痔になりやすい生活習慣とは?

他人の弱さを許せない、認められない、というのは、

自分がそうなりたくないと思っているからではないで しょうか?

また、

もし自分の「弱さ」を許せるとしたら、一体何のため に許せるのでしょうか?質問の内容を書いてください

A 回答 (8件)

>自分がそうなりたくない


自分がそうだった、または、自分もそうだったかもしれない。
だから、ではないでしょうか。
そして、その弱さを乗り越えたからこそ今の自分がある、という自負があるとも考えられます。
先輩として、その甘さを持ったままでは将来困ることになるからこそ苦言を呈しているとも考えられます。

私は片耳を失聴しているのですが、それによる不備を自力で補う努力の余地はあります。
ところが、同じ片耳でもその努力を拒み、周囲の人からの配慮を過剰に期待し、それを得られない事に腹を立て周りの人は冷たいと不平を漏らす人もいます。
そういう人に厳しい意見を述べるものも多く居ました。私もその一人です。

自分の弱さを許せるとしたら…その弱さがもたらす不利益を全て自分で受け入れる覚悟、そして見込みがあるからはないでしょうか。
たいていの場合は、考えが非常に浅いと思いますが。
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この回答へのお礼

自分の弱さに厳しくあたるのは、辛いことだと思います。

それを踏まえた上での、優しさということでしょうか。

許す、ということはあり得るということですね。

ご回答ありがとうございました

お礼日時:2013/04/21 07:57

今の自分を超えるためです。



自分がそうなりたくないと思っているのは、すでにそうであるからを知ってるからです。
相手に見てるのは自分の姿です。

自分でやっていけば、「どうして?」とか人に聴かないでもやる意義は分かりますよ。
やっていくうち、自分の中で見つけることができますから。
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他人の弱さを見てもどかしい思いをもしするとしたら、おっしゃる様に、その姿に自分を重ねているからというのはあるとおもいます。


また、だからこそ、弱さを克服するのがとても難しい事だとわかるのであり、わかるから赦せるようになるのだと考えます。
ですから、何のために赦せるのかというと、それが困難であるため、ではないでしょうか。
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自分の「弱さ」を許せるのは、何のためとかじゃないです。


自分に一番優しくなれる人間は、自分だからです。

他人の弱さを許せない、認められないのは、他人に優しくないからです。
優しくはなれない人間・・・と言うほうが、正しいかな?
まあ、ちょっと寂しい人です。
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強い、弱いといっても、自力で空を飛べる訳でもなく、


五十歩百歩に過ぎません。
自己の生の社会生命化(分業・組織化)において、
他人との個人的な能力の比較よりも、その個人の
社会性(社会生命性の自覚化による自律的社会行動)
の方が決定的要因となります。
どんなに能力が大きく社会性が乏しければ社会貢献
においてマイナスの「大きさ」に過ぎなくなるのに対し、
社会性が充分あれば、どんなに「弱い」能力でも、
それは確実にプラスの貢献となるからです。
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許すというのはひどく傲慢な考え方ですよね。


許すも許さないもその人次第、
相手が悪かどうかは許す側しだいだというスタンスです。

>もし自分の「弱さ」を許せるとしたら、一体何のため に許せるのでしょうか?

妥協でしょうね。
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人間という存在の儚さと弱さ、そしてその根因を徹底的に知り、それに対応するようにすることでしょう。


そういう事を知るという事は許すのでもなく、許容するのでもない。
足で歩く限界、ジャングルに澄めない限界、水で呼吸できない限界。そういう認識と覚悟は必要でしょう。
同情は是認ではない。限界は限界。しかし必要であれば、人間的弱点は少しずつ克服はできていく。
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たぶんね。

。。

自分を『強い・弱い』という見方をしないほうが良いと思うのだけれどね。私は、そうした見方はしないね。逆だと思うよ。自分自身は、ただの動物で(笑)自分がやることに合うか合わないか?ってだけだよ。そりゃ酸素なかったら死ぬし、それは弱いのか?って話と同じだよ。強いとか弱いとか、そういう見方が間違っているってことだよ。

『適性』『適応』『適合』って見方をしながら、自分自身は、こうなんだからしょうがないじゃん!って感覚を持って生きることをお勧めします。あわせればストレスが生まれるし、あわせないとどうにもならない部分もあるから合わせるけれど、不必要に合わせる必要もないしね。合うか合わないかってだけだよ。

短距離走が得意な人が、長距離やっても無意味だし、そこで『自分は弱い』って思うことが無意味だ。問題は、自分自身ではなく、『自分自身にできるだけあったものを選ぶ』ことのほうだ。別に、朝から晩まで勉強していても、ちっとも苦にならない人もいるしね。そういう人じゃないと理論物理学者なんてなれないよ(笑)

合わない部分があれば、誰でもストレスを感じるからね。適当にストレス解消しないといけないね。要は、自分が許せるとか許せないという見方そのものが間違っているってことだね。そう教育されている可能性もあるが、そういうのは間違っていると思うよ。人間ってのはさ・・・

『自分ができもしないことを、他人に押し付ける』

傾向があるのでね。哲学者とか宗教家とか典型的で、できもしないのに他人には説教をたれる。そんなのを真に受けていたらストレス地獄だが、当の宗教者は、お布施で株式取引をして大損している程度の博打やろうだったりするわけさ。いい加減、そういう見方はやめたほうが良いですよ。
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Q優しい人のほうが損?美輪さんの教え?

周りの人間関係をみていて
ふと思ったのですが、
優しくて人格者で性格の良い人は
損をする事が多いように思います。

他人が嫌な思いをしていないか、
気づかってめんどう役も引き受けたり、
相手に親切にして、逆になめられたり。。。

そして、反対に
他人をばかにし自分が優位に立ちたいと
いつも思っている、
あまり優しくない人達のほうは
他人の感情等気にせず
自己中心的な考えで、自分の意見をまかり通してしまう。。。

私は、美輪明宏さんや、江原さんの本が大好きで
いつも読み返すたびに
「やっぱり他人に優しくて愛情豊かな人間のほうが
上質なんだな~」と思い返してますが、
それにしてもやはり
現在社会では
ある程度、自己中心的で図々しいひとのほうが
社会を要領良く飛び回っているように思うのです。

やっぱり優しくて
他人に気遣いする人間の方が損でしょうか?
皆さんはどう思われますでしょうか??

Aベストアンサー

こんにちは☆

私も美輪明宏さんや江原さんが大好きで、たくさん本を読んでいます。

あなたがおっしゃっている優しい人格者とは、人の気を汲みすぎてしまい、自分よりも相手を優先してしまう人、のように感じました。そういう人をあなたははたからみていて、その人が我慢して自分の思い通りにできずに、損しているんじゃないかなと思っていらっしゃっるのでは?
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同人の方でお答えをお持ちのかたご回答をお願いします。

Aベストアンサー

 #4です。

 私も、自分の駄目さを思い知り、悩んだ時期があります。この悩みが、あなたの苦しさと比較できるものかどうかは、わかりませんが。

 以下は、身勝手な詭弁に聞こえるかも知れませんが、とにかく、その時にたどった思考経過です。


  ・自分は駄目で弱いし、絶望してるし、存在自体が無意味だ。

  ・両親の気紛れで偶然に生まれた。もともと生きている意味も価値もない。


 しばらくは、こんな状況でした。日常的に平静を装いながら、ある日、次のように考えました。

  ・両親の気紛れで、偶然に生まれなかった奴がいるのか?。

  ・生まれ落ちた瞬間から、生きる意味も価値も持ってた奴はいるのか?。

  ・そんなのは、いるわけがない。

  ・だとすれば、そんな奴らが作り出したこの世の中は、偶然の産物だ。

  ・そんな奴らが作り出した、世の中の意味や価値なんて、根拠がない。

  ・この世は絶対に偶然の産物で、絶対に無意味だ。


 この辺りが、一番危なかった時期だと思います。

  ・しかし、自分は死ねない。

  ・何故?。

  ・もともと全部無意味なんだから、理由なんかある訳ない。ただそう思うだけ。

  ・しかし、そう思うという事は、その思いは、自分にとっての意味でないのか?。

  ・という事は、自分は、絶対の無意味の中で意味を発する、唯一無二の存在であるはずだ。


 こっから身勝手な自己詭弁に陥ります。

  ・でも、自分にとっての意味は、他人や世の中は認めてくれるのか?。

  ・そんなものは必要ない。必要ない以上に、そもそも評価は存在しない。

  ・この世界は、絶対の無意味,無価値だから。

  ・だとすれば、自分の思いは、この世で絶対の意味と価値になる。

  ・自分は、思うだけで良い。


 思うだけで良いので、・・・

  ・絶対の無意味の中で、唯一無二の意味を発する自分が、消えて良い訳がない。

  ・自分は生きていて良い。

  ・絶対の無意味の中で、唯一無二の絶対の意味を発する、唯一無二の存在だから。

  ・そんなものが、死んで良い訳がない。


 ・・・。こうして、非常にひねくれた自己肯定は終わりました。


 これで人生がバラ色になった、とは言いません。でも、見る景色が多少新鮮になったのは、事実です。対人関係も含めて。

  「そうか。あなたも唯一無二ですね?」

と。

 #4です。

 私も、自分の駄目さを思い知り、悩んだ時期があります。この悩みが、あなたの苦しさと比較できるものかどうかは、わかりませんが。

 以下は、身勝手な詭弁に聞こえるかも知れませんが、とにかく、その時にたどった思考経過です。


  ・自分は駄目で弱いし、絶望してるし、存在自体が無意味だ。

  ・両親の気紛れで偶然に生まれた。もともと生きている意味も価値もない。


 しばらくは、こんな状況でした。日常的に平静を装いながら、ある日、次のように考えました。

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