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2040年は日本の人口の30%が高齢者になるそうです。

これでは年金制度も破綻し、社会で支える勤労者側が不足します。

既に人生を謳歌し、人生の目的を果たした方(もしくは 目標に向かう事を止めた方)には 退場さいていただかないと社会がもちませんね。

昔は 若い人の為に最後の役割として、おじ捨て、おば捨て山へ自ら向かったのですが。

今はそれが無くなってしまい、無為な最期を待つだけになってしまいました。

これからの日本のためにも このおじ捨て山、おば捨て山を復活させるべき、と思うのですが、、。
自分の子や孫の世代の事を考えて、、、。

なぜこの各山は無くなってしまったのでしょうか?
(追記、その 山ができ、その時が来ればもちろん私は行くつもりです)

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A 回答 (18件中1~10件)

2040年には私は生きてるか死んでるかわかりませんが、貴方のおっしゃる事はなんとなくわかる気がします。



「おじ捨て、おば捨て山」の考え方は、今では「死にたい自由、死なせてもらう自由」すなわち「安楽死させて欲しい」と言う事になるのだと思います。どなたか「自然界では食べれなくなれば死ぬ」とおっしゃっていましたが、治る見込みもないのに、いたずらに延命処置を施すのは高額な医療費や治療費がかかり、老人にとっても迷惑です。

医者と病院と生命保険会社等が儲かる仕組みが出来上がり、死ねば葬儀関係者(僧侶も含む)が儲かり、老人患者が高額年金受給者であれば、子孫は親が生きている間、その幸運にあやかれる。・・・等々。利害がからんでいるので簡単にはいかないんでしょうね。

私は船井幸雄氏がおっしゃっているように大麻を解禁して「死ぬ自由」を取り戻したいものです。宗教学者のどなたかが、おっしゃっていましたが「死期が近づくと少しづつ食をへらしてミイラのように安らかに死んでいくのが理想」と・・・・私も同感です。
生まれ変わるか、千の風になるのか、永遠の眠りにつくのか知らないけれど・・・・・・
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賛否両論ですよね、この話題は。



ちょっとズレるけど、どこかで逆の話は見たことがあります。
助産婦の話です。

昔は助産婦が赤ちゃんを取り上げることが多かったです。
産まれてきたとき、生まれつき障害を持っている子だと分かった場合は、その場で助産婦さんがキュっとしめていたそうです。
そして母親には「死産」として報告。


その子と親の今後を考えたら、親がいなくなったときこの子は独り立ちできない。
それを見極めるのも助産婦の責任だ。


みたいなことをどこかで読んだ記憶があります。
(しっかり覚えてないので使ってる表現は違うけど、ニュアンス的にこんな感じでした)



私の母はとっても元気だし、まだまだ若いですが、
「元気な時に言っておくね。延命治療はいらないから。」と私に言いました。

一人になったとき涙が出ました。
でももしも、もしもそうなってしまった時は母が言ってた事を尊重したいと思います。
私は母を尊敬してます。まだまだ甘ったれだし、いなくなったら困るし寂しいし、お母さんの話の映画だとかテレビとか見ちゃうとすぐ泣いちゃって全然見れないんだけど、言われた母の言葉はしっかりと心に留めておこうと思います。


そして、自分にもそういう時期が来たとき、もし子供がいるのなら同じ事が言える様に、成長していきたいなと思います。
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視点が違うと思います。

真の資本主義に失業保険や退職金、年金制度はありません。馬鹿な野郎が福祉、福祉と喚いて年金制度を創った。定年まで働いたら後は遊んで暮らせる、働かない者に金を渡していたら財政が破綻することぐらい判るでしょう。しかも団塊の世代は多い。零細企業は死ぬまで働いてますよ。年金も少ないし、退職金も少ない、出ないこともある。貴方の視点は企業を中心に考えておられる、元気でリタイア、それがそもそも間違いです。何でもかんでも国や企業に賄わせて、国や労働組合に踊らされて、適当に楽しんでその結果が楽あれば苦ありです。人間死ぬまで働けば捨てられることはありません、突然死にます、元気で死ねます。延命治療も必要ありません。働かないで楽しもうは結果であって、国が用意するものではありません。宗教と同じです、人間さま様という考え方、おごりです。食わんが為に働いて、働けなくなったら逝くのです。地球上の生物はみんなそうしています、人間を崇高な生物と特別視するから方向を間違えるのです。零細企業を見習えです、生きることに安心なんてありません。生きる事を否定するような馬鹿な制度を導入したことを恥じるべきです。と思うのですがどうでしょか、言い過ぎですか。
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”なぜこの各山は無くなってしまったのでしょうか”


    ↑
これは物語です。
実際にあったかどうかは判っていません。
アニメをみて、あのような素晴らしいヒーローが
いたのに、どうして今はいないのだ、と
いうようなものです。

現代の、豊かな日本を造ったのはお年寄り達です。
お年寄り達の若い頃のは貧乏でした。
持ち家などほとんどありません。
みな、トイレも風呂も無い借家住まいでした。
食べ物だって貧しかったのです。
お陰で、今の年寄りは身体が小さく短足ばかりです。
海外旅行や車など夢の又夢です。
着衣などはみな兄弟のお下がりです。

そういう人達が歯を食いしばっていまの豊かな
社会を築いたのですが、それに貢献したお年寄り達は
その豊かさを味わう時間がありません。
歳を採ると欲しいものも無くなってきます。

その反面、いまの若い人は、豊かさには何も貢献して
いないのに、豊かさを享受しています。
これは非常に不公平です。
その不公平は、今の劣化した若者がその豊かさを味わう
資格があるのか、という疑問を感じる時、倍加します。

何も貢献しないで豊かさを享受しているのですから、お年寄りの
面倒ぐらいみるのは公平で当然だと思うのですがどうでしょう。
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現状の住める空き物件は15%程あると言われてます。


食べ物も廃棄される量はトンデモない量で、医療に関しては日本だけが唯一胃瘻で、病気でない老人に延命措置をする。
海外では口から食べられなくなった食欲減退老人は入院させる様なマネはしない。
胃瘻には誤嚥性肺炎を起こして拷問になるし、その前段階であるだろう継続的な栄養点滴についても、多くの老人は副作用として気が狂う程の頭痛吐き気。目めまいの拷問さらされる。

海外では日本のこの様な終末的治療は非人道的でありえないとされてる。

この治療行為を無駄とし、もし、「してはいけない」という法律を作ったら、日本から相当の医療負担が減る。
つまり、今の日本においては、日本が工夫さえすれば、叔父捨て叔母捨てする必要性なんて無いのです。。

親の面倒を観るのを放棄したら罪人になるという社会構造で、脳梗塞とかで倒れたりして下手に生き長らえたら介護する方は大変。働いた給料が全てデイサービスで飛んで行ってしまうし、遊ぶこともできない人生になりうる。

親に甲斐性があったならまだしも、そうでないならと考えるとゾッとする。
だから親の介護で本当に駄目感を感じたら、私は親を見捨てて犯罪者になるのも悪くないと思う。
現状の問題性を社会は知るべきだろうし、裁かれれるべきは実は、社会も同価値にあるのではないかと思うから。
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まずは年金のすり替えの反論です。


最初会社に入って年金の説明があった時「これは将来定年後の生活安定の為の積み立てですよ」と社会保険事務所から説明を受けたのです。大半がそうでしょう。従って運用益を除いた積み立て分を当然の如く貰っているつもりです。
一体何時から今の若い世代の世話になっていると言う事になり、あなたの様にそれが常識の如く思い込んでいるのか不思議です。これはすり替えですよ。年金が破綻したのは大金かけてハコモノを作っては二足三文で売り払って損失を出したりズサンな運用をしてきた結果なんですよ。
私はまだ老齢と言う域に入っていませんが延命までして生きたいと思わないので自分で食事できない様になったら安楽死を望んでいる事を書き残しています。

でもね、私が経験した家族ですが夫婦に子供7人両親の親4人の農村家族がおりました。総勢13人、それぞれがそれぞれの出来る仕事を分担して実に活気ある家族でしたな。
そこに行けばあなたの様な不健全な考えから目覚めるかもね。
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>このおじ捨て山、おば捨て山を復活させるべき、と思うのですが、、。


自分の子や孫の世代の事を考えて、、、。

冗談を言ってはいけません!年金破綻は老人の責任ではあありませんよ。あなたがたこそ、昔は自分の責任で老人達を丸かかえで死ぬまで世話したのです。それをせずに死ねとは、鬼にも勝る極悪ですね。

がんばって時代を築いた老人達を大事にせねばならないとは思いませんか?

>その 山ができ、その時が来ればもちろん私は行くつもりです

提案者なら当然です。
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No-1,2,3、の回答は爺婆が居なくなれ、とあなた同様。



 No-7さんが最高に面白い傑作賞。

 さて、ごめんなさいね、爺いで~す。

 私も、あなたの主張は理解できる。したがって、動けなくなったら潔し、覚悟は抱いております。したがって、全ての医療は自ら止めるつもりです。

 さて、この問題はNo-2さんが言う、人権保護政策に関する医療形態が異常であることから、これを何とかしなければならないかもね。
 看護に疲れた高齢の人達が、思い余ってこの世から離した行為も犯罪とされるなど人権保護に関する75歳以上については考慮する必要性はあるかもしれませんね。

 ただし、高齢者が邪魔であると考える人達が増えることは、社会性が歪んでいるのが背景にあると思います。
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>なぜこの各山は無くなってしまったのでしょうか?



山間部まで宅地開発が進み、土地が無くなったからではないでしょうか。
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もともと姥捨て山なんてものはありませんでした。


そんなものが実在したと思い込むのは桃太郎の鬼退治を史実と考えるのと同じレベルです。

と、いうわけで、前提からして大間違いなので、この質問は無意味という事になります。

所謂、馬鹿の考え休むに似たり、ってやつですね。
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おばすて山っていつぐらいまで存在しましたか?
また捨てられた老人は飢え死にしていったんでしょうか
現代社会もお金のない老人はおばすて山状態だと思いますが
またおじ捨て山という呼び名ではないので捨てられたのはおばあさんだけなんでしょうか

Aベストアンサー

老人を捨てるというだけで単に姨捨山と言われただけなので叔父捨て山などの名称は関係ありません。


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