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今までたくさんの本を読みましたがそれを知識や知恵として身に付けた本は少ないです。。。。
そして学んだ知識をどのようにアウトプットすればいいのかもわかりません

今までの読んだ本すべてに対して知識として頭の中に入れてそれを外にアウトプットしていきたいとずっと思っています。

みなさんは読んだ本の知識をどのようにアウトプットしていますか?
日記をつけてますか?
どのようにアウトプットしていけばいいのかがわからないので助けてください!!

A 回答 (12件中1~10件)

おもしろいと思う部分を読む。


身近な人にその面白い話をする。
私はいつもこれです。
本のある生活はいいですね。
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回答させて頂きます。


少し長くなりますが、私にとっても重要な事であったので、自分を振り返るという面もあって直接的な回答ではありません。時間のある時にお付き合い頂ければと思います。
これは読書における一般論ではなく、私の一意見であるという事にご留意下さい。

まず、現在の世の中では、本は読まないよりも、まあ読んだ方が良いかな、というくらいの感覚がありますが、なぜ本を読むのか、そもそも本って何だ、という目的は結構あいまいで、きちんと言語化されていません。ここからお題目に入りたいと思います。
本、言い換えると書籍となりますが、書籍とは一体何でしょうか? 

書籍とは、つまる所「人の意見の集合・集約」です。自分の半生をかけて得たノウハウだったり、哲学だったり、伝記だったり、技術情報だったり、学習内容だったり、翻訳だったり、あるいは創作上でも自分が考えたストーリーに沿って登場人物を動かして人の思考や哲学の根幹にせまったり、あるいは暇つぶしの為のエンターテイメントを描き出したりと様々ですが、これらを社会に対して広範に周知せしめたいが為に作家さんや専門家の方、タレントなどが書いているのだと私は考えています。
戦地へ行って写真を撮る写真家も、何かを伝えたい為に写真を撮っているのです。また、大変下衆な話しですが、セクシー系として売っているアイドルの水着写真も、一応「このアイドルの美しさを美的感覚として伝えたい」という超がつくほど薄っぺらい名目で売っている面があります。
これと同時にお金儲けの事情もあるのでしょうが、ここではちょっと除外しておきます。
人から人へ何かを伝えたい、という意味で出版物が存在しているのだと私は考えています。

さて、上記での作家さんや専門家の方、タレントが発信した情報ですが、これらはどのような形で、読者側にとって有用なのでしょうか。私達読者側の人間としては、これらの情報を摂取したり、あるいは読書によって代理経験をし、それらのストーリーに内在する倫理感を間接的に自身の行動原理に取り込む事によって、自分自身という人間を成長させる事ができるのではないか、と私は考えています。これが書籍の役割であり、読書の目的ではないでしょうか。

そして、読書の目的が上記であるとした場合、それらのアウトプットは、紙に書いたり、あるいはウェブ上の文章にするだけではいけないとも思います(これは私自身も自戒せねばならない事ですが)。

功利的に申し上げれば、せっかく読書という時間を割いて得た情報なので、自分自身の人生に体現しなければ、それは一律に損であり、勿体無いという事になります。
私はどちらかというと読書を功利的に捉えています。単なる文学であっても、その効能は人の考える内在的倫理を自らの行動原理に効率良く摂取できるものです。

その意味においては、世の中の出版物とは、自分の行動に反映するに当たって無駄なものはおおよそありません(しかし、清涼院流水のコズミックというものすごい大ハズレ本もたまにありますが・・・私はコズミックの読後、実際にこの本を床へ叩きつけました)。

よって、アウトプットなるものは、読書によって何らかの変化を起こした自分自身によって、自分の人生で出していけば良いのだと考えます。

「古来世の人の思ふごとく、ただ文字を読むのみをもつて学問とするは大なる心得違ひなり。文字は学問をするための道具にて、たとへば家を建するに槌(つち)・鋸(のこぎり)の入用なるがごとし。槌・鋸は普請に欠くべからざる道具なれども、その道具の名を知るのみて、家を建つることを知らざる者は、これを大工といふべからず。」
「そもそも人の勇力は、ただ読書のみによりて得べきものにあらず。読書は学問の術なり、学問は事をなすの術なり。」
--福澤諭吉 学問のすゝめ より。

「知識はなによりも宝になる。 そして重荷にならない。 生きていくための力だ。 君を奴隷から救ってくれる手段になるだろう。」
--マンガ「鋼の錬金術師」ホムンクルスのセリフより。

本を読む理由、本で得たものをどのようにしてアウトプットすれば良いのか、という点においては、直接的な回答ではありませんが、上記に挙げた学問のすすめが一つの補助線を引いてくれると思います。
原文は果てしなく読みにくいので、校柱版か、全訳版がいいです。

学問のすゝめ 伊藤正雄 校柱
http://www.amazon.co.jp/dp/4061597590
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>本を読む意味、意義は何??



何といわれても難しいのですが、
アウトプットという言い方をするとちょっと不思議な感じなんですね。

例えば、
インプット(本)→プロセス(なにかなんですが・・・よくわかりませんが)→アウトプット(???)
って考え方で書いていくと、
ハウツー本→記憶する→ノウハウの蓄積
なんてことになるのですかね。
小説等ですと、私は、
インプット(現実)→プロセス(現実に対する考えや分析)→アウトプット(次のアクション計画)
なんて仕組みのプロセスの改善等という結果につながるのかと思います。
具体的には、
インプット(小説)
→プロセス(主人公の考え方や書かれた内容からストーリーの進展を読み、他人の考え方や
 書かれた内容からの結果を考察するなど)
→アウトプット(上記プロセス(現実に対する考えや分析)の改善)
っていうようなことになるのかと。

と煙に巻くような話を書いてしまいましたが、
例えば、製造設備の改造により、故障確率を低下させました(アウトプット)といっても、
故障が起きるときはおきるのでその次の日に故障が発生することもあります。
これと同様に読書というものに具体的なアウトプットというのを求めるのは
あまりそぐわないのでは?
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 ブログを書いてみるのも一考です。



 本の書評をブログに書いていけば、すぐに数百や数千の書評集が書けるようになります。長い文章が書けなくても、数行ぐらいの短文で良いですから、読んだ本の書評を書いてみましょう。書いた分だけ記憶に残り、知識が豊富になります。

 評価や批判を書く時の文章技術を高める練習にもなります。長年に渡って書評を書いていると、本を斜め読みしたり、冒頭と結末を読んだだけでも書評が書けるようになります。類推能力を鍛えるのにも役立ちます。

 学んだ知識は日頃から文章を書いていないと身につきません。情報社会の現在は、インターネットで文章・写真・絵・CGなどを書いて公開出来る時代です。自分の能力を最大限に使って外部に発信出来るわけで、良い時代だと思います。
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本は読むだけでいいのです。

文章を読めば読むほど論理的能力や知能が向上します。これが読書の最大の効用です。その上に、副産物として知識を得られ、感性や情緒が磨かれます。とにかくたくさんの本を読むことです。
得られた知識を元に文章化したいのであれば、構わずどんどん書けばいいです。何に書くかは問題ではありません。大学ノートを買ってきて、何でもいいからとにかくどんどん書きましょう。書いているうちに文章が上手くなって、内容のあることが書けるようになります。大作家と言われる人たちは、皆そうやって文章力や構成力を磨きました。
人に見せるのが目的であれば、今頃ならブログを書くのもいいですね。誰かに読まれていると思うと、張り合いもあるし、目的意識が出来るし、みっともない文章は書けないので、何度も読み返して推敲します。いっそう文章力が磨かれるでしょう。
しかし基本になるのはあくまで読書と読書量です。ろくに本を読まない人の文章は、稚拙で、非論理的で、内容がありません。ほとんどのブログがそうです。独りよがりで読むに耐えない文章です。大いに頑張って本をたくさん読みましょう。
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日記をつけることはいいことだとどこかの本に書いてました。


書く方が記憶しやすくなる・文章力、読解力が養われるなど。
本を読んで気になった文章、単語、表現方法、雑学。何でもいいので
気になった事を日記等にとどめておくことで、読んだだけの記憶よりも
数倍記憶に残るそうです。

アウトプットの方法ですが、会話のネタの一つとして使うと言うのが
一番有りそうですね。雑談でもビジネス、営業の場でも持っている知識が
多くて困ることはありません。
相手が欲しがっている知識を自分が持っていれば、そこから会話も膨らみ、
自分の評価もあがったり良い事ずくめです。
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例えば以前、会社組織についての本を読んでみたことがあります。



「どうしてこの職場はギスギスするのか」

といった内容の本でした。
当時、自分が勤めていた部署の空気も近いものがあり、その原因をおぼろげながら感じていながらも、その本に書かれていたことにも思い当たることもあったりし、本と組織について相談したように思いました。
その後、同様の本、コラム、などを読み進めていく内に自分なりの「よい組織作りの方法」が形作られていき、上の立場にたった際にはおおいに役立ちましたよ。

また、漫画もたくさん読みます。恋愛少女漫画ひとつとっても、中には人間や人生についての考え方に感嘆するものもあったりし、実際の自分の恋愛関係にて、相手とのよい関係を作るうえなどで大いに役立ちました(笑)。

読んだ本の「知識」とありますが、「知識」自体を紙に並べても、それは単なる借り物の「知識」です。
どこかしら自分で実践してみて初めて本当の意味での「アウトプット」となるのではないでしょうか?

また、実際にできなくても「自分だったら…」と意識していると、自分とは全く違うモノの
見方、考え方が世の中にはたくさんあることがわかります。
それがわかることで、物事にあたり一眼的ではなく複眼で見ることができ、その書物、ひとつひとつの知識は覚えていなくても、「自分はこう思う、でもそうでないこともあるかもしれない」と、生きるうえでいろいろな見方ができるようになります。

それ自体が、有意義なアウトプットなのではないか、と私は思います。

ちなみに…

読書感想文を書くこともよくあります。読んだ当初の気持ち、後にその感想を読み返した際、自分の成長や考え方の変化などに気付いたりして面白いです。

聞きたい内容と違っていたらごめんなさい。

参考まで。
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よく、名言集のように、偉大な著名人などの書物から 現実のシチュエーションに相応しい名言をアウトプットして、異性にアプローチする男性とか、いましたよね。


現代ではちょっと臭いかもですが...(笑)
昔は そうした名言集として集めた本など出ていなかったので、それぞれの業界(数学者なり、哲学者なり、心理学者なり、、、その他)著名人の書物を1つ1つ読み込んで、アウトプットして用いると知性の象徴としてアピールすることが出来ました。

昨今では、やはり本の選び方が大切なのでしょうね。
どんなにアウトプットしたくても、そうすればカッコ良い人、面白い人、博識ある人に見られるとしても、何をアウトプットされるか、が大きなポイントになりますし、自分が心の書となるくらいに興味深い内容のもの、をきちんと選べなければ、或は、自分の窮地な状況の時に出会った書などでなければ、どんなに素晴らしい書をたくさん読みあさったところで、飽食の時代、読み切れないほどたくさんの書物が入れ替わる時代に、印象に残る言葉など、アウトプットするまでの記憶に留まらなくなってしまうでしょうね。

つまり、、、
> 本を読む意味、意義は何??

アウトプットすること、に限らず、
文章力、表現力、読解力、想像力、洞察力 など 養える物が多いですね。

たとえば、自分や周囲の知人には決してない 表現、言葉遣い、考え方、生き方の人に出会えたり、触れられたりすることも書物でこそ。
また、他人の意としていることを勝手に自分のフィルターにかけて決めつけたりすることなく、正しく読み取ったり、どんな複雑な面白くもない長い文章からでも、真相や何がいいたいのか、形容や修飾の語に惑わされることなく、要点を即座に感知できる読解力など、を読書によって養うこと が意義なのではないでしょうか?

昔々から知識があるか ないか、が大きく損得を決めてきました。
その名残として今なお存在する代表的なものに、憲法や契約書、公的書類などがありますね。
やたらと長く複雑でわかりにくいと言われるこれらの文書は、知識人が考えた、知識がある人だけ得する方法、文字がわからなかったり学のないものは言いなりになるよりなく、権利さえも申請方法などが複雑な文章のため、知識の無い人は損をしたり、、、、

だから 本を読みなさい、と教育されることが多くなった様ですよ。








>みなさんは読んだ本の知識をどのようにアウトプットしていますか?

子供の頃は、読書感想文を書いたりしましたね。
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会話が途絶えた時に小噺っぽく話題にしたりすることがあります。



しかし相手やタイミングによってはうるさがれます。


アウトプットするならアウトプット向きの本を読むのがお勧めです。
歴史や地理、植物なんかがいいと思います。

個人的にお勧めの本は、「SASサバイバルハンドブック」です。
十中八九タイトルで引かれたかと思いますが、紐の縛り方など日常で役立つ知識が盛りだくさんです。
単純に読み物としても面白いかと思います。

何より人になにか話したとき、相手がそれを知っているという気まずい事態がまずないです。
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 >みなさんは読んだ本の知識をどのようにアウトプットしていますか?



 意識してのアウトプットは、していません。
 意識してアウトプットする必要があればそれなりの決意で読むし記録も残すだろうけど、必要がないので意識していません。
 本は読みますが、傍から見ると極めて適当に読んでいるように見えると思います。何しろ1年くらい前に買った本が未だに読み終わっていません。つまり、それくらいアウトプットの必要性に駆られていない、ということです。

 >日記をつけてますか?

 つけていません。理由は上述と同じ。
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