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我々は、なんのために生まれてるのでしょうか?

生まれてくる目的は、なんなのでしょうか?
子孫をつくるため?
それが答えでしょうか?

我々が生まれてくる目的は、なんなのでしょうか?

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A 回答 (10件)

地球上の浜辺の砂全てを合わせた数よりも多い星々からなる天体を要する大宇宙も


その宇宙に引けを取らない緻密さと見事な秩序を要し、小宇宙と形容される人体も、全てが合目的的関係から成り立っています。この世界で科学が成り立つのは、この宇宙に一定の法則や数式が存在するからです。法則や数式が存在するということは、でたらめや偶然の産物が一つとしてないからです。
最初から緻密な計算で計れるような高秩序な世界に設計させているからに他なりませんね。
10万年に1秒しか狂いが生じない時計がありますが、誰でも凄いと思いますよね。だがもっと凄いのがこの宇宙自体の時計です。永遠に狂いが生じないのですから・・・
地軸一つ角度が変わっただけで存在できない地球、太陽惑星間の距離一つ違っても存在できない地球、今の宇宙からほんのわずかにずれただけでも全てが崩壊するのです。
どれだけ高度で緻密な計算と、それを維持する目的性に徹していることでしょうか?
この世界では、エレルギー→素粒子→原子→分子→鉱物(天体)→植物→動物→人間→宇宙という階層秩序が明確に出来上がっています。
しかし、ここでもし人間がいなかったら、全ては無意味になります。
たとえて言えば、見物人のいない博物館と同じです。
人間がいなければ、ただの陳列物だけがあっても意味がないのです。
人間がいるから、全階層の秩序的存在や存在の根本が素粒子やエネルギーから成り立っていることがわかったわけですし、それぞれの価値を見出し、たくさんの数えきれない学問が生みだされました。
また価値といった場合、知的探求心だけではなく、美的探求心からは、さまざまな芸術が生みだされました。芸術の根本は、その原型自体が持つ美に内包されているわけです。
人間の体の曲線美・・・画家が裸婦をモチーフにするのは、宇宙の美が女性の持つ曲線に集約されているからです。
ダイヤモンド富士や日食や月食といった神秘なる世界や美しい世界を求めて殺到するのもそこの美的価値を求めるからです。
人は、太古の昔からあなたのようなテーマを追求してきたのです。
無知から知に至ろうとして必死で探し求めてきたのです。
人の心の機能は知・情・意の三つからなります。
それぞれは、知は真理を求め、情は美を探し、意は善を探究しようとしてきました。
それぞれを探究する手段として生まれたのが、科学であり、芸術であり、宗教です。
無知、無情、無意からは、人としての価値を発揮できないのです。つまり本当の意味で喜びを見出せないことになります。
全宇宙の目的性(存在目的)は人間の喜びにあります。
人間が喜ばないなら、莫大なエレルギーを投じて創造された見事なまでに秩序だった全宇宙の目的は水泡に帰すのです。
人間が生まれてきた理由は、喜ぶためです!!人生の目的は喜ぶことにあります。
喜ぶためにもあらゆる無知から解放されなければならないという結論になります。
わからないことが何もない人間にならない限り、人間としての初めの一歩すら踏み出せないのです。
先人たちの苦労によって、歴史的に今や相当量の無知から解放されてきましたが、まだまだ根本的な問題が解決されていません。
特に未だに悪人が蔓延る時代に生きていることを思えば、宗教分野が遅れているのです。
その理由は、知性でもって物理現象を科学するような単純なものではないからです。
全てが美の対象として価値が付与される芸術のような寛容さだけで解決できる問題ではないからです。
善の問題は、正義と正義の闘争でもあります。全てを矛盾なく統一できる正義観が存在し且つ万民が納得しない限り難しい問題です。
血で血を洗う闘争の歴史は、宗教の問題が解決されない限り終わらないのです。
しかし、人類もバカではありません。
臨界点まで来てしまった今は、真の意味で宗教の本来の目的に帰ろうとする時代でもあります。
人類の最後まで残されてきたこの問題を解決できた瞬間が人間本来の姿に戻る時でありましょう。
それと同時に隠されてきた科学的な秘密も明らかになるでしょう。
宗教的な無知からさえ解放されれば、科学も芸術もあとは一気に完全解放されるでしょう。
その時、人類から「悪」や「不幸」や「悲しみ」や「不可能」という文字が消えてしまうでしょう。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

お礼日時:2013/03/18 06:40

「何かに託すため」でしょうね。



人間に限らない、植物やバクテリアだってそうだと思うよ?。
人間はゴチャゴチャと考えるけど、動植物は考えない。
文字通り自然の中で、それをして、そして滅んでいくんじゃないの?。

頭で考えないほうが良い。
そんな時間があれば、野山に行って、菜の花でも見てたほうがずっと賢くなれる。
季節はこれからだから…嘘じゃないぞ?。
花と、アブラムシと、てんとう虫に、ミツバチ。
自然は嘘つかない。
だから学ぶ価値がある。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。DNAに[託す為]と組み込まれてる理由が不思議ですよね。

お礼日時:2013/03/18 06:32

スピリチュアル系の本には、「進歩発展のため」とか、「魂の進化のため」とか、書いてあります。



かなりの数の著者の方々が、それを実感している様です。
著者が変われど、書いている内容の本質は、だいたい同じ事です。

さて、どうなんでしょうかね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。そういう本の著者自身、そこが疑問だと思うから文になるのかなと。思ったりします。ほんと、どうなんでしょうね。

お礼日時:2013/03/18 06:28

生まれてくるのに、目的などありません。


そういう考え方は、人間の思い上がりであり
人間を特別な存在だ、と考える傲慢な思想
です。

ミミズや、ハエ、蚊に生まれてくる目的が
あると思いますか?

人間は他の生命体と同じです。
前頭葉と大脳新皮質が少し発達している
だけです。
人間と、猿の遺伝子の差はほとんどありません。

人間は意味も無く生まれ、意味も無く生き、
意味もなく死んでいくだけです。
それが耐えられない、という人が出てきて、
いろいろな考え方を「創った」のです。

つまり、生きる意味、目的というのは事後的に
人間が勝手に創ったものに過ぎません。
要は、それで納得するか、模索を続けるか、無視
するかの問題です。

子供を作るため、という人がいますが、それでは
子供を作れない人には、目的が無いことになって
しまいますが、それで良いのでしょうかね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。他の人間が勝手につくりだした思想や目的に左右されず、自らそこを見つけないといけないのですね。

お礼日時:2013/03/18 06:23

自分の遺伝子を、次の世代に伝えるために作られた物です。


男性が浮気をして、あちらこちらに、種をばらまくのはこのためです。

とても良くできています。
親は粗末にしますが、子供はとても大事に育てるようにできています。
子供のために、権力争いをしたり、自分では使い切れないほどの蓄財をする物も居ます。
遺伝子には子供を作る本能、パートナーと出会うための愛とゆう感情、子育てをするための母性愛なども組み込まれています。
(自分が考えて行動してると思っていますが、それも遺伝子に支配されているのです)
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。なんでそういう遺伝子になっているのかが不思議ですよね。

お礼日時:2013/03/18 06:14

 「偶然の現象」だと思います。



 地球が固まったのも「たまたま」ですし、いろんな偶然が重なって「偶然、生命ができた」というだけかと。ここに巨大隕石がぶつかったら、それで終わりですが、これも「偶然の現象」です。

 特に意味はないと思うので、細かい事は気にせずに、日々を楽しく過ごし、寿命を全うすれば良いかと。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。生まれてきた以上、死(寿命)へ向かうまで全うする。なるほど。

お礼日時:2013/03/18 05:53

ご質問者様こんばんは。



人間は自分の「人生」を問うてはならない。私たちは「人生から」常に問われている存在なのですね。瞬間、瞬間に人生から「与えられる」人生の選択、その選択に対して責任を持ち続けることが、知性を持った生命、人間の生き方であると思います。

生命科学の別の視点から生命を考えると、地球が生まれて46億年、生命が誕生して38億年とされていますね。

バクテリアが糖を食べて、エネルギーに変える。その営み、仕組みは、38億年経った今も変わることがなく、あらゆる生き物に引き継がれています。

植物、昆虫、生物。あらゆる生き物はそれぞれ面白い、特長のある生き方をしています。

全ての生命に宿るそれぞれの特長はどれも抜きん出ていて、比較してどちらが優れているのかを比べようもありません。しかし、あえてそれぞれの生命の特長を洗い出し、比較をすることで「違い」の発見の中から、共通の「繋がり」を見つけ出すことが出来るのです。

例えば、バクテリアと人間を比較すれば、単純な生物と複雑な生物という大きな違いがあるにも関わらず、生命を維持するのに糖をエネルギーに変える仕組みは、共通であったりするのです。比較することは、全然関係の無いものともの「繋がり」を明らかにすることでもあるのです。

そうやって違いが見えて来ると、違いの「意味」も見えて来るようになります。一番はじめに見えてくるものは、全ての生き物は生命を持つと言う意味では「共通」の、「同じもの」だということですね。しかし、個々の生物が脈々と積み重ね、引き継がれて来た生命の歴史は微妙に、そして大きく「異なっている」のです。

それは人間にも言えることですね。人間としてはどの人間も同じですが、個々の、一人一人の生命の歴史を調べれば、誰一人として同じ歴史を持つ人間は居ませんね。一つ一つの生命には全く違う、その生命固有の特長や物語が必ずある。これは、植物や昆虫や生物、全てに当てはまるものです。

そして人間が、世界をそのような視点で見ることが出来れば、きっとこのように気が付くはずです。「地球に存在する全ての生命は繋がっていて関連があるが、全ての生命は一つ一つ違う特長や、唯一性を持っている。そして生命は、地球の環境、もっと言えば広大な宇宙が及ぼす壮大な環境に大きく依存している。宇宙そのものの環境と、私たち生命の継続の向かう先、運命は結局一つであり、それは離れて行くどころか、全く隔たりが無く繋がっている」と。

そう思うことが出来ると、あらゆる現象の中に宇宙の現象を見ることになるでしょう。

一人一人の人間の中にも宇宙が宿り、小さなお花や昆虫の中にも、グロテスクな生き物の中にも、唯一無二の宇宙が存在し、そして「宇宙の運命」と全ての生き物、あらゆる存在の「運命」とが繋がっていることを、実感として感じることが出来るようになるのだと思います。

宇宙の留まることのない活動や、広がりを持つのと同じように、生命の可能性や活動、そして生息範囲の拡大は無限に続くものであると、そう感じることが出来るのではないかと思います。また、宇宙や自然を「神」と考えても良いですね。

人間はどうしても罪へ向かってしまう生き物です。自分勝手に振る舞う行動は、罪へ向かうことに繋がっています。しかし、生命の持つ価値は、どんな罪を犯そうと失われることは無いのです。生命が不幸にも飢えて死んで行こうと、幸せに暮らそうと、どんなちっぽけな生命にも必ず神や神秘性、宇宙がしっかりと宿っているのだと思います。

(余談ですが、大きな罪を犯した者は、それだけ反省出来る、または、自分の生命を清められる可能性が増したとも考えることが出来ますね。)

人間が求める価値とは、続いて行くことです。そのことだけが生命の最大の関心事であり希望です。そして生きることは、生命に宿る可能性を拡大して行く営みなのです。

人間が行動を起こす動機や原動力となるのは「孤独」を感じるからです。孤独から生み出されるあらゆる「不安」があるからこそ人間は、誰かと繋がり、自分の孤独を克服したいと思えるのです。ですから、上下左右あらゆる方向に向けて人間は比較を行うのです。(比較は差別をする為では無くて、違いから繋がりを探すことですよね。)そして、あらゆる方向に存在する価値に対して人間は繋がりを感じ取らなければならないのです。

比較をすることで、自分以外の生命との繋がりを沢山発見して下さい。生命に対し、無関心になったり、見下したり、無視をすることは、繋がりを否定することであり、自分自身を否定することに繋がってしまいますね。

長文になってしまいましたね(^^;;
ご参考になれたら幸いです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。問うではなく、問われてる存在。長文どころか、なるほど、と思いました。

お礼日時:2013/03/18 06:01

私もよく考えるんですけど、


答えは死ぬ時にわかるんじゃないですか?

ああ、この人に出会うために生まれたんだ。

ああ、この子に出会うために生まれたんだ。

ああ、この仕事に巡りあえて本当によかった。

・・・などなど。

人生半分くらい生きた今の私の印象だと、
出会うべき人と出会うために生まれた感じがしますね。

「この人に会えてよかった!」って思える人、
いっぱいいますから。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。ただ死に向かう為ではなく、出会いの中に赤ちゃんと出会う、という意味が産まれてくる目的かもですね。

お礼日時:2013/03/18 06:09

結論から言えば、正解はありません。

「子孫をつくるため」という見方もできますが、もしそうだとすれば、独身で一生を過ごす人は、人間として生まれて来た目的を達成しないことになってしまいます。
そもそも宇宙や生命の起源が未だに解明されていません。だから、誰が何のために、宇宙や生物を作ったのか、いくら考えても結論が出ません。すべてが神様の思し召しだという人もいますが、私のような無神論者もいます。
では、何のために生きるのか。そんなことを考えるのは、生物の中で人間だけです。動物も植物も、生まれて来たから、ただそれだけの理由で生きているのです。
しかし、人生の目的を考えることは、人間として重要なことです。なぜなら、何らかの目的意識を持つことが、人間の人間たる所以だから。パスカルが言ったように、人間は考える葦なのです。
自分が何のために生まれてきたのか、大いに悩んで、お互いに人間らしく生きましょう。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
乳児時代は、無意識に乳を飲み生きようとする。今は朝昼晩食べて生きようとする。ほんとなんなのでしょう。

お礼日時:2013/03/18 05:33

私にとっては子孫繁栄の為。



たぶん人それぞれで違うんじゃないかなと思います。
目的を選べるだけ、人類は幸せだと思うし、
それを悩める事だけでも、やはり幸せな事だと思う。
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この回答へのお礼

早速の回答ありがとうございます。

お礼日時:2013/03/18 05:23

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