プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

日本においては、戦国時代の3傑を筆頭に戦国大名、源平合戦、幕末、南北朝など・・・
歴史上の有名人物をあげると結構でてきます。
また、中国でも、三国志や秦末の楚漢戦争時や明朝の成立時など、乱世の時代の有名人物は結構知っている方です。
でも朝鮮において有名人物を挙げると
・・・・・あれ?全然うかばないんだけど・・・
となるんですけど、
少なくとも、朝鮮では王朝が新羅からいっても、高麗、李氏朝鮮と王朝が変わっており、そのときに有名武将がでてきてもよさげなのですが
李舜臣くらいしか浮かばない・・・・(この人物も乱世での英雄でないし)
たとえば、タイやベトナムなど有名人物を挙げろといわれたら知らないよとなりますけど
中国、日本ではすくなくとも数十人~数百人は浮かびますけど、なんで隣国でそれなりの歴史があるのに、有名な武将とかいないんですかね。
韓流ドラマで出てくる人物は新羅統一以前の伝説の人ばっか。
実際に、信憑性のある有名人物はいないのでしょうか?
それとも、朝鮮の人なら知っているという人物がいるのでしょうか?
逆に朝鮮の人から見れば、日本の戦国時代の
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、武田信玄、上杉謙信や
幕末の坂本竜馬、西郷隆盛、高杉晋作、
鎌倉時の源義経、頼朝、北条時宗など・・・
しらない人いるんですかね。

A 回答 (7件)

>朝鮮人は逆にいうと王家とその官僚だけが栄えていただけであり、それ以外の身分の者は、あまり政治に興味がなかったのでしょうか?


「李氏朝鮮後期の農民反乱」

>でも、戦後の朝鮮を見たらナショナリストの塊でそうには見えないんだがとも思います。
戦後だけのことです。伝統的な地域対立、階級差別を克服して共和制を実現するには民族意識をひたすら鼓舞するしかないのです。

>たとえば地方の有力者と王家の勢力の差がありすぎて王家に歯向かおうなど考えなかったのでしょうか?
地方に有力者などいない。

>ただ、たとえば、国が外国に攻められた直後(蒙古族の侵略や日本の秀吉の侵略のあと)においては戦乱の後のため、「王家は頼りない。自分が国をまとめていきたい」といった人物がいなかったのでしょうか?
まあ、その人物が李成桂なのかもしれませんが。

そもそも国民という意識など人民は持たない。国が攻められた時は自分が浮上するチャンスと捉えるだけです。
秀吉の朝鮮出兵の際も下層階級はむしろ先頭を切って、王宮の倉庫などを襲撃し、陶工は日本亡命を願った。それは一生に一度あるかないかの奇跡的チャンスなのです。奴隷から平民に成り上がる、二度とないチャンスなのです。

新羅から高麗に王朝が交代したのは、官僚の腐敗・堕落が極まって農民が収奪に耐え切れなくなったから。
高麗から李氏朝鮮に王朝が交代したのは、中国の紅巾の乱が影響しています。高麗王朝は忠烈王の代から、完全に元の傀儡政権になっていました。後ろ盾の元が紅巾の乱で倒れると高麗王朝ももたないわけです。
ソ連が崩壊してルーマニアのチャウシェスク政権が倒れたような話。
    • good
    • 3
この回答へのお礼

たしかに明治維新も、建武の親政も、元はといえば外国の影響力の元、今の政府はなんてたよりないんだろうとして、それならば自分が・・・という考えの下興った政府交代劇です。
まあ、政府が交代する場合はあえてそんなものですが・・・
朝鮮の場合、日本よりより中国の影響を受けているため、王朝の交代は中国の影響をもろにうけるんでしょうね。
でも、その場合、王朝の始祖とよばれる王健や李成桂はともかく、それに随行した武官、文官も有名な人物がでてもよさげだと思うのですが・・・
たとえば、中国でいえば、劉邦に対して張良やハンカイ(ごめんなさい漢字がでませんでした。)、劉備に対して孔明や関羽、日本でいえば、信長に大して光秀や秀吉、勝家、家康に対して本多忠勝など・・・
朝鮮では王朝創始者は知っているのですがその随行した人物までしらないです。

お礼日時:2012/11/23 18:35

 丁寧な返礼ありがとうございます。

文面から拝察させていただき穏健な思考をお持ちの方であることに一先ずの安堵をおぼえましたので、改めてお話しさせていただきます。

 >その時代時代を新しい時代に導いた人
とのことであるならば、中国の王朝交代劇と似た考え方もできます。中国の古代王朝、たとえば秦を打倒し、新たな国家(王朝)を建てようとして覇権を競ったのは劉邦と項羽でしたが、実際に新たな王朝の皇帝として帝位に就いたのは劉邦です。彼は「高祖」として即位した形です。つまり王朝交代劇が行われるごとに新たな英雄が生まれ同時に権力の地位に就くとの構図です。
 これは朝鮮半島にあってもほぼ同じ形が見られ、高句麗にも始祖はいたことになります。こうした建国の問題には必ず作り話である神話が伴いますが、少なくとも19代目の好太王は史料に名を残してもいます。同様に百済や新羅にもそうした神話ではない実際の建国の英雄はいたことでしょう。朝鮮半島に一先ずの「統一王朝」を築いたのが高麗です。
 ですから「一つの方向性」として「統一」を企図したのであれば、それは信玄や謙信などは除外されることとなります。最終的に統一を果たしたのは信長であり、その前提を遡及するならば足利・北条・源・平とそれらを社会的に誕生させた藤原の存在が問題の鍵となることになります。また信長の後は実質徳川です。
 明治維新期に目を遣るならば、その原点は彼らの思想的原点を形成した佐久間象山であり緒方洪庵であるといえましょう。
 この意味からならば、日本が開国と共に明治維新体制を構築したことに範を得て、新たな国家を建てようと試みた政治家の金玉均も英雄の一人といえるでしょうね。
 
    • good
    • 1
この回答へのお礼

たしかに朝鮮も統一王朝を築き上げた王建や李成桂も英雄といえば英雄です。
でも、自分はそのくらいしか知りません。
勉強不足なのでしょうか?

>日本が開国と共に明治維新体制を構築したことに範を得て、新たな国家を建てようと試みた政治家の金玉均も英雄の一人といえるでしょうね。

朝鮮にも明治維新にならって国を変えようとした人物もいるのですね。
てっきり、朝鮮は日清戦争後、日本の影響下に置かれて行き、日本と併合されたため、そのような人物がいたとは思いませんでした。
朝鮮でも、日本と同じように立憲君主国家が出来なかったのでしょうか。中国、日本その他外国勢力の影響が強いこと。世界が当時朝鮮という国を国として認めなかったことも理由でしょうか?
ありがとうございます。

お礼日時:2012/11/23 18:42

金方慶…元寇で対馬を侵略し対馬住民を虐殺した英雄


元均…李舜臣の不正を暴き、朝鮮水軍を束ねた英雄
安重根…伊藤博文を暗殺して朝鮮併合を一挙に進ませる原因を作った英雄
    • good
    • 1
この回答へのお礼

残虐者、暗殺者は英雄ではないです。
人間としてどうかと思います。
また、元均も初めて聞きましたが、結局は李舜臣と対立した挙句、日本軍に敗北して戦死
これならまだ李舜臣のように国難を退けた経歴があり英雄なような気がします。

お礼日時:2012/11/21 19:58

姜邯賛は有名でしょう。

確かに韓国は歴史上の英雄が少ない印象があります。

それには3つの理由がある。

1.韓国では大衆文芸が全く興らなかった。
日本では江戸時代に大衆文芸が普及し、講談や軍談物などで戦国時代の英雄譚が脚色されつつ繰り返し題材として取り上げられている。ところが韓国では全くそういう大衆文芸が存在しないのです。韓国の大衆が歴史に興味を持ったのは、戦後のことに過ぎないのです。しかもハングルが普及したところで漢字で書かれた正史は学者にしか読めない。韓国の大衆は学者が書いた教科書でしか歴史上の人物を知る機会がないのです。

2.韓国では封建制度が全く発達しなかった。
韓国の王朝は全て、中央集権制度で封建制度がない。王が科挙で登用した官僚が農民を支配したという単純なパターンの繰り返しで、官僚の陰湿な権力闘争、出世競争があっただけで物語の題材になる要素が極めて少ない。どうやってボンクラな王様を誑かして権力を握るかってだけですから。日本の大名に相当する人物が皆無ということです。

3.韓国は大陸とは満州で接し、海をへだてて日本と接しているだけですし、中国の王朝に朝貢しているので、対外的な危機も少なかった。
満州の騎馬遊牧民族は専ら中国を侵略・略奪する方に関心があって、貧しい韓国には余り目を向けなかったからです。韓国が攻められるのは満州で大きな勢力が興った時だけです。武官が活躍する機会がほとんどなかったのです。たまにその機会があっても、あっけなく壊滅して頭を下げて朝貢するという外交術でしのぐというだけですから、物語になりません。手柄らしい手柄を立てたのが李舜臣や姜邯賛といった数少ない例外しかいない。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

朝鮮人は逆にいうと王家とその官僚だけが栄えていただけであり、それ以外の身分の者は、あまり政治に興味がなかったのでしょうか?
でも、戦後の朝鮮を見たらナショナリストの塊でそうには見えないんだがとも思います。
たとえば地方の有力者と王家の勢力の差がありすぎて王家に歯向かおうなど考えなかったのでしょうか?
ただ、たとえば、国が外国に攻められた直後(蒙古族の侵略や日本の秀吉の侵略のあと)においては戦乱の後のため、「王家は頼りない。自分が国をまとめていきたい」といった人物がいなかったのでしょうか?
まあ、その人物が李成桂なのかもしれませんが。

お礼日時:2012/11/21 19:53

 古代の朝鮮半島ならば高句麗の僧である慧慈、同じく百済の僧慧聰がおります。

前者は厩戸聡耳皇子の先生にあたり、後者も日本に仏教をもたらした人物として日本でも広く知られています(高校の日本史教科書には掲載されていて受験生の常識です)。
 ついでですが、「この人物も乱世での英雄でないし」との部分に少し疑問もあります。武力で相手を凌駕した人物だけが時代を作ったなどというのは最早時代錯誤の英雄史観でしかありません。
 もしこれらの武人を例に採るならば、近代国家の礎を築くきっかけを作ったアダム・スミスやらカール・マルクスなどは論外の対象となってしまいます。近代精神のさきがけとなったパスカルやガリレオのような思索家はどうなるのでしょう。
 陸奥宗光は?児島惟謙は?高橋是清は?。武力に物を言わせる様なスタンスの方からすれば、これらは皆好ましからざる人物でしょうね。
    • good
    • 3
この回答へのお礼

たしかに近代の思想と中世の思想とは考え方がまったく違います。
また、人によっては英雄感もまったく違いますのでなんともいえませんが・・
私自身英雄というのは武力だけではなく、その時代時代を新しい時代に導いた人
と言う認識があります。そういう意味では別に武将だけでなく、発明者や思想家、世界が認める業績を残した人も英雄ですね。
ですから、武力をまったく使わず、世の中を変えていった坂本竜馬なども自分からみれば英雄ですし、
また、日本の乱世を終わらせようと時代を生き抜いた人物も英雄と思います。
たしかに、神ではないですので、人はその中で間違いを起こすでしょう。
秀吉だって天下統一するまでは、すばらしい業績をしたとは思いますが、晩年、身内を処刑しまくり
朝鮮に出兵し、鼻水たらして家康に後のことを頼む姿勢はとてもじゃないが英雄とは思えません。
ただ、朝鮮の歴史上の人物でそのように世の中を変えていきたいと行動した人物はいるのでしょうか?
自分が知らないだけでしょうか?

お礼日時:2012/11/21 20:10

言われてみたら僕もそうですね。


う~ん…
日本古代史に興味を持っているので、古代における登場人物、たとえば鬼室福信や蓋鹵王などはそれなりに「いた!いた!」という具合なのですが、一般的にはどうかな?ってお話ですよね。

いずれにせよ、自国の歴史人物は好きなら当然わかっているはずで、問題は、案外と中国は知っているというところが、朝鮮を知らないという部分とうまく合致しないんですよね。

まぁ、中国は三国志など、吉川英治さんや横山光輝さん。はたまたNHKの人形劇(長野県飯田市に人形展示あり。見に行きましたがすごい迫力です)の影響で、その辺の歴史は日本でも人気がありますし、項羽と劉邦の時代では「四面楚歌」「捲土重来」などの故事成語や、「韓信の股くぐり」など、古来より人倫を学ぶにあたり、中国の古典を日本人は学んでいましたからね。そんな関係でやはり中国は詳しくなるんでしょうね。

「朝鮮に学ぶべき歴史がない」と切って捨てるのは簡単な話だと言えばそうなのかもしれませんが、歴史を学ぶにあたって、学ぶ側の意識を鋭敏にすれば、それなりに歴史を彩ってきた人物はいるのでしょう。結局のところは、日本でなじみが薄いとしか言いようがない気がしますね。

また、韓国など朝鮮半島の人々が、「歴史上の英雄?安重根!」などと、学校教育で教えている事なども、冷静にお互いの国を学び合えない遠因ではありますよね。学者レベルでは朝鮮史を扱う者はいても、市民レベルで、「英雄・安重根」というような国の歴史の本を書店に並べて、「買いたい」あるいは「学びたい」と思う心は、日本人からは生まれませんよね。
また、日本では豊臣秀吉という人物を語る時、前半生は喜々として「草履を温めていたんだぜ!」とか「本能寺時点での秀吉の機動力!半端ないっす!」などと語られますが、朝鮮の役の頃になると「あぁ…秀吉もアレだよ…ほら…老人性の痴呆?とにかくそんな感じだったんじゃない?」という感じで、朝鮮の役の彼については、等しくトーンダウンするのが日本人なんですが、韓国の人などは一番嫌いな日本人は豊臣秀吉になるらしいですからね…
そんな国同士、歴史を足並みそろえて学ぼうって気はおきないですよね。

いずれにせよ、日本にとって朝鮮をふくめた東アジア地域と言う範囲でなければ、日本の古代史はうまく理解が進まないのですが、それは逆に朝鮮にも言えることのはずなんですがね。
お互いにイデオロギー先行で、学問としての歴史という分野が未成熟なのでしょう。そして、僕が日本人だからかもしれませんが、その原因の大部分は感情的にしか歴史を語れない、朝鮮半島の国にある気がしてならないのも、今の僕の率直な感想です。
日本側で問題なのは…ネトウヨ?
天皇陛下がどうのとアジ演説していますが、彼らの天皇理解に無理と屁理屈が多いですから。王権が弱体化したり、中興したり。それらすべてを理解の範囲におさめながら、なお「我が国の王(皇)」として、誇りを持つべきところに持ってきて、是が非でも代々「聖帝」であったとしたいが故にウソを重ねる。我々の天皇陛下、また皇族という血脈に対する信頼なくして、なんの愛国なのか?
まぁ、ごく一般の日本人は歴史に対して冷静なので、ネトウヨを除けば、やはり問題は国民一丸となり反日教育をよしとして、歴史の声なき声に耳を傾けることを放棄する国にあるのでしょうね。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

自分が平和の時の人物の伝記より乱世の人物の伝記の方が好きなのが影響しているのかな
とも思います。
ただ、私は人を暗殺するようなテロリストを英雄だとは思いません。
テロリストは人を暗殺しても、世界を変えられないからです。
それに、暗殺者はたとえ、その対象者が暗君だったとしても、どこまでいっても、あの人はすばらしいことをした。とはならないと思うんですよね。
これは日本的な考え方でしょうか?
また、朝鮮でいえば乱世の時代が3国並立の時代と日本と比べて、年代が古いため、文献がないというのもあるのかもしれないですね。

お礼日時:2012/11/21 19:45

朝鮮半島にいたとなれば、数人は思い浮かぶはずですが、


そもそも朝鮮半島にあった国家が歴史を残していないし、現在の南北朝鮮は
相変わらずのウリナラファンタジーなので、文献なんか残っていません。
韓国の歴史は、現在の韓国人が捏造し続けているのですから。イケコミとも
言うかもしれませんね。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

たしかに、歴史文献からいって、朝鮮の捏造は目立ちます。
ただ、捏造はともかく、こんな人物が朝鮮にいた。というのもあまり聞きません。
日本の奈良、平安朝にさかのぼれば、帰化人などいたかなって感じもしますが
ですが、あれ、この人朝鮮人だったっけ中国人だったっけとなります。
空海や鑑真は中国系でしたっけ?

お礼日時:2012/11/21 19:39

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!