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日本の兵器は、部品、生産する機械などすべて日本製でまかなえましたか? 戦争中は鎖国状態なので部品の輸入なども不可能でしたね? 先日、ゼロ戦のパーツについて解説された書物を読んだのですが、「な~んだ、純日本製と違うのか」と思いました。

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A 回答 (5件)

工作機械は、米英独のものを使っています。

たとえば、なーんだ、と思われた零戦の工作機械には、アメリカ製のものがありました。消耗品(ドリルの刃など)が当然輸入できませんから、大切に使うように現場には指示がでています。

また、海軍の工作艦「明石」は、戦前に英米独の工作機械を輸入して搭載していました。この艦一隻だけで、日本海軍が日本の外で実施した艦船修理の5割をこなしていました。

陸軍は中国大陸で国民党の軍隊が装備していたチェコスロバキア製の機関銃を大量に鹵獲し、正式装備にしています。性能がよかったからです。また、マレー作戦で鹵獲した英米の自動車やトラックは、多いに活用されました。

シンガポールの油脂タンクに貯蔵されていた英国のガソリンですが、日本のものよりオクタン値が高くて優秀だったので、重要な偵察任務につく航空機などに使用しています。

陸軍・海軍が使っていた和文タイプライターの活字部品は、1943年にストックがつきるまで、戦前にストックされていたスウェーデン鋼材で作られていました。

あと、零戦の取り扱い説明書で指定されているエンジンオイルは、テキサコ・エアプレーンです。テキサコは当時の石油メジャーだったので、特に奇異なことでもありません。

意外とさがすとありますよ。鈴木内閣になって終戦工作が始まった時期、海軍省の大臣秘書官たちは、万が一のことにそなえて、使いやすいコルトの拳銃を手近に用意していたといいます。
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agekoba さん、おはようございます。




日本の兵器は、部品、生産する機械などすべて日本製でまかなえましたか?


たぶん、日本の兵器は、部品を賄えただろうと思います。ただ、特許というかアイディアとか工作機械は一部を戦前、あるいは戦中に輸入してライセンス生産しただろうと思います。戦前にアメリカから輸入したものを含めて)
例えば、ゼロ戦の20mm機銃はスイスのエリコン社製のライセンス生産したものを改良したものです。また、機体に使用されていたものはESDという超超ジュラルミンというドイツの新素材です。ただ、総合的な設計は日本の技術だと私は思います。
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質問者さんの定義する日本製がどういうものを指しているかにもよりますが、日本の国内・領土内で製造されたものと定義するならすべて日本製です。


ただし、他の方も指摘するように設計は外国製で、ライセンス料を払って日本の工場で生産したものもあります。これを純粋な日本製というかどうかというのはありますね。

また占領などによって鹵獲した兵器や車両を使うこともありました。ま、これはドイツなどでもよくやっていたことです。
連合国側では貸与、供与という形で武器や部品などが提供されることがありましたが、枢軸側ではほとんど行われませんでした。
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どこの国の兵器でも同じですが、100%国内開発、国内製造はあり得ません。


開発するにあたっていろいろな技術的ノウハウが必要ですが、海外で開発された技術の流用(正規でも非正規でも)は当たり前のように行われています。
また、どうしても国内で開発できない物や、一定性能を得られない物は輸入品を使うことは多々あります。
例えばあなたの言っている零戦ですが、重要なパーツであるプロペラは、アメリカのハミルトン社が開発した定速プロペラを住友金属がライセンスを取得して製造したものです。
なぜアメリカで開発された物を使っていたかと言うと、当時の日本の技術力や工業力では作れない物がたくさんあったのです。
今の日本の感覚では信じられないかもしれませんが、当時の日本は基礎技術力や基礎工業力が低く、そうせざるを得なかったのです。
また陸軍の三式戦の20mm機関砲はドイツのマウザー社の物を輸入して使ってました。そのため同時に輸入した砲弾のストックが切れた時点で使用を終了しています。
これもエンジンはダイムラーベンツのDB601のライセンス品ですよね。もっとも日本の場合、先にあげた基礎工業力が低くてとてもじゃないけどまともな物は作れませんでしたが。

戦争中の海外方の輸入ですが、大戦末期の制海権も制空権もアメリカに取られた後は殆ど不可能でしたが、大戦初期から中期にかけては同盟国経由で輸入されていましたし、敵国の兵器でも同盟国や第三国経由で結構入手されていました。
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全て日本製ですよ


外国から部品供給が無いので、日本国内で部品を作り組み立てるしか術がありません
潤滑油に関してはペンシルベニヤ産鉱油という指定になっていました
当時のエンジンオイルはペンシルベニヤ産鉱油を中心とする英米製が高品質で、日本製は品質は悪く初期性能の発揮が出来なくなるのです

日本は現在でもライセンスないし国産に拘るのは有事に際して部品供給が止まると兵器が動かなくなるのでそれを防ぐのが目的です
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Q太平洋戦争当時日本軍が三八式銃を使用していた理由は

三八式銃とは、明治38年 に発明された旧式の銃らしいですが、
これを太平洋戦争当時でも使用していたそうです。
戦争中の兵器の進歩は日進月歩なのが普通なので、
これは不思議なことです。
使用し続けた理由は何でしょうか?

大量に余っていたとしても新式に鋳直せばよいだけのことです。
現に戦闘機などはどんどん改良を重ねています。
なにか特別なことがあったのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

銃は、航空機、戦車、潜水艦のいわゆる三大新兵器とは違う「熟練した兵器」ですので、寿命は桁外れに長いです。
ほかに寿命の長い兵器は、歴史的に見ると刀剣があります。日本刀は、太刀~打刀に変わったりと、若干の変更がありますがおおむね形は変わりません。これは刀は、熟練した兵器であり、戦術的な変革がなければ、仕様を変える必要がない代物だったといえるでしょう。

さて、三八式についてですが、これも似たようなものです。諸外国の兵器と比べた場合の旧式度合いについては、すでに前に語られていますね。
新しいともいえませんが、それほど古いともいえません。つまり、ボルトアクション式では、すでに三八式は「決定版」ともいえる代物だったのです(No12の方が言っているように日本人にとって扱いやすいのも大きい)。
決定版なので、それ以上のものは戦術的転換がないかぎりは不要です。現在でもピストル、小銃などは50年以上前の設計の物だって十分現役で使っている国もあります。これらは現代の戦術では決定版足りえる代物だからです。

さて、先ほどから「戦術」という言葉を使っていますが、これが、三八式におきた一つ目の悲劇です。
時代は第1次大戦、火器は「小銃による打ち合い(砲は補助的)」から「重砲と機関銃(小銃は補助的)」による戦術に「転換」しました。

つまり三八式の作られた時代の戦術概念と第2次大戦では大きく様相が変わったのです。
基本的に新しく作られた戦術というのは、前に使われていた戦術よりも優れています(優れているから採用される)。
つまり、三八は世界的な戦術である、火砲、機関銃の大量使用による弾幕戦と戦うようには対応していません。
諸外国のようにそれらの「補助兵器」として使うならば十二分の性能だったでしょう。

当時の戦術において勝利を決めるのは火砲、機関銃、戦車といった兵器で、小銃はすでに勝利を左右する兵器ではなくなっていました。
しかし、日本軍にはそれらで力のある兵器はありません。

勝利を左右する兵器を持っていない軍隊と、勝利を左右する兵器を大量保有している国が戦えば・・・どうなるかはわかりますね?

日本軍が、(あくまでボルトアクションから進歩した存在であり、補助兵器の域を出ない自動小銃はともかくとして、です。諸外国がこれの更新を遅らせたのは、他に国力を注いでいたためです)火砲や機関銃の大量配備を嫌ったのは、塹壕戦による経験が薄かったために有効性を信用しきっていなかったのもありますが、最大の理由は、工業力がこれらの兵器を「全軍にいきわたらせて、かつ戦えるだけ」の力を持ち合わせていなかったことです。
国力と軍事力の兼ね合いが著しく悪いとも見れます。海軍でもいえますが、国力以上の軍事費は維持費や更新費用の面で国家を破綻させます。弾薬についてもそうです。自国の国力でまかなえる以上の弾薬を使う軍隊を持てば、補給にひずみが生じて、供給が追いつかなくなります。
かといって軍隊を減らすわけにもいかない状態ですし、そのおかげで更新(つまり戦術転換)に使う国力もない。新しい戦術では弾薬を多く使うので、転換したところで維持できるだけの国力もない(諸外国は生産量を増やしたのですが、日本ではそれができるだけの国力すら残っていなかった)。
日本軍が抱えていたひずみとかゆがみが、小銃にも現れているのです。

もう一つの悲劇が、1つ目の後半とかぶりますが日本の工業力の低さです。
当時、日本の技術力はとにかく欧米に追いつけということでタッチアップを図っていましたが、まだまだ追いついていません。
よく「日本の技術力は世界一だった。アメリカに物量で負けた」なんていう人がいますがこれは大間違いです(空技廠から上がってきた航空機の図面で、「この部分は鋳型をつかった鋳造で」となっていても金型が作れずに削り込み部品にしたというのはよく聞く話です。つまり当時の技術はその程度)。
中でも惨憺たる分野が重工業全般の中でも最重要分野の鉄鋼業でして、製鉄も自国では補完できない、鋳型技術も低い状態です。
さらには、精密機械技術が発展途上でして、とにかく精度が悪い(戦前の日本兵器において「統一規格」はありません。というより作れなかったのです。精度が維持できないのですね)。そのため小銃ですら調整しないと命中精度が維持できない上、部品の互換性がない。これは前線において問題です。
別々の箇所が壊れた銃をばらして一つの壊れていない銃にするというのは、軍隊ではある程度普通ですが、日本ではこれが出来ない。つまり不経済な状態です。
また、弾薬の製造精度も悪いため、弾詰まりが多い。これは自動小銃のほうで批判されますが、こちらについては「吐き出す量が多いためハズレに当たる確率が高い」だけなのです(まあ、自動小銃のほうが若干弾詰まりを起こしやすいというのはありますが・・・)。

ながくなりましたが、結局は日本と日本軍の構造上の問題なのです。
日本において三八式が評判が悪いのは、本来的に責任はない三八式に、日本の抱える問題を添付してしまっているからです。結局問題は日本自体にあるのです・・・
というわけで、三八自体の設計は優秀ですし、ボルトアクション式小銃の決定版でもあります。

銃は、航空機、戦車、潜水艦のいわゆる三大新兵器とは違う「熟練した兵器」ですので、寿命は桁外れに長いです。
ほかに寿命の長い兵器は、歴史的に見ると刀剣があります。日本刀は、太刀~打刀に変わったりと、若干の変更がありますがおおむね形は変わりません。これは刀は、熟練した兵器であり、戦術的な変革がなければ、仕様を変える必要がない代物だったといえるでしょう。

さて、三八式についてですが、これも似たようなものです。諸外国の兵器と比べた場合の旧式度合いについては、すでに前に語られてい...続きを読む


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