1・長谷川平蔵、大岡忠相、遠山景元が捕り物や消防の時に着ている羽織は陣羽織ですか?、道中羽織ですか?。

2・国綱、政宗、虎鉄、村正、どっちが名刀ですか?。

3・小柄はナイフですか?、手裏剣ですか?。

4・田沼意次、酒井忠清、松平定信、水野忠之は筆頭老中の立場ですが、大老とはまた違うんですか?。

5・時代劇では家光も柳生も幕府も家綱にあまり期待していなかったんですか?。

6・薩摩、加賀の殿様の官位は参議、伊達は近衛中将、そう公方様と官位が違わないと思います。なのに公方様は3人を呼び捨てにしていたんですか?。

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A 回答 (3件)

1.陣羽織でした。

しかし当然、それぞれ自前なので出来は違います。
 実物がないのでなんともいえませんが、四百石取りの旗本だった長谷川平蔵の羽織は質素だったでしょう。

2.何を持って名刀というかによります。それぞれ一振りだけあるわけではありません。
 ついでに、正宗の字が違いますよ。

3.どちらにでもなる、が正解です。
 爪切りや髭剃りでもあります。

4.大老は非常置職です。筆頭老中というのは徳川家の家政における家老の首座なので、常置です。

5.時代劇の設定によるとしかいえません。

6.「そう違わない」つまり違うのです。違っていれば当然身分の上下が発生します。
 ついでにいえば公家官位で明確ですが、江戸時代彼らは徳川家の家臣にして、分家でもあります。
 (江戸時代の彼らの正式な名乗りはいずれも「松平~」です。)
 主君が家臣を、本家が分家を下に見て何の不都合があるでしょうか。
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この回答へのお礼

そうなんですか、分かりました。どうも。

お礼日時:2013/01/30 16:29

歴史と歴史小説の混同が見られます



エンターティメントを目指しているのかアカディミックを目指しているのか  立位置をはっきりさせましょう

征夷大将軍が幕府を開く命を受ければ 征夷に関しては 軍事に限らず徴税等の行政や司法の
全権を委任されています その意味をしらべましょう
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この回答へのお礼

どうも。

お礼日時:2013/01/30 16:29

こんにちは


わかるトコだけ

2・刀の国綱や政宗と言うのは、「刀工」つまり「刀鍛冶」の名前で、多くは襲名制です
  その刀工が鍛えた刀を指す言葉でもありますが、個々の刀の銘ではありません
  つまり国綱、政宗、虎鉄、村正それぞれが複数存在します
  どれが名刀か、という事は単純には決められません
  おまけに、初代作、二代目作などもあります
  政宗などは何代目になるかわかりませんが、現在も刀剣製造を行ってます

3・小柄はカテゴリとしては「ナイフ」に分類していいと思います
  手裏剣は投擲に特化した武器で、投げる事を前提にした作りですが
  小柄は手に持って使う道具として作られています

4・老中は常設の職分で基幹決定・政策執行機関
  大老職は非常設で将軍の代行まで可能
  現在の会社で例えるなら、
  老中は取締役、老中筆頭は専務くらい?
  大老となると社長補佐や副社長といった感じでしょうか

5・時代劇にとなると、著者や作品にもよるため、一概には言えない
  
6・征夷「大将軍」ですからね
  武家社会は軍事組織が基盤です
  朝廷においての官位の前に、その部分の意識が大きい
  中将は従四位、参議で従三位くらいだっけ?
  将軍職は大臣以上になります、人によっては太政大臣にまでなっている
  従二位~正一位ですね
  官位はかなり違うと思います
       

この回答への補足

何とか1の事、分かりませんか?。

補足日時:2013/01/21 01:00
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この回答へのお礼

そうですか。分かりました、有り難うございました。

お礼日時:2013/01/21 01:00

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http://earlgreyimperial.bufsiz.jp/edo_q/edo_q01_bukekani.htm

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・官職が先で名前は最後です。他に有名なところでは、井伊掃部頭直弼がありますね

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その火消しの請負人たちが暴力団の起源である。

街はお金を町内で集めて火事になったときに火消し団体にお金を払った。

その火消しの商売は結構な金額が町内会費で集めれるので火消し団体がいくつも出来た。

で、火事になったときに我先へと火消しの為のため樽をどこの火消し団体が取るかで請け負っていた火消し団体よりも先に到着した別の火消し団体が消火に当たって火が鎮火して謝礼を消してくれたいつもの請負火消し団体に支払わなかったのでここから暴力団の縄張り争いが起こるようになった。

だからここは俺の火消しの縄張りだと言って島争いの陣地争いが勃発した。

で、幕府は火消しを政府が行うとして政府が火消し団体の仕事を奪う形で消防団が生まれて消防署が生まれて、火消し団体は稼業を失ったが、昔の島と町内の上納金の仕組みだけは残った。

町内とは顔が効くので消防団に仕事を奪われた暴力団の火消し団体は博打を稼業とするようになった。

お客は町内で博打の胴元を元火消し団体の暴力団が行うようになった。

火消し団体のときは任侠団体と言われ、危険な火に飛び込む勇気がある男たちとして街の人からは尊敬されていたが、博打は胴元が最終的には勝つようになってたし、お客もタチが悪い金払いが悪い客もいたりして殴る蹴る暴力を使うようになって任侠団から暴力団と言われるようになった。

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だから暴力団の始まりは消防隊であり、国に仕事を奪われ、博打の商売を始めたがそれも儲かると分かると国がやると言って暴力団から仕事を奪って今に至る。

暴力団は裏で細々と博打をやっていたが警察が歴史も知らずに摘発を繰り返したことで暴力団は稼業のやる気を失い大麻やアヘンやマリファナや覚せい剤を売る商売を始めたがヒロポンを売ることもすぐに禁止された。

今では隠れて覚せい剤を売っていたり、隠れて賭博を開いたりしている。

合ってますか?

日本の暴力団の起源は火消しからだったと知った。

昔は消防署が無くて街の寄り合いが消防団を作っていたが当時の火消しは大変危険で火消しの度に死人が出たので火消しを仕事の生業の専門とする火消しのプロが生まれた。

その火消しの請負人たちが暴力団の起源である。

街はお金を町内で集めて火事になったときに火消し団体にお金を払った。

その火消しの商売は結構な金額が町内会費で集めれるので火消し団体がいくつも出来た。

で、火事になったときに我先へと火消しの為のため樽をどこの火消し団体が取るか...続きを読む

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小説の中身を事実として捉えるよりも、そう言う事もあり得ただろうなぁという感じで受け取るべき

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