「夫を成功」へ導く妻の秘訣 座談会

今度、喜助の行動が、正しかったかどうかで討論します。 そこで、喜助の行動が悪かったということを、証明できる何か(法律とか江戸の世の中についてとか) についての良い情報は、ありますか?  もし、情報があるのなら提供してください。お願いします。僕は、喜助の行動が、正しかったということを証明するものは一応もっています。しかし、 こちらの情報も、提供していただけると、ありがたいです。

A 回答 (2件)

この件に関してはディベートの内容として不適でしょう。


なぜなら、江戸時代には明らかに罪になったことです。

>ちなみに喜助の行動が正しかったと証明するものは、安楽死関係のことです
安楽死ならば他人の命を奪ってもいいのですか?
現在の日本の法律でも安楽死は認められていません。
ましてや江戸時代ではなおさら認められないことです。
安楽死だったら殺してもいいのでしょうか?
安楽死かどうかは誰が判定するのでしょうか?
現在の日本の法律では医師以外にそれは処断できないようになっています。

キリスト教では自殺は禁止されています。
また、一部の仏教では現世の苦しみは前世の贖罪であり、来世のためであるといいます。
苦しんでいる弟にとどめをさすことは、弟の贖罪の妨げになりませんか?
弟は九厘心で無くなれば来世に天界に生まれ変わったのかもしれません。
その苦しみを奪うと餓鬼道や修羅道に落ちるかもしれません。
喜助はその責任がとれるのでしょうか?
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この回答へのお礼

確かに、ディベートの結果が、分かりきっていますね!!!細かな指摘ありがとうございます!!!

お礼日時:2013/12/17 23:26

喜助のどのような行動ですか?


舟の中で役人と話をしてことですか?
牢屋内の行動ですか?
弟(だったかな?)を殺したことですか?

単純な金品目的の殺人などはいつの時代でも犯罪ですが、
高瀬舟のケースは時代によって変わります。

江戸時代の法律で考えると人を殺しているのですから明らかに犯罪です。
犯罪者であるから高瀬舟に乗っているのです。

また、現在の裁判所の判例では、懲役2年程度でかならず執行猶予が付いています。
ほぼ無罪といっていい判決ですが、類似の犯罪を防止するために形の上では
有罪となっています。

>僕は、喜助の行動が、正しかったということを証明するものは一応もっています
それは何ですか?
喜助がやったのは殺人ではなくて、100%死ぬと分かっている人間を楽にしてやった
行為だからですか?

江戸時代のルールでは、農民とは土地に縛り付けられて農作物を作り年貢を納める機械です。
ですから、領主の許可無くして勝手に自殺などはしてはいけないのです。
弟が苦しんでいるのは当然の罰則であり、それを楽にしてやった喜助は犯罪幇助です。
たとえば、火付けの罪で火あぶりにされて苦しんでいる罪人がいます。それを楽にして
やるために、横から槍でつくのは犯罪ではないでしょうか?

この回答への補足

すみません。弟を、殺したことについてです!ちなみに喜助の行動が正しかったと証明するものは、安楽死関係のことです!

補足日時:2013/12/14 13:30
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Q高瀬舟の喜助の罪について

学校で高瀬船を国語でやっています。
授業では喜助がどのような刑になるのか
ということを考えています。
先生は刑法199条 人を殺したものは、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。
ということを参考に刑を考えなさいと言っています。
これは現代の法で裁いた時の罪ということですが
私は自殺幇助の罪や自殺関与の罪になるのではないかと疑問を持っています。p
もし、現代の法で考えると高瀬舟での喜助の行動は
殺人罪になるのでしょうか?
私はそんなに法などに詳しいわけでもないので
確信が持てなくて困っています。
説明が不十分なところがあると思うのですが、
もし殺人罪ならば酌量軽減などはどのような基準で
考えればいいのかも教えてください。

Aベストアンサー

”もし、現代の法で考えると高瀬舟での喜助の行動は
殺人罪になるのでしょうか?”
    ↑
いわゆる199の普通殺人にはなりません。
これだけは確かです。

問題は、自殺幇助か、承諾殺人か、です。

そして、判例学説は、この場合は、承諾殺人に
なるとしています。

つまり、自殺幇助の幇助行為とは
自殺の方法を教えたり、自殺の器具を与えたり
する場合に限られるとしています。
それ以上に、自殺の実行に手を貸す行為は
幇助ではなく、承諾殺人になるとしています。

尚、嘱託殺人も問題になりますが、判例では
自ら自殺する意思がない場合に、つまり怖いから
殺してもらう、という場合に嘱託となる
としていますので、この場合は嘱託殺人
にはなりません。


”もし殺人罪ならば酌量軽減などはどのような基準で
考えればいいのかも教えてください。 ”
   ↑
以上のように殺人罪にはなりません。
承諾殺人です。
現在なら執行猶予になるでしょう。

Q「高瀬舟」を現在の法律で裁くと?

「高瀬舟」の喜助の罪は、現在の法律ではおそらく「自殺関与罪」「6月以上7年以下の懲役又は禁錮」になると思うのですが、現実の裁判では、さまざまな事情を考慮して罰を重くしたり軽くしたりしますよね?現在日本の法廷で裁くと、喜助にはどのような刑罰が与えられると思いますか?

Aベストアンサー

執行猶予付きの有罪判決。

Q明治時代の安楽死についての思想

森鴎外は「高瀬舟」のテーマの一つとして「安楽死」を挙げていますが、当時安楽死がどのように考えられていたのか、とても気になっています。
いろいろ文献など探しているのですがあまり見つかりません。当時の社会的、または医学的見地から安楽死について説明している文献や資料がありましたら教えてください。

Aベストアンサー

明治はまだ武士の時代と直接つながってますね。

武士が切腹する時、自分の腹を切っただけでは死ねず

首を切って絶命させる「介錯」という行為が必須でした。

案外、普通のことだったのかも?

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%87%E8%85%B9

Q夏休みの宿題 税についての作文

夏休みの社会の宿題で、
「税についての作文」というものがでました。
一応、書いてみたので時間がある方は読んでいただけないでしょうか?
枚数は3枚以内ということで、これだと2枚とちょっとくらいです。
題名がまだ決まっていないので、もし何かあればお願いします!


 私は、正直に言うと、今まで「税」というものについてよく知りませんでした。
自分が払っている税金と言うと、消費税くらいしかないし、
その消費税は、何かを買うと付いてくるし、
「税金なんかなくて良いのに。なんで払うんだろう。」と思ったこともありました。
 そこで、税金の使われ方について調べてみました。
すると、税金は、私たちが毎日学校で勉強するために使われていたり、
私たちの生活や安全を守るために使われていることが分かりました。
また、税金によって、医療費が安くなっていたり、ゴミ処理がされているということも分かりました。
 もし、誰も税金を払わなくなったら、どうなるだろうか。
と考えてみると、
私たちが今まで当たり前のように通っていた学校には通えなくなってしまうし、
私たちはこれから安心して暮らしていけません。
税金がなくなっても、毎日学校で勉強をしようとすると、
私たち中学生は、月々約7万9千円、つまり年間94万3千円を払わなければなりません。
他にも、税金がなくなれば、警察・消防費として、国民一人当たり約4万5百円、
ゴミ処理費用として、国民一人当たり約1万7千9百円を払い、
医療費は今よりも高くなります。
これらは、税金を払っている今は、税金によってまかなわれているのです。
そう考えると、税金は私たちにとって、とても必要なものだと思います。
 今まで、「税について知りたい!」とか「税金は必要だ。」と思ったことは
一度もありませんでしたが、今回調べて、税についてよく分かったし、
税金は必要だと思いました。
私たちは、いつも「勉強したくないなあ。」と思いながら学校に通っていますが、
こうして、当たり前のように毎日学校で勉強ができるのも、
税金があるからできるのだと分かりました。
 私たちはまだ、税金を払う立場ではなく、税金を使う立場の方です。
税金によって、私たちは色々な面で支えられています。
日本全国の人々が、税金を払い、
その税金によって、私たちは支えられています。
だから私も、将来、もっと税金を払うようになったら、
他の人たちを支えたいと思います。

夏休みの社会の宿題で、
「税についての作文」というものがでました。
一応、書いてみたので時間がある方は読んでいただけないでしょうか?
枚数は3枚以内ということで、これだと2枚とちょっとくらいです。
題名がまだ決まっていないので、もし何かあればお願いします!


 私は、正直に言うと、今まで「税」というものについてよく知りませんでした。
自分が払っている税金と言うと、消費税くらいしかないし、
その消費税は、何かを買うと付いてくるし、
「税金なんかなくて良いのに。なんで払うんだろ...続きを読む

Aベストアンサー

>消費税くらいしかないし、
>よく分かったし、

この「~し、」というのを書き直しましょう。
作文ではあまり使いたくない言葉使いです。

税金というと、一番身近なのは消費税でしょうか。
良くわかりました。

>だから私も、将来、もっと税金を払うようになったら、
>他の人たちを支えたいと思います。

この部分が???となる文章でした。
税金を払うことに支えるとありますが、何を支えるのかを書く。
または最後の〆の言葉自体を変更してもいいかもしれません。


これくらいでいいと思います。
中学生なので十分ではないでしょか。

Q江戸時代では自殺幇助は罪になりますか?

現代では自殺幇助は罪になりますが、
江戸時代では自殺幇助は罪になったんですか?
またどのくらいの罪になったのかおしえてください。
確か普通の殺人では死罪であったときいたことがあるのですが、やはり自殺幇助は死罪なのですか?それとも無罪だったのですか?

Aベストアンサー

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

>>江戸時代では自殺幇助は罪になったんですか?

結論から言うと「なりました」。

このことについては、あまり深く記述した書物はありませんが、
森鴎外の「高瀬舟」の中に「遠島」とあります。
森鴎外は、文久2(1862)年に石見国津和野藩(現:島根県)の御殿医の息子として生まれました。江戸時代も後6年後に終わりを告げようとしていた時代ですが、当然、江戸時代の見聞等の「知識?」は持っていたと考えられます。

「高瀬舟」は、自殺幇助罪で遠島になる男の告白の物語です。
江戸時代も末期、場所は京都の設定。
なお、関東近辺で罪を犯すと、江戸町奉行の裁決を受け、「遠島」と言うと、大概は「八丈島」でした。
しかし、近江以西の罪人は大阪の牢に集められました。「遠島」の行き先は「薩摩」「五島列島」「隠岐」「壱岐」「天草島」などでした。

小説では、今でいう「フリーター」が主人公で居場所が定まらず苦労した、とあり、「わたしは、これまで、どこといって自分のいてよい所はありませんでした。この度、お上で島にいろ、と仰せ下さいます。そのいろと仰る所に、落ち着いていることが出来ますのが、まず何よりも有り難い事でございます」。
このフリーターの男にとっては、
「牢屋は有り難いもので、仕事をしないのにタダで飯を食わせてくれる。おまけに島送りになるときは、200文も持たせてくれる」
と、まあ、これまでに手にしたことのない「大金?」であった、と記されていますね。

「遠島」には、江戸でも大阪でも、特に「期限」は定めてはいません。
罪の軽重や島での生活態度が良い者では、短くて三年~五年。公方さま(将軍さま)の代替わりなど、慶弔事でもあれば「ご赦免」もありました。また、生涯を「遠島」になったままで過ごした人も多かったのです。
なお、江戸時代、「将軍さま」とは呼ばず、正式には「公方(くぼう)さま」または、「ご公儀さま」「大樹(たいじゅ)さま」と呼ばれていました。良くTVなどで「将軍さまのお成り~」などと叫びますが、これは、ただ単にTVの視聴率を上げるための所業。

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

>>江戸時代では自殺幇助は罪になったんですか?

結論から言うと「なりました」。

このことについては、あまり深く記述した書物はありませんが、
森鴎外の「高瀬舟」の中に「遠島」とあります。
森鴎外は、文久2(1862)年に石見国津和野藩(現:島根県)の御殿医の息子として生まれました。江戸時代も後6年後に終わりを告げようとしていた時代ですが、当然、江戸時代の見聞等の「知識?」は持っていたと考えられます。

「高瀬舟」は、自殺幇助罪...続きを読む

Q高瀬舟

高瀬舟に関する質問が4つほどあります。
1.江戸時代に行われていた「遠島」という刑罰とはどのようなものであったか。

2.喜助が島へ送られるとき、お上から与えられた二百文は現在に金額でいくらに相当するか。

3.喜助の「弟殺し」が現代で行われたものと仮定して、喜助の行為が「安楽死」に適応できるかどうか。

4.喜助の行為を今日のわが国の刑法で裁く場合、適応されると思われる条文について。

以上です。
できれば参考文献等もつけていただければ幸いです。

Aベストアンサー

1.「島流し」とも言います。江戸時代では八丈島に送られ、そこから赦免されるまで出ることができません。

2.江戸もその時期によって違いますが、大工の給金が1日50文から80文だったはずですので、だいたい10万くらいかなあ。

3.現在でも安楽死は認められていません。

4.よって、殺人罪。

Q森鴎外の高瀬舟の読んでどう感じたのか教えてください。

森鴎外の高瀬舟の読んでどう感じたのか教えてください。
できれば詳しく。

私は、羽田庄兵衛(はねだしょうべえ)がなぜ喜助のことを「喜助さん」と呼んだのか
きになりました。

Aベストアンサー

 「高瀬舟」は前に一度くわしく読んでみましたが、今回もう一度軽く読んでみて、あらためて考えてみました。どうして現在までこうも長く読み継がれているのか。

 今回気になった箇所は以下のところです。

 >庄兵衛は只漠然と、人の一生というような事を思って見た。人は身に病があると、この病がなかったらと思う。その日その日の食がないと、食って行かれたらと思う。万一の時に備える蓄がないと、少しでも畜があったらと思う。畜があっても、又その畜がもっと多かったらと思う。かくの如くに先から先へと考て見れば、人はどこまで往って踏み止まることが出来るものやら分からない。それを今目の前で踏み止まって見せてくれるのがこの喜助だと、庄兵衛は気が附いた。
 庄兵衛は今さらのように驚異の目をみはって喜助を見た。この時庄兵衛は空を仰いでいる喜助の頭からごう光がさすように思った。<

 ・・・から庄兵衛は「喜助さん」と「さん」づけで呼び掛けたわけです。つまり後光が差しているように感じました。それは彼が二百文をでも貯蓄と見て喜んでいること、欲のないこと、足るを知っていることに対してです。

 この箇所のように人間の欲は歯止めが利きません。食欲でも性欲でもお金儲けでも行こうと思えばどこまでも底なしのようにむしゃぶりつくことができます。それをこの辺でやめとこうかと踏み止まる根拠は何でしょうか?それはたぶん人間の身体には限度、限界があるということだと思います。格差、貧困、デフレはピンチなのか、チャンスなのか、まだよくわかりませんが・・・

 「高瀬舟」は前に一度くわしく読んでみましたが、今回もう一度軽く読んでみて、あらためて考えてみました。どうして現在までこうも長く読み継がれているのか。

 今回気になった箇所は以下のところです。

 >庄兵衛は只漠然と、人の一生というような事を思って見た。人は身に病があると、この病がなかったらと思う。その日その日の食がないと、食って行かれたらと思う。万一の時に備える蓄がないと、少しでも畜があったらと思う。畜があっても、又その畜がもっと多かったらと思う。かくの如くに先から先へと...続きを読む


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