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第二次大戦中のUボートやその他各国の潜水艦が敵船に魚雷攻撃をかける時、どのくらい接近しなければならなかったのですか? それとその時の潜水艦は水深どのくらいに位置取りしたのでしょうか? また、潜水艦の船首は敵船に対して垂直に向けるのですか?(素人的考えですが斜めから魚雷を撃っても信管にちゃんとヒットしないような。。。) 宜しく御願いします。

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A 回答 (2件)

第二次世界大戦当時の潜水艦の魚雷の有効射程は一応数千~1万メートルくらいありますが、実際の射程距離は1千~3千メートルくらいで、やはり近い方が命中率は上がるので、ベテラン艦長ほど接近してから撃つ傾向にあったようです。



雷撃時の深度=潜望鏡深度は大体15~20メートル程度ですが、既にダメージを受けた敵船に止めとして魚雷を発射する場合は極至近距離(数百メートル)から浮上した状態で撃つ事もありました。もっとも魚雷は高価なので、ほとんど戦闘力のない商船極力浮上してから自身の大砲で沈めることが多かったようですが。

雷撃時の艦の姿勢は基本敵船に対して垂直方向に近いのですが、敵船は大抵動いており、また魚雷の速度も30~40ノット(54~72km/h)なので、直接敵船を狙っても魚雷が到達した頃には先に進んでしまっていて当たりません。なので敵船の速度と距離を計測して魚雷が到達したときに敵船がいるであろう未来位置を予測して発射します。
なので敵船が鈍足で動きも単純であれば魚雷節約のために一本だけ発射することもありますが、比較的速度も速く、潜水艦を警戒してジグザグに動いている場合などは、未来位置に対して複数本の魚雷を扇状に撃って、そのどれかが当たれば良い的な撃ち方をします。

また航洋型の潜水艦の場合、艦尾にも魚雷発射管を持っている艦がほとんどなので最初の斉射で外れたときは180度ターンして艦尾魚雷で二次攻撃を行うこともありました。なお当時の潜水艦は魚雷再装填するのにかなり時間と労力を必要としたため、戦闘中の再装填はまず行えませんでした。

ちなみに発射された魚雷は、潜水艦の深度に関わらず、一定の深度に自分の深度を調整しながら進みます。ただしあまり深い場所(100メートル以上)では、潜望鏡は使えず魚雷発射管も水圧で開けなくなってしまいますので、魚雷攻撃はできません。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。結構、条件が厳しいですね。撃沈したら潜水艦内は大喜びでしょうね。人の命はその引き換えになくなるわけですが、、戦争ですね。

お礼日時:2013/02/25 15:07

日本軍の酸素魚雷に限定して言えば、数千メートルの距離で発射しても命中率は決して低くなかったと言います。


大砲の照準は、立体の中での照準ですが、魚雷は水面=平面上での照準なので、意外と命中率は高いのです。
但し、当時の潜水艦は水中速度が10ノット以下だったりして鈍足ですので、敵を見つけても有効な射程位置に持って行くのが難しいようで、相手が同じお鈍足の輸送船団ならいいのですが、主力艦隊を攻撃するのは、なかなか難しかったようです。

また、魚雷は砲弾と違って、速度が遅いので、的速と進行方向に合わせて、未来予測位置めがけて射出するので、的に対して垂直には艦首を置きません。
魚雷の信管は、遅延信管なので当たった瞬間に爆発することは無く、船体に食い込んでから爆発する為、威力がすさまじいのです。そのため、仰る通り、斜めに当たって信管が爆発せずに弾き飛ばされたり、薄い鉄板で作られた弱弱しい輸送船に突き刺さって爆発しなかったりしました。
逆に、信管を敏感にさせすぎて、せっかく敵艦に命中するところ、敵艦の作る波の刺激で、手前で爆発してしまったりしたこともあります。
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この回答へのお礼

水中で速度の遅い潜水艦で敵艦を追いかけるのは難しそうですね。ある程度待ち伏せみたいに待っていて、そこに来れば攻撃だったのでしょうか。。ワニみたいですね。

お礼日時:2013/02/25 15:09

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QUボート魚雷の射程距離は?

Uボートが船団に魚雷を発射する時はどのくらいまで近づくのでしょうか? そして船団を双眼鏡で覗いていて発見すると映画などでは、それに接近するような場面がありますが、実際に追いつけたのですか? ほとんど待ち伏せして近くを航行する船にしか魚雷を発射することができなかったのでは?

Aベストアンサー

agekobaさん、こんばんは。


そうですね。近づいていくというのはうそです。大体待ち構えているというのが正しいと思います。
それは船団のほうの速度が20ノット程度であるのに対し、Uボートは水上速力において18ノット、水中速力で8ノットが限界だからです。魚雷はかなり近づかないと当りません。2000Mでも40ノットで1分40秒もの時間が経過します。その時に転舵されてしまえば、かわされてしまえば、万事休すです。


詳細は下記URLを参照ください。
Uボート
http://ja.wikipedia.org/wiki/U%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%88VII%E5%9E%8B
http://ja.wikipedia.org/wiki/U%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%88

雷撃深度一九・五
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B7%E6%92%83%E6%B7%B1%E5%BA%A6%E4%B8%80%E4%B9%9D%E3%83%BB%E4%BA%94

Q旧日本軍はどうして潜水艦を強化しなかったのでしょうか?

第二次世界大戦もののDVDを観て思ったのですが、
潜水艦の役割は重要です。
攻撃にしろ、防御にしろ威力絶大と感じました。
とくに太平洋に飛び飛びにある島の防衛などは、潜水艦を配備していれば強化できたと思います。
日本の潜水艦のことはあまり聞きませんが、
海軍は、どうして潜水艦の開発に力を注がなかったのでしょうか?
海を制したかったら潜水艦が不可欠ではないでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

日本海軍は、甲標的艦を完成。実戦に投入しました。
2人乗りの水中高速型の潜水艦の開発に成功していたのです。

この事実に米軍は驚愕しました。

時の水上機母艦は、甲標的艦母艦として即座に改装可能なように設計、建造されていました。

潜水艦に対し相当力を注ぎ込んでいたようです。

日本軍では潜水艦とは、
隠密行動を取り、単独で侵入し、敵艦船を攻撃する為の兵器でした。(特攻に近い思想)

艦隊戦では、艦隊の前で哨戒に当たらせ、
平時は、敵の基地付近の哨戒任務に付かせました。

一方、米軍の潜水艦は日本軍のそれよりはるかに劣ります。
酸素魚雷の開発もまだでした。

米軍は、
潜水艦を3隻一組とする狼狽戦法で弱い輸送船団を襲う事に専念します。
彼らは、日本軍の海防艦が、殆ど使い物にならない木造船である事を知っていました。

日本軍は
駆逐艦を重雷装する事により重巡洋艦と匹敵する戦力としようとします。
重巡洋艦は、重雷装させ、戦艦と互角で戦える事を目標としました。

その結果、被弾に対しては極めて脆く火災、誘爆が多かったのです。

米軍は、無理な雷装や、無理な作戦より、
より効果的な運用方法を目指しました。

追い詰められ、
潜水艦に戦艦が沈められるようになると、
日本海軍も、もう終わりだな。
こう言う空気が流れます。

潜水艦に対する防御、発見方法、攻撃方法などが確定していないと言う、根本的な問題でした。

>とくに太平洋に飛び飛びにある島の防衛などは、潜水艦を配備していれば強化できたと思います。

潜水艦は、常に最前線に投入され、後方は無視されました。

>日本の潜水艦のことはあまり聞きませんが、
海軍は、どうして潜水艦の開発に力を注がなかったのでしょうか?
海を制したかったら潜水艦が不可欠ではないでしょうか?

上層部は、敵艦隊を攻撃する事しか頭にありませんでした。後方、補給よりも、最前線でした。
援護の無い、単独攻撃は、犠牲も大きかったようです。

日本海軍は、甲標的艦を完成。実戦に投入しました。
2人乗りの水中高速型の潜水艦の開発に成功していたのです。

この事実に米軍は驚愕しました。

時の水上機母艦は、甲標的艦母艦として即座に改装可能なように設計、建造されていました。

潜水艦に対し相当力を注ぎ込んでいたようです。

日本軍では潜水艦とは、
隠密行動を取り、単独で侵入し、敵艦船を攻撃する為の兵器でした。(特攻に近い思想)

艦隊戦では、艦隊の前で哨戒に当たらせ、
平時は、敵の基地付近の哨戒任務に付かせました。

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Qなぜ日本の海上自衛隊の潜水艦が世界一の軍事技術なの

なぜ日本の海上自衛隊の潜水艦が世界一の軍事技術なのでしょう?

米国アメリカ海軍の原子力潜水艦より性能が上な理由を教えてください。

Aベストアンサー

>なぜ日本の海上自衛隊の潜水艦が世界一の軍事技術なのでしょう?

音が静かで深く潜水できるからです。

まず、日本の海上自衛隊のような通常動力型潜水艦と米海軍の原子力潜水艦とでは使われ方が全然違います。

原子力潜水艦は速度が速いが音がうるさい、だから敵に見つかる可能性が高い。
原子力潜水艦の使われ方は、敵を攻撃したら後はバンバン音を出して高速で逃げる戦法。

通常動力型潜水艦は速度は遅いが音は静か、だから敵に見つかる可能性は原子力潜水艦より低い。
通常動力型潜水艦の使われ方は、敵を攻撃したら見つからないようにひっそりと隠れる戦法。

どっちの戦法を使うかですよ。
敵に見つからないようにひっそりと隠れる戦法では日本の海上自衛隊の潜水艦の方が上なんです。

ただ見つかっちゃったらもう終わりですけどね。速度が遅いので逃げ切れない。

Q旧日本海軍の潜水艦について

旧日本軍に潜水艦はないものと思っていましたが、ネットで検索してみるといろいろとあったようです。

戦艦が有名すぎで、潜水艦はあまり話題にならないようです。
そこで質問ですが、潜水艦の性能・実力のほどはどうだったのでしょうか?活躍はしましたか。
Uボートに比較してだいぶ劣るのでしょうか?
戦艦の技術が優秀なので、潜水艦も優秀であったと想像します。

Aベストアンサー

日本海軍が潜水艦だけで沈めた大型艦は、空母ワスプと重巡洋艦インディアナポリスだけだそうです。ここで『大型艦』とは巡洋艦以上の大きさの軍艦を、単独とは純粋に潜水艦からの攻撃だけで沈めたことを意味しています。ちなみに、アメリカ潜水艦は日本の大型艦を七隻以上、ドイツ海軍は英海軍の大型艦四隻以上を単独で沈めています。

日本の潜水艦が余り活躍できなかった原因として、用兵思想の誤りとアメリカ海軍の優れた対策、そして技術格差(潜水艦の建造技術とは別の面での)があると思います。

既に指摘があるように、第二次大戦で潜水艦が最も戦果を上げたのは対商船攻撃でした。潜水艦の任務について、ドイツは最初から対商船攻撃に絞って莫大な戦果を上げ、アメリカも太平洋戦争開戦後から潜水艦の主目標を商船に切り替え、開戦前600万トン以上もあった日本の商船を4年弱の間にほとんど0にしてしまうほどの大暴れをしています。一方、日本海軍は最後まで軍艦攻撃にこだわり、アメリカ軍の優れた対潜対策が充実して行くにつれ片っ端から沈められていく運命をたどりました。護衛の比較的弱い(ソフト・ターゲット)商船団を狙ったアメリカやドイツと、護衛の固い(ハード・ターゲット)軍艦にこだわりすぎた日本の差と言えるでしょう。無論、日本海軍には軍艦攻撃にこだわらざるを得ない事情があったわけですが。

アメリカ軍の優れた対策としては、アクティブ・ソーナーの標準装備、護衛専門の空母(2年間で100隻以上も新造)と駆逐艦の大量建造と護衛船団方式による対潜護衛の実施、護衛駆逐艦がペアを組んだハンター・キラー戦術(一隻が追い回し、待ちかまえているもう一隻の懐へ追い込む)の採用などが上げられるかと思います。また、英海軍が行ったOR(オペレーションズ・リサーチ)の成果から、夜間浮上中の潜水艦をレーダーを利用して集中的に狙う戦術を採用したことも大きく功奏したとされます(おかげで日本潜水艦は昼間浮上せざるを得なくなり、今度は飛行機に狙われた)。

技術差について言えば、アメリカの潜水艦が昭和17末年の段階でレーダーによる魚雷照準装置を実用化していたのに対して、日本海軍は最後まで潜望鏡による目視照準であったようです。また、対潜兵器について言えばアメリカ軍はヘッジフォッグと呼ばれる投網のような対潜砲を実用化していました。また、日本の潜水艦はエンジン/モーターの音を静音化できず、アクティブ・ソーナーのみならず水中聴音機によっても簡単に探知されてしまうと言う欠点を持っていました(ドイツの技術者から『ドラムを叩きながら潜っている』と酷評されています)。飛行機を搭載できたことは、日本潜水艦の優位性でしたが、逆に船体が大型化することで、アクティブ・ソーナーによる探知に弱くなる結果を招いたとの説もあります。

先程述べた多数の護衛空母の哨戒と探知・攻撃における技術格差によって、日本の潜水艦は簡単に発見されるようになり、飛行機や駆逐艦によるハンター・キラー戦術とヘッジフォッグなどの効果的な対潜兵器により、手も足も出ない状況へ追い込まれていったと言われます。

参考文献として、以下のようなものが手頃です。興味があればご一読なさるとよろしいかと。

NHK取材班 『太平洋戦争 失敗の研究』角川書店 ; ISBN: 4041954126~
三野正洋『日本軍の小失敗の研究』光人社 ; ISBN: 4769822596
大井篤『海上護衛戦』学習研究社 ; ISBN: 4059010405

日本海軍が潜水艦だけで沈めた大型艦は、空母ワスプと重巡洋艦インディアナポリスだけだそうです。ここで『大型艦』とは巡洋艦以上の大きさの軍艦を、単独とは純粋に潜水艦からの攻撃だけで沈めたことを意味しています。ちなみに、アメリカ潜水艦は日本の大型艦を七隻以上、ドイツ海軍は英海軍の大型艦四隻以上を単独で沈めています。

日本の潜水艦が余り活躍できなかった原因として、用兵思想の誤りとアメリカ海軍の優れた対策、そして技術格差(潜水艦の建造技術とは別の面での)があると思います。

既に指...続きを読む

Q急降下爆撃は何故敵艦に対して縦に侵入しないの?

太平洋戦争での敵艦に対する急降下爆撃機は見てると敵艦の腹に対して向かっています。
でもそれだと、雷撃ならいいけど、爆撃ではちょっと間違うと爆弾が敵艦を素どうりしてしまいます。(飛び越してしまう)

それよりも敵艦に対して縦に侵入したほうが、船は縦に長い長いから外れにくいと思います。

どうして縦に侵入しないのですか?

Aベストアンサー

艦船の甲板は厚い鋼鉄でで守られて、少々の攻撃ではダメージを与えられません。
勿論、甲板上であっても艦載物に被害を与え、操舵室等に命中すれば航行不能には出来るでしょう。
それに対して、側面は大変薄く小さな破壊を受けただけで沈没などの大きなダメージがあります。

さらに、正面からの攻撃は上下は的として大きくなりますが、その代わり少しでも横にずれるとダメージを与えるどころか斜めに滑ってしまいます。
その点側面からの攻撃は、上下の正確さえ有れば左右はかなりずれても確実に大きなダメージを与えることが出来ます。

戦闘機の操縦的にも、左右の調節は機体を傾けるなど難しくなりますが、上下の調節は操縦桿の前後操作だけで瞬間的に調節でき、目標を捉える確立も高くなります。

戦闘機を攻撃する船側にしても、船の構造上縦揺れは少なく横揺れが大きくなります。
当然船の前方から来る敵機には照準を併せやすく、横から来る戦闘機は揺れの関係で狙いにくくなるでしょう。

Q第二次大戦でのライフル装弾数は何故5発なのか?

第二次大戦における各国主力小銃を見ると、装弾数が数発しかありません。
38式(日)・99式(日)・M1903(米)・Kar98k(独)・MAS 36(仏)・M1891(ソ)
このあたりの主力小銃はみんな5発です。もっと装弾数を増やせば、弾込めにかかる手間も節約できて便利だと思うのですが、なぜ各国示し合わせたように5発なんでしょうか?

それにM1ガーランド(米)なんてオートマチックなのに僅か8発です。少なすぎですよね・・・

Aベストアンサー

 元の銃を真似て作ったから、という元も子も無い答えになっちゃうんだが(^_^;

>もっと装弾数を増やせば、弾込めにかかる手間も節約できて便利だと思うのですが

この手の質問をするんだからある程度の知識があると思うけど

5発マガジンに装填が5秒としよう
10発マガジンが倍の10秒とすると、10秒で弾込めがができるかというと、そうではなく、もっと掛かるんんですよ。

マガジンの中にはバネがあって、それが次の弾を押し上げてくるっていうのは理解してるよね?

1~5発までを事前にマガジンに装填するのは楽だけど、7発、8発となってくると、押し返してくるマガジンの中のバネも強くなって、ギューと押し込んでるにの弾が入らない状態で10発も入れると相当な時間が掛かります。

そのマガジンを沢山用意しておけば戦闘時に次から次へと交換していけばいいんだけど

戦闘は、今日の午後3時に開始しますから、よろしくー
って敵味方が打ち合わせがあって始まる物じゃないのは判るよね?

3時になったのに、えー?!まだ8発しか詰めていないよー、戦闘するのはちょっと待って、と言っても待ってくれないですし

で、5発ぐらいの楽に装填できるマガジン(素早く装填できるマガジン)を多数持って、という事になるわけですが、弾を沢山持てば(マガジンを沢山持てば)重いので移動に難があって、というのになります。

で、徴兵で集められた兵士は、元はパン屋だったり、障子の張替えとかしてる人だったりとかで、沢山のマガジンを持ち歩くだけの体力が無かったりするし

ちゃんと狙って撃っても弾は敵に当たらないという状態になって、逆に敵に撃ち殺されたりするわけで、装弾数はあまり必要ではなくなります。

30連マガジンができても30人の敵が殺せるかというと、そうではなく錬度の低い兵士だと30発撃っても一発も当たらないですから、それなら錬度の高い兵士に5発だけ与えても5人は倒してくれますから、そちらのほうが効率はよくなります。

30連発のマシンガンなんて沢山の人を殺せそうだけでど、実際は人と人の間に隙間があって、そこにも弾が飛んでいくので誰にも当たらなくて、数打ちゃ当たる、にはなら無いんです。

ということで、ちゃんと銃を使いこなせる人(職業軍人)になら、5発あれば、それで事足りるわけなので、5発や6発の装弾数の銃が偶然(まあ、元の銃をコピーしてるので似るのですが)同じように揃ったわけなんです。

M1ガーランドの8発は、錬度の低い徴用兵に合わせて数打ちゃ当たる作戦?で作られたんです、38でちゃんと撃てる人だったら、錬度の低い敵を5人は殺せて退治できましたからね。

 元の銃を真似て作ったから、という元も子も無い答えになっちゃうんだが(^_^;

>もっと装弾数を増やせば、弾込めにかかる手間も節約できて便利だと思うのですが

この手の質問をするんだからある程度の知識があると思うけど

5発マガジンに装填が5秒としよう
10発マガジンが倍の10秒とすると、10秒で弾込めがができるかというと、そうではなく、もっと掛かるんんですよ。

マガジンの中にはバネがあって、それが次の弾を押し上げてくるっていうのは理解してるよね?

1~5発までを事前にマガジンに装...続きを読む

Q99式艦上爆撃機は何故あんなに命中率が高かったのですか?

本屋で本を読んでて気になりました。
第二次世界大戦では零戦や戦艦大和など有名なのが
ありますが、99式艦上爆撃機とはあまり知りませんでしたが、命中率が8割を超える精度だったとありました。

実際99式艦上爆撃機とはどんな所で作られ、何故あの時代にあれだけの精度が出せたのですか?

Aベストアンサー

99式艦上爆撃機は昭和11年に海軍省から試作を命じられた中島と愛知の両メーカーが競作した航空機で、結果的には愛知が競作に勝利し昭和12年12月に試作第1号機が完成し、昭和14年に制式化されました。

当時愛知はドイツからの今で言うライセンス制作で、いくつかの艦爆機を作っていましたが、この99艦爆は日本独自のオリジナル設計による艦爆機で、これが日本における艦爆の嚆矢となった機体で、日本最初の全金属製の低翼単葉艦爆でもあります。

99式は終戦まで各型あわせて1294機が作られ、日本海軍の主な作戦のほとんどで使用されています。

80パーセントを超える命中率は開戦当初の戦歴で、その戦歴は相当無理な急降下にも耐えうる機体の頑丈さと優秀さもありますが、当時の厳しい鍛錬を積んだ搭乗員の技術によるところが大きかったといえます。

ただ急降下という敵に肉薄せざるを得ないような攻撃方法のため、艦船からの対空砲火に食われる確率が他の攻撃機よりも格段に高いものでした。

99式のもっとも華やかな戦歴はインド洋海戦といわれ、このとき99式は英空母ハーミスと巡洋艦コーンウォール、ドーセッシャーを撃沈しており、ソロモン海戦あたりが99式の栄光の絶頂だったといえます。

ただその後は経験豊富な搭乗員の消耗が激しくなるにつれ戦果も目立って少なくなり、マリアナ海戦を最後に第一線機としての名誉を彗星に譲っています。最後は特攻作戦にも使用されるようになりました。

99式艦上爆撃機は昭和11年に海軍省から試作を命じられた中島と愛知の両メーカーが競作した航空機で、結果的には愛知が競作に勝利し昭和12年12月に試作第1号機が完成し、昭和14年に制式化されました。

当時愛知はドイツからの今で言うライセンス制作で、いくつかの艦爆機を作っていましたが、この99艦爆は日本独自のオリジナル設計による艦爆機で、これが日本における艦爆の嚆矢となった機体で、日本最初の全金属製の低翼単葉艦爆でもあります。

99式は終戦まで各型あわせて1294機が作ら...続きを読む

Q太平洋戦争当時日本軍が三八式銃を使用していた理由は

三八式銃とは、明治38年 に発明された旧式の銃らしいですが、
これを太平洋戦争当時でも使用していたそうです。
戦争中の兵器の進歩は日進月歩なのが普通なので、
これは不思議なことです。
使用し続けた理由は何でしょうか?

大量に余っていたとしても新式に鋳直せばよいだけのことです。
現に戦闘機などはどんどん改良を重ねています。
なにか特別なことがあったのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

銃は、航空機、戦車、潜水艦のいわゆる三大新兵器とは違う「熟練した兵器」ですので、寿命は桁外れに長いです。
ほかに寿命の長い兵器は、歴史的に見ると刀剣があります。日本刀は、太刀~打刀に変わったりと、若干の変更がありますがおおむね形は変わりません。これは刀は、熟練した兵器であり、戦術的な変革がなければ、仕様を変える必要がない代物だったといえるでしょう。

さて、三八式についてですが、これも似たようなものです。諸外国の兵器と比べた場合の旧式度合いについては、すでに前に語られていますね。
新しいともいえませんが、それほど古いともいえません。つまり、ボルトアクション式では、すでに三八式は「決定版」ともいえる代物だったのです(No12の方が言っているように日本人にとって扱いやすいのも大きい)。
決定版なので、それ以上のものは戦術的転換がないかぎりは不要です。現在でもピストル、小銃などは50年以上前の設計の物だって十分現役で使っている国もあります。これらは現代の戦術では決定版足りえる代物だからです。

さて、先ほどから「戦術」という言葉を使っていますが、これが、三八式におきた一つ目の悲劇です。
時代は第1次大戦、火器は「小銃による打ち合い(砲は補助的)」から「重砲と機関銃(小銃は補助的)」による戦術に「転換」しました。

つまり三八式の作られた時代の戦術概念と第2次大戦では大きく様相が変わったのです。
基本的に新しく作られた戦術というのは、前に使われていた戦術よりも優れています(優れているから採用される)。
つまり、三八は世界的な戦術である、火砲、機関銃の大量使用による弾幕戦と戦うようには対応していません。
諸外国のようにそれらの「補助兵器」として使うならば十二分の性能だったでしょう。

当時の戦術において勝利を決めるのは火砲、機関銃、戦車といった兵器で、小銃はすでに勝利を左右する兵器ではなくなっていました。
しかし、日本軍にはそれらで力のある兵器はありません。

勝利を左右する兵器を持っていない軍隊と、勝利を左右する兵器を大量保有している国が戦えば・・・どうなるかはわかりますね?

日本軍が、(あくまでボルトアクションから進歩した存在であり、補助兵器の域を出ない自動小銃はともかくとして、です。諸外国がこれの更新を遅らせたのは、他に国力を注いでいたためです)火砲や機関銃の大量配備を嫌ったのは、塹壕戦による経験が薄かったために有効性を信用しきっていなかったのもありますが、最大の理由は、工業力がこれらの兵器を「全軍にいきわたらせて、かつ戦えるだけ」の力を持ち合わせていなかったことです。
国力と軍事力の兼ね合いが著しく悪いとも見れます。海軍でもいえますが、国力以上の軍事費は維持費や更新費用の面で国家を破綻させます。弾薬についてもそうです。自国の国力でまかなえる以上の弾薬を使う軍隊を持てば、補給にひずみが生じて、供給が追いつかなくなります。
かといって軍隊を減らすわけにもいかない状態ですし、そのおかげで更新(つまり戦術転換)に使う国力もない。新しい戦術では弾薬を多く使うので、転換したところで維持できるだけの国力もない(諸外国は生産量を増やしたのですが、日本ではそれができるだけの国力すら残っていなかった)。
日本軍が抱えていたひずみとかゆがみが、小銃にも現れているのです。

もう一つの悲劇が、1つ目の後半とかぶりますが日本の工業力の低さです。
当時、日本の技術力はとにかく欧米に追いつけということでタッチアップを図っていましたが、まだまだ追いついていません。
よく「日本の技術力は世界一だった。アメリカに物量で負けた」なんていう人がいますがこれは大間違いです(空技廠から上がってきた航空機の図面で、「この部分は鋳型をつかった鋳造で」となっていても金型が作れずに削り込み部品にしたというのはよく聞く話です。つまり当時の技術はその程度)。
中でも惨憺たる分野が重工業全般の中でも最重要分野の鉄鋼業でして、製鉄も自国では補完できない、鋳型技術も低い状態です。
さらには、精密機械技術が発展途上でして、とにかく精度が悪い(戦前の日本兵器において「統一規格」はありません。というより作れなかったのです。精度が維持できないのですね)。そのため小銃ですら調整しないと命中精度が維持できない上、部品の互換性がない。これは前線において問題です。
別々の箇所が壊れた銃をばらして一つの壊れていない銃にするというのは、軍隊ではある程度普通ですが、日本ではこれが出来ない。つまり不経済な状態です。
また、弾薬の製造精度も悪いため、弾詰まりが多い。これは自動小銃のほうで批判されますが、こちらについては「吐き出す量が多いためハズレに当たる確率が高い」だけなのです(まあ、自動小銃のほうが若干弾詰まりを起こしやすいというのはありますが・・・)。

ながくなりましたが、結局は日本と日本軍の構造上の問題なのです。
日本において三八式が評判が悪いのは、本来的に責任はない三八式に、日本の抱える問題を添付してしまっているからです。結局問題は日本自体にあるのです・・・
というわけで、三八自体の設計は優秀ですし、ボルトアクション式小銃の決定版でもあります。

銃は、航空機、戦車、潜水艦のいわゆる三大新兵器とは違う「熟練した兵器」ですので、寿命は桁外れに長いです。
ほかに寿命の長い兵器は、歴史的に見ると刀剣があります。日本刀は、太刀~打刀に変わったりと、若干の変更がありますがおおむね形は変わりません。これは刀は、熟練した兵器であり、戦術的な変革がなければ、仕様を変える必要がない代物だったといえるでしょう。

さて、三八式についてですが、これも似たようなものです。諸外国の兵器と比べた場合の旧式度合いについては、すでに前に語られてい...続きを読む

Q第二次世界大戦頃までの戦闘機乗りの生還率は?(撃墜王の事が知りたいです)

撃墜王なる言葉がありますが
調べて見ると5機墜とすと与えられた称号らしいです、もちろん諸説ありますが
5機墜とす位は熟練パイロットなら出来るのでは?なんて思いましたが
たぶんこれはTVゲームしてる感覚で捉えての結果だと思います
全然ピンときません
生涯戦闘で5機でエースなんて呼ばれるって事は
ものすごく生還率が悪かったと予想出来るのですが・・・

撃墜王って呼ばれるにはかなり大変だったのでしょうか?
また太平洋戦争までの生還率など
素人に解りやすく教えて頂ければ幸いです
よろしくお願い致します

Aベストアンサー

直接的な回答ではありませんが、
アメリカ軍の集計では
・エースは総パイロットの1%に満たない
・しかし、全撃墜数に於けるエースのシェアは40%位
・トップ・エースは生存率も高い(米軍の場合、20傑中戦死者は3人だけ)
という結果が出ています(これがアレグレッサーなどの摸擬空戦を重視する訓練へと繋がっていく)。

 つまり、パイロットになると、大体は戦果を上げることなく敵に喰われる。その時点で運が良いか、技量がいいものは生きのこり、やがてエースになるか、運が良いだけでなんとか生きのこる「その他大勢」になるか、という事になるわけです。

 ただし、生存率に関して言えば、国によって条件が異なり、落とされても歩いて自陣に返ってもう一回出撃、なんて恐ろしいことが平気で起こるWW2のドイツ(3桁級がゴロゴロ。肋骨負っても再出撃した奴もいた)、ローテーション態勢がしっかりしていて、それほどスコアを伸ばせないアメリカ、洋上を長距離侵攻が多く必然的に死にやすい日本など、「その国の事情」があるので、一概には言えません。

 なお、現在ではそもそも空戦自体がほとんど発生しないので、撃墜経験のあるパイロットの方が希少です。最後のエースは1986年のイラン空軍人でした。もう20年以上前の話です。

直接的な回答ではありませんが、
アメリカ軍の集計では
・エースは総パイロットの1%に満たない
・しかし、全撃墜数に於けるエースのシェアは40%位
・トップ・エースは生存率も高い(米軍の場合、20傑中戦死者は3人だけ)
という結果が出ています(これがアレグレッサーなどの摸擬空戦を重視する訓練へと繋がっていく)。

 つまり、パイロットになると、大体は戦果を上げることなく敵に喰われる。その時点で運が良いか、技量がいいものは生きのこり、やがてエースになるか、運が良いだけでなんと...続きを読む

QB29の迎撃に活躍した戦闘機

B29の迎撃に活躍して
最も多くのB29を撃墜破した戦闘機は何でしょうか?
月光ですか?
屠龍ですか?
それとも雷電でしょうか?
またどのような性能がB29の迎撃に適していたかも
教えて下さい

Aベストアンサー

普通に考えたら陸軍の三式戦飛燕だと思います。
 
 飛燕は稼働率も低く、不慣れな水冷エンジンのためもてる性能を発揮できず、速度では一式戦より速いですが格闘戦では一式戦の方が優れているため、米軍のパイロットから見ると一式戦の方が三式戦より手強い相手だったそうです。初の三式戦装備の68、78両戦隊はニューギニアでほぼ全滅で解隊するというかなり厳しい戦歴でした。
 B29が本土に飛来するようになると、日本機の中では高高度の性能が比較的良く、速度も日本機の中では速い飛燕が活躍するようになります。小林照彦戦隊長率いる244戦隊は部品の補給、整備も行き届いていたため他隊に比べ稼働率も高く、また攻撃精神旺盛なためB29の迎撃に活躍しました。震天制空隊による体当たりをはじめ、通常の攻撃でもB29を撃墜しています。小林戦隊長自らB29に体当たりで撃墜し、生還するなど244戦隊は敗戦までに撃墜84機(うちB29 73機)撃破94機(同92機)と言う戦果を上げました。
 
 水冷エンジンについては工業力が追いついていないのを無理して使ったというのが一般的ですが、ただ単に今までの日本機のほとんどが空冷エンジンであったため整備員が不慣れであったと言う話も聞きます。同じく水冷エンジンの彗星を装備した芙蓉部隊は整備員の努力により高い稼働率を維持していました。
 
 B29の迎撃に必要な性能は高高度での飛行性能、速度、高い上昇力、加速性、火力など格闘戦性能より一撃離脱に適した機体が良かったと思います。

普通に考えたら陸軍の三式戦飛燕だと思います。
 
 飛燕は稼働率も低く、不慣れな水冷エンジンのためもてる性能を発揮できず、速度では一式戦より速いですが格闘戦では一式戦の方が優れているため、米軍のパイロットから見ると一式戦の方が三式戦より手強い相手だったそうです。初の三式戦装備の68、78両戦隊はニューギニアでほぼ全滅で解隊するというかなり厳しい戦歴でした。
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