

 ★ボタンや登廊で有名な長谷寺は昭和29年に明治9年に焼失した三重塔跡北側に五重塔を建立された。これは別のものなので再建ではないですが。

 ★薬師寺白鳳伽藍の西塔・金堂・講堂・伽藍などは昭和50年代になって次々と再建されました。

 ★新薬師寺の本堂内にある国宝十二神将のうち、一体(波夷羅大将)だけは昭和時代に作られました。なのでこれは国宝ではありません。

 ★真言宗高野山派の総本山の金剛峯寺の壇上伽藍の金堂・根本大塔は昭和時代の再建です。

 ★日本最古の寺の一つとして有名な大阪の四天王寺は一番中心の部分、金堂・講堂・五重塔・回廊などは昭和30年代に再建された鉄筋コンクリートです。

 切りがありませんが、歴史があり、国宝の諸仏があるような有名なお寺でも、その一番重要な本堂や金堂などが昭和時代になって再建された例は本当にたくさんあります。

 歴史的に新しいものが多いので、まだ(重要)文化財としての登録はなされていないと思います。

 ★世界遺産に登録されている平城京跡の大極殿や朱雀門ですね。建物自体はまだ文化財とまではいきませんが。

 ★興福寺で中金堂を再建中です。まだ完成されてません。

 ★京都東山東福寺の本堂(仏殿兼法堂)は明治14年に焼失し、昭和9年に再建されました。

 ★ボタンや登廊で有名な長谷寺は昭和29年に明治9年に焼失した三重塔跡北側に五重塔を建立された。これは別のものなので再建ではないですが。

 ★薬師寺白鳳伽藍の西塔・金堂・講堂・伽藍などは昭和50年代になって次々と再建されました。

 ★新薬師寺...続きを読む


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