まず記事全文を示しておきます。(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20121207- …
おやじに伝えて、さよなら…留守電に崩落死男性

山梨県の中央自動車道・笹子(ささご)トンネルの天井板崩落事故で、死亡した同県甲斐市の中川達也さん(50)が、天井板の下敷きになった保冷車から職場の上司に電話し、両親へのメッセージを伝えていたことが、会社関係者への取材で分かった。

中川さんは、食品卸売会社「海老正」(東京都新宿区)の同県甲斐市にある甲府営業所に勤務していた。電話を受けたのは中川さんの直属の上司の男性所長(42)。

同社によると、中川さんは2日午前8時5分頃に発生した事故直後、所長の携帯電話に数回かけ、そのうち午前8時18分と同39分の2回、留守電に伝言を残していた。所長は激しいクラクションの音で最初は聞き取れなかったが、何度も聞き返してみると、「おやじに伝えて、さよなら」という父親あてのメッセージが入っていた。 ←★

その後、所長や他の社員が何度も中川さんの携帯に連絡し、正午過ぎに所長のかけた電話が一度だけつながった際、中川さんは「所長、助けて」と息苦しそうに声を出し、「さよなら」などと母親へのメッセージを伝えたという。

---
★の部分についてです。
「所長は」で始まって、文末が「入っていた」で終わってますが、主語と述語が呼応していないことに違和感を覚えるのは何故でしょうか?
また、そう感じない場合は何故でしょうか?

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A 回答 (6件)

文末に「という」の3文字を加えると違和感は消えると思うんですよ。


その前の一文にある「同社によると」という表現でもわかるように、
記事自体は「会社の人間が所長から聞いた内容を記者が聞いて書いたもの」なので。

ただ、記事全体の最後にも
>伝えたという。

とありますよね。
「同社によると」から始まる内容は、
1)同社によると、
2)所長は激しい
3)その後、所長や

--の合計3つの文で一つのまとまりとなっているので、
途中では「~という」を使わずに、最後のまとめの部分で「という」を使っていると考えてください。

ではなぜ「まとまりの途中で改行しているのか」という疑問が出てくるかと思いますが、
これは単純に「一つの段落が長すぎると読みにくいから」と考えてください。
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この回答へのお礼

「という」を加えるとはうまい説明ですね。
納得です。
全体としてしっくりくる説明です。
非常に参考になりました。ありがとうございます

お礼日時:2012/12/13 18:17

これって


重文ではないのかな。単文・重文・複文というときの重文。

所長は~聞き取れなかった、メッセージが~入っていた。
これでいいと思うのですが。

(重文の例)花は咲き、鳥は歌う。
主語-述語、主語-述語。
という形で、主語は二つ、述語も二つ。

と考えると何ら違和感は無いと思うのですが。
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この回答へのお礼

重文であるから違和感ないという感想と、
重文であるが違和感があるもしくは分かりにくい、という二つの意見に分かれるようですね。

ありがとうございました

お礼日時:2012/12/14 13:35

違和感は覚えないです。


単に省略したのだろうと思うからです。
激しい~入っていた。という内容のコメントを所長がしたんだろうな、と思うだけです。
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この回答へのお礼

意味は分かるので構文的な整合性は気にならない、ということでしょうかね。
ありがとうございました

お礼日時:2012/12/13 19:11

「あとから」を入れると読みやすくなるかと思います。


所長は激しいクラクションの音で最初は聞き取れなかったが、後から何度も聞き返してみると、「おやじに伝えて、さよなら」という父親あてのメッセージが入っていた。
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この回答へのお礼

おお!これも私が気が付かなかったです。
たしかにその位置に「あとから」を入れると違和感が和らぎますね。
ありがとうございました。

お礼日時:2012/12/13 18:20

あ~、質問の内容と回答が食い違ってますね(汗)。




★がついた文の主語は、その直前にある
「メッセージが」ですね。
で、「所長は」に対する述語は「聞き取れなかった(が)」ですね。
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この回答へのお礼

いえいえ、たしかに問うているポイントに対する説明ではありませんでしたが、非常に参考になりましたよ。

お礼日時:2012/12/13 18:18

>所長は激しいクラクションの音で最初は聞き取れなかったが、何度も聞き返してみると、「おやじに伝えて、さよなら」という父親あてのメッセージが入っていた。



これは「主語・述語 + 主語・述語 + 主語・述語」という形になっています。種類分けで言えば「重文」となります。分解すると、

1文 所長は激しいクラクションの音で最初は聞き取れなかった
2文 が、(所長は)何度も聞き返してみた
3文 と、「おやじに伝えて、さよなら」という父親あてのメッセージが入っていた

最後の文の「入っていた」の主語は「メッセージが」です。
違和感は、1文の主語「所長は」と3文の述語「入っていた」をくっつけたことが原因です。


とはいえ、わかりやすい文でないことは確かですね。新聞記事では字数を少なくするため、よくこのような書き方をするようです。
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この回答へのお礼

主語と述語が呼応していないとに違和感を覚えたのが私だけではないと分かって安心しました。
字数が限られた新聞記事なので仕方がないですが、事実の記録や説明の文・文章ではなおさら明瞭・明確な構文にして欲しいものですね。
ありがとうございました。

お礼日時:2012/12/13 17:44

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Q「体言止めに句点」について

体言止めに句点はつけないのが、一般的だと思います。
初歩的で恐縮ですが、次の件について具体例を示してご教示お願いします。

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次に掲げるのは、太宰治の「グッドバイ」の冒頭部分です。

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体言止めに句点は付いています。そしてこれは特別なことではありません。

Q主語・述語以外の表現方法を中心とした言語はあるの?

日本語の文章は主語と述語を中心として構成されるのが普通ですが、主語と述語による制限は受けていないのでしょうか?
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もし、主語と述語による文章が表現方法の一形態にすぎないのなら、私たちはとても偏った表現方法をとっているのではないでしょうか?

表現方法;適切な言葉が思いつかないです、すみません

高校の古文で品詞の勉強をしている際に疑問に思いました
よみにくい、わかりにくいかもしれませんが回答よろしくおねがいいたします

Aベストアンサー

>もし、主語と述語による文章が表現方法の一形態にすぎないのなら
>それ以外の表現

なんてあるのですか? どこのどんな言語でも、表現したいこと(述語)と、それが何であるか(主語)が備わっていないと、「表現」にならないと思うのですが。
まあ考えられるとすれば、あいさつや、感動詞と呼ばれる声による一語の文でしょうか。ただそれらは原始的な表現で、とても複雑な内容を伝えられる表現ではないでしょうね。

また「それ。」や「雪。」などの文でも、すべては「私が欲しい物はそれだ。」や「雪が降ってきた。」などの省略されたものと考えられ、「主語ー述語」の形式をとっていると考えられます。

制限ではなく、文としての当然で必須の形式だと言えると思います。

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句点をつける必要はない、とある本に書いてあったのですが、
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Aベストアンサー

はずしていたらごめんなさい。
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文の一部分を求めれられている場合は、必ずしも読点は必要ありません。

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という文は主語がない文なのでしょうか?
こっちへ来るのは実際田中くんだから田中くんが主語なのでは
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「田中くん。こっちへ来て。」とすればこれは二文なので後者には主語がない事は明らかでしょう。
(3)ただし、この文とは違う命令文では主語を有するものもあります。「君自身が直截行きなさい」「田中君がこっちに来なさい」等です。

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外国人です。どうぞよろしくお願い致します。

疑問文の句点について疑問があります。

要するに、「どんな場合に句点が使えますか」、「どんな場合にハテナを使わなければいけませんか」ということです。

例えば、「それはなんですか。」に句点が使えると思いますが、「他に何かありますか?」に句点が使えるか否かはよく分かりません。

また、「それはなんですか。(句点)」と「それはなんですか?(ハテナ)」、どちらがいいですか?

どうか教えてください。

Aベストアンサー

日本語に疑問符 ? は使用しません。日本語に無い文字ですから。
公式文書以外では、疑問文(問いかけ)である事を強調するため、「?」を便宜的に使用することは、この様なサイトやメール交換で多用され始めましたが、漢字表にも50音表にも無い文字ですから、本来は使用できません。
記号の連続使用も、基本的には文法違反です。
日本語の記号は句読点の他には、「」『』だけです。
とは言え、言語生活が豊かになったことから、論文などでは数式の書き込みも必要になり、注釈の意味で括弧類の使用も必要になりました。
そのことをご理解の上で、ある程度ご自由に使用なさって下さい。
近年は公文書でも色々な記号が採用されていますが、「?」はなるべくお避け下さい。

Q主語・述語を選ぶ問題

主語・述語を選ぶ問題で、
「①今日も ②日本海側だけ ③厚い ④雲に ⑤おおわれている。」
というのがありました。

述語が⑤はいいのですが、主語が②となっていました。
もちろん②も主語と思いますが、①が主語ではない理由がわかりません。

どうなのでしょうか。

以前、「象は 鼻が 長い」という文章の主語は(1つにするなら)解答は
無い、というようなことを聞いたことがあります。
これの主語は明らかになっているのでしょうか。

詳しい人がいたらお願いします。
ちなみに小5の問題です。

Aベストアンサー

「象は 鼻が 長い」について、

日本語の助詞「は」と「が」について理解する必要があります。「は」は話題を提示する、つまり○○についての話です、という具合に話の主題を他から切り離して示す役割を果たします。「が」は主語を示します。象について言えば「鼻(主語)」が長い、という意味合いです。

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「象は 鼻が 長い」について、

日本語の助詞「は」と「が」について理解する必要があります。「は」は話題を提示する、つまり○○についての話です、という具合に話の主題を他から切り離して示す役割を果たします。「が」は主語を示します。象について言えば「鼻(主語)」が長い、という意味合いです。

類似の例ですが、「山は富士山が美しい。」この時は(海でも川でもなく)「山」を話題として特に取り上げた上で、「富士山」を主語とします。

「も」についても同様で、主語を示さず「(昨日も)今日も」と...続きを読む


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