痔になりやすい生活習慣とは?

71歳の父です。

もう長くはありません・・・

C型肝炎から肝硬変になり、もう肝不全になって、

今は、入院して、肝臓で処理できないアンモニア等を点滴の薬で処理しており、
アンモニアが身体に回って、肝性脳症(昏睡)になるのを防いでいます。

腹水で、お腹が妊婦さんのようにパンパンに腫れ、両足も腹水で腫れてしまっています。

私は長男で、父の家から車で5分のところに住んでいます。
弟家族は、東京に住んでいて、ここは神戸ですので、新幹線で3時間かかりますが、
父が倒れて入院してから、毎週のように帰って来ています。

父の孫は、私の家族に2人、弟の家族に2人います。


今は、その肝性脳炎・昏睡で倒れた父を、
何とか薬で肝性脳炎になって、意識がなくなってしまうのを止めているだけで、
腹水は、利尿剤等を使ってもなかなか抜けません。
残るのは、お腹に針を刺して腹水を抜くだけですが、
それも、すぐに腹水がたまってしまうそうです。

病院のベッドで起きている時は、腹水のせいで、
「しんどい~、苦しい~、苦しい~」
とばかり言っています。

本当に、苦しいんだと思います・・・

私と母が交代で、毎日、父の看病をしています。

肝性脳炎・昏睡には、5段階のレベルがあるそうで、
私が見る限り、昼間にウトウトと寝る程度で、
5段階の1番目ほどしか当てはまらないと思います。


父は、テレビも見ていますし。

でも、食欲も無く、歩くことも出来なくなりました。

父にとって楽しいことなんて何もありません。

今のところは、私と母で、毎日、父の状態を見て、
肝性脳炎・昏睡が進んでいないか?を確かめるだけです。

父は、2月1日に倒れました。

さすがに、その時は、もう昏睡になって、意識が戻らないかと思って、
私も母や弟と同じように、かなり動揺しました。

でも、3年前から肝臓癌が発症していて、
もともとが肝硬変ですので、1年前から腹水がたまっていたのか、
かなり苦しそうで、「癌」というのが頭にありましたから、
その時から、父の最期を考えてきました。

だから、私の中では、もう、父を看取るように心の準備をしてきました。

母も弟も、そういう覚悟はしています。



しかし、ここからが私の質問になるのですが、

もう後のない父に、今の肝性脳症・昏睡だけを防ぐ治療って、

父が昏睡になるまで?心不全にとかになるまで続けるのでしょうか???

今の総合病院には2月いっぱいまでしか居られず、
3月からは、実家の近くの病院か介護施設に入るしかありません。

母がとても父の介護を出来ないので… 私もそうです…
私たちは、そこで父を看取るつもりです。

でも、「私は」、母や弟と違って、
もう、父は充分に生きてくれたと思いますので、
今の苦しいだけの、治る見込みのない「闘病」生活なんか
父には、意味が無いと思うんです。

まだ主治医の先生に会って詳しく話をしてはいませんが。

そんなに腹水が苦しいなら、まだ昏睡状態の方が良いのではないか?
と思っています。

要するに、今の治療は、ただの「延命治療」に過ぎないと思うのです。

かなり極端な話ですが。


私、個人の話になりますが、
思春期に、父という高い壁があって、かなり父に反抗しました。
大学受験に失敗し、うつ病になって、就職が出来ませんでした。
今は、妻の収入で、「主夫」として生きています。

そういう私に、父は失望したと思います。 親不孝者です。

ですから、毎日、父の病室に足が向かいます。
映画じゃないですが、毎日、短い手紙を父に書いて渡しています。

父に謝って、許して欲しいんです。

私は父の家から車まで5分の所に住んでいるので、
毎週のように、2人の娘を連れて、遊びに行っていました。

ですから、もう過去のことは、父と私の間では「和解」しているかと思います…

それでも、肝性脳症になっている父から、
一言でも、許してくれるような言葉が欲しい・・・

でも、もう父には、闘病生活なんかしなくていい、

今まで本当に私たちのために、頑張って生きてくれたね、
本当にありがとうね。
もう、好きなだけ、好きなお酒を飲んできたんだし、
これ以上、私のために無理をして生きてくれなくてもいいんだよ…

って思うんです。

このように、まだ私の中でも、矛盾していますが、
母と弟は少しでも長く生きて欲しいようで、
私は、今の治療さえ、父には、ただの「苦しい延命」に思えています。

それでも、私個人として、悔いなく父を看取るには、
いま、何をすれば良いのか???

それが分かりません・・・

長くなってすみません。

これを読んで頂いた方には、
ただ感じたことだけでも良いですので、
何か私に言葉をかけてください。

どうか、よろしくお願いします。。。。。

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A 回答 (8件)

心中お察し致します。


私の父もそうでした。
父の場合腹水ではなく、血管から漏れ出た水分が体中にむくみをもたらすものでした。
とても高価な抗生物質を何度か投与しましたが、全く効果がありませんでした。
もはや打つ手がないという状態を前に、私もあなたと同じことを考えてしまいました。
それでも父とは意識の疎通が出来ました。
茶目っ気も残っていて、嫌いな親戚が見舞いに来たら寝たふりをするんだと笑って教えてくれました。
今の自分に出来ることは最後まで父と向き合うことだと思いました。
何も考えずただ父の側にいようと決意したのです。
手足のマッサージはとても気持ちが良いと申しておりました。
お湯に足を浸して温めてやるのも良いようです。
看護師さんに内緒でこっそり味のついた氷をガーゼでくるんで父の口に入れてやったりもしました。
そんな時の父の顔はまるで子供のようでした。
私と二人だけの秘密の思い出を沢山作ってくれた父は、眠るように息を引き取りました。
後悔はありません。

参考になれば幸いです。
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この回答へのお礼

お返事、ありがとうございます。
思わず、微笑んでしまうような文章で、素敵でした。

>茶目っ気も残っていて、嫌いな親戚が見舞いに来たら
>寝たふりをするんだと笑って教えてくれました。
何か、本当に茶目っ気が可愛いお父さんだったのですね。(笑)

>看護師さんに内緒でこっそり味のついた氷をガーゼでくるんで
>父の口に入れてやったりもしました。

>私と二人だけの秘密の思い出を沢山作ってくれた父は、
>眠るように息を引き取りました。
>後悔はありません。

氷のアイデアも頂きます。今度、父に試してみます。
病院の中でも、そういう、秘密の思い出を沢山作ってくれたお父様、
素敵だな、って思いました。

後悔はありません、とのこと。
すごく理想的なお別れと思いました。


この場を借りて、私の父の経過方向をさせて頂きたいのですが、

一昨日、お腹に針を刺して、腹水を抜きました。
何回も出来る治療ではないと言われていますが。

その効果は覿面で!パンパンに腹水で腫れていた両足が、
嘘のように、きれいな足になっていました。

昨日は、5時間ほど父の病院に居ました。
父に初めてお昼ご飯を食べさせて、
その後は1時間ほど眠り、ちょっと起きて水を飲んで、
また1時間ほど眠るのを繰り返すだけで、
私の書いた便せん1枚の手紙も読んでくれませんでしたが、

何より驚いたのは、父の口から、
「しんどい…」
の言葉が一言も出てこなかったことです。

昨日は父の看病で、少し疲れましたが、
でも、それよりも、私の考え方が一変しました。

父が肝性脳症で倒れて、入院し、
腹水で「しんどい…、しんどい…」と繰り返すばかりの時には、
もう父との別れが近いのではないか?
そんなに「しんどい」なら、まだ肝性昏睡になっている方が、
父にとっては良いのではないのか?
と、母や弟の意見も聞かず、勝手に思いこんでいた私ですが、

腹水を抜いて、少し楽になった父を見ていると、
「父はまだ生きたいと思っているんじゃないか?!」
と思ってみたりして、
これから、父との別れが来るまで、長い闘病を覚悟して、
父と向き合っていかなければいけないな、
と思い始めた次第です。

確かに、まだこれから先のことは、分かりません。
3月には今の総合病院から家の近くの病院に転院します。

末期の肝硬変と肝性脳症の初期の父ですが、
腹水もまたすぐにたまることと思いますし、
感染症、食道静脈瘤からの出血、等々
何が起こるか分かりませんが、

まだ、父は生きることを投げ出していないですし、
そういう父を見て、私は母と一緒に父の看病を、
たとえ1年、2年になろうが、
父の生命力の限り、

私たちが、「しっかりしなければ」、
と昨日の父を見て思わされました次第です。

長文になってしまい申し訳ありません。

お礼日時:2013/02/15 06:59

去年、祖母を同じ病気で亡くしました。


腹水も、むくみも、水分制限も…全部苦しそうで見ているのは辛かったです。
昏睡になって本人は何も感じてないと言われてからも、見た目は今までよりずっと辛そうで
私は先に亡くなっていた祖父に「早く迎えにきてやって」と心の中で祈ってしまった程でした。
なので、昏睡=安楽=そうした方がいいとあまり考え過ぎない方がいいかもしれません。
必ずその時はやってきますから。

お父様は今点滴で意識を保っている状態とのことですが、どうぞ意識のあるうちに
たくさん顔を合わせて、言葉をかけて、触れてあげてください。
むくんだ足首と足裏のマッサージは気持ちがいいそうです。足首からひざ裏のリンパ節に流すようにしてあげてみてはどうでしょうか。

肝不全(それよりずっと以前に非代償性の肝硬変に進行していた時点で)の患者にとって
すべての医療行為は治療ではなく延命にすぎないのかもしれません。
それでも、やはりそこにある、目の前で耐えている命を諦める選択は…私にはできませんでした。
肝不全の末期患者にとって点滴をしない、減らすというのは、死にゆくことと同じですから。
心停止をした時に、蘇生措置をするかどうかとはまた別の選択だなと感じました。
(※選択は色々で、各ご家庭で色んな考えがあると思っているので、別の道を否定する気は全くありません)

点滴をしていても、体力は徐々に落ちていきます。
尿道カテーテルから感染症を起こすこともあるし、風邪から肺炎になることもある。
静脈瘤が出来ていて処置できずにいればそこから出血を起こすこともあります。
今は与えられた時間を大事にしながら、ご家族と主治医の先生とよく話をされて下さい。

それから、主治医の先生に、どんな状態でも病院を出ないといけないのか(退院が強制されるのか)
出ないといけない場合、他の病院へ紹介状を書いてもらえるのか確認してみてはどうでしょうか。
施設の場合、肝不全で点滴なしでは意識が保てない状態の人を受け入れる所はないかもしれません。
(祖母の場合、経口でアミノレバンが飲めていて、会話ができる状態でもなかなかありませんでした)
このあたりも、ご家族、主治医の先生やソーシャルワーカーさんとよく話をされていく所かなと思います。

私も頭の中があまり整理できていないので、思うままに書いてしまいました。
あくまでも“私個人”の思うことを書きました。
後悔は、きっとしようと思えばいくらでもできます。
質問者さんは今できることを誠実にちゃんとしていると思います。
この時期は、家族にできることなど本当に少ないです。している!と実感できるような事も少ないので、もっと何か…と不安になると思いますが。ちゃんとできていますよ。
最期の大事な時間を、どうぞ大切に過ごして下さい。
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お辛い気持ちお察しいたします。



義母が同じ病気でした。
義母の場合は肝臓癌の手術を無事に終え、状態が安定して術後の次の日には
一般病棟に移り、回復に向かっていました。
急に食事が摂れなくなり、点滴。
回復に向かうのに必要なたんぱく質をとるための点滴とはいえ、血管からにじみ出る
点滴剤によるむくみで手足がパンパンになってしまいました。
腹水ではなく肺に水が溜まってしまう状態でした。

口から摂るたんぱく質は100%摂取できるけど、点滴で摂取すると血管からにじみ出て
摂取出来にくいとの医師の説明がありました。

状態が日に日に悪くなる中、一週間に一度の医師とのカンファレンスが
三日に一度、二日に一度と間隔が狭くなってきたため、義母の状態がいかに悪いかを
悟らざる得ない状況にありました。

私は長男の嫁です。仕事を減らし、看病に充てていましたが、決定権がありません。
只の連絡係です。
緊急の場合は夫と義兄弟に連絡をして、提示された治療の方針を伝え、承諾を得て医師に伝える役目です。
脳炎による意識低迷の義母を看ている中でも、手足のマッサージは
苦しく歪んだ顔が柔らかくなっていました。
呼吸確保のため気管切開が必然となり、話すことは出来なくなりましたし
意識が混沌としていたため、会話が出来る状態ではありませんでしたが
手足のマッサージをしながら、生きたい と義母は思っていると“何故か”感じていました。

健全な時から、認知障害が出たら施設に入れて!
延命措置はいらない!
と、言われていましたので、夫以下義兄弟もそこの意識は一致していました。

回復に向かうなら治療を施してほしい。
でも、延命措置はしないでほしい。
カンファレンスの中はっきりと医師に伝えていましたから
治療方針で迷うことはありませんでした。

あなた様の場合、お母様と弟さんとしっかり話し合う必要があります。
あなた様の抱えている思いは、勝手な思い込みも混じり合っていると思うからです。

苦しさで歪む表情の義母を看て、嫁の立場でも伝わった義母の気持ち。
夫をはじめ生きててほしいと思っている義兄弟や義母の兄弟の思い。

最後の時に流した義母の涙、混迷していた意識が戻った時だと私は思いました。
あの涙は、どうしても、生きていたかった…としか感じられなかったです。
夫とそこに立ち会った方たち全員も同じ感想を後から言っていました。

ご家族との会議で方向性が決まったら
ぜひドクターとのカンファレンスには立ち合いましょう。
ドクターに気持ちを伝えきちんと説明を受けると

>もう父には、闘病生活なんかしなくていい

という思いとは違う気持ちが出てくるかもしれません。

>今まで本当に私たちのために、頑張って生きてくれたね、
>本当にありがとうね。

生きている義母に、生きようとしている義母にそういう気持ちは全く持ちませんでした。
逝っちゃ駄目! 臨終の間際でもそう思っていました。
もっと深く、もっと尊い気持ちで、命と向き合う気持ちにはなれないでしょうか?

苦しさを訴えるお父様と向き合っていると、確かに『もういい』という気持ちを持たれるのも分かります。
義母も辛い、苦しいと訴えていましたから。

たとえ『もう死にたい』と訴えても、どこかに絶対『生きたい』と思う気持ちがあると思うんです。
苦しい中でもどうすると少しはその苦しさが緩和できるか?
少しでも気持ち良い状態にする看病ができるか?
そこを見つけたら、明日も来るね。またしてあげるね!
と看病しながら、静かに深くお父様との時間を持たれて欲しいと思います。
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何が正解は有りませんよね。


私の母も、闘病し、亡くなりましたが、、、。
余命半年を言われ、私と妹が下した決断は、自宅静養でした。
常に横になり、点滴の管を心配し、何が楽しい?
毎日誰が来てくれる、だけど時間枠もある。
食欲はかなり落ちてる上に、マズイ食事。
そりゃあそうですよね、病院だから、塩分制限された食事でしょうから。
でもね、腹水がある人が、一人前完食は出来ない。少しでいいから食べたいと思った物を口に入れる、その方が良いと思ったから。
何度か入退院は有りましたが、余命半年より生きられ、八ヶ月生きました。
腹水がある中、孫との旅行、娘達と深夜まで井戸端会議、病院にいたら絶対出来ない。
確かに、病人を家で看るのは大変ですが、それが最後の親孝行だと思います。
仮に一年、として、その一年、奥様にも協力して貰う事は不可能でしょうか?
今なら、まだ車椅子で。
も、厳しい事ですが、明日車椅子移動も出来ない、の方が、貴方には後悔しかない気がします。
正直、八ヶ月の闘病で、疲れ果てた事は有りますし、愚痴もあれば、涙も有りました。
が、後悔は少なく済んだのは、可能な限り、母の希望を叶えてあげられた事が、背景に有ります。
動けないでしょうから、貴方が父様の手となり、足になればどうですか?

限られた期間を父様の希望を叶える時間としたら、10分、5分でも、父様の気分転換になると思います。
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 父の立場から言えば、「俺の死に方を見ておけ」と思う。

自分が苦しくなったら「殺してくれ」と言うかもしれない。そのときに動けばいいんではないか。いろいろあった自身にとっては、すべての事象はなるように受け入れるしかない。「自分が見ていて辛いから」では、まだ君と父の間の間隔から考えると、正しいのではないかもしれない。「どうしてほしい」と聞くことができれば、その通りすることを長男として提示する。
 こんなとき、なぜか日本に生きる者としては、病院も周りも「長男の意見は」と求めるよね。求められている気がするよね。これだけ結婚も自由になり、長男の嫁であることも言われなくなった現代でも、死すときは、直系の長男は意志を求められる。家制度は崩壊していない。
 見なきゃいけない。父の姿は。苦しむ姿も。たぶん君の子供に自分の最後を伝える見本となるように思う。父が強く偉大に闘っているか、弱音をきちんと吐く正直な人であったか、ちゃんと見てあげてほしいと思う。
 それが君を強くすると思う。昔のことはいい。こだわるな。
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心中お察しします。


貴方自身は大丈夫でしょうか?

私は母を肝臓の難病で亡くしました。
最後は腹水で妊婦以上にお腹が膨れ、本当に可哀想でした。
私の母の場合は、感染症にかかり股関節に膿がたまって痛くて動かせなくなり、寝たきりも重なっていました。
父が医師免許は持っておりませんが、医学博士は持っておりましたので、最後は自宅で看取る決心をし、自宅に戻り看取りました。
多分、病院にいたらもう少し延命処置も出来し、もう少し長く生きる事が出来たのでしょう。
母も家に帰りたがってましたので、家に帰る事を家族は選択しました。
最後は近隣に住む、母の姉妹がみんな来てみんなで看取る事が出来ました。
病院や施設では絶対無理だったと、母の姉妹はみんな言いました。

当時出来る事は全てしました。
でも、病院に居てくれたらもう少し長生きしてくれたのではないだろうかと後悔しました。
現在の日本で、家でみんなで看取ってあげる事ができる、畳の上で死ねる人は僅かしか居ない、それが出来た母は幸せ者だと、言って貰えます。
私は、何をやっても、出来る事を全てやったのに、今でも結局後悔してます。
親を看取るのは、そんなものではないでしょうか?

親が亡くなるのに後悔が無いのは、遠方に居る人の方が多い気がします。
密度が濃いほど後悔している人が多いような気がします。

貴方も今、自分の出来る事を精一杯やっていらっしゃいます。
私はそれでいいと思います。

素敵です、毎日お手紙を渡す事が出来るなんて。
そんな事をして貰える父親がどれだけいるのでしょうか?

ただ、経験者として言えるのは、腹水がたまっている状態では、医療が欠かせません。
特に肝性脳症の治療処置が出来る病院と言うのは、記憶では非常に限られていたと思います。
そちらの方が心配です。
私の母も神戸の病院で入院して、急性期病院でしたので転院をせざる得ない状況でした。
しかし、受け入れ先が決まらなくて(完全なる父の我儘も有りましたけど。)、転院を勧められる病院では、肝性脳症や腹水に対する治療や、母の場合は股関節の感染症の治療が出来る技量が無い所が多かったです。
なので、転院を拒否してました。(入院の延長は掛け合ったら出来ますよ。)
結局、急性期病院内で、転院して、最後は自宅になりました。(幸い、在宅看護に力を入れている往診してくれる開業医も見つかったので)
病院選びと転院はお父様の状況を考えて、適切に行って下さい。
交渉は、何故か男の人が要るだけで、かなり状況が違う事が多いので、ここは貴方の踏ん張りどころですよ。(女だけですると倍の努力が要るんです。)

今、自分に出来る事を精一杯する、それで十分なんです。
きっと、お父様は分かって下さってますよ。

後、看護して貴方が体を壊す事は本末転倒で、他の人にも迷惑になります。
なので、必要以上に無理だけはなさらないようにして下さい。
今、十分に頑張っていらっしゃるのですから。
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この回答へのお礼

お返事、ありがとうございます。
同じ病気で亡くなられた、ご家族のアドバイスで、
本当に参考にさせて貰っています。

>親が亡くなるのに後悔が無いのは、遠方に居る人の方が多い気がします。
>密度が濃いほど後悔している人が多いような気がします。

そうですか・・・
私は毎週末のように、孫を連れて父の家に行って食事をしてきましたので、
後悔の無い、父との別れはないかも知れませんね…

私がやれることは、出来るだけやっておきたいです。
それでも後悔が残るなら、それはそれで、もう良いことだと思ってきました。


>特に肝性脳症の治療処置が出来る病院と言うのは、
>記憶では非常に限られていたと思います。
>そちらの方が心配です。

やはり、そうでしょうね・・・
転院先の病院を探すよう母に頼まれていますが、
まだ始めたところで、ネットで探すのは殆ど無理です。
父の場合、「肝硬変が進行→肝性脳炎」ですから、
感染症、心不全、腎不全などが起きます。
それに対応できる施設・病院となると少ないです。

母の気持ち、弟の気持ちを考えると、
まだ時間が欲しいです。

>交渉は、何故か男の人が要るだけで、かなり状況が違う事が多いので、
>ここは貴方の踏ん張りどころですよ。(女だけですると倍の努力が要るんです。)

そうなんですね。
分かりました。

それから、私への心遣い、ありがとうございました。

でも、ちょっと疲れるぐらい、
父と母が今まで私たちにしてきてくれた事に比べると
大したことではないので、出来るだけのことをしたいのです…

お礼日時:2013/02/12 19:05

>>それでも、私個人として、悔いなく父を看取るには、


いま、何をすれば良いのか???

親を看取る・・・ということは、悔いなくなどできません。
親が、最後にあなたに与える試練だからです。
その繰り返しで世代交代していくんです。
あなたが最期を迎えるときには、娘達が・・・。

そう考え、自分のためではなく、もちろん亡くなってゆくお父上様のためでもなく
娘たちのために、「今後迎えるであろう親の最期」。
どう乗り越えるべきか
お手本となる。そう考え方を切り替えてはいかがでしょうか。

延命治療については、同意しますが、こればかりはお母様の同意なくしては・・・。
親子兄弟で話し合うべきかと思います。
人は、生きているのではなく、生かされている・・・ご自分の意志とは裏腹な場合もありますが。

最期の瞬間、人は正気に戻れる瞬間があります。どんな状態でも。
その場に立会い、お詫びを言えばわかってくださると思います。
許して欲しい・・・そう願っていることは、きっとお父様にも伝わると私は信じています。
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この回答へのお礼

お返事、ありがとうございます。

そうですね・・・
確かに、悔いのない看取りなんか無いかも知れませんね…

言われる通り、考えを変えて、
まだ7歳と2歳の娘に、父の最期を看る私の姿を見せておこうと思います。

延命治療については、私の本心を母にも弟にも打ち明けていないので、
これから、主治医の先生と話をして、今の父の容態を詳しく聞いて、
改めて自分の考えを整理しようと思っています。


>最期の瞬間、人は正気に戻れる瞬間があります。どんな状態でも。

そういうものなのですか・・・・?

私はとにかく、昏睡になる前に、

父に詫びて、許して欲しい、
それから、父に「ありがとう」を伝えたい・・・

それだけで、もう父は私に十分なことをしてきてくれました。

お礼日時:2013/02/12 15:26

心中お察し申し上げます。

そうなんですよね!総合病院は救急患者の処置を行う医療機関のため、患者者の病状が安定すれば転院するよう言ってきます。が、お父様の状況では転院は強制しないのではと思いますが?
治療方針などについては、主治医にご家族揃って相談されたらいかがでしょうか。当サイトに記述されている心境を主治医に話されることをお勧めします。苦痛を和らげる緩和治療などご家族の真意を汲み取って対応してくれることと思います。
どうぞ、お話ができる今のお父様との時間を大事にされ見守ってください。
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この回答へのお礼

お返事、ありがとうございます。

まず、転院の件ですが、
この総合病院では、治癒の見込みのない患者は、
1ヶ月までしか入れて貰えないと言われました。

主治医の先生とは、母しか会っていませんので、
先生の回診の時間に合わせて、病院に行くつもりです。

緩和治療についても、詳しく聞いてみます。

今は父の体力があって、まだ?苦しさが少ない期間ですので、
毎日、足を運んでいます。

本当に、ありがとうございました。m(_ _"m)

お礼日時:2013/02/12 12:13

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よろしくお願いします。

もし出来れば、医療関係の方のアドバイスを求めています


まず、私は匿名ですが、「nao913」です。

質問履歴を公開にしています。

このカテゴリ:「家族」の欄で、何度も投稿しています。


父の病状については、

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7973280.html

を参考にしてください。


さて、一昨日、母が主治医から余命1週間と宣告されました。

尿の量が減っているな、と思っていましたが、

肝硬変末期の上に「腎不全」が来たみたいです……

人工透析が1週間できなければ、どうなるか素人でも解りますね……

今の父に人工透析をしても意味が無いことも素人でも解ります。


そこで、質問なのですが、

父は、肝硬変末期で、3回、腹水を抜いて、

それでも、またお腹も両脚も腫れています。

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しかし、弟は東京に居り、関西のK市の、この病院には、

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Aベストアンサー

お返事読ませて頂きました。NO.6です。

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ある意味、それは幸せなことかもしれませんね。最後の時、これほど濃厚な時間を過ごせるご家族はそう多くないかもしれません。
きちんとお別れができて旅立てる方は、そうはいらっしゃらないように思います。
でも、心の準備がお互い出来ているからこそ、お辛い部分もあるでしょうね。

血圧もまだまだ大丈夫、尿もちゃんと出ているようですね。意識もまだ保たれておられるようですし、あとは苦痛の少ないことを心から祈ります。

質問者様も、休める時はしっかり休まれて下さい。お返事は無理なさらないで下さい。

Q肝硬変の行く末…どの位生きられるのでしょうか

親戚の話です。
65歳、男性、肝硬変と診断されて何年も経っています。
先生曰く末期であろうとのことです。
半年前に食道静脈瘤が発見され、入院して硬化療法をしました。
今後は定期的に胃カメラで様子をみるようです。

食道静脈瘤の破裂・出血の心配は、だいぶしなくて良くなっただろうと
思うのですが、
では、このまま行けば、普通の健康体の人と同様に
何十年も生きられるのでしょうか?
(勿論、他の病気にならなかったら…ですが)
それとも、肝硬変がますます進んだ場合に、
肝臓の機能が停止してしまう…とかそう言う心配もあるのでしょうか。

勿論、余命は人それぞれだとは思うのですが、
可能性として、健康体の人と同様に数十年生きられる場合も結構あるのか
それとも持って数年なのか…
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

肝硬変の経過ですが、
(1)肝機能が徐々に低下して肝不全になる。
(2)食道静脈瘤などができて、そこからの出血が起こる。
(3)肝臓がんを併発する。
こういう理由でなくなる方が大部分です。(1)は比較的少ない印象で、(3)、(2)、(1)の順である印象があります。
食道静脈瘤が出来ているとのことですので、完成された肝硬変と考えられます。
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Q肝硬変末期の父なのに、その母と息子は疲れるだけか?

度々、書き込んでいます。

家族の看護がいったい、どういうものなのか?分からなくなってきました…


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腹水を抜いて、私と母に冗談を飛ばすように、よく喋るようになりましたが、
それも3日後ぐらいから、腹水が元の状態にもどり、
昼間でも寝ている時間がかなり長いです。

でも、3時間ほど毎に、「み、水、飲ませてくれ・・・」

と言うので、家族はとても看護師さんだけに任せる訳にはいきません。

母は病院の父の個室で寝て、24時間看護の体勢、
私は息子ですが、うつ病の為、家族の食事を作って、病院に通います。
でも、私にも家庭があるので、19時までには帰宅したいところ。

弟は今週は、大阪に出張もないので、東京に居ます。

私や弟が父に出来ることは、とても母にはかないません。
ただ、母の「サポート」をするしかないんだ、と分かりました。

肝心の父のここ最近は、「小康状態」としか言い表せません。

私が10時から18時までいる間は、
喋ることも少なく、ほとんど寝ていて、

でも突然、「み、水をくれ…」というので、吸い飲みで口に注ぎます。
それしか口に入れるものが無いので、「美味しい美味しい」と言ってくれます…

会話らしい会話も出来ず。

母は、一昨日は風邪で病院に、昨日は髪のカットに行きました。
実家の用事もありますし、祖母の介護施設の手続き等々、することがあり、
父だけに時間を使えないので。
その間、私が父を看ています。
何もしないのに、病院に居るだけで疲れます…

私は、家の車から実家で、実家の車に乗り換えて、病院に行きます。
母は、実家の車しか運転できないと言うので。

昨日の出来事の1つですが、

母がカットから実家の車で病院に帰って来て、駐車場に止めました。
もう18時を過ぎていて、私は焦っていました。母も焦っていました。
携帯に母から連絡があり、駐車場の方に向かいました。
「駐車券はどこ?」
「車の中」
「何階のどの辺りに止めたの?」
「3階の昨日とは違う方」
それで、別れて私は車の方へ、母は病院の方へ、
でも、実家の車のカギの引き渡しを受けていませんでした。
すぐ母の携帯に何度もかけても、出ません。 
何で携帯に気づかないのか!?
とにかく父の部屋に戻っていると思って急いで病院に戻るも居らず、
携帯にでた母は、買い物をしていました…
切れたらいけないと思いつつ、切れそうになりながら、
やっと母からカギを受け貰い、駐車場へ。
「3階に止めてあるからね」と言われたので3階で車を探します。
ありません。 また携帯にかけますが、母はでません!
4階を探してもなく、2階に行って、やっと車を見つけた時に、携帯に母から、
「ごめんね。えらい運動させてしまったね~。」
笑って言っていました。
私も、「2階だったよ」と笑って言うしか出来ませんでした。

夜の、「慣れない車」の運転の前なので、怒ってはいけないいけない。落ち着いてと。

そういう「一こま」でした。

私は帰宅してから、家族と夕食の後、
次の日の夕食を料理して、23時。

もう疲れて寝るだけです。

何か、何というか?
肝心の父を看護しているのか?父は殆ど寝ているだけで、
たまに体を拭いたり、寝返りをするため看護師さんの手伝いをして、
父の横ですることもなく、
でも、自分には自分の家族の生活があって、料理・買い物等で疲れて、
母にも、母の用事が何かとあって、
母の方が、病院の簡易ベッドなので、疲れているはずで…

肝心の父と会話もなく、
母も私も疲れるだけで…

看取るというか、家族の看護って、こんなものなんでしょうか?

長々と書いて、すみません・・・・

度々、書き込んでいます。

家族の看護がいったい、どういうものなのか?分からなくなってきました…


71歳の父は、C型肝炎から肝硬変、肝臓癌となり、

年末から腹水がたまり、足も腫れて、仕事も辞めました。

そして、とうとう

2月1日、肝性脳症で風呂場で倒れ、緊急入院

私と母が交代で毎日、腹水で食欲のない父の食事の世話等で通い始めました。
でも、まだ元気そうに見えました…

2月16日、1回目の腹水を抜き、

2月18日、食道静脈瘤破裂で吐血… 個室に移される…

この日以後、家族、私と母と...続きを読む

Aベストアンサー

41歳です。
10年前、私も実父を肝硬変で亡くしました。

父が入院したときは、緊急だとか危ないとかではなく
「ちょっと数値的に悪くなったので、入院してそのへんを良くしましょう」的な
ことだったのに、入院してだんだん悪くなり、3ヶ月で亡くなってしまいました。

当時父の面倒は母が見ていました。
千葉に住んでいた兄と埼玉に住んでいた私は、週末のみ子どもを連れて
病室にいる母と交代したり、必要な買い物をしたりしていました。

たった3ヶ月でしたが、
兄も私も自宅から実家に帰るのに3時間はかかりましたし
途中二度の危篤状態があり、そのたびに小さい子どもを連れて
狂ったように大急ぎで帰って・・・
実父のことなのに、こんなに死んでほしくないと思っていたのに
疲れて・・・3回目(このとき亡くなりました)のときには
「またか・・・」とまで思うようになってしまいました。
家族の不満も、こちらが大変だというのはわかっていましたから
黙っていたけど、それでも溜まっていたのでしょう、
兄夫婦も、私たち夫婦も一時的に不安定な状態になりました。
それでも実家に帰らないわけにはいかず・・・大変疲弊しました。

亡くなったときは「ほっとした」というのが正直な気持ちです。
亡くなってからはまた葬儀等の準備で忙しくなるので
悲しんでいる暇も、疲れた体を休める暇もなく・・・
火葬場の都合で通夜が二晩あったのですが、泣くことができたのは
その通夜も終えて告別式に入ってからでした。

あなたの質問文、ずっと読んでいました。

私の父も腹水が溜まって苦しんでいましたし、
個室に移され、白い壁だけを見ているうちに
自分の死が近づいてきたのがわかるのか
暴れだして点滴を抜いたり、幽霊が迎えに来たと騒いだりしました。
母は本当に大変だったと思います。

家族の看護というのは、看取るというのは
あなたのおっしゃるとおり「そんなもの」だと思います。
病室で相手の手を取って、静かな最期を迎えられるのは
ほんの一握りなのではないでしょうか。
私の父も、最期はほとんど言いたいことも言えることなく
こん睡状態に陥り、そのまま亡くなってしまいました。
(私は最期に立ち会えませんでした。間に合わなかったのです)

あなたのお父様があとどれくらい生きられるのか
それはわかりません。
恐らく、病室に誰か1人待機しているのは
看護婦さんに迷惑を掛けられないという思いと
いつ最期の時が来るかわからない、最期のときに
1人にしてはいけないという思いがあるからだと思います。
できることなら、一晩だけでもいいですから看護婦さんにお願いして
皆さんで家で休むということはできるといいのですが・・・
もしものときはすぐに連絡をしてもらう、ということで・・・

キツい言葉になってしまいますが、
お父様が亡くなられてからも遺族の方々には
今の家族との生活が待っています。
これから亡くなっていく人のことより、これからも
生きていかなければならない人のことが、生きていかなければならない人の
生活のほうが大切なのです。
それは私の父が病床で言っていたことです。
お父様のことは勿論大切ですが、それでも、
ご自身の体を、生活を大切になさってください。
疲れたら、看護婦さんにお願いして休む。
大丈夫です、看護婦さんはそのへんはわかっていらっしゃいます。
休みたい・・・と思ったら、その心の声を優先して休んでください。

41歳です。
10年前、私も実父を肝硬変で亡くしました。

父が入院したときは、緊急だとか危ないとかではなく
「ちょっと数値的に悪くなったので、入院してそのへんを良くしましょう」的な
ことだったのに、入院してだんだん悪くなり、3ヶ月で亡くなってしまいました。

当時父の面倒は母が見ていました。
千葉に住んでいた兄と埼玉に住んでいた私は、週末のみ子どもを連れて
病室にいる母と交代したり、必要な買い物をしたりしていました。

たった3ヶ月でしたが、
兄も私も自宅から実家に帰るのに3時間はかかりま...続きを読む

Q腹水が溜まるという事は・・・

みなさんこんにちは。

掲題のままの質問なのですが、
腹水が溜まるという事は一般的にどういった症状なのでしょうか?又これの治療方法とはどういった事を施すのでしょうか?腹水が溜まると他の病気(ガン等)の要因にもなるのでしょうか?

御回答お待ちしております。

Aベストアンサー

お早うございます。
生まれつき肝臓が悪く増悪をくりかえしております。
水と脂肪の違うところはまずたまる速さと抜ける速さです。
水の場合は変化が激しく私などは入院して2週間で15キロ以上一気に減ります。
志望ではなかなかこうはいかないでしょう。
(もっとも何とかダイエットはそんな事歌ってますが)
寝てみて体の測位に手を当てて反対側をぽんとやってみて
波動がつたわるのが腹水です。
なんでそうなるかというより悪くなった結果そうなります。
理由はさまざまですが一般的に腎臓で処理をしきれなくなった時
やさまざまな疾患が悪化しているときなどの代表的な副次的な症状の一つです
とにかく原因疾患を確定してその治療をすべきです。
私は腹水がたまりすぎると横になると肺の方へ水が来て圧迫され
空咳が出て苦しいため枕を高くして休んでいます。
平行して利尿剤を飲んだりそれに伴いカリウムどがでて体液のバランスが崩れるので
カリウム保持性の物を使ったりそのものをおぎなったり。
私の場合はアルブミンという一種のたんぱく質が欠乏するのでそれを点滴でおぎなったりしてやります。
ヤクルトのビンくらいだけど1万円以上します(血液製剤)
そして何よりも体が重いです。そうでしょう体に15キロ以上のウェイトをつけて動くようなもんですから・・・。
階段なんか上がるとぜいぜいします。
水がいっきにぬけて軽くなるとそれはそれはホップステップジャンプといった感じですが(笑〕
別に天まではのぼりたくないですが。
水抜きもあまり苦しければやりますが根治治療されていなければすぐにたまります。
それにあのおみずって結構栄養の塊なんですって。
あれを再生する治療もあるんですよ。
麻酔をしているとはいえ痛い。なんか必殺仕置き人に針でぶすってやられた感じです。
まとまりませんが私は今からも点滴に病院に行きます。
死なない限り生きてるから・・・。

お早うございます。
生まれつき肝臓が悪く増悪をくりかえしております。
水と脂肪の違うところはまずたまる速さと抜ける速さです。
水の場合は変化が激しく私などは入院して2週間で15キロ以上一気に減ります。
志望ではなかなかこうはいかないでしょう。
(もっとも何とかダイエットはそんな事歌ってますが)
寝てみて体の測位に手を当てて反対側をぽんとやってみて
波動がつたわるのが腹水です。
なんでそうなるかというより悪くなった結果そうなります。
理由はさまざまですが一般的に腎臓で処理を...続きを読む

Q末期癌~死ぬまでの状況を教えてください。 

末期癌~死ぬまでの状況を教えてください。 
末期癌の母は現在ホスピスケアを受けています。
これから母の面倒を見るのは私の役目なのでこれからどうなるのか不安です。

母がすいぞう癌だと宣告されたのはおよそ1年前です。
肝臓にも転移しており既に手遅れでした。
今年の3月頃までは癌だと思えないほど元気な母でしたが
4月頃から急に階段を転げ落ちる様に容態が悪くなってしまいました。
あらゆる箇所の骨に転移し、強い痛みも出てきました。
肺へも転移し、咳がひどいです。
今ではほんの少し動いただけでも息切れがひどく、時々咳き込んで嘔吐してしまいます。
急に食欲もなくなりました。
一日、一日ごとにどんどん体力がなくなり弱くなっていきます。
母はこれからどうなっていくのでしょうか。
苦しみが増しますか? 
意識は最後まであるものですか?
自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?
この状態で、あとどのくらいと考えていればいいでしょうか。。。

文章がうまくまとまっていなくてすみません。
少しでも心の準備ができればと思います。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

「人はがんでは死なない」という言葉があります。
がんが特別な毒素を出すわけではありません。
では、なぜ、人はがんで死ぬのか?
それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、
その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。

様々な症状の一つには、疼痛もあります。
これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。

気管支のがん細胞が増殖して気管支を塞げば、窒息の危険があります。
肝臓のがんが増殖して、肝臓の機能が低下すれば、体内の様々な化学作用
が止ることになり、肝性昏睡などの様々な症状を起こします。
大きな血管にがんができて、血管が破れるということも起きます。
腎臓の機能が低下すれば……
脳の機能が低下すれば……

つまり、がんがどこにあり、その臓器は、どんな仕事をしているのか、
ということです。
何が起きても不思議ではない、ということです。

「苦しみが増しますか?」
軽くなるということはないでしょう。
出てきた苦しみを押さえるということになります。

「意識は最後まであるものですか?」
わかりません。
先に昏睡状態になる場合もありますし、最後まで、意識がはっきりしている
場合もあります。

「自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?」
状況によりますが、オムツということも考えてください。
尿はカテーテルを留置することになります。

残酷な言い方ですが、何らかの理由で昏睡状態になった場合、
「それを治療して、昏睡から醒めさせて、延命をする」ということを
しないという選択肢もあります。

末期症状は、医師や看護師がよく知っています。
まずは、医師や看護師と相談してください。

「人はがんでは死なない」という言葉があります。
がんが特別な毒素を出すわけではありません。
では、なぜ、人はがんで死ぬのか?
それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、
その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。

様々な症状の一つには、疼痛もあります。
これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。

気管支のがん細胞が増殖して気管支を塞げば、窒息の危険があります。
肝臓のがんが増殖して、肝臓の機能が低下すれば、体内の様々な化...続きを読む

Q肝臓癌での最後の症状

今現在、39歳の兄が肝臓癌の末期状態で余命1ヶ月と言われた所を
1ヶ月半程がんばっています。

私は近畿に在住していて兄は鹿児島に入院しています。
昨年、大腸癌が見つかってそこから肝臓へ転移して
今を迎えているのですが、兄は独り者で面倒を見てくれるのは
病気がちな母しかおらず、わたしも出来る限り時間を作り
帰っていましたが正直今の状況だといつ帰っていい物なのか
わかりません・・・

今すぐ帰りたいところなのですが
心も体もボロボロで仕事もそう長々とは休めない状態です。

どの様な症状が出たら危ないサインなのでしょうか?

母によると兄の状態は意識ははっきりしていますが腹水がたまり
3日前程から下半身が相当腫れて来て歩くのが難しくなって
尿も出ずらい状態だそうです。

こういうことを書いてる自分に嫌悪感を覚えますが
どなたかわかる方がいらっしゃいましたら教えてもらえると幸いです。

Aベストアンサー

家族が全く同じ状況だったものです。
肝臓の機能が低下すると足に水が溜まってきます。
足が膨らんでぱんぱんになります。
そうなったらもう長くはないはずです。
本人が苦しくなった場合、死の数日前に早めにモルヒネを大量に投
入して意識をなくした状態にするかもしれません。
会うのであればその前がいいと思います。
意識をなくすかどうかは本人が決めることだと思います。
死の直前は呼吸の仕方が変わります。
肩で息をするようになります。
ただそうなってからは1時間も持たないかもしれません。
最後は心臓の持久力次第なので、医者にもわからないと思います。
意識をなくす前に一度お別れの挨拶をして、後は死後でもやむを
えないと考えたほうがいいのではないでしょうか。

Qがん末期の非常に危険な状態とは

がんの末期において危険な状態の血圧の低下というのはいくつぐらいまで下がっていくと危険なのでしょう。また呼吸の浅さはどうやってわかるのですか。酸素吸入の目盛りを上げると血圧が上がるのはなぜですか?脈拍数の低下の非常に危険なボーダーラインというのはいくつなのでしょうか。他に油断を許さない危険な状態というのは何で判断するのか教えて下さい。

Aベストアンサー

 兄が脳腫瘍で亡くなりましたが、そのときの状況でも。

 病院で血圧を測定する機械に触れましたが、上が60を切ると機械が電子音を出して緊急性を表していました。
 また、血中の酸素濃度が95%を下回ると危険な状態と言えるようです。逆に言うと、95%を上回るように酸素を送り込む必要があります。
 こういった状態のとき、脈拍数は180と非常に高い数値を示していました。血圧や血中酸素濃度が低いにもかかわらず脈拍数が落ちてきたら非常に危険だと言えるでしょう。

 本当に死の直前では、呼吸が見るからに弱弱しくなり、呼吸が止まることがどんどんと多くなりました。呼びかけると思い出したかのように呼吸を始める感じでしたが、まさに「息を引き取る」という表現そのままに死へ至りました。

 全体としては、「血中酸素濃度の低下」「急激な血圧の低下」「呼吸の力強さの低下」の順で危険度が増す感じでした。
 あくまで脳腫瘍の例ですが、参考になればと思います。

Q腹水が溜まっています・・・。

父が肝臓の病気を患い、現在腹水が溜まっています。
症状としては
・食欲が無い
・貧血
・低血圧(上が70/下が50)
・便秘
・汗をかかない
・腹水が凄く溜まっている
・視界がぼやけて物が見えにくい

上記のような症状で毎日が凄く辛そうです。
特に腹水が酷く溜まっているので、
水分は勿論摂れず(1日約100ml以下)、
食欲もなく、酷く痩せています。
このままでは腹水が溜まるようなら入院をしなければいけないのですが、
入院して腹水を取り除くのは、体に良くないとどこかで見ました。
(最悪の場合も有り得るそうです)

病院から処方されている利尿剤は全く効かなくなっています。また、スイカやキュウリ等は正常な人が食べれば利尿の効果はあるのですが、父には全く効きません。
ですので、漢方薬を試してみたいと思うのですが、
漢方薬については無知ですので、ご存知の方がいらっしゃったらお教え頂きたいと思います。

また、漢方薬以外にも肝臓に良い食べ物等、何でも結構ですので、お教え下さい。

藁にも縋る思いです。宜しくお願い致します。

父が肝臓の病気を患い、現在腹水が溜まっています。
症状としては
・食欲が無い
・貧血
・低血圧(上が70/下が50)
・便秘
・汗をかかない
・腹水が凄く溜まっている
・視界がぼやけて物が見えにくい

上記のような症状で毎日が凄く辛そうです。
特に腹水が酷く溜まっているので、
水分は勿論摂れず(1日約100ml以下)、
食欲もなく、酷く痩せています。
このままでは腹水が溜まるようなら入院をしなければいけないのですが、
入院して腹水を取り除くのは、体に良くないとどこかで見ま...続きを読む

Aベストアンサー

家族に同じ病気の者がおります。
おつらい気持ちは、よーくわかります。
しかし、正直なところ貧血や血圧の低さを見て、なぜ入院しないの?と、思っています。おそらく、数度の入院と毎月の受診を受けてらっしゃると思いますが、先生はなんとおっしゃっているのでしょう?肝臓はもっとも丈夫な臓器と言われていますが、一度こわすと、他の臓器にも異常が現れてきますので、同じ肝臓病でも人それぞれに病状が変わってきます。

肝臓病の食事といっても、病気の進みかたによって、高カロリー・低タンパク、あるいは全くその逆など食事の仕方も変わってきます。入院及び受診でも病院の方で栄養指導して下さいます。まずは、そちらでお願いして、本屋に行くと分かりやすい料理本が、たくさん売っていますので、ご購入されてみては、いかがでしょうか・・・

もし、主治医のほうから入院するほどではないと、言われているのでしたら、経験者として試したものをお書きします。腹水対策としては、スギナ茶がよく効きました。肝臓には、アガリクス・ウコン等が数値を下げるのに良く効くと入院仲間の間でも絶賛でした。他には、マイナスイオン水・マイナスイオンが発生するシーツや枕、虎の尾(観葉植物です)を寝室とリビングに置いています。

食後は、出ても出なくてもトイレへ・・・と、習慣づけるようにしましたし。相談者様のお父様は、貧血がひどいので腹水を抜くのは、危険なんですね。うちもそうです。長い戦いですが、特効薬が出来ることを信じて頑張りましょう・・・

家族に同じ病気の者がおります。
おつらい気持ちは、よーくわかります。
しかし、正直なところ貧血や血圧の低さを見て、なぜ入院しないの?と、思っています。おそらく、数度の入院と毎月の受診を受けてらっしゃると思いますが、先生はなんとおっしゃっているのでしょう?肝臓はもっとも丈夫な臓器と言われていますが、一度こわすと、他の臓器にも異常が現れてきますので、同じ肝臓病でも人それぞれに病状が変わってきます。

肝臓病の食事といっても、病気の進みかたによって、高カロリー・低タンパク、ある...続きを読む

Q癌の末期症状を教えてください。

義母が末期癌です。大腸から頚部のリンパ節に転移し、肺にも影がみられるそうです。

自宅で疼痛のコントロールは何とかできてきていたのですが、足がむくんで歩くことができなくなり入院しました。
入院後は足のむくみは取れたのですが、足がほとんど動かなくなり寝たきりになってしまいました。
2週間ほど前から下血が見られるようになり、たびたび輸血をおこなっています。食事はほとんど取れていません。薬を飲むために数口食べるのがやっとです。
いびきをかいて眠る時間が多くなり(昼夜逆転している感じです)せん妄らしき意識障害もしばしばみられます。微熱も続いています。
数日前からは痰がよくからむようになってきました。息苦しい時もあるようです。目も見えにくくなっているようです。

このような病状なのですが、どういう状況にあると考えればいいのでしょうか。主治医の先生に聞いても的を得た答えを得られずにいます。
また今後はどういう状態に気をつければいいのでしょうか。
少しでも楽になるように、私たち家族は何をしてあげればよいのでしょうか。
どんな小さなことでもいいです。ご存知のことがあれば教えていただけないでしょうか。

どうぞよろしくお願いします。

義母が末期癌です。大腸から頚部のリンパ節に転移し、肺にも影がみられるそうです。

自宅で疼痛のコントロールは何とかできてきていたのですが、足がむくんで歩くことができなくなり入院しました。
入院後は足のむくみは取れたのですが、足がほとんど動かなくなり寝たきりになってしまいました。
2週間ほど前から下血が見られるようになり、たびたび輸血をおこなっています。食事はほとんど取れていません。薬を飲むために数口食べるのがやっとです。
いびきをかいて眠る時間が多くなり(昼夜逆転している...続きを読む

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各症状について、可能性のあることを書きます。
足のむくみについては、心機能や腎機能などの臓器機能の低下や血流障害(これには、末梢の循環障害のほかに腹腔内のリンパ節転移などの圧迫による静脈還流の低下などが含まれます)、栄養状態が不良のため血液中の蛋白濃度が低下した場合など。
足が動かなくなったことについては、廃用性の筋萎縮に伴う筋力の低下や神経障害(両側の場合は脊髄への転移などの可能性)に伴うものなど。
下血は消化管からの出血を示しますが、可能性としては原発巣からの出血が最も考えられますが他の場所への転移、浸潤、潰瘍形成などによる出血の可能性もあります。 
せん妄、抑うつ、不安等などの精神症状は癌の末期にはしばしば出現します。疼痛コントロールがうまくいっていないときは出現の頻度も当然高くなります。
熱については、一般的に感染に伴うものと癌による腫瘍熱の二つが最も考えられます。
痰や呼吸困難は、呼吸器感染症の合併もしくは心不全徴候などの可能性があります。

この状態であれば御本人の苦痛をいかに取り除くかは、ご家族ばかりでなく医療側の比重が大きくなると思います。
まずは、御本人の意識を保った状態で苦痛を取り除くことが目標ですが、それが困難になればある程度鎮静させ意識レベルを落とすことも必要になります。肺に転移しているようですが、呼吸不全が進行してくると酸素投与だけでは呼吸困難が改善されないこともあり、そのような場合は体力の消耗がはげしく悪循環に陥りますから、積極的に鎮静させます。結果的に、ご家族との直接の会話はなくなることも多いですが、話すことができなくても完全に意識をなくしているとは限りませんから、気持ちの平安のためにも御本人に話しかけてあげることが大切だと思います。
最終的な症状は、血圧が下がる、尿の出が悪くなる、呼吸が浅くなるなどです。自分で痰を出すことができなくなると、常に痰が詰まることによる窒息が心配になります。喘鳴が強くなったときは、すぐに痰の吸引をしてもらうようにして下さい。

各症状について、可能性のあることを書きます。
足のむくみについては、心機能や腎機能などの臓器機能の低下や血流障害(これには、末梢の循環障害のほかに腹腔内のリンパ節転移などの圧迫による静脈還流の低下などが含まれます)、栄養状態が不良のため血液中の蛋白濃度が低下した場合など。
足が動かなくなったことについては、廃用性の筋萎縮に伴う筋力の低下や神経障害(両側の場合は脊髄への転移などの可能性)に伴うものなど。
下血は消化管からの出血を示しますが、可能性としては原発巣からの出血が最...続きを読む

Q肝硬変   腹水と肝性昏睡について

昨年の夏、食道静脈瘤の破裂で父(70才)が入院しました。
以前より肝機能はあまりよくないかもと言われていましたが、肝硬変(アルコール性)になっているという事をその時初めて知りました。
気付かずに禁忌の薬を服用していたのが、引き金となったようです。
1ケ月ほどで退院し、今は1ケ月半毎に大きな病院で血液検査や造影剤CTを受けています。
詳しい検査をしたところガンらしきものが肝臓に2ケ(1cm大のもの)あると言われ、またそちらの処置もしなければなりません。

私が普段気にしているのは、腹水の有無と肝性昏睡です。
父は少し肥満気味の為、腹水が溜まってきてもよく分からないのです。
3ケ月毎に造影CTをしているのですが、特に何も言われませんでした。
CTで腹水の有無は判るのでしょうか?
また父は最近よく眠ります。
椅子に座りながらでも寝ます。(30分ほど)
意識はしっかりしています。
夜間も短いですがちゃんと寝ているようです。
肝性昏睡の初期には睡眠障害があると聞きましたが、父のような容態でも肝性昏睡は起こるのでしょうか?
ちなみに精神異常はありません。
疲れているだけなのでしょうか?
素人が浅はかな知識を色々得て、混乱しております。
次の診察は4月末なので、気にかけています。
是非、ご意見をお聞かせ下さい。
宜しくお願いします。
ちなみに父の現在の血液検査の数値は
GOT 45、GPT 60、、LDH 207、AL-P 325、γ-GTP 69
です。

昨年の夏、食道静脈瘤の破裂で父(70才)が入院しました。
以前より肝機能はあまりよくないかもと言われていましたが、肝硬変(アルコール性)になっているという事をその時初めて知りました。
気付かずに禁忌の薬を服用していたのが、引き金となったようです。
1ケ月ほどで退院し、今は1ケ月半毎に大きな病院で血液検査や造影剤CTを受けています。
詳しい検査をしたところガンらしきものが肝臓に2ケ(1cm大のもの)あると言われ、またそちらの処置もしなければなりません。

私が普段気にしているのは...続きを読む

Aベストアンサー

肝硬変後の3大死因は、以下のようなものです。
・食道静脈瘤破裂で大量吐血による失血死
・肝性脳症による昏睡
・肝臓癌

ご懸念の件は「肝性脳症」でしょう。
昏睡状態は、肝性脳症の末期的症状なので、お父様の状態はそこまでには至っていません。昏睡状態は覚醒しません。
ご懸念の通り初期の段階では、よく寝ます。更に肝性脳症の症状が進むと軽い認知症のようになります。会話をしていても辻褄が合わない。日付が滅茶苦茶など。

ご存知かもしれませんが、肝性脳症の原因は血中のアンモニアの上昇です。
蛋白質を摂取すると体内でアンモニアが発生しますが、通常なら肝臓が解毒して影響はありませんが、肝硬変では解毒できずに体内にアンモニアが溢れていきます。

詳細については下記を参考にして下さい。
「メルクマニュアル医学百科」肝臓と胆嚢の病気
http://mmh.banyu.co.jp/mmhe2j/sec10.html
↑の「肝臓の病気で見られる症状」最下段に「肝性脳症」があります。

「肝性脳症」になると蛋白質制限食など食事の制限もあります。

私の身内も肝硬変から肝性脳症になったので症状は判ります。
先にも述べましたが、言動が怪しくなったら即病院に行く事を薦めます。
私の身内の場合では、即入院でした。
ところ構わずよく寝るのは注意信号ですよ。
よく観察されて、4月末の検査を待たずに判断された方が良いと思います。

GOT等の数値は、肝細胞が壊れる時に出る酵素の値なので、肝硬変で壊れるまで壊れてしまったら値は、正常値と変わらなくなります。

肝硬変後の3大死因は、以下のようなものです。
・食道静脈瘤破裂で大量吐血による失血死
・肝性脳症による昏睡
・肝臓癌

ご懸念の件は「肝性脳症」でしょう。
昏睡状態は、肝性脳症の末期的症状なので、お父様の状態はそこまでには至っていません。昏睡状態は覚醒しません。
ご懸念の通り初期の段階では、よく寝ます。更に肝性脳症の症状が進むと軽い認知症のようになります。会話をしていても辻褄が合わない。日付が滅茶苦茶など。

ご存知かもしれませんが、肝性脳症の原因は血中のアンモニアの上昇...続きを読む


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