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いつも不思議に思うのは、0は全く何もないのに、数学の時に0から1になることです。

私の考えは0が全くの無なら、どうして1が存在するのかと言うことです。

そして、1が存在するという事は0は本当は全くの無ではなく、0.0000000000000000000000・・・・1

を内包してるのかな?という事です。

不思議でたまりません。

わかりやすく教えてくだされば嬉しいです。

A 回答 (9件)

#5です。



>数直線上から離れてゼロにだけ特別の意味を見出そうとしたとの解釈

その通りでして、#6さんの「お礼」に書いてある認識で正解です。
数学は数学で、哲学と混在させると双方とも幸せにはなれないです。

数学を比喩として、哲学を考えることは非常に有意義だと思いますが、
その時に数学的な意味と哲学的な意味を混在させないことですね。

例えば、数学として0÷0は「不定」で、それ以外の答えは無いんですけど、
http://naop.jp/topics/topics28.html

これに「存在しないところから何かを生み出す」云々の意味を見だすこと
自体は問題ないですが、「数学的に0÷0は不定だ、だから無から有を
生み出すことはできる」と論じることは間違いなんです。
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この回答へのお礼

再度の回答ありがとうございます。

>数学的な意味と哲学的な意味を混在させて・・

全くおっしゃられる通りでした。

両方を同一線上で考えていました。

大変有益な指摘をしていただきましてありがとうございました。

お礼日時:2013/10/23 22:02

No.3です。



皿は何だということですが、皿には別に意味を持たせる必要を感じませんけど。

なんでしたら、皿の代わりに「何もないところ」とでもしてください。
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この回答へのお礼

再度の回答ありがとうございます。

おっしゃられるように、何にでも自己的な意味付けをする傾向がわかり

感謝しております。

ありがとうございました。

お礼日時:2013/10/23 22:12

仏教か… 貴方の疑問は、


数学にちょっかい出したりしてないで、
仏教の範囲で解決すべきものではないですかね?
仏教がいかに広く深い世界だとしても、それで
数学を取り込めるものではないと思います。
哲学に安易に数学を援用しようとして、失敗
というか大恥をかいた例なら、「ソーカル事件」
について調べてみれば解りますよ。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

自分の無知を改めて認識いたしました。

おっしゃられるように、数学的思考には時として

リーマン予想のように人間を廃人にもならしめる魔力がありますね。

ありがとうございました。

お礼日時:2013/10/23 22:06

1が存在すること、0はちょっとだけ存在すること、とするならば、


存在しないという状態を表すことができないってことです。

そもそも「存在」の否定が「存在しない」ですから、
存在という概念を表すなら、この2つを区別できなければなりません。
「存在」の否定が「ちょっと存在する」ではダメなのです。

よって、0が全くの無を表すという役目を負わされています。
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この回答へのお礼

早速の回答ありがとうございます。

>「存在」の否定が「存在しない」

とてもわかりやすいご説明ありがとうございます。

どうも私は数直線上の通過点であるゼロと、哲学的な意味の「存在しない」を

混同していたようですが、その解釈でよろしいでしょうか?

回答ありがとうございます。

*あと、一つ疑問があるのですが「存在と非存在」を支える皿のような物?を考え無くて良いのでしょうか?

お礼日時:2013/10/23 10:30

なんでそこで、実体と数値を関連させるかな。



ゼロは数直線上で1と-1の中間にある値、という以上のモノじゃ
ありませんよ。そういう意味で1や7、23569などとも等価です。
意味を見だそうとするから混乱するんで、意味を考えることそのもの
が不毛です。

「ゼロ」という表記の「価値」と、ゼロという値は別物ですからね。
表記法に関係なく、ゼロという値は1と-1の中間に存在するんです。
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この回答へのお礼

早速の回答ありがとうございます。

値としてのゼロは単に数直線上の通過点との認識で宜しいでしょうか?

それを私が、数直線上から離れてゼロにだけ特別の意味を見出そうとしたとの解釈で良いのでしょうか?

回答ありがとうございます。

お礼日時:2013/10/23 10:21

仏教に説かれてているではないですか。



色即是空 空即是色

仏教を学ばれているのであれば、上記の言葉と同じ事です。
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この回答へのお礼

早速の回答ありがとうございます。

そうですね、おっしゃられるように色即是空 空即是色

と言うのは頭では理解?出来るのですが、心の奥底での納得がいかなくて

困っている状態です。

回答ありがとうございます。

お礼日時:2013/10/23 10:16

何も載っていないお皿にみかんを1つずつ乗せていったと考えればいいのでは…。

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この回答へのお礼

早速の回答ありがとうございます。

教えていただきたいのですが、その場合の皿は数学的に何を意味する事になるのでしょうか?

宜しくお願い致します。

お礼日時:2013/10/23 09:00

まず、自然数といって、1,2,3,4,5,6・・・が生まれました。


ZEROの発見(発明)はかなり経ってからですよ。
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この回答へのお礼

早速の回答ありがとうございます。

zeroの発見、zeroの発明。

発明と言う回答を読ませて頂き、それなら無から有が生じても問題はさして無いかな?

と思いました。

それならば、0から1に移行?しても不思議では無いと感じました。

回答ありがとうございました。

お礼日時:2013/10/23 08:57

数学よりは哲学のようなので、



ヘーゲルの本を読まれることをお勧めします。

また、数学の基礎に関する本を読まれたらいかがでしょうか?

それでも納得できなければ、ご自分の独自の数学を作ってしまえば良いと思います。

頑張ってください。
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この回答へのお礼

早速の回答ありがとうございます。

私は仏教を専攻していたのですが、物の本体を究極に突き詰めていった際に

実体が無いとの結論で0としたのならば、何故究極的にはこの世界に存在する

もの1とか2にたどり着くのか不思議でなりません。

おっしゃられるように、数学よりは哲学的な問題かもしれませんが、回答ありがとうございました。

お礼日時:2013/10/23 08:49

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