家父長制はいつの時代から始まった事なんですか?

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A 回答 (2件)

補足。



専門家ではないので断定はしませんが、武家制度が確立するまでは「家」という観念はなかったようです。平安時代までは古代母系社会の名残りか、結婚の形も嫁入りではなく、男が女の家に通う、通い夫が普通だったようです。武家社会になり、結婚が家と家の結びつきとなり、女性が夫の家に住み着くようになり、女性の地位が従来とは180度変わったと理解しています。それまでの女性は権利ではむしろ男性以上だったかも知れません。母系社会では男性は財産の相続権がなく三下り半を出すのは女性であり、現在でもアメリカインディアンほか多くの先住民族の習慣として残っています。

奈良時代後期から平安時代の宮廷生活は女流文学で語られているので、よく知られていますが、政権に女性の進出度合いが薄いから女権が低いと短絡的に考えるのはどうかと思います。どこの国でも何時の時代でも政権中枢への女性の進出は少ないと思いますが、それと女性の権利とは直接関係ないのでは・・日本の場合、庶民は江戸時代になっても長い間、自由恋愛、自由な結婚の習慣が残っていたのではないでしょうか。

siosaiさんは予想したとおり自分の考えを持ちながら、素朴な疑問として質問されていますね。私の意見はあくまで参考意見として頂ければ結構です。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。参考になりました。

お礼日時:2001/05/26 22:44

家父長制の定義の仕方によって、いつから始まったか変わってくるのではないでしょうか。

家父長制そのものは人類の始まりからあったでしょう。人間が家族単位に生活するとき、母親と父親の役割が決まってきます。それはひとつだけの形ではなく生活する場所(地域)によって異なってきたと思われますが、一般的には父親が
狩をして食料を確保し、外敵より家族を守り、母親は料理と育児、僅かな植物性食料の採取という段階から自然に父親が家族の長として重要な役割を果たすようになったと思われます。

現在言われる家父長制度は武家社会が発達し固定化した中世(江戸初期)からでしょう。武家社会は個人よりも家が中心となった社会です。家のためには家族の構成員はあらゆることを犠牲(後回し)にしなければなりません。そのような社会では必然的に家長の権限が強くなります。個人の自由が縛られ、結婚も個人の意志よりも家の都合が優先されるようになり、女性の地位が低くなりました。それまでの日本や江戸時代になっても武家社会以外では、今日のような自由恋愛、本人同士の意思を尊重した結婚が普通だったものが、時代と共に庶民にも武家社会の風習が広がり始めました。この流れを巧みに利用したのが明治政府ではないでしょうか。富国強兵を計り欧米に追いつくために、家父長制度は理想的だったと思われます。

1945年(終戦)以降、新生民主国家となった日本では家父長制度は否定され、家族は等しく同じ権利を持ち、自由恋愛、結婚が300年ぶりに復活したわけですが、長い間の習慣は一朝一夕にはあらたまらず、古い意味での父権を振り回す人がゼロではありません。単に父親が家族の中で大きな責任と交換に指導権をもつのは家父長制とは特に関係なく、父系社会、母系社会という違った文化に基づくものなので日本特有の習慣ではありません。

蛇足
質問が簡単すぎます。人に物を尋ねる場合は、何故そのような疑問が出てきたのか
、家父長制のここが知りたいとか、もっと具体的に質問すべきです。同じグループ、同じ環境の仲間であればツーカと通じるでしょうが・・

この回答への補足

なるほど、ありがとうございます。でも女性の価値が下がり始めたのは、奈良時代後半ではないかと思っています。なぜなら、そのころは財産相続で言えば男女こそ平等ですが、仕事の面から見ると、女性は後宮や宮人しか仕事が無くそれ以外は男性ということが目立つからです。そこで財産を増やそうとする女性が経済力のある夫を見つけるようになったのではないでしょうか。そういう意味で私は9世紀頃から家父長制が現れてきたのではないかと思ってます。間違えていたらすみません。

補足日時:2001/05/26 18:16
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上棟式での餅まきは「散餅銭の儀」という災いを祓うために餅と銭をまく儀式がもとになっているそうです.
上棟式そのものは平安時代から鎌倉時代にかけて広まり,一般庶民も行うようになったのは江戸時代からだそうです.
家を建てることは大きな厄災を招くという考えがあり,その厄を避けるために餅や小銭をまいて他人に持って帰ってもらうという説があります.

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餅まき1つとっても,聖と俗が表裏一体となっているんですね.

「せんぐまき」は宮崎地方独特の方言のようです.
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「散供」は普通「さんく」あるいは「さんぐ」と読んで,ものを散らして供えることです.
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以上取り止めがありませんが,多少なりと参考にしていただければ幸いです.

参考URL:http://crayon0904.cool.ne.jp/okage.htm

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Q【時代が変わりつつあるのではなく、自分が変わったのだと分かったときの衝撃】 時代が変わっていってい

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錯角ですか?

Aベストアンサー

いやー
あなたも、成長しましたね
なかなか、その人生哲学に、【自分自身で気が付く】ことがないのですよ
人から言われても、【反発するだけが】一般の【凡人】なのです

あなたは何歳かわかりませんが、四十にして惑わずと言います
内面的な成長が著しいと思います

Qロックが「不良の音楽」から「非リアの音楽」に変わったのはいつから?そし

ロックが「不良の音楽」から「非リアの音楽」に変わったのはいつから?そして音楽ジャンルの嗜好と性格&ファッションって一致する気がしませんか?

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そして21世紀の今ロックミュージックは明らかに不良の音楽ではありませんよね。一般的に不良と呼ばれている人や不良っぽいファッションをしている人はHIPHOPやR&B系を好んでいる気がします。
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の高校生がロックに興味を持ってギターやベースやドラムをやり始める気がします。

いつからこのような価値変化が起こったのでしょうか?


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個人的な見解とうろ覚えな知識と印象で述べると、と前置きしつつ始めます。

「不良の音楽」というか「そういうのやってる/聴いてる人って不良の人っぽい」という印象を受ける音楽ってのは、今で言うともっぱらヒップホップ、レゲトンだと思います。
僕が思う、日本でロックが不良の音楽と離れ始めたと思う90年代まで遡ってみます(ロックでちょっと細分化しますけど)

不良の音楽のイメージ

00~現在‐ヒップホップ、レゲトン
         ↓
90年代‐ヴィジュアル系、ヒップホップ
         ↓
90年代以前(70年代くらいまでか?)‐ロック

って感じになる気がします(だいぶ適当だな)
90年代がポイントだと思います。
90年代の初頭から後半までのロックのキーワードはオルタナティブロックとブリットポップですね。

80年代にポップミュージックは、MTVを効果的に使い商業的に大きくなります。
大規模なスタジアムでのライブ、大掛かりなコンサートセット、華美なステージ衣装。
こういうものがあたり前になっていた音楽業界を変える存在が現れます。

アメリカでは、80年代の中盤からあるシアトルのインディペンデント・レーベルのサブポップから登場したバンドで、のちの91年にメジャーから出したアルバムで大ヒットを飛ばしたご存知、ニルヴァーナです。
普段着のままステージに立ち(しかも少し汚い。グランジだから?)楽器と機材しかないようなステージで、バンドのメンバーのみでライブをする。
このようなオルタナ・グランジ勢が、80年代的な商業的ロックの価値観を変えていきます。

一方のUKでは80年代から(それ以前からなのかな?)ラフ・トレードやクリエイション・レコーズなどのインディーズ・レーベルが活発にバンドを送りだしていました。
その流れから90年代に出てきたバンドがオアシスとブラーです。
ブリットポップの2大巨頭です。
ブリットポップのバンド達も、アメリカのオルタナ・グランジ勢と同じように普段着のまま(UKはキレイ目ですが)ステージに立ちライブをし、大掛かりなステージセットを用意するようなことはしませんでした(まぁでもブリットポップ以前のマッドチェスター・ムーブメントからそんな感じなのかしらん)

それ以前の日本の主にメタル的・ハードロック的な価値観が大きかったロックーシーンに、オルタナ・グランジ、ブリットポップの影響を受けたバンドが登場して来ます(渋谷系がいたのも大きいのかな)
まだこの頃の日本は世界の音楽シーンと時差があったりするので90年代中盤を過ぎたくらいですね。
いわゆるギターロックと呼ばれるバンド達です。
オルタナ・グランジ、ブリットポップの影響をストレートに感じさせるのは初期のスーパーカーかな。
日本のオルタナバンドやギターロックのバンドはテレビなどの出演は意図的に避けていましたし、サークルの延長という印象を抱かせるバンドが多いですね。楽器を持ってなければ普通のフリーターや大学生という感じで、ギターロックのバンドには不良のイメージはありません。

でも90年代はまだ日本のロックと不良の音楽は結びついています。
ヴィジュアル系です。こちらはメタル、ハードロック直系です。
華美なステージ衣装や化粧は露出がある場では常に実践していましたし、商業的に成功していくにつれライブ会場は大きく、ステージセットも凝るようになります。
90年代の中盤は、ヤンキーの音楽の趣味はヴィジュアル系とエイベックス系だったと思います(テレビにガンガン出て、シングルトップ10チャートの常連みたいな)
ヴィジュアル系はブームになり、そしてブームは終わりました。

このあと不良の音楽がヒップホップに移っていきますが、下地はファッションが作ったと思います。
僕が中高生だった94年~00年くらいにヤンキーの中にギャングが派生し、終わり、音楽より先にダボダボとした服が不良を中心に浸透していきました。

不良の音楽はヴィジュアル系のあと、少しの間ミクスチャーロック(山嵐、UZUMAKIとか)やメロコア(ハイ・スタンダード、ハスキング・ビーとか)スカコア(スネイルランプ、ケムリとか)に移りました。
それと同時期にドラゴンアッシュがヒットするとラップがカッコよくなり、ワルのイメージにドンズバなヒップホップが不良達にとってOKになっていったんだと思います。レゲトンが不良達にとってOKになったのは、ライフスタイルもヒップホップと変わらず(僕にはそんなふうに思える)、音楽的な違和感もなかったんだと思います(その上、湘南の風が長渕剛みたいに歌ってくれたらヤンキーはサイコーじゃんみたいな)

個人的な見解とうろ覚えな知識と印象で述べると、と前置きしつつ始めます。

「不良の音楽」というか「そういうのやってる/聴いてる人って不良の人っぽい」という印象を受ける音楽ってのは、今で言うともっぱらヒップホップ、レゲトンだと思います。
僕が思う、日本でロックが不良の音楽と離れ始めたと思う90年代まで遡ってみます(ロックでちょっと細分化しますけど)

不良の音楽のイメージ

00~現在‐ヒップホップ、レゲトン
         ↓
90年代‐ヴィジュアル系、ヒップホップ
        ...続きを読む

Qバブル時代はいつ?

バブル時代は何年頃から何年頃まででしょうか?
また当時お立ち台?で踊っていたお姉さんたちは今は何歳くらいでしょうか?
あと当時ワンレンていう髪型がはやったのですか?ワンレンて真ん中分けで前髪のばしてる髪型のことですか?

Aベストアンサー

バブル景気自体は、1986年(昭和61年)12月から1991年(平成3年)2月までの51か月間です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%96%E3%83%AB%E6%99%AF%E6%B0%97

ただ、ジュリアナに代表されるお立ち台ブームは、バブルが弾けた91年終盤からの話です。
なので、当時のブームで渦中だった人達は、現在30代後半から40代前半の人達だと思います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E7%AB%8B%E3%81%A1%E5%8F%B0#.E3.83.87.E3.82.A3.E3.82.B9.E3.82.B3.E3.83.BB.E3.82.AF.E3.83.A9.E3.83.96.E3.81.AE.E3.81.8A.E7.AB.8B.E3.81.A1.E5.8F.B0
ジュリアナで「お立ち台の女王」と言われた荒木久美子さんは、現在42歳です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%92%E6%9C%A8%E4%B9%85%E7%BE%8E%E5%AD%90

ワンレンとは、「ワンレングス・ボブ」の略で、必ずしも真ん中分けを意味する言葉ではありませんが、流行っていた当時の世間一般では、主に真ん中分けしている人が多かった様に感じます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%B9
http://goo.gl/4Qf24

余談ですが、日本でジュリアナが流行る直前の91年半ばに、偶然ロンドンのクラブで、その後に日本のジュリアナで掛る曲調の音楽を体験しました。

バブルが弾けたとは言え、91年前半の日本はバブルの余韻が残っていた頃でしたが、不景気真っ只中のロンドンで殺気立った音を聴いて、直感的に「この音が日本で流行る時は、ロンドンと同じく不景気のドン底になるだろう」と思いました。

ただ、若干予想と異なったのは、ロンドンではマニアックなクラブ音楽として流行っていたのが、日本に上陸した時は軽い感じのディスコ音楽として流行った事です。

その数年後の90年代半ば(ジュリアナが閉店した1994年頃)から、日本でもマニアックなテクノ・ブームが訪れる事になります。

バブル景気自体は、1986年(昭和61年)12月から1991年(平成3年)2月までの51か月間です。
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ただ、ジュリアナに代表されるお立ち台ブームは、バブルが弾けた91年終盤からの話です。
なので、当時のブームで渦中だった人達は、現在30代後半から40代前半の人達だと思います。
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