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駒大苫小牧は2004年の夏の甲子園で北海道勢で初優勝しましたが
なぜあの時はあんなに強かったのでしょうか?

佐々木 林 糸屋 岩田 鈴木など その後プロに行くようなメンバーがいなかったにも関わらず
東北の豪腕佐藤 東北の怪物ダルビッシュ 横浜のエース涌井 四国の怪童鵜久森など
次々と駒苫の前に沈んでいきました

gooドクター

A 回答 (9件)

こんにちは^^



>なぜあの時はあんなに強かったのでしょうか?

2004年の優勝は打力で勝ち取った優勝だと思います。
どのような好投手にも対応できて、攻略する。
常識で考えれば、チョット有り得ない。
それほどの強力打線でした。

大会最高チーム打率、.448は驚異的な数字。

三回戦 駒大苫小牧 7 - 6 日大三
準決勝 駒大苫小牧 10 - 8 東海大甲府
決勝  駒大苫小牧 13 - 10 済美

10点取られたら、11点取ればいい。
「野球は点取りのスポーツ競技」
その象徴のようなチームでしたね。

余談ですが、 azuki-7さん、9年前の大会を覚えてますか?
あの時は、駒大苫小牧は全くノーマークのチームで、
むしろ、ダルの東北高校に東北勢初の優勝に期待が高まってました。

そして迎えた大会11日、3回戦の第3試合。
あの時、第二試合を終わった時点で雨模様。
グランドにも少し水が浮き出していました。

第3試合の開催が危ぶまれましたけど、
大会側は開催を強行しました。
試合は8回裏を終えた時点で1-0で東北高校が千葉経大付をリード。
グラウンドは既に水浸しで、内野はドロドロの状態。
そして迎えた9回表も2死3塁。
打球は強めのサードゴロ。
東北高校、準々決勝進出と思われた、その時。
ぬかるんだグラウンドに足がもつれたのか、手が滑ったのか、
一塁への送球は、とんでもない悪送球になり、
東北高校は土壇場で追いつかれ、
延長で勝ち越され、敗退してしまったのです。

勝負事に「たら」、「れば」はありませんけど、
もし大会11日目の第3試合が雨で延期にしていたら、
決勝のカードは、駒大苫小牧VS東北になっていたかも知れませんね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます
忘れるわけありませんよ

当時はダルビッシュよりも済美の鵜久森と横浜の涌井に注目が集まってた気がしました
この3人はいずれも駒苫に負けてるんですよね…

お礼日時:2013/08/28 16:51

azuki-7さん、こんばんは♪


イメージが変わりましたね、痩せたかな?

香田監督の高い理想に、どちらかと言えば指導者向きの選手達の想いが重なったからかな(*^_^*)
当時の選手は田中将大に比べると小粒で、田中将大をムラサキウニ(棘が鋭く長い)とすれば彼らはエゾバフンウニ(棘先が丸く短い)・・・。
うーーーーん、判らないよね(^_^;)

まぁ、田舎物ほど調子に乗ると強いって感じかな(*^_^*)
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この回答へのお礼

こんばんわ
仕事再開したのでそのせいかも^^

お礼日時:2013/08/28 16:51

香田監督の人脈で良い選手を集められたのでないかな



その後、道外から良い選手 集めてるって叩かれてたけど
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この回答へのお礼

ありがとうございました

お礼日時:2013/08/28 16:51

香田(当時、監督)の選手の技量・適性の見極めの正確さが一番だと思います。

この時の選手では、糸屋を1年夏に投手から捕手に転向、そのままレギュラー捕手へ。次年度のチームでは、田中を捕手から投手に転向させ大成功。
さらに、偶々ではありますが、本来エースの鈴木が春に故障。春季大会はそれまで鈴木の陰に隠れていた、岩田・2年の松橋が投げ(吉岡は怪我)全道優勝しています。経験と自信がついたのではないでしょうか。
さらに、前年の悔しい負けを知っている選手達も多く残っており、モチベーションも高かったと思われます。
本当のところは、関係者にしかわからないと思われますが、私個人が思うには、以上の通りです。
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この回答へのお礼

ありがとうございました

お礼日時:2013/08/28 16:51

> いや、彼はもう少し後の人だったかな?



まー君は 1988年11月1日 生まれなので、
2004年夏は誕生日前なので 15才、高校1年です
まー君が活躍したのは高校では 2年から?
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この回答へのお礼

ありがとうございました

お礼日時:2013/08/28 16:52

類似の質問たくさんありますよ。

9年も前の話ですからね。私も1つ回答してますけど。
いろいろあるでしょうけど、監督の采配や練習方法、運と勢いもあるでしょう。
いろんな要素が重なった結果でしょう。

http://okwave.jp/qa/q4700819.html
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/2322834.html
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/2353066.html
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/2351114.html
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この回答へのお礼

あざまっしゅ

お礼日時:2013/08/28 16:52

野球の指導者を日頃からしています。


当時のことで駒大苫小牧で話題になっていたのはカバーリング
や走塁の技術の高さですね。基本的な全力疾走はもちろん、
特に2塁からホームまでの到達タイムなど他校を圧倒していた
ようですよ。
今でもカバーリングやベースランニングの重要性を選手に説く
ために当時の資料を使って話したりしています。
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この回答へのお礼

ありがとーござます

お礼日時:2013/08/28 16:52

凄くお久し振りです。


日本ハム大ファンのazuki-7さん。(^^)


さて回答ですが、2004頃となると、マー君(田中将大)がいた時代だった?と思いますけど…

いや、彼はもう少し後の人だったかな?
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この回答へのお礼

マーくんは翌年です

お礼日時:2013/08/28 16:53

 だから野球は面白いのでしょう?


しいて言えばチームワークの勝利か?もう何年も前のことですから誰にも真実は解りません。
確かにあの時の日大苫小牧は強かったですね。
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この回答へのお礼

ありがと

お礼日時:2013/08/28 16:53

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