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広島の江田島にある、教育参考館には山本五十六艦長・東郷平八郎元帥・ネルソン提督の遺髪が納めてあります。
これはどういう意味があるのでしょうか?

知っている方がおられましたら教えて下さい。
宜しくお願いいたします。

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A 回答 (3件)

wasi50さん、こんばんわ。



山本五十六・・・真珠湾攻撃作戦の立案者。
東郷平八郎・・・日本海海戦の総指揮官
ネルソン提督・・・トラファルガー海戦の総指揮官

洋を問わない海軍の偉人達です。海上自衛隊幹部の卵達の模範にするためです。そういう人たちの遺品や遺物を保管して、閲覧することで卵達が彼らをしのび、彼らのようになるように精神教育するためです。
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この回答へのお礼

海上自衛隊幹部候補生の模範にするためですか。
イギリスのネルソン提督が名前に連なっていたのが少し不思議でしたが…
納得できました。
ご回答有難うございました。

お礼日時:2013/12/15 19:08

それが何を意味するか



死者に英霊も戦犯も無いというお手本です
死者はみな平等です その死者に手を合わせるのは生きている人間として当然のこと
そこに英霊か戦犯かは関係ないのです

靖国でさわぐ某国(半島の方ね)は儒教の国のくせにその事を全く理解していない
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この回答へのお礼

死者はみな平等と思いたいところですが…
ご回答有難うございました。

お礼日時:2013/12/15 19:03

 お寺には五重塔や三重塔などが建立されています。


これは仏舎利塔といい、お釈迦様の遺骨を収めているとされています。
 また高野山奥の院にはいろいろな時代の有名人のお墓がたくさん建てられています。

 これらは遺骨だけではなく、故人の体の一部の髪の毛、爪や遺品などを収めています。

 江田島の海上自衛隊教育参考館を訪れたことはありませんが、これらの遺髪を収めた部屋は非公開だそうですね。ようするに自衛隊の隊員たちにとっての「神様」として祀っているのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

お忙しいところ、ご回答有難うございました。

お礼日時:2013/12/15 18:51

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Q海軍の口調が知りたい

太平洋戦争頃の、日本海軍がどんな口調で話していたか知りたいです。
階級によって違うと思いますが、参考になるような
映画、本(フィクション、ノンフィクション問わず)を
教えては頂けないでしょうか。
また、映画の場合は現代の言葉にアレンジされて
いることはありますか?それとも当時の再現が
多いのでしょうか。
軍艦の乗組員や、戦闘機のパイロットの会話が
多く知れるものがあれ場と思います。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 海軍関係者の思い出話集を何冊か持っていますが、光人社の本が一番気楽に読めます。貴様と俺とは同期の桜、潮気とユーモアの海軍物語、海軍機雷兵よもやま話、軍楽兵よもやま話・・・ 。

 陸軍は堅苦しいドイツ、海軍は柔らかなイギリスを手本にしたんじゃなかったかな。そのせいで、海軍にはイギリス流ジェントルマンを気取る部分があったようです。

 さらに、軍艦には総司令官から二等水兵までいる(陸軍総司令官は戦場の遙か後方)ので、いざ戦闘となるとそんなに力んだ特殊な方法で話してはいられないし、昇進も乗艦時間に応じてほぼ一斉に行われ、沈没するときはみんな一蓮托生なので、階級ほどの格差を感じていなかったようです。

 さらに、陸軍でやることは、走ったり跳んだりという誰でもすることですが、海軍の仕事には訓練が必要です。海軍大学を出ても、泳げなければ話にならないですし、訓練でやるカッター漕ぎでも号令でもへたくそはへたくそ。頭を下げて水兵に教えを乞わないといけないという事情もあったりで、基本的に平等意識が強かったようです。

 「すまんが俺の号令に合わせて漕ぐと(レースに)負けるので、号令は無視していつもの通り漕いでくれ」というようなことを、部下に頼む将校もいたりしたと書いてありました、どの本か忘れましたが。

 で、海軍では陸軍のようなに将校に殿は付けない(○○少尉殿とは言わず、単に○○少尉)し、号令などの場合など特殊な場合を除いて、しゃちほこばった話し方はしなかったようです。

 例えば、「○○少尉殿でありますか!。自分は××連隊・・・ 小隊所属上等兵△△であります!」というようなことは言わない。「戦艦大和の○○少尉ですか。私は出雲の一等兵△△です」的なのでOK。もちろん正式な対面の場合は多少丁寧だったようですが。

 阿川さんの本だったかな、敬礼の仕方も、肘を挙げず、手のひらを下にして敬礼するのが海軍流だそうです。ロープ操作や甲板作業に手袋をしていて、汚い手袋を上官に見せられないせいだとか、狭い通路で敬礼できるようにとのこと。

 帽子に庇がないのは、狭い扉を迅速に抜けないといけないから、とか。

 とにかく、軍艦生活に合わせて諸事簡略化してあるので、会話も(多少丁寧な部分もありますが)現代も通じる上位者への敬意を込めた言い方、と思って大過ないようです。

 同期の場合は、敬語なしの俺おまえの間柄です。「貴様はぁ」なんて陸軍的なことは言わないようです。
 

 海軍関係者の思い出話集を何冊か持っていますが、光人社の本が一番気楽に読めます。貴様と俺とは同期の桜、潮気とユーモアの海軍物語、海軍機雷兵よもやま話、軍楽兵よもやま話・・・ 。

 陸軍は堅苦しいドイツ、海軍は柔らかなイギリスを手本にしたんじゃなかったかな。そのせいで、海軍にはイギリス流ジェントルマンを気取る部分があったようです。

 さらに、軍艦には総司令官から二等水兵までいる(陸軍総司令官は戦場の遙か後方)ので、いざ戦闘となるとそんなに力んだ特殊な方法で話してはいられないし...続きを読む

Q「聯合艦隊解散之辞」のわかりやすい訳をご存じですか?

こんにちは。
お聞きしたいことがあります。

「聯合艦隊解散之辞」のわかりやすい訳を探しています。
ご存じでしたら、よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

連合艦隊解散の訓示 二十ヶ月にわたった戦いも、すでに過去のこととなり、我が連合艦隊は今その任務を果たしてここに解散することになった。しかし艦隊は解散しても、そのために我が海軍軍人の務めや責任が軽減するということは決してない。

この戦争で収めた成果を永遠に生かし、さらに一層国運をさかんにするには平時戦時の別なく、まずもって、外の守りに対し重要な役目を持つ海軍が、常に万全の海上戦力を保持し、ひとたび事あるときは、ただちに、その危急に対応できる構えが必要である。

ところで、戦力というものは、ただ艦船兵器等有形のものや数だけで定まるものではなく、これを活用する能力すなわち無形の実力にも左右される。百発百中の砲一門は百発一中、いうなれば百発打っても一発しか当たらないような砲の百門と対抗することができるのであって、この理に気づくなら、われわれ軍人は無形の実力の充実すなわち訓練に主点を置かなければならない。

この度、我が海軍が勝利を得たのは、もちろん天皇陛下の霊徳によるとはいえ、一面また将兵の平素の練磨によるものであって、それがあのような戦果をもたらしたのである。もし過去の事例をもって、将来を推測するならば、たとえ戦いは終わったとはいえ、安閑としてはおれないような気がする。

考えるに、武人の一生は戦いの連続であって、その責任は平時であれ戦時であれ、その時々によって軽くなったり、重くなったりするものではない。ことが起これば戦力を発揮するし、事がないときは戦力の涵養につとめ、ひたすらにその本分を尽くすことにある。過去一年半、あの風波と戦い、寒暑に耐え、たびたび強敵と相対して生死の間をさまよったことなどは、容易な業ではなかったけれども、考えてみると、これもまた長期の一大演習であって、これに参加し多くの知識を啓発することができたのは、武人としてこの上もない幸せであったというべきであり、どうして戦争で苦労したなどといえようか。

もし武人が太平に安心して目の前の安楽を追うならば、兵備の外見がいかにりっぱであっても、それはあたかも砂上の楼閣のようなものでしかなく、ひとたび暴風にあえばたちまち崩壊してしまうであろう。まことに心すべきである。

むかし神功皇后が三韓を征服されて後、韓国は四百余年間我が国の支配下にあったけれども、ひとたび海軍が衰えるとたちまちこれを失い、また近世に至っては、徳川幕府が太平になり、兵備をおこたると、数隻の米艦の扱いにも国中が苦しみ、またロシアの軍艦が千島樺太をねらってもこれに立ち向かうことができなかった。目を転じて西洋史をみると、十九世紀の初期、ナイル及びトラファルガー等に勝った英国海軍は、祖国をゆるぎない安泰なものとしたばかりでなく、それ以降、後進が相次いでよくその武力を維持し世運の進歩におくれなかったから、今日に至るまで永く国益を守り、国威を伸張することができたのである。

考えるに、このような古今東西のいましめは、政治のあり方にもよるけれども、そもそもは武人が平和なときにあっても、戦いを忘れないで備えを固くしているかどうかにかかり、それが自然にこのような結果を生んだのである。

われ等戦後の軍人は深くこれらの実例を省察し、これまでの練磨のうえに戦時の体験を加え、さらに将来の進歩を図って時勢の発展におくれないように努めなければならない。そして常に聖論を奉体して、ひたすら奮励し、万全の実力を充実して、時節の到来を待つならば、おそらく永遠に護国の大任を全うすることができるであろう。神は平素ひたすら鍛練に努め、戦う前に既に戦勝を約束された者に勝利の栄冠を授けると同時に、一勝に満足し太平に安閑としている者からは、ただちにその栄冠を取り上げてしまうであろう。

昔のことわざにも教えている「勝って、兜の緒を締めよ」と。

明治三十八年十二月二十一日

連合艦隊司令長官 東郷平八郎

参考URL:http://www5f.biglobe.ne.jp/~bun-bu/bungakuno-ma/meibunno-ma/%98A%8D%87%8A%CD%91%E0%89%F0%8EU%94V%8E%AB.htm

連合艦隊解散の訓示 二十ヶ月にわたった戦いも、すでに過去のこととなり、我が連合艦隊は今その任務を果たしてここに解散することになった。しかし艦隊は解散しても、そのために我が海軍軍人の務めや責任が軽減するということは決してない。

この戦争で収めた成果を永遠に生かし、さらに一層国運をさかんにするには平時戦時の別なく、まずもって、外の守りに対し重要な役目を持つ海軍が、常に万全の海上戦力を保持し、ひとたび事あるときは、ただちに、その危急に対応できる構えが必要である。

ところで、...続きを読む

Q「以降」ってその日も含めますか

10以上だったら10も含める。10未満だったら10は含めない。では10以降は10を含めるのでしょうか?含めないのでしょうか?例えば10日以降にお越しくださいという文があるとします。これは10日も含めるのか、もしくは11日目からのどちらをさしているんでしょうか?自分は10日も含めると思い、今までずっとそのような意味で使ってきましたが実際はどうなんでしょうか?辞書を引いてものってないので疑問に思ってしまいました。

Aベストアンサー

「以」がつけば、以上でも以降でもその時も含みます。

しかし!間違えている人もいるので、きちんと確認したほうがいいです。これって小学校の時に習い以後の教育で多々使われているんすが、小学校以後の勉強をちゃんとしていない人がそのまま勘違いしている場合があります。あ、今の「以後」も当然小学校の時のことも含まれています。

私もにた様な経験があります。美容師さんに「木曜以降でしたらいつでも」といわれたので、じゃあ木曜に。といったら「だから、木曜以降って!聞いてました?木曜は駄目なんですよぉ(怒)。と言われたことがあります。しつこく言いますが、念のため、確認したほうがいいですよ。

「以上以下」と「以外」の説明について他の方が質問していたので、ご覧ください。
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?qid=643134


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