痔になりやすい生活習慣とは?

20代、大学生、女性です。自分の性別について本気で悩んでいるので、お答えしていただけたら嬉しいです。

私は、戸籍上は女ですが、女であることに長年コンプレックスや嫌悪感を抱いてきました。
幼少期から、ズボンを好んではいており、一般的に言われる女性らしさはなかったと思います。中学高校時代は周りの女の子のような格好をしていましたが、違和感ばかりあり、大学では好きな格好(ボーイッシュな格好)を好んで着ています。

交友関係において、女性男性問わず仲良くはできるのですが、女性だけの団体の中にいると場違いな思いをよくします。

今までに男性も女性も好きになったことはありますが、男性の場合、自分が女であることを自覚してしまい好きになれませんでした。男性を好きになったのは、周りのような女の子になろうとしていた中学時代です。
結婚もするつもりはありませんし、子供は嫌いではないですが、母親という役割にはなりたくないです。
胸もいらないと思いますし、生理もなくて良いと思っています。
けれども、身体的に男性になりたいとは思ったことはありません。

女でもいたくないし、男になりたいわけでもない。私の性自認はどちらなのでしょうか。

ご意見をいただけませんか。

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A 回答 (2件)

こんにちは。



掲示板で読んでいて、同年代で同じような悩みの人たちが増えているような気がしています。

「性別」というよりも、「ジェンダー」(社会的性別)というものは、異性や同性の人の中にいる時に、始めて感じるものだな、と思うのです。しかし、それが、時には抑圧的でいやだなって感じます。つまり、みなと同じようにしなくてはならない、という圧力があるということです。暗黙的に女らしさを求められるのも、この日本の社会かもしれません。

お悩みは、たぶん、その「ジェンダーの役割」を、なんとなく感じつつあるのではないかなって思います。男性たちは当たり前だというけれども、私自身は、そういう「ジェンダーの役割」を、不合理だと思うのです。

たぶん、学者か作家が言っていたように思うけれども、男性は、常に「男らしくあれ」といって育てられたのは、努力目標であったけれども、女性にとって、「女らしくあれ」というものは、常に、生活に何かの制限がくわえられてきた、とされてきたわけです。

昔、フランスのコメディ映画で『Mr.レディMr.マダム』というのがありました。フランスとイタリアの社会の女たちの考え方や生活の違いというものをみて、私は、思わず考えこんでしまいました。イタリアの田舎の女たちは、女はこうである、こういう生活をしなければならない、と教えるのです。私も同じ狭間にあると思うことがあります。自由な暮らしと、制限された生活で、一旦、自由な暮らしを手に入れてしまうと、まったく後戻りできないのです。

私の母などは、田舎の人ですが、ものすごく矛盾していると思うのです。苦労したことは認めるけれども、ものすごくワガママな人で、なのに周りを気にしながら、何かに怯えながら生きているのです。元祖モンスターワイフというのだと思います。

私は、テレビの二時間ドラマでやる、「芸者の世界」という、「芸を売っているようで、実際は女を売り物」にする仕事が大嫌いです。常に、女はこうあるべきといいながら、実は、その前に男に対して、女が好かれる方法を示すことだからです。女の役割分担というものは、常に男中心であって、そこには、不平等・不合理が存在しているのだと考えています。まあ、無骨な私にはマネできません。しかし、男には男としての、いろんな社会的問題はあるのは分かるけれども、それを女には無理とか思うこと自体、バカバカしいのです。体力の問題でもないと思うのです。先日も、掲示板に「女子社員は、職場で仕事の能力など関係なく、にっこりと笑っていればよい」という、差別的な表現を読んで、とても不快に感じました。

一部の人が言うような「ジェンダー」とは、ひとそれぞれの個性(レインボー)だとは思いません。それをいうなら、「ジェンダー表現」といって、言葉・服装・考え方・生活様式・趣味・仕事などのことで、それらには本来、男は男、女は女と決まったものはない、と考えたほうがよいと思うのです。たぶん、今の社会は、そういう方向に向かっています。そう信じたいですね。

話がずれていたらすみません。何か、もう少しお話が出てくれば、違った話ができるかもしれません。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
初めてネット上で質問をしたのですが、こんなに早く回答を頂けると思っていなかったので嬉しかったです。

私の父の家系が、かなりの亭主関白でもあり(父はそうでもありませんが)、幼少期からその光景を見ていたので、男はこうで、女はこうでなければならないということを無意識に強く思っているのかもしれません。
それを今までは外で見ていただけだけれど、今度は自分の番なのかと思ってしまってるんだと思います。それこそ回答者さんの言うようにジェンダーの役割を実感してきているということなのかもしれません。

そこに葛藤があり、ならば男になりたいと思っているのかもしれません。
また、これから就職活動がある身であり、そのこともこんなに悩む原因の1つなのかもしれません。

丁寧な回答ありがとうございました。
頭を整理することもできました。本当に、感謝しています。

お礼日時:2012/11/11 22:17

性に対する意識はその自分の性に違和感を持っている当事者でも


かなーーーーり複雑に分かれているようで一概に「自分はこういうジェンダーである」と言えないみたいです。
質問主さんの情報だけでは多分
「うん!あなたは○○だね!」と分析結果を出す事は難しいでしょう。

言い方は悪いですがまだ20歳です
今後変わる可能性もあれば変わらない可能性もあるので
今現在の時点で「自分はこうならなきゃ」と決める必要はありません。分析はしても良いと思いますがね。

>私は、戸籍上は女ですが、女であることに長年コンプレックスや嫌悪感を抱いてきました。

まずこれに「キッカケがあったかどうか」が気になります。
コンプレックスを決定づける事件があったか、産まれてからこのかた自分の女性という性別に違和感があったかで全然違います。

>幼少期から、ズボンを好んではいており、一般的に言われる女性らしさはなかったと思います~(略)

服装だけではなんとも言えません
ただ流行の女性らしい格好や女の子の可愛い服が着たいと思わない嗜好なのかもしれませんし単にボーイッシュな格好が好きだったのかもしれません。

男の服を来ているから必ずしも心が男性とは限りません。

結婚観や子づくりもそうです。


質問主さんの場合自分が女性である事を強く自覚しつつ女性らしさを持ちたく無いケースかなと感じました。
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この回答へのお礼

上の回答者さん同様、早速の回答ありがとうございます。

回答者さんの言うように、まだ20代ということもありますよね。これから考えが変わるかもしれないし、変わらないかもしれないです。

小学から高校までの頃は、自分の性別について深く考えるはなかったように思います。中学時代には生理の始まり、胸が大きくなるということには嫌悪感はありましたが、どうしようもなく嫌とは思わず、大して大きくもなかったので気にしなければいいと思っていました。
こうしてみると、今まで、女という性別に嫌だと思いながら受け入れていたと思います。それは、男子と女子で特別な性差を感じなかったからだと思います。
それが今、就職活動を控える身として、社会に出ようとする身として、社会的な男女の差や役割に直面して、今まで大して抱いていなかった嫌悪感が大きくなっているのかもしれません。「父親」や「旦那」といった役割を羨ましく感じる自分もいます。

お礼日時:2012/11/12 00:40

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