作家のシュテファン・ツヴァイクは1942年、ブラジルで自殺しましたが、その手段は何でしたか。ご存知の方、教えて下さい。

A 回答 (1件)

睡眠薬の服毒自殺のようです。



参考URLのひとつめに "with Vironal" とあります。

多分、ベロナールだと思うのですが、念の為、英英辞典で確認すると、
睡眠薬 "used as a hypnotic" とあります。

参考URL:http://www.crosswinds.net/~staedeli/litzwe-e.htm …
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
手持ちの辞書にも、Veronal(催眠薬の商標名)と載っていました。

お礼日時:2001/05/23 22:22

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QJoseph Frankという評論家(?)作家(?)をご存知ですか?

文学評論に関する英文を読んでいるのですが、なかなか難しく日本語訳を探してみようとネットで検索したところ、ありきたりの名前なのか明らかに別の人物がヒットしたりて、なかなかお目当ての情報がつかめません。
「ジョセフ」なのか「ヨーゼフ」なのか、日本ではどのような名称になっているのかご存知の方、ご教授下さい。
そもそも、これだけヒットしないともしかして日本語訳は出版されてないのかもしれませんが、その辺もご存知の方、ご協力お願いいたします。

Aベストアンサー

 おはようございます。
 英語原文で読んでいるというくらいですから、この分野のデータ・ベースとしては最も手軽でかつ信頼の置けるアメリカ議会図書館目録の存在は当然ご存知だろうと思います。
http://catalog.loc.gov/
もっともそう言う自分もここをきちんと調べるようになったのはこの1年程度のことです。ここに既に7年いて、6年目が終了した辺りでようやくその利用価値に気が付きました。
 具体的に議会図書館目録のどこが優れているか。それは本件でも問題となっている同名異人に関して、出来る限り判別性を高めようとしている点です。例えば上記のページで著者Joseph Frankのみを検索すると159人もの該当者が存在します。
 その中には、セカンド・ネームを持たない“Joseph Frank”や“Frank Joseph”という人物もいます。あとは生年と著作の内容とで人物を特定するしかありません。ともかくお探しの著者がセカンド・ネームを持っていないのならば、探す範囲は非常に狭いものになります。この点に関しては質問文には明確に記してありませんし、読んでいる本の書名も挙げられていませんから、以下は自分で調べてください。
 ともかく、日本語の図書データ・ベースでは国会図書館はもちろん、大学や博物館図書館等を結びかつアメリカの英語図書データ・ベースともつながっているWebcatですら、外国人著者の判別性は極めて低いため役に立たないのが現状です。これ以外に議会図書館に匹敵するところというとおそらく大英博物館だけではないかと想っています。ただしこちらは私はほとんどアクセスしたことがありません。

 で、質問の始めに戻りますが、国会で著者Joseph Frankを検索する限りでは、邦訳はされていないような気がします。雑誌掲載の記事や論文に付いては調査は更に困難なので、調べないで、置きます。一応国会にはそのような検索条件は存在しますが、ここで調べて見つかることの方が稀です。

 おはようございます。
 英語原文で読んでいるというくらいですから、この分野のデータ・ベースとしては最も手軽でかつ信頼の置けるアメリカ議会図書館目録の存在は当然ご存知だろうと思います。
http://catalog.loc.gov/
もっともそう言う自分もここをきちんと調べるようになったのはこの1年程度のことです。ここに既に7年いて、6年目が終了した辺りでようやくその利用価値に気が付きました。
 具体的に議会図書館目録のどこが優れているか。それは本件でも問題となっている同名異人に関して、出来る限...続きを読む

Q作家 あるいは芸術家の自殺について・・・

芥川龍之介、太宰治、川端康成、ヘミングウェイ等は自殺したと言うことですが、彼らの作品の流れと、例えば、病気等で亡くなった夏目漱石らの作品の流れについての大きな相違点というのはあるのでしょうか?

私個人としては、自殺した人の傾向は一つのことにとらわれ過ぎている傾向がある←いい、悪いということでなく。自殺してない人は多角的な面から物事を捉え、客観的な物事の捉え方をすると感じてます。

Aベストアンサー

 
「自殺」ということを考えるとき、とりわけ文学者や芸術家の場合、自殺の起源が、かなり若い頃、幼い頃からあるということが言えます。それは、「自我の脆弱性」とも言えるもので、繊細さとも言えますが、「自我の強さ」に欠けるところがあるのです。

これは、三島やヘミングウェイなどを考えると、奇妙にも思えるのです。ヘミングウェイは、高名な作家であると同時に、冒険家、狩猟家で、ある意味、「男のなかの男」でもあったのです。「パパ・ヘミングウェイ」という言い方があるのですが、「偉大な父」というか、尊敬に値する「偉大な男」という像がヘミングウェイにはあるのです。

しかし、ヘミングウエィは、その自我に「脆弱さ」を持っていたのです。

>彼らの作品の流れと、例えば、病気等で亡くなった夏目漱石らの作品の流れについての大きな相違点というのはあるのでしょうか?

自殺というのは、精神疾患、例えば、鬱病の自殺などを除くと、非常に実存的なもので、個々人の生きるありかたに関わっており、自殺した人の文学や芸術に何か共通性があるかと言えば、恐らくないのです。

ただし、自我の脆弱性と、自殺へと傾く実存の姿を作品に描こうとした場合は、ある共通性があるかも知れません。

ヘミングウェイの若いときの作品には、生きる喜びと活気に満ちた作品があります。芥川は、作品の線が非常に細く微妙ですが、彼でも、今昔物語に題材を取った初期の作品では、生きることの充実というか、生の躍動のようなものがあるのです。

太宰も三島もそうでしょう。川端などもそうなのです。川端などは、死んでも死なないようなしぶとい、恐ろしい人間だったともいえ、誰か友人が、晩年の川端の生き方を見て、「鬼」だと評しています。

>私個人としては、自殺した人の傾向は一つのことにとらわれ過ぎている傾向がある

それは、自殺を実際既遂してしまったので、そこから作品を見てしまうので、錯覚が起こるのだと思います。

時代や社会や文化や価値観や、様々なものが変化してゆく中で、作家や芸術家の生きている現実においても、矛盾や葛藤や、あれかこれか、というような選択や、プレッシャー、重圧がかかってきます。

自殺した作家は、自己を支えきれなかったのだとも言えます。

ヘミングウェイの場合だと、どうしても満たされない空虚感、自我の自信の欠如というものに悩まされたのだと言えます。

>自殺してない人は多角的な面から物事を捉え、客観的な物事の捉え方をすると感じてます。

多角的な物事の捉え方ができず、客観的でないが故に、自我の脆弱さが露呈されず、自殺しなかった人が多数いるでしょう。「健全な自我」は、ユーモアのある自我で、ユーモアは、自己の客観視と多面的な価値観で物事を見ることができてはじめて可能だとされます。

自我に余裕がないとユーモアにはならないのです。自殺した作家であれば、三島は若い頃からユーモアがありませんが、それでも、生命の躍動があった時期があります。芥川や川端や太宰などは、それなりにユーモアを持って、自己を客観視できた時期があったのです。

しかし、自殺した人の自我は、脆弱性があったことは間違いありません。しかし、誰が自殺するかは、その作風からは分からないのであり、自我の脆弱さと生きている複雑な状況が絡み合って、その結果、自殺する人はしてしまうのです。

自殺の代償として書いた作品には、自殺した作家の作品だという特性があるかも知れませんが、そういう作品ばかりとは限りません。だから、一般論でくくるのは無理があります。

作家に限らず、自殺する人は、それぞれに違った実存なのです。夏目漱石や森鴎外のような、ある意味、健全な大作家と比較するのは無理があるでしょうし、自殺していない作家の作風や生き方を比べると、その多様性に驚かされるでしょう。

作家は自我や実存の問題で苦悩するのであり、鴎外は、乃木希典の自殺に深刻な衝撃を受け、この苦悩のなかから作品を創造したのですし、夏目も、同じような事情があります。三島や川端や芥川もそうでしょう。

ただ、自殺した作家の作品を後から眺めると、自殺へと向かった心の葛藤と、それに敗北した自我の脆弱さが見える場合があるのです。鴎外や漱石も、自殺した可能性はあります。ヘミングウェイのような「強い男」が自殺する訳などないと思われていたでしょう。

しかし、自殺を既遂してみると、後から辿ると、その作品や人生が、自殺へと向かう必然があったようにも見えるのです。

ユーモアがあり、自己を客観視できる人は、それだけ自我に柔軟性があり、強さがあると言えます。しかし、そのような人でも、状況次第で決まる要因というものがあるのです。

個々の作家または人間について考えねばならない問題になって来て、共通性というのは、自我に何かの脆弱さがあったということです。ただ、その脆弱さがどこまで露呈したか、どこまで耐え得たかで、自殺した人としなかった人の境ができているのでしょう。

鴎外も漱石も自殺の危機があったが、それを乗り越えたということだとも言えます。川端は、晩年の鬼の苦悩に苦しむ前に、アルベール・カミュのように、ノーベル賞を取った直後に、交通事故ででも死んでいれば、違った評価や見え方になったでしょう。他の自殺した作家についてもそういうことは言えます。

(ヘミングウェイは、初老の入り口で、事故死していれば、違った評価になるとか、太宰は、自殺か事故死か、現在でもはっきりしません。彼の場合、演技自殺症状があり、演技のつもりが失敗したのだとも言われます)。
 

 
「自殺」ということを考えるとき、とりわけ文学者や芸術家の場合、自殺の起源が、かなり若い頃、幼い頃からあるということが言えます。それは、「自我の脆弱性」とも言えるもので、繊細さとも言えますが、「自我の強さ」に欠けるところがあるのです。

これは、三島やヘミングウェイなどを考えると、奇妙にも思えるのです。ヘミングウェイは、高名な作家であると同時に、冒険家、狩猟家で、ある意味、「男のなかの男」でもあったのです。「パパ・ヘミングウェイ」という言い方があるのですが、「偉大な父」...続きを読む

Q作家と自殺

過去の質問を見ました。
私も単純に、作家で自殺した人は多いと思っていました。それを不思議にも思っていました。
でも過去の、作家と自殺の関係を尋ねる質問では、回答された方はみんなその意見に批判的で、有名な作家が結構自殺している(芥川龍之介とか太宰治とか)から、作家と自殺を結びつけるのかもしれないが、実際は数多くいる作家の中で自殺したのはほとんどいないとか、作家が自殺するんじゃなくて、自殺する原因のある人が物を書くとか、そんなことが回答されてました。
なるほど~とも思ったのですが、私はまだ作家で自殺する人が多いと思ってしまいます。
それが不思議なんです。
そのことをつい先日、文学部に通ってる友達に話したところ、その友達はこう言ってました。
「その作家たちは、こうあるべきだと自分の中で思い描いてる世界(?)があって、その世界と現実とのギャップに悩んで、どうしようもなくなって死ぬんじゃないか」と。
なるほど!とまた思ったのですが、じゃあその作家が思い描く世界って?とも思ってしまうのです。
その作家が理想とする世界とはどのようなものなのでしょう?
それとも死にたくなる理由が他にあるのでしょうか?
それ以前に、やはり私の、作家で自殺する人が多いという考えは間違っているのでしょうか?
批判的な意見でもなんでも構いませんので、みなさんが作家と自殺との関係で思うことがあったら教えてくれませんか?

過去の質問を見ました。
私も単純に、作家で自殺した人は多いと思っていました。それを不思議にも思っていました。
でも過去の、作家と自殺の関係を尋ねる質問では、回答された方はみんなその意見に批判的で、有名な作家が結構自殺している(芥川龍之介とか太宰治とか)から、作家と自殺を結びつけるのかもしれないが、実際は数多くいる作家の中で自殺したのはほとんどいないとか、作家が自殺するんじゃなくて、自殺する原因のある人が物を書くとか、そんなことが回答されてました。
なるほど~とも思ったので...続きを読む

Aベストアンサー

 すくなくとも高度経済成長期以降、自殺する作家はずいぶん減ったと思います。むかしの作家は貧乏だった。スランプが来てかけなくなると食うのがたいへんだった。あまり高尚ではありませんが、おなかがすくと人間悲観するものです。
 それから、自殺した作家というのはなかなか英雄的である。話題とするに足る。そのせいで特にそういう人ばかり持上げられすぎているきらいがあると思います。たとえば太宰の自殺はあきらかに衝動的な心中で(作品上のゆきづまりはあまり感じられない)、しかしそれにもかかわらず芥川とか川端の自殺とおなじ範疇でくくられる。「作家だから(芸術上の悩みで)自殺した」という人と、「作家がたまたま(生活上の悩みで)自殺した」という人がごちゃごちゃになりすぎているような気もします。
 きちんとした統計をとったら、絶対に自殺しなかった文学者のほうが圧倒的に多くなると思いますよ。日本にかぎっても、大伴家持、紀貫之、藤原定価、紫式部、清少納言、式子内親王、世阿弥、井原西鶴、近松門左衛門、芭蕉、一茶、蕪村、太田南畝(蜀山人)、為永春水、十返舎一九、馬琴、幸田露伴、尾崎紅葉、正岡子規、夏目漱石、森鴎外、谷崎潤一郎、志賀直哉、みんなふつうの死にかたです。ただ、明治以降になると急に自殺する人が増えますよね。これはたしかに注目に値すると思う。
 明治の気風として「理想と現実がズレたらそれをなおさなければならない」という理想主義的な部分があるように思います(たとえば維新もそうだけど)。江戸時代のような「本音と建前ちがってていいじゃない」という気軽な生きかたが廃れてしまったことが、作家にかぎらず、明治の人々を追いつめた原因ではないでしょうか。

 すくなくとも高度経済成長期以降、自殺する作家はずいぶん減ったと思います。むかしの作家は貧乏だった。スランプが来てかけなくなると食うのがたいへんだった。あまり高尚ではありませんが、おなかがすくと人間悲観するものです。
 それから、自殺した作家というのはなかなか英雄的である。話題とするに足る。そのせいで特にそういう人ばかり持上げられすぎているきらいがあると思います。たとえば太宰の自殺はあきらかに衝動的な心中で(作品上のゆきづまりはあまり感じられない)、しかしそれにもかかわら...続きを読む

Q作家と自殺

個人的見解ですが、
作家が自殺するというケースが多いような気がします。
もしこの見解がある程度正しいとすると、
作家を自殺に導くような要因というのが何かあるのでしょうか?
批判的なご意見は遠慮していただけるとありがたいです。

Aベストアンサー

「多い」という印象はありますが、考えてみると三島・川端以降はあまり聞きませんね。むしろ山田花子やねこぢる(いずれもマンガ家)の例が思い起こされます。
自殺の原因にもいろいろありますが、さまざまな意味で不安定な精神状態によるものがこの場合は問題だと思います。そういう悩みを抱えた人間が、一つの逃れ道として小説(やマンガ)で自己表現し、それでも解消しきれなかった場合に自殺という結果が生じるのではないか。
小説家などに自殺が多いのではなく、自殺を考えるようなメンタリティーの持ち主が文学に手を染める場合が多いのではないか、という解釈はどうでしょう。

Q歌集名をご存知の方・・

あどの大夫に鈴をまゐらしょ

歌集名をご存知の方いらっしゃいませんか?
宜しくお願い致します。。

Aベストアンサー

> 選択肢の内2つは和歌で、後の2つが卜養狂歌集,頼政集なのです。

 『頼政集』も和歌集ですよ。それに、源頼政は平安時代末の人ですから、時代も違います。

 『ト養狂歌集』は江戸時代の成立ですし、「翁」は、義太夫など、色々な古典芸能や大衆芸能に継承されたようですから、どちらかといえば、『ト養狂歌集』ということになりそうです。

 けれども、確認できないので、一度図書館で『ト養狂歌集』調べてみるのがいいと思います。


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