ドストエフスキーの『罪と罰』ってどんな内容ですか??
あと、面白い本教えてください。←どんなのでもいいです。。

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A 回答 (3件)

学生ラスコーリニコフが金貸しの老婆を殺してしまうお話です。

これが罪にあたります。
老婆を社会的な悪ととらえ、それを殺すことが自分にとって正義だと思い込んで犯行に及びます。
そして、それから断罪に入っていくということになります。

僕は途中で諦めました。
なお、罪と罰は、太宰の文学などでも時々引き合いに出されることがあります。
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この回答へのお礼

 なるほど。。殺すのかあ
一度読んでみます

THANKS!!

お礼日時:2001/05/23 14:57

1の方のおっしゃるとおりですが、あと、検事との心理戦とか、娼婦をして家族を養う少女との関りとか、色々あります。

長いですから…
(マンガで読んでしまうという手も…手塚治虫も出しているそうですが(原作に忠実かは未読なのでわかりませんが)大島弓子の「ロジオンロマーヌヴィチラスコーリニコフ」は超・ダイジェストで読めます。)
ロシア文学では、チェーホフは面白いですよ。私は神西清さんの訳をお勧めします。「桜の園」「犬を連れた奥さん」「かわいい女」「かもめ」など。皆わりと短いです。戯曲が多いのですが、読んで面白い。ゴーゴリとプーシキンも。
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この回答へのお礼

 心理戦!!
緊張するなあ
超ダイジェストに読めるやつぜったいよみます!!

お礼日時:2001/05/23 15:05

前半はnabayoshさんの回答でよいと思います。


後半は敬虔な娼婦サーシャとの交流を通じて自らの罪を認め、
自首してシベリアの流刑地へ行く話だったと思います。

ドストエフスキーでは、私は「悪霊」が好きです。
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この回答へのお礼

自首!!!
ふーんなるふぉど

悪霊←読んで見ます

お礼日時:2001/05/23 14:59

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Q罪と罰について

「罪と罰」という小説を読みました。しかし、文章が難しくなかなか理解するにいたりませんでした。そこで、手塚治虫氏のかいた、漫画の「罪と罰」も読みました。そこで思いました。これなら私にもすじが理解できると。

しかし、この、手塚治虫氏の「罪と罰」はドストエフスキーの「罪と罰」をわかりやすく、内容を要約して書かれているものと解釈してよいものなのでしょうか?教えてください。

Aベストアンサー

「分かりやすくした」ものであるのは確かですが、少なからぬ脚色が加えられているため、「内容を要約した」ものといってよいかは微妙なところです。いずれにせよ名作であることに変わりはありませんが。

手塚版『罪と罰』は純粋な意味での「漫画化」というよりも、「翻案」といった方が正確だろうと私は思います。

あの大作を逐語訳的に漫画化すると途方もないページ数になってしまいますので、脇筋はだいぶ省略してありますし、登場人物の設定も原作とは少し異なるところがあります(スヴィドリガイロフの思想とか)。ラスコーリニコフが自分の犯罪の拠所とする理論の説明も、まとめ方はかなり大胆です。

とりわけ大きな違いは金貸しアリョーナの妹リザヴェータが登場しない点、スヴィドリガイロフが武装蜂起を起こしている最中にラスコーリニコフが自首する場面をラストシーンにしている点でしょう(原作にはそのような蜂起の場面はなく、シベリアへ流刑になってからのラスコーリニコフのことについて少し触れてから終わる)。ラスコーリニコフを侮辱するためソーニャに盗みの嫌疑を着せたルージンの悪巧みを暴くのも、原作ではスヴィドリガイロフではなくレベジャートニコフだったような気がします(たぶん)。

このように登場人物の数を減らす工夫をしているのは、手塚治虫が大学時代に『罪と罰』を舞台化した学生演劇に出演したさいの演出が影響しているのではないかと私は推測しています(役者の人数は限られているため、長編小説の戯曲化ではそうした脚色がしばしば行なわれる)。ちなみにそのとき手塚治虫が演じた役は第一発見者で最初の容疑者になったペンキ屋です。舞台の上にやぐらを組んで階段をつけ、上の階と下の階を表現したため、高所恐怖症の手塚治虫は上へ登っていくのに大変苦労したというエピソードが残っています。あの斬新な見開き4連縦長コマというレイアウトも、このときの経験を反映したものではないか……というのも単なる私の推測ですが。

「分かりやすくした」ものであるのは確かですが、少なからぬ脚色が加えられているため、「内容を要約した」ものといってよいかは微妙なところです。いずれにせよ名作であることに変わりはありませんが。

手塚版『罪と罰』は純粋な意味での「漫画化」というよりも、「翻案」といった方が正確だろうと私は思います。

あの大作を逐語訳的に漫画化すると途方もないページ数になってしまいますので、脇筋はだいぶ省略してありますし、登場人物の設定も原作とは少し異なるところがあります(スヴィドリガイロフの...続きを読む

Qドストエフスキーの『罪と罰』と『カラマーゾフの兄弟』

ドストエフスキーの本を読んだことが無いのですが、
これから読もうと思っております。

そこで、どちらを先に読んだ方がいいとかありますか?

また、誰の翻訳がいいとかありますか?

カラマーゾフの兄弟で、もし亀山郁夫さんの翻訳で読む場合、
5巻のエピローグのようなものも読んだ方がいいのでしょうか?

ドストエフスキーの先輩方、教えてください!!

Aベストアンサー

「罪と罰」を先に読まれることをお勧めします。

こちらのほうがプロットもシンプルで、ミステリー小説なみにぐいぐい読み進めると思います。でも、両方読んでみてどちらがより好きかと聞かれると、私の場合は「カラマーゾフの兄弟」かな。複雑で重厚なドス・ムードにどっぷり浸かれるので、お得な気分になりました。ご参考までに、ドストエフスキー・ファンのサイト(「ドストエフ好きー」を添付します。(サイトは、一冊読み終わってから読んだほうが良いかもしれませんが。)

あと、ロシア文学が難解といわれる理由のひとつに、登場人物の名前が覚えにくい(ファーストネームやらニックネームやら一人の登場人物がいろいろな呼び方で登場する)ことがあるそうです。(ロシア語の知識・コツが少しあればわかるんですが。)実は私は、さきに手塚治虫の漫画「罪と罰」を読んで登場人物はある程度把握していたので、全く楽にさくさく(というかぐいぐい)読めました。ストーリーは多少変えてありますし、漫画の評価自体も微妙なのですが、一応そういう裏技もあるということでご参考までに。

参考URL:http://www.coara.or.jp/~dost/1-9.htm

「罪と罰」を先に読まれることをお勧めします。

こちらのほうがプロットもシンプルで、ミステリー小説なみにぐいぐい読み進めると思います。でも、両方読んでみてどちらがより好きかと聞かれると、私の場合は「カラマーゾフの兄弟」かな。複雑で重厚なドス・ムードにどっぷり浸かれるので、お得な気分になりました。ご参考までに、ドストエフスキー・ファンのサイト(「ドストエフ好きー」を添付します。(サイトは、一冊読み終わってから読んだほうが良いかもしれませんが。)

あと、ロシア文学が難解とい...続きを読む

Q太宰治がいった、罪と罰は対義語ではないか?

以下は『人間失格』での一節なのですが、

もしもドスト氏が、罪と罰をシノニムと考えず、アントニムとして置き並べたものとしたら?罪と罰、絶対に相通ぜざるもの、氷炭相容れざるもの。罪と罰をアントとして考えてたドストの青みどろ、腐った池、乱麻の奥底の、……ああ、わかりかけた、いや、まだ

→ その後、主人公の絶望シーンへ。シノニム(同義)←→アント。

僕は「罪と罰」は、普通に同義語だと思ってたのですが。だって罪のないところに罰は、在ってはならない。在るとすれば、それは間違った罰、つまり冤罪になる。濡れ衣。

確かに罪は、犯罪者に利益をもたらす。
一方、罰は、犯罪者に損害をもたらす。
   けどその損益は対応してる。お互いが当然の報いでつながる。
無罪の人が受ける「罰」は、存在しない。
無罪の人が受ける、損害は、ただの事故だと思う。
   そして損害という事実を、「罰」と呼ぶか「事故」と呼ぶかは、
人間の主観に過ぎない。
   で要するに、罪と罰は、普通の主観上、互いに対応する、兄弟みたいな同義語じゃないですか。

太宰治が、「わかりかけた」仮説?罪と罰の対義語説?ってどんな可能性がありうるのでしょう?ただの悲劇の主人公の言い逃れ?
自分は罪を犯してきたのに、まだ罰を受けていない?
自分は罪を犯してないのに、なぜ罰を受けるんだ!
絶対に相通ぜざるもの、ドストの青みどろ…って?

僕は「罪と罰」も「人間失格」も両方読みましたが、どんな解釈ができるのでしょう?長く考えてみたいので、締め切りも遅めにします。ご協力ねがう。

以下は『人間失格』での一節なのですが、

もしもドスト氏が、罪と罰をシノニムと考えず、アントニムとして置き並べたものとしたら?罪と罰、絶対に相通ぜざるもの、氷炭相容れざるもの。罪と罰をアントとして考えてたドストの青みどろ、腐った池、乱麻の奥底の、……ああ、わかりかけた、いや、まだ

→ その後、主人公の絶望シーンへ。シノニム(同義)←→アント。

僕は「罪と罰」は、普通に同義語だと思ってたのですが。だって罪のないところに罰は、在ってはならない。在るとすれば、それは間違った罰、つ...続きを読む

Aベストアンサー

「罪」の問題は、『人間失格』のなかでも根本的な問題としてあります。

『人間失格』は何を描いた話かというと、罪を負った人間は許されるのか、ということになるでしょう。
罪を負った者は、主人公(大庭葉蔵)です。
そうして、その罪を咎める者、許す者が登場します。

その罪というのはいったいどのようなものなのか。
まず、この角度からもういちどこの作品を読み直してみます。
幼いうちから、葉蔵は自分を偽ってきたことを述べていきます。

それはどうしてか。
手記の冒頭に、こんな文章があります。

>「自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです。」

これは重要な点です。
つまり主人公は生活者ではないのです。

太宰治の作品には『ヴィヨンの妻』や『斜陽』にも出てくるように、「生活者」対「芸術家」を二項対立させていく図式が見て取れます。
ここで葉蔵は「芸術家」であるのだけれど、幼い頃から自分をほかの人間と同じ「生活者」であるふりをしてきた、とある。
内心ではその一員でありたいと望みながら、芸術家である自分は、そのなかに入ることができない。そのくせ、自分を偽ってきた。その「偽り」が、主人公の考える自分自身の罪です。

だからこそ

> 果して皆の大笑いになり、自分も苦笑しながら起き上ってズボンの砂を払っていると、いつそこへ来ていたのか、竹一が自分の背中をつつき、低い声でこう囁きました。
> 「ワザ。ワザ」

と偽りを見破った竹一の存在を怖れるのです。
竹一は「咎める者」として登場する最初の人物です。
以下、生活者にはなれない主人公を咎める人物(すべて男性)がつぎつぎに登場してきます。

一方で生活者たちは、つぎつぎと罪を犯していきます。堀木、ヒラメ、画商。この罪は欲望を抱いた生活者の罪で、主人公の考えるような観念的な罪とは異なったものです。
このような欲望をもとより抱くことのない(主人公は空腹を知りません)主人公は、こうした罪とは異なった位相にある。

その二種類の「罪」を念頭に置いておいてください。

ドストエフスキーの『罪と罰』における「罪」は老婆殺しを当然指しています。

ラスコリニコフもまた、生活者ではなく、欲望のために罪を犯したのではない。
人間は凡人と偉人にわけられ、偉人は社会の道徳を超越する権利をもつ、と考えたからです。

葉蔵と一種パラレルな位置にあることはわかりますね。

> もしもドスト氏が、罪と罰をシノニムと考えず、アントニムとして置き並べたものとしたら?

罪と罰をシノニムとすると、「老婆殺し」と「罰」は同義語、つまり老婆を殺したから罰を受けた、と直接に結ばれます。
これはむしろ一般的な道徳観といえるでしょう。

「老婆殺し」が罰の対義語であるとはどういうことなのか。
葉蔵の問題意識に引きつけると、老婆殺し、すなわち生活者を殺すこととは、生活者の一員ではないことを自他共に認める、ということにもつながっていきます。
つまり、偽ることをやめることです。
それは、罰の対極にあることではないのか。
救済とは言えないのか。
偽らなければ、よいのか。
偽らなければ救済がえられるのか。

そのように考えている場面であることが読みとれます。

『人間失格』というテクストは構造がものすごくはっきりしているので、構造を取り上げながら細かく読んでいくと、大変におもしろいんですが、あんまり書くとわたしの問題意識になっちゃう。
だから、ここらへんでいったん切ります。

納得がいかない点、もっと知りたい点があればどうぞ。

「罪」の問題は、『人間失格』のなかでも根本的な問題としてあります。

『人間失格』は何を描いた話かというと、罪を負った人間は許されるのか、ということになるでしょう。
罪を負った者は、主人公(大庭葉蔵)です。
そうして、その罪を咎める者、許す者が登場します。

その罪というのはいったいどのようなものなのか。
まず、この角度からもういちどこの作品を読み直してみます。
幼いうちから、葉蔵は自分を偽ってきたことを述べていきます。

それはどうしてか。
手記の冒頭に、こんな文章があ...続きを読む

Qドストエフスキーの単純な要約本ってありませんか?

必要があってドストエフスキーの著作を読んでいます。

さしあたり『カラマーゾフの兄弟』から手をつけています。物語と文章の濃密さにびっくりしています。

ただ、実を言えば心の底から興味があるのではなく、必要に迫られて読んでいるところがあります。

ですので、できればもう少し手っ取り早く読んでしまいたい。ちょっとでも斜め読みをすると弾き飛ばされてしまうような濃密さは、ややもどかしいです。

もちろん、きちんと通読するつもりはあります。しかしこのままでは挫折しそうでつらいです。「ズルイ」読み方だと思われるかも知れませんが、前もって粗筋を知っておきたいです。

あまり簡単に、2~3ページくらいに要約されているとかえって使い物にならなさそうな気がするので、できれば子供向けの簡単な翻訳本などご存知の方、おられましたら教えて下さい。

Aベストアンサー

斎藤 孝『過剰な人』
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4104542024/sr=8-1/qid=1155731419/ref=sr_1_1/503-3864829-2739902?ie=UTF8&s=gateway

などいかがでしょうか?
大のドストエフスキー好きである明大教授の斎藤教授がドストエフスキーの小説の魅力を語っている本です。『カラマーゾフの兄弟』についての記述も結構ありますよ。要約としてはもちろん、興味がない方でも興味が湧くような本です。

あとは
江川 卓『ドストエフスキー』
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4004202868/sr=8-8/qid=1155731613/ref=sr_1_8/503-3864829-2739902?ie=UTF8&s=gateway

もいいのではないでしょうか?岩波文庫版『罪と罰』の翻訳者でもある著者によるドストエフスキー解析本です。

Q罪と罰

ドストエフスキーの「罪と罰」を読みました。感想なんですが・・・難しい(^^;)
大体のストーリーは把握できましたが、なにか物語を通して作者が訴えたかったこと、精神、思想のようなものが「あるような気がする」のですがわかりませんでした。

「罪と罰」を読んだみなさんで感想、解説なんでもいいので教えてください!また、「罪と罰」のどのようなところが評価されているのかといったところも知りたいです。よろしくお願いします!

Aベストアンサー

私も、「罪と罰」大好きで、もう何回も読みましたが、何回読んでも新たな発見があるなと思いました。

「罪」とは原題(ロシア語)では「一線を越えてしまうこと」の意味で使われていて、単なる犯罪とは別の単語なんです。わたしは、それにも注意してこの本をよみました。

人には越えてはいけない一線がある・・・・それを越えると・・・・というのがこの小説の取り上げている大きなテーマだと思うのです。

その一線とは、100人いれば100通りある。登場人物も生活に、あるいは精神にそれぞれの問題を抱え、それでも生きていく様が描かれていると思います。

評価・・・・むずかしいですが、ロシア文学の世界でも別れているのは確かです。興味がありましたら、原卓也氏や井桁貞義氏がドストエフスキーについての一般向けの本を出版されてますので、ご覧になってはいかがでしょうか?

ちなみに私、スヴィドリガイロフが好きです・・・・

Q罪と罰

ドストエフスキーの罪と罰という文庫を買う予定です。

しかし、訳が
新潮文庫の 工藤 精一郎
岩波文庫の 江川 卓
の2つあってどちらがいいか、わかりません。

アマゾンでレビューを読んでみたのですが
どちらにも、工藤さんがいい、江川さんがいいと
書かれていて、どちらを信じたらいいか分かりませんでした。
ネタバレも多かったので、あんまり見れませんでした

呼んだことがある人は
どちらがおすすめか、教えてください。
よろしくおねがいします(・∀・)

Aベストアンサー

亀山センセイの新訳(光文社古典新訳文庫)は候補に入れないのですか?
今から買うならそれでいいような気がしますが。
新しいし、解説付きです。
これもアマゾンを見ると「こちらのほうが解りやすい」「江川訳のほうが良かった」などレビューがあるようですが、最初に読んだものが基準になるので、刷り込み的な好みもあると思いますよ。
私の場合は『星の王子さま』の岩波版がそうです。

翻訳はよっぽど多くの人から苦情が出るようなものでない限り、
読者次第で好みがありますので、絶対これ!というのは無いと思います。
ただ、版が古いと印字体が古い、字が小さい(昔の岩波。最近は違うみたい)、日本語が古い(初版が何年か?)、などはあります。

私は“たまたま”古本で新潮文庫のを買ったので工藤訳でしたが、
数回挫折した末に読了しました。
でも訳の問題でなく、物語の好みかな・・・・
『カラマーゾフの兄弟』(原卓也訳)や『白痴』(木村浩訳)はすぐ読めましたので。
買った古本がボロ過ぎて気分が乗らなかったというのもあるかも。

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4676939.html

亀山センセイの新訳(光文社古典新訳文庫)は候補に入れないのですか?
今から買うならそれでいいような気がしますが。
新しいし、解説付きです。
これもアマゾンを見ると「こちらのほうが解りやすい」「江川訳のほうが良かった」などレビューがあるようですが、最初に読んだものが基準になるので、刷り込み的な好みもあると思いますよ。
私の場合は『星の王子さま』の岩波版がそうです。

翻訳はよっぽど多くの人から苦情が出るようなものでない限り、
読者次第で好みがありますので、絶対これ!というのは...続きを読む

Q罪と罰解説本なんてありますか?

ドフトエフスキーの「罪と罰」安価で読みやすい、解説書がありましたら、どなたか教えて下さい。

Aベストアンサー

こんにちは。
著者:秋山駿 「神経と夢想―私の『罪と罰』」講談社 ¥2,800

いわゆる「解説書」ではないと思いますが、個人的にはとても面白く読めたし、わかりやすく書かれていると思いました。
本文からの引用が非常に多く、その都度、解説・解釈・批評がされます。
引用しない部分も、話の流れは著者が簡単にまとめて記述しているので、重要なポイントを解説してもらって、理解を深めながら「罪と罰」を最初から最後までもう一度読み直しているかのよう。
厚い本ですが、これくらい詳細に追ってみないと、隅々まできちんと読んで理解するのは難しいのかも、と思いました。何度もあれを読めと言われても、しんどくて通読できないし・・・(^^;
基本的に、ラスコーリニフの心理や感情・気持ちの動きかたを緻密に分析して捕らえていこう、という試みだと思います。著者は「一般的な解釈」に納まらない独自の視点も示そうとしているようです。大作家ドストエフスキーの技術や構成の仕方に対する批判なども所々に挿まれています。

安価ではありませんので、「自信ナシ」にいたします。
・・・もし図書館などで見かけたら、ちょっと開いてみてください。
ご参考になりましたら幸いです。

参考URL:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062112930/qid=1064856441/sr=1-5/ref=sr_1_2_5/250-4986818-7967414

こんにちは。
著者:秋山駿 「神経と夢想―私の『罪と罰』」講談社 ¥2,800

いわゆる「解説書」ではないと思いますが、個人的にはとても面白く読めたし、わかりやすく書かれていると思いました。
本文からの引用が非常に多く、その都度、解説・解釈・批評がされます。
引用しない部分も、話の流れは著者が簡単にまとめて記述しているので、重要なポイントを解説してもらって、理解を深めながら「罪と罰」を最初から最後までもう一度読み直しているかのよう。
厚い本ですが、これくらい詳細に追ってみない...続きを読む

Q読書しても内容をすぐにわすれちゃいます。みなさんは一度読んだ本の内容を忘れませんか?

どうもこんにちは
私は、本を読んでも、すぐに忘れます。

先日とある評論家の芸能人がテレビで、
「私は一ヶ月に300冊の本を読む」とか言ってました。
また、大学教授の研究室の本棚には大量の本が陳列されてあります。

このようにみなさん本を大量に読まれる方がたくさんいらっしゃいますが、それを全部覚えてらっしゃるのでしょうか?

一度読んだ本を、「あれ?この本の内容なんだったけかな?」って内容を忘れてしまうと、一回目に読んだ時間が無駄になってしまいます。

大量に本を読まれる方、内容をどのようにして記憶してますか?

速読というのをためしたのですが、なにも頭に入らなかったです。
私は本をびっちり読みつくすタイプです

Aベストアンサー

特に読んだ本の内容は憶えようと意識はしていません。それに本に書いてあることすべてが重要なことじゃありませんし。
自分がいいと思ったフレーズや文章をたまにメモったりする程度です。
読書はなにかを得るためのものじゃなくて娯楽や生活の一部ですから
>内容を忘れてしまうと、一回目に読んだ時間が無駄になってしまいます
という無駄という感覚があまりありません。
無駄になったら無駄でいいし、もう一回よむ楽しみができます。
それに完璧に無駄にはならないと思います。
思い出せなくても無意識下で脳に残って力になるかもしれません。

Q『罪と罰』

 ドストエフスキーの『罪と罰』ってどんな内容ですか??
あと、面白い本教えてください。←どんなのでもいいです。。

Aベストアンサー

学生ラスコーリニコフが金貸しの老婆を殺してしまうお話です。これが罪にあたります。
老婆を社会的な悪ととらえ、それを殺すことが自分にとって正義だと思い込んで犯行に及びます。
そして、それから断罪に入っていくということになります。

僕は途中で諦めました。
なお、罪と罰は、太宰の文学などでも時々引き合いに出されることがあります。

Qどんな本でもいいです。本に書かれてあること、どこまで信じてますか?

私は最近まで本っていうのはかなり信憑性の高いものだと思ってました。とくに大手の出版社から出てるのは。
しかし、先日とある大学の教授の文庫本で「私は阪大卒だから東大卒にコンプレックスがあるけれど、阪大にも届かない人たちは東大にすらコンプレックスを感じないだろうがね」とかご自分の教授している私立大のことを「三流大学」って平気で書いてる。そんな教授がいました。ちょっとびっくりしました。そこへ通っている生徒が読んだらショックでしょうに・・・。
教授って頭がいいはずなのに、なんで文庫本でそんなことをいちいち書いてるのか?って疑問かつ今までの私の思い込みがゆらぎました。

本出してる博学者とかであっても、くだらんこと書いてる人っているんだなって・・・。

従来の私は、、、
例えば「大学院まで行って、政治学を研究してきて教授にもなって、長年研究してきてる人が出した本」・・・そこまで長年研究してるんだったら間違いなくその人の行ってることが正しいんだって思ってました。なぜなら私は政治学なんて1分も研究したことはないからです。
ですが、上に書いたちょっと変だなって思った本は私でもわかる範囲のことだったからおかしいと思えたんです。
要するに自分のわかる知ってる範囲のことなら「あれ?」って思えますが、全然知らない範囲のことなら疑問すらもてずに鵜呑みにしてしまいます。

皆さんはどこまで本の書いてあることを信じますか?

私は最近まで本っていうのはかなり信憑性の高いものだと思ってました。とくに大手の出版社から出てるのは。
しかし、先日とある大学の教授の文庫本で「私は阪大卒だから東大卒にコンプレックスがあるけれど、阪大にも届かない人たちは東大にすらコンプレックスを感じないだろうがね」とかご自分の教授している私立大のことを「三流大学」って平気で書いてる。そんな教授がいました。ちょっとびっくりしました。そこへ通っている生徒が読んだらショックでしょうに・・・。
教授って頭がいいはずなのに、なんで文...続きを読む

Aベストアンサー

>皆さんはどこまで本の書いてあることを信じますか?

わりと素直に「ふうーん」とは思いますが、間違いないはずだ、とまでは確信していません。
ものによっては正しさを求めて読んでいるわけでもないし。
データとか実際にあった出来事の取材は正確でないと困りますけれど、小説とかエッセイとか対談は、テストの回答ではないのだから、絶対的な正解はないと思っています(テストの回答だってたまに間違いが出ますけど)
自分が気に入ったものを読むだけ。

対談本やエッセイはわりあい自由な発言が含まれますので、中には本人も全部自分の言っていることが正しいと思っていない人もいますよ。
「これを全部信じないと思うけど(笑)」とか断りを入れたりして。
ちょっと危うい部分があっても興味深い発言とか。

もちろん社会的にあまり酷い発言は困りますし、編集部も気をつけると思いますけれど、だからといって、品行方正で常識的なことだけ言っていたら、面白みも新しい視点も何も出てこないんじゃないでしょうか。

出版社の手を経ますので、垂れ流せるネット情報よりは一定の質を期待できると思いますが、本にだって間違いも無駄もあり得ます。
人間が書いて作っているのですから、不完全さもあります。
発言者は、性格のいい人間だけでもないでしょう。

自分はこの本を読みかけで挫折しているのですが、
ただ本を読むだけでは自分で物を考えなくなる、と指摘している人がいます。
「読書について 他二篇」ショウペンハウエル
http://www.amazon.co.jp/%E8%AA%AD%E6%9B%B8%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6-%E4%BB%96%E4%BA%8C%E7%AF%87-%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%82%A6%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%A8%E3%83%AB/dp/4003363221

>皆さんはどこまで本の書いてあることを信じますか?

わりと素直に「ふうーん」とは思いますが、間違いないはずだ、とまでは確信していません。
ものによっては正しさを求めて読んでいるわけでもないし。
データとか実際にあった出来事の取材は正確でないと困りますけれど、小説とかエッセイとか対談は、テストの回答ではないのだから、絶対的な正解はないと思っています(テストの回答だってたまに間違いが出ますけど)
自分が気に入ったものを読むだけ。

対談本やエッセイはわりあい自由な発言が含ま...続きを読む


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