人間はそれを出来ないんですか?

思う理由(?)みたいなものです
全部は しらないんですが
ネイティブアメリカンやアイヌの人たちは(主にアイヌ)
人を信じて 総てのものに神がいると考え感謝し
祭りなどで 感謝を示したり 
人間も 神に落ち度があれば意見でき  
毎日 おなかいっぱいは食べれなかっただろうけど
生きるのに事欠かないほどとって 自然との共存をはかったり 私はそんな生活に憧れます
人間は社会でしか生きてけないし 自然を離れても生きてけない 自然を壊せばつけが来る事を感じ取ってように思います(勝手に)
いまでは、 食物として 量産された生き物 機械で利益を考えてつくられた心のこもらない食べ物
人間の能がうまいと反応するように創られた香味料
匂いも 見える物も 味わうものも 総ては人間の神経の反応利用した 人間を使って利益を作り出す
嫌な世の中だなぁ~ って思います
裕福な国の人は 安定のために 飢餓で苦しんでる力のない国から 食料を取り上げ 木をとっていき 自然のせいた行けを壊し 農作業が出来なくなり
自分が感じてる幸せで どこかの人が不幸になってるなんて苦しいです
私は 生きていくのがちょっと苦しくても いい感じの世の中で 人が人を信じ 総てのものに感謝でき
自然とともに遊べたら楽しいと思うし
だめかなぁ~ 
人間も自然の中の生き物で 幸せになるため自然に進んできた方向がこれで
今でてる結果だけど・・・ふぅ~

A 回答 (3件)

利益ってお金の事ですか?


インディアンも苦労したと思いますよ。三人兄弟の一人はマラリアにかかって小さい頃に亡くなって、お父さんは、ピューマと戦って戦死。長男は親父の代わりになれない狩に行き、ガラガラヘビにかまれてしまって左足を失ってしまいました。それでも、お母さんは「ああ私たちの神様、これはあなたが与えてくださった試練なのですよね?」「神様>そうに決まってるジャン!?」「ありがとうございます!うっうっ」
お母さんは息子よりも、夫よりも「神様」と「自然」が大事です。夫も息子も自然の一部ですから。。。。て言ってたら、開拓民と戦争が。。。でも、それはそれ、人それぞれ幅広く好き嫌いはあります。開拓民はしたいようにしたんです悪者ですが、それがどうしたって感じでしょう。自分と違う好みをもった相手を否定する事などできません。今は、お金という幻想が大好きな人がほとんどで、そのため「うつつ」をぬかす人が少ないということです。なにせ、好き嫌いは人それぞれだということです。意思の対立があれば、自分の意思が通るように仕向けます。自然界もそうです。アンバランスな所もあるのが自然だと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございました
そういう考えがあるのかぁ~ と思いました
自分の中でかなり美化してる部分があって気がつかない部分に気づけてよかったです
それに人は 親しくなれば 本当に嫌い同士になれる人なんて思ってなかったし 
あまり世の中の事わかってない子だから

私にとっての利益は 結果的に苦労のない生活ができるようになるものです
人がより幸せになる行為 こう書くとよく見えるけど
無茶にそれを進めて どこかで不幸や苦しみがでてるけど
私は、総てを知ってるわけではないし インディアンたちが残した言葉とか読んでるくらいですから
綺麗な部分しか見れてないのかもしれないけど
人は神(自然)の恵み(食料や服等)をもらい そして感謝している
自分も自然の一部なんだから もし、殺されたら自然に戻っただけ
これも深く知らないんだけど メディスンマンとかがいるし その人が何か教えてくれると思います
自然はアンバランスに見えて均衡をとってると思います
人間も自然に一部だと思いますが それを忘れて 自分の利益のために 自然を利用しているだけ見たいな感じだと思ってます(勝手に)

お礼日時:2001/05/23 21:37

できている例が挙がっているようなものなので、人間にはできるということを前提にしましょう。


ではなぜ今の日本ではできないのか。そういう社会だからですね。
僕もそういうのでは悩むのです。何か利便性ばかりを追求して、大事なものを見落としている、というのが僕の考えです。
幸せを利益の中に見いだした国はみなそうだと思いますよ。
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この回答へのお礼

ありがとうございます
嬉しいです できるっていってもらえて
もし、ダメばかりならどうしようかと思いました
そういう考えを持ってる人が いるって事は努力次第で変わるって事ですね
かってに がんばりたいと思います
やっぱり 社会が大きな壁になるんですねぇ~
私は よく言えばあまり無欲で 他人から見れば 無関心に見えるみたいな人なんで
自分の価値観を持ってる人がほかにいるのかがよくわからないんです
いい感じな答えで とても嬉しいです 
確かにそうだろうなぁ~ って思いました

お礼日時:2001/05/23 01:04

 ま、そうなんですけどね。

農作物などが天候不良で採れなかった年などを想像すると、それはそれでとても怖い。
こんなに人が増えてしまっては、全くの大自然であった場合、人間一人を十分に食わすだけの耕地面積とか確保できないんじゃないだろうか。
 それに多分日々の生きることに精一杯でこんな哲学的話題も口に上らなくなくだろうなぁ。
 人の欲望には終わりが無い。どこまでで手を打つのか。手なんか打てるのか?

 君は貧乏したことがあるかい?”ちょっと”食えないということがどういうことか、わかるかい?

 第三国で滅私奉公でもしてみる?
 理想ではあるけれど、今の自分に出来ることから少しづつやってみようよ。
たいしたことは出来ないにしても。
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この回答へのお礼

ありがとうございました
やはり 人口は増えすぎてますよね
人口が増えれば欲もでる 他人より良いみたいな
哲学的考えができる 私たちは 確かになにかできるけど
頭の中だけで 何もしない
それじゃ変わらないですよね 
私も募金した事あるんですけど それが届いてるかわからないけど 
私は一応飢えは体験しました かってに どれだけ苦しいのか何日かやってみてけど苦しかったです
自分で自分を抑えられる範囲までだけど
でも、それから 食事の量は減りましたし 
一日2食でも大丈夫だし 前まで3食必要だったけど
でも、学生なので貧乏はまだしてないけど

自分にできることかぁ~ やっぱりそれしかないんですよねぇ~ 

お礼日時:2001/05/23 01:14

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