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家の家系は、祖父母が神道だったため

家にご神前があり、自分もその時にきて頂いた、霊能者の方に
教わり、祈祷をあげるのですが(大きな祈り)

祖父母が亡くなってから、自分がなんとか
神様へのご飯や、水替えをしていたのですが

母親が私の祖父母と、その霊能者のことが嫌いで
、霊能者の方にいろいろと見ぬかれ指摘されたのが
嫌だったんでしょうが、

伊勢白山道とうのにハマリ、線香の三本供養といのをご神前で
しているみたいなのですが

ちょうど3.11のあたりから、(三本供養を始めたのは3.11の3ヶ月ほど前らしい)
ご神前で祈りを上げてもまったくスっとしない感じを覚え
近所の氏神さまのとこで上げると、多生精神的にも下向きであっても
体を力まずにスっと、祈りが届いているかのような爽快感を感じることができる
のですが、(体調もよくなる)

家のご神前では、よほど精神を集中して力を入れないと
祈祷をあげても、上げても、スッと上にいけない
やりにくさ(重さ??)を感じ、邪気がまとって重くしているようなのを感じ
3.11以前はあたりはそんなことはありませんでした。

自分の部屋の神棚ではそんな重々しさはやはり感じません

その原因にやはり、三本供養がとても気になっています、


そこで、神道系の霊能者の方がおられましたら
3点、是非相談させていただきたいのですが


・線香の三本供養をは、何かよくないものを寄せ付けている
可能性はありますか??
それともただ三本あげているだけなので影響は考えられないですか??

・邪気だらけのご神前の邪気を払う方法を教えてください。
月に一回、ご神前を全て隅から隅まで、固く絞ったタオルで、
拭くのはやっています。

・また相談をさせていただけるような霊能者の方いませんでしょうか??
上記3点、相談よろしくお願いいたします。

A 回答 (1件)

神道と行っても多種多様で、多くの人は神社本庁だけが真の新党だと思っているようですが、これも所詮一宗教法人でしかないのです。

だから神社本庁所属の神社では権威あるかもしれないけど、他の神道では全く権威も無いものなんですよ。
日本には数多くの神道があり、中には密教や陰陽道の影響を受けている呪術的なものもあります。
新興宗教という言葉は全く意味の無い差別用語でしかなく、ユダヤ教の既得権益と資産の独占に穢れたユダヤ教からキリスト教が発生したように、そのキリスト教の腐敗に抗ってルターが出たように、現在の神道の在り方に不満を持って新興宗教が生まれてもそれは単にその流れであるだけの話です。新興か否かが善し悪しではないのです。
江戸時代には国学者の数だけ神道があったといっても過言ではありません。

神道とは自分と神との向かい合った場であり、自分の感謝の表現法が神道なんです。
だからその表現が自分らしくなければ辞めればいいだけなんです。

形だけで心の伴わない儀式には必ず邪がはいります。それは神事だけではなくすべてにおいてです。
形だけの教育にも政治にも邪が入り込みます。

だからその儀式を続けるかどうかは自分次第、どうしても心をこめることが出来なければ辞めればいいだけです。
続けるなら、結果が層化など考えずに心をこめることです。
今すぐ変わるのではなく、次第に変化するのだから、上手くいかないからどうしようというのなら辞めるしかありません。最初から即結果を求めるなら何をしても無駄です。
信仰でもっとも大切なことは「信じ切る」事、信じ切るとは迷いを断ち切ることです。上手くいくだろうかとか、よくなっただろうかというのは信じきっていないのです。
信仰はall or nonでしかありません。信じきらなければゼロです。ゼロの状態で儀式をすれば100%邪がはいるのです。

今の方法に迷いが払拭できなければ、普通に拝礼して「祓詞」でも唱えることです。神拝詞でも充分です、こちらは毎回3度繰り返します。
神社本庁ではこれが基本です。これなくして何をしても意味を成しません。

「祓詞」
掛けまくも畏(カシコ)き 伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸(オド)の阿波岐原(アワギハラ)に 禊ぎ祓へ給ひし時に 生りませる祓戸の大神等 諸々の禍事・罪・穢 有らむをば 祓へ給ひ清め給へと 白(マオ)すことを聞こし召せと 恐(カシコ)み恐みも白す

「神拝詞」
祓え給い 清め給え 神(カム)ながら 守り給い 幸(サキワ)え給え
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