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ローマ神話とギリシャ神話の神々はそれぞれ対応する神がいます。これはなぜでしょうか?例えば、ジュピターとゼウス、ケレスとデメテル等々。以前から気になっていました。どうぞよろしくお願いします。

A 回答 (3件)

古代ローマに支配されるまえのギリシャを古代ギリシャとよび、そこには既にギリシャ神話の神々がありました。

 オリンピックの起源であるオリンピアなどもそうですね。 オリンポス トロイ などは現在の トルコ にあります。(古代ギリシャはもっと広く、現在のトルコのあたりにもあった訳です。)
なんと聖母マリアの生誕地もトルコにあるのですね。

古代ギリシャを占領した古代ローマは同時にギリシャの神々も形を変えて崇拝したようです。
基本的にローマ市民は占領したギリシャ人を 尊敬する部分があり、「家庭教師」 として雇ったりしたところもあったようです。(下記のURLには無いかもしれませんが)

参考
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3% …
http://pedia.mapion.co.jp/art/%E3%83%AD%E3%83%BC …
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この回答へのお礼

早々のご連絡ありがとうございます。もともとギリシャがあってその後ローマが栄えたのですね。ありがとうございます。

お礼日時:2013/11/18 00:07

ローマ人はギリシャ神話(オリュンポスの神々)を信仰していた人々の子孫です。


少なくともギリシャ神話上ではそうですし、ローマ建国の祖についてもギリシャ神話で語られています。

ギリシャ表記とローマ表記の違いが生じ、さらに時代とともに説話が変容していった結果だと考えて良いのではないでしょうか?

名前がほとんど変わっていない「アポロン」=「アポロ」なんかもありますね。


蛇足
もともとのギリシャの太陽神は「ヘリオス」(ローマ神話の「ソル」)といいます
アポロンは元々多民族(おそらくは小アジアあたり)の神格であったものがギリシャ神話に取り入れられ、ヘリオスと同一視された存在であるようです。
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この回答へのお礼

早々のご連絡ありがとうございます。そうだったんですね。

お礼日時:2013/11/18 00:05

ローマ神話はギリシャ神話を模倣したとか影響を受けたとかと


私の電子辞書の百科事典には書いてあります。
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この回答へのお礼

早々のご連絡ありがとうございます。感謝!

お礼日時:2013/11/18 00:05

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Qギリシアとローマの関係について

高校レベルの世界史もよく把握していないのですが…
古代ギリシアとローマの関係がよくわからないのです。

・ギリシアとローマは戦争していたこともあり、別個の支配体制ですよね?
・それなのに同じ12神を信奉していますし、使用するアルファベットも似ています
・ローマは土木工事等の実学には長けていたが、ギリシアのような哲学や数学は発達しなかったと聞きます。文化面でもだいぶ隔たりがあるように見えます。

結局この2つはどんな関係で、お互いにどんな相手だと見ていたのでしょうか?

Aベストアンサー

 古代ギリシアは都市国家の集まりです。何度か、都市国家連合としての統一国家になろうとしましたが成功しませんでした。その理由は、おそらくは文明・文化の発達でしょう。自立と自由があって、初めて文明・文化が発達します。そして、それを手放してまで、国力だけのために統一国家となることは受け入れにくいのです。

 古代ローマは、文明・文化の発達が遅かったので、早くから統一国家、しかも都市国家連合という緩い結びつきの国ではなく、全域を中央政権が支配する領土国家にまりました。そして、文明・文化は近隣で発展していたギリシア(とりわけ学問先進国のアテネ)に学んだわけです。

 ギリシアの文明に学び、しかも全域が統一されているローマの国力は急速に伸びて行きました。やがて、国力としては劣り、しかも統一できていないギリシアの都市国家を次々と従わせ、ローマの地方都市として、やがてギリシア全域をローマの領土に組み入れることとなります。

 しかし、ローマはギリシアの文明・文化を超えるような独自なことはできませんでした。巨大な建築はできたけど、基本はギリシアのものです。それだけ、ギリシアの文明・文化は発達していたわけです。宗教も、ローマ独自のものはあったのでしょうが、ギリシアの神々と同じものだとしてしまいました。

 キリスト教が広まり、公認されるようになると、ようやくキリスト教由来を加えて、ローマ独自文明・文化が発達し始めました。ローマ帝国が東西に分裂し、西ローマ帝国が滅びても、東ローマ帝国は長く保ち、首都コンスタンティノープルではヨーロッパ有数の文明・文化先進地域であり続けました。

 そういう例は、古代中国にもありました。殷や周は都市国家連合です。一番国力があり、他の都市国家のリーダーととして取りまとめていたのが、殷や周という大きい都市国家でした。その地域を中原(ちゅうげん)と呼んでいて、そこでは早くから文明・文化が発達しました。

 その周の力が衰えていく一方、地方では楚といった文明・文化は遅れていて、中原の都市国家に学んだ国が、早くから領土的にも統一した国家として台頭して行きました。

 周が衰えて、他の国家が力を得て行った春秋時代は、中原ではまだ都市国家連合がひとまとまりとなった国家が多く、非常に多数の小国が乱立していました。小国とはいえ、文明・文化が発達しているので、その周辺地域の領土的に統一された国家から尊敬を受けていました。

 しかし、続く戦国時代となると、ほとんど国家が領土的に統一された国家となります。都市国家は単なる都市となりました。それでも、小国となっても周とその近辺の小国は、秦が中国全土を領土的に統一するまで、長く尊敬を受け続けていました。

 古代ギリシアは都市国家の集まりです。何度か、都市国家連合としての統一国家になろうとしましたが成功しませんでした。その理由は、おそらくは文明・文化の発達でしょう。自立と自由があって、初めて文明・文化が発達します。そして、それを手放してまで、国力だけのために統一国家となることは受け入れにくいのです。

 古代ローマは、文明・文化の発達が遅かったので、早くから統一国家、しかも都市国家連合という緩い結びつきの国ではなく、全域を中央政権が支配する領土国家にまりました。そして、文明・...続きを読む


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