『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜこれほど人々を魅了するのか

BSで再放送されている必殺仕事人

かっこいいですね^^

同じ時間に放送されている江戸を斬るや長七郎江戸日記よりも格段に面白いです

仕事人て実際いたんですかね?いなければドラマ化しないと思うけど、どうなんですかね?

池波正太郎原作の鬼平犯科帳は長谷川平蔵という名前で江戸時代にいたそうです

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A 回答 (4件)

「あくまでフィクション」ですよ。


「必殺シリーズ」の「1作目」は「故・池波正太郎さんの『仕掛人・藤枝梅安シリーズ』やその他の『仕掛人』をテーマにした小説」を元にした「必殺仕掛人」です。
「仕掛人」というのは池波さんが考えた言葉で、現在でも「業界の仕掛け人」とか「ヒット商品の仕掛け人」など良く使われています。

「単発ドラマ」や「映画」化されて「仕掛け人」という言葉が浸透したのです。
池波さんは「『け』という送り仮名は使用していない」のですが、「池波さん以外の人が使う場合は送り仮名を付ける」のが恒例の様です。

そして「必殺」という「冠詞」は「故・山内久司プロデューサー」か脚本家によって「考案された」様です。
いわゆる「必殺技」という言葉は「必殺がシリーズ化して生まれた言葉」です。

池波さんが定義した「仕掛人という名称の殺し屋が殺す人間」は「生きていては世の為人の為にならない、生かしてはおけない悪人である事(作品中ではそうではない人間を殺して欲しいと依頼する者やそういう人間が殺される例外もあり、それは邪道・外道としている)」ですが、「やや回りくどいというか説明するのが面倒」なので「必殺仕掛人では、『晴らせぬ恨みを晴らす』と言い換えて」います。

そして「2作目以降」は脚本家などのスタッフによる「オリジナル」です。
あ、「3作目」も「原案あり」なので「2作目と4作目以降全部はオリジナル」です。

シリーズは1987年に一度「29作目」をもって終了し、「TVスペシャル」が断続的に作られ、1991年10月から1992年3月までに「30作目」、2009年に「31作目」をもって「連続ドラマとしては終わり」ましたね。

「池波さんの代表作」は「仕掛人・藤枝梅安シリーズ」「鬼平犯科帳シリーズ」「剣客商売シリーズ」と「3大長編シリーズ」ありますが、「歴史上実在した人物を描いた」のは「鬼平だけ」ですよ。
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「水戸黄門」や「大岡越前」、「長七郎江戸日記」などの「勧善懲悪もの」は


例外もあるけれど「大半は権力者」なんですよ。
「ある程度の高い地位にあり、ある程度の権力がある」訳です。
「黄門(これはある役職の名前)様は徳川御三家の1つという時の権力者の家系」、「長七郎は3代将軍・家光の弟」、「大岡越前は南町奉行」、「金さんは北町奉行」、「暴れん坊将軍は8代将軍という最高権力者」等々・・・。
「体制側つまり今で言えば与党側」なんですよ。
「どこか『上から目線感』がある訳」です。

「そうではない人が主役の作品もある」けれど「メジャーどころ」は大抵そうなんですよ。

「必殺シリーズ」を「同じく勧善懲悪もの」と「誤解している理解の浅い馬鹿」もいますが、「そうではない」のです。

「必殺の面白さ」は「時代劇の型をしている現代劇」という本質と、「反体制側の人間がメイン(つまりアウトロー)という事」にあります。

「時代劇ではあります」が、「それぞれの作品当時の世相や当時の実在の事件を時代劇的に置き換えて作られた話がある」のです。
「オイルショック」や「あさま山荘事件」、「オカルトブーム」など・・・。
中には「ちょんまげかつら」ではなく、「自前の髪型」で出ている人も居るでしょう。
そう、「必殺は時代劇に見せかけた現代劇」なのです。

元々は主役ではなかった「中村主水」は「八丁堀同心という体制側の人間」ですが、「一億総中流家庭社会化が進み実に多くのサラリーマンの共感」を得ました。
そう、「正に中村主水はサラリーマンの悲哀を体現したキャラクター」であり、「それ以外の殺し屋は町人が大半で、政治的・社会的な権力を持たない私達一般民衆の投影でもある」からこそ、「政策や公約とは真逆の事をしたりする現実の政治や政治家への不満を架空の話と言えども、代わりにうっぷんを晴らしてくれる代弁者であり」、「必殺」は面白いのです。

ですが、「プロデューサーか誰かの言葉」に、「必殺が求められる世の中は不幸」というのがあります。

事実、「故・藤田さんが『中村主水以外の役に挑戦したい』との意向から(「はぐれ刑事シリーズ」など)」というのもありますが、「バブルの絶頂期前」に終わり「バブルが弾けた後に復活して」います。
そして、今現在・・・。
「シリーズが始まってから終わるまでの世相」は「正に不幸だったと言える不安定なものだった」のでしょう。
「現実社会への不満などの鬱憤や周囲の嫌いな人間」を「劇中の悪人」になぞらえて、「始末される事」で「少しは気が晴れる」と、「人気になった」訳ですね。

「必殺が勧善懲悪でない証拠」として、「殺し屋やそうではない仲間の死」があります。
「ハードな前期」「マイルドになった後期」共に、です。

どちらも「娯楽作品かつフィクションである事は同じ」ですが、「他の時代劇は『めでたしめでたし』で終わりすぎで『実は権力を嵩に着た公私混同とも盛大な職権乱用とも言える綺麗事に過ぎない』からこそ面白いとは思えない」のかも。
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必殺仕事人大好きです。


どのシリーズをご覧なのかわかりませんが、中村主水もいいけど(こんな字だっけ?)
私は、飾り職人の秀さんが1番好きでしたね。。今見ても胸がキュンキュンすると思います。
江戸時代に、いたはずです。でないと、弱い人や貧乏人が浮かばれません。
きっと、わずかなお金で他人の恨みをはらす正義の味方がいたはずです。
この世にも仕事人がいたらいいのに。。と思います。
3人ほど、仕留めてもらいたい人がいます。。。ビンボーなので、わずかな金銭しか支払えませんが。。
どこにお願いしにいけば、いいですか~今の世の中だと殺伐しすぎで、大変ですよね。。こわい。。
ちなみに、鬼平は息子共々大ファンでした。。渋いですよね~たまらん。
むかし、むかしだと、杉良の「しんご(字忘れた)捕り物帳」もたまらんかったです。
岡っ引きの話だったと思いますが、まっすぐな主人公の杉良が毎回、泣くんですよね。。
私も一緒に泣いていたと思います。。。
遠山の金さんも、杉良太郎と、中村梅の助が良かったですねぇ~ホントの遊び人みたいで。。
機会があったら、見てみて下さい。
時代劇がなくて、さみしい世の中になりました。。何か燃える新しいの、してくれないかなーと願っております。。。
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あんな薄給で危ない橋を渡りまくるモノ好きは居まい(^^;


個人的には『喧嘩屋右近』の方が好きですね。あの手なら「居そう」です。

江戸の町ではゴロツキ上がりも与力・岡っ引き・火消に取り立ててましたし、親分集も頑張ってたはずです。
いわば毒を持って毒を制すの例えで回っていたのかもしれませんね。
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