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異種移植についてPontifical Academy for Lifeが結論した二つの考えの文章です


One is that the ethical limit of xenotransplantation is "in the degree of change that it may entail in the indentity of the person who receives it." Thus if the xenotransplant would significantly hange the person's identity, the transplant would be prohibited. Second, "those organs which are seen as being purely functional and those with greater personalized significance must be assessed, case by case specifically in relation to the symbolic meaning which they take on fro each individual person."

と書いてありました。
一つは異種移植の倫理的な制約が移植患者の独自性における変化を伴うものであり、もしも異種移植が著しく個人の独自性を変化させるものならば禁止すべきである。
二つめは状況に応じて、特にそれぞれが臓器を受け取った象徴的な意味との関連性において単に機能的なものとして臓器が存在するのかあるいは個別の重要な因子を含んでいるのかを評価しなければならない。


と二番目の提唱している内容がなあなあな文章になってしまいました。””がどうやくしていいかわかりませんでした。何がここでは言いたいのでしょうか。

ご教授お願い申し上げます。

A 回答 (2件)

>One is that the ethical limit of xenotransplantation is "in the degree of change that it may entail in the indentity of the person who receives it."


>一つは異種移植の倫理的な制約が移植患者の独自性における変化を伴うものであり、

「一つには、異種移植の倫理的場制約は、その手術を受ける人の自己認識に(移植実施後に)必然的に伴う変化の度合いに依存する。」

 ヒト同士の臓器移植でも、ドナーの人格が入り込むような感覚を覚えることが少なくないようです。ましてや他の動物からであれば、自分の人間としての尊厳などについて、情緒的な動揺は起こり得るでしょうね。そこを問題視しているようです。自我が変容してしまう、といったことでしょうか。

>Thus if the xenotransplant would significantly hange the person's identity, the transplant would be prohibited.
>もしも異種移植が著しく個人の独自性を変化させるものならば禁止すべきである。

「かくして、もし異種移植手術で患者の自己認識が著しく変わってしまうなら、移植手術は行われるべきではない。」

 prohibitという単語からは、個々のケースでの判断ではなく、法的あるいは規則として禁じるというニュアンスが感じられます。

>Second, "those organs which are seen as being purely functional and those with greater personalized significance must be assessed, case by case specifically in relation to the symbolic meaning which they take on fro each individual person."
>二つめは状況に応じて、特にそれぞれが臓器を受け取った象徴的な意味との関連性において単に機能的なものとして臓器が存在するのかあるいは個別の重要な因子を含んでいるのかを評価しなければならない。

「もう一つには、そうした(他種から移植される)臓器について、機能のみに限定した見方ができることと、その重大性が(誰しも共通であること)より個々人に依存したものであること(の二つ)が評価されることは必須事項であり、それらは(移植手術の)個々の場合に特化して、各個人が許容できる象徴的な意味につながって行くものでなければならない。」

 他種移植手術を受ける個々人ごとに、臓器が誰のもの、さらには何の動物のものかではなく、臓器の機能の問題だと割り切れることが必要で、精神医学で言う「自己同一性」(実際の自分と、自分が思い描く自分自身のイメージの一致)が保たれる必要があるということのようです。自己同一性は、もちろんですが、個々人ごとに違いますから、個々人ごとに違った対応になります。
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この回答へのお礼

倫理の問題に関する脈絡を把握するのはいつも苦手です。
本当に一文一文のこまかな説明とアイデンティティの的確な表現とそれに合わせた文章の日本語訳ありがとうございました。

お礼日時:2013/04/29 16:10

一つは、動物臓器移植の倫理的な制約は’それを受ける人に課せられる人間性の変化の度合いに’よるものである。

もし異種移植によって個々の人間性が大きく変わってしまうと言うことであるならば、移植は禁止されるであろう。(そんなことは無いため異種移植は禁止されない。)

第二に、’状況に応じて、特に異種移植された臓器が其々の人に取って象徴的な意味合いになることに関して、それらの臓器が純粋に機能的であり、体内で著しく同化されると見なされる評価が必要になるであろう。’
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この回答へのお礼

いつもご親切にご教授ありがとうございます。

お礼日時:2013/04/29 16:09

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