動物愛護とよく言いますが、牛や鶏等を殺して食べていますが、それはいいのですか?人間が生きる為には仕方のないことだではすまないと思います。種別でわけるのではなく動物としてみると殺りくしているのにどうして身近な犬、猫が虐待をうけるとTVなどで報道されるのでしょうか?人間が殺された時も報道されますが、牛などが殺されたりころしたときはなぜしないのでしょうか?動物愛護に矛盾しているはずなんですが・・・。

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A 回答 (22件中1~10件)

犬、猫、鯨、牛、馬、羊、豚、哺乳類はみな人間と同じ系統の動物です。


鯨に一番近い動物は、カバです。鯨もカバも、偶蹄類といって牛や羊と同じ仲間です。
人間に一番近い動物は、チンパンジー(猿)です。
鯨が人間に近い仲間であるなら、牛も人間から遠くありません。
人間がこれらと種を同じくする動物であるということを忘れて
肉食を続けると、必ず健康を害します。

肉は食べ物である、人間は肉を食べなくてはならない、というのは
大嘘です。日本は1000年以上基本的に肉食しない時代がありました。
哺乳類である人間が他の哺乳類の体を食べ続けると、
共食いに近い作用がわずかずつ蓄積されていき、
老化を早めて癌で死にます。

肉を食べるとき、自分と同じ哺乳類の体を食べているのだということを
忘れないでください。

牛は知能の高い動物です。あなたが言っていることが分かっているのです。
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動物を殺すのが虐待か、止むを得ないか、の境目は


(1) 屠殺方法
(2) 必要性
です。

どうしても必要な場合に限り、必要な数量だけ、苦痛を与えない方法で屠殺する、というのが、人と自然とが共存する条件だと思います。

人類は「霊長目」に属する生物で、身体のつくりが純然たる草食動物ではありません。(例えば牛や羊などが草を食べるとβブドウ糖分解酵素の働きで消化され、ヒトがデンプンを食べた時と同じように炭水化物としてエネルギー化されますが、ヒトにはこの酵素が備わっておらず、食物繊維は消化管の蠕動を刺激するだけで、直接の栄養源としては活用できません。)
ですから進化論的に人類はある程度、肉食するのが自然なわけです。
この意味で食用に畜獣を屠殺するのは、ある程度「必要」(必要悪?)と言えます。

勿論その場合、屠殺方法も問題で、欧州では牛の屠殺方法の残虐性を巡って延々と議論が続いたことがあります。(今でも続いていると思います。)

ペットを虐待したり、人間同士が傷付け合ったり(幼児虐待など)する場合は通常、食用などの必要性は無く、ただひたすら痛めつける事が目的である場合が多いので、大問題になるわけです。

動物の種で差別すべきでない、というご質問の趣旨はある程度理解できますが、食用に適する動物とそうでない動物、人間の生活にとって脅威となる害獣とそうでない種、などが存在するという事実も否定できません。

ちょうど、人権が「公共の福祉に反しない限り最大限の尊重を要する」(日本国憲法。つまり公共の福祉の為に人権を制限するのはある程度止むを得ないと憲法でも認めている)のと似たように、動物の権利擁護もまた、これに準ずると考えるしかないのではないでしょうか。


ちなみにNo2のhirakawaさんのご回答にあった、キリスト教流の人間中心の尊大な世界観に基づく似非「動物愛護」思想には、私もかねがね懐疑的に思っております。かつて滞米中、熱狂的キリスト教信者だったアメリカ人の友人から、表紙総革張の聖書をプレゼントされ、彼らの自然や動物に対する無神経に驚愕したのを今でも想い出します。
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前にも投稿しました。

色々考えましたが結局この問題に答えはありません。植物も生きています。菜食主義の方も所詮命を頂いているのです。この地球のしくみがそうなっているので、何を言っても議論しても無駄じゃないかと思います。ただ いたずらに動物を殺さないで欲しい。この前の小泉容疑者が保健所のことを取り上げていました。本当に動機がそうなのかは分かりませんが、私も同じ意見です。今の不況で飼っていたペットを保健所に連れて行く人が多いみたいです。最後まで責任を持つべきです。頂きます。食事の前に言いますよね。これは、作ってくれた人にも、後は お魚 お肉 命を頂くと言う事です。馬鹿な親は給食費を払っているから頂きますを言わなくて良いとか・・馬鹿げてる。人間は愚かです。昔から戦争を繰り返し 結局弱いものが犠牲になっています。もちろん私もその人間ですから同じです。偉そうな事は言えません。一層の事こんな星無くなれば?なんて思ってしまいますよ。でも、何事にも寿命はあります。何百億年先か分かりませんがこの宇宙にも寿命があるのです。答えになってませんね・・ごめんなさい。私も色々考えましたが、結論は出ないです。ただ、むやみに生き物を殺すのは絶対良くないですよね。ペット 動物は裏切りませんよね。皆さん保健所なんかに絶対連れて行かないで 炭酸ガスで苦しみ苦しみ苦しみぬいて死んでいきます。何も罪の無い動物を殺さないで下さい。。
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動物愛護はその結果ではなく、考え方、方向性であると思います。


その中核にある思想は不要な殺生はしない、だと思います。

どうしたら、生きとし生けるものを殺さないですむのか、それを真剣に考えることが大事なのです。

科学・技術の成果を適切に利用して行けば、殺さなくてもすむ生物がどんどん増えてきます。
現在の科学的知見によれば、人は植物性食材だけで健康な暮らしを遅れます。
また、人間だけが、自ら、食材を選択できる能力があります。
人間が尊厳を保つ為には動物と違って、自己を律することが必要です。
将来的には科学の進歩により、植物の命も奪わなくてもすむのではないか、と思います。
不要な殺生をなくす精神が重要なのです。

参考URL:http://blogs.yahoo.co.jp/springsanbo
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私は動物大好きで動物愛護に関して何時も関心を持っています。


一人の力は小さいですが、ボランティアに参加したりしたいます。
ただ・・・・牛や豚 鶏は殺して良いのか・・・この問題で何時もつまずきます。ただ、いたずらに動物を殺すことは絶対反対です。私もお肉をいただいています。又、飼っている猫や犬もお肉食べますよね。
アフリカのライオンはシマウマを襲う。ライオンも食べていかないといけません。わたしはこの星はすばらしく美しい地球ですが、弱肉強食の地球は嫌いです。いっそこんな地球一瞬で無くなれば良いのになんて思うこともあります。せめて保健所や牛さん豚さ鳥さんに苦痛が無いように天国に召されて欲しい。無力な私・・悲しい世の中です。ごめんなさい。全然回答になってなくて 人間だけの地球じゃないこと・・でも
犬や猫のワクチンや人間の薬動物実験のお陰です。死刑囚で人体実験すればいいと思いません?ただ殺すのはもったいない・・すいません・・・私は結局何も出来ません・・情けないです・・・・
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大分前の質問ですが、偶然見つけたので、あくまで私一個人の考えとして回答させてください。



動物愛護ですが、人それぞれに考え方が違うと思いますが、私の場合は、牛や鶏、豚なども犬や猫と同じです。
ベジタリアンなので食べませんし、人間が殺すことはすごく残酷に思えます。
以前は生きていくためには仕方がないことだと思っていましたが、食べなくてもよいことを知り、救われた思いになりました。
動物を食べないというと、植物は食べているくせにと言われることもありますが、一番の違いは感情があるかないかです。恐怖を感じるか感じないかです。
ですから、私のようなベジタリアンやビーガンなどにとっては(倫理的な理由でなった人の場合、健康上の理由でなった人は違うと思いますが)食肉は動物愛護に当然反する訳です。
しかし、一般的には 肉を食べる人も多いので、それを虐待だと言っていたら大変なことになってしまうでしょうね。でも、いくら食べるためとはいえ、命を取る方法が残酷でいいはずがありません。恐怖や痛みをなるべく軽減するべきですし、飼育環境も考えなくてはならないのです(昨今はそういった考えも浸透してきており、行政の方でもそういった考えを取り入れています)
実験動物も医薬品のためには仕方がないという考えが日本ではまだまだありますが、ヨーロッパなどでは化粧品開発のための実験は消えつつあり、教育や医学研究の場面でも代替法が広まってきているようです。
動物愛護の領域がどんどん広がってきていると言えるのではないでしょうか。
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質問から数年経過してしまってますが...



No.2の方と同じような内容なのですが、欧米人にとって飼育された動物というのはあくまでも「工業製品」であって、明らかに野生生物とは一線を画しているもの、という認識があるそうです。

だから、自然界に生きる野生生物が減少すれば環境破壊であり、工業製品たる家畜を殺しても環境は破壊しないし(当然と言えば当然ですが)動物愛護の対象外となってしまうんでしょうね。

あるアメリカ人は、「家畜は食べられる為に生まれ、育てられたんだから殺されても当たり前なんだ」と説明してくれましたが....

但し、彼らにしてみても家族の一員たるペットが殺されるとショックなので、犬や猫の虐待には反応するのでしょう。

個人的には、私もこの様な欧米の感覚は好きではありません。No.4の方が言われているとおり、植物でも命がありベジタリアンに対しても独善的に感じざるを得ません。

しかし、キリスト教的発想では「人間は神から選ばれた生物」という事になってしまうので、クリスチャンの多い国の人たちの発想は前述の様になってしまうのでしょうね。

(あなたの命を)いただきます、と感謝して食事を始める習慣は彼らにはありません。問題の核心は文化や宗教の違いからくるものという事になってしまうのでしょうね。

腹は立ちますが、文化ギャップはどうしたら埋まるのか?もしくは埋まらないのか?と考えていかざるを得ない気がします。
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昔、小学生が書いたという詩を読んだことがあります。

畑を耕す際に、害虫を殺さねばならない。でも、虫に恨みは無い、でも殺さねばならない。そんな心情をつづったものでした。
結局、どれが良くてどれはダメと決める事は出来ないと思うし、そんな権利は人間には無いと思います。唯、生物を殺す時は、その小学生の気持ちを忘れずにいたいなと思う。
そんな気持ちで考えれば、おのずと「動物愛護」の真意が見えて来るような気がします。
それに、人間が動物を殺すとき、全てが「虐待」になるとは思いません。
(hidepuriさんの文章だと、みーんな虐待ととっているように感じる。)
勿論無駄な殺戮もしてるとは思いますが。
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  雄は生ゴミ!!


ちょっと、衝撃的な話ですが、実話です。
今月初めに、うちでもヒヨコが孵りました。
そこで思い出したのですが。
昨年名古屋の孵化場までヒヨコを受け取りに行ったときの事です。
場内にポリのタライが置いてあり初生雛が沢山入っているのです。
鶏は寒さには思いの外強く、雪の積もる地方でも冬季暖房無しで飼育できます。
しかしこれは成鶏の事です。
これに反しヒヨコですが、自然孵化の場合は母鶏の羽毛布団と体温に包まれています。
ですから人工飼育の場合は、あの有名なヒヨコ電球を点灯して暖めるのです。
少なくとも40℃は必要でしょう。
タライに入れられたヒヨコはお互いの体温で暖めあうでしょう。
しかし、
一晩越すことすら大変で、無論生きて行くことは不可能です。
孵化場のおやじに聞くと、
オス雛は生ゴミで出します。
と、言う返事です。
よく見るとタライの横に、ふた付きポリバケツとゴミ袋が置いてあります。
その真前には孵卵機とメス雛用の飼育機が並んでいます。
温度管理、湿度管理に気を使っておられます。
これが、現実なんです。
どうして、そういうことをするかというと、
以前はオスも結構需要が有って、皆さんご存じ「縁日の花形」に成った訳であります。
運のいいヒヨコは釣られた後わんぱく少年の友となり、
ミカン箱で飼ってもらえます。
餌は給食の残りで十分です。
でも、ある日悲劇がやって来ます。
「コケコッコー」と一鳴きすればそれでおしまいです。
今まで我慢していたお父さんが
近所の神社の境内に、
あるいは橋の下に捨てに行きます。
でも、これは相当運のいい人生(鶏生)の場合です。
たいがいは、釣られて数日、いや数時間の命です。
でも、この「命」は無駄になったのでしょうか?
否、私はそうは思いません。
子供は残酷とよく言われます。
しかし、生き物の「生」の本質はその「死」を持って分かるということも
言えるのではないかと思うのです。
縁日でただ面白いだけで釣り上げたヒヨコが死んだ。
特別な世話をせずに死んだ。
電気も点けずに死なせてしまった。
とっても情けない思いがします。 悲しいです。
ただ、しまったと思うかもしれません。
でも、こんな経験を積んで子供は「生」を大切に出来る大人に成って行ったように私は思います。
孵化場の主人いわく。
「最近動物愛護団体がうるさくてネ。」
「縁日でヒヨコ釣りやったら抗議が大変」
「生ゴミで出すのは忍びないけど、これが一番安い処理なんだ」
「生きてるうちはどこへも出せないからネ」
生ゴミとして処理される「命」これが動物愛護団体の希望なんでしょうかね。
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結局、身近じゃ無いって事じゃないですか?


犬とか猫とかとかって日常生活中においてよく見かける生き物でしょ。普通に一般家庭で飼われてたり街中で見かけるでしょ。それだけに、まあ、普通の人なら情が湧いてもおかしくない。でも、牛とか鶏とかって普通の街中では見ないし、生きてるのを見てもまあ、農家の方とか以外は生活を共にしないじゃないですか。肉を食べるっていっても自分達で殺すわけじゃないでしょ。店に並んでるのは既に殺され、解体されたただの肉の塊、食用の肉以外の何者でも無いじゃないですか。肉を食べてる時にこれは牛、豚、もしくは鳥の死体を食べてるって意識しますか?
愛護って言う概念は可哀想とか個人の価値観とか主観とかそういうレベルの問題ですからね。結局、情と罪の意識の問題だと思いますよ。
言ってしまえば、自己満足の世界ですから。(動物愛護に限りませんがね)
結論的には、人間は利己的な生き物だって事ですよ。

個人的には動物愛護運動は金持ちの道楽だと思ってます。宗教がらみじゃなきゃ発展途上国、また、いわゆる第三世界などではあまり見られない光景ですからね。だから、動物愛護しようがしまいが私は何とも思わないのですが、動物愛護という大義名分を掲げて愛護しない奴は情が無い、人間じゃないみたいな愛護の押し付け的運動をする人はお世辞にも好きとはいえませんが…
だから、最近の愛護の風潮はちょっとイラつくかな…
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Q800年の文化 対 動物愛護

三重県に馬が土壁を駆け上がる「上げ馬神事」なる祭りがあるようです。それは、馬が土壁を駆け上がり、作物の出来を占うと言った方式の祭りで、800年以上の歴史を持ち、三重県の無形民俗文化財にも指定されているらしいのですが、必要以上に馬をたたいたり、無理やり壁を上らせたりする行為が虐待にあたると動物愛護団体が指摘し、三重県の文化財保護審議会が現地調査を行い、その後の警察の調べで、動物に対する虐待の疑いが高まったとして、警察は関係者5人を動物愛護法違反の疑いで書類送検したらしい。800年の文化と動物愛護、どちらが優先され保護されるべきなのでしょうか。

Aベストアンサー

800年の文化vs動物愛護
という単純な対立ではないように思います。

新聞で読んだだけですが、書類送検された人は馬に気合いを入れるために
馬の腹を蹴ったり、たたいたりしたそうです。動物は人間の勝手な行動で
虐殺されたり怪我をおわされたりしてはならないことは理解できます。
動物愛護に反することと伝統の比較を考えるのではなく、今回のことが
動物愛護に反するのかの検証が先でしょう。

以下のケースはどうなるのでしょうか?
・競馬で勝つためにゴール前にムチを入れる。
・ポロに遣われる馬は酸欠でよく死にます。
・犬や猫などのブリーダーは金儲けのために遺伝的に弱い種を作る。
・BSE問題で牛は2歳(人間で言うと10歳くらい)までに屠殺される。
・海中に高濃度の放射性物質を流し出す。
・海老や蛸を生きたまま食べる。

Q鯨を殺してはいけないのに、牛や豚を殺していい理由と

鯨を殺してはいけないのに、牛や豚を殺していい理由として、どのようなものがありますか?

Aベストアンサー

金が集まるかどうか。

牛や豚は多くの人が食するので、頭が良いから殺してはいけないと説いても誰も聴く耳を持たない。
鯨やイルカはさほどは食べないし、知らない。
頭が良い動物だから食べるのは残酷だと。守る為には活動が必要で、活動には金が必要です。
寄付を出せば良いですよ。っていわれれば、金持ちは寄付したがります。

Q捕鯨反対運動をしている動物愛護団体の方は、完全なるベジタリアンなのでし

捕鯨反対運動をしている動物愛護団体の方は、完全なるベジタリアンなのでしょうか?
過激な反対運動で紙面をにぎわしている動物愛護の方たちがいます。
殆どの動物愛護団体の方は、心やさしく過激な行動などは一切しないと思いますが、一部の団体の中には、軍事攻撃のような過激な行動に出る方たちもいるようです。
そこで、不思議なのが捕鯨反対などの動物愛護の方たちですが、お肉や魚などを一切食べない、身につけない方たちなのでしょうか?
調べたところによると、完全菜食植物生活主義の方々で、ベーガンと呼ばれる方々がいるようですが、捕鯨反対運動をしている動物愛護団体の方たちは、全てベーガンの方たちなのでしょうか?
牛を食べない豚を食べない鳥を食べない魚を食べない・・・・革製品や毛皮などを身につけない、など全てにこだわらないで、動物愛護とはおかしいとも思います。
それを考えた場合ベーガンの方たちが、動物愛護を唱えるのならばある意味納得もできますが、動物愛護を唱えながら、動物を食い、動物を身につけている人たちは、いかなるものとも思います。
が、捕鯨反対運動をしている動物愛護団体の方は、全て、完全なるベジタリアンやベーガンの方たちなのでしょうか?

捕鯨反対運動をしている動物愛護団体の方は、完全なるベジタリアンなのでしょうか?
過激な反対運動で紙面をにぎわしている動物愛護の方たちがいます。
殆どの動物愛護団体の方は、心やさしく過激な行動などは一切しないと思いますが、一部の団体の中には、軍事攻撃のような過激な行動に出る方たちもいるようです。
そこで、不思議なのが捕鯨反対などの動物愛護の方たちですが、お肉や魚などを一切食べない、身につけない方たちなのでしょうか?
調べたところによると、完全菜食植物生活主義の方々で、ベーガンと...続きを読む

Aベストアンサー

>そこで、不思議なのが捕鯨反対などの動物愛護の方たちですが、お肉や魚などを一切食べない、身につけない方たちなのでしょうか?

 人の手で繁殖・飼育(養殖)した動物(No.2 さんの言う「家畜」)から得られる「お肉・皮革」は、「食べる・身に着ける」のではないのでしょうか。

 野生動物の肉・皮革は、「一切食べない、身につけない」と想像します。というか、そうあるべき「方たち」だと思います。

以上、質問主旨への回答

蛇足

 ・人の手でお金をかけて、繁殖・飼育(養殖)した動物
 ・野生動物

前者、「捕まえる」必要の無い動物は「愛護」の対象ではない、と「している方たち」だと思います。

日本は、「絶滅の危険?が有るか無いかを科学的に証明することを目的として、国際的に認められて鯨を『捕まえ』ている」のであって、「証明」の途中でとやかくいわれても・・と思います。

でもなあ、組織的日本人は、偽装・改ざん・隠蔽が得意だから・・・。
まっ、それを見越して捕鯨反対を言ってるのなら、たいしたもんだけど。
一般日本人にっとては、なんか憂鬱・・。

Q牛や鶏の殺処分

殺処分と言うのは熱や薬品で殺菌した後廃棄すると言う事ですか?
宮崎で今度は鶏が鳥インフルエンザウイルスで殺処分されたとか。
何か勿体無いと思うのです。
熱処理して無害化した後その肉を他の家畜などの餌にすると言う様な
利用方法は駄目なのでしょうか?

Aベストアンサー

 No.6のJagar39です。ちょっと補足します。

>口蹄疫も鳥インフルエンザも急速に広がる空気感染なので始末が悪いです。

 口蹄疫は空気感染があり得ますが、鳥インフルエンザは一般的には空気感染しません。
 鳥インフルエンザは「飛沫感染」もしくは「接触感染」によって感染するウイルスです。空気感染というのはいわゆる"専門用語"を使うと「飛沫核感染」のことです。
 飛沫感染と飛沫核感染の何が違うかというと、要するに「ウイルスを乗せて飛ぶ粒子」の大きさが違うわけで、飛沫感染は大きく=飛距離が短く、飛沫核感染は小さい=飛距離が長いわけです。
 インフルエンザウイルスでも条件を上手く作ってやれば飛沫核感染は起きるでしょうが、環境中でのウイルスの生存性が口蹄疫ウイルスと比較して著しく低いので、たいした距離は飛べないでしょう。口蹄疫ウイルスなら、海上で250kmくらい飛んで伝播したらしい記録もあるのですが、インフルエンザウイルスは現在のところ「飛沫核感染によって伝播した」事例すらありません。

 というわけで、インフルエンザ対策としては「フィルター付の外気導入」は意味が非常に薄いです。

 ちなみに、

>これからの養鶏舎は全面ガラス張りにして外気はフィルターを通して供給し、餌や水は殺菌処理したものを与える

 という構造の鶏舎は既に一般的です。フィルターはありませんが。それに「ガラス張り」でもなくただの「壁」ですが。
 いわゆる「ウインドレス鶏舎」というのがそれにあたります。
 今までのところ、鳥インフルエンザが発生しているのは大半がウインドレスではないいわゆる「開放鶏舎」ですので、ウインドレス鶏舎が鳥インフルエンザの防除に有効なのは確かなのですが、それは主に「野鳥の侵入防止」に関してウインドレスの方が有利だから、ということです。
 野鳥、ネズミ、人などが物理的にウイルスを付着させて鶏舎に持ち込む、という侵入方式が主なので、壁によって密閉された構造が有利なのは当然と言えば当然ですね。ネズミの侵入はウインドレスでもありますが・・・
 飲水の消毒も、大半の養鶏農家ではしていると思います。沢水をダイレクトに引いていたりして難しい農家もあるとは思いますが。

 口蹄疫では飛沫核感染があり得るので「フィルター付の外気導入」は有効なように思えますが、現実的には不可能です。
 ウイルスをフィルターにかけようとすれば(HEPAフィルターというのがありますが)、まともに外気など導入できないほど目が細かいフィルターになりますし、そんなフィルターを設置しようものなら5分経たずに詰まってしまいます。交換も数十万円しますし。

 ところで「前面ガラス張り」の「ガラス」には何か質問者さんなりの意味があるのでしょうか??
 採光を考えてのことでしょうか?温室みたいになってしまって夏になると鶏が全て死ぬ、と思われます。
 ウインドレスでは窓のない壁で全面を覆い、灯りは電灯でコントロールしています。灯りの点灯時間(つまり日照時間)で産卵もコントロールしているので自然採光より都合が良いわけです。元々は「伝染病の防疫」からではなく産卵をコントロールする目的で採用された方式ですから。

>燃やしてから埋めるのであれば良いのですがそのまま農場内に埋設すると土壌汚染と言う事にならないのでしょうか?

 燃やしたら埋める必要はないのですが(他の焼却灰と同様に扱えば良い)、死体をそのまま埋却すると確かに土壌汚染の心配があります。
 不透性のシートで覆ったり、可能な限りの土壌汚染防止対策は講じていますが、ともかく「伝染病の防疫が最優先」ということなんです。

 実際、宮崎の口蹄疫では埋却地がなかったり、あっても掘ってみたら地下水が出てきて埋却地として使えなかったり、といった理由で「発生を確認しても直ちに殺処分→埋却ができなかった」ことがあれだけの感染拡大を招いた大きな理由の一つ、と言われていますから・・・

 No.6のJagar39です。ちょっと補足します。

>口蹄疫も鳥インフルエンザも急速に広がる空気感染なので始末が悪いです。

 口蹄疫は空気感染があり得ますが、鳥インフルエンザは一般的には空気感染しません。
 鳥インフルエンザは「飛沫感染」もしくは「接触感染」によって感染するウイルスです。空気感染というのはいわゆる"専門用語"を使うと「飛沫核感染」のことです。
 飛沫感染と飛沫核感染の何が違うかというと、要するに「ウイルスを乗せて飛ぶ粒子」の大きさが違うわけで、飛沫感染は大きく=飛距離が...続きを読む

Q普段から動物愛護を訴えかける日本人が絶滅危惧種に指

普段から動物愛護を訴えかける日本人が絶滅危惧種に指定されているウナギを平気で食べるのはなぜですか?

今日は土用の丑の日だ!今日はウナギだ!って・・・あれだけ散々、テレビでウナギが絶滅危惧種に指定されたと報道されてなお食べる日本人に動物愛護精神があるとは思えないんですが・・・日本人は動物愛護を謳うより動物残虐性の方が強いので、もう動物愛護とか本音はぜんぜん思ってないように見えます。

Aベストアンサー

絶滅危惧種に指定されたら駄目なの?

そうじゃないでしょ
絶滅危惧種にしない様にしなければならない方が先じゃね?

外来種が入ってきて固有種が減り「ヤバイ!」て騒ぐ
…騒ぐだけなんだよね
テレビで視聴率をとる為の話題で終わり

ペットだって同じ
「こんなに捨て猫が居ます」で終わり
“だったら、どうすれば良いのか?”まで辿り着けない

大量だから乱獲d=(^o^)=b…んで減ってきたら大慌て
鰻だけでなく他にも絶滅危惧種としてヤバイ生き物は沢山いるよ
まあ、禁止になっても食べられるヤツは居るんだろうね

Q動物愛護の人達はどうですか?

半自給自足の生活をしている者です。

我が家の畑を荒らす猪、狸に対する有効な対策方法を調べていた所、

「くくり罠即刻中止せよ!罪の無い動物を殺すな!」
というようなサイトに出会いました。
どうも東京の動物愛護団体の方の様です。署名運動等して町長に直訴するぐらい気合入っている模様です。
でその方言うにどうすればいいかというと捕獲した一匹一匹去勢手術しろとの意見の様でした。とても実現可能な案とは思えませんでした。

我が町でも猪を捕獲してその尻尾を役場に持って行くと一定額を貰える仕組みになっています。

オーストラリア人によるディンゴ虐待などはまったく意味も無く許せないと思いますが、畑にやってくる猪、狸を捕獲するのは自己防衛上致し方ないと思っているのですがどうでしょうか?

ちなみに私の住む町ではそれでも猪、狸は増え続けていて深刻な被害をもたらしています。

Aベストアンサー

夜目も効かない、鼻も鈍い、目も悪い、感も悪い、武器もない人間が
平穏に生きていくには本来強固な防衛が必要ですが
長年にわたる野生生物の駆逐、排除の成果によって
今の安楽な生活があります。
世界中の都会に住んでいる人々は自分が住んでいる場所が
かつては動物が多く棲んでいたと言う事実を知りませんし
考えようともしません。
理由としまして
野生生物を見かける事もなければ
食料は通貨と交換。
食料には生き物の形跡が見られないようにパック詰めされて
当然のように植物は生き物扱いされず
凶悪な野生生物は動物園の檻の中
鈍い勘がさらに鈍くなり
野生生物とのせめぎ合いの最前線である田舎での生活など
SF以上のファンタジーです。
ですが、通常の理解力と想像力があればなんとなく、は解るはずです。
つまりは常識ハズレの愛護を求める人々は
精神に異常をきたしている人々と思われます。
常識人はそういった方々への対応は困難です。
役人に異常者がいないことを祈るのみです。

Q動物愛護週間て。

(動物愛護週間)
第四条  ひろく国民の間に命あるものである動物の愛護と適正な飼養についての関心と理解を深めるようにするため、動物愛護週間を設ける。
2  動物愛護週間は、九月二十日から同月二十六日までとする。
3  国及び地方公共団体は、動物愛護週間には、その趣旨にふさわしい行事が実施されるように努めなければならない。

3項はなぜこのようなことが書かれているのでしょうか。
わざわざこのようなことを書かなくても、適当にやったらいいと思いますしが。

また2項では日程を限定しています。この日は何を根拠に導き出されたのでしょうか?

Aベストアンサー

 面白いことに疑問をもたれますね。思わず調べてしまいました。
 3項に関しては、まさに「適当にそれっぽいことをしておけよ」という意味なのでしょう。せっかく法律で定めたんだから行政も積極的に参加してよ、という要請というかスローガンだと思います。

 日付に関しては調べたところ最初は昭憲皇后の誕生日を記念して5月28日~6月3日が愛護週間だったようですが、戦後春分の日を動物愛護デーとし、しかし5月には愛鳥週間があること、学校が休みで学校行事が行いづらいこと、北海道などでは雪が残っており野外活動がしづらいことから秋分の日を中心に変更されたそうです。
 つまり現在の日程の根拠としては、動物愛護ということで野外活動がしやすいく、学校行事にも組み込める時期として秋分の日を中心に決められた、ということのようです。

Q人間はどうして他の動物とは全く違った欲を持つ動物になったのでしょうか?

人間はどうして他の動物とは全く違った欲を持つ動物になったのでしょうか? 道具、乗り物、人間同士の戦争、他人との競争、神話や伝説の語り継がれ、それらが人間独自の欲を助長させているのでしょうか。
新大陸発見、他の国への侵略、宇宙への冒険、動物虐待
山登り、深海探偵 我々知的動物は、計り知れないほどの
強欲であるような気もしますが、極めて純粋でもあるようにも思われますが、どうでしょう。
進化の果てが無い、永遠に進化している動物でしょうか。

Aベストアンサー

類人猿には亜種がいますが,人類という種のみ,現在亜種が存在しません。人類は「食人」により他の亜種やむろん同種も食べます。そして現世人類は他の亜種を食べ尽くし,絶滅させたという考えがあります。以下その学説の一端を説明します。

「化石人類」は,歯の形等から我々よりも草食に適応していたと考えられます。一般的に生物は,栄養価の低い食べ物を食べる方が,大量に食べねばなりませんから大型化します。他の亜種の方が体が大きく,力も強かったのです。ゴリラのように草食ですと巨大になるのと同じです。

生態的に同じような(ニッチと言います)種を一緒にしておきますと,競争が起き,一方が絶滅してしまいます。

我々の先祖は,一回り大きく力の強い亜種と隣同士だったのです。そして,お互いに食う食われる関係にありました。勝ち残るためには,より「攻撃的」で,より「競争心」が強く,より「統率が取れた社会性」がなければなりません。また,当然武器という「物」を使用しなければ勝てません。

これらが延々と続いた結果が現在と言う考え方です。何か納得のいく物がありますので紹介しました。「 」内の言葉をキーワードに,色々組み合わせて検索してみて下さい。たくさんのURLがあると思います。

類人猿には亜種がいますが,人類という種のみ,現在亜種が存在しません。人類は「食人」により他の亜種やむろん同種も食べます。そして現世人類は他の亜種を食べ尽くし,絶滅させたという考えがあります。以下その学説の一端を説明します。

「化石人類」は,歯の形等から我々よりも草食に適応していたと考えられます。一般的に生物は,栄養価の低い食べ物を食べる方が,大量に食べねばなりませんから大型化します。他の亜種の方が体が大きく,力も強かったのです。ゴリラのように草食ですと巨大になるのと同じ...続きを読む

Q動物愛護と動物愛誤の違いとは何なのですか。

ネットで『愛誤』とゆう言葉を見かけますが、動物愛護者に対する偏見の用語なのでしょうか?

また、動物愛護者と動物愛誤者の違いとは何なのでしょうか?

うちはペットは買っていません。以前はウズラを飼っていました。なので鳥には溺愛なんですが…

Aベストアンサー

ネットスラングですよ

異常なほどに動物愛護を唱える人を呼ぶ造語です

偏見と言ってもいいかもしれません

良い影響が動物愛護

悪い影響が動物愛誤

大雑把にはこんな感じ?

ネットで検索すれば意味が分かりますよ

Qインフルエンザによる鶏の殺処分

 最近、山口の養鶏場で、インフルエンザに感染した鶏をすべて炭酸ガスによる窒息死で殺処分するニュースがありました。
 現在まで1万羽以上の鶏を処分し、埋めるために町有林の木を伐採しているそうですが、私はこのニュースを聞いて、いくらなんでも鶏が可哀想になりました。
 隔離するとか、別の方法は無かったのでしょうか?
 また、近くの森林の伐採も、我々人間のエゴのために自然破壊をしているように思うのですが・・・。

 仕方のないことなのでしょうか?
 いろんな方のご意見を賜りたいです。

Aベストアンサー

はじめまして。私もここ何日もそのニュースをTVで目にしています。
確かにかわいそうだと思います。
しかし、最善の手ではないかと思います。理由は以下のとおりです。
(1)TVを見る限りで、使用していたのは二酸化炭素ガスでした。二酸化炭素などの炭酸ガス中毒で死ぬ場合は、細胞が窒息し、眠気に襲われるという話を聞きました。
 同じに死ぬのであれば、毒殺などに比べれば優しい方法(?)なのではないか、と思った。
 
(2)やはり、被害を食い止めるためには仕方がないのでないか。
 人以外の動物の病気でも、必ずしも人に感染しないという保証はありません。   たとえ人に感染しないと言われている感染病でも、他の動物に感染した場合にその感染した動物の体内で変異をするということがあるようです。そして、気が付いたら今まで人に感染しないと言われていた病気が人畜共通の病気になってしまった。ということもあるようです。
ですから、かわいそうでも、出来るだけ小規模のうちに食い止める必要があると思います。


いずれにせよ、死んだ1万余の鶏たちは被害者という事には変わりありません。ですから、尚の事これ以上の感染拡大を防ぐ手立てを考えなければならないのです。
それが、せめてもの償いとなるのではないでしょうか。


ちなみに・・・余談ですが・・・私の家は埼玉の秩父地方で(山です)、家で鶏とアヒルを数羽ずつ飼っています。 今回感染が確認された場所とはあまりに離れているのですが、それでもやはり心配です。 世話をすれば懐いてくれる生き物なので、感染したらやはり殺さなくてはならない事を考えると、辛いものがあります。
生き物を殺すというのは、とても辛く悲しいのは当たり前なのです。 が、それをしなくてはならない事態が発生した限り、仕方のない事なのかもしれません。

以上、わたしの感想です。

はじめまして。私もここ何日もそのニュースをTVで目にしています。
確かにかわいそうだと思います。
しかし、最善の手ではないかと思います。理由は以下のとおりです。
(1)TVを見る限りで、使用していたのは二酸化炭素ガスでした。二酸化炭素などの炭酸ガス中毒で死ぬ場合は、細胞が窒息し、眠気に襲われるという話を聞きました。
 同じに死ぬのであれば、毒殺などに比べれば優しい方法(?)なのではないか、と思った。
 
(2)やはり、被害を食い止めるためには仕方がないのでないか。
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