お酒好きのおしりトラブル対策とは

今日家族で薬師寺如来の大祭に行ってきました。
お堂の前には常香炉?があり、私が煙を浴びている時、母が携帯のカメラを向けてきたので私はピースしたりして写真を撮りました。
しばらくして母を見ると、母が携帯でお堂の中にいらっしゃる仏様の写メを撮っていました。
私は母をとめましたが母は聞きませんでした。
撮ってしまった後、私は母に「なにかうつるよ~」などと言って半分ふざけて母を脅しました。

後からいけないことじゃないかと思って調べてみると
やっぱりすごく失礼なことでした。
神様仏様は激怒していらっしゃると書いてありました。
撮った本人だけでなく肉親、子孫にまで影響するとも書いてありました。

母も私も仏さまをバカにするとかそーいうつもりはなく、ただ今日の思い出の一枚として撮りました。(母はどちらかというと神様仏様を信じないタイプです)

ですが知らなかったとはいえ、仏様を怒らせてしまったのには変わりありません。
私は3週間後大学の試験で、このことが原因で落ちるんじゃないかと不安です。

仏様の写メは母に言って消してもらいました。
すごく反省しています。
これからどうすれば良いか教えてください。
よろしくお願いします。

ちなみにその仏様の写メはすぐ消してしまったのであまり詳しく覚えていませんが、お顔のあたりが黄色に光で反射してよく見えませんでした。

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A 回答 (8件)

こんにちは。



「神様仏様は激怒していらっしゃる」
今、その書いてあるサイトを確認しました。信じる人はいないとは思いましたが、仏教の知識が全くないから、そんないい加減な内容を書いているのです。

私は、仏像にも興味があるのですが、どちらかというと、インドのマトゥーラ遺蹟やガンダーラ遺蹟にある古代遺蹟に関心があります。アフガニスタンのバーミヤンの大仏が破壊されたことはとても残念なことです。しかし、それ以上に、アフガニスタンの農業指導をしていた、伊藤和也さんの尊い命が失われたことの方が大きなことです。

仏像って何か、ということが分かれば、何も気にしなくてすみます。

もともと、仏教では、仏像を作ることは禁止されていたのです。お釈迦様は、自分の亡くなった後に、仏像などは作ってはいけないと言われたのです。だから、人々は、100年ぐらい我慢したのです。その代わり、太陽のマークのようなものを、お釈迦様の印として人々は、石に刻みました。しかし、民衆は、それでは、仏様のイメージが沸かないというので、専門家に頼んで、それらが作られるようになったわけです。

仏様というものは、悲しみは癒してくれますが、怒りは示しません。
「貪瞋癡」といって、欲深く物を欲しがること、怒り・腹をたてること、実体のないものを真実だと思い込むこと、の3つを三毒といって、仏教では、強く戒めています。

怒りを示している仏像らしきものはありますが、それは、仏の姿ではなく、お釈迦様を社長とするなら、遥かに下の課長クラスにあたる明王という位に属するものたちの姿です。また、「阿修羅」という神様がいたのですが、神様の帝釈天が、自分の娘を奪われた怒りに、帝釈天の軍勢に阿修羅の軍隊が戦いを挑むというお話もあります。阿修羅軍は神様を降格されて、今でも、その怒りと悲しみは言えないと言われています。阿修羅は正義の人でしたが、怒りで戦いを挑んではいけないという教えのように、私は感じています。

それはともかく、仏像はあくまでも、物でしかありません。そう仏教では教えます。
キリスト教徒の一部の人は、「偶像崇拝(idolism)」と批判しますが、何があっても、動じない仏教の安心(あんじん)の世界を表現した、美術工芸品です。その穏やかな気持ちを感じ入ることは、信仰の始まりです。

激怒したり嫉妬したりすると言われるのは、キリスト教の神様です。日本の神様は、怒るのかもしれませんが、例えば、国常立神(くにとこたちのかみ)は、祟り神とは言うものの、それは宗教上の話です。

なお、堂内撮影禁止だったはずですから、マナーとしてはいけませんね。ただ、それだけの話です。
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気になるのなら その薬師寺如来さんのお寺に寄付しなさい 気の済む金額を 厄落としに為りますよ

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やれやれ、仏像の写真なんて世の中にどれくらいあると思ってます?


1枚や2枚しかないならともかく、億なんてかるく超えてますが。
パンフレットや絵葉書にだってなってます。写真集だって出ています。
http://www.amazon.co.jp/dp/4404040598
http://www.amazon.co.jp/dp/4635090310
フィギュアだって出てるんですよ?
http://www.amazon.co.jp/dp/B00BKT19G4
反省したり気にする時間があるなら、その分を試験勉強に費やした方があなたの為です。
ま、適度な息抜きは必要だと思いますけどね。
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 気にすることはないです。

それと、その写真も消さなくても良いと思います。手を合わせて、先日はご無礼を致しまして済みませんでしたと心の中でお詫びをすれば、それで良いでしょう。

 ただし、お寺では写真撮影禁止の所も多いので、注意して下さいね。

 ようするし、誰でもいきなり写真を撮られたら困るでしょう?って考えです。だから、失礼しますと断ってからなら問題無いですよ。

 祟りとか言うのは大丈夫ですよ。ただ、伝説として写しては駄目という物もあるかもしれませんが、まぁ希なケースですから。


 写真を撮って、お守りにされる方も居ますけどね。
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 日本は社仏混同だから仕方ない言動ですけれど、薬師寺に行ってというなら「お寺」なので「神社」で仏様の~というのははなからおかしい文章。



 よって、落ちたなら実力が足りなかっただけ。国語力がないっていうのは証明できましたね。

 何でもかんでも祟りだの怒ってるだのっておかしいはなし。

 観光客全部に何かあるなら、誰も来ませんよ。しかも写真集が売られるはずがない。

 仏像の写真集は結構売れ行きが良いのですよ?

 お土産売り場にもはがきなどあったはずですが?

 何かしら落ちる理由を探しているように思います。

 しかも・・・・いまどき写メに「ピース」はないだろう?!って突っ込みたくなるのは、私だけだろうか?

 勉強しましょう。

 薬師寺如来像に学業成就の御利益があるのかないのかは、別の機会に・・・・・。

 
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自分は仏教やお寺、神社の事はそこまで詳しくないので参考になりませんが・・・



お母様が知らないで写真を撮られてしまった事は、過ぎてしまった事であり仕方無いと思います。

そのお参りしたお寺にはまたお参りに行ける位に近い場所にあるのでしょうか?

もし、時間があって参拝に行ける範囲にあるのなら、あなたが(本当はお母様が一番良いのでしょうが)

今日書かれている事を謝る(心の中で)


「O月O日にお参りに行かせて頂き、仏様の写真を勝手に撮ってしまいました。
その様な事が失礼な事とは知らなかったとは言え、大変申し訳ない事をしてしまったと反省しております。
本日はその事をお詫び申し上げたく今日、改めてお参りに来させて頂きました。どうか、このご無礼をお許し
下さい。」
の様に謝罪の言葉を伝えてみてはいかがでしょうか?


仏様や神様は写真を撮られたからといって、あなたに対して不幸な出来事を起こす様な事は自分は無いと思っています。

もし、このまま受験をされてあなたが受かったら「日頃の勉強を頑張って努力したから」となるでしょうが、今のお話を聞いてる


「落ちたのは、お母様が仏様の写真を撮ってそのトバッチリを受けたからだ、仏様が激怒しているからだ」と思われてしまう
気がします。
もし万が一、その事態になったとしても、本当の理由は分かりません・・・

長ったらしく訳分からない事を書いてしまいましたが、

お母様と一緒にお参りに行けるなら、もう一度行ってみて謝られてみてはいかがでしょうか?

試験まで残り3週間という事なので、その時間を取るのも難しいかもしれませんが、あまりに気になる様なら。

そして無事に試験が終わって合格したらお礼のお参りに行かれる事も忘れずに。


大事なのは仏様とか神様じゃなく、自分自身の気の持ち方だと思います。

偉そうな事を言える状況でも立場でも無く、仏教などの知識も全く無いので差し出がましい事を延々と言ってしまいましたが。


無事に受験を終えて、笑顔で日常を過ごす質問者が居る事を陰ながら祈らせて頂きます。
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仏像「キミをぶつぞぅ」



キミ「痛い」


それで終わりじゃ。
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大学受験を控えているような年頃なのに、しっかりしなさい!



写真を撮って仏様が激怒??そして仕返しに大学入試を不合格??

自分の学力不足を仏の仕返しのせいにすること自体が不遜です。
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Qお寺や神社の撮影はいいのでしょうか?

閲覧ありがとうございます。
今度京都に写真を撮りにいこうと思うのですが
神社やお寺などでの撮影は控えたほうがいいのでしょうか?
もちろん撮影禁止の看板などの有無はちゃんと確認します。

看板が見当たらなくても
神社の方や巫女さんに一度
お寺(神社)を撮影してもいいですか?と確認したほうがいいのでしょうか?

カテゴリが違っていたなら申し訳ございません。

Aベストアンサー

禁止されている場所以外は、他の参拝者などに支障がなければOKです。
公開する場合は移りこんだ人の顔の処理もお願いします。

それさえ守れば、基本的にかまいませんよ。
その他の留意点は以下のとおりです。

お寺の場合は小さな所では個人住宅兼用の場合があるので注意しましょう。
普通の神社で私たちがお参りしているのは拝殿です。拝殿は“神様の居る場所”ではありません。
ですから不敬でもなんでもないのです。

不敬に当たるのは神殿、しかし正面でなければ問題ありません。
「昔から決まっている常識」という人が居ますけど、カメラが世に出て一世紀程度ですから昔からそんなきまりなどあろうはずがありません。
ただしご本尊やご神体に対しては「直視しない」という礼儀がありました。これは帝に対しても同様です。
このことから「写真も撮るべきではない」という解釈にいたったのです。
つまり、拝殿はもちろんのこと、本殿も扉が閉まっているとか御簾が下がっていれば、真正面でない限り、この風習に触れることもないと理解できます。
神社好きの人々はどんどん撮っていますから。

私の場合、鳥居の外では自由に撮っています。
鳥居をくぐり、手水を使った後は写真を撮りません。
まず参拝をし、「写真を撮らせていただきます」と申し上げ、その後拝殿やその他の施設を撮影します。
私は本殿にのみ賽銭を差し上げ、摂社・末社は参拝のみですが、撮影は必要を感じれば撮影しています。

禁止されている場所以外は、他の参拝者などに支障がなければOKです。
公開する場合は移りこんだ人の顔の処理もお願いします。

それさえ守れば、基本的にかまいませんよ。
その他の留意点は以下のとおりです。

お寺の場合は小さな所では個人住宅兼用の場合があるので注意しましょう。
普通の神社で私たちがお参りしているのは拝殿です。拝殿は“神様の居る場所”ではありません。
ですから不敬でもなんでもないのです。

不敬に当たるのは神殿、しかし正面でなければ問題ありません。
「昔から決まっている常識」...続きを読む

Q神様・仏様に失礼なこと

神社で神様にお願いしたことを取り下げることはできるんでしょうか?
また、いただいたお守りをすぐに(1ヶ月たってません)
別の神社に納めるのは失礼にあたるんでしょうか?

あとから思い出したんですが、
1~2年前ぐらいに人からお寺のお守りをもらって、
そのお守りにお願いして叶ったかなぁと思うことを
無にするようなお願いを神様にしてしまい、
とても失礼なことをしたと後悔しています。
そのお寺にはお礼参りにも行かず、お守りも手元にあります。

お寺のことがなくても、神様にしたお願いを取り下げて、
お守りをお返ししたいんですが、
神様にも仏様にも失礼のないようにするには
どうするのがいいのか、教えていただきたいです。

Aベストアンサー

神社にはという直日神(なおびのかみ)という神様がいて間違ったことなどを見直し聞き直しして修正する事が出来ます。
ですから、その場合におきましては出来ればお願い事をした神社に行って取り下げて欲しい理由を述べて直日神に見直し聞き直しをしていただいた方がよいでしょう。
もし、どうしてもそこの神社に行けないのであれば神棚または御札に向かっていただくか、もしくはその神社の方向に向かっていただければよいと思います。
お守りについては近くの神社におさめて構いません。
その際にはお寺から頂いたお守りとは別にした方が良いかと思います。
お寺から頂いたお守りはお礼参りの際にお返しいたしましょう。
お礼参りに関しては焦ることも急ぐことも必要ありません。何かの際に立ち寄った時にでも十分です。
仏様も神様もあなたの事はよくわかっています。
きっとあなたの事を暖かく見守っているはずです。
あまりお気になさらずに。

Q神社参拝の際、「祓い給い 清め給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?

神社参拝の際、「祓い給い 清め給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?

以下のホームページを見ると、次のような神拝詞(となえことば)があるようです。
http://allabout.co.jp/gm/gc/4971/2/

<神拝詞(となえことば)>
祓い給い 清め給え(はらいたまい きよめたまえ)
神ながら(かむながら)
奇しみたま(くしみたま)
幸え給え(さきわえたまえ)

そこで、質問です。

神社参拝の際、上記の「祓い給い 清め給え・・・(中略)・・・幸え給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?
また、個人的なお願いごとは、上記の神拝詞(となえことば)を唱えたあとに、お願いすればいいのでしょうか?

それとも、個人的なお願いごとをする場合は、上記の神拝詞(となえことば)を唱えなくてもよいのでしょうか。よく、神社やパワースポット関係の本には、参拝作法に、上記の神拝詞(となえことば)を唱えなさいと書かれていないと思います。

ただ、時々、神社に行ったとき、拝殿の御賽銭箱の近辺に、上記の神拝詞(となえことば)のうち、
「祓い給い 清め給え(はらいたまい きよめたまえ)」と書かれた表示物を見たことがあります。

そもそも、参拝の際に、神前での願い方について、何を唱えればいいか、何が正しいかわかりません。

よろしくお願いします。

神社参拝の際、「祓い給い 清め給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?

以下のホームページを見ると、次のような神拝詞(となえことば)があるようです。
http://allabout.co.jp/gm/gc/4971/2/

<神拝詞(となえことば)>
祓い給い 清め給え(はらいたまい きよめたまえ)
神ながら(かむながら)
奇しみたま(くしみたま)
幸え給え(さきわえたまえ)

そこで、質問です。

神社参拝の際、上記の「祓い給い 清め給え・・・(中略)・・・幸え給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?
また、個人的なお願...続きを読む

Aベストアンサー

私は、宗教が神道ではない者として、口を挟むつもりはありませんでしたが、書かざるをえない気がしました。出来れば、新興宗教の方は、その身分を明らかにしてほしいものです。知っている人には分かります。教義に書かれていた内容は、必ずしも一般的な情報とは違いますから、読み手は間違った認識を持ってしまいます。私自身は宗教団体には関係してませんが、生まれながら、仏教と神道の狭間で、相矛盾した中で割り切れない問題を背負って育ってきましたが、ある意味で時代に翻弄された一人だというしかありません。

昨年でしたか、大相撲の朝青龍が、手刀を切り、懸賞金を左手で受け取り、大ひんしゅくをかいました。相撲というのも、神の御前でする神事ですが、形から入り、心が入り、そして、そこに美と調和が生まれるわけです。これを「様式美」と言い、ただ、勝てばそれで良いというわけではない、という端的な例を表しています。

神社では、鳥居の前で脱帽し、礼をし、二礼二拍手一礼のマナーというものがあります。また、手水舎(てみずや)で片方ずつ手を清め、口をすすぐというのは常識ですが、直接、ヒシャクに口をつけてはいけません。今は、常識が常識でなくなってきているようです。確かに、出雲大社などでは違う作法があるところもありますが、それは注意書きが入っていたはずですし、こういう作法は、混沌としているということでもありません。明治以降、二礼二拍手一礼(二拝二拍手一拝)を一般としてしてきているわけですから、それに従えば済むことです。知らなければ、覚えれば済む話です。この作法は、明治時代に作られた「神社祭式」を根拠としています。

また、女性は、柏手(かしわで)を鳴らさないというのは、占い師の細木数子氏が言ったそうです。しかし、女性は鳴らさないというようなことはありません。柏手は、神様を呼び出すという意味を持っているのですから、死者の前(葬式やお墓)では鳴らさない時(しのび手)があるという常識さえ知っていればよいことです。また、お寺では、二礼二拍手一礼はしないということも心がけてほしいものです。

それが、いつの時代に作られたものであれ、統一されたものなら、それに従わないということはありません。マナーのひとつとして、ぜひ、守って欲しいものです。それを守らなかったら、どうにかなるということではありません。日本的な表現ですが、「美しくない」ということです。

それから、祝詞というのは、簡単にいうと、「かむながら」という言葉がある通り、「神の御心のままで」という意味ですから、もともとは、「神の言葉として上から下に申し伝える言葉」だったわけです。唱え詞(となえことば)で一般的に知られているものは、

「祓い給へ 清め給へ 守り給へ、幸(さきは)え給へ」
というものです。私は、特に参拝客が声を上げて唱えるという話は聞いたことがありませんが、神社に詣でたときに、どこかに書かれていたら、黙読し、心の中で、「清い心で、神様の御心のままに、みなを守り、みなが幸せになれますように」と祈ればよいと考えています。

なお、浄土真宗の話に触れておきます。
日本の宗教の中で、戦前戦後、妥協を許さなかった宗教であり、西洋哲学でいうなら、日蓮宗が日本型の強者の理屈を持つ宗教なら、(浄土)真宗は、それに対抗する弱者の宗教です。

浄土真宗は、現代まで靖国神社を反対している唯一の仏教団体です。ここでは、日蓮系の新宗教団体は除きます。明治政府は、事実上、仏教と神道を分離しました。祝詞を唱えると願いが叶うという発想は、空海の真言密教を起源とする両部神道であるかもしれませんが、仏教色が残るものとして、これ自体も廃仏毀釈運動によって排斥されました。

浄土真宗の「南無阿弥陀仏」と唱えることは、日蓮宗のように題目を唱え利益(りやく)が得られるというような意味合いを持ちません。念仏は念仏を唱えること自体に意味を持ちません。それは、信仰そのものの現れだと考えています。

真宗大谷派大阪教区『銀杏通信』靖国神社に対する考え方。
http://www.icho.gr.jp/faq/q_a_042.htm

明治の初期、森有礼の建白書や浄土真宗の島地黙雷僧侶が、明治政府に信仰の自由を訴えましたが、逆に神道側は、その体制を整えることになりました。

明治憲法が発布されたとき(明治23年)に、神道とは国家神道として、別格な地位を得て、「国民の道徳」としました。断じて、浄土真宗が、神道に影響されたり、政府に擦り寄り、神道に影響を与えたなどということはありません。

また、見えない霊自体を肯定するかどうかは別としても、霊体が危害を加えようとするという、オカルティズムは、私たちの一般社会には馴染まない考えだと思います。

参考:国家神道

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E7%A5%9E%E9%81%93#cite_note-6

私は、宗教が神道ではない者として、口を挟むつもりはありませんでしたが、書かざるをえない気がしました。出来れば、新興宗教の方は、その身分を明らかにしてほしいものです。知っている人には分かります。教義に書かれていた内容は、必ずしも一般的な情報とは違いますから、読み手は間違った認識を持ってしまいます。私自身は宗教団体には関係してませんが、生まれながら、仏教と神道の狭間で、相矛盾した中で割り切れない問題を背負って育ってきましたが、ある意味で時代に翻弄された一人だというしかありませ...続きを読む

Q神社の撮影

神社に行った時には写真に残したいと思うのですが、
本殿などの撮影許可の場合でも、真正面からカメラを向けては
恐れ多く、神様に失礼なような気がして撮影できません。
特に問題はないものでしょうか。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

10年くらい神社めぐりをして写真撮っています。その経験から言います。
自分で「イヤだな」と思ったら撮影しないのがベストです。
但し、拝殿前鳥居(或いは手水舎)から先に入ったら参拝してから撮影しましょう。
家主に断わりも無く庭の写真を撮りまくるのはやはり無礼というものですからね。
私はまず拝殿に行く時に周囲を軽く観察し、参拝をしてから撮影しています。

俗に「正面から撮ってはいけない」などと言ってる人多いですけど、テレビや雑誌御覧なさい、いくらでも撮ってますよ。「アレは特別」とか言いますけど、特別ってなんでしょうね?特権階級?金払ってるから?
神様に例外なんてないです。人間の思惑で特別なんて決めたら欲得だけです。

神社は多くが宗教法人、宗教法人である境内は開放してなければいけません。外観なら何を撮っても問題はないんです。中には不勉強で俗説に流されている神主が「だめだ」と言い張りますが、こういう場合は「触らぬ神に祟り無し」「君子危うきに近寄らず」「バカは相手にしない」です。
判っている人なら場合によってはドウゾドウゾと薦めてくれる事もあります。

鏡は御神体だから・・という人も居ます。確かにアマテラスは鏡を自分だと思って祀れといいました。
しかし御神体を表に出す事はまず無い。表に出ている鏡はお寺で言えば「前立ち本尊」みたいなものなんですよ。
つまり見せるためのもの。

神殿内部を撮ってはいけない。。小さな社ならいざ知らず、人が入るくらいのお宮の大きさであれば御神体は宮か厨子に収められています。神殿の扉は開けても通常宮や厨子の扉は開けません。
なので内部を映しても本当は問題ないのですけど、出来るだけやめておきましょう。
そしてフラッシュは厳禁です。内装が傷みますから。

建物を横から見てみましょう。大きな建物の後ろに小さなお宮はある場合、大きな建物は拝殿であって神殿ではありません。また二荒山神社や弥彦神社などのように拝殿だけあって神殿がないものも多いです。御神体は山ですから。(でも御神体である山は幾ら撮っても文句言われませんネェ)
拝殿を撮っても神様を撮っているわけじゃないです。

ということで、理屈で言えば神殿内部を撮るのでなければ注意する事はほとんどありません。
しかし神に対する畏敬の念があれば、あとは心に感ずる事を信じるのが一番。
だから「遠慮したいな」と思ったら辞めればいいんです。それがベストです。

10年くらい神社めぐりをして写真撮っています。その経験から言います。
自分で「イヤだな」と思ったら撮影しないのがベストです。
但し、拝殿前鳥居(或いは手水舎)から先に入ったら参拝してから撮影しましょう。
家主に断わりも無く庭の写真を撮りまくるのはやはり無礼というものですからね。
私はまず拝殿に行く時に周囲を軽く観察し、参拝をしてから撮影しています。

俗に「正面から撮ってはいけない」などと言ってる人多いですけど、テレビや雑誌御覧なさい、いくらでも撮ってますよ。「アレは特別」とか言...続きを読む


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