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『本溪湖に至れば、巨大なる溶鑛爐の煙突、天を摩するあり。即今五万噸の鉄を製し、
明年に至らば、更に五万噸を加ふ可しと云ふ。其の採炭の業、又た甚だ熾也。大倉翁
の男爵を贏ち得たるも、此に於て聊か理由ありとは、同車中の諸客の相語る所にてありさ。』

『大倉翁』からの意味を教えてください。

お願いします。

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A 回答 (2件)

大倉翁(大倉喜八郎のこと)が男爵の爵位をかち得たのも、少しはこの製鉄や炭鉱の事業が理由となっていると、同じ(列)車内に乗り合わせた客たちが語り合っていた。



【参考】大倉喜八郎(1837ー1928:天保3ー昭和3)実業家。越後新発田の生まれ。一代で大倉財閥を築いた。明治43年中国(清)側と本渓湖煤礦有限公司を設立して採炭の合弁事業を開始。のちに本渓湖煤鐡有限公司と改称して製鉄事業も行う。なお大倉喜八郎が男爵の爵位を得たのは大正4年12月。
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大倉さんが男爵の称号を得たのもこのへんにちっとしたわけがあるんじゃなかろうかと車中の人は語るのでした。



・これ以前に大倉翁についてどんな言及があったのかわからないので、ここだけ読むと「鉄工所を作った功績が認められた」というように見えます。
もしかしたら、鉄工所を作った人を差し置いて爵位を得たのは何かほかの理由があるんじゃねえの?という噂話かもしれません。
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この回答へのお礼

読みやすい文章に訳してありがとうございます。
助かりました。

お礼日時:2012/12/19 10:20

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