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今週から、関東大震災の話が始まり、東京の人が大阪に避難してきて食事をするシーンがありますが、なんだか違和感を感じます
被災者の方々が精神的に元気すぎるというか、食事が豊富すぎると言うか、なんだかリアリティに欠けます
もちろん、当時の状況なんて生まれていないので知りませんが…
でも、数年前の東日本大震災はあんなに物が無くて日本中がアップアップしてて自重モードになっていたのに、おでんやそばが出てきたり、おいしいおいしいとニコニコしてたり、外で男衆がスルメ焼いて談笑してたりなんだか余裕すぎるなって思います
谷川さんみたいな人もっと居てもおかしくないと思うのですが?
ドラマ的には、食事でほっこりするシーンが欲しかったのでしょうけど違和感の一言です。
それか、大阪だから関東より遠いからあれだけ余裕なのかな?
どうですか?どう思いますか?

A 回答 (5件)

毎朝見てる者です。


違和感はそんなに感じませんでした。あんなものかなあ?という感じ。
東日本大震災と比べるのは無理があると思うんですよね。
物資の流通量がまったく違うし情報伝達の状態もまったく違う時代だったのですから。
自粛モードやら風評被害があったのは現代ならではでしょう。
情報のスピードが違い過ぎる。情報が早いと言うことは風評も立ちやすいという事です。
だから無駄な買い占めが起きて物資不足に陥ったのが東日本大震災でした。
あの時代なら東京で起きたことが大阪ではさほどの影響はなかったでしょう。

それに何せ食道楽の大阪です。戦時中でもなければ食生活もそれなりに豊かだったようです。
おでんは大阪では「関東炊き」と呼ばれる庶民の味でした。
蕎麦はさすがに大阪では希少だったでしょうが京都あたりでは食されてましたから入手はできたでしょう。
杏さんがインタビューであの時代の食生活が現代の私達が思っているよりずっと豊かだった事に驚かされたと言ってました。
輸入品も現代の比ではないものの意外にたくさん入ってきた時代だったと思います。

それに東日本大震災の時の報道でも見かけましたが被災者は思いのほか明るかったです。
もちろん内心は深く傷ついていたと思います。でも暗い顔をしていても始まらない。
生きて行くために心を奮い立てる必要があったと思います。
援助してくれる方への感謝の気持ちからも明るく振る舞う。そういう方は多かったようです。
でも実はメンタルケアが必要なほど、傷ついてはいるんですけどね。
江戸の時代から天変地異や火災などには苦しんだ歴史もありますし戦争もあった。
それでも人はたくましく乗り越えて来たんだと思います。

でもこの後ドラマは太平洋戦争の幕開けを迎えるわけです。
食糧難の時代をどう描くのかが必見と思います。
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この回答へのお礼

やはり、昔はいくら物資を送っていたとは言っても、昔の大阪と東京は別世界のような距離だったということですね
確か大阪は天下の台所と言う異名を持ってたくらいだから、おでんがでてきてもおかしくないって事ですか!
私も、これからの戦争時代にめ以子がどのように食と向き合うかが楽しみです

お礼日時:2013/12/21 00:10

避難者が元気なのは、ドラマ的に煩雑・散漫になりすぎるというのもありますが、大阪に避難してきた人は余裕がある人なんだと思います。



着のみ着のまま焼けだされて、親族、友人知人の安否も分からないというより、多少の貴重品は持ち出せたり、大阪まできたあとのアテが多少なりともある人たちなんだろうと思いました。

「今までの生活はなくなっちまった。でもありがたいことにみんな無事だったんだ。またイチからやりなおそうぜ」というような、無一文になってしまったけど、知り合いや友達の中にはいなくなってしまった人もいるけど、それでもすでに明日にむかっている人たち。

むしろ、髪結いさんはイレギュラーだと思います。
「ふらふらしてるうちに気づいたら船に」というようなニュアンスのことを言っていたし。

地産地消の食料と一緒で、今よりもっと狭い行動範囲で生活していた人が多いので、交友関係も安否確認もしやすかったと思います。
安否確認は歩いてできる範囲ですんだのではないでしょうか。
お互いの消息を確かめて、「うちは秩父の嫁の実家にとりあえず」「うちは弟弟子が神戸にいるんで、とりあえず船で大阪までいくことに」「そうですか、ではお達者で」「ええ、そちらも」というような会話があったのではないかと。

現代なら、余震がこわいからとか、雨露をしのげる建物がないからなんていう理由で、遠くの避難所や都市に「とりあえず」と避難して、落ち着いたから「一時帰宅」とかしちゃいますが、この時代に、わざわざ大阪まで避難してきちゃうのは、東京にはもう戻らず、新天地で生きていくってくらいの覚悟がある人だと思う。

物理的な距離の問題だけじゃありません。
メイコだって、おむすびの形とか味付けとかで苦労してたけど、外国って言ってもいいくらい、生活様式も地域差があった=心理的な距離もあっただろう、と。
実際、親や祖父母の世代までは違う国だったし。

なので、大阪に逃げてきた人は、家財道具を倒壊した家から掘り出して、借家だったから面倒な法的手続や後始末もいらず、大家さんに挨拶をすませるだけで、東京に見切りをつけることができた庶民階級の中でも貧乏ではないけど、たいして裕福でもない人、というのが私の推理です。
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この回答へのお礼

なるほど。
私が疑問に思った直後に室井さんが現地の状況を話し始めましたね
やはり、大阪にいると分からないけど実際目で見ると相当ショックだったと言う事で東京と大阪では別世界ってことなんでしょうか
それに被災しても前を向く、そして食でほっこりする
そういうシーンを描いたのですね

お礼日時:2013/12/25 23:35

#1で回答した者ですが、補足を拝見しました。



申しましたように、阪神大震災の時には、例えば、関東では商品の不足を一切感じませんした。一方で東日本の時に商品が不足したのは、(1)規模が膨大だったのと、(2)本州の農産物や畜産物の多くが被災地産だったのと、(3)石油プラントが大規模な打撃を受けたのと、(4)阪神の反省を踏まえて、支援物資を被災地に送るノウハウが確立されていた分、全国から組織的に商品を支援物資として一気に大量に送ったこと、(4)不安による地元民の買占め、などが各地の商品不足の原因だったのだと思います。特に関東では(4)が大きかったです。阪神の時には、少なくとも関東ではそれがありませんでした。

それでも、東日本のときにも、神奈川ですら、店を回れば、水でもカップ麺でも、何でも手に入りましたし、避難所には優先的にそういうものを流していました。くどいようですが、ドラマでも、食料や生活必需品をかき集めるのに(特にゲンちゃんが)かなり苦労している様子がうかがえます。一週間に収めるエピソードなので、かなり端折りぎみではあるかもしれませんが、それなりの苦労はあったわけです。

ただ、今回のご質問を拝見して、なるほどと思った描写がありました。谷川さんがいよいよ意識を失った時に、介抱していたのは割烹着を着た“ボランティア”たちのみでしたよね。あれを私は当初は不自然だと感じていました。なぜ、谷川さんから事情を聞きだせるほどの仲で、境遇も同じで、身を寄せて寝起きし、ボランティアには笑顔を見せるほど元気になっていた避難民たちが、何もしないのだろうと。

あれはまさに、あの時点ではまだ、それだけ避難民に余裕がなかったからなのだと思います。自分のことで精一杯だったり、谷川さんに対して諦めていたりしたのでしょう。それがやがて、日が経つうちに、普段の自分を取り戻し、避難民同士で助け合うようになったわけです(今日の寿司屋の例)。

ちなみに、谷川さんは向島の髪結いだし、寿司屋はいるし、訛りから言っても、あの避難所のいる人の多くは下町っ子ですから、もともとチャキチャキしていて、精神的に元気がなくても覇気がいいように見えるのだと思います。実際には、寿司屋だってしばらくは、労働する意欲がゼロだったのです。

いずれにしても、質問者さんは、本当に頼る相手もいなくて、心身ともに落ち込んだ経験がおありでしょうか。ないとしても、風邪くらいはひいたことがあるでしょう。軽い風邪をひくと、一日くらいは、お母さんにお粥を作ってもらってヌクヌクするのを楽しめますが、重い風邪だと、つらすぎて早く元気になりたいと思うものだし、世話をしてくれる人がいなければ、なんとか回復して外に行かなければと思うのではないでしょうか。心の疲れに関しても同じです。あまりにつらいと、何か気晴らしを見つけて、元気になろうとせざるを得ないのです。

でも谷川さんは手に職があるし、きっと元来は芯の強い女性で、これからも、なんとか生きていくのでしょうね。一方で、なかなか這い上がれなかった人は当時もいたのではないかと想像できるエピソードだと思います。

ところで、原爆だったか自然災害だったか忘れましたが、「災害直後から市民が復興に向けて働いていたのが航空写真から分析できる」という報道を見たことがあります。ちょうど今年は横浜で大々的に関東大震災関連の展示をしていましたが、関東大震災においても、人の生きようとする力はすごかったのではないかと想像します。少なくとも、新幹線のない時代に、わざわざ大坂まで逃げてきたのですから。
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今とは流通システムが全然違うからでは?


今は、全国から東京などの大都会へ、モノが集まるシステムになっています。流通は全国規模、いや世界規模でモノが行き来するようになっています。
昔は流通は、地元のモノを地元で消費していただけ。地元のモノだけで生活がなりたっていた。『ごちそうさん』の世界で言えば、大阪は大阪近辺のモノだけで生活が回っているわけで、東京がいくら被害を受けようが関係ない。
今は情報もモノも、瞬時に全国を駆け回り、東日本大震災などが起これば、全国が影響を受けますが(それでもあのときも、西日本はそれほど大騒ぎはしていなかったみたいですけど)、大正時代ではそんなこともない。被害の情報も伝わらないけど、モノが東京からこなくて困るとか、流通システムがズタズタになってみんなが困るとかそういうこともないんです。
東京と大阪は別世界、それであたりまえだったんだと思います。
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この回答へのお礼

確かに!!

お礼日時:2013/12/19 18:56

え? 大坂は被災地ではなかったので、食事も余裕も豊富にあって当然だと思うのですが。

だからこそ、新幹線もない時代に、丸一日かけて避難してきたのでしょう。

東日本大震災のときにも、例えば、愛知あたりでは被害らしい被害がありませんでしたし、阪神大震災でも愛知や福井では余裕がありました。また、東日本の際には、流通がストップしたため、神奈川でも食料はやや不足はしましたが、『ごちそうさん』で出ている程度のものは、いつもと違う店を回れば豊富に手に入りましたし、実際、ドラマでも、あちこち奔走して手に入れている様子ではありますよね。ドラマ当時であれば、長距離トラックに頼っていない分、流通網に被災地外の食料が影響されることも、今に比べて少なかったでしょう。

反面、丸一日経っても震源地が関東だとわからなかったり、支援を船でおこなったのは、リアルだなと私は感じました。また、前回の朝ドラである『あまちゃん』のテーマのひとつが「被災地だって、被災地の外よりも、よほど元気だ」と見せることだったと、関係者がメディアで盛んに語っています。被災者も負けてはいない、かわいそうなだけではない、というのが現実なのだと思います。

阪神大震災当時に子供だった被災者が、今、大人になり、「当時はわけもわからず楽しく遊んでもらっていた」とテレビなどで語り合って、東日本の親たちを励ましていますし、私にも東日本の被災者の友人がいたり、地元神奈川の避難所も訪ねましたが、多くの方々は被災早々から、不安を胸に秘めながらも、表向きには元気に前を向いておられました。

『ごちそうさん』でも、初日は疲弊していた被災者らが、日を追うごとに、元気な人の数が増えていっていますし、あんな感じだったのではないかと思います。むしろ、いつまでもふさぎ込んでいるのは、その人自身にとっても非常に辛いことですから、なんとか気晴らしを見つけてでも前を向くのだと思います。それは、東日本の時にも、身に覚えがあります。とりわけ、笑っていないと気が変になりそうで、自粛ムードの中、むさぼるように娯楽を探したものです。

ちなみに、私の祖母は東京で関東大震災を被災しましたが、被害は少なく、むしろ、家の前に食料を置いて、自由に持って行ってもらっていたようです。「全滅」とはいっても、少しでも元気な人は励まし合ったのだと思います。また、祖父は横浜での被災体験が晩年までトラウマになっていたようですが、父は阪神大震災の中心で被災したものの、援助を受けながら通勤したり、炊き出しや仮説風呂を楽しんでいました。

そんななかで復帰できていない谷川さんですから、さぞや辛いのだろうと察するに余りあります(『あさイチ』の有働アナまで今イチ元気がありません)。そして、おっしゃるとおり、谷川さんみたいな人はもっと居てもおかしくないと思います。ただ、あまり多くを盛り込むと、ドラマとして散漫になって、伝えたいものも伝わらなくなるので、ああいう人は、あの狭い避難所に1人、ということにしてあるのでしょう。他の避難所などに実際に数多くいたであろう被災者の代表として描かれているのだと思います。

余談ですが、『ごきげんよう』の主人公たちの人生は、私の祖父母のそれにそっくりです。次から次へと訪れる難題、複雑な家庭環境、東西の違いの戸惑いなど、それこそ、当時はそういう人が山ほどいたのだと思いますが、ドラマでは、たった1人ずつを取り上げて丁寧に描こうとしているのでしょう。

この回答への補足

あんなもんなんですかね?
生まれ故郷を離れ慣れない地で避難し、友達や同僚も行方不明だろうし谷川さんほどでなくてももうちょっと精神的に落ち込んでてもいいと思うのですが…
東日本大震災の時も、私の住んでるところは被災地から遠いけど水とかカップ麺が全然なかったので、劇中に出てくるおでんやそばが違和感のかたまりでなりませんでした

補足日時:2013/12/19 11:38
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