仕事を頑張る人のおしりトラブル対策

ガンのホスピスで 終末期と言われました。
どれくらいの程度(日数)の事なんでしょうか?

酸素7で意識無し 尿が出ずに 出ても墨で薄めたような量です。

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A 回答 (2件)

人それぞれてますが、ホスピスでは延命治療はしないのであまり時間はないと覚悟したほうがいいです。



ホスピスってのは病院のチューブだらけの終焉でなく、人としての尊厳を保てる選択です。
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この回答へのお礼

はい。ありがとうございます。覚悟していますが その場になれば 冷静になれるか・・・。
残りの時間大切にします。ありがとうございました。

お礼日時:2013/03/18 14:10

ご愁傷様です・・・・・・・・・・・・・・・

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Q末期癌~死ぬまでの状況を教えてください。 

末期癌~死ぬまでの状況を教えてください。 
末期癌の母は現在ホスピスケアを受けています。
これから母の面倒を見るのは私の役目なのでこれからどうなるのか不安です。

母がすいぞう癌だと宣告されたのはおよそ1年前です。
肝臓にも転移しており既に手遅れでした。
今年の3月頃までは癌だと思えないほど元気な母でしたが
4月頃から急に階段を転げ落ちる様に容態が悪くなってしまいました。
あらゆる箇所の骨に転移し、強い痛みも出てきました。
肺へも転移し、咳がひどいです。
今ではほんの少し動いただけでも息切れがひどく、時々咳き込んで嘔吐してしまいます。
急に食欲もなくなりました。
一日、一日ごとにどんどん体力がなくなり弱くなっていきます。
母はこれからどうなっていくのでしょうか。
苦しみが増しますか? 
意識は最後まであるものですか?
自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?
この状態で、あとどのくらいと考えていればいいでしょうか。。。

文章がうまくまとまっていなくてすみません。
少しでも心の準備ができればと思います。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

「人はがんでは死なない」という言葉があります。
がんが特別な毒素を出すわけではありません。
では、なぜ、人はがんで死ぬのか?
それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、
その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。

様々な症状の一つには、疼痛もあります。
これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。

気管支のがん細胞が増殖して気管支を塞げば、窒息の危険があります。
肝臓のがんが増殖して、肝臓の機能が低下すれば、体内の様々な化学作用
が止ることになり、肝性昏睡などの様々な症状を起こします。
大きな血管にがんができて、血管が破れるということも起きます。
腎臓の機能が低下すれば……
脳の機能が低下すれば……

つまり、がんがどこにあり、その臓器は、どんな仕事をしているのか、
ということです。
何が起きても不思議ではない、ということです。

「苦しみが増しますか?」
軽くなるということはないでしょう。
出てきた苦しみを押さえるということになります。

「意識は最後まであるものですか?」
わかりません。
先に昏睡状態になる場合もありますし、最後まで、意識がはっきりしている
場合もあります。

「自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?」
状況によりますが、オムツということも考えてください。
尿はカテーテルを留置することになります。

残酷な言い方ですが、何らかの理由で昏睡状態になった場合、
「それを治療して、昏睡から醒めさせて、延命をする」ということを
しないという選択肢もあります。

末期症状は、医師や看護師がよく知っています。
まずは、医師や看護師と相談してください。

「人はがんでは死なない」という言葉があります。
がんが特別な毒素を出すわけではありません。
では、なぜ、人はがんで死ぬのか?
それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、
その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。

様々な症状の一つには、疼痛もあります。
これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。

気管支のがん細胞が増殖して気管支を塞げば、窒息の危険があります。
肝臓のがんが増殖して、肝臓の機能が低下すれば、体内の様々な化...続きを読む

Q癌の末期症状を教えてください。

義母が末期癌です。大腸から頚部のリンパ節に転移し、肺にも影がみられるそうです。

自宅で疼痛のコントロールは何とかできてきていたのですが、足がむくんで歩くことができなくなり入院しました。
入院後は足のむくみは取れたのですが、足がほとんど動かなくなり寝たきりになってしまいました。
2週間ほど前から下血が見られるようになり、たびたび輸血をおこなっています。食事はほとんど取れていません。薬を飲むために数口食べるのがやっとです。
いびきをかいて眠る時間が多くなり(昼夜逆転している感じです)せん妄らしき意識障害もしばしばみられます。微熱も続いています。
数日前からは痰がよくからむようになってきました。息苦しい時もあるようです。目も見えにくくなっているようです。

このような病状なのですが、どういう状況にあると考えればいいのでしょうか。主治医の先生に聞いても的を得た答えを得られずにいます。
また今後はどういう状態に気をつければいいのでしょうか。
少しでも楽になるように、私たち家族は何をしてあげればよいのでしょうか。
どんな小さなことでもいいです。ご存知のことがあれば教えていただけないでしょうか。

どうぞよろしくお願いします。

義母が末期癌です。大腸から頚部のリンパ節に転移し、肺にも影がみられるそうです。

自宅で疼痛のコントロールは何とかできてきていたのですが、足がむくんで歩くことができなくなり入院しました。
入院後は足のむくみは取れたのですが、足がほとんど動かなくなり寝たきりになってしまいました。
2週間ほど前から下血が見られるようになり、たびたび輸血をおこなっています。食事はほとんど取れていません。薬を飲むために数口食べるのがやっとです。
いびきをかいて眠る時間が多くなり(昼夜逆転している...続きを読む

Aベストアンサー

各症状について、可能性のあることを書きます。
足のむくみについては、心機能や腎機能などの臓器機能の低下や血流障害(これには、末梢の循環障害のほかに腹腔内のリンパ節転移などの圧迫による静脈還流の低下などが含まれます)、栄養状態が不良のため血液中の蛋白濃度が低下した場合など。
足が動かなくなったことについては、廃用性の筋萎縮に伴う筋力の低下や神経障害(両側の場合は脊髄への転移などの可能性)に伴うものなど。
下血は消化管からの出血を示しますが、可能性としては原発巣からの出血が最も考えられますが他の場所への転移、浸潤、潰瘍形成などによる出血の可能性もあります。 
せん妄、抑うつ、不安等などの精神症状は癌の末期にはしばしば出現します。疼痛コントロールがうまくいっていないときは出現の頻度も当然高くなります。
熱については、一般的に感染に伴うものと癌による腫瘍熱の二つが最も考えられます。
痰や呼吸困難は、呼吸器感染症の合併もしくは心不全徴候などの可能性があります。

この状態であれば御本人の苦痛をいかに取り除くかは、ご家族ばかりでなく医療側の比重が大きくなると思います。
まずは、御本人の意識を保った状態で苦痛を取り除くことが目標ですが、それが困難になればある程度鎮静させ意識レベルを落とすことも必要になります。肺に転移しているようですが、呼吸不全が進行してくると酸素投与だけでは呼吸困難が改善されないこともあり、そのような場合は体力の消耗がはげしく悪循環に陥りますから、積極的に鎮静させます。結果的に、ご家族との直接の会話はなくなることも多いですが、話すことができなくても完全に意識をなくしているとは限りませんから、気持ちの平安のためにも御本人に話しかけてあげることが大切だと思います。
最終的な症状は、血圧が下がる、尿の出が悪くなる、呼吸が浅くなるなどです。自分で痰を出すことができなくなると、常に痰が詰まることによる窒息が心配になります。喘鳴が強くなったときは、すぐに痰の吸引をしてもらうようにして下さい。

各症状について、可能性のあることを書きます。
足のむくみについては、心機能や腎機能などの臓器機能の低下や血流障害(これには、末梢の循環障害のほかに腹腔内のリンパ節転移などの圧迫による静脈還流の低下などが含まれます)、栄養状態が不良のため血液中の蛋白濃度が低下した場合など。
足が動かなくなったことについては、廃用性の筋萎縮に伴う筋力の低下や神経障害(両側の場合は脊髄への転移などの可能性)に伴うものなど。
下血は消化管からの出血を示しますが、可能性としては原発巣からの出血が最...続きを読む

Qがん末期の非常に危険な状態とは

がんの末期において危険な状態の血圧の低下というのはいくつぐらいまで下がっていくと危険なのでしょう。また呼吸の浅さはどうやってわかるのですか。酸素吸入の目盛りを上げると血圧が上がるのはなぜですか?脈拍数の低下の非常に危険なボーダーラインというのはいくつなのでしょうか。他に油断を許さない危険な状態というのは何で判断するのか教えて下さい。

Aベストアンサー

 兄が脳腫瘍で亡くなりましたが、そのときの状況でも。

 病院で血圧を測定する機械に触れましたが、上が60を切ると機械が電子音を出して緊急性を表していました。
 また、血中の酸素濃度が95%を下回ると危険な状態と言えるようです。逆に言うと、95%を上回るように酸素を送り込む必要があります。
 こういった状態のとき、脈拍数は180と非常に高い数値を示していました。血圧や血中酸素濃度が低いにもかかわらず脈拍数が落ちてきたら非常に危険だと言えるでしょう。

 本当に死の直前では、呼吸が見るからに弱弱しくなり、呼吸が止まることがどんどんと多くなりました。呼びかけると思い出したかのように呼吸を始める感じでしたが、まさに「息を引き取る」という表現そのままに死へ至りました。

 全体としては、「血中酸素濃度の低下」「急激な血圧の低下」「呼吸の力強さの低下」の順で危険度が増す感じでした。
 あくまで脳腫瘍の例ですが、参考になればと思います。

Q膵臓癌での最期までの経過はどのようなものなのでしょうか?

膵臓癌での最期までの経過はどのようなものなのでしょうか?

義父(60)が、膵臓癌の肝臓転移ありで緩和ケア入院しています。
以前はジェムとTS1の併用で通院で抗がん剤治療をしていましたが、癌に耐性ができてしまったため抗がん剤治療は打ち切られました。
その後、体のだるさが強いため今回の入院に至りました。

現在は寝たきりの状態で、尿も管で採取しています。
一日の大半を寝て過ごしており、呼びかけにはかすかに返事をする程度です。
起きている時はほとんど動かないのですが、寝ているときに空中を掴むような動作をよくするようです(せん妄)。

口からは水と氷のみ取っています。また高カロリー点滴などはせず、痛み止めなどの薬を管で入れています。
血圧は上が110程度あるそうです。

以上のような状態ですが、今後最期を迎えるにあたり、どれくらいの期間でどのような経過をたどるのでしょうか?

私はあまり見舞いにいくことができず先生に直接聞くこともできないため質問させていただきました。

何卒どうぞご回答をよろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

私の父は2年3ヶ月前にすい臓癌と解り16時間の手術を行い 今年まではとても元気でしたが、今月12日に旅立ちました。
今年の2月から糖尿病を 発症 4月末から普通食がほとんど取れず同時に体重減少 5月からはお粥か食事をしても嘔吐
5月末から手足の浮腫と同時に毎日点滴の末
6月1日 自分から入院すると言い その日の検査で腹水 胸水あり 肝臓全部に転移 門脈の一部が潰されていた…
余命1~2週間との話だった…
入院5日目からモルヒネの直接投与が始まり 言語障害 眠る時間が増えた
最期の日までの間 何度か担当医や面会人と真ともな会話をする事もあったが 12日 AM 4:21 担当医も間に合わないままに 旅立ちました。

Q末期がんの父が退院を迫られています。

何度もこちらで質問をさせていただいております。
今まで質問させていただいておりました状況から180度変わってしまい、家族で困惑している状態で質問をさせてください。

私の実父は5年前に末期の前立腺がんが発覚し、その時点で余命1年と言われました。
そして担当医から言われるがままに放射線、抗がん剤、ホルモン剤などのがん治療を行い、なんとか4年命を長らえることができました。しかしある時からまったく効果がなくなり、1年前の7月「あと1ヶ月程度の命ですからご自宅で看とられてはいかがですか?」と病院から匙を投げられ、自宅近くの総合病院に転院、あと1ヶ月なら自宅で過ごさせてあげたいという家族の思いから自宅介護が始まりました。

退院後は病院にいるときよりも体調は良さそうでしたが、痛みを取るための麻薬が多いため、常に意味の分からないことを話し、幻覚もみていましたが、訪問介護の方がとても良くしてくださって、時々とんでもない大騒ぎを起こすことはありましたが、とりわけ穏やかに過ごすことができました。

そして余命一ヶ月と言われ、あれから1年が過ぎようとしていた今年7月。呼吸困難、血圧低下、意識不明となり救急搬送、そのまま入院となりました。
そのときの内科の担当医から重度の肺炎を起こしており、あと1週間もてば…と言われました。
いつも側で見てきた私たちも「今回は本当にヤバい」と思い、家族4人交代で常に父の側にいました。

入院中は飲食は全くできず、意識は朦朧しており、せん妄がかなり強く出ており、1日1日弱っていく父をみんなで手を握りながら穏やかに過ごせるように努力をしてきました。

そして本日、早朝から担当医から急遽呼び出しを受け、入院のきっかけになった肺炎(肺に膿が溜まりそれに膜が張っている状態)でしたが、継続的に抗生物質を投与したことにより、肺炎がおさまって来たので、今日明日中に退院してくださいと言われました。

しかし父は2ヶ月近く一切の飲食を行っていないため身体は骨と皮のみ。自力で立ち上がることも自分で歯を磨くことも顔を洗うこともできません。
意識は朦朧としていることはありますが、1週間ほど前から母や子供である私達に涙を流しながら「今まで面倒を見てくれてありがとう」「夕べ親父と兄貴がきて(どちらも昨年亡くなっています)俺たちと一緒に暮らそうって言ってくれたんだ」と言ったりして、顔は今までの苦しみから解放されたかのような穏やかな表情をしておりました。

しかし本日は一転。今まで見たことないような鬼のような形相をしており、血圧計や心電図などを外していました。言葉は怒鳴って話しますが何を言っているか意味が分かりません。
飲食は本日よりリハビリの一環で口内洗浄用のスポンジに水を湿らせて口の中に水分を与えるということは始まりましたが、リハビリ師に「嚥下ができないため固形物を飲み食いできる状態ではない」と言われました。
鼻から酸素投与をしておりますが、本日より外す方向で投与量を少なくしているとのことでしたが、とても呼吸が苦しそうで、時々肩で呼吸をしています。
また尿について、尿道に管を通し直接尿を出していますが、ここ1週間ほどは尿パックには血液のみというくらい真っ赤な尿がたまっています。(麻薬投与により本人は痛みなどはありません)また尿量も入院時の半分以下になっています。
血圧は高い日もありますが平均60/40前後です。(あがっても70くらい)

また本日内科の担当医から聞いた話ですが、「泌尿器科の〇〇先生のお話では父の前立腺がんの進行はあと1年は大丈夫であろうという見立てです」と言われました。(〇〇先生は父の担当医ではありません)

根本的な話ですが入院時一切の延命措置はしない、命を長らえるための治療は行わない。
ただ痛みだけは取ってあげてください。という話をしたため、それ以降血液検査やレントゲンなどの検査を1ヶ月以上全くしていません。
本日の担当医も「レントゲンや血液検査などはしていませんが、熱が下がっているので肺炎は収まっている」と言っていました。泌尿器科の先生は1年前の転院時に行った検査資料でお話をされていると思います。

父と話がしたいし、生きていてくれることはとてもうれしく思います。
でもこんな状態で父はまだ生きていけるのでしょうか?
私たち家族はどのような選択をしていけば良いのでしょうか?
退院/転院させることで、父を苦しめることになるのではないか?と思えて仕方がないのです。

頭の中が混乱しており、状況説明がうまくできていないと思いますが、どなたか教えてください。宜しくお願い致します。

何度もこちらで質問をさせていただいております。
今まで質問させていただいておりました状況から180度変わってしまい、家族で困惑している状態で質問をさせてください。

私の実父は5年前に末期の前立腺がんが発覚し、その時点で余命1年と言われました。
そして担当医から言われるがままに放射線、抗がん剤、ホルモン剤などのがん治療を行い、なんとか4年命を長らえることができました。しかしある時からまったく効果がなくなり、1年前の7月「あと1ヶ月程度の命ですからご自宅で看とられてはいかがです...続きを読む

Aベストアンサー

初めて記入させていただきます。
お父さまのことさぞ心を痛めてらっしゃるでしょうね
お察しします。
質問がパッと目に入り、少し迷いましたが、
母を肝臓がんで亡くし、現在私も乳がんの再発で治療しており
何かお役に立てるかと思い、投稿しました。

医療関係者ではないので、専門的なことはわかりませんが
お父さまは厳しい状態のようですね。

今後のこととなれば、母の場合は、厳しい状態ではありましたが
亡くなる前日、いえ当日の午前まで普通に話もし食事も取りました。
ただ、父に呼ばれ嫁ぎ先から帰って一晩泊まった次の朝、
1日のほどんどを眠り続ける母に、モルヒネを少し少なくしてもらったらどうか?
つらければすぐ追加が可能だそうだからと、提案すると母は聞いてくれました。
ですが、その後苦しみ始め、すぐモルヒネを頼みましたが、その前に呼吸が停止したのです。
すぐ、送還して呼吸は取り戻しましたが、まもなく亡くなりました。

私は乳がんの手術後4年で再発し、抗がん剤治療が始まりました。
胸のリンパ節への再発で、手術もできない場所です。
いろいろ自分で調べたところ97%の確率で死に至ることを理解しました。

それから4年が過ぎました。放射線と抗がん剤治療の後、私のがんは消滅し(寛解 
ないとは言えないが、見えない状態)お医者さんも首をひねっています。
もちろん、治療は続きます。今後また姿を現す可能性は高いでしょう。
実際近所のママ友は2000年初発2008年再発で、先頃亡くなりました。
私はというと、今は元気に生活し、仕事もしています。

長々書きましたが、何が言いたいかというと、がん患者の場合どのような早さで病状が進むのか、
人によってものすごく差があるということです。

お父さまにしても、いつ頃まで生きられそうだという、たとえ医者の言葉でも
当てにはならないと思います。私の周辺で、医者の予測が当たった人など、少ないくらいです。
確かに厳しい状態ですが、今できる、いいと思うことをやられたらいいのでは と思います。
他の回答者の答えにもありましたが、あなた自身もよい選択をしておられるように思います。

ただ気になるのは、そんなに弱ったお父さまを『今日明日にも』退院させようとすることが
理解できません。病状が静かに安定しているならまだしも、怒鳴ったり、呼吸が苦しそうなど
目が離せない状態で、今動かすことがいいとは思えません。
同じ病院にホスピスなどがあり。速やかに動かせるならいいかもしれませんが。
こんな状態で動かすのはおかしいということを、主治医に話してみてはどうでしょうか。
移転先を探すのもなかなか大変なことですし。
なぜ、急に退院させようとするのか真意を聞けるといいかもしれません。
難しいかもしれませんが...。
認知症による徘徊など、病気ではないものに対して退院を迫るということは聞きますが
お父さまは、医学的な治療(痛みをとるだけでも)が必要な患者ですから
退院を強制することはできないはずだと思います。

お役に立てたかどうかわかりません
看護もたいへんでしょうが、合間には体を休めて下さいね。
ご自分の健康も大切ですから。
お父さまが少しでも楽になられるよう祈っています。

初めて記入させていただきます。
お父さまのことさぞ心を痛めてらっしゃるでしょうね
お察しします。
質問がパッと目に入り、少し迷いましたが、
母を肝臓がんで亡くし、現在私も乳がんの再発で治療しており
何かお役に立てるかと思い、投稿しました。

医療関係者ではないので、専門的なことはわかりませんが
お父さまは厳しい状態のようですね。

今後のこととなれば、母の場合は、厳しい状態ではありましたが
亡くなる前日、いえ当日の午前まで普通に話もし食事も取りました。
ただ、父に呼ばれ嫁ぎ先から帰っ...続きを読む

Q末期がんでイタイイタイと泣いている人にどうしてモルヒネを打ってあげないのか?

どうしても理解できない。
末期がんでただ死んでいくだけの患者がイタイイタイと泣いている。
どうしてモルヒネを打ちまくって安らかに死なせてあげないのだろうか? ただ痛いだけで生きている価値があるのか? たとえ寿命が半分になって半年生きるところが三ヶ月になったところで痛いだけの六ヶ月と安らかな三ヶ月とどちらが良いか。モルヒネなんて病院の畑でケシの花かなんか知らないけど栽培したらただで作れるじゃないか。値段の問題は栽培すれば解決する。どうして末期がんの患者を苦しませるのだろうか? モルヒネ投与を禁じている医者が末期がんになったら自分で打ちまくるのではないだろうか? もしそうだとしたら矛盾していないだろうか?

Aベストアンサー

質問拝見しました!!
質問者様の身内の方が、その患者さん・・という事で良いのですよね?
それとも・・別の患者さんを、質問者様が見ていらして感じたこと?では無いですよね?
(ちょっと判らなかったので・・すいません!)

私の父は・・ガンで亡くなりました。
一番ビックリしたのは・・1ヶ月に1回外来で行く状況(慢性膵炎で)のある時・・。

突然として
「胃ガンです!余命1年です」と言われて帰ってきたのです。
その様な言葉は・・冗談でも出る内容とは違ったので、本当にビックリし、又、とてもショックでした。

そして検査入院で「スキルス胃がん、リンパ節転移」とわかり・・。
父の希望を真剣に聞きました。
◎抗がん剤治療はしてもよいが・・入院は避けたい!!
(父は良く判らなかったけど・・私は延命治療・・と感じました)
◎手術は絶対したくない!!・・体を開けてしまったらもっと不自由になるに違いない。
◎とにかく・・とにかく「痛い」「苦しい」「辛い」の状態を一番少なくして欲しい。
(告知された時は痛みや苦しみはまだなかったです)
この3つが「父」が私にゆっくりと、真剣に話してくれた希望でした。
医師に私が伝えました。

そして・・運良く内服の抗がん剤で時を過ごしました。
少し気持ち悪いけど・・その気持ち悪さもだんだん取れて、元気になってきました。食欲はあるし、車を運転して好きな場所に行くし、買い物も行くし・・普通の人と変わらない?・・それ以上かも・・と思われるくらい!

(でも私は・・この元気さが、いつか突然ひっくり返る瞬間が来ると思っていました)
11ヶ月弱経った、ある日の朝・・父は「痛いんだ・・」とぽっつり言いました。
私は「とうとう来たか!!」と深呼吸をして・・明日から色々な事が変わっていくのだろう・・と思いました。

痛みがでて・・毎日通院で「処置室」で点滴を8時間して帰る日々が続き・・。
ついに「外科部長」に・・
「入院してはどうかな?お父様にもおっしゃってみて!」と言われました。
・・・そうだよなぁ!その日が来たんだな~・・と思い、父に話しました。
父は「そうだなぁ・・入院するかぁ~・・・」と答えました
入院して主治医は同じですが・・いつも来てくれるのは研修医です!
「痛い」「苦しい」「辛い」・・この3つをとにかく・・
とにかく避けて進めて!・・と言いました。
研修医は優しく、真面目ですよね!一生懸命だし・・。
そして・・「そろそろモルヒネ打ちませんか?・・その分色々あると思いますがどうでしょう?」・・と。
「有難う!・・そうだよね!痛そうだモンね・・お願いするよ!」と告げました。
研修医は「こちらの点滴がモルヒネです!(モ)と書いておきますね!わかるように!」・・と。
すこしずつ、言葉の「ろれつ」が回らない感じ、色々な事がわからない様子が見えてきましたが・・それと同時に・・。
「お父さん!!痛い?」と聞くと「ううん!痛くないよ・・!」と
良かった・・と思いました。
更に命が短くなる事は覚悟していましたし・・でも「痛く、辛く、苦しくない!!!!!!」
これです!!重要なのは・・。
5日後に亡くなりました・・眠るように気分良さそうに!
良い亡くなり方だったと思いました・・悲しさは逆に半減しました。
ですから・・医師に、とにかくお願いしてみてはいかがでしょうか?
長々と・・しかも体験談だけのくだらないお答えかもしれませんが書かせて頂きました!!
お願いして・・早く辛さを取ってあげて下さい!!
そうすれば・・自分達の辛さも同時に取れます!!
くれぐれもお大事になさってください!!

質問拝見しました!!
質問者様の身内の方が、その患者さん・・という事で良いのですよね?
それとも・・別の患者さんを、質問者様が見ていらして感じたこと?では無いですよね?
(ちょっと判らなかったので・・すいません!)

私の父は・・ガンで亡くなりました。
一番ビックリしたのは・・1ヶ月に1回外来で行く状況(慢性膵炎で)のある時・・。

突然として
「胃ガンです!余命1年です」と言われて帰ってきたのです。
その様な言葉は・・冗談でも出る内容とは違ったので、本当にビックリし、又...続きを読む

Q肝硬変末期の父が余命1週間と宣告されました…

よろしくお願いします。

もし出来れば、医療関係の方のアドバイスを求めています


まず、私は匿名ですが、「nao913」です。

質問履歴を公開にしています。

このカテゴリ:「家族」の欄で、何度も投稿しています。


父の病状については、

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7973280.html

を参考にしてください。


さて、一昨日、母が主治医から余命1週間と宣告されました。

尿の量が減っているな、と思っていましたが、

肝硬変末期の上に「腎不全」が来たみたいです……

人工透析が1週間できなければ、どうなるか素人でも解りますね……

今の父に人工透析をしても意味が無いことも素人でも解ります。


そこで、質問なのですが、

父は、肝硬変末期で、3回、腹水を抜いて、

それでも、またお腹も両脚も腫れています。

こんな父が、穏やかに最期を迎えることが出来るでしょうか???

腎不全の最期というのは、どういうものなのでしょうか???


遅れましたが、私は父の長男(42歳)です。

私は父の病院へは、車で25分で行けます。

しかし、弟は東京に居り、関西のK市の、この病院には、

どんなに早くても3~4時間かかります。

父の最期に弟も居させたいと思ってもいます……


どうか、アドバイス、よろしくお願いします。 m(_ _"m)

よろしくお願いします。

もし出来れば、医療関係の方のアドバイスを求めています


まず、私は匿名ですが、「nao913」です。

質問履歴を公開にしています。

このカテゴリ:「家族」の欄で、何度も投稿しています。


父の病状については、

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7973280.html

を参考にしてください。


さて、一昨日、母が主治医から余命1週間と宣告されました。

尿の量が減っているな、と思っていましたが、

肝硬変末期の上に「腎不全」が来たみたいです……

人工透析が1週間できなければ、どうな...続きを読む

Aベストアンサー

お返事読ませて頂きました。NO.6です。

お父様と、まだ会話が出来るのですね!ご家族への感謝、何気ない会話…。へんな言い方かもしれませんが、お父様・ご家族ともに、今の現状を充分分かった上での会話という感じがして、切なく、でも温かい気持ちになりました。
ある意味、それは幸せなことかもしれませんね。最後の時、これほど濃厚な時間を過ごせるご家族はそう多くないかもしれません。
きちんとお別れができて旅立てる方は、そうはいらっしゃらないように思います。
でも、心の準備がお互い出来ているからこそ、お辛い部分もあるでしょうね。

血圧もまだまだ大丈夫、尿もちゃんと出ているようですね。意識もまだ保たれておられるようですし、あとは苦痛の少ないことを心から祈ります。

質問者様も、休める時はしっかり休まれて下さい。お返事は無理なさらないで下さい。

Q点滴だけでどれ位生きられるのでしょうか?

86歳の祖母が今月5月の17日から点滴のみで寝たきり状態です。
4月に酸素濃度が低いと言われ入院。
そのままご飯を飲み込むのが難しくなり、鼻から食事を取るようになりました。
5月の15日に胃ろうの手術を行う予定でしたが、体調が悪そうなので断念。
そして17日の朝に危篤と言われ、あと30分しかもたないでしょうと連絡があり、家族で病院に駆けつけました。
病院に着いた時は安定しつつあり、それでも2.3日が山でしょうと言われました。

今10日以上経ちましたが、変わらず点滴のみで酸素を鼻から送っています。
心拍数は70くらいで酸素濃度は時々80代まで下がってしまうようですが基本的に95以上はありますし、おしっこもちゃんと出ているようです。
血圧も標準です。
何を言っているか聞き取れないのですが、1日2.3回は口を動かして言葉を発します。
寝返りもうちます。
時々笑ってくれたりもします。
帰りたいのに帰れない、言葉も伝わらないことで怒って弱々しくですがパンチしたりもしたそうです。

それでも病院側はまた鼻から管を入れて食事するのは難しいでしょうと言います。
このまま点滴だけで...と言う感じです。

重度ではないですがもともとパーキンソン病も持っています。
身長140cmない位で体重は今25kgあるかないか位です。
今は歩くことは不可能です。

身内として見てるのも辛い、可哀想で仕方ありません。
私達の家から祖母のいる病院まで片道3時間程かかるので、次また危篤の連絡が来た時、最後一緒にいてあげられないんじゃないかと母といつもヒステリックになってしまってしまいます。
私も仕事が忙しく、母も父方の祖父祖母の世話をしていてずうっと付きっきりにはなれない状態です。
鼻からの管がこれから先出来ないと断定された時、点滴だけでどれ位生きられるのでしょうか?
昼間はKN3号と言う点滴を入れているようです。

どなたかお返事くだされば嬉しいです(;_;)

86歳の祖母が今月5月の17日から点滴のみで寝たきり状態です。
4月に酸素濃度が低いと言われ入院。
そのままご飯を飲み込むのが難しくなり、鼻から食事を取るようになりました。
5月の15日に胃ろうの手術を行う予定でしたが、体調が悪そうなので断念。
そして17日の朝に危篤と言われ、あと30分しかもたないでしょうと連絡があり、家族で病院に駆けつけました。
病院に着いた時は安定しつつあり、それでも2.3日が山でしょうと言われました。

今10日以上経ちましたが、変わらず点滴のみで酸素を鼻から送っています。...続きを読む

Aベストアンサー

水分と最低限の栄養素だけ点滴で賄えれば、何年も生きる方もいますよ。
自発で呼吸ができず人工呼吸器をつけ、点滴だけで数年生きて、数年ぶりに目覚めたといった話を聞いた事はありませんか?

KN3は維持薬ですね。水分の維持をする為のものです。これだけでも生きられますが、胃ろうができない方に高カロリーの点滴を使う事もありますが、高齢でその状態ではちょっと難しいかも知れませんね。

人間は、食事をせずとも点滴だけで生きていられるんですよ。

ただし高齢で体重も少ないですからどうしても感染症等の危険もあるでしょうし、臓器の状態、おそらく血液検査や胸部、腹部エコー等もされているでしょうが書かれていませんからなんとも。。
前日まで元気そうに見えていても、翌日急変してその数時間後にはという方もいれば、数か月の方もいますしね。

余命は、現場にいても医師でも数時間前~数日前まで判断できないものです。

残された時間を大事にお過ごしください。お大事に。

Qがんと黄疸

父(69歳)ががん再発を宣告され、余命はあとわずかだそうです。
現在黄疸が出ています。
ドレナージ(お腹に穴を開けチューブを通す)という手術があるそうですが、この手術を受ければ3ヶ月、受けなければ1ヶ月もたないだろうと言われる先生もいれば、受けても受けなくても3ヶ月と言われる先生もいらっしゃいます。
黄疸が強くなると意識障害が出ると聞きましが、意識障害とはどういう症状なのでしょうか?
また黄疸による症状について詳しく教えてください。

また腹水が溜まるとかなり危ない状態だとも聞きました。
本当にそうなのでしょうか?
父は腹水も溜まり始めているそうです。

穏やかな毎日を送らせてあげる為にはどうしたらいいか、試行錯誤しています。
どうぞよろしくお願いします。

Aベストアンサー

余命幾ばくもないご家族に対する不安を抱える毎日で、たいへんだと思います。

さて、私は、もとがん専門病院にいました、看護婦です。消化器疾患患者さまを多く見届けさせていただきました。
家族の方に持つ不安は、患者様がどのように変化、経過するのかがわからない事だと思います。
まず、黄疸による意識障害の症状は、人それぞれですが、
・意識混濁といって、全く意味がわからない事を言います。(会話が成立しない)
そして、暴れ出したり、家族など個人の認識が出来ない、暴言をはくなどします。
・昏睡は、眠りつづけてしまう事です。
このような状態であるなら、痛みは、本人は感じていません。家族として、寂しいのは、会話が出来ない事です。

黄疸は、血中にビリルビン(便の色をつける素のようなもの)が増えます。
それにより、体が痒くなったり、尿が、濃くなったり、便が白くなったりします。
それに対しては、ハッカ油(もしくは、重曹)を入れた湯で、体をふいてあげ、レスタミン等で、かゆみ止めを塗ってあげます。
引っかき傷を作る事(無意識に掻くから)があるので、つめは切っておきます。

腹水が貯留=危ない状態ともいいきれませんが、(量にもよるから)からだの栄養状態が悪いので、急変の可能性は、高い状態になる事もあります。
穏やかな生活を送るためには、やはり、家族の方の看護が一番と思います。看護しているほうがつらいと思われるかもしれませんが、
一番つらいのは、病気と戦っているご本人だとおもって、看護にあたってください。
どうぞ、後悔のない看護をして、充実した生活を送ってください。

余命幾ばくもないご家族に対する不安を抱える毎日で、たいへんだと思います。

さて、私は、もとがん専門病院にいました、看護婦です。消化器疾患患者さまを多く見届けさせていただきました。
家族の方に持つ不安は、患者様がどのように変化、経過するのかがわからない事だと思います。
まず、黄疸による意識障害の症状は、人それぞれですが、
・意識混濁といって、全く意味がわからない事を言います。(会話が成立しない)
そして、暴れ出したり、家族など個人の認識が出来ない、暴言をはくなどします。
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Q酸素濃度が85%(救急車の中で)

5月5日に祖父(93歳)が吐血して救急車で運ばれました。
それでも5日6日は元気そうにしていたそうです。
7日は誰も付き添いもお見舞いもできず、8日に病院へ行ったところ、祖父があまりにも変わっていてびっくりしたそうです。顔つきも変わっていたし、ずっと目を閉じていて、ご飯を食べるときも目を閉じたまま(食べたのはお粥を10口と牛乳1口)で、「目を開けて」と何度呼びかけても閉じたままだったそうです。
祖父は以前からボケていたのですが、5日6日は点滴などのチューブを抜こうとしたり導尿しているのにトイレに行こうとしたりして危険なので7日は縛られていたそうです。
私は縛られていたせいで祖父がそうなってしまったのではないかと思いましたが、叔父は「救急車の中で測ったときに酸素濃度が85%だったから、脳細胞がやられたからではないか」と言います。
脳細胞がやられるのに2日も要するのでしょうか。
ほかには何が原因と考えられるのでしょうか。
また『酸素濃度が85%』というのはどのような影響を及ぼすのでしょうか。
祖父は食べることが一番の楽しみのようで、いつもおいしそうにモリモリ食べていたから、食べるときにも目を閉じたままというのはとても気になります。
(吐血は噴門部からのもので検査の結果はまだ出ていません。)

5月5日に祖父(93歳)が吐血して救急車で運ばれました。
それでも5日6日は元気そうにしていたそうです。
7日は誰も付き添いもお見舞いもできず、8日に病院へ行ったところ、祖父があまりにも変わっていてびっくりしたそうです。顔つきも変わっていたし、ずっと目を閉じていて、ご飯を食べるときも目を閉じたまま(食べたのはお粥を10口と牛乳1口)で、「目を開けて」と何度呼びかけても閉じたままだったそうです。
祖父は以前からボケていたのですが、5日6日は点滴などのチューブを抜こうとしたり導尿...続きを読む

Aベストアンサー

おっしゃっているのは、酸素"飽和度"のことだと思います。他の症状については分かりませんので、酸素飽和度と私の入院中の経験談だけ。

健康な人なら、安静時はこの酸素飽和度は98~99%あるようです(100%でないのは、表示が二桁だからです)。

私は喘息持ちで、酸素飽和度も普段から低くて、安静時で94~95%です。
階段などを上り下りして息切れしたりしていると92~93%。
ちょっと発作をおこせば、安静時でも88~90%になり、その状態で歩いたりすると84~85%になります。
かなりひどい状態になると安静時でも85~86%になって、身動きすると、本当に苦しくなります。
この位になると主治医に、このまま泊まっていきなさい(=入院しなさい)といわれて、酸素チューブで酸素を鼻からすって、しばらく病院にごやっかいになります。

今まで一番低かった酸素飽和度は、大発作をおこして、真夜中に救急車で運ばれていた時で、70%台だったと思います。さすがにチアノーゼといって体中が真っ青になっていました。意識もちょっと朦朧としていて、数値を思い出すことはできません。
救急車内で、すぐ酸素マスクをさせられましたが、それでも85~86%。この時は、病院でも一晩酸素マスクさせられました。(マスクはチューブより酸素吸収率が高いのです、息苦しくて大嫌いですが。そしてもっとひどい呼吸困難者は、酸素テントに入らされるはずです)

この時は高濃度の酸素を長期間吸いすぎると、二酸化炭素が体内から排出されにくくなるからと、安静時でも94~95%になる程度の酸素量しか許してもらえませんでした。

……などとえらく自分語りをしてしまいました。

ま、つまり酸素飽和度が一時的に85%になったからといって、それで脳細胞がやられてぼけたと言われると、じゃあ今の私は、何なんだ?ってことで。実際、倒れた次の日は元気そうだったんですよね?

あと入院をよくする者の経験談として……

入院すると高齢者の方は呆けることが多いです。特に個室に入った人などで身内の付き添いさんがいない人は、ぼけやすいです。
もともと認知症(痴呆)の治療として、最近は老人ホームでも身の回りに思い出になるものを置き、小さな家具などは家で使っていたものを使用することが望ましいといわれるくらいです。
それがいきなり、無個性な病院の、見知らぬ部屋、見知らぬ人(医者・看護婦・入院患者など)、窓の外の身知らぬ風景、そんな中に入れられるのですから、ぼけやすくなるというもの。
しかも、もともとかなりの高齢で痴呆もあったんでしょう?痴呆が一気にすすんだとしても仕方がないかも知れません。

できれば、細かいものでもいいので、家で普段使っていた思い出に繋がるものをどんどん持参し、ベッド周りに置くとか、短時間の見舞いではなく、なるべく長い時間いて、色々横で話してきかせるとか、してあげた方がいいですよ。
そして、病気も心配でしょうが、退院してよいとなれば、早く家に連れて帰ってあげてください。思い出の家で生活すれば、改善の余地があると思います。

かつて、同じ大部屋の入院して一気に呆けたおばあちゃまが、退院して次の通院時に、私のいる大部屋に遊びにきてくれたら、まともになっていて、驚いたこともあります。

ではでは、どうか、大切にしてあげてくださいね。

おっしゃっているのは、酸素"飽和度"のことだと思います。他の症状については分かりませんので、酸素飽和度と私の入院中の経験談だけ。

健康な人なら、安静時はこの酸素飽和度は98~99%あるようです(100%でないのは、表示が二桁だからです)。

私は喘息持ちで、酸素飽和度も普段から低くて、安静時で94~95%です。
階段などを上り下りして息切れしたりしていると92~93%。
ちょっと発作をおこせば、安静時でも88~90%になり、その状態で歩いたりすると84~85%になります。
かなりひどい状態になると...続きを読む


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