演繹と帰納を比較して、特に論理的必然性について、
なぜ、演繹にはあり、帰納にはないのか!
真理関数と正しい演繹の関係について
わかる人、教えてください。

A 回答 (1件)

前者のご質問のみについてですが…


帰納は個々の事実に共通する性質のみをよりどころにし、そうなる論理については問わないからではないですか?
    • good
    • 0
この回答へのお礼

長い間、放置ていました。申し訳ありません。
本来は、論理記号などを用いての説明がほしかったのですが、
回答を参考に自己で解決することが出来ました。
ありがとうございました。

お礼日時:2002/04/22 01:18

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

関連するカテゴリからQ&Aを探す

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q経験論と帰納、合理論と演繹、および論理学

経験論と帰納、合理論と演繹、および論理学
経験論と帰納の関係を教えてください。
合理論と演繹の関係を教えてください。
また、経験論、合理論、帰納、演繹と論理学の関係を教えてください。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

>経験論と帰納の関係を教えてください。

大阪府在住のAさん、Bさん、Cさん・・・・府民全員と面談(経験)して大阪府民の一般的意識は○○であると結論付けるのが帰納的方法です。

>合理論と演繹の関係を教えてください。

一般的な事実から個別の事実を合理的に結論付けるのが演繹的方法です。

Q演繹法と帰納法

質問します、演繹法と帰納法についてですが、演繹法というのは先に結論を持ってきて、帰納法とはその反対?なんだかあやふやでよくわからずですね。この二つの方法をかなりわかりやすく、教えてください。またこの二つは古代の哲学者はどのように用いていたのか、ご存知なかたは詳細に教えてくださいお願いします。

Aベストアンサー

演繹法は、初めに「何が正しいか」を決めて、それが正しいことを前提に論理を進める方法です。そして、初めに「正しいと決めたこと」が本当に正しいかどうかの検証は、論理を進めた結果が「事実」と矛盾しないかどうかによって検証します。

帰納法は、初めに「何が正しいか」を決めずに、まず、先入観抜きで、「事実」を調べ、その結果として「何が正しいか」を推理する方法です。

演繹法の代表例は、幾何の証明などに多く使われます。初めに「平行線は交わらない」を正しいと決め、そこから、様々な論理を展開します。また、帰納法は、実験事実から、原因を推理したりする場合に、多く使われます。

「理論」と「実験」の関係は、通常、「演繹法」と「帰納法」の関係になります。
自然科学で、一般に良くとられる方法は、まず、実験を繰り返して、その結果を説明する原因を推理します。この推論プロセスが、「帰納法」です。その結果、多分こういうことではないかという「仮説」を立てます。そして、その「仮説」が正しいとすると、論理的には、「このようなことが起こるはずだ」と新たに推理します。この推理プロセスが、「演繹法」です。そして、この「演繹法」で導き出された結果が本当に正しいかどうかを再び「実験」によって確認します。もし、矛盾が起こったら、「実験」事実を元に、先の「仮説」を修正します。これは、再び、「帰納法」です。

このように、「帰納」--->「演繹」--->「帰納」--->「演繹」を繰り返すことによって、段々、自然科学の理解が進んで行きます。

演繹法は、初めに「何が正しいか」を決めて、それが正しいことを前提に論理を進める方法です。そして、初めに「正しいと決めたこと」が本当に正しいかどうかの検証は、論理を進めた結果が「事実」と矛盾しないかどうかによって検証します。

帰納法は、初めに「何が正しいか」を決めずに、まず、先入観抜きで、「事実」を調べ、その結果として「何が正しいか」を推理する方法です。

演繹法の代表例は、幾何の証明などに多く使われます。初めに「平行線は交わらない」を正しいと決め、そこから、様々な論理を...続きを読む

Q論理学 逆・裏・対偶と演繹について

論理学の本を読んでいるのですが、考えても回答を読んでもよくわからない問題があります。

次のA,Bが言えているとする。
A バイトがない日には、一郎は買い物に行く。
B バイトがある日には、次郎はバイトをして買い物も行く。

以上の前提から1,2について正しく演繹できるかどうか説明せよ。
1 次郎が買い物に行かない日には、一郎は買い物に行く。
2 一郎と次郎がともに買い物に行く日はない。


この問題について、まずA,Bそれぞれの逆・裏・対偶は
A逆  :一郎が買い物に行くなら、その日はバイトがない。
A裏  :バイトがある日には、一郎は買い物に行かない。
A対偶:一郎が買い物に行かないなら、その日はバイトがある。

B逆  :次郎がバイトと買い物両方行くなら、その日はバイトがある。
B裏  :バイトがない日には、次郎はバイトと買い物の少なくともどちらかには行かない。
B対偶:次郎がバイトと買い物の少なくともどちらかには行かないなら、その日はバイトがない。

これで正しいのでしょうか?
また、問題1,2についての説明をお願いしたいです。
面倒だとは思いますが、どうかご教授ください。

論理学の本を読んでいるのですが、考えても回答を読んでもよくわからない問題があります。

次のA,Bが言えているとする。
A バイトがない日には、一郎は買い物に行く。
B バイトがある日には、次郎はバイトをして買い物も行く。

以上の前提から1,2について正しく演繹できるかどうか説明せよ。
1 次郎が買い物に行かない日には、一郎は買い物に行く。
2 一郎と次郎がともに買い物に行く日はない。


この問題について、まずA,Bそれぞれの逆・裏・対偶は
A逆  :一郎が買い物に行くなら、その日はバイトがない...続きを読む

Aベストアンサー

 一郎と次郎は同じバイトで同じシフトとします(そうでないなら、どちらがどうかは、どうでも良い)。

>A バイトがない日には、一郎は買い物に行く。

→命題「バイトがない日は、一郎が買い物に行く日である。」
 バイトがない日は、一郎は必ず買い物に行くと解せます。しかし、バイトがある日に、一郎が買い物に行かないことは否定されていません。バイトがある日に、一郎は買い物に行くかもしれないし、行かないかもしれない。

 対偶「一郎が買い物に行かない日は、バイトがある日である。」

>B バイトがある日には、次郎はバイトをして買い物も行く。

→重複を避けた命題「バイトがある日は、次郎が買い物に行く日である。」
 バイトがある日は、次郎は必ず買い物をします。しかし、バイトがない日に次郎はバイトには行けないは当然ですが、買い物に行かないことは否定されていません。バイトのない日に、次郎は買い物に行くかもしれないし、行かないかもしれない。

 重複を除いた対偶「次郎が買い物に行かない日は、バイトがない日である。」

>1 次郎が買い物に行かない日には、一郎は買い物に行く。

 次郎の対偶から、バイトがない日と確定します。それにより、一郎の命題から、一郎が買い物に行く日と確定できます。

>2 一郎と次郎がともに買い物に行く日はない。

 両者は、バイトの有無に関わらず買い物に行く可能性があります。したがって「バイトに行く日」は「買い物に行く日」の判定には使えません。残るのは「買い物に行く日」という条件だけですが、一郎と次郎の共通集合であっても、条件からその条件自身の真偽を判定することはできません。

 一郎と次郎は同じバイトで同じシフトとします(そうでないなら、どちらがどうかは、どうでも良い)。

>A バイトがない日には、一郎は買い物に行く。

→命題「バイトがない日は、一郎が買い物に行く日である。」
 バイトがない日は、一郎は必ず買い物に行くと解せます。しかし、バイトがある日に、一郎が買い物に行かないことは否定されていません。バイトがある日に、一郎は買い物に行くかもしれないし、行かないかもしれない。

 対偶「一郎が買い物に行かない日は、バイトがある日である。」

>B バイト...続きを読む

Q帰納と演繹

帰納法と演繹法を比べてみて、学問としてはどっちが偉いですか?
わたしはどうも帰納法のほうが現実からスタートして豊かなところがあって、偉いんじゃないかと思ってるんですが、実際のところどうなんでしょうか。

Aベストアンサー

演繹とは前提にある帰納的な事柄を次の結論に結びつける絶対的な方法・作業なので、切り分けること自体に意味がない気がしますが…どちらを使う人が理知的かといえば、世間は演繹的なアプローチの部分がうまい人を大切にしていますね。――ということで詭弁を弄して、世を渡る為にも帰納的な前提よりも、前提が嘘でも、演繹的で絶対的な理論に力をいれて生きていく方が、いわゆる勝者なんです――僕はその演繹的なアプローチに含まれる、帰納的な前提をラジカルに細部まで分解して、帰納的な前提のもとに演繹的な結論を求めたいと考えています。

言い換えれば帰納と演繹の2つが存在しなければ、物事を批判する文章は書けないので、私は両者を大切にしますが、前提が嘘(帰納法)でも成立するかもしれない、絶対的な演繹法を偉いことにしておきます。

※…厳密に言えば帰納法なるものが存在しなければ、演繹法なるものも存在しない事を理解していますか?

Q真理概念について整合説と合意説と存在の真理と…あと一つは?皆さんにとって真理とは?(>0<)

初めまして(^^)最近哲学について勉強する機械があって、「真理概念」というものを知りました(考えすぎるとキリがないけど面白いなぁと思いました☆)。そこで、
整合説(命題と命題の整合・不整合について)と
合意説(合意できるものを真理とする)と
存在の真理(ありのまま)
この3つとあと一つ何かあったき気がするんですが思い出せません…検索しても上手く見つけられなくて…(><)他に何か有名な真理概念があれば教えて頂けないでしょうか?(>0<)
あと、これをふまえて自分にとって「真理って何かな…?」て考えた時、私はこの中では「存在の真理(ありのまま)」が自分の考え方に近いかな~と思うのですが、皆さんは「真理」とは何だと思いますか?(^^)(上記以外の考え方でも良いです!)
好奇心というか参考にしたいなぁと思ってるので、もしよろしければ教えて頂けないでしょうか?たくさんご意見頂けると嬉しいです!(>∀<)

Aベストアンサー

真理とは何か?
これは、認識論のメインテーマでしょうね。

真理=あるがままの現実をあるがままに反映した観念や判断。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

私は、この「あるがまま論」が妥当であろうと思います。
ただ、「あるがまま論=鏡に映った像論」という解釈ではありません。

ところで、あるがままの現実をあるがままに反映するためには何がしかの実践が必ず介在。
で、実践を通じて<本当にあるがままか?>は検証されてより確かになっていくでしょう。
「あるがまま論」が単なる「鏡に映った像論」ではないという理由です。

たとえば、「宇宙の年齢は約130億年」は、現時点での「あるがまま論」が指し示す真理。
私は、30世紀においても、これが真理であり続けている保証はどこにもないと思っています。
真理の実践における検証レベルは、時代的制約、個人的制約などを必ず伴います。
ですから、「これが100%正しい究極の真理」を21世紀の今日で知ることは不可能でしょう。
これは、平安時代や江戸時代の文献にみられる真理と今日の真理を対比すれば判ります。
30世紀の人々も21世紀初頭の真理を同じような思いを持って見ることでしょう。
ですから、「あるがまま論」のいう真理は相対的なそれであって絶対的なそれではありません。

概ね、これが私が納得している真理論の骨格です。

真理とは何か?
これは、認識論のメインテーマでしょうね。

真理=あるがままの現実をあるがままに反映した観念や判断。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

私は、この「あるがまま論」が妥当であろうと思います。
ただ、「あるがまま論=鏡に映った像論」という解釈ではありません。

ところで、あるがままの現実をあるがままに反映するためには何がしかの実践が必ず介在。
で、実践を通じて<本当にあるがままか?>は検証されてより確かになっていくでしょう。
「...続きを読む


人気Q&Aランキング

おすすめ情報