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授業で神経症について話すことになりました。
神経症の方の症状など、なぜ神経症になってしまうのか知りたいです。
神経症について知ってる方、また周りに神経症の方がいるという人、症状など教えてください。

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A 回答 (2件)

今の医学ではその原因は分かっていませんが、早期治療で早く良くなります。

とインターネットなどに書いている医師がいましたが、神経症が治った経験から、神経症を説明したいと思います。

神経症の原因は『心の矛盾』が全てです。心に矛盾があるという意味は『脳の機能分化に原因があって、そうしてその事を誰も説明出来なくて、神経症の治りも、悪化するという意味も誰も説明出来ないでいるからです。

神経症を説明する場合には、予備知識として『人間の脳の機能と、心に感情や考えが沸き上がる、システム』を知っておく必要がありますので、誰の心(脳内)にも『人格が二人存在する事実』を科学的なデータをコピーして貼って置きます。ウイキペデアからです。

『”ロジャースペリー 分離脳
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究
ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球が 『それぞれ独立した意識』 を持っていることを実証した。”』

更にこの記事を補強するために、或る脳科学者が『自分自身の内面から』脳の機能分化の体験を脳卒中の為に『体験せざるを得なくなった』貴重な体験談を語っている動画を載せてみます。


もし出ないようでしたら、ジルボルト、テーラ脳卒中と検索して下さい。

URL:

右脳に存在する人格は、お釈迦様が『仏性』と書いていた者です。或いは聖書の中では『神』と呼ばれている者です。この者の存在が分かり難くなっている事から『、、、の原因は未だ分っていませんが?、、、』と今の精神医学の分野では、認知されていません。

神経症が完治した場合では『悟りを開く』=『自分の性を知る事』=『見性』と同じ体験をします。ジルボルト、テーラ女史の体験は俗に『宗教体験』=『神秘体験』と呼ばれているものです。

心の矛盾をもう少し説明したいと思います。右脳の人格は人間(生きとし生けるもの全てに備わっている)働きの事です。もう少し分りやすく書くなら『生命を生命として働かせている機能そのもの』の事です。

赤ん坊が生まれた時既に備えているものです。この意味は『生まれて以来既に知っている事』と言う意味です。『生命活動に関する事柄の内、学ぶ必要など無く、既に知っている事』と言う意味です。具体的に書くなら


一つは『心臓や肺やホルモンの調節や体温の調節等』生きてゆくための必要事項のうち『身体としての生命体としての機能』です。心臓の動かし方や神経系統やホルモンの調節方法等は学ぶ事がありませんがしっかり機能させている者、と言う意味です。

二つ目は『心に感情や考えを、外界からの情報を基にして、生命維持活動の為に、沸き上がらせている機能』です。

三つ目は『人間の行動を通しての生命維持活動の為に働いている機能』です。

分かり易くなる為に、三つに分けて書いていますが、複雑な人間の『全人格的な見地から言うならば』この三つは複雑に絡み合いながら、人間を構成していますので、この三つが同時に作用する場合や二つが作用する場合や、一つのみが強く作用する場合も、多種多様な現われ方をしている筈です。


神経症の場合では、二つ目の機能と三つ目の機能が強く作用していますが、心臓神経症という場合では、一つ目の機能も関係しています。

身体の異常を訴える神経症の場合では、一つ目の機能も疑っている事を意味します。

こう言った人間の機能を疑う事が神経症の原因になっています。主に二の行動面が強く出るケースが多いようです。

自分自身に元々備わっている機能を疑う場合に人間は『自分が異常ではないのか?』と考える場合があります。このような事を聖書では『失楽園』と表現しています。

一として説明した、自分自身の『身体の機能に異常感を訴える場合では』自律神経失調症や過敏性腸症候群という具合です。

二として説明した、自分自身の『沸き上がる考えや感情』に疑いを持つ場合では、沸き上がる考えの場合を統合失調症と呼んでいます、沸き上がる感情の場合では感情障害と言う具合です。心を病むと表現出来ます。

三として説明した『自分の行動に疑いを持つ場合』を神経症と言っています。つまり、自分の行動に疑いを持つと言う意味です。行為をしたのかしないのかに疑いを持つ時には『強迫行為』や強迫観念になっています。行動の自在性に疑いを持つ場合では、書く事が出来なくなるしょけいになります。

話す事に疑いを持つ場合では吃音と言う症状になっています。

一にしろ、二にしろ、三にしろ、自分自身の機能に疑いを持つ事を意味します。自分の脳の機能に疑いを持つ事が『障害の元になっています。』

自分の機能に疑いを持たない場合を聖書では、天国に一番近い存在を『幼子』としていますが、それもそのはずです、脳の機能が未分化の為に、疑う事をしないからです。『自分は何物か?』矢『生きがいが欲しい』或いは、自分の裸を人に見せたとしても『恥ずかしいと言う感情さえ湧き上がらない様になっています。

この理由は、脳内に於いて『心が一つの者』として作用しているからです。

思春期頃『自分の裸を人前に晒す事に恥じらいを感じる頃』或いは『人生とは何ぞや?』と思い始める頃、脳の機能分化が完成に近くなっています。その事によって、心はその機能によって別々に機能し始めています。『見ている自分』VS『見られている自分』と言う風にです。

この二つに分かれた自分が、争いを始める事が今書いた三つの障害の元になっています。

別な観点から神経症を説明します、自我意識=顕在意識は左脳の人格です。無意識の自分は右脳の人格です。沸き上がる始めの念=『一念』は右脳の人格からです、それに対して沸き上がる『二念』は左脳の人格です。

こういう具合に心は二つに分かれてしまいますので、自分自身に敏感な人=神経質な性格や不安になり易い人は『自分自身の心の内部観察が鋭くなっています。』そのために『二つの人格が、自分の頭の中に存在する事に気が付くわけです。

そういった自分自身の脳(心)の機能の違いに気が付いて疑う事を、失楽園と書いています。この意味は『答えさえ出無そうな問題に悩み始める事』つまり悩みの底に沈んでしまいそうな問題を悩み始めると言う意味になるからです。

この意味は、世の中には簡単に楽観的に考える人と、同じ問題を難しく、かつ深刻に否定的に考える人がいますので、不安になり易い人の『不安解消のメカニズム』が聖書や仏教の教えの中にあるという意味になります。

動画の中のジルボルト、テーラ女史は、自分の人生にさようならをします、この意味は『一端自我と言う心が全てを諦めてしまう事』を意味します。その時になって始めて、『右脳の人格』=自分自身の命の働きと、脳梁の中で出合う体験をしています。この体験が神秘体験と呼ばれている体験ですが、詳しく説明するなら、

死に対する恐怖症の場合では、自我意識は有限の命と心得ていますが、同時に『死にたくない』と深刻に悩んでいます。この悩みが心の矛盾です。その理由は自我意識は『言葉を使うようになってから、物事を分けて分別する事によって、言葉にしている機能から成り立っています。この脳の機能には永遠を理解するソフトが入っていません。

それに対して右脳の働きは、学ぶ以前から全て整っています、この意味はもう既に永遠を知り尽くしている機能から成り立っている事を意味します。脳梁の中での瞬間的な出会いにも拘らず、自我は『自分の命は永遠の存在で成り立っている事が分ります。』この経験から、『自分が死に行く事には頓着しなくなります。』

恐怖症が完治する瞬間です。

自分の障害を起こしていた者との出会いによって、自分自身の障害の元が何か?体験的に理解出来ます。

従って神経症とは『自分の頭の中で、不安の元を作り出していて、その不安を自分が感じている事』が理解できるようになります。

考え方や、感じ方の変更をする事を意味します。

今までは『沸き上がった感情や考え方』の内良い事を願い過ぎていた事、或いは『悪い事を嫌い過ぎていた事』で、なんでもなかった普通の事柄を、自分の意識する力で症状にまで高めていましたが、

治った後でも『心の中を探すなら、確かに症状らしきものは存在しています。』が選り好みをする心が弱くなったために『症状にはならなくなっています。

同じ症状らしきものが在っても、症状を受入れたために『気にならなくなっています』意識上に上げる事が無くなっています。この時点で症状が消滅しています。是が神経症の治りです。

神経症とは『何処も悪くないのに、自分の意識する癖、或いは意識する力で』症状にしています、そうして症状にまでなった嫌な感じを嫌ってしまって、又更に追い出そうとします。この追い出そうとする心の作用で更に意識に固定されています。この固定が症状として確立された事を意味します。

神経症の治りとは、症状をすっかり受入れる中に存在します。症状を取り除こうとする試みは『返って症状を治らなくしたり、硬く固定させてしまいます。』悪化するという意味です。

従って今の精神科医達のやっている方法『症状の改善』では治らない事が保障されています。本人の意志が固くて一生掛けて症状の改善を望むなら、一生症状に苦しむ事を意味します。
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この回答へのお礼

分かりやすく教えていただきありがとうございました!

お礼日時:2013/11/04 03:27

神経症は不安症ですから、いくらでも有ります、ノーマルな症状は眠れない事を、気にし過ぎる(不安になる)不眠症、不潔を気にする(不安になる)不潔恐怖症、自分の状態が人にどう思われたいるか気にし過ぎる対人恐怖症



物を落とす事を凄く気にする人もいます、戸締りを気にする人もいます、これを確認をしなければ気がすまなくなったら強迫神経症10回でも、20回でも納得するまで確認行為を止めません、前の人が扱けて怪我をするのではと不安になる人もいます、100でも千でもあります

今置かれている環境に適応できない適応障害


>神経症の方の症状など、なぜ神経症になってしまうのか知りたいです。
元々もっている神経質な家系の遺伝と乳幼児期の不安定な環境要因、この場合は親の
過干渉が多いのではないでしょう、そうした下地が有るため、大人になると不安定な
神経質な性格が形成され、ストレスが誘引となって神経症を発症するのではないでしょうか

乳幼児期に安定した環境があれが発症しない可能性が高いと思います
ある臨床心理士は乳幼児期に親に甘えられる環境が与えれなかったからと言っています
乳幼児期の脳の未熟な段階でストレスを与えられると不安定な大人になるのかもしれません。 気難しい、子供に強いる、期待をかけ過ぎる親の環境下で育つと要注意

やんわりとした、のんきな、暖かい家庭環境に育ては発症し難いと思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

お礼日時:2013/11/04 03:28

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