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「権利の上に眠るものは保護に値せず」
 これを、インターネットで検索すると、ほとんどが、「時効に関する格言」と、苦しい説明ばかり。

しかし、そんな曲解をしなくても、文字通り、なのが一般的ではないでしょうか?

  例えば、
 生活保護を受ける権利を行使して、眠るもの(働こうとしないもの、社会復帰しようとしないもの、など)は、保護に値せず。
 が、本来の意味と思えて仕方がないのですが。


  自由の意味を、履き違えている方々が、あまりにもインターネット内では多い気がするのですが。


あくまで、自由というのは、労働を前提としています。
(これは、自由の国、アメリカでは、日本よりもキツイ。大リーグを見ても、オフでは、ボランティアをすることが義務付けられています。)


  違うのでしょうか?

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A 回答 (5件)

ネット上では自由、自由を声高に叫ぶ癖に、他人の言論の自由を潰す輩がたくさんいます(笑)



おかしいですよね。
あんだけ「自分の勝手だろ」「自由!」の何が悪いと強調するくせに、

他人の発言に対し容赦なく叩き、ブログ炎上、掲示板炎上などが起きています。
有名人だけでなく、一般素人も標的になっており容赦なく叩きます。

ま、彼らから言わせれば、他人を攻撃するのも自由なんでしょうね(大爆笑)。


===
人に迷惑をかけない範囲での自由なら良いのかもしれませんが、義務も果たさず自由ばかり声高に叫ぶ人が本当に増えました。

ニートなんか一番良い例です。
生物として完全に間違った存在なのに、衣食住を無料で手に入れることに何の罪悪感も抱かないばかりか
ネットに入り浸って普通の一般人と同じ場所に何食わぬ顔をして参加する、その腐った性根。


こういうのはやはり社会から駆除されるべきでしょう。


生活保護については、確かに怠惰が根底にある場合も存在するでしょうね。


そしてそういう層(働いてない層)がネットに入り浸ってる確率が結構高いので
ネット上ではそういう意見が蔓延してるのかもしれません。


インターネット利用者数は確かに増えているんですが、1週間・1か月に1時間程度しか利用しない層も、
入り浸ってる層(ヘビーユーザー)も、ごちゃ混ぜにしてカウントしてる訳でして、

一見、ネットは国民ほぼ全員が日常的に使いこなしていると「錯覚」をしてしまうのですが、
実際は、ネット好きな一般人を除けば、その大多数はこういう層(ニート、無職、暇な主婦、年寄り、引きこもり)が占めていると思います。

ネットはクズウヨにも占拠されてて偏った意見が多いですからね。


まぁネットはクズおよびその類にとってはパラダイスな場所なんでしょう。
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この回答へのお礼

 こんばんは。

>義務も果たさず自由ばかり声高に叫ぶ人が本当に増えました。

 これです!(^^)

 権利は、義務を果たしたら発生するものかと、私は思うのですが。
(そうとしか、教わっていませんし^^)


>こういうのはやはり社会から駆除されるべきでしょう。

 これは、行き過ぎでしょう。(笑)
(まぁ、アンケートですから、いいか。^^)


>生活保護については、確かに怠惰が根底にある場合も存在するでしょうね。

 怠惰、というよりも、何かが違う気がします・・・。
(言葉では、ちょっと、説明不能・・・文章力がない?<(_ _)>


>一見、ネットは国民ほぼ全員が日常的に使いこなしていると「錯覚」をしてしまうのですが、

 何か、テレビや新聞、雑誌といったマスメディアが、いかにも、多くの人がインターネットを利用しているかのように、煽ります・・・。

 しかし、例えば、知恵袋という有名?なサイトですら、質問・回答しているのは、多くても、わずか、3千人程度です。
(3千万人なら、凄いですが、0が4つも少なく、たったの3000人です。)

 しかも、Y知恵袋ではなく、Yゴミ袋と、呼ばれて、、(ぉぃぉぃ


>まぁネットはクズおよびその類にとってはパラダイスな場所なんでしょう。

 クズという表現が、ちょっと、ですが(すみません・・・
当たらずといえども遠からず、かな、と思います。<(_ _)>


  回答、ありがとうございました。

お礼日時:2012/11/05 23:50

いいえ。


それは、あなたの曲解です。

>あくまで、自由というのは、労働を前提としています。
まったく、でたらめです。

一般教養がないと、ここまで物事を穿った見方で捉えるのかwという好例といえるでしょう。
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この回答へのお礼

 ありがとうございました。

お礼日時:2012/11/05 23:51

「権利の上に眠るものは保護に値せず」はもともと、時効を説明するのに学者が言い出したものだ。



出自を知らねーと我田引水的な解釈をしちまうのが、世の常だな。


>あくまで、自由というのは、労働を前提としています。

違うだろうな。労働のないところでも自由は存在すっからよ。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2012/11/05 23:53

申し訳ありません。

ちょっと、質問の趣旨がよくわかりません。「違うのか?」と訊かれても「一般的にあなたのような解釈は聞いたことがありません」としか答えようがありません。でも私が聞いたことがないことをもって「あなたの解釈は絶対間違いだ」とも言えません。日本語としては、あなたの解釈もありうるでしょう。

私は、法律を勉強していますので、その格言は知っています。「時効に関する格言」という説明が「苦しい」とは思わないのですが。

「権利の上に眠る者…」という格言は、民事上の消滅時効や取得時効制度の根拠の1つをあらわしたものです。民法では、権利というものは、l熱心に行使するものが認められるべきで、自分の権利をほったらかしにしておく人は、民法が私的自治の原則をとっている関係から、保護に値しない、という考えです。自由競争の下では、一生懸命汗をかいた人が報われるべきだ、と考えられているのです。
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この回答へのお礼

 こんばんは。

やはり、法律の概念?は、難しいです・・・・(汗)

>権利というものは、l熱心に行使するものが認められるべきで、自分の権利をほったらかしにしておく人は、民法が私的自治の原則をとっている関係から、保護に値しない 


 何か、私には、不自然に感じられて、仕方がないのです。(^^A


権利って、そんなにガツガツして、目一杯、行使すべきものなのでしょうか・・・?(分かりません・・・<(_ _)>


>一生懸命汗をかいた人が報われるべきだ、と考えられているのです。

 だったら、なぜ、時効なんか設けるのかなぁ・・・とも。<(_ _)>


回答、ありがとうございました。

 

お礼日時:2012/11/05 23:29

えっ、時効に関する格言!?


それには私も不自然さを感じますね。

私は高校生ですが、以前現代文の中でこの言葉を見ましたよ。
権利の上に眠る=権利があるのに行使しない
としていた気がします。
なので、文章中では、質問者様の使う意味とは少し異なっていました。しかし、その作者の言い分なので、一概にこれが正解とは言えませんけど。
どちらかといえば、生活保護を受けられる状態なのに申請しなければ、保護してもらえないよということではないでしょうか。

時効に関する…というのは、裁判で訴えもせずにだらだらしていて、時効が過ぎてしまってももう遅い…とか、そんな意味だったのでは?


そういえば、「自由であろうとする努力をしないものは真に自由でない」とも書いてあった。

作者が作った言葉かと思ってましたが、一般に知られている言葉だったのですね。
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この回答へのお礼

 こんばんは。

 実は、この「権利の上に眠るものは保護に値せず」というのを、教えてくれたのは、中学3年の時の、熱血女性教諭です。(担当は、社会科の公民)

 担任の先生ですが、私の生き方に、強力に影響を与えています・・・。(^^;

 ただ、この先生の教えは、私の父も母も共感しています・・。


それは、さておき、

 何事も、「働く」ということが大前提にあるのではないでしょうか。

私のような者は、そんなのは当たり前と思っているのですが、どうしたわけか、この大前提を忘れている方々が、インターネットの世界では多い気がして仕方がないのです・・。
(ちょっと、高校生の方には、キツイかな? まだ、働いてないし・・。働くことは、本当に素晴らしい、と、実感する日が、必ず、来ます^^)


>権利の上に眠る=権利があるのに行使しない

 権利の上に眠る=権利の上にあぐらをかく

  の方が、自然ではないでしょうか。(すみません・・・<(_ _)>
(これは、高校の時の教頭先生のお言葉。「諸君は、先輩方が築いた伝統の上にあぐらをかいている。何かやらんか!」と。^^)


>作者が作った言葉かと思ってましたが、一般に知られている言葉だったのですね。

 昭和の頃は、当たり前のことでした。
(平成のバブル景気?が、変えてしまったのかも・・・?)


   回答、ありがとうございました。






 
 

 

お礼日時:2012/11/05 23:21

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  終息というのは、「息が終わる」と読めます。これは人が死んで息がなくなるというような感じがしますが、人の死についてというより、物事の事態が、死ぬように、終わりを迎えるということです。
 
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  こういう言葉の使い方は、言葉の基本的な意味を知り、場合場合で適切かどうかの判断が必要になります。新聞記事と言っても、表現がおかしい例は幾らでもあります。また、おかしい表現がそのまま定着して、そういう用法が生まれてしまうこともあります。言葉の意味は、時代と共に変化して行きます。
 

 
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