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某国立芸術系大学出身で、自宅でピアノや声楽、ソルフェージュを教えながら、音楽活動をしている者です。
 私は将来を嘱望されていながら、精神的病のため、一時活動を休止し、その後結婚、子供を設け
子育てと、演奏活動を両立させながら、活動費や生活のために音楽教室を開き、指導も行って来ました。私の大学は演奏家を育てる大学で、学生時代は大変大きな野望を抱いていましたが、上記の理由で、野望を捨て、しかしできる範囲で活動をしてきました。もしかしたら、多くの同じような方がいらっしゃるのではと思います。今も音楽に対する探究心は変わらず、いや、ますます探究をし続けています。
 しかし、子育てをし、いろいろと苦労をした結果、最近、私の中に芽生えた新たな考えが生まれ、それを実行しようと思い始めました。それは、活動と生活のために始めた教室での音楽教師の仕事を本気でやってみようということです。(演奏の楽しさ、音楽の素晴らしさを伝えたい)
 もともと今までも、大好きなクラシック音楽を丁寧に生徒に教えるのに、勉強を重ね、
作曲者の人生や、その曲を作った時の背景などを丹念に調べ(いわゆるアナリーゼ)生徒に伝えてきましたが、自分の本業は演奏家で、教えるのは専門ではない・・いわゆる「もぐり」的な気持ちをもっていたのですが、、音楽の教師として1人1人をしっかり教えようと思い始めたのです。
また、何人か自分の子供を育てた結果、紆余曲折を味わい、親としての苦労や失敗も経験し、音楽を教えることを通して、生徒たちに自立した立派な人間になれるように指導していこうと思うようになりました。幸い慕ってくれる生徒が多く、子供の場合、親御さんに信頼され、大人の場合熱心に指導してくれる良い先生といってもらっています。
 子供の生徒の中には、優れた才能を持つ子もいて、ピアノの場合、そういう子は、知っている優秀な地位のピアノ専門の先生に紹介していました。
 実はそのことで、今深く傷ついていて、他のピアノの先生方がどのようにお考えかききたいとおもいました。
 つい最近、うちの生徒が、急にピアノ科に行きたいと言い出ました。上手な子で、専門の先生を紹介しようと思っていましたが、本人が拒否したので、趣味でピアノをやっているのだろうと思っていたので、ソルフェージュ等はいっさいやっておらず、大変あわてましたが、受ける学校はピアノの実技試験のみをみるというので、とりあえず、信頼している、私と同じ大学出身でそこの講師をしている先生を紹介して、1曲を仕上げました。その生徒の話では、最後のレッスンではその先生によく弾けているからピアノは大丈夫と言われたらしいです。その先生は、私に、いい生徒さんをお持ちですねと言っていました。専門でないにしてもしっかり教えてきたのでうれしかったのですが、その子はその高校を落ちてしまいました。
 つい最近、その先生と話す機会があったので、その生徒のことをきいてみたのですが、受験前に私に言っていたことと全然違うことを言われたのです。あれだけピアノが弾けなかったら、どうしようもない、受け答えもちゃんとできなくて、頭が悪いと・・・。
 幼稚園のころから大切に面倒を見ていた子で大変性格がよく、譜読みは早く、ピアノが大好きで、耳で聞いた曲はすぐに弾いてしまう子です。しかし、活動的で球技関係の部活をやっている元気な面も持っていました。わたしとって、自分の子のように思っていた子です。
 その先生はこうも言いました。「ピアノが弾ける子は頭がいい。あの子は無理」と・・・。
 その先生は大変優れていて、演奏活動も引っ張りだこです。私と違って、すべてに恵まれ、優秀な親族(東大出身)、大きな家、優秀な1人っ子を持ち、地位、名誉、すべてもっています。
 私は自分のすべてを否定された気になっていて落ち込んでいます。
しかし,芸術というのは、そんな中から生まれては来ていないと思っています。私が勉強した限り、芸術家は大変な苦労をしたり、不幸だったり、浮かばれなかったり、死んでから、評価が上がったり、
すべてに恵まれ、勉強ができる人のみが芸術をやる資格があるとしたれら、私のやっていることは何なのでしょうか。自分の子供に振り回され、混乱しながら、舞台に立ったこともありました。つらいつらいときを過ごした時期も私には音楽があると、振たったことが何度もありました。
 芸術とは、才能と、優秀さの上に成り立つものなのでしょうか。
ある大家の先生が、自分の生徒(某超有名大学の生徒)にあなたは才能がないから、ピアノをやる資格がない、と言っているときいたこともあります。
趣味でやるのと、プロになることの違いと割り切るべくでしょうか。
 私の生徒は大変性格のいい子です。勉強ができないわけではありません。でも、専門家(と言っても先生)になるには、頭が悪いから無理と言われてもしょうがないのでしょうか。

 

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A 回答 (1件)

 ピアノの指導者ではありませんが、ご質問は指導全般に関することから考えられると思い、投稿してみることにしました。



 受験に落ちてしまった。審査員はちゃんとした人でしょうから、その子の力は客観的に見て、足りないということでしょう。これはその嫌味なお友達の先生の意見を別として、事実として認めざるを得ないことではないでしょうか。質問者さんはそれを見抜けなかった。もっとも大きな問題はこれなのではないですか。

 さらにその子、どのくらい真面目だったのですか。例えば、球技が好きだったんでしょう? いいんですか、ピアニストが指を壊す危険のある遊びをして。指の関節だって太くなってしまうかもしれない。専門の先生の紹介も拒否したという。彼にとってピアノに対する覚悟はそのくらいだったのでしょう。結果が伴わなくても、仕方がないように聞こえるのですが。

 自分の信じたものに裏切られたことがショックなのは分かります。しかし最大の問題は、ご自身の判断力の甘さではないでしょうか。他人の価値基準をせめて憂さを晴らしても、何もならないと私には思えます。

 最後に、こういうことは人を指導しているとよくある話だと付け加えておきます。自分がよいと思った生徒が、外に出て行って潰されてしまう。残念ながら、鍛え方が甘いときに多々起きます。自分が守ってあげられる期間はほんの一時しかないのだから、一人立ちできるようにということを、私は一番に考えます。
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