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早稲田大学卒業の年配(おおむね60代以上)の方は、よく大学の話になると
「いやあ、私なんか早稲田ですから。
 田舎者でも入れるような二流大学でしたから・・・」
と謙遜します。
早稲田卒業なら立派に自慢できる経歴だと思うのですが、どうして早稲田卒を謙遜・卑下するのでしょうか?

1 本当に、昔はバカしか入れない大学だったから。
2 本当は東大京大に行きたかった。同級生もみんな東大京大なので、早稲田は恥ずかしい、とおもっているから。
3 年配の人は謙譲の美徳を常としているので、単に謙遜しているだけ。
4 早稲田は早稲田でも実は夜間部卒だった。
5 本当は早稲田大学ではなく、バカ田大学の卒業生。
6 そのほか。

もし、昔はホントにバカだったとしたら、いつごろから偏差値の高い学生が集まるようになったのでしょうか?

早稲田関係者の方、ご回答お願いします。

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A 回答 (6件)

昭和41年に早稲田大学に入学しました。


昭和41年は、早稲田の学費値上げのストライキで授業が開始できず、入学式が5月にずれ込みました。

当時はまだ日本は貧しかったので
普通レベルの国立大学>早稲田大学
でありました。
埼玉大学に合格した同級生は
埼玉大学>早稲田大学
と言っておりました。

確かに二つのことは言えました。
1.国立大学に入学すると親に経済的負担をかけない。つまり孝行息子であると。
2.早稲田しか受けない学生は三科目を必死にやれば入れる。しかし、国立は科目が多いから必死に三科目やっても入れない。つまり国立大学の学生は付け焼刃ではなく本物の優等生だ。

私も素直に上記を認め
普通レベルの国立大学>早稲田大学
だと思っておりました。

ところが日本が高度成長で豊かになってから評価が変わりました。
「私立でもいいよ」と言ってくれる親が増えました。

考えてみれば、お金があるなら埼玉大学に入るより、早稲田のほうが楽しそうです。四年間の学生生活をエンジョイできそうだし、卒業生も多い。で、今では
早稲田>普通レベルの国立大学
となっているようです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

早稲田の高偏差値化は国民経済が豊かになったのが理由なんですね。

お礼日時:2012/10/29 07:21

こんにちは。



私の身近な例では2に該当すると思います。

叔父(父の弟)が、早稲田大学の政経学部卒で某大企業の経理課長を経験してから、公認会計士の資格を取得した後に独立して公認会計事務所を営んでました。
(※10数年前に83歳で亡くなってます)

その、叔父の息子は東京工業大学(長男)と東京大学(三男)を卒業してますから、次男(法政大学卒)のことを生前はバカ者扱いにしてましたし、自身の早稲田大学卒業も当時の東京帝国大学(東大)に入れなかった学力に引け目を持ってたようです。

また、私の姉三人の内、二番目の姉が東京大学(経済学部)卒業で某総合商社に勤務して婚期を逸しましたが、晩婚ながら早稲田大学卒の会社役員と結婚しました。

姉の夫になった義兄も、東大卒の姉には引け目を感じてるようで、1人娘を東京大学(薬学部卒業後に医学部も卒業)に入れてます。

ただ、東大卒の従兄は奥さんも東大卒ですが、長男は東京芸術大学を卒業させ画家にさせてますし、次男は東京大学(理3)合格を辞退して息子が希望した慶應医学部を卒業させて外科医に育ててますから、夫婦揃って東大卒になると早稲田大学や慶應大学も認めるのではないでしょうか?
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。


私には想像もつかないほどの高学歴一族なんですね。
うらやましいです。

お礼日時:2012/10/29 07:20

 現在の大学入試地図が固まったのは、昭和40年代初期、つまりベビーブーム世代が大量に進学し、大学新増設が盛んであったころだと思われます。



 そのころまで、国立大学の入試は、基本的には学部間の差がなく、同一問題、同一配点が普通でした。つまり5教科7科目(社会と理科が2科目選択)の学習が必須だということです。これだと、どの科目も平均して点が取れる受験生でなければ見込みがなく、理系が苦手な受験生は私学を目指すことになります。

 だから、総合点が高い優等生は国立を目指し、得意と不得意の差が大きな生徒ははじめから早慶を志望しました。多分、そのあたりの事情が、今でも記憶に残っているのではないでしょうか。

 その頃の早稲田の入試問題は難しかったな。国立志望組には歯が立たなかった。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

最近の私立大学はもっと受験科目数の少ない所もあるようですね。
幅広く勉強しなくてはならない国立志願者の方が大変ですね。

お礼日時:2012/10/29 07:19

http://aoki-education-rc.blogspot.jp/2012/06/blo …

No2の 1961年のデータと 1975年(私の実感に近い)データの比較があります
http://ameblo.jp/ssasamamaru/entry-10092068383.h …
これが 1961年のデータの元らしいです。印刷物の写真だから、ネット内での数字の操作はないとおもいます。

早稲田の政経 65 ってのは先程のミニ東大という感触ですね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

早稲田の政経学部は偏差値高いですね。

お礼日時:2012/10/29 07:18

http://www.inter-edu.com/forum/read.php?20,1671365

まぁ だいたいこんなものだったんでしょう。

60代の人間ですと、一期校 二期校があり、関東ですと東大を落ちると二期校で横浜国大というのがオーソドックス。
見ると 当時は東大の文系だと 現在の文一と文二がいっしょだったんだぁ。

30年前位以上私が高校を卒業した時に同窓会会長(存命なら100歳くらいかな)が卒業式で
「皆さん、受験頑張ってください。私の頃は早稲田は無試験だったのに、最近は難しいらしいですね」
なんて、曰わっていた。

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3927.html
大学進学率自体が低くかったしなぁ。

1979年の共通一次により、国立が基本的には一発勝負になったのと、国立大の授業料アップ
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chuky …
1990年ころ

この変更影響が現在に反映しているかと。

私は1979年の入学組だが、その頃はすでに早稲田大学は「ミニ東大」とか言われていた。
二つ意味があって、ひとつは「東大とは違う価値観」を早稲田を持っていたのに、今はないというのと、東大並みの難しさだというもの。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

「早稲田は無試験」というのは、本当に無試験なのではなく、無試験に等しいくらい、入試問題が易しい、という意味ですよね。

お礼日時:2012/10/29 07:17

2と3もしくは3ということでしょう。


私が入試を受けた30年近く前でも早稲田は慶應と並んで私学ではトップでしたよ。60歳ぐらいの人の頃でも変わりませんよ。まあ、60以上だと戦後すぐに大学入学でしょうから、今ほど競争は激しくないでしょうけど、だいたいその年代で大学に行くというのはかなり裕福だったり優秀だったりじゃ無いと行かないはずです。
ですから、基本的に謙遜だと思いますし、ほんとうに早稲田で劣等感を感じているなら、進学校出身で同級生が旧帝大(東大、京大など)系の国立に行っていて、自分は落ちたという形で早稲田に入った人なんでしょう。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

謙遜なんですね。

お礼日時:2012/10/29 07:15

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Q1950年代から1990年中期までの早稲田大学と慶應義塾大学の印象は?

1950年代から1990年中期までの早稲田大学と慶應義塾大学の印象は?

終戦後の1950年から1999年までの早稲田大学と慶應義塾大学について,
皆様はそれぞれどういう印象がありますか?

早稲田でしたら「個性の集まり」「吉永小百合の母校」
「今ほどの高レベルではなかった」「野球とラグビーと駅伝」など,
慶応義塾でしたら「坊っちゃん学校」「経済学部が著名」など
いろいろ各校で印象があるでしょうが, 聞かせてください!

後慶應義塾大学についてはIII部(通信教育)の法学部政治学科で
どのような教育が現在なされているかも分かる人がいたら教えてください!

Aベストアンサー

現在は文学部が就職に不利というイメージから低い評価を受けていますが、当時は早大文、慶大文は評価が高く数々の著名人を輩出していました。慶應商学部、早稲田法、商も当然にして人気がありました。どうしても慶應にという人は妥協して法学部に入りました。どうしても早稲田という人は、教育、第二部(夜間)の文・法・商・政経(その後の社学)という選択ですね。森喜朗もサッカーの川淵氏も二部出身者です。
当時の慶應法は中央法や早稲田法に比較すると無名に近い存在でしたが、入試に数学が必須だったので、中央や早稲田の法学部生に比べてより国立大学に近い文系科目、理系科目にバランスのとれた学力を持っていたのでしょう。
中央は法学部のほかに商学部、特に会計学科は名門です。当時もかなりの難関でした。公認会計士に3年生4年生が合格するのが珍しくない大学なんてそうそうありませんから。

Q昔と今の大学受験の難易度

この質問までの経緯を説明しますと

<高校で>
担任「今は少子化で、選ばなきゃ誰でも大学に入れるからねー。お前らは幸せっちゃ幸せだよねー。俺らのときは、ベビーブームって言って、倍率とか大変な数字だったから、きつかったんだけどね・・・今より受験は難しかったよ。」

<予備校で>
英語講師「長文も昔と比べるとすごいレベルが上がったんだよね。昔の早慶の英語も今みたら、楽に感じるよ。そんだけ求められてるものが増えたんだろうね。」

数学講師「医学部の数学なんかも、昔はもう少し易しかった。理工系のが、全然難しかった。全体的に難化してる。」


どっちもなにか違和感あるんですけど、実際はどうなんでしょうか。
科目ごとの評価でも構いませんので、お聞かせください。

Aベストアンサー

僕もNO2さんに賛成ですね。
単純に大学がどんどん定員を増加し続けてるので入学が簡単になるのは当たり前です。

と言うか大学側のスタンスが「優秀層を採る」から「育てる」方にシフトしてる部分が大きいです。
大学の入試科はそれで採ってるのに、その考え方が大学全体に一体化無く、昔のスタンスで講義を進めようとする教授が多いのが問題ではないかと思います。組織の問題ですね。
要するに育てる能力が低い=無能だと言う事ですけれど。
例えば外国人学生はどんどん増えてますが、日本語で授業をしてスコアが悪いのをその学生の責任にするようなものです。英語なら理解できたかもしれないし、適切な語学サポートがあれば優秀だったのかもしれない。数学受験で入ってないのに、それも分かっておらず「数学の能力が低い」と言ってプンプン怒ってる。そういう先生は少なくないですね。

事実、東大入学レベルは上位0.8%ぐらいなんですけど、ハーバードは上位5%程度で入れます。
でも後者の方が圧倒的にレベルは高いですよね。
日本は多様な人材を採ってそこから育てて行こうって言う欧米型にシフトしてる印象を受けます。
プロ野球のスカウトと同じですね。
4番バッターばっかり採っても勝てないんですよ。
それで使えなかったら可哀相だけどこぼれていくだけだし。
いまの大学入試ってそういう感じですよ。


個人的に、試験自体は「受験地獄」と言われた80年代の第二次ベビーブームから90年代前半が最難関だったと思います。特に都市圏の私立は難関で日当駒船なんかでも浪人生があふれてました。
医学部も難関だったのですが、一気に難関化したのはバブル崩壊以後の1990年代中盤からですね。
今の医学部は医療費抑制が話題になる中で医師ブームも落ち着いたし、医学部定員はその時期の200%になろうとしてますから最難関の時期に比較すれば簡単にはなってます。まだまだムズかしいですけど90年代後半の医学部ってギャグみたいにムズかったですから。
薬学部などは90年代に乱立した為に易化がとても進んでますけどね。
バブル崩壊後はあらゆる業界が不況でリストラも進まなかった為に大手企業が0採用などを行いました。結果悲惨なものになりましたし、特に割を食ったのは事務や営業の担い手の文系職でした。
よって国立理系、公務員、医師などが手堅いと言うことで一気に難化しましたね。
親に聞いたら当時の公務員なんか「滑り止め」「コネばっかり」だったそうですから、今の時代とだいぶ違いますよ。


そういう「流れ」みたいなものはあると思いますよ。
日本ではマイナーですけどIIT(インド)や北京大(中国)は1000人に1人の秀才しか受からないと聞きます。じゃあ東大と比べてどっちが上か?って言うとランキング上は圧倒的に東大なんです。
人口が違うんですから国によって難易度が違うのは当たり前のことです。


今の大学の試験自体は易化してると思います。
一方で過去の人の映像インタビューを見てみるととてもレベルが低いですし、プレゼン能力は無いなと思います。
バブルだけでなく6,70年代も面接はほとんど「がんばります」で受かった時代だったと思われます。
英会話能力やネット関連の能力も相当低かったでしょう。求められてないし、機材も無かったですから。
1970年の大阪万博のガイドの英語を聞いてると相当酷いですからね。
でも当時は日本で最高峰の才媛で英語の得意な女子大生ばっかりだったと聞きます。
あれぐらい喋れる奴はいまの大学生では腐るほどいますからね。
要するに試験自体は易化してるけど、若い世代が特別あほなわけではないだろうと言うのが僕の意見です。
もし試験内容がプレゼンと英会話、ワードエクセルなどのIT系であれば、現代の若者の圧勝ですよ。

こういうのは気にしないでいいと思います。
また時代そのものより個人の努力や優秀性が大事だと思いますよ。
日本が文明開化する前後で英語やオランダ語を取得したのは漢文(中国語)素読を幼少期に行っていた武士の若者たちでした。
「生まれた時代が悪かった」なんて言わずに一生懸命に英語を勉強してたようですし、以後の世代の庶民なんかよりずっと立派な英語を使いました。
だから優秀な奴も無能な奴もどの世代も一定存在するんだと思います。

僕もNO2さんに賛成ですね。
単純に大学がどんどん定員を増加し続けてるので入学が簡単になるのは当たり前です。

と言うか大学側のスタンスが「優秀層を採る」から「育てる」方にシフトしてる部分が大きいです。
大学の入試科はそれで採ってるのに、その考え方が大学全体に一体化無く、昔のスタンスで講義を進めようとする教授が多いのが問題ではないかと思います。組織の問題ですね。
要するに育てる能力が低い=無能だと言う事ですけれど。
例えば外国人学生はどんどん増えてますが、日本語で授業をしてスコアが...続きを読む

Q3、40年前の私立大学入試

3、40年前は、私立大学は今ほど人気がなく、早慶でも、そこまで難易度は高くはなかったという話を聞いたのですが、これは事実でしょうか?

Aベストアンサー

本当です。30年前か、40年前かというので、話は違ってくると思います。

当時は、頭がよくて、なおかつ裕福な人だけ大学に進学する傾向がありましたから、競争率自体は、低かったと思われます。

県立のトップ高校でも、進学せずに就職したり、結婚する人が結構いましたから。

また、早慶だけでなく、願書さえ出せば合格する大学もあったそうです。(青山学院大学とか日本大学など)。

今から45年位前の話です。


親がそうそうたる大学を出ていても、子供はそれに及ばずというケースも多々ありますよね。
そういうのも、時代背景とか関連があるのかもしれないです。

でも当時は、国立大学の人気が高く、旧帝大なんか今よりはるかに難しかったものと思われます。

Qひとむかし前の大学受験は?

1960~1980頃の大学受験がどんな感じだったのか知りたいのですが
当時のことを書いてあるサイトや書籍をおしえてください。

Aベストアンサー

60年代末期~70年代初頭にかけては大学紛争がピーク。
東大医学部の学生がインターン制度に抗議。これに端を発し、またたく間に全国の大学に広がりましたね。東大に限らず以前より他大学医学部でも登録制度に対する問題はあったようで、また、多くの国公立・私立でも学費値上げ等に対する反対や抗議はあったようで、ここにきて一気に紛争に発展。
確か東大はその年の入試を中止したと思います。それほどに国を揺るがす出来事だったのです。

あと、国立大は一期校と二期校があり前者が一流(メジャー)、後者が二流(マイナー)というイメージがあり受験生や家族もそういった色眼がねで捉えていて、特にへんぴな地方国立大に行くより華やかな都市部の私立大へ行く傾向は当時からあったようです。

入試偏差値は当時も今も大きく変わりはないかと。今も昔もいい大学は入試の難易度が高いのも変りません。
東大・京大、をはじめ旧帝大、一橋、東工大、東京医科歯科、全国の国公立医学部・歯学部、をトップとし(偏差値:60以上)、私立では関東の早・慶、立教、明治、中央。関西では同志社、関学、といった特に伝統的名門校が上位で、理系単科大では東京医科、日本医科、順天堂医学部、東京理科、芝浦工大、東京歯科。女子大は津田塾、東京女子、日本女子、など。(偏差値:概ね、文系60以上、理系55以上)

60年代末期~70年代初頭にかけては大学紛争がピーク。
東大医学部の学生がインターン制度に抗議。これに端を発し、またたく間に全国の大学に広がりましたね。東大に限らず以前より他大学医学部でも登録制度に対する問題はあったようで、また、多くの国公立・私立でも学費値上げ等に対する反対や抗議はあったようで、ここにきて一気に紛争に発展。
確か東大はその年の入試を中止したと思います。それほどに国を揺るがす出来事だったのです。

あと、国立大は一期校と二期校があり前者が一流(メジャー)、後者...続きを読む

Q戦前の大学の難易度

概ね昭和初期の日本の大学の、

東京帝国大学
陸軍大学校
海軍大学校

では最も難関だったのはどれでしょうか?

Aベストアンサー

軍人の学校というものは、時代によってかなり人気が上下します。

その昭和の初期は大不況の最中ですから、経済的に厳しい人にあっては、東大以上の値打ちのあるところとなります。
逆に、東大を始め、帝国大学に進学する学生は、大げさに言えば、生まれついた時からそういうコースを選べれる人生だったのです。

今は、農業高校からでも東大でも受験できます。しかし、戦前の学制はもっと若い年齢のうちに振り分けられているのです。
旧制中学から旧制高校にいくこと、これが帝大に行く絶対条件でした。旧制高校に入学できれば、ほぼ(どこでもいいなら)帝国大学には進学できました。さすがに東大は少々難しかったにせよ、そういうものだったのです。ですから、大学受験での受験地獄はありませんでした。むしろ一番の関門が、高校受験でした。
そして、同じく、中学卒業時に海軍兵学校や陸軍士官学校の受験資格がありました。どこの中学からでも相当な秀才が行ってます。東京帝大も十分射程距離の学生です。

それと、学力だけでない難易度もあります。体格や体力もですが、特に海兵においては、海外に出る機会が多く、欧米先進国の士官に見劣りしないようにという考えが働いたようで、男前が多かったですよ。
男ぶりに自信がないから陸軍にするという人もいるくらいでしたからね。

ということで、海軍兵学校というのは、当時の女学生から絶大な人気がありましたよ。

それでも、東大の法学部は当時の高等文官試験の合格率が高く(高文は単なる公務員試験ではなく色々と特典もありますから)別格だったでしょう。
それが崩れたのは、第2次世界大戦の最中、大学生も徴兵免除がなくなった頃からでしょう。このときは文科は免除なし、理科は免除でした。それで、徴兵逃れに医者になるものが増えたんですよ。帝国大学でなくてもいいと、地方の医科大学の進学者が増えました。(戦前は国民保険制度がないので、かならずしも医者が儲かるとは限らない)

軍人の学校というものは、時代によってかなり人気が上下します。

その昭和の初期は大不況の最中ですから、経済的に厳しい人にあっては、東大以上の値打ちのあるところとなります。
逆に、東大を始め、帝国大学に進学する学生は、大げさに言えば、生まれついた時からそういうコースを選べれる人生だったのです。

今は、農業高校からでも東大でも受験できます。しかし、戦前の学制はもっと若い年齢のうちに振り分けられているのです。
旧制中学から旧制高校にいくこと、これが帝大に行く絶対条件でした。旧制高校...続きを読む

Q1980年ごろに大学受験をされた方いますか?

これはネット上で見つけた1980年の偏差値表なんですが、慶應の偏差値の低さにびっくりです。
早慶というより、完全にマーチ関関同立の一角という印象を受けます。
当時の慶應はどのような扱いだったのでしょうか?


http://www.geocities.jp/gakurekidata/hensa1980.html

<1980年駿台予備学校偏差値 1980年代々木ゼミナール>
63.2 早稲田政経(政治)  68.8 早稲田政経(政治)
60.1 早稲田法       64.6 早稲田政経(経済)
59.8 早稲田政経(経済)  64.4 早稲田法
58.3 中央法(法律)    63.4 中央法(法律)
57.8 上智法
55.9 同志社法       63.4 上智法
55.7 中央法(政治)
55.6 早稲田商
55.5 学習院法       62.8 中央法(政治)
              62.8 同志社法
55.5 慶應経済       62.3 上智経済(経営)
54.6 慶応法(法律)    62.1 学習院法(法律)
               62.0 慶應経済
               61.4 明治法
54.1 明治法        60.5 関学法
54.1 立教法
53.7 青学法        60.5 慶應法(法律)
53.6 関学法        60.5 慶應商
52.7 慶應商        60.4 立教法
51.5 明治政経       60.1 青学法
              60.0 学習院法(政治)
51.0 法政法        59.4 慶応法(政治)
50.5 慶応法(政治)    57.0 法政法
50.4 南山法
50.0 成蹊経済

これはネット上で見つけた1980年の偏差値表なんですが、慶應の偏差値の低さにびっくりです。
早慶というより、完全にマーチ関関同立の一角という印象を受けます。
当時の慶應はどのような扱いだったのでしょうか?


http://www.geocities.jp/gakurekidata/hensa1980.html

<1980年駿台予備学校偏差値 1980年代々木ゼミナール>
63.2 早稲田政経(政治)  68.8 早稲田政経(政治)
60.1 早稲田法       64.6 早稲田政経(経済)
59.8 早稲田政経(経済)  64.4 早稲田法
58.3 中央...続きを読む

Aベストアンサー

1970年代に大学生やってたので、質問者さんの要請とはすこしずれるのですが、当時と今と若干感じは異なりますが、早慶はやはり私大の両雄という感じでしたよ。
あの頃と今の違いは
早稲田政経が私大トップ、東大文系の滑り止めはここが定石。
一般に 早稲田>慶応 だったが、これは早稲田が受験生も多くて人気!の面もある。慶応が偏差値的に低く感じられるのは、数学必修の学部が多くて、いわゆる私文洗顔者が敬遠していたのが大きいと思われます。反面、旧帝大の併願先、或いは国立理系の併願先にもなっていた。
経済は定評があるので、地方の旧帝や神戸、横国クラスだとどっちにしようか迷う感じでした。今は慶応選ぶ人が圧倒的でしょうからそういう意味では随分評価は上がったと思います。これは早慶ともに。
それと当時は偏差値がちょっと上下よりスクールカラー重視だったような気がします。いわゆる早稲田>明治>中央>法政のバンカラ系、慶応>上智>立教>青学>明学 のオシャレ系、ではっきり分かれていたと言うか。立教と明治を受けるなんて感じはなかったです。そういう意味でも早慶はそれぞれのラインのトップで、マーチとはやっぱり「名前では別格」でした。
実際は、早慶の下位学部よりマーチの上位学部を優先する人は結構いましたよ。そういう意味ではマーチの一角、云々は言えるかもしれません。今ほど大学名=ブランド 意識は強くなかったと言うことでしょう。

1970年代に大学生やってたので、質問者さんの要請とはすこしずれるのですが、当時と今と若干感じは異なりますが、早慶はやはり私大の両雄という感じでしたよ。
あの頃と今の違いは
早稲田政経が私大トップ、東大文系の滑り止めはここが定石。
一般に 早稲田>慶応 だったが、これは早稲田が受験生も多くて人気!の面もある。慶応が偏差値的に低く感じられるのは、数学必修の学部が多くて、いわゆる私文洗顔者が敬遠していたのが大きいと思われます。反面、旧帝大の併願先、或いは国立理系の併願先にもなって...続きを読む

Q早稲田や慶應に受かるのはどのくらい難しい??

偏差値44程度の高校から地方の無名私立大学に進学したものです。

2ちゃんねるなどでは早慶は1年勉強すれば絶対に受かると噂されていますが、実際早稲田大学や慶応義塾大学に合格するのはどのくらい難しいことなのでしょうか?

もし本当に1年で合格できるのであれば今の大学を中退して少し頑張ってみようかなとか思うのですが・・・

Aベストアンサー

私自身の話ですが、英語の模試偏差値38から一年間勉強して、早大に合格できました。それゆえ、可能性0とは言えないと思います。(残念ながら絶対とは明言できません。実際、私よりも出来の良い人が早慶に落ちていました。)
また、マーチレベルの大学でも良いならば一年間の勉強でも、合格できる可能性は早慶より高いと思います。
とはいえ、浪人すると途中でだらける人も多いと言います。また、高校在学時の勉強の蓄積がどれくらいあるかにもよります。
まずは、自分の高校や予備校に行って、一緒に考えてもらって、より確かな情報を得るのが良いです。
そして、最後はやはり自分のやる気次第です。

Q20年前と比べて全体的に大学の偏差値が下がっているのでしょうか?

20年前と比べて全体的に大学の偏差値が下がっているのでしょうか?

1990年代前半に中堅どころの大学に入学したものです。
最近母校の偏差値を見ていたところ、私が入学した当時よりも下がっていてショックを受けました。
当時同じランクの大学の中でも上下の入れ替わりがあり、母校は人気がなくなっているようです。
母校以外にも昔からのお嬢様学校として有名だった比較的難関だった女子大なども偏差値が下落して三流大学の仲間入りになっていました。
逆にこの20年で以前は評判が良くなく低迷していたのに今は人気が出て盛り返した学校もあるようです。

第二次ベビーブーマーだったので、当時は競争率も高くそれなりの偏差値だったはずなのに、子供が成長して受験を考えるとき(10年後)に、胸を張って出身大学のことを言えるのだろうか?と少々気がかりです。
少子化の今、難関大学以外の大学は入りやすく、偏差値も下がっているのでしょうか?

ベビーブーマーの私の子供の世代(10年後受験)になると、また子供の数が多くなり、偏差値などもまた盛り返してくるものでしょうか?
どの大学も学部を増やしたり、いろいろ対策を練っているようですが、偏差値の上下変化にはどのような要因があるのでしょうか?

20年前と比べて全体的に大学の偏差値が下がっているのでしょうか?

1990年代前半に中堅どころの大学に入学したものです。
最近母校の偏差値を見ていたところ、私が入学した当時よりも下がっていてショックを受けました。
当時同じランクの大学の中でも上下の入れ替わりがあり、母校は人気がなくなっているようです。
母校以外にも昔からのお嬢様学校として有名だった比較的難関だった女子大なども偏差値が下落して三流大学の仲間入りになっていました。
逆にこの20年で以前は評判が良くなく低迷していた...続きを読む

Aベストアンサー

偏差値って、単純にその年の受験者の中でのその成績を取った人の位置(上位何%など)鋸とを表した数字です。大学の偏差値は、その大学に合格した人が、センター試験や予備校の模試で採った偏差値の平均ということです。数学的には間違った使い方ですが、ご質問者さんの意図に沿って偏差値という言葉を使いますね。
なので、子どもの数が減っているのに大学の数が増え、合格者数が増えているので、相対的に下がったんです。単純にその大学を志望する人が減って、人気が無くなったから、全体の順位が低い人でも合格できるようになって、偏差値が下がったんです。
少子化というか、大学受験をする人の数は増えない限り、全体としては回復できません。今は、浪人するのは頭のいい人ばかりです。上を目指して失敗するんですね。昔のように、最初から下を狙って失敗する人の数はグッと減りました。
今は、受験者の減少は一段落していますが、このあと、さらに少なくなります。また、日本の大学進学率は近隣諸国の半分程度です。で、進学できない理由は、学力と経済的な事情が半々です。
で、少子化対策に成功する、高校生の親御さんが子どもを大学に行かせられるほど豊かになる、大学の学費を国が面倒みる などでも起きない限り、偏差値が上がる大学は一握りのはずです。

偏差値って、単純にその年の受験者の中でのその成績を取った人の位置(上位何%など)鋸とを表した数字です。大学の偏差値は、その大学に合格した人が、センター試験や予備校の模試で採った偏差値の平均ということです。数学的には間違った使い方ですが、ご質問者さんの意図に沿って偏差値という言葉を使いますね。
なので、子どもの数が減っているのに大学の数が増え、合格者数が増えているので、相対的に下がったんです。単純にその大学を志望する人が減って、人気が無くなったから、全体の順位が低い人でも合格...続きを読む

Qちょいちょい聞く、上智の評判の悪さについて

今日受験が終わり、とりあえず上智大学(外国語学部英語)に合格している者です。
他には早稲田や千葉大(どちらも文学部)を受けましたが、まだ結果待ちです。

そこで、もしほかの大学にも受かった場合を考えてここの質問で皆さんのいろいろな意見を
いくつか見させていただいたのですが、
その中で上智大学のあまり良くない評判というか、行くのが不安になってしまう情報が
いくつかあったので質問させていただきました。
例えば、
・帰国子女に甘い
・外国語ができれば入れてしまう
・実際学生や卒業生も英語だけできるという人が多い
・早慶とは区別されて下に位置する(これは一般的なようですが)
などです。
特に『外国語だけ』という意見が目立って気になります。

自分は語学に興味があり、外英は上智の中では最高峰ですし
英語をやりたいならやはり上智がいいのかなぁと思っていたのですが、
外国語だけだと言われるのはやっぱり嫌だという気持ちがあるので…
(逆に、”外国語だけではない”とするとそれはどういうことですか?)
自分の専門は語学!と決めてしまえばいいのかもしれませんが、それでも気になってしまいます。

この評判は本当なのでしょうか?
できるだけ詳しい方、上智大学に近い方などに答えていただけると嬉しいです。
卒業生でしたら個人的な意見でも良いので。
上智以外受からなければどのみち仕方ないのですがどうぞよろしくお願いします。

 
 

今日受験が終わり、とりあえず上智大学(外国語学部英語)に合格している者です。
他には早稲田や千葉大(どちらも文学部)を受けましたが、まだ結果待ちです。

そこで、もしほかの大学にも受かった場合を考えてここの質問で皆さんのいろいろな意見を
いくつか見させていただいたのですが、
その中で上智大学のあまり良くない評判というか、行くのが不安になってしまう情報が
いくつかあったので質問させていただきました。
例えば、
・帰国子女に甘い
・外国語ができれば入れてしまう
・実際学生や卒業生も英語...続きを読む

Aベストアンサー

元塾講師です。

 帰国子女に甘いというのは事実です。今年の経済学部経営学科の大問8をご覧いただければわかりますが(2012年2月7日実施)圧倒的に帰国子女有利です。帰国子女はまず間違えません。勿論英語を一生懸命勉強した非帰国子女でも解答はできますが満点は難しいです。その分だけ帰国子女に下駄をはかせているといえます(大学側がそれを望んでいれば問題はありません)

 外国語ができれば合格してしまうというのも半分は正解ですが半分は違うと思います。特に国語はよくできた問題が多く(全然だめなものも一部ありますが)過去問は論理力を養成するには言い教材になります。ただそれらをしっかり教えられる高校・予備校教師が少ないのが現状で上智の問題の良さを世間が認識していないのが現状です。理由は早慶より少し下のレベルで入学者が少ないため扱われることが少ないためです。ただ、マーチとは一線を画す理由もここにあると思ってます。マーチは論理力がなくても暗記一辺倒で合格できますから。

 知っている人からすれば「上智の外語学部出身者」は一目置く存在のはずです。大学としては確かに早慶に次ぐ順位という扱いですが外国語学部に関して言うと早慶と差はありません。心理学に関しても私大NO1ではないでしょうか?
 「上智は英語だけ」と考えるのは、本当の上智の姿を知らない人=上智レベルに合格できない人の意見です。上智、もしくはそれ以上の大学の人はそうではないことは十分知っています。

 上智大学は素晴らしい大学と思いますが、早慶と比べると「キャンパスが小さい」、「学生・卒業生数が少ない」、「専門的な勉強はできるが一般教養や幅が広い交流がしにくい」等のデメリットはあるかもしれません。内部進学がある早慶などの大学では彼らからその大学の雰囲気を勉強しながら生活するのが楽ですが上智にはそれがありません(勿論国立大学もですが)。ただそうしたことがない方がいい場合もあるので何とも言えません。

 英文を勉強するには非常にいい環境です。ただOB・OGが少ないことなどで就職活動で早稲田より若干落ちることはあります。ただ、大学名で落とされることはまずありません。最終面接で「幹部に早稲田が多いから」というレベルで落ちるだけです。しかし面接でも勉強した内容はよく聞かれるので、上智で一生懸命勉強した方が印象は良くなるのは言うまでもありません。
乱文・長文で申し訳ないですが参考になれば幸いです。

元塾講師です。

 帰国子女に甘いというのは事実です。今年の経済学部経営学科の大問8をご覧いただければわかりますが(2012年2月7日実施)圧倒的に帰国子女有利です。帰国子女はまず間違えません。勿論英語を一生懸命勉強した非帰国子女でも解答はできますが満点は難しいです。その分だけ帰国子女に下駄をはかせているといえます(大学側がそれを望んでいれば問題はありません)

 外国語ができれば合格してしまうというのも半分は正解ですが半分は違うと思います。特に国語はよくできた問題が多く(全...続きを読む

Q昔の短大の偏差値は高かったの?

ごく普通の大学を卒業し一流企業とやらに運よく勤めさせていただいている者です。

勤務先には35歳前後~それ以上の女性社員の方々が大勢おられ皆さん優秀なのですが学歴が案外高くない(短大卒の方がちらほらいる)ことに理不尽さを禁じえませんでした。

彼女らが言うには「わたしらが出たころの都内短大は偏差値55~60が普通だったし四大受かっても蹴って短大にいく女の子が多かった」と。

偏差値56~ってきちんとした大学並みですよね?
そんなわけないと思うのですが・・。

なぜ彼女らはこんな見栄をはるのでしょうか。
偏差値が本当にそれくらいあれば大学いくでしょ・・。

Aベストアンサー

No.2の回答者です。
いただいたコメントについて。

>>>今年の青学・学習院・明治等の普通の大学(四大のほう)の偏差値を調べてみたら55前後ですね。
>>>昔の短大の55~60が本当なら現在の四大よりも優秀だった、ということになりますが・・。

はい。一部の短大は、そうだったと思います。

>>>ああ、やはり信じられない・・(すみません)けど、就職率や縁談(?)に有利という理由で短大であっても人気が集中した結果入学が難化したということですね。

そうだったと思います。

>>>おっしゃるとおり、今は偏差値40でも35でも入れる四大がごろごろあります。
>>>昔はよかったとはいえ、今は短大卒の肩書が足かせとなっていませんか?
>>>(どんなに優秀でも短大卒として扱われるという点で)
>>>若手には私のように昔を知らないで勘違いしている人も多いので。

前回も書きましたけど、18歳の時点で、ライフスタイルとして短大卒として扱われる道を選んだのです。

有名短大の秘書科を出て一流企業で一般職として勤めるのが、女学生達の憧れだったのです。
そして、男子社員をつかまえて結婚し、結婚退職するか、あるいは、1~2人目ぐらいの子供が生まればほとんどの女子社員は退職するとか、そういう図式でした。

現在は、女性が四大を出て男と同等に社会進出するのが当たり前ですよね。
家の留守を守り、学校から帰ってくる子供に「おかえりなさい」と言って迎える母親が減少しました。
保育園の先生が、自分の子供をほかの保育園に預けるというケースさえあります。(私の家の近所)
そしてまた、当然ながら、仕事を求める人の総人数が多くなります。
すると、どうなるでしょうか?
求人数が変わらずに、仕事をしたい人が増える。
それはつまり、失業率が高くなることを意味します。

短大が隆盛を誇っていた時代というのは、「良妻賢母」がいた時代だったのです。

そして、私大の乱立により、わが子を大学に押し込めたいという馬鹿親が増えました。
塾や家庭教師などの教育産業も大流行り。
その結果、どうなったか?
子供1人にかかるお金が異常といっていいほど増えました。
すると、夫婦の心理としては、産む子供の数を少なくし、かつ、ある程度貯蓄をしてからそれを学資とするため、年を取ってから子供を産むということになります。
つまり、少子化が進みます。

また、企業を退職していったん専業主婦になった人が学資のために働くとなると、パート社員として薄給でこき使われます。
これによって、さらに失業率が高まります。

以上のことからわかるとおり、私大の乱立は今の世の中を悪くしている元凶なのです。

これにて演説終わり。
失礼しました。

No.2の回答者です。
いただいたコメントについて。

>>>今年の青学・学習院・明治等の普通の大学(四大のほう)の偏差値を調べてみたら55前後ですね。
>>>昔の短大の55~60が本当なら現在の四大よりも優秀だった、ということになりますが・・。

はい。一部の短大は、そうだったと思います。

>>>ああ、やはり信じられない・・(すみません)けど、就職率や縁談(?)に有利という理由で短大であっても人気が集中した結果入学が難化したということですね。

そうだったと思います。

>>>お...続きを読む


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