ゆとり教育が叫ばれていますが、本当に必要でしょうか?
年々日本人の成績世界ランキングは下がってきています。
これ以上、学力を低下させてどうするのでしょう?!
諸外国と比べても勉強時間は少ないです。
家でほとんど勉強しない子供達に、
学校の勉強時間まで減らす必要はあるのでしょうか?
愚民化政策としか思えませんが、どうなのでしょう?

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A 回答 (14件中1~10件)

質問者の方へ


 子供たちが将来感じる幸せというのは何かという質問がありましたので、それについて話をさせていただこうと思います。私は、それは自分の努力が報われることだと思います。昔は、どんなに貧しい階級に生まれても勉強さえいっぱいすれば、社会的にはいあがることが出来ると信じられてきました。(野口英世がその典型)
 しかし、今はどうでしょう。小さな時から塾に通わせ、莫大な教育投資を行わなくては子供をいい学校に通わせることすらできません。今や、本人の能力ではなく、親が十分な教育投資を行うことが出来るか否かで子供の一生が決まるのです。もし、裕福な親のもとに生まれつくことが出来なかった子供は初めからいい学校へとすすむ可能性は大きく制約されるのです。そんな社会で誰が一生懸命勉強しようと思いますか?ゆとり教育がどうのこうのという前に社会の変化に目を向けた方がよいのではないでしょうか。中公新書の「不平等社会日本」という本を読みましたか?社会学的な視点から見れば、ゆとり教育の抱える問題もよく見えてくると思います。(それにしても、親が金持ちだったにもかかわらず、自分が競争に勝ったと思っている金持ちの馬鹿息子・馬鹿娘の鼻持ちならないこと!)

この回答への補足

 もう少し意見を聞いて、色々自分なりに考えてみたいので、
締め切りを、明日か明後日にしたいと思います。
 よろしくお願いします。

 この場に書くの変かと思ったのですが、
他に書くところが分からなかったので、
ここに書かせていただきました。

補足日時:2001/05/19 00:29
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この回答へのお礼

 質問に対するお返事までありがとうございます。
おっしゃられる通りだと思います。
報われない努力を進んでする気にはなれないですからね・・・。
 自分自身、ボケーっと生きていて、周りが見えていなかった気がします。
2年前に社会学に興味を持ち、何冊かの本を読んでみましたが、
その本は読んでいません。
ぜひ、読ませて頂き、勉強したいと思います。

 どうもありがとうございました。

お礼日時:2001/05/19 00:27

 中学生のとき理科の先生がこう言われました。


『理科の授業、数学とかもそうかもしれないが何の為にやるのか。と思う人も多いと思うが、理科が、数学がなかったらどうなると思う?
例えばお医者さんがいなくなる。理科がないと医学も存在しないから。
他にも科学とされるものはほとんどなくなってしまう。例えば、理科の授業でやった化学反応に興味をもったとか、鉱物に興味をもったとか、そういうことがきっかけでそういう方面に進む人も多くいる。
理科をやる全員に専門家になれとはいわない、理科の授業はどこにあるか分からないきっかけ探しの一つだと思ってほしい。』

 たとえば理科の教科書にのる昆虫の種類の上限が減らされました。何の為でしょうか?果たして理科のテストに「この昆虫の学名を答えよ。」などといった問題がでるのでしょうか?
 安易な勉強量の削減は逆に子供の「きっかけ」を奪うだけではないか?
 確かに今の勉強量が多いとしても、受験戦争という類のものは(一部の人々を除いて)高校以後の話ではないか?小学校や中学校の間なら、今でも十分にゆとりがあるのだと思います。

 ゆとり教育はむしろ子供の夢を奪う政策ではないのでしょうか?
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この回答へのお礼

 私は小学生の時、
「勉強は将来生きていく中で、
色々な事を考えなくちゃいけなくなるから、
その時のために、基礎となる知識と、考える事の出来る柔軟な頭を作るために
するんだ」
と言われました。
 知識の詰め込みは頭を固くしてしまいそうだとも思いましたが、
言われているほど、勉強をしているとも思えません。

 おっしゃられる通り、子供の夢を奪うものになってしまうことのない事を、
祈るばかりです。

 ありがとうございました。

お礼日時:2001/05/21 00:02

結局、ゆとり教育によって生まれるメリットが、


学力低下というデメリットよりも大きいということですよね。

やり方によってはできると思いますよ。
無責任な言い方ですが。
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この回答へのお礼

 きっと、政府は、ゆとり教育のメリットの方が大きいと考えたのでしょうね。
でも、今はまだ実験段階で、
その結果はあと何年かしないと分かりませんよね。
 私も勉強しつつ、見守っていこうと思います。
成功し心にゆとりの持てる社会になれることを願って・・・・・。

 ありがとうございました。

お礼日時:2001/05/20 23:55

ゆとりゆとりといっても、教科の中でのゆとりは確保されないようですね。


kensakuyaさんの言う知識サーフィンについては、調べ活動の重視と言うことがかねてから言われているはずですが、教科書を終わらせることが最優先事項でしょうから、その余裕はないはずです。そこにゆとり教育なるものが出てきたのですが、これは教科の内容を削るだけではなく、教科の時間も削っています。ですから、教科の中で調べ活動をする余裕は相変わらず少ないはずです。
総合的な学習の時間なる得体の知れないものを導入するよりは、各教科に時間を振り分けてそれぞれの教科の中で体験的な学習や調べ活動を取り入れた方がよいと思います。

nag3さんも書かれていますが、これから先、日本という国がどうなっていくかを考えたときに、資源もない、食糧自給もできない国が、知恵も技術も失ってしまってはどうにもなりません。そのために、日本は詰め込み教育をしてでも前に進まなきゃということだったのでしょう。
もちろんそれの弊害は大きかったのでしょうが、一斉に勉強のレベルを落としてしまうと先が心配です。興味のある分野ではどんどん先に進んでいけるような、天才を作るシステムが必要なのかもしれません。
幸い、インターネットという武器を多くの人が手にしましたから、個人的に興味がある分野の知識を伸ばしていくことが可能です。そのためには、プライベートな時間が必要ですので、先の「部活からの解放」となるわけです。
ちなみに、クラブは既に廃止されています。>myuayaさん が、これは週に1時間の必修クラブのことです。任意加入の部活動とは違います。が、部活動を強制加入にしたり、全員加入を追求したりしている学校が少なくありません。

こんな事を言っても仕方がないのですが、1冊の教科書を全員1年書けて勉強するのが「平等」とは限りません。半年で終わりたい子が居て、2年間かけたい子が居て、やっぱり1年で終わりたい子が居る。その全てに対応できるのが本来「平等」だと思います。
とはいえ、そのシステムを作るのは難しいのでしょうけど……。
そういう意味では、公文式というのは素晴らしいシステムですね。いろいろ叩かれては居ますが(^^;)
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この回答へのお礼

 総合的にものを見る目と、専門的にものを見る目、
どちらが良いかは、私には分かりません。
きっと、世の中には両方必要なんだと思います。
いまは、専門的なものを持っていた方が良いという考えが強いようですが・・・・。
どうなんでしょうか?

 クラブと部活の違いが良く分からないのですが・・・。
私の区分は必修のものがクラブ、
任意ではいるのが部活だと思っていたのですが・・・・・。

 平等とは難しいものですよね。
フェミニズムなど、色々な方面で平等という事が唱えられていますが・・・。

 ありがとうございました。

お礼日時:2001/05/20 23:50

回答件数をみると、教育問題って関心が高いのですね。

子どももいませんが、なぜかうれしくなります。
「学力」って、どこかで聞いたのですが、「知識」とは違いますよね。3割削減って、知識量の削減なのではないでしょうか。日本の戦後(あるいは伝統的)教育環境では、知識偏重の傾向があったと思うんです。その反動として、「考える力」とか叫ばれているような気がします。どちらがいいか、はわかりませんが(個人的には、受験競争から生じる、現状の「与えられたことだけこなす能力の育成」には頷けません)、両方必要なのは事実でしょう。Aの方に偏ったから、今度はB、という感じだと思います。
「学力低下」という言葉を、「知識量低下」とだけとらえて、反対一辺倒というのはさけたいと、個人的には思っています。
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この回答へのお礼

 私も知識量の削減だとは思いますが、
授業時間も同じように減らしては、
考える力を育てる時間は生まれないのではないでしょうか。
また、基礎となる知識がないと、考える基となるものがなく、
自分で考える能力も育たないかと思いますが、どうでしょう。
 fro-skさんのおっしゃる通り、偏ってはダメなんですよね。
その割合が難しいですね。
 ありがとうございました。

お礼日時:2001/05/20 23:42

「教育」とは勉強だけでなく1人、1人の人間性そのもの


をつくっていくものだと思うんです。
結局週休2日制にしても、それで子供達の心に
「ゆとり」が生まれるとは限りません。
競争社会の今の日本で学力低下を懸念して、塾や
家庭教師、習い事などでさらに子供をしめつける親達が
増えるでしょう。
学校の勉強がきらいでも、家族との絆がしっかり
結ばれていたり、ドロだらけになって走り回ったり
自然や生き物とのふれあいから得る命の尊さなど
「ゆとり」って授業の長さだけではない、日々の
生活からでも生まれると思います。
学習時間の削減よりも、内容そのものを見直す事
例えば、教室で、机の上で、教科書の中だけで、ではなく
人間の5感をフルに使って体験!体感!の授業なら
子供達の心にもっと「達成感」や「充実感」も
生まれる気がするんです。
(かなり個人的な意見ですみません・・・)
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この回答へのお礼

 そうですね、ゆとりって言うのは
学習時間、授業時間と反比例するものじゃないんですよね。
 勉強してるから、ゆとりがなくなるっていうものじゃないですもんね。
私が家庭教師で教えている子のうちの何人かは週休二日ですが、
週3日家庭教師をつけて、宿題に追われてますもん。
結局詰め込み式の勉強じゃ、追いこまれるだけで、
いくら学校の授業時間が減っても、
ゆとりは生まれないのかもしれませんね。
どうもありがとうございまいした。

お礼日時:2001/05/20 23:36

>数学と書いてるところを見ると、中学生以上の話ですね。



数学というのは例えばの話です。
しかし、小学校の学習内容はその後の中等教育に影響しますから、
切り離して考えてもどうかと。

海外と比較された回答も出てますので、補足します。
日本では、全ての人が同じペースで学ぶことを求められてる横並び教育ですが、
海外では高校生で中学レベルのことを学ぶ人がいたりします。
今のレベルで横並びは無理なんです。
削減ではなく、自分に合ったレベルを選べることが必要なんです。
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この回答へのお礼

 なるほど、早とちりをしてしまいました。ごめんなさい。
それともなければ、国語力に問題があるのかも・・・~(°°;)))オロオロ(((;°°)~

 自分にあったレベルが選べる事は必要ですね。
いわゆる落ちこぼれを作らない事を目指すにも、
とても良い制度ですよね。

 生徒の平等を言いつづけ、徒競争の順位付けも止めてしまう、
教育機関がそれをやってくれるかな・・・・・。
 でも、子供達の事を考えたら、必要な事ですよね。
近い将来それが訪れることを願います。

 ありがとうございました。

お礼日時:2001/05/19 00:11

あの、「ゆとり教育」に賛成・反対を議論する前に、文部科学省に、「子供にゆとりをもたせる」とかそういう確固とした方針があるのでしょうか。

私には、文部科学省というか日本政府は教育に関心がなく(関心があるのは土木工事だけ!)いきあたりばったりで政策をすすめているようにしか思えないのですが。週休2日とか教科書の分量を減らすとかいった政策は現場の教師の負担を減らすのが最大の目的で、子供のことなんか2の次3の次のような気がします。本当に子供にゆとりを持たせたいのなら、なぜ他の先進国いや一部の発展途上国と比べても異常に多い学級定員を減らさないのでしょう。そうすれば、もっと若い教師がたくさん雇えるのに。各都道府県で教師の採用数が減った結果、地方では教員枠が金で売買されたり、情実人事がまかりとおているのですよ。(私は実例をいくつか知っています)
 いきあたりばったりの教育政策のしわよせが最もきているのが大学です。諸外国と比べて学位を持った人間の割合が少ないという理由で、大学院を増やした結果、大学院生が増えすぎ、その反比例として少子化で大学が増えなくなった結果、論文をいくら書いても就職できない院生が増える一方、大学にはここ30年(!)論文を1本も書いたことのない教授がごろごろいる!しかも、文部科学省はこの実態すらつかんでいない。日本が先進国から転落するとすれば、それはゆとり教育のためではなく、確固たる教育に対する指針を持たない無能な文部科学省の役人とそれを正そうとしない政治家のためではないでしょうか。
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この回答へのお礼

 確かに、必要のないような公共事業などに充てているお金や、
不良債権問題で消えていくお金の一部でも、
教育に回せば、一学級の人数を半分に出来ますね。
それこそ、本当の意味でのゆとり教育な気がします。

 話は少し変わりますが、子供達が将来感じる幸せとはなんなのでしょう?!
子供の頃のゆとりを持って遊んだ思い出でしょうか。
それとも、将来に備えて蓄える事が出来た知識、ものの考え方など、
学校で教わった事なのでしょうか?

 ちなみに勉強とは将来の、色々な問題に対処するための基礎になるものと私は考えています。

 新しい角度からのご意見ありがとうございました。

お礼日時:2001/05/18 23:39

周休2日であれば、学習内容の削減は不可避だと思います。


削減なしで無理やり詰め込めば、ついてこれない児童・生徒を
増産するだけでしょう。

土曜日も授業にして学習内容を維持するか、
休みを増やして学習内容を削減するかという選択になるでしょう。

で、私はどちらを支持するかといえば、削減のほうでしょうか。
ただし、条件付きではありますが。
削減すると、仕事に必要な知識を学ばずに社会に出てしまうことに
つながるのはたしかでしょう。
しかし、全ての人があらゆる教科の知識を必要とするわけではありません。
実際これまでの学習内容はレベルが高すぎます。
別に私が劣等生だからこんなことを言うわけではありません。
現場の教師も認めるほど、個々の科目で求められているレベルが高いのです。
得意科目でさえ、求められているレベルについていくのは至難の業です。
というか、科目によっては、絶対に不可能です。
これは本当です。
ある人は数学の成績がよく、国語の成績が悪い、
またある人は英語の成績がよく、社会の成績が悪いという状態を認めるのであれば
いいですが、文科省の求めているのは、全ての教科・科目のできる人でしょう。
そんなの無理です。
どの教科・科目もこなせというのであれば、各教科・科目のレベルは下げるべきです。

私が削減を支持する条件というのは、従来どおりどの科目もこなせという場合です。
理想としては、子供一人ひとりの適性や興味に合わせ、得意科目には高レベルな教育を、
苦手科目には簡単な内容の教育をほどこすことでしょう。
全ての教科・科目で従来のレベルの教育についていくのは無理です。
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この回答へのお礼

 数学と書いてるところを見ると、中学生以上の話ですね。
私も中学生の学習内容は難しいと思います。
でも、それは、小学生と中学生の勉強の質が全く違うため、
というのも、あるのではないかと思いますが、どうでしょう。

 私の考えでは小学校をゆとり教育にするのではなく、
学年が上にいくに従い、もう少し勉強してもいいのでは・・・と思いますが。

 色々な意見があって、とても勉強になります。
ありがとうございました。

お礼日時:2001/05/18 23:27

そのゆとりの内容が問題だと思います。


そもそも日本という国は、食料の自給は出来ないし、かと言って資源がある訳でも無いのですから、それらを持っている国と単純に比較出来るものでも無いはずです。
最低限技術力を維持発展させるだけの教育は必要不可欠だと思います。
それが無くなったら日本には何も残らないでしょう。
ですので、ゆとりを論ずるならばまずしょうもない暗記なんかを削除すべきだと思います。
似た様な質問に円周率が3で良いのか?と言うのがありましたが良くないと思いますしね。
年号を憶えたりなどの暗記力による振り落としを止めるのであれば賛成なんですけどね。
どうも技術力低下につながる方向性みたいで心配です。
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この回答へのお礼

 わたしも、円周率の問題さっき答えてきました。
それを書いてて、以前から気になってたこの問題について、
皆さんの意見をきてみたいと思ったのヾ(@°▽°@)ノあはは

 そう、私達の国、日本は資源も広い土地もない。
技術を持ち続けることしか、
生き残っていく事は出来ないのかもしれない・・・・。
 それには、ある程度の学力は必要ですよね。
ありがとうございました。

お礼日時:2001/05/18 23:21

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Qゆとり教育の弊害

ゆとり教育の弊害について調べています。
ゆとり教育の弊害とはなんなのでしょうか? 良かった点はないのでしょうか? 個人的には良かった点もあるんでしょうが、悪かった点の方が多いのではと考えています。

ご意見の他にも、参考になりそうなURL、お勧めの書物、などございましたら、ぜひ教えて下さい。よろしくお願いします!

Aベストアンサー

三年前まで中学で実際にゆとり教育を受けていた世代です。

結論から言ってしまいますと二極化が進みました。
塾に行く金が無い人は授業も少ないですからどんどんできなくなっていきます。
酷いのになると入試寸前で方程式の基礎ができませんでした。
逆にできるのは授業中も塾の課題を進め、休みも塾に行って勉強しますから
どんどんできるようになっていきます。

高校への最終的な進学成績で見ますと
慶應など一流私立に進学した生徒も
地区の上位公立に進学した生徒も例外無く全員塾通いでした。

東大なんかも昔は苦学生が多かったと言いますが
今は金持ちのボンボンだらけだそうです。
要するに学校教育のレベルが下がり過ぎて
私立や塾に行ったり家庭教師をつける余裕の無い人は
良い学歴を付けられなくなってきています。

どちらかというと「ゆとり教育」というよりも「分別教育」なんて言った方が適切かもしれません。

Qゆとり教育か、学力か

こんにちは。
先日大学の講義で学校制度の歴史が内容のVTRを見ました。


明治時代では現在のゆとり教育なるものとは異なり、生徒の基準をすべて試験で決めていたりとゆとりがまったくない状態で驚きました。(小学生で徹夜勉強など)

しかし明治時代でも「児童の工夫や努力を認める」「一人一人の個性を伸ばす」点で自由教育を一度は導入していたらしいですがすぐ廃止されたようです。

ゆとり教育で学力低下が騒がれていますが
「児童の工夫や努力を認める」
「一人一人の個性を伸ばす」
のも大事だとおもいます。
しかし
個性=学力 とみれば明治のような制度にするのもある意味正解なのかなとおもいました。

それとゆとり教育でも、教師の授業の工夫を取り入れれば、ゆとりの中に学力向上の方法が得られるのではないのか?ともおもいます。

そこで、皆様個人の意見でいいので、ゆとり教育か、学力か、そして教師の思う事を教えていただけたらなと思います。


乱文失礼いたしました。

Aベストアンサー

私の意見としては…「ゆとり」は与えられるものではなく、自分の力で得るものであると解釈しています。

学習内容の削減や週5日制によって“時間的なゆとり”は得られても、本当の意味で「ゆとり」は得ることができません。毎日毎日必死で勉強をして、努力で積み重ねて身についた能力こそが、自分にゆとりを与えてくれるものだと思います。

例えば会社だと…正社員で入社し、自分の努力によって地位を上げていく中で、経済的なゆとりと精神的な豊かさ(達成感・満足感)を手に入れることができます。

学校では…授業を集中して取り組み、宿題はもちろん予習・復習をしっかりすれば学力が高まり、授業中はたくさん発言して自分の意見を自信もって出すことができますし、友達からも認められて、先生や親からも褒められます。勉強することは大変なことですが、自分の努力によって生活のゆとりと精神的な豊かさを手にいれることができます。しかし、“なまけもの”の子供は授業中の話は聞かず、忘れ物も多く、周りに迷惑をかけ、多くの人から怒られるといったことを通して周りとは異なった人間性が身につき、将来は生活に何らかの支障をきたし、ゆとりをもった生活を送ることがなかなか難しくなると予想されます。人間はそう簡単に変われない生き物です。

以上のことを踏まえれば、「ゆとりがあっての学力」ではなく、「学力あってのゆとり」だと思いますので、子供のうちはしっかりと学力を身につけさせる教育が必要ではないかと捉えています。明治時代のころのようでなくても、社会全体が『子供は勉強をするのが仕事だ』ということをしっかり教えていかなければなりませんね。

ただし、子供の仕事は勉強だけでなく、『遊ぶこと』が重要になってきます。ところが現在の子供は習い事や塾に通い、遊ぶ時間が無くなっています。友達と遊ぶことで社会性が育つ、友達の遊びのルールをつくることで規範意識が育つ、友達と遊ぶ約束をすることで信頼関係の築き方が分かる、などがあります。それが出来ないとなると、せっかく身につけた学力を生かせるところがなくなってしまいます。つまり応用力が育たないのです。大人であれば身につけた能力が会社で生かすことができますが、子供の場合は遊びこそが大切なのです。また、勉強漬けですとストレスが溜まりますので、遊びはストレスの発散ができます。さらに身体を動かすことで体力を身につきます。

学校では子供たちに「遊び方」についての指導を行っているところが多いと聞きます。また教師から「遊びなさい」と指示をされないと遊ばない(遊べない)子供もいるといった異常な事態が起きています。こういった状況を考えれば、今の子供には“遊べるゆとり”も必要になってきているのではないかと思います。

参考になれば、嬉しいです。

私の意見としては…「ゆとり」は与えられるものではなく、自分の力で得るものであると解釈しています。

学習内容の削減や週5日制によって“時間的なゆとり”は得られても、本当の意味で「ゆとり」は得ることができません。毎日毎日必死で勉強をして、努力で積み重ねて身についた能力こそが、自分にゆとりを与えてくれるものだと思います。

例えば会社だと…正社員で入社し、自分の努力によって地位を上げていく中で、経済的なゆとりと精神的な豊かさ(達成感・満足感)を手に入れることができます。

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Qゆとり教育について

ゆとり教育で学生を過ごした方とそうでない方って、人間性に差が出てきていると思いますか。

息子は、幼稚園の年長から、がっつり、ゆとりになりました。

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ちなみに、息子の塾(個別)の講師(有名大学の薬学部)が先日、授業に来ませんでした。

塾長が電話をすると、「体調が悪くて行けない」 とのこと、結果、無断欠勤ですよね。

勉強は出来るが、世間的常識に欠けていることなどが、本人の認識としてないなども

ゆとり教育の生み出した結果でしょうか。

みなさんの周囲で、ゆとり教育によって、明らかに考え方が違うと感じられた方、経験談を

教えてください。

*私は44歳ですが、高校・大学がバブルで、最近の若い子はって言われていましたが。

Aベストアンサー

 ゆとり教育は、学習意欲がある人にはどんどん新しいことに挑戦できる時間を与えることが狙いでした。
 ゆとり教育で総合的な学習が始まりました。多くの学校でグループを作って,何かの調べ学習をして、それを発表するという教育が行われています。リーダーシップが発揮できる子どもは、どんどん自分で調べ、自分の言葉で学習内容をまとめることが出来ます。そんな子ども達は有名私立や、国公立の大学に進学していると思います。
 でもそうでない多くの子どもは、何もしないのです。することは誰かの書いた文章を丸写しするだけなのです。そうやって自分では何もしないで「グループの発表で頑張りました。」という結果だけが得られたのです。それがゆとり教育と言うよりも総合的な学習の失敗なのです。
 ゆとり教育は勉強が分からない子どもにはじっくりと教えられる時間を作ることを目的に始められましたが、現実は文部科学省のバカがそんな指導を認めなかったのです。

Q勉強が俺よりできる同級生に低脳人種と呼ばれます。勉強できるのがそんなに偉いのですか?やっぱり学力しか

勉強が俺よりできる同級生に低脳人種と呼ばれます。勉強できるのがそんなに偉いのですか?やっぱり学力しかないのですか?

Aベストアンサー

勉強できるのがそんなに偉いのですか?
   ↑
学生は読んで字のごとくで、勉強が
一番大切です。
だから、勉強できるのが偉いのです。

頭の良し悪しは遺伝ですが、学力は
本人の頑張り次第です。
頑張ったご褒美として、高い地位が与え
られるのです。



やっぱり学力しかないのですか?
  ↑
しか、ということはありませんが、
最重要であることは確かです。

しかし、社会にでれば、あまり関係なく
なります。
社会では、仕事が出来るひとが
偉くなります。

何のために仕事をするか、といえばお金の
ためです。
結局お金を持っているひとが一番偉く
なります。

お金を持つためには、学力も重要ですが。

Q教育大学の2年次です。卒論でゆとり教育について書いていこうと思うのですが、①ゆとり教育が始まった

教育大学の2年次です。
卒論でゆとり教育について書いていこうと思うのですが、
①ゆとり教育が始まった理由
②ゆとり教育を受ける前の世代と受けた世代の学力差はどうなのか
③社会科の授業においてゆとり教育で削られた物、増やされた物はあるのか

以上の3点について教えてください。

Aベストアンサー

1.いわゆる「詰め込み教育」の弊害からの反省ですね。
詰め込み教育は、「知識をひたすら頭の中に詰め込むこと」に力点を置いた教育で、それによって「学習意欲の減退」「知識の習得がその場限り・一過性になる」「激しい受験戦争に巻き込まれる」ということになって、そういう反省から生まれた教育理念です。

2.学力差については、以下に記述があります。
http://diamond.jp/articles/-/46988?page=2
http://www.jc.u-aizu.ac.jp/11/141/thesis/msy2009/01.pdf#search=%27%E3%82%86%E3%81%A8%E3%82%8A%E6%95%99%E8%82%B2+%E5%AD%A6%E5%8A%9B%E5%B7%AE%27

Q学力低下が招くもの

今、学力低下が問題視され騒がれていますが、本当に低下しているのでしょうか?
また、学力が低下し勉強ができない人が増えることで、どのような問題が起こるのでしょうか。
ぜひ教えてください。

Aベストアンサー

塾講師(社員)やってますがホントに低下しているな~とつくづく感じますね・・・。バイトの先生(現役大学生)もレベルがどんどん下がっています。とっても現場側としても問題になってます。いわゆる上位クラスの大学、国立大学の先生に対してですら、「えっそんな問題も解けないの!?」と驚くこともよくあります。
学力低下が招くもの・・・わたし自身としては(塾の先生やってるクセに)別にみんなが高校に行ったり大学に行ったりする必要はないと思ってるんですが、一般教養まで低くなるのはマズイというか、のちのち恥をかいたり困ることになりますね。もちろん手に職つけて、職人さんの道に進む方々はおそらくは問題ないと思いますが、フツウの会社に入って何か仕事したり企画する・・・となった時、論理的思考(中高時代で国語や数学で頭を使っていれば養えるもの)をうまく使えないのではないかと思います。
数学や理科で習った公式はそのまま社会で役に立つものじゃないですが、それぐらいの「応用力」がなければ仕事でも力を発揮できないと思います。また国社英は一般教養としてもホントに必要ですしね。

Qゆとり教育について

ゆとり教育が導入された頃は私は既に社会人でした。
以前から、ゆとり教育の不要論がメディアで取り上げられているのを見たりしました。ここでお聞きします。
(1)ゆとり教育が導入されてから良い点・悪い点とは?
(2)今後はゆとり教育はどうなるのでしょうか?
ぜひお教え下さいませ。

Aベストアンサー

「ゆとり教育」に良いことは何もありません。
もともと、日教組系教員が週休二日を求めたことと、遊具系起業の利益追求目的を、「子供の詰め込み教育廃止」という題目に摩り替えて、「ゆとり教育」という美辞麗句でだましてきたことです。それを朝日,NHKなどの左翼系マスコミが当初持ち上げてきたことです。
「子供のため」とか言いながら、結局遊び時間の増えた不貞教員が今どのようなことをしているか、その一方でまじめに授業をしている教員には時間不足による過剰負担となって疲労困憊している状況をどのように見ますか? さらに「ゆとり教育」を行うべき休日に「子供」はいったい何を学習していますか? 金曜や土曜の夜に近所の娯楽街に出てみればすぐに分かるでしょう。

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今の時代は、電子辞書、DVD、パソコンに、情報を得やすくなったにもかかわらず、学力低下しているのですか?こんなに恵まれた時代は、学力伸びるのではないですか?なぜ?

Aベストアンサー

 考えないからです。覚えて吐き出すだけ。自分から考えて努力して見つけた知識は覚えますが、単純にその回答に至までの過程を吹っ飛ばして、単純にいえば、答えの記号だけ教えて下さい。Aです。で終われば、なんでAなのかと、分からないままなので関連性もなくつながりもないので、忘れてしまうのです。
 また、速読などで行われる記憶として、絵として覚える。雑誌などでは誌面として面で見ますが、電子機器は文字だけなので、文字はまた違った記憶の仕方になります。

 答えだけ知っている。でも、なぜそうなるかという過程が失われています。
 答えだけ欲しい状態では、解決したら終わり。だから伸びない。

 では、答えが分かりました。なんでその答えに成るのか、考え見よう。そういったことで答えが出るのか。と過程がわかると応用も可能。別の形ではどう感じるのか?と考える。で、答えを出すという流れが大切なんです。反復して覚えるとかしないから。

 ここでも、安易に答えて下さいと宿題を投げ込むのと同じです。答えさえ分かれば、その人はその問題と答えなんて覚えていませんよ。苦労したなという状況とかも含めて、人間は記憶することもあるのです。記憶法として、強烈な印象をつけて覚えるという方法もあるほどです。

 本当に感じるのは追求することがない。なんでという発想がない。失敗すればしかられたりして、失敗しないように出来た物だけをする。そんな感じですからね。子供達を見れば。

 人間はアナログ人間です。デジタルとは結局融合できないのかもしれません。なんだかんだと、アナログに戻ってきていませんか?

 考えないからです。覚えて吐き出すだけ。自分から考えて努力して見つけた知識は覚えますが、単純にその回答に至までの過程を吹っ飛ばして、単純にいえば、答えの記号だけ教えて下さい。Aです。で終われば、なんでAなのかと、分からないままなので関連性もなくつながりもないので、忘れてしまうのです。
 また、速読などで行われる記憶として、絵として覚える。雑誌などでは誌面として面で見ますが、電子機器は文字だけなので、文字はまた違った記憶の仕方になります。

 答えだけ知っている。でも、なぜそう...続きを読む

Q「ゆとり教育」の犠牲・・・

全国的にみて現在高校に在学している生徒は小・中学校時代、国の「ゆとり教育」の真っ只中で過ごしてきています。

高校側もそれを理解していて多くのところでは全力で3年間の間に例年並に大学受験レベルまで追いつけるよう学習・指導している学校が多いようです。

しかし・・・義務教育をゆとり教育で過ごした生徒の多くは、通常の教育を受けた生徒が習う学習内容の約三割程度遅れているらしく、高校に入ってから(極端な話、教師の話では彼らに関しては高校教育が4年間必要という意見もあるらしく)相当大変でそのハードさについていけない生徒もかなり多いと聞きます。
中には小中時代、ゆとり教育を危惧して学校任せにしないで自ら自発的に塾に通い例年レベルをキープしていた賢い連中もいます。ですので一部の出来る生徒は全国的に高い学力を有しているわけなので上位の大学には入れるでしょう。しかし、全体的にはゆとり教育で過ごした今の高校生は過去最もレベルが低いというのは正直、免れないと思います。

そして、将来彼らが社会に出た時にその弊害がもっと現実的になるように思えます。というのは、はっきり言って彼らの下の世代(通常の教育に戻った今の小・中学生たち)が学力が上なので会社組織に入っても上位に立たれる可能性が強いと思えるからです。と言うことは、ゆとり教育で育った今の彼らには全く責任がないのにある意味、国の試行錯誤のモデル=実験台にさせられて一生を送る羽目になってしまった・・・と悲観的に考えてしまいます。皆さんのご意見をお聞かせ下さい。

全国的にみて現在高校に在学している生徒は小・中学校時代、国の「ゆとり教育」の真っ只中で過ごしてきています。

高校側もそれを理解していて多くのところでは全力で3年間の間に例年並に大学受験レベルまで追いつけるよう学習・指導している学校が多いようです。

しかし・・・義務教育をゆとり教育で過ごした生徒の多くは、通常の教育を受けた生徒が習う学習内容の約三割程度遅れているらしく、高校に入ってから(極端な話、教師の話では彼らに関しては高校教育が4年間必要という意見もあるらしく)相当...続きを読む

Aベストアンサー

あくまで、個人的意見ですが。
高卒のまま社会に出れば、その通りだと思います。
ただし、大卒の場合は何とも言えませんね。
大学時代の過ごし方によってはいわゆる「ゆとり」じゃない世代と変わらない場合もあります。「ゆとり」じゃない世代でも、大学に入ったら勉強しなくなることも多いでしょうから、大学時代の過ごし方で大きく変わってくるのではないでしょうか?それと、受験レベルでの学力は社会に出たときにそのまま役立つかどうかは別ですから。
特に技術職で無い限り、ある程度の基礎的学力があればあとはその人個人個人の能力ややる気の差だったりしますから、それほど悲観する必要はないと思います。
ただし、今のままの大学制度を保つなら大学、高校入試に関しては「ゆとり」は弊害があったとは言えます。

Q最近、日本の学力低下が騒がれていますがこのままいくと日本は終わってしま

最近、日本の学力低下が騒がれていますがこのままいくと日本は終わってしまうのですか?
日本は資源があまり無く、技術で活躍していますが私が思うには今の日本人は考えることが嫌いで、なおかつ学力が低下していくと技術や発想が無くなり日本が衰退の一途を辿り、他国からは見放されると思うのですが・・・
それに比べて韓国は教育に熱心で日本より教育のレベルが高いらしいです。
日本は対策しているのでしょうか?または対策して結果はでているのでしょうか?

Aベストアンサー

>それに比べて韓国は教育に熱心で日本より教育のレベルが高いらしいです。

比較教育学の範囲ですね。
そのニュースは聞いたことがありますが、学術的に韓国の教育法・教授法が優れているという話は聞いていません。

98年にイギリスは死刑を廃止しました。
数年後「死刑廃止したイギリスの犯罪率が低下した」というニュースが流れましたが、最近では死刑復活の話が出ているようです。
そもそも本当に低下したのでしょうか?

同じように韓国の教育のレベルが高いというニュースが流れても本当かどうかはわかりません。

>で、なおかつ学力が低下していくと技術や発想が無くなり日本が衰退の一途を辿り、他国からは見放されると思うのですが・・・

この手の質問でいつも思うのですが
日本は最先端技術の開発・生産で生きているのではありません。
http://blog.goo.ne.jp/kawabata002-himik/e/095c2915ccbb3d9ee4c7d0802e869b5a
私は↑の方と同じ立場です。日本の所得収支は先進国では世界一です。
海外に投資したあがりが、貿易による利益より多くなっています。

ですので、全ての子に最先端の科学技術をつけさせようと努力するより、国民全体に商人の心得をつけさせる方がいいでしょう。
「三方よし」でも「船場汁」でもいいです。
小泉元首相が提唱した「もったいない」というのも商人の心得です。




そもそも、他国が最先端の開発に着手するでしょうか?
韓国であれ、中国であれ、民生品はフォロワー戦略を採っています。
フォロワー戦略はマーケティング用語で
リーダー戦略・フロンティア戦略を採る国の後を追い、開発費を抑えて利益を追求する戦略です。
リーダー戦略を採る日本が落ちぶれたら、各国は開発費を捻出して自らリーダー戦略を採るのでしょうか?
それとも、他国がリーダー戦略を採るのを待って、永遠にフォロワー戦略に甘んじようとするのでしょうか?
理屈では後者になります。
日本が落ちぶれたからといって利益になるか分からないことにお金を出すとは限らないのです。

国際的に重要とされているエネルギー・コンピューター関連は質問者さんの危惧される通りです。
この辺りは負けないように、大学で有能な人を一本釣りして、研究出来る場所で働いて貰えるようにしてくれればいいです。

一部の天才秀才が力を発揮できる場所に行って、一般人は「もったいない」精神を発揮すればこれからも有利に日本が発展するでしょう。

>それに比べて韓国は教育に熱心で日本より教育のレベルが高いらしいです。

比較教育学の範囲ですね。
そのニュースは聞いたことがありますが、学術的に韓国の教育法・教授法が優れているという話は聞いていません。

98年にイギリスは死刑を廃止しました。
数年後「死刑廃止したイギリスの犯罪率が低下した」というニュースが流れましたが、最近では死刑復活の話が出ているようです。
そもそも本当に低下したのでしょうか?

同じように韓国の教育のレベルが高いというニュースが流れても本当かどうかはわかりま...続きを読む


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