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陸海空軍に関する質問です。
特に国や時代は問いませんので、いつの、どこの陸海空軍でも構いません。

(1)陸海空軍いずれかに配属になった者が、別の軍に移った例はあるのでしょうか?
例えば、空軍パイロットとして従軍していた者が、海軍の潜水艦に搭乗することになったという例です。

(2)陸海空軍は戦場も部隊構成も大きく異なると思われますが、それらは専門性が高く、互いに理解しえないものなのでしょうか(陸軍には海・空軍は理解できず、海軍には陸・空軍は理解できないといったように)。
あるいは、軍事という面では共通しているので垣根は割と低いのでしょうか。

(3)陸海空軍の最上位の地位(大将など)の上に、三つの軍を統率する地位(国家元帥・最高司令官など)が置かれることが多いと思います。
しかし、国家元帥や最高司令官といえど、陸海空軍いずれかの出身ですよね。
自分の出身以外の二軍についても、適切な意思決定が下せるのでしょうか?

例えば、アイゼンハワーはノルマンディー上陸作戦の最高司令官でしたが、彼自身は陸軍の出身ですよね。
陸軍出身の彼が、海軍や空軍に対して適切に指示が下せたのでしょうか?

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A 回答 (12件中1~10件)

>(1)陸海空軍いずれかに配属になった者が、別の軍に移った例はあるのでしょうか?



回答・・・第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけて飛行機の活躍が大きくなってきた時代に陸軍、海軍からパイロットになる軍人が出ています。

(1)ドイツの場合、第一次世界大戦の時には独立した空軍組織はなく陸軍航空部隊や海軍航空部隊ができ、歩兵将校、騎兵将校、砲兵将校や海軍将校が飛行機に憧れ、飛行学校で技術を学びパイロットに転向したという事例が見られます。
その後、1935年のドイツ再軍備宣言後に独立したドイツ空軍が正式に設立され、パイロットに転向していた軍人が正式にドイツ空軍に所属するような形になったケースが見受けられます。

「ドイツ空軍の6元帥」などは皆、最初は陸軍の他兵科にいた軍人ばかりです。
I、ヘルマン・ゲーリング国家元帥・・・第一次世界大戦当初は陸軍歩兵部隊将校として活躍、その後、航空部隊に移籍しパイロットとして活躍し、後に1935年のドイツ再軍備宣言後に正式にドイツ空軍を設立させ空軍総司令官に就任。
II、ヴォルフラム・フォン・リヒトホーフェン元帥・・・第一次世界大戦当初は陸軍騎兵部隊将校として活躍、その後、航空部隊に移籍しパイロットとして活躍、ナチス・ドイツではドイツ空軍第4航空艦隊司令官などに就任。
なお第一次世界大戦で「レッドバロン」と呼ばれたエースパイロット、マンフレート・フォン・リヒトホーフェンは従兄弟にあたります。そして、このレッドバロンとその実弟ロタール・フォン・リヒトホーフェンも、第一次世界大戦当初は陸軍騎兵将校で後にパイロットに転向した人達です。
III、エアハルト・ミルヒ元帥・・・第一次世界大戦当初は砲兵将校でしたが、後に航空部隊に移籍し、ナチスドイツではドイツ空軍に所属し航空機総監などに就任。
IV、フーゴ・シュペルレ元帥・・・第一次世界大戦当初は歩兵将校でしたが、後に航空部隊に移籍、その後、ワイマール共和国軍では歩兵将校に戻るも、ナチスドイツではドイツ空軍に所属し第3航空艦隊司令官などに就任。
V、ローベルト・フォン・グライム元帥・・・第一次世界大戦当初は砲兵将校でしたが、後に航空部隊に移籍し、ナチスドイツでは最後の空軍総司令官に就任するなどしました。
VI、アルベルト・ケッセルリング元帥・・・最初は砲兵将校で第一次世界大戦では幕僚などを務めていましたが、ナチスドイツではドイツ空軍に移籍し参謀長や第1航空艦隊司令官などを務めています。

ドイツ海軍の将校でパイロットになった例としては、ゴットハルト・ザクセンベルク中尉があげられます。この人は最初は巡洋艦や戦艦に勤務していましたが、航空隊に転属を希望し、パイロットになり、第一次世界大戦では31機を撃墜するドイツ海軍航空隊のエースになりました。

(2)ドイツ以外のパイロットとしては・・・
△アンヘル・サラス・ララサーバル・・・スペインの軍人で最初は陸軍砲兵将校でした。後に空軍のパイロットになり、スペイン内戦に戦闘機パイロットとして活躍し、第二次世界大戦では独ソ戦に派遣されたスペイン義勇兵部隊の航空部隊に参加し、エースパイロットとして活躍し、戦後はスペイン空軍の大将にまでなりました。
△ロドルフ・ド・エムリクール・グリュヌ・・・ベルギーの軍人で最初は騎兵でした。後にスペイン内戦が勃発すると外人歩兵部隊で内戦に参加しますがそこで負傷し、色々あってパイロット訓練を受け、今度は戦闘機パイロットとして活躍します。内戦後はベルギーに帰りますが第二次世界大戦が勃発し、ベルギー軍に召集され歩兵師団に配属されます。しかし、これに猛抗議し、戦闘機パイロットとして航空部隊に配属されました。
△アレクサンドル・シュルバネスク・・・第二次世界大戦で52機撃墜の記録を持つルーマニア軍のエースです。当初は山岳部隊の将校でしたが、パイロットに転向し、そしてエースとなりました。
△ストヤン・ストヤノフ・・・第二次世界大戦におけるブルガリア軍のエースパイロットです。当初は騎兵将校でしたが、パイロットに転向し、そしてエースになりました。

(3)ナチスドイツではドイツ空軍から陸戦のための野戦部隊が創設された事がありました。1942年、独ソ戦においてドイツ軍兵士の損耗が大きく、深刻な問題になっていた時、ドイツ空軍は余剰人員を抱えすぎているという批判が出ました。これに対しゲーリング元帥は、空軍の人員を陸軍に渡す事を厭い、空軍による地上戦闘部隊「空軍野戦師団」を20個師団も編成しました。この部隊の師団長や参謀、士官、下士官、兵士の全てが空軍の人員です。そして陸軍の指揮下で戦います。
しかし、この空軍野戦師団の師団長や参謀は地上戦闘の知識が欠けており、結局、大半の師団は効果的な戦闘ができずに大きな被害を受ける事になり、後に師団長らは陸軍の人員に代えられています。最悪の失敗となったわけです。



>(2)陸海空軍は戦場も部隊構成も大きく異なると思われますが、それらは専門性が高く、互いに理解しえないものなのでしょうか

回答・・・(1)のところで例に挙げたような陸軍・海軍の他兵科からパイロットになった軍人はみな飛行学校などで学んでいます。空軍野戦師団の失敗例もありますが、ケッセルリング元帥のように成功例もあります。
専門性にもよりますが、各々の素養、勤勉さ、適応能力などによって変わってくると思います。


>(3)陸海空軍の最上位の地位(大将など)の上に、三つの軍を統率する地位(国家元帥・最高司令官など)が置かれることが多いと思います。
しかし、国家元帥や最高司令官といえど、陸海空軍いずれかの出身ですよね。
自分の出身以外の二軍についても、適切な意思決定が下せるのでしょうか?
例えば、アイゼンハワーはノルマンディー上陸作戦の最高司令官でしたが、彼自身は陸軍の出身ですよね。
陸軍出身の彼が、海軍や空軍に対して適切に指示が下せたのでしょうか?

回答・・・アイゼンハワーに限らず、適切に指示が下せる場合もあれば、失敗もあります。
例えば朝鮮戦争における連合軍総司令官のマッカーサー元帥(陸軍出身)がいい例かと思います。
マッカーサー元帥は北朝鮮軍への反撃として仁川上陸作戦を計画しました。実はこの作戦に海兵隊と海軍は反対していました。海兵隊は作戦まで日数が無く訓練も予行演習も行えないと反対し、海軍は艦船が不足しているのと仁川港の規模が小さい事、水路と泊地が狭い事、上陸に適した砂浜が無い事を理由にあげ反対しました。しかし、マッカーサーはそれらの反対には一切、耳を貸さず作戦を強行します。そして成功しました。
その後、マッカーサーは今度は日本海側の元山にも上陸作戦を行う計画を立てます。これにも反対意見が出されますが、マッカーサーはそれを無視し作戦を強行し失敗しました。補給物資と艦艇が不足していたため、その補充が必要だった事や、仁川港が小さいため部隊や物資の積み込みに時間をとられ、作戦のための部隊が港を出たのは10月17日でしたが、実は元山は10月11日に陸上からの攻撃で陥落していたのでした。
つまりマッカーサーは仁川上陸作戦では海兵隊、海軍の意見を無視して成功しましたが、元山では同じように意見を無視して今度は失敗したのです。

アイゼンハワーはマッカーサーほどワンマンではなく、どちらかというと各軍の調整役でした。
例えばノルマンディー上陸作戦前の戦略爆撃についてアメリカ戦略爆撃隊のスパーツ将軍は石油工場を優先目標にするべきだと主張し、鉄道を優先目標とするべきだというイギリス空軍のマロリー将軍と激しく対立しなかなか決着がつきませんでした。これまでの統計や予測損害分析、経済専門家の話などを踏まえても、どちらも一歩も譲りません。結局、アイゼンハワーがマロリー案の採用を決め作戦が遂行されました。このアイゼンハワーの採択による作戦決行の結果を見て、成功と言う人もいれば、失敗と捉える人もいます。評価は人それぞれです。
また米海軍などは英国海軍の役割分担に不満で、それをアイゼンハワーに訴えたりしており、なんだかアイゼンハワーは苦情処理係かと思ってしまう事もあります。

それはともかく、ゾンマーヴェル将軍という軍人は指揮官について「1人が全ての面でエキスパートにはなれないが、それは幕僚を適切に使う事によって補える」と言っています。
アイゼンハワーは「自分の所属する陸海空軍という狭い観点からではなく、物事を客観的に取り扱える能力を示した人でなけ
れば、将官に昇進させるべきではない」と言っています。
陸海空の統合軍を指揮する場合、組織は大きく複雑になります。それをスムーズに動かすため、指揮官を助けるために幕僚(参謀)がいます。そして組織が大きければ、幕僚の数も増え、異なる意見が増える場合もあります。
指揮官は陸海空のそれぞれの見方、構想を研究し、種々の要素と利点を検討し、これら全ての要素を勘案して適切だと判断される決定を下さねばなりません。
時には判断を間違える場合もあり、正しい場合もあります。
アイゼンハワーはうまくやった方だと思います。
ちなみにアイゼンハワーは陸軍の人ですが、フランス上陸後の連合軍の陸軍の作戦指導について英国軍のモントゴメリーは
非常に不満を持っており、アイゼンハワーの能力を疑い批判し、アイゼンハワーに最高司令官を辞めて、自分にそのポストを譲れという手紙を送っているほどです。
私の見るところ、モントゴメリーの指揮能力の方が怪しいものだと思います。
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みなさんの回答がすばらしいので、私のは漫談で、しかも1番に対するものであります。



二次大戦のとき、ドイツ海軍はポケット戦艦を通商破壊に投入しました。自分を破壊できるほどの戦艦よりスピードがでて、自分においつくスピードがでる巡洋艦には勝つことができる武装をした、それ反則、というやつですね。

一番成功したのはテオドール・クランケ艦長のアドミラル・シェアでした。単独で大西洋を行動するので、敵商船を効率よく発見するために、水上偵察機をつかうのですが、この時の偵察機パイロット、ピーチュ大尉は空軍のひとです。

これはゲーリングが牛耳っていたドイツ航空界の悪い部分で、官僚主義、セクショナリズムの体現でして、飛行機はすべて航空省の指揮下にあるっ(`・ω・´) といった考えがナチス・ドイツにはあったので、空軍に籍をおいたまま、ピーチュ大尉は軍艦で勤務していたわけです。
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そりゃどう考えたって、


「今、艦上戦闘機を発進させなさい。」
なんて具体的な戦術レベルの命令を陸軍側から出すはずが無いでしょう。

「戦略目的として、あの島を占領します。海軍さん、あの島周辺までの制海権は握れますか?握れるのなら頼みますよ。空軍さん、あの島までの制空権を握れますか?えっ、新型戦闘機がそろう6月までは無理なんですか。じゃあ、6月まで延期しましょう。」

現実的には、このようなものでしょう。
あるいは、
「こちら、陸軍、第二連隊。敵に包囲されて苦戦。支援攻撃を要請する。」
「了解、ただちに待機中の爆撃機4機を急行させる。目印を頼む。」
陸軍が空軍の作戦の細かいところまでは指示できないでしょう。
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国や時代を問わないとのことなので、(3)について回答します。



現代では統合運用が基本になっています。
例えば、米軍では
アメリカ北方軍(USNORTHCOM)- 北米担当
アメリカ中央軍(USCENTCOM)- 中東担当
アメリカアフリカ軍(USAFRICOM)- アフリカ担当
アメリカ欧州軍(USEUCOM)- 欧州担当
アメリカ太平洋軍(USPACOM)- アジア・太平洋地域担当
アメリカ南方軍(USSOUTHCOM)- 中南米担当
の配下に陸海空海兵の部隊が属します。

自衛隊でも有事の際は統合幕僚長のもと、各自衛隊が動きます。
実例では、東北地方太平洋沖地震対応では陸自東北方面総監が
派遣された陸海空すべての部隊の指揮を執りました。
現在進行中の弾道ミサイル防衛では空自の航空総隊司令官が
空自、海自の部隊を指揮しています。
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意地悪な答えを言います。



ドイツ連邦のように統合軍制度を敷いている場合、戦力基盤軍にいる医師や補給兵は、陸海空軍のどこにでも派遣され、陸海空軍の間を行ったり来たりします。

現実の問題として、旧来の陸海空軍のカテゴライズは徐々に廃止される傾向にあります。

統合軍の一環として、例えば軍としては垣根を越えないが、部隊としては空母航空団は「海兵隊」「海軍」がそれぞれ戦闘機中隊を同じ航空団に所属させます。

戦争とは縦割り行政ではなく、戦って勝たねばならない国家の大事です。

陸海空軍なんぞの縦割り行政に拘るような国に、戦争での勝利は在り得ません。

その点、米軍は非常に柔軟であり、西ドイツを基幹とした現在のドイツ連邦軍も柔軟な対応をしているので、貴方の質問にある様に陸海空軍の垣根そのものが取り払われる場合も多いのです。

つまり「当たり前すぎて」どれが例えばをあげる方が難しいと思います。
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 ドイツのアルベルト・ケッセルリンク元帥は、陸軍の砲兵将校としてスタートし、第二次大戦の直前に空軍将校になり、大戦末期にはイタリア戦線で陸軍部隊を率いて、連合国軍の進撃を遅滞せしめるという卓越した戦果をあげています。



 ちなみに、昨今は北朝鮮の弾道ミサイルがらみが騒がしいのですが、もし撃った場合は、航空自衛隊の航空総隊司令官が海上自衛隊のイージス艦と地対空ミサイル部隊を指揮して迎撃する事が決められています。

>自分の出身以外の二軍についても、適切な意思決定が下せるのでしょうか?

 下せない人は本来、大将や元帥などに昇進させてはいけない筈なのですが…。
 (例外はいくらでもありますが…。)

 ちなみに、大部分の国では、大尉や少佐クラスの中から厳選した人物を国家の観点から決断を下せる将官と成れるよう別途教育を実施します。
 (戦前の陸大・海大、自衛隊の指揮幕僚課程など)
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1に関して


基本的にはありません。新兵科が出来たり組織移管が行われた場合の時に移る場合があります。

2に関して
理解し合えないというより、仲が悪いです。日本の陸海軍は有名ですが、米軍も現在に至るまで仲が悪いです。

3に関して
司令官とは決済するのが仕事であって作戦を立てるのは司令官ではありません。

アイゼンハワーの最高司令官であって、
陸軍はモントゴメリー
海軍はラムゼー
空軍はマロリー
が司令官でした。
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問3が問題のようですね。



まず軍の最高指揮官レベルになるまえに、再度勉強する期間が設けられます。これは戦時中と戦時中じゃない国の違いはあっても(戦時中ならより実践的に現場で勉強する)、必ず行われるものであり、どの国でも必ず行います。

そしてその中で優秀な人だけが、司令官レベルまで上がることができるのです。

また司令官レベルの仕事と戦艦の指揮官(船長)や前線レベルの指揮官では考える内容が違います。司令官というのは、戦略を考えて決断するのが仕事です。

たとえば、真珠湾攻撃にあった当時のアメリカの司令官は、まず被害状況を集め、即時に反撃できる能力を収集して反撃しつつ、どのくらいのレベルの被害があったかを確認して、被害前と同等レベルに回復するまでの時間を想定し、そこに至るまでに敵(日本軍)にどこまでの侵攻を許してどこまでを守るかを決定し、戦況を安定させます。これが戦略です。

このようなレベルの内容であれば、どの軍隊出身でもさほど変わりません。つまり後方支援というかロジステクスや兵員教育、製造業の活動レベルの話だからです。たとえば海軍出身者が司令官になり、兵員教育の問題を考えるときに、陸軍の歩兵と海軍の水兵の教育機関はほぼ同じで同レベル、陸軍の戦車兵や砲兵は海軍の砲兵よりもすこし早めに覚えられる、空軍の戦闘機パイロットはものすごく時間がかかって潜水艦のソナー要員ぐらい時間がかかるが、爆撃機パイロットレベルなら潜水艦のその他のレベルと同じぐらいの時間で人材投入できる、という具合です。
当然に今までの経験がありますので、そこからどのように人材を動かすか、ということを考えていくわけです。

これらの最高指令官レベルで戦略が決まると、各軍レベルで戦術を考案していきます。先ほどの真珠湾攻撃後の反撃であれば「深追いして消耗しすぎてもいけないが、確実にハワイの防衛ラインを確保できる程度の兵装と攻撃体制」という戦術が決まり、それを各軍レベルで実行していきます。

最高司令官になるためには、それ以前に各戦術を決め実行に移すレベルの仕事をし、みづからの立てた戦略によってどの程度の結果が出るか、を目の当たりにしています。当然に成績のよいものが最高司令官になるわけです。
また戦術指揮官になる前には、海軍なら戦艦の艦長とか陸軍なら師団団長レベルの指揮官として兵員を直接指示して、戦争の前線で活躍してるわけです。もちろん自分の指揮によって、多量に兵員が犠牲になることも経験するかも知れません。こういう経験が生きてくるのです。

これらのことは、別にサラリーマンの社会でも変わりません。人が死なない分、おべっかや根回しなどが幅を利かすこともあるでしょうが、会社が危機であれば飛ばされて子会社の社長だった(そしてその子会社の業績を立て直した)人が突然社長職につくこともありえます。
子会社は親会社の意向に沿って、自分の範囲の仕事をしているわけですから、戦術指揮官から最高司令官に抜擢されるようなものでしょう。

ですからそういう地位に上れる人の資質としては自分のフィールド以外でも十分に知識と経験を応用して成果を上げられる人が最高指揮官になり、そのような人は適切な意思決定が下せるわけです。
もちろん、適切な意思決定をするためには、参謀なり情報なりが適切に、十分な仕事をすることが重要です。
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>空軍パイロットとして従軍していた者が、海軍の潜水艦に搭乗することになったという例


たとえば、ゼロ戦パイロットの撃墜王として有名な坂井三郎さんは、もと、戦艦の乗組員です。
(坂井さんの著書「大空のサムライ」に記述あり。坂井さんは砲術員で、花形の地位であったのを棒に振って転向。)
ただし、旧日本軍に空軍はありません。あくまで、海軍航空隊、陸軍航空隊です。

>それらは専門性が高く、互いに理解しえないものなのでしょうか
>(陸軍には海・空軍は理解できず、海軍には陸・空軍は理解できないといったように)

米軍の場合。
米軍の陸軍工兵隊は、日本で言えば水資源公団みたいなことを大々的にやっています。
(米国のダム堤防などを作っている部署は、内務省開拓局と陸軍工兵隊の2つ。)
軍事どころじゃない。民事ですよ。軍事という面ですら、全く関係ないです。
※土木(civil engineering) は、元来、軍事技術以外の技術を指す用語です。

>陸海空軍いずれかに配属になった者が、別の軍に移った例はあるのでしょうか?
陸海の関係。
たとえばポエニ戦争。
ローマ軍は、陸戦は強いが海戦はヘボであるため、接舷し敵の船に乗り移って白兵戦を挑む
よう海戦兵器を工夫した。どう考えても、陸軍兵士で白兵戦を挑めるよう工夫したということに。

空と残りの関係。
飛行機、飛行船が発明されるまで空軍は存在しかなったのは明らか。
で、海軍航空隊、陸軍航空隊が発足して、その後、両者を統合して空軍ができたのも明らか。(まあ、国にもよる。)
ならば、空軍発足当時は、空軍パイロットとは、
もと陸軍航空隊+もと海軍航空隊+新兵 であるはずです。全員が新兵のはずないです。
たとえば米国空軍の場合、陸軍航空隊が1947年に空軍として独立。(海軍航空隊は、今でも海軍のまま。)
どう考えても、米国空軍発足当時は、陸軍に配属になった者が、空軍に移った、としか言いようがありません。

>しかし、国家元帥や最高司令官といえど、陸海空軍いずれかの出身ですよね。
これ(国家元帥)、旧日本軍の場合、天皇のこと、ですよね?
間違っても、たとえば東条英機とかは該当しないんだが......(憲法上、そうなる。)
天皇って、陸海軍(空軍は存在しないので除外)いずれかの出身とみなせるんだろうか? う~ん。
タテマエ上、いずれかの出身かもしれませんが、軍事能力、要求されていないと思うが。
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selflessさん、おはようございます。



(1)たぶん、こんな極端な人はいません。潜水艦乗組員や飛行機のパイロットは専門技術職ですから。海軍の飛行機パイロットが空軍に移った例は英国にあります。

(2)第2次世界大戦までは陸海空軍は戦場も部隊構成も大きく異なり、それらは専門性が高く、そのため固有の習慣や文化があり、また予算の配分という現実的な点からもそれらがお互いの理解を妨げていました。今はシビリアンコントロールの統一指揮のシステムが確立されましたが、それでもまだ残っていると思います。



(3)最高司令官の下には司令部が置かれ、必ず、各軍出身の司令官や作戦の計画立案に携わる参謀部というものが置かれます。各軍司令官はその隷下の部隊を最高司令官の命令のもと指揮します。一方で参謀部は責任者の参謀長の指揮の下、各軍出身の参謀達が作戦の立案に必要な情報収集や資材の調達などの業務に携わり、最高司令官の作戦指導のために必要な準備を行います。だから、ただ最高司令官一人で指揮するわけではないです。そういう例は近世ではフリードリッヒ大王やナポレオンがいますが、近代的な軍隊では例がないです。
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